ぎゃぁ~~~
ちょーにゃがすぎです。
おカクゴくだされ。
チケット一般発売開始前日の1/29、読売新聞夕刊に載った 『INNOVATION CLASSICS』 の全面広告。 キャー
テンション
長野県の新聞には “夕刊” というものがないので、情報をキャッチするや新聞店に電話して取り寄せてもらいました
( 送料がかからず、いつも取っている新聞と一緒に朝、自宅に届けてくれて、支払いはいつもの引き落としに上乗せでOKと、ちょーラクなので、ALFEE & Takamiy の新聞記事で、自分では取ってなくて取り寄せ可能なものはいつもお願いしている。 )
さてさて・・・
翌日は、持って行ったミニノートで 「現地報告レポ」 でも載せようかなぁ~、とも思ったのだが、楽日は17時からと昨日より2時間も早いので、断念。
( 逆だったら、ナオミと終演後にもっとゆっくりできたのになぁ~、と若干残念に思ったが、だいたい、土日の公演だとそんな時間帯になってますね。 )
しかし、それにしても・・・
ここに来るまでに、電子書籍関連の準備や連絡、そして、やっぱり姉に一泊だけ代わりに来てもらったのでお掃除などと、
ちょーハードスケジュールだったので・・・
ここにきて、ドッと疲れが出て、朝起きられず・・・
でも、どうしても買いたいものがあったので、新宿駅の構内をひたすら歩いて反対側まで行って
( 途中、スタバで大好きな 「カフェ・フラペチーノ」
中でも好きだったコーヒーゼリーが入らなくなっていて残念だったが、歩きながらだったので助かったのだが・笑 を買って飲みながら、ようやく頭シャッキリ
)
戻ってきて、
遅いお昼に、おにぎりかサンドイッチを食べて
( 何しろ、ここまで出てくるのに一苦労・笑、のため、昨日はホテルについたら缶ビール飲んじゃったけど、今日は眠気防止のために飲まず
)
シャワーを浴びて、
今日は、昨日のワンピにボレロだけ変えて
(先日、出版記念会に着て行ったワンピに、パールにスワロフスキーがほどこされたもうちょっとゴージャス?
なネックレスを付け)
この日のボレロはシルバーだったので、前日にはつけたコサージュはしませんでした。
でもって、初日はポニーテールに青いリボンクリップを留めたけど、この日はアップにしてちょっとキラキラしたコームを刺しました。
( 2Daysの時は、服装だけでなくいつも髪飾りやアクセサリーなどを変えるため、考えて色々持っていくのデス
)
そして、今日は降っていないので、いよいよ “この日のために買って”、“この日に合わせて履き慣らした” 「お洒落な靴」
の出番です
思えば、 「舞台公演」 というものに興味を持つようになったのは、1979年、劇団俳優座の 「新劇」 からだったが、
当時はまだ大学生だったので、お金もなかったし、 “舞台を見に行くのは特別な時間だからお洒落をしていく” という発想があまりなかった。
( 劇団俳優座・本拠地は六本木というオサレな場所にあったのだが。そして偶然にも、イズミとユニークもこの地にあった。 )
その後、自分でも舞台関係の勉強を始めたため、なおのこと、舞台を見に行くのは勉強という意味もあったし、やっぱり違う意味でだがお金もなかったから(笑)、
そしてレッスンの前後や仕事帰りに、ホールに “寄る” ということになるので、トーゼン荷物も多いし、
あまりお洒落をしてわざわざ見に行くという、 「特別感」 や、合間に食事やお酒を楽しむ 「お出かけ感」 も全くなくて・・・
Kに戻ってからは、上京がてら見に行くことになるため、長時間の乗り物に耐える動きやすい格好に、宿泊用のデカ荷物
( 以前は友人宅に泊めてもらっていたので、夜その子の家につくまで、お世話になるお礼のお土産入りの宿泊バッグをずっと持ち歩いていた
そのうちにお土産は前もってその家に郵送するようになり
友人宅はやめてホテル宿泊を思いついたので-泊めてくださったお友達の方々、どうもすみません&ありがとうございました、
それから私の 「荷物はホテルに置いたり宅急便にして最低限のものしか持ち歩きたくない主義」 が始まったのでアル。
ちゃんとそこに至るまでの紆余曲折があるのよん。
ついでながら、普段は家と店を往復するだけなのに、資料の入ったサブバッグも含め “夜逃げ” ほど荷物を持ちヨレヨレになって歩いてます・笑 )、 のいでたちだったりしたので、
あと、地元の文化ホールだと浮くので逆にあんまりお洒落しないようにしたり、松本あたりに行くときは運転に耐えうる、やっぱりプチ動きやすい格好になったりしたし・・・
今回、こんなにお洒落とかに
リキ入れてコンサート(舞台)を見に行ったのは、
もしかして、
初めてかもぉ~~~
理由は、
タカミーが
“純粋なクラシックに初挑戦 ”
もう、こんな機会はそう度々ないだろう。
気張る
というのと、
ん
“オーチャードホールならテリトリー内じゃぁ~ん ” σ(^_^*)
自分、遅れてきたファン? なので (ファン歴は長いがコンサートデビューがちょー遅かった)、
30年来の “アルコン慣れしている” ファンにちょぃ劣等感があり (あまり慣れすぎてるのもどうかという気がしないでもないが
)
・・・
今回、妙な対抗意識。 なんぢゃ、そりゃ・笑
ま、そりはともかく・・・
楽日となる2月21日、二日目の余裕で
いざ、オーチャードホールへ
2日目は、お席が前半分になったので・・・近いかも
と喜んでいたのですが
以前にも書いたけど、パソコンを毎日やるせいなのか目に見えて視力が落ちていて、コンタクトの度数が合わなくなり、
遠方でもバッチリ見える、コンタクトの上からさらに架ける “劇場用メガネ” をしてもまだ、ちょぃぼやけて見えたのが最大のショック
あとねぇ、タカミーをなるたけ近めでバッチリ見たい、というのではなくて(そっちは結局コンタクトのせいでちょっと残念だったので)、
オーケストラの場合は、逆に全体を見渡すのには、やっぱり見えにくかったかも・・・
ゼイタクいってますが
( よく考えたら自分、これまで一番よく見てきたバレエの公演ではオーケストラはピットに入っていて主役ではないし、
レ・フレール管弦楽団の公演の時にも、ピアノ連弾や斎藤兄弟の動きばかりに目がいってしまっていたし
市民オーケストラなどはのぞいて、
オーケストラが “主役” の、オーケストラ “単独公演” て、 もしかして初めて見たかもぉ~
なので、感覚があまり良くつかめてなかったのですな。
通常の公演だと、劇場の人に相談しながら電話がつながった時点で残っている席の中で、一番近くて一番見やすい席を決めるのですが、このチケットは自分で選んだのではなく、当たった席なので。 )
そうはいっても、やっぱり昨日より近いことが単純に嬉しくて、ドキドキ、そわそわ・・・
お隣の方たちは、雰囲気からして西本さんファンかしら? とちょっと思ったけど、そのうちに春ツアーの話をしていたのでアルフィー(タカミー)ファンだとわかり・・・
昨日と同じように
まず、冒頭の、
Takamiy が “自分の好きな曲ばかりを集めてつなぎ” エレキギター用にアレンジしたクラシックメドレー、
自分も大好きで繰り返して聞いていた 『Takamiy Classics Fantasy』 が、今日も聞けるんだと思うと
2日めも感動と喜びに酔いしれてウルウルし・・・
そして、ヴァイオリン協奏曲 『四季より“夏”・第3楽章』 の、激しい情熱にやっぱりドキドキしました。
コンサートに行く前は、ヴァイオリンの部分がエレキギターに代わったり、タカミーの独奏があったりするのだろうか、などと想像していましたが
よく考えたら、ヴァイオリンはオーケストラの花形。
第一ヴァイオリンの首席奏者が、 「コンサートマスター(通称コンマス)」 と言って、そのコンサートのリーダー的存在になることからも、
いかに共演者が豪華ゲストだろうと、エレキがヴァイオリンにとって代わるとか、エレキがコンサートの 「中心」 となることなどあり得ないのでした。
しかも、この曲は、そのヴァイオリンの聞かせどころ満載、ヴァイオリンが主役の曲、そのそう度々ない重要ポストを、他に譲るハズがありません・笑。
一日目、遠目だったのでタカミーがオーケストラより一段高い位置の、しかも 「中央」 に位置する場所にいるように見えたので、
こんなに目立つ場所でいいのかしら・・・と驚きと喜び、ちょっぴりの戸惑い? もあったものですが・・・
戻ってみて、ネットニュースにあがった写真を見て驚きましたね。
高い位置というのはあってましたが、
立ち位置はステージ中央ではなく、オーケストラの 「後方」・・・、前から見るとこんな感じですが
ステージソデより見ると、こぉ~んなにも後ろだった(笑)んですぅ~
いやぁ、びっくりしたぁ~
コンサートが始まる前、タカミーの立ち位置はどこかな
と想像を巡らせていた時、
ナオミが、壇上に置いてある椅子で、一つだけ違うイスがあるので、そこにタカミーが座るのかも、と言っていたのですが
その椅子、第一ヴァイオリンの一番客席寄りの場所にはコンマスさんが座ったので、ああ、そうだった、そうだったと思いだし・・・
( ごめんなさい、久しぶりにオーケストラ演奏をちゃんと見たので、コンマスさんの存在を忘れていたのです。
)
私は、会場につくまでこの辺にタカミーが立つことを想像していたのだけど、
花形のヴァイオリンやコンマスさんを差し置いて、 “クラシックではない” ゲストが最客席側に立つことは、たぶんありえないし、
差し置いて演奏することもあり得ないのだなぁ~と、演奏を聞いていて納得したことを思い出し・・・トツゼン腑に落ちた
のでした。
つまり、タカミーのあの立ち位置というのは、
「
ゲストなので目立たなければいけない ・・・ けれど、
かといって
オーケストラの調和とオキテを破ってはいけない 」
という法則から生み出された
“苦肉の策” であったのだなぁ~と思ったことです。
でも、2階や3階、または端っこのバルコニー席などから見たらどうだったかはわからないけど、
少なくとも1階の遠目には、
タカミーが
「真ん中へんの一段と高い位置にいた」 ように見えた(笑) ので、
タカミーファンも大満足
オーケストラ (西本さん) ファンも
きっと気分を害さなかったのでは? と思われます。
少し話が前後しましたが・・・、
コンサート中聞いていても、 『四季より“夏”・第3楽章』 は、
ヴァイオリンやチェロ奏者の息のあった弓使い、見えてはいないんだけど 「指使い」 から奏でられる、超絶技巧の激しさ、カッコよさが際立っていたし、
タカミーのエレキも、ここぞとばかりに激しくさく裂、
みごとな
“競演” であり
“ハーモニー(調和)” であったと思います。
そして、二日目は余裕を持って、そんな目で見られたことがまた、嬉しかったです。
続いてオーケストラだけで、歌劇 『カヴァレリア・ルスティカーナ』 より間奏曲。
バックスクリーンには、美しい青空が映し出されます。
イタリアの小説家、 ジョヴァンニ・ヴェルガ の小説を元に、 ピエトロ・マスカーニ が作曲した1幕物のオペラで、
題名は 「田舎の騎士道」 という意味だそうですが、
内容は三角関係のもつれから起こる決闘とその悲劇を描いたもので、
妻ローラの不貞をトゥリッドの婚約者サンタに告げ口されたアルフォが、怒りのあまり相手のトゥリッドに決闘を申し込む決意する (が、もともとローラとトゥリッドは恋人同士だったのだが、トゥリッドの服役中にローラはアルフォと結婚してしまったという悲しい伏線があるのです)
その怒りを鎮めるかのように流れるのが、この 「間奏曲」 だという。
極貧の中で応募したコンクールに入選し、一躍マスカーニの名を有名にしたという
そんな悲劇 (結局トゥリッドが銃弾に倒れ幕を下ろす) をまるで感じさせないかのような、
ストーリーを知らなければ、 「愛の賛歌」 と見紛うほどの、美しい旋律に心が伸びやかになってゆく。
どんな背景かをさっと見ておいたので、また違った気分で聞くことができました。 うるっ
そして、やはり大好きな 『アルビノ―ニのアダージョ』 は、今宵も文句なく、心地よく胸に響き・・・
双眼鏡で大好きなギター 「Blue Cross」 を見つめては、きゅん…としたり。
『威風堂々』 は、今夜も一段と華やかで、ほんっとに
カッコよかったなぁ~。
これぞ
オーケストラの醍醐味
西本さんの、本当に惚れ惚れするような男前な指揮も素晴らしく、感動的に第一部が終わります。
と、このとき私は、やっと 「あること」 に気づくのです
それは、
ブラボー の掛け声がなかったこと。
え゛ーーーーっ
ブラボー、ないのぉ
通常だと、ここは第一部の終わりという重要ポイントだとみんな知っているはずので、必ず 「ブラボー」 がかかるところ。
そうか
昨日ナオミが、9割がたはタカミーファンのようだ、と言っていたわけがやっとわかりました。
( 初日は異様な緊張と興奮、また、そこからくる第一部が滞りなく終わったことへの安ど感から、全くそんなことに気付く余裕もありませんでした。 )
どうしよう・・・
なんでブラボー、かかんないのかな。 ( といいながら、自分では言えない人 σ(^^;) )
みんな、声のかけ方、知らないのかしら?
(大変失礼なコト言ってます。す、すみません…
)
でも、クラシックファンの方が一割いるとしたなら、絶対声がかかるはずなのに・・・ なぜ
西本さん、こんなに素晴らしい指揮をしてくださって、演奏もとても素晴らしかったのに・・・
ブラボーがかからなくて、ガッカリしてないかな。
と、思いながらも・・・、
素晴らしい拍手喝さいの中で第一部が幕を下ろしたので (私も声はかけれないけど精一杯拍手を贈ったので)
西本さんやオーケストラの方々も、昨日やっていつもとは違うとわかってくれてるかもしれないし。
私たちの戸惑いながら、ちょぃオロつきながらもの精一杯の拍手、きっと伝わったと信じたいです。
* * * * * * * * * * * * * * *
休憩中、もう一度プログラムのメッセージを読み直し・・・
( 折角なので、今日はクリアファイルを持参し、今日もらったプログラムは保存用にファイルに入れて、綺麗な状態でコートとともにクロークへ。
昨日から幾度となく見てヨレってるプログラムを丸めて、ハンドバッグに忍ばせて客席へ持って行ったのです。 )
西本、高見沢両氏の 『展覧会の絵』 に賭ける思いを確認します。
ロシアの作曲家 モデスト・ムソルグスキー (1839年~1881年) は、
知りあって数年ではあったが、深く親交のあった、建築家であり画家の ヴィクトル・ハルトマン という友人が1873年8月に急死してしまい、大変な落胆を受ける。
ロシアの芸術史研究家であり評論家で、音楽家たちを手厚く支援、保護していた ウラディーミル・スターソフ (※ 注1.) は、
翌1874年の2月から3月にかけて、 「ハルトマンの遺作展」 を、彼の母校で400点余りの作品を集めて開催した。
その 「展覧会」 を見に行って深く感銘を受けた ムソルグスキー が、展覧会から戻り、まるで憑りつかれたように一気に書き上げ、
半年後の1874年7月4日に発表した作品が 『展覧会の絵』 であると言われ、彼の代表作ともなっている。
だが、親友を失い、守り建てであった スターソフ とも、意見の対立からのちに決別したムソルグスキー は、
それから7年後の1881年3月に、アルコール依存症と生活苦から衰弱して、わずか42歳でこの世を去るという、波乱の生涯を送ることとなる。
そして、スターソフに手厚く保護されていた 「ロシア5人組」 (※ 注2.) の一人、ニコライ・リムスキー=コルサコフ によって 『展覧会の絵』 が彼の死後の1886年に出版され、ようやく日の目を見ることになったのである。
そんな思いで聞くと、なおのことドラマチックな展開を思わせる 『展覧会の絵』。
幼くして孤児となったハルトマンと、孤独と苦悩の生涯を終えたムソルグスキーの姿が重なる。
※ 以下、絵画は ヴィクトル・ハルトマン、舞台照明はイメージで、必ずしも場面と一致はしません。
< 1873年ウィーン万国博覧会ロシア館のために設計された軍艦の設計図 >
ハルトマンは、始めは挿絵画家だったというだけあり、美しい絵です。
写真で見る限り、優しい穏やかな目をしたハルトマン。 ムソルグスキーを虜にした、きっと心も美しい人だったのではないでしょうか。
今日は2日目なので更に詳しく、ハルトマンの絵画や照明をモチーフに作品を見ていきます。
第1プロムナード Promenade
誰でもきっと耳にしたことがある冒頭。 ギター 「アークエンジェル」 が最初に光り、また、暗闇で点灯して転換します。
1 .小人(グノーム) ( Gnomus )
ギターが 「エンジェル・ファンタジア」 に変ります。
第2プロムナード [Promenade]
2.古城 ( Il Vecchio castello 6 )
第3プロムナード [Promenade]
3. テュイルリーの庭 - 遊びの後の子供たちの口げんか ( Tuileries - Dispute d'enfants après jeux )
この場面冒頭で、本来ならフルート?か何かの木管楽器のソロが演奏される場面が、タカミーのエレキソロになっていました。
楽器によって音の雰囲気が変わること
また、 「エレキが
こんなに甘い音が出るのか」、
というのがちょっとした驚きで、
タカミーのソロ部分は他にもあったと思うのですが、この場面が一番心に残っています。
( 演奏の2日目は、今か今かと待ち望んだほど
)
また、前半部分でも触れましたが、オーケストラの花形、ヴァイオリンがエレキに替わることはおそらくありえないので、
こうきたか という感じがしたのも覚えています。
( 親戚である “同じ弦楽器” ではなく、全く違うタイプの楽器をエレキに替えてみたのか、という意味ですが、
この解釈、オンチゆえ全然違っていたらごめんなさいです。
)
4. ビドロ(牛車)( Bydlo )
牛車を引く、貧しくしいたげられた人々という意味だけあり、激しい旋律が展開されます。
私の買ったCDでは、小太鼓らしい激しいバチさばきがゾクゾクするほどの魅力でしたが (オーケストラなのでティンパニーかと思ったんですが、下の本を見ると小太鼓も使われることがあるみたいだから、音的に小太鼓かな?と。違うかも、ですが)、 もともと楽器の音の聞き分けに自信ないうえに、演奏ではよくわかりませんでした。
コンサート翌朝の帰路に就く高速バス車中で走り書いたメモには、ここでもエレキが入る、と記されています。
第4プロムナード [Promenade]
5. 卵の殻をつけた雛の踊り ( Ballet des poussins dans leurs coques )
バレエ《トリブィ》のための衣裳デザイン
バレエファンなので、「Ballet」 という記述にすぐ反応しちゃいましたが、
小鳥がさえずるかのような可愛らしい音は、どうやらヴァイオリンの弦を指で弾いて出す音 (ピッツィカート奏法) のようです。
6. サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ ( Samuel Goldenberg und Schmuyle )
サムエル・ゴールデンベルク シュムイレ
(富めるユダヤ人) (貧しきユダヤ人)
「ビドロ」とともに、このあたりに、 ムソルグスキー と、彼の中に理想を見出そうとした スターソフ の提唱する 「民主主義」 が特に色濃く表れているのでしょうか。
第5プロムナード Promenade
7. リモージュの市場 ( Limoges - Le marche ) ギターが 「レッド・クロス」 に変ります。
( この照明のみ、この場面で使われていました。
『クラコン見聞録』 その②で、赤や黄、オレンジなどが点滅していた、と書いたもので、クライマックスへの 「序章」 を告げる。 )
8. カタコンベ - ローマ時代の墓 ( Catacombae - Sepulchrum Romanum )
パリのカタコンベ
死せる言葉による死者への呼びかけ ( Cum mortuis in lingua mortua ) (プロムナードの変形)
9. 鶏の足の上に建つ小屋 - バーバ・ヤガー ( La cabane sur des pattes de poule - Baba-Yaga )
大団円、クライマックスへと突き進みます。
10. キエフの大門 ( La grande porte de Kiev )
キエフ市の門の設計図
どの場面にエレキがどう絡んできたかとか、あんまり詳しいことは覚えていないのですが、
タカミーはずっと出ずっぱりで、時に演奏としては休みながらも、要所要所で弾いていたように思います。
エレキギターの入り方が絶妙
と、メモには記されてす。
そして最後の方で、
オーケストラという大海原 の、
音の波 に身を投げ出したタカミーが、
ギターを弾きながら、
ああ、きっと今
エクスタシーを感じているんだな そう確信できた瞬間があり、
聞いているこちらも、とても感動しました。
客席からは、
まるで高見沢俊彦がオーケストラを従えて、その頂点に君臨しているかのように見えたので (オーケストラの皆さん、横柄なことを申してすみません)
なんだか誇らしいような気さえして、
それまでの不安も抱えつつの初日と、感動のフィナーレに、本当に感慨深い想いで胸がいっぱいになりました。
本当に、ほんとうに素晴らしかったコンサート、
そしてこの二日間。
今度は上の方から、拍手にかき消されるほどでしたが 「ブラボー」 の声も2,3かかり、
心の底から充足感に裏打ちされたかのような高見沢が何度もこぶしを突き上げ、
西本さんが、振り切った安堵感に放心されたように、拍手の嵐に、何度も深くお辞儀をされました。
最後には高見沢が西本さんの手を取って、共にガッツポーズを振り上げるという愛嬌も見せ、
客席からはスタンディングオベーションで、壇上のみなさんにありったけの感謝と感動の気持ちで、
そして、最後まで一言も発しなかったタカミーと、一度も叫ばなかったファンの間を埋めるかのように、
一杯の拍手と、そして何度も何度も両手を振りながら
「心の声」 を思い切り投げかけている かのようにも見えました。
そして、今宵も感動のアンコール
『四季より“夏”・第3楽章』
昨日ナオミに聞いていたのでオーケストラの方々を注意深く見ていたら
ほんとに、拍手の代わりに笑顔でヴァイオリンの弦を鳴らしてくれていたので・・・
オーケストラの方々も喜んでくださっているのかなぁ~と、何だか暖かいような、嬉しい気持ちになれて・・・。
うるっ
煌めく情熱の “Black & Red” を激しく奏でるタカミーはなんてカッコいいんだろう
と思うと同時に、
ヴァイオリンの弓を激しく上下させる奏者の腕の動きが、みな一斉に揃っているのが
なんてゾクゾクするほどにカッコよくてきれいなんだろう・・・
チェロの腕の動きも素敵だわ・・・
というのを、この日は特に感じました。
もしかして、タカミーよりも見ちゃったかもです。
全てが終わってクロークに到着した時に時計を見たら、ドンピシャの19時。
ナオミが、会場との取り決めで、アンコールも含めて何時間にきっちり収めるとか、きっとあるんだよ、と言っていたことを思い出し
( うっそぉ~
アルコンて、始まるのもダラダラ押すけど(失礼)、終わるのもメンバーの調子がいいとどんどん伸びて3時間なんてザラだよ~(終電を気にする時でさえなければ、単に長くなるのは、メンバーも喜んでくれてるのかなと思ったり、得した気分になれて嬉しいけれど) )
そして、 (どんな時間の取決めかはもちろん知るはずもないが) きっかり2時間で終わったことにも、とても感心しました。
( クラコン慣れした皆さま、頓珍漢なことを書いていたらすみません。だんだんアルコン時間、アルコン常識が・・・
)
もうひとつ、当たり前かもしれないことなんですが、
通常アンコールというのは、それ用にあらかじめ用意しておいた 「本編とは違う曲」 をやるものですが (それも聞かせどころだったり、お楽しみ的な意味合いを込めたりなど色々ある)
今回は、オーケストラとタカミーとで合わせた曲が、本編でやったものしかない(それしか弾けない)、ということなんでしょうね。
長さ的にも盛り上がり方からも 『四季より“夏”・第3楽章』 が最適ということで・・・
そうか
ソロコンでタイトルロールをアンコールに演奏するのにも、そういう理由があったんだ
( アルフィーでは持ち歌はたくさんあるけれど、ソロコンの5人ギタリストで合わせてある曲が限られている )
と、この時初めて気づきました。
のちの、 2016.3.16 に公開されたビルボードジャパン公式サイト中の
『INNOVATION CLASSICS TOMOMI NISHIMOTO ×TOSHIHIKO TAKAMIZAWA(2.20)ライブレポート』 によると、
“観客のスタンディング・オベーションに応える形で、
バンドとオーケストラが
予定にはなかったアンコールを実施” した、となっていて
そうか、アンコール、最初の予定ではなかったのね、とちょっとびっくりしましたが。
( たいていアンコールも込みで時間や演目を考えてあると思いこんでたので。
それとも、想定していても、想定外のように書くのが、奥ゆかしい 「クラシックの流儀」 なのかな。
ナマいって、違ってたらごめんなさい。
アルコンなんてさぁ、アンコールが1と2とあり、本編くらい長くて、ちゃんと演目に組み込まれているのです。
“ALFEE'S LAW”・笑 )
話が 「大ソレ(ミオ)」 しちゃぃまシタが・・・
二日目、コンサート終了後のエントランスです。
西本智美さんのご本とCDを販売していました。 (※ 注3.)
Takamiy のCDは売られていなかったように思いましたが・・・
折角なので、アルフィーがオーケストラとコラボしたCDやDVD、Takamiy 監修のクラシックCD (※ 注4.) などを、主催者の方にお願いして置かせていただいたらよかったのに・・・と思いました。
2日間でコンサートに来られた、アルフィーやTakamiyのことをあまり知らない、西本さんファンやクラシックファンの方で、
Takamiy やこのコラボレーションに興味を持った方が手に取ってくれたかもしれないので。
写真の女性のように・・・積極的に売らなくてはだめですよね?
コンサートの感動と興奮でつぃ手にしてしまう、という心理市場は、かなりの狙い目ですよ。 (けっこう乗せられる人 σ(^^;))
会場を出たところで、オーチャードホール入口をパチリ
いつまでも熱気と余韻にあふれかえっていました・・・。
コンサートの余韻を胸に抱きながら、今日は一人だけど、前の人について歩いていったらだいじょーぶ、ちゃんと渋谷駅に着けるもんね。
頭の中を 『四季より“夏”・第3楽章』 がリフレイン・・・
と、途中でどんどん人気がなくなって、
ん
これはどー考えても渋谷駅方面ではにゃい。
と、あとから歩いてきた別の方に道を尋ねてみると、
ガーン
全くの逆方向でした。
よりによって、
たまたま 逆方向へ帰る方の後についてしまったようです。
たまたま、めったにいない、真逆方向へ帰る人の後についちゃったんだもん、
運が悪かったのよね。
と、来た道を戻り正しい方へ歩いていくと、すぐに、ちゃんと明るい繁華街。
いくらたまたまとはいえ、どう考えても逆になんて行きようがないわよなぁ~
と思えましたわ。
( エーン、自分なんでいつも、そーなるのぉ~
しかも、夜とはいえ、初めて来た場所ぢゃぁないのに。
) ※ 注5.
ああ、素敵な 「夏、第3楽章」 が・・・
と、カッコよく決まらずに、図らずも、いつものよーに
落ちがつぃちゃぃまシタが・・・
ゞ
でも、この二日間、素晴らしいコンサートに参加できて、
劇場もホールも素晴らしかったし、
そして気張ってお洒落していったことも、
コンサートのために 「予習」 したり、
着ていくものをあれこれ考えたり、
コンサートに向かうまでの道のり全てを含めて、このコンサート開催が決まってからというもの、
このコンサートにかけてきた日々は、私にとって、とても幸せな時間でした。
こんなにも幸せな時間を与えていただいて、
コンサートを企画、開催してくださった方々はもちろんのこと、
快く?(というより仕方なく・笑) 送り出してくれた、
姪の結婚式後、体調がイマイチながらも代わりに来てくれた姉を含めた、家族みんなへも感謝をこめて、
本当にありがとうございました。
※ コンサート写真はネットニュース等を写真に撮らせていただきました。
※ 注5.ネコタのマヌケな話。
前回、『クラコン見聞録』その1. で 「40周年セレコンの教訓」 と書いていた件についてですが・・・
一昨年の8月25日に、THE ALFEE デビュー40周年を記念する、思い出の武道館でのセレモニーコンサートがあったのですが、
またとない特別な 「セレモニー」 だけに、折角だからお洒落していこうかな? と思ったのですが・・・
当時も忙しくて、前日までに着ていく洋服を探せなくて (イナカというのもあるが)、 もーいいや、当日トーキョついたら、向こうで 「全揃えしよう
」 と思いつき、
少ない時間を駆使して京王デパートで 「お洋服の全揃え」 をしたのですが・・・
唯一の落とし穴、「新しい靴」 だけは、本番までに何度か履きならしておかないととんでもないことになる・・・
と、ゆーのを、うっかり忘れてまして・・・
靴ずれや外反母趾っぽい右の親指付け根の骨あたりがとんでもなく痛くなり・・・
ほんとのことを申しますと、セレコンでまた、皆さんも普段のように立ってたので、最後の方足が痛かったり色々で、もーコンサートどころでないほど意識がモーローとしかけてましたん。
もちろんコンサートは感動したんですけど、やっとの思いでホテルに戻り、
次の日もあまりの靴ずれの痛さに、上京するまで履いてきた履きなれたものでもなんでも、
とにかく、かかとがある 「靴」 というものなんて履けっこない、と思い・・・
と、私はあることを思いついたのです。
それは、ホテルの部屋に常備されている 「室内スリッパ」 を履いて帰ること。
幸い、よくある薄っぺらい白い不織布の使い捨てスリッパではなく、 そのホテルのは 「茶色い合皮のスリッパ・ちょぃサンダル風」(オープン・トウ) だったので、もしかして、そういうファッションに見えるかも・・・というのもあり、
だまって失敬してもバレなかったと思うのだが、根が正直なので σ(^^;)
ちゃんと理由を話して、買うので、このスリッパを履いて帰ってはだめか、とフロントで問い合わせてみました。
すると、上にも聞いてみないと、と言って、確認したらしきそののちに、備品なのでお金はいただけないが、仕方ないのでいいですよ、とフロントの方に言っていただき・・・
その後、ナオミとコムに別々に会ったので、コトの顛末とともに聞いてみたら、やっぱり 「ホテルのスリッパに見えるよ~
」 とのことでちょっとがっかりしましたが・笑 背に腹は代えられません。
痛みを感じることなく、何食わぬ顔で快適に高速バスで家路につきました。
ですがその後、そのホテルにはたびたび宿泊するのだけど、そんなことがあったせいなのかなんなのか、最近は部屋に置いてあるのが 「使い捨て不織布スリッパ」 に代わっていたのと、
あと、その時のフロントマンにたびたび合うのだけど、いつも笑われているような気がして (そういう 「笑い顔」 の人なんだとは思うが) なんとなく、いつも恥ずかしいんですぅ~。
これがモンダイの某ホテル室内スリッパです。ね、合皮で出来たサンダルっぽいでしょ? (記念に?大切にとってあります
)
つまり、前置きがチョーにゃがかったですが・・・
「新しい靴を下ろす時」 は、
ちゃんと事前に履きならしておくこと というのを、
つよく 「
MY モットー 」 にしておるのです。
( 靴は、その40thセレコンの際、その日着ていくワンピに合わせて買った靴より、もうちょっとおしゃれなほうが合うかなと思ったので、今回着ていくワンピに合わせてまた新しいのを買っちゃったので、 『見聞録・その1』 に書いたように、今回は何日もかけて 「家」 で少しずつ履き慣らして ”本番” に備えたのです。 )
※ 以下、文字数制限により、「補足-注釈の1~4」 などは、下にアップします。
時間的な順番としては逆ですが、読みやすさ等を配慮し、続けてこのまま、下の方へとお進みください。