猫田ジャレの 『 天然!にゃー語 』

~ 見ネコ聞くネコ言うネコの とびきり天然な日常 ~

ウェルネス高野球部を追いかけた日々

2017年11月16日 | 松商、中原監督 関連
 中原英孝監督が一昨年の秋に新しく開校した日本ウェルネス筑北高に赴任し、翌4月から初めての生徒を迎え入れて指導を開始して今年で2年目になりました。


昨年夏、創部僅か数ヶ月で初めて一勝し
(見に行きました  やったぁ~! ウェルネス筑北初勝利!! 2016年07月14日 | 松商、中原監督 関連カテゴリ)、

その年の秋、今年の春は諸事情でうっかりしていて試合を見に行かれなかったのですが、

今年の夏から秋にかけて楽しませてもらいました。   






 


 夏の選手権大会県予選、7月12日、諏訪湖スタジアムにて行われた中原監督前任の長野日大との試合には、一段と力が入ります。



今年も球場で、H3の 高橋巧君 のお母様で、25年前から大変お世話になり大好きな強子(つよこ)さんと、特に約束してなかったのにまたまた遭遇。(笑)

いっしょに観戦させていただきました。




残念。負けてしまいました。   



シード校だったのでこれが第一戦め。短い夏が終わりました。



中原監督が最後に教えた1年生が3年生となり臨んだ試合。

双方、内心では心中複雑だったのではないでしょうか・・・。

(負けた試合なのに、終わった後はいつものように監督に会っていただけましたが。←差し入れもお渡ししたかったしせっかく来たんだから一目ご挨拶したいじゃないですか。) 



 秋は、中信地区予選にシード校のため第二戦から参加、9月3日、塩尻志學館に11対ゼロコールドという大差で勝利した翌週の、

9月10日、準々決勝、松商学園との試合を松本市野球場に見に行きました。(そう度々出かけられないため、勝ち進むと予測しこちらの試合に賭けた)

なぜか 「因縁対決」 が続きます。      


この試合は、初めて元信濃グランセローズ、現松商学園コーチの 松本匡礼君 (松商学園時代に中原監督に師事、甲子園にも出場) のお母様で高校の同級生のK子と観戦。

心中複雑なのかな、と思いきや、そうでもなかった  ようで  一度見たかったというかつてお世話になった恩師の試合としてウェルネスも応援しつつ・・・ 


松商学園は今年の夏の県大会覇者で夏の甲子園でも見事一勝した実力で、

3年生が抜けた後の新チームになったとはいえ、残っている2年生のメンバーも何人かいたのですが

なんと  7対ゼロのコールドで勝利し、同時に初の県大会進出が決まりました。  

         







中原監督にも試合後にお会いしましたが、この日は本当に嬉しそうで快活に笑っていらっしゃいました。

K子も監督と会うのは久しぶりとのことで嬉しそうでした。

監督さんを待っているときに、H3の 高橋巧君 と 辻利之君 に会いました。

後から聞いたら 二村武君 もいらしてたみたいですが (なんと今年から二村君も松商のコーチをしてるんだそうです) 残念なことに会えませんでした。

球場内で、H4の 岡村健太郎君 を今年も見かけ、今度はすぐ近くを通ったのでご挨拶できたんですが、一度しか会ってないので私だってわかってくれたかしら?

もちろん、息子智哉君 がキャッチャーとしてウェルネスで頑張っているH3の 内藤玉樹君 にもお祝いの言葉を伝え


それからK子がシニア時代から家族ぐるみでお付き合いしているという、ウェルネス主将の 河野健太郎君(伊那出身) のお父様をご紹介いただきました。

そんな近しい間柄だったとは初めて聞き、びっくりです。   

ちゃっかり電子書籍の紹介と宣伝や、ブログの紹介などもさせていただくと、なんと 「ブログ、読んでますよ。」 とおっしゃっていただき 

ブログで顔を知っていたので、これまでも球場で私を見かけたことがあったけれど声をかけていいものか迷っておられたそうで、なおびっくりしました。   

これでもう面識ができたことですし、今後ともよろしくお願いしますと御挨拶。


K子とも久しぶりに会ったのですが、試合後に近くのお店でお昼を食べ、ご両親の介護について話しが弾み? 
お互い家業を継ぎながら(K子は一人娘)ほぼうちの両親と年の同じ自分の親が両親ともにいて、同居又はそれに近い形で面倒を見ることの大変さなど、

よく考えてみたら、卒業以来そのような深い話をすることがなかったので、びっくりしつつもお互い共感できる点も多く、
やはりこういう話は似たような経験がないとわからないものだねー、などと言い合って現地で解散しました。(球場へは別々の車で出かけたため)

もしも県大会まで進んだら上田だと思うけど見に行く? もしも北信越に行ったら遠いけど見に行こうよ、などと約束しながら・・・


 中信地区予選準決勝も松本市営球場だったので見に行くつもりだったのですが、たまたま雨で順延になるかと思いきやならなかったりのタイミングが合わず見に行きそびれてしまったのですが、    

9月16日、創造学園に2対5と敗れてしまい、

翌日同球場にて行われた3位決定戦も同じような理由で行きそびれてしまったのですが、   

なんとしたことか  松本第一に1対5と敗れてしまいました・・・。   



それでも、県大会出場切符は手にしていたので、

ウェルネスは9月23日、上田県営球場 (電車では遠いのと、頼みの綱の運転手K子が行けないと言ったので試合観戦は断念) にて、野沢北を6対3で制し、

翌24日には同球場にて2回戦を長野商業と戦い、これも4対9で下し、     




 9月27日、準々決勝、上田西との試合を延長11回の末、5対4で制し 「4強入り」 を果たしました       




 その後、中心地区予選で勝利したのに3位決定戦から復活、県大会に進んだ松商と、なぜか再び準決勝で当たることとなり・・・   

今夏甲子園出場の強豪校であり中原監督因縁の相手とあってか、かつてのH3チームのように、強いとされる相手にこそ、負けん気、強気で臨むのか

松商には強いらしく、8対3で下し (この時点で北信越大会本大会への出場切符を手に入れる) 

なんと、中信地区予選4位だったのに、あれよあれよと決勝戦へと進むこととなりました        



 決勝戦も上田県営球場でしたが、せっかく決勝戦に進めたので、電車を乗り継いでも初の車ででも、なんとしてでも応援に駆け付けたかったのですが、
この日は前日から泊りがけで、父が松本での同級会のため不在だったので私まで店を空けるわけにいかず、泣く泣く応援に行くのを断念しました。

( 中信地区予選、対松商の時には用事で行かれなかったとのことで会えなかった高橋強子さんが、その後の中信地区予選試合の応援に駆け付け、特に約束はしてなかったけどきっと会えると思い球場で私の姿を探し続けてくれたとお葉書をいただいたので申し訳なくて・・・     
県大会前には事前に電話を入れ、私は遠いから行かれないけど代わりに応援よろしくお願いしますと伝えておいたのですが、
勝ち進むたびに、地元上田で観戦していた強子さんに電話し勝利を分かち合っていましたが、決勝戦ももちろん行く  と興奮したように語る強子さんに、行かれない私の思いを託しました。 )


決勝戦当日、いつもなら午前中は自宅にいて家のことや用足しをしているのだけど、この日は父が前日から不在だったため朝から店に行き、

母はよく寝室で横になりながらラジオを聞いているのだが、たまたま入った寝室の母のラジオからなんと決勝戦の実況が始まり・・・

きゃー、ラジオで試合中継するんだー      

と、偶然の重なりを喜び、それからはお昼の用意をしながら聞き、食べながらも聞き、途中父を駅まで迎えに行く間も車のラジオで聞き、戻ってからも聞き・・・

と、かたずをのみ試合の行方を見守りました。

最終回で、ここまで全試合を一人で投げ抜いてきたエース高山が、右肩に相手方の打球を受け無念の降板をするなど        

ハラハラドキドキしましたが・・・    


なんと    

佐久長聖を3対1で下し、北信越大会長野県大会 初出場にて 「初優勝」   を成し遂げました。 

                        

やったぁ~     バンザイッ    




ウェルネス勝利の瞬間。



表彰式を終え、メダル、優勝旗を掲げウェルネス側応援席付近にて記念撮影中の選手たち。

※ 写真提供2枚とも:H3 高橋 巧 (既にTwiter、face Book掲載時に掲載許可済み)


巧君は、 自称 「中原さんの追っかけ」 の母の強子さんと、同じくお父様に加え、今回は奥様も一緒に一家で観戦。

ウェルネス勝利に、大袈裟ではなく、これはもしかしたら長野県の野球が変わる  と確信したとmailをくれました。     


私も、勝利の瞬間に鳥肌が立ち、これはひょっとして・・・と、別のあることを思いました。    

いづれにせよ、ウェルネスの快挙は 「中原野球」 を追い続ける私にとっても、間違いなく “追い風”  になってくれるような気がして、そういう意味でも興奮しました。





翌朝の 「スポニチ」。

  

「市民タイムス」。




北信越本大会へ向けてのウェルネス特集記事。10月5日「スポニチ」

1回戦で対戦の北越(新潟)を破れば、2回戦にて、1回戦で北陸(福井)をもしも星稜(石川)が破れば、両者が当たることになり、
中原監督の因縁の宿敵と対戦することになる、というもの。


 その意気込みで14日、北越(新潟)と福井県営球場にて対戦したのですが・・・



うーん、残念。

初回にエース高山にまたしても今度は脇腹に3番打者のライナーが当たり、わずか53球にて無念の降板。

北越は新潟4位だったので、長野1位のウェルネスがひょっとしたらと思っていたのですが、5対0にて初回戦敗退となってしまいました。   

県大会決勝で受けた右肩の打球の腫れは完治したということですが、もしかしたらまだ完全ではなかったのかもしれません。


北信越大会は、26年前にも金沢国体を応援に行き、目の前で中原松商H3チームの日本一を目撃した思い出の地で縁起もいいし

めったに行かれないかもしれないんだから遠いけど行きたいね、などとK子と話していましたが、直前にK子のお父様が亡くなられたそうで行かれなくなりました。

中信地区予選でいろいろ話を聞いていただけに、お気の毒と同時に長い間の介護、看護、本当にご苦労様でしたと思いました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。



今回の快進撃に、なかなか思うように応援に駆け付けられなかったので・・・

こうなったらもう、来年、甲子園に連れて行ってもらうしかないです。        




その、1週間後となる10月21日、ウェルネス校野球部から応援に対する礼状が届きました。

あまりに早い対処に驚きましたが、その対応の速さは、悔しい思いの深さと反比例しているのだろうと察しがつきました。


この悔しさをバネに、来年春からのシーズン、もっともっと大暴れして、手に汗握らせ、私たちを感動の嵐に巻き込んでほしいものです。


早いもので、新制ウェルネス中原がスタートして、来年で3年目、

最初に育てた子供たちの “集大成” であり “最終年” がやってきます。    


   


 北信越一回戦を迎える当日に、ウェルネス主将河野健太郎君の事が新聞で紹介されました。





ウェルネス開校前に行われた「合同練習」に参加していた中学生たち数人のコメントが、中原野球を特集するテレビで紹介され、

( 『夢 希望となる』・・・中原野球、新天地にていよいよ始動!! テレビ信州 1/23放送 2016年01月30日 | 松商、中原監督 関連カテゴリ )

この中で何人が野球部に入るのだろうか、と思いましたが、この可愛らしい子が 



この人だとは、最初すぐにはわかりませんでした。



主将としてたくましく成長しながら、最終年をチームを引っ張り、頑張って戦い抜いてほしいです。




 大幅に遅れておりますが  

来春3月に必ず 『松商物語・第三部』

(電子書籍化を記念し書籍発売からさらに10年後のH3メンバーと、
3学年連続甲子園に出場し今でも毎年忘年会に中原を慕い集まっている下の2学年をも追った感動のドキュメンタリー、第2弾) 

を完成させるとともに、     





来シーズンも中原野球とウェルネス筑北高校を追いかけます      



 
 こちらもご参照ください。

TVドキュメンタリー 『小さな村のベースボール協奏曲』 テレビ信州:7月30日放送 2016年08月16日 | 松商、中原監督 関連カテゴリ

ほか、同カテゴリ、ウェルネス筑北関連記事、中原監督関連記事など。



 中原野球の原点である26年前の甲子園での快進撃、その強さの秘密と魅力に迫った、
またチームを支え続けた控え選手をも含めた全選手24名の栄光と挫折の日々にも焦点を当てた

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※ 新聞は特に記載がないものはすべて「スポーツニッポン」長野県版です。










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