二草庵摘録

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「ひとはなぜ戦争をするのか」アインシュタイン/フロイト(講談社学術文庫)レビュー

2018年01月16日 | 哲学・思想・宗教
すでにつぶやきでも取り上げたが、ここではレビューの形で書き直しておこう。

養老孟司さん、斎藤環さんの解説をふくめ、110ページの小冊子みたいな書籍なので、読みおえるのにさしたる手間はかからない。
国際連盟の提唱で《誰でも好きな方を選び、いまの文明でもっとも大切と思える問いについて意見を交換できることになりました。》とアインシュタインは書簡の冒頭に書いている。
日付は1932年7月。これに対し、同年9月に、フロイトは彼に返信をしたためる。

この日付はいまから考えると、まことにシニカルな世界史のひとこまである。なぜなら、このあとまもなくヒトラーのナチス(ドイツ社会主義労働者党)が結成されるからである。
本書の原本は2000年に花風社より刊行された。それをリメイクし、解説を差し替えて、2016年6月に文庫化・・・という経緯をたどっている。

薄い本だが、「必読書」とあえていっておこう。
「ひとはなぜ戦争をするのか」
この問いは2018年の今日でも、重い意味を含んでいる。
戦後70年を超える平和を謳歌している現代の日本人には、漠然と想像するしかない重い意味を・・・。
反ユダヤ主義を掲げるナチスの抬頭により、このあとフロイトは1938年ロンドンに亡命、39年に死去。一方同じくユダヤ人のアインシュタインも、アメリカへと脱出する。

そういう極めて切迫した状況の中で交わされた「問い」であり、それへの返信であった。
だから、軽率に読み飛ばすべきではない・・・とかんがえながら読ませてもらった。
フロイトとアインシュタインは親子ほどの年齢差があるが、亡国の民ユダヤ(イスラエルの建国は1948年)という運命共同体に属している。
しかも、その後の歴史を書き換えるような大きな仕事をしたことでも共通している。

カント等の提唱で設立された国際連盟は存在したものの、無力な団体に過ぎなかった。
アインシュタインが問い、フロイトが答える。
なぜこれほど重要な往復書簡が、こういう普及版(文庫版)で刊行されることがなかったのだろう?
「ひとはなぜ戦争をするのか」
それに対し、フロイトは精神医学者として、おおまかにつぎのように回答している。

《さまざまな思索をめぐらした末に、精神分析学者たちは一つの結論に達しました。破壊活動はどのような生物の中にも働いており、生命を破壊させ、生命のない物質引き戻そうとします。エロス的欲動「生への欲動」を現わすのなら、破壊活動は「死の欲動」と呼ぶことができます。「死の欲動」が外の対象に向けられると、「破壊活動」となるのです。》(本書43ページ)

では今後とも、この地上から戦争はなくならないのか!? それに対し、この時期のフロイトはまだ、楽観的であったように思われる。

《文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる!》と。(本書55ページ)

考えてみるとこの「文化」というのは、フロイト独特のニュアンスをおびているが、わたしはまだ、そこまで言及する資格はない。
フロイトが期待をこめて予測したようには、世界史がすすまなかったことを、現代に生きるわれわれは知っている。
国際連盟に代わって、第二次世界大戦の勝利者・連合国により国際連合が新たに設立された。しかし、それとて、大国同士のエゴのぶつかり合いの場でしかないように見える。

《確信は持てませんが、非常に強大な新型の爆弾が作られることが、十分に考えられます。この爆弾一つだけでも、船で運んで爆発させれば、港全体ばかりかその周辺部も壊すことができるほどの威力を持っています》(フランクリン・ルーズベルト宛の手紙)

原爆の実用化に目途がたったころ、アインシュタインはアメリカ大統領に宛てて、このような書簡を送っている。
悪の根源、ナチスを倒す武器として開発されたものかもしれないが、それはまわりまわって、広島、長崎に投下されることになった。
むろん「歴史の皮肉」などといって片付けられる問題ではない。

短い簡潔なこの往復書簡。とはいえ、ここには人間とは何か、そしてどこへ向かっているのかという究極の問題が横たわっている。
わたしは1932年に交わされたこの二人の書簡を読んで衝撃をうけた。
第二次大戦によって未曽有の被害を被った極東の小国・日本。憲法九条を持つ日本。
わたしは深く、ふかく考えこまざるを得ない。



評価:☆☆☆☆☆(5点満点)

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