猫田ジャレの 『 天然!にゃー語 』

~ 見ネコ聞くネコ言うネコの とびきり天然な日常 ~

ひと時の夏休み♪

2016年08月28日 | その他 色々
 翌日、巻末に “オマケのオモシロ写真” をUPしましたので、ぜひ、ご覧になってみてください        





 お盆明けに、都内の、と、ある、とっても素敵なところ (いつか機会があったら載せるかも?) に出かけてきました。

 その、あくる日は珍しく取材などを入れなかったので、仕事の合間のナオミと会ってもらい、東京駅でランチしました。

駅の構内を歩いていくと、
東京中央郵便局が、現在JPタワーになって、1階から5階までの部分が、「KITTE」(キッテ-「キ」にアクセントが来ます) という 複合商業施設 になっており、ナオミも初めて行くということで探検しました。


たまたま 『はっきょい』 という “お相撲さんフェアー” が開催 (本日まで) されていて

実物大の 「土俵セット」 や、スー女にはたまらなそうな 「お相撲さん土産、グッズ」 などを売っていました。




ホンモノの塩。 「伯方の塩」(写真左隅) を使用しているみたいです。 




「稀勢の里」 と同じ175キロの袋は、びくともしません。


 見ると、四股を踏むとそのステップの重さで “相撲の階級が付く” というのをやっていて、そういう面白いことの好きなナオミが早速チャレンジ。



判定は 「幕下」 でした。

では私も、ということで・・・   

ゼッタイにそれ以上の数字を出さなくては、と意気込みます。      




が、ナオミが笑かすので・・・ 「やだ、もー」。



せ~のっ



ヨイショー   (ドスン )   



脚がしびれるくらいに、叩きつけるように思いっくし踏んづけたので・・・
見事   それより一階級上回る 「十両級」 でした。

ヤッタァ~             

ん    そんなの自慢にならないって         



 でも、それよりももっと面白かったのは、みんなが列を作って待っていた、コレです。



まず、自分の好きな 「しこ名」 を漢字で二文字選んでパネルに入力。

その後撮影に移りますが、より “力士感” を出すには、前髪を上げること    


で、出来上がったのがこちらです。 

私は、Takamiy のソロアルバム・タイトルと同じ 『雷神』(2013.7.31 EMI)  にしましたが、
冠の 「栃」 とか下の 「麒麟」 というのは、自分では選べず、向こうで勝手につけてきます。



ナオミは怖そうな顔をわざと作ったので、本人とは全然似てませんが、
なんかさぁ~、こういう感じの 「おかみさん」 ていそうじゃない?    やだ、もぉ・笑。 

てか、ネコタは色んな理由から一念発起して、最近ではいつも 「口先だけ」、 あるいは 「三日と持たない坊主」 でしたが(笑)、
今回はちゃんと 「本気なダイエット」 をしまして、       
せっかく2か月半で6キロ減ったのに 
(目標は10キロ減とお腹や二の腕の引き締めなどだから、まだまだ目標には達してませんが、
数字だけでなく、自分で見た感じや、お腹周りが以前よりは苦しくなくなった、など、多少痩せてきたことを実感できたので・・・
今回は反動からリバウンドしやすい 「短期集中型」 はやめて、まぁ、これまではちょっとキツかったんですけど、
「一生もん」 のつもりで、これからも、ゆるく、ながぁ~く続けるつもりです。
いつかゆとりができましたら、体験談をこちらでもご紹介させていただきますので、楽しみに待っていてください )、

ダイエット前を思い出して、むちゃくちゃ嫌なんですけどぉ~・笑。   
( そのうえ、白塗りおバケ?・笑 )


 

こぉ~んなカンジで、会場パネルにも出てましたが、私だってわからないと思うから別にいいや、と思って。

あー、楽しかったぁ~。        笑った、笑った。
  

 そのあとは、KITTEの2階と3階の部分が、 『東京大学総合研究博物館』 になっているんですが、そちらも見学しました。
ナオミがあらかじめ調べていて、ここも見たいって言ったんだけど、私もまんざら興味がない分野ではないので・・・。

そして、入ってみたら、入場無料なのに、ものすごく見ごたえがあって、色んな展示物がものすごいんです     

ここで一日時間をつぶせそうなくらい。

古いものには、歴史やロマンを感じるので、けっこう好きです。一人で静かにじっくり見たい感じですね。
( 二人でも楽しかったけどね )

こちらの方は常設してますので、ご興味のある方や、ついでのある方は、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。


 KITTE 内 『東京大学総合研究博物館』

または、私たちの見た 「特設展示会」 のページはこちら。


 それから、KITTE内のレストランで 昼ビール&ランチ しました。    



イタリアンで、 「うにのパスタ」 と 「5種類のチーズのピザ」 を、それぞれが好きなものを選んで二人でシェア。

またしても話に夢中で、 「前菜」 以外の写真をすっかり撮り忘れました。       

ダイエット解禁日ということで、もっとお肉とかガッツリ食べたかったんですけど、無難な線に落ち着きました。   


ナオミとは、2月に西本智美さん指揮のクラシックコンサートにタカミーが出演した、あの、伝説の?  「オーチャードホール・コンサート」

(  西本智実×高見沢俊彦 伝統と革新の華麗なる夢の競演! 来春2/20、21 於オーチャードホール  2015年12月16日 | THE ALFEE & Takamiy カテゴリー 

 Takamiy & 西本智実 『INNOVATION CLASSICS』 (2/20,21) に行ってきましたぁ~!! その1  2016年03月03日 | THE ALFEE & Takamiy カテゴリー

Takamiy & 西本智実 『INNOVATION CLASSICS』 (2/20,21) に行ってきましたぁ~!! その2 2016年03月13日 | THE ALFEE & Takamiy カテゴリー

 Takamiy & 西本智実 『INNOVATION CLASSICS』 (2/20,21) に行ってきましたぁ~!! ファイナル   2016年03月20日 | THE ALFEE & Takamiy カテゴリー  

Takamiy & 西本智実 『INNOVATION CLASSICS』 (2/20,21) に行ってきましたぁ~!! 補足 2016年03月20日 | THE ALFEE & Takamiy

を、ご参照ください。  ) 

 
 
を一緒に見て以来なので・・・

積もる話が沢山あり・・・(もちろん  私が話すだけでなく、ナオミの趣味でやってるヨガの話なども興味深くて、色々聞きましたよん)

昨日の話、電子書籍のこと、取材のことなど、予定時間を過ぎるくらい、いっぱい、いっぱいお喋りしちゃいました     


ナオミ 「いやぁ、 (取材したものを基に作品書くのは大変だから) 年内かかるでしょ。
いいよ、ずーーーーっと何年やってても・笑。」

ネ 「やだ・笑。そんなわけにはいかない。年内には絶対書き上げて、
来年の春に 「打ち上げ」 で、また二人で京都に行こうよ。(※ 注) ナオミは忙しいから、もう、予約しとく。」

ナ 「ふうん、そっち (旅行) はいいけど。 (年内書き上げ予定の方は) 一応、聞いとくね・笑。ニヤニヤ…」

だと。


そういえば、企業家であるナオミは、この後、行き付けのネットカフェにて仕事をし (家族と同居なので気が散って家では仕事ができないらしい)
そのせいで、今 「シェア・オフィス」 というのに興味を持っていて、
先日まで依頼を受けているお客様と一緒に、ボストンのオフィスにその形態などの視察に行っていたのだとか。

時代の最先端を行くだけでなく、世界を股にかけて仕事する彼女は、本当にすごいと思う。

そして、その話はいつも刺激的です。( 興味深いという意味でも面白いし、実に面白おかしく喋るという意味で楽しいのと。 )


ナオミに会えて楽しかったし、今回の上京でしばらく行く予定はないつもりですが、色々リフレッシュできてよかったです。


 そういえばナオミは、別れるときいつもハグしてくれるのですが・・・

最初はちょっと恥ずかしかったんですが、

そのうちに、めったに会えないからしてくれるのかな、そんなに歓迎してくれてるのかしら、と、ちょっと喜んだものでしたが
(だって、トーキョ時代には、そんな風に別れたことはなかったから・・・)

よく考えたら、彼女は 「帰国子女」、 そっかぁ~、向こうでは 「ハグ」 って自然だったんだぁ~、と気づいたのでした。


 面白いのは、ナオミがお父様の仕事の関係でアメリカに行っていたのは中高生のころなんですが、
何年も前に、コンピュータグラフィックなどを使って仏像やお寺に関係のある仕事をしていた時に、

「まず、そういうお寺や仏像、日本史を知らないから、簡単にわかる子ども向けマンガを買って勉強した (ん? 私が 「バレエ」 について知ろうと思った時と同じだな・笑)。」 というので

「えー、だって、修学旅行で行かなかったの?」 と言ってしまってから気づいたんだけど・・・
たいてい修学旅行で行く 「奈良や京都」 なんだけど、その、 “修学旅行” の頃は向こうに行ってたから、行ったことがなかったんだぁ~、という驚き。   


 あと、大人になってからだけど、バスでアメリカのグランドキャニオンだったかな? を通ったときに
「英語」 で感動した時の感情が胸に沸き起こったんですって 

その時に初めて、自分の感情をいちばん素直に表せる言語は 「英語なんだ」 って気づいたんだって。

ほ、ほーーーー    もんですな。


 でも、なんとなく、わかるわぁ。
私は自分の感情を最も素直にあらわせるのは、ほかならぬ 「日本語」 であり、
その 「日本語」 を使って、いかに適切で、かつ研ぎ澄まされた美しい言い回しができるかに、日々心を砕いて生きているので  (以前にも言いましたが 「文語体」 で物事を考えている女と読んでくれたまえ ) 
それ以外の言語 (最も日本語以外はほぼ知らないのだが ) で思考することはできない         と、
もっともらしく 「豪語」 (ほざいて) おるのだが・・・

え゛っ  ちょっと違うって???      
他の言語を知らない言い訳に過ぎないって        あはは・・・ 


以上、こぼれ話でした。




 さてさて、もうじき8月も終わりです。

取材も、ひところの様に、三日ごとに入ってスケジュール表がびっしり埋まっていた時と違って、だいぶ少なくなってきたので


 何もない時の午前中は、書斎の片づけ (暮れにパソコンの先生に来ていただいた時にあんなにきれいに片付けたのに、半年以上たったら、またまた物置と化して、とてもここで書くどころの気分ではないので…) や、

キッチンの引きだしの扉が二か所、外れたままになっていてできなかったところをやっと修繕したり (が、こちらがなかなか手ごわく、書斎が中断したままになってしまっている)、

 そうそう、ガステーブルの魚焼の部分が故障したので治してもらったり (ビルドインタイプのものを、入居した時に改築して付けてもらったものから、一回、当時の最新型のものに入れ替えたのだが、その時からすでに12年もたっていたらしく、第一、第二段階とダメなら、もう部品がなく、その場合は全替えかも、と言われ青くなってたんですが…なんとか、第一段階の部品交換だけで済み、ホッ)

 ずーーーーっと気になっていたけど、頼む余裕のなかったダスキンに、やっとのことで入ってもらい、
ちょーきちゃないお風呂と、ついでに洗面所、自分ではどうやってもできなかったトイレの便器の奥の方とか細かいところなどをお掃除してもらいました。

そして、もう自分でやるのが嫌になった (だって、ものすごい面倒で億劫な箇所も含めて、プロがやると、短時間で細かいとこまで、感動的にきれいになるんだもん) お風呂掃除は、 「3か月に一度の定期契約」 というのにしました。

このくらいのペースで入ってもらうと、ほぼ、汚れがひどくならないらしいのと、一回分が単発で頼むときの正規のお値段の約半額になるのです。

そのうえ、定期サービスだと依頼の集中する年末などでも優先的に取り易いのと、
その他にも、定期契約のお客さん専用のお得なサービスのお知らせ等もしてくれるらしく、すんごいおトク感が    


そんな感じで、家でのんびり? 家事などをして、行く夏を惜しみつつ、しばし、嵐の前の静けさ (笑) を過ごしています。      


 もちろん、なるべく早く片づけなどを終わりにして、作品を書く方に今度は精を出さなくては、という想いはトーゼンありますが・・・

まだ、取材がすんでない方もいらっしゃるのですが、
今まで3か月くらいずっと根を詰めて取材に奔走してきたので、少しはこういう小休止? みたいな時間も必要で、でないと持たないので、


ご理解と、ひき続きの応援のほどを、よろしくお願いいたします。       





【 ※ 注 】    
2010年、 「奈良遷都1300年」 を記念して、
だけど日程がうまく合わなくて、やっと行くことができたのは、平城宮跡で4月24日~11月7日まで開催されていた 「平常遷都1300年祭」 は既に終わってしまっていた12月初頭だったのだけれど、
ナオミと二人で、大好きな 「奈良、京都へ2泊3日旅行」 をしたときのことを指しています。

この時のことを長年UPしようと思いつつもできてないのですが・・・
ふと思いついて、その時の “オモシロ写真” を、UPしますね 


  

ナオミが、奈良公園付近に落ちていた木の枝をシカの角にしたので



おもしろがって私もやってみました・笑。  もしくは、遷都1300年キャラクター 「せんとくん」 とも言います。


2日目の朝7時ころに尋ねた、
キリッと冴えた、澄んだ冷たい空気の中で見た、まだ人影もまばらな、奈良 「興福寺」 の、五重塔ほか、ずっしりとたたずむ太古の建造物、
町中を悠々と歩いていたシカなど、忘れられません。
( 「興福寺・宝物殿」 で見た、タカミーが日頃より大好きで、曲まで作っちゃった 「阿修羅像」 ももちろんよかったです。 )


3日目は京都に行き、子供のころからずっと憧れていて尋ねてみたかった 「弥勒菩薩(みろくぼさつ)」 を見に、雨の 「広隆寺(こうりゅうじ)」 へ。

何故かというと、家に 「“広隆寺”の 弥勒菩薩の仏頭」 が壁に架けられていて、それを眺めながら育ったからなのですが (詳しくはいつか書きます)

何十分も黙って、その優しいお姿を眺めて、満ち足りた想いで仏像の安置されている 「霊宝殿」 を出てきたところ、突然ナオミが



「弥勒菩薩半跏思惟像(-はんかしいぞう) 」 と言ってポーズし、ネコタもやるんだよ・笑、というので・・・   

仕方なく? 私も真似してみました。    



「冬の京都は寒い」 と聞いていたので、いっぱい着こんで行ったら・・・
なんのことはない、厳寒のKに比べたら、まるで秋、でした。      

いっぱい着込んでいるだけでなく、この時の服装が、当時は考えたつもりだったのに、今見るとちょーダサイので、恥ずかしいのですが。   

   

なんとなく、口元が笑ってますが・・・          
ナオミの方が似てますよね?

ちなみに、知らない方のために、右に本物の 『広隆寺の弥勒菩薩(半跏思惟像)』 様のお写真を載せておきます。
右手をほほに添えて思索(思惟)するお姿と、右足で半跏を組まれていらっしゃのるが特徴で、その、特徴をマネしてみました。

ですが、この仏様の最大の魅力は、修行中の身であるにもかかわらず (注の注:下) まるで悟りを開いたかのように優しくほほ笑まれている感じ (アルカイック・スマイル) に見えるところで、
じっと眺めていると、あらゆる悩み、辛さ、苦しさ、煩悩などを救ってくださるかのような、心が洗われ、魂が救われるように感じられるところだと思います。

 
( 『弥勒菩薩半跏思惟像』 は他に 「中宮寺」(奈良)、 「野中寺」(大阪) のものなども有名。 )
※ 画像はサイトよりお借りしました。   
   
                
 
ナオミは、一緒にいると楽しいだけでなく、発想がとてもユニーク? おバカ? なので、ついつられます・笑。


2日目の午後、明日香村の寺巡りをするために、レンタサイクルを漕ぎながら、あんまり楽しくて、先を走るナオミの背中を見つめながら

アルフィーの曲の一節

「君がいれば いつだって Sunny days!!」 (『Good Times Boogie』 作詞作曲:高見沢俊彦 より)

が頭の中でずっとリフレインしていました。    


遷都1300年記念だけではなくて、なんか色々落ち込んでいる時? か何かで、おそらく気分転換を兼ねて行ったんだと思います。


今の作品を書き上げて、ちゃんと 「電子書籍」 にして、晴れて、大好きで自分にとって神聖なる京都へ、楽しい羽伸ばし旅行に行きたいです。

( ほんとは、最初の予定では夏には刊行されていると思っていたので・・・
京都の 「川床」 へ、浴衣を着て 「鱧(ハモ)料理」 を食べに行こう  と、秘かに思っていたのですが、
全然間に合わなかったので・・・  )



それが今の、ささやかな 夢(目標) です。    


 




【 注の注 】 
「菩薩」 とは、 「如来」 (悟りをひらいた仏様) になるための修行中の仏様のことを言います。
弥勒菩薩が 「思惟」 (物思いにふけっている) しているのも、悟りを開くための修行中の身であるためです。













松商・取材関連ニュースその5.

2016年08月16日 | 松商、中原監督 関連
 大変長らくお待たせしました     



 「松商ナイン1991年の快進撃~球児たちの15年~」
第三部 『 25年目の真実~すべての道はつながっている~ 』 (仮題)  
年内発売予定   ( 書籍発行から10年、あの年の快進撃より25年の時を経て “現在(いま)を生きる” 選手たちの姿を、
H3メンバーとその下の2学年も含めて勢力取材した、著者渾身のドキュメンタリー 「第2弾」  )
 スミマセン、9月発売なんて、どう考えても無理なことがわかりました。   
伸ばしてばかりでごめんなさい・・・。    



   表紙デザイン(仮)決定     


 『25年後の選手たちを追う旅』 (ネコタの取材日記    


 取材 第五弾 は、7月~8月初めに会った方々をまとめてご紹介。



タカミーが音楽監督と司会を務める 『ウルトラマン生誕50周年記念 THE ROCK 2016』 を杉並公会堂に見に行った翌日の
 7月10日、運よく 東京ドーム にて 「巨人 対 横浜DeNA」 の試合があったので見に行ってきました。

この日に試合を見に行くことはかなり前から決めていたのに、もたもたしていてチケットを取り忘れていたので、もう立見席しか残っていませんでした。     



「立見席」 より、はるか遠くの3塁コーチャー、 H3の 上田佳範君 を (時折双眼鏡にて) 望む。

3塁付近 (ホーム寄り) に立っている、青いユニフォームに白いズボンの人が上田君です。


見ていると、そういえば、いちばんの最初は、この人を追っていたんだなぁ~というのを思い出し・・・

25年前、君を追っかけているうちに、こんなところまで来てしまったよ。    

と、しみじみと、感慨深く思いました。
   
( 1991年の春の快進撃によって、途中からでしたが 「郷土の名誉」 とばかりに松商チームを応援し始めたので、
もちろん、テレビ画面の中の、試合を通してだけでしか彼らのことを知らなかったし、
ただ純粋に甲子園での試合の行方と勝敗だけを信じ、全てが彼の右肩にかかっていると思い込んでましたので。 )

それと、やっぱり中原監督の人柄に惹かれてここまで来ちゃったんだな、とも。

( 毎回、試合終了後の勝利監督インタビューが大好きで、監督の笑顔と、そして当時は東京にいたので監督の 「松本訛り」 に郷愁を感じて嬉しくなってました。)






青一色のスタンド。



高校生くらいでしょうか。応援に命を懸けてる感じの男の子4人組でした。微笑ましかったですよ。
終わった後時間があれば話しかけてみたかったんですけどね。ちょっと勇気もなく・笑。

ただし、アルコンのスタンディングとは違うので、55歳のオバサンに野球観戦の立ち見はつらく(暑いし)・・・     
途中から巨人の攻撃の際にはしゃがみ、遊びで見にきているわけではないんだから、と我慢していたビールを、5回裏だったか7回裏だったかのグラウンド整備中に、1杯だけですがついに飲んでしまいました。   

試合は4回までに7対4とDeNAがリードしていたので、勝てるかも、と思ったものですが、5回と7回に3点ずつ入れられてしまい、残念ながら10対7でDeNAが負けてしまいました。


そのあと、せっかく差し入れを持参したので、待つこと1時間、やっと電話がつながった頃には、球場を出て既に車で帰路につきかけていた上田君にドーム近くまで戻ってもらい、半ば強引に? 差し入れをお渡しすることに・・・。   

上田君、その節はお疲れのところをどうもすみませんでした。      

でも、この時の会話で、その後の上田君の取材の際、間に入ってくださった球団側の方との連絡 (既にご本人とは日時が決まり、球団側への申し込みを済ませて連絡待ち状態だったもの) がスムーズに行くことになったので、私はお会いできてよかったと思っているのですが・・・。



 7月12日、H4の 本木 照学(みつひさ) くん。

昨年の3学年忘年会には来ていなかったのですが、10年前には参加していて、同じH4の堤君が仲が良かったからと連絡を取ってくれ、会えることになりました。

なんでも、H3の 内藤 玉樹 くんの従兄弟だそうです。
楽天的なのか、お話を聞いていてもとても楽しく、色々たくさん聞けてよかったです。
当直明けのお疲れのところをお時間を作っていただき、どうもありがとうございました。


 7月14日(木)、前日に雨のために順延となった 日本ウェルネス筑北高校 × 諏訪双葉高 の試合を諏訪湖スタジアムに見に行ってきました。

( 『やったぁ~! ウェルネス筑北初勝利!!』  2016年07月14日 | 松商、中原監督 関連カテゴリー参照。 )


 7月17日(日)、14日に勝ったので、日本ウェルネス筑北高校の3回戦、対 松本工業 の試合を、同じく諏訪湖スタジアムにて観戦。

 ( 「よくやった! ウェルネス筑北高校!! + 『緊急速報』」  2016年07月27日 | 松商、中原監督 関連カテゴリー参照。 )


 7月22日、 H3 等々力 直樹 君。

なんでも二人目のお子さんがもうじき生まれそう、という大変な時にお時間を作っていただきました。
色々たくさん喋っていただき、有意義な楽しい時間でした。ありがとうございました。


 7月25日、 H3 林 貴士 君。

前日の24日(日)に、母校松商学園 と 佐久長聖 が松本市野球場にて 長野県大会 “決勝戦” を戦ったので見に行ったところ
(試合は残念ながら松商が負けてしまい、王者奪回、甲子園出場はなりませんでしたが)、
会場で忘年会以来の 内藤 学 君と 高橋 巧 君に会い、野球観戦も含めて楽しかったと言ってました。

相変らず、お茶目な林君、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。


アルフィー夏のイベント参加のため、7月30,31日と新横浜に行った翌日、
 7月26~28日までは名古屋、7月29~31日は広島の球場に行っていた 
H3で唯一プロに進み、現在DeNAコーチを務める 上田 佳範 君が、
オフとなる 8月1日、球団本拠地のある 新横浜 に戻ってきたので、新横浜にて会っていただきました。

私もたまたま新横浜に行っていたこと、上田君もオフのこの日に戻って来れたことなど、
7月10日の野球観戦に引き続き、私の上京とうまい具合に重なるという、ラッキーなことが続きました。

朝早く広島を出て午後に到着したばかりの非常にお疲れなところだったので、球団からはできれば手短にしてあげてくださいと事前に言われていたのですが (球団の立ち合いはなく会っていただけました)、
10年前は、たまたま中日に移った直後であまり時間が取れなかったため聞けなかったことを、この際だからとつい、沢山聞いてしまいました。
( 他のH3メンバー同様、松商卒業直後には一度じっくりと取材させていただいてますが、あまりにも大昔なのと、当時はこちらも取材慣れしておらず、最初に本を出す時には大いに参考になったのだけれど、今現在となっては覚えていることが少ないため。また、本に書かれたことをどう思ったかなども聞いてみたかったけれど、本は読んだような気はするが、内容についてはあまりよく覚えていないようでした。 )

ですが今回あらためてお聞きしたところ、25年前のことなのに、甲子園でのことをよく覚えているようで、話しはじめると沢山喋ってくれたこと、
そしてプロ野球に入ってからのことなど、今まで知らなかった有意義な話がたくさん聞けました。

チームの他のメンバーと同条件で、と言って取材に応じてくださったこと、
また、最初の予定より時間が大幅に伸びてしまい本当に申し訳なかったのですが、貴重なお時間をいとわずに、本音で喋ってくれたこと、心よりありがとうございました。



 8月7日、富山県在住 (この4月からは福井に赴任中) の H4のキャプテン、 濱 栄行(ひでゆき) 君が実家に帰省中の貴重なお時間を割いて取材に応じてくださいました。

H4の、濱君、壇原君、宮澤太一君の3人は、H3のチームに混ざって甲子園の試合にも出場したことから、10年前に初出版された拙著書の中に、下級生の中で唯一登場しているのですが、
いくらH3のチームメンバーが主役のお話しだから仕方がないとしても、申し訳ないくらいにほんの少ししか出てこなかったのが、今思うと非常に申し訳なかったのですが、

このたび、下の学年のことも書けるので、やっと少しは罪滅ぼしができるかな、と思えるのが嬉しいですし、
また、チーム事情からなる噂? はこれまで会ってきたH4のメンバーから聞いていたのですが、ご本人にお会いして、ちゃんとこの目で確かめられたので、本当によかったです。

キャプテンになるべくしてなった、とてもまじめで誠実な濱君、貴重なお時間をどうもありがとうございました。



 「3学年忘年会に来るんだったらさ、下の学年の奴らにも話を聞いてやってくれよ。」
きっかけは、H3の小口君のひと言でしたが、

一口に下の学年と言っても、偉大なるH3チームのすぐ下だったため故の苦難を強いられたH4チームと、
2つ離れているために、また違った思いで望んできたH5のチームは、それぞけれカラーが違うのだなと気づきました。

40人もの取材相手に、最初はどうなることかと途方にくれたりしましたが、

ほんとうに、皆さんにお会いできてよかった。


貴重な時間を割いてお話しくださった皆様には、心より感謝いたします。


これで 31/40、
残り9人となりました 


図らずも発行が延びそうなので、これから時間を作ってくださる方たちも,何とか会えるのではないかと思っています。

これからの方は、引き続きのご協力を、どうぞよろしくお願いいたします。   



ようやくここまで辿りつけましたが、

これからがある意味本番。


皆さまの貴重なお話をどうまとめていけるのかと思うと、緊張と、そのやり甲斐と使命感とに武者震いがします。     


お盆も終わり、後半戦に向け、更なる挑戦が続きますので、皆さまどうぞ暖かくお見守り下さりつつ、

変わらぬ応援のほど、どうかよろしくお願い致します。        




すぐ下に、ウェルネス高校のテレビドキュメント記事を同日にUPしてありますので、合わせてお読みいただけますと幸いです。    











TVドキュメンタリー 『小さな村のベースボール協奏曲』 テレビ信州:7月30日放送

2016年08月16日 | 松商、中原監督 関連
 大変長らくお待たせしました 


先日放送された 「日本ウェルネス筑北キャンパス野球部」 のTVドキュメンタリーをダイジェストでお伝えします。




7月30日放送、制作:テレビ信州



このドラマは、信州築北村に新しく開校した高校の野球部と、村人たちとの交流を描いたお話です。



山間の、小さな農村



ウェルネス筑北キャンパスが前年9月に開校、



今年4月、「スポーツコース」 の入学式が執り行われました。



野球部には、
過去通算33年間の監督生活で、春3度、夏8度の甲子園出場を果たし、
県内の高校野球指導者では歴代最多の甲子園通算14勝を誇る名将 中原英孝監督が迎え入れられました。
早くも期待が高まります。



みんなの夢は、やっぱり甲子園。


選手たちは









中原監督の指導に希望が膨らみます。




我が木曽福島町から入学した 熊谷 秀明 くん。FBC(地元、福島ベースボールクラブ)の練習着を着てます。

なぜ、遠くウェルネスを選んだか、いつか機会があったら聞いてみたいですね。



夏の選手権大会に間に合えば、と思っていたのに春季大会からの参加が認められました。



村人の期待も高まります。



ウェルネス高校の新ユニフォームも届き、みんなのやる気も上昇します。



が、活動開始1カ月にも満たない1年生だけのチームは、
上級生の見本や指導もあおげぬまま、練習態度から基本動作まで監督に注意されっぱなし、

この試合も松本工に惨敗してしまいます。




しかしながら、それを契機として一念発起したチームは、
その後、早くも練習試合で対戦が実現した、中原監督の母校 「松商学園高校1年生チーム」 に勝利する、という成長を見せます。



だが、試合を見守る中原監督は



これに甘んじることのない、更なる課題を要求します。




そんな中で行われた、学校と村人との交流 「田植え行事」。





村人も喜んでくれる中で



選手も泥んこになって大はしゃぎ。しばし、厳しい練習の息抜きとなりました。




また、村では 「バッティングゲージ」 を寄付、設置するなど、協力も惜しみません。





村長も大喜び。







春の大会もわざわざ見に行きましたけど、ボロ負けかと思ったら、けっこうよかったですよ。



なかには



野球部用のサツマイモまで作ってくれる人が。





できた野菜を学校に運んでプレゼントしてくれる農家の人たち。
皆さんの善意で、生徒の食事も大助かり。


なかでも感心するのは



人間形成に重きを置く 「中原野球」。



33年間の指導生活の中で一度も欠かしたたことのないという、選手と監督の間を行き来する 「交換ノート(野球ノート)」。



沢山の新聞切抜きの中から、選手一人一人に合った話題の記事を貼り付けます。



話題は、世の中の出来事、地域の生活に関することなど多岐にわたり、野球以外の大切なことも伝えようとしてくれます。

見事としか言いようがありません。




春から夏までに、平日は練習、土日は一日二試合もの練習試合を組み、その数は実に40試合にも及びました。

始動間もない弱小チームが、やがて勝つ方が多くなっていることに驚きます。




春季大会以降エースを任されている 高山 蓮。



中学時代は名ショートだったが、ここにきてキャッチャーを命じられ、
中原にことあるごとに叱られては鍛えあげられた 内藤 智哉 は





夏の選手権大会を前に、キャプテンで4番も打つ 河野 健太郎 も意欲を見せます。




大会を前に 「後援会」 も発足し



「壮行会」 まで開催してくれました。


選手たちも





黙々とバットを振り続けます。


だが、チーム始動から95日目、運命の日がやってきます。



背番号をもらえなかったメンバーのために、中原は、

「外れた人たちも補助員として全員で一つのチームだから、それを忘れないように。」 と言い渡します。



そういいながらも、この日が一番つらいのだと監督は言います。




雨で順延となった
7月14日の諏訪湖スタジアム。



中村さんも農業を休んでかけつけ



食事を担当し、選手の心身を親身になってサポートし続ける丸山さんもスタンドで見守ります。



平日のため、応援団は同校の 「蹴球部」 が買って出てくれました。




試合の動向を見守る中原監督。 この鋭いまなざしは、25年前と少しも変わっていません。



思わぬ活躍にスタンドは大フィーバー。



女子マネも祈るような気持ちで試合を見つめます。



そして、ウェルネス校は、公式戦初勝利をつかみます。



バスの中で急きょ練習した校歌、こんなに早く歌えるとは思ってもみませんでした。  笑顔がはじけます。






「中原節」 も、ひと言ひと言に重みを感じます。




主将 河野君。



捕手 内藤君。



ピッチャー 高山君。 
「初めて、みんなの思いをのせたピッチングができた」 と満足げ。






勝利の喜びをかみしめます。 みな、嬉しそう。


さて、つづく三回戦は日曜日。



いよいよ地元吹奏楽団 「ニュージェンタース」 の出番です。



“村のことなので”



「車に乗ってるのに、挨拶してくれて、なんていい子たちなんだって」 団員たちも、心から応援してくれています。



 第三試合、7月17日、諏訪湖スタジアム。

前回も100人以上の村民が駆けつけましたが、





初戦を突破したこともあり、300人もの大応援団へと膨れ上がりました。





この日の相手は、春季大会でコールド負けを喫した因縁の松本工。



8回の代打には、
春にチャンスで打てず試合の流れを止めてしまったため、以後控えに回されてしまった副首相の 奥野 史哉 君。

見事センター前ヒットを飛ばし成長を見せるという “ドラマ”付き でした。


試合は結局負けてしまったけれど・・・



中村さんも感慨深げ。



こうしてチームと一緒に戦ってきた村民、父兄たちの夏も終わりを告げます。






頑張る姿が村民にも伝わり、

選手たちもまた、大きな応援をもらっているという自覚が、頑張ろうという気持ちを生む、と。

中原も、村人との交流が大きなエネルギーであることを盛んに伝えます。








左端は中原。



スコアを付ける日々。



山道を登りグラウンドへと通う。




丸山さんは、 「自分は選手の応援団」 といいきり、
早朝5時から夜の8時まで、寮生の3度の、部員の給食面から胃袋と心を支え続ける。

この日は、暖かいパスタを球場まで運ぶ。料理も気持ちも温かい。





それぞれが秋に向けての課題を



主将 河野 健太郎 の確かな目を支えに、チームが一丸となり



一人一人の大きな夢に向かって。



始動約三カ月の、全員が1年生だけのチームが



村民の熱い視線を感じながら



父兄の応援を背に受け、小さな村と熱きグラウンドに旋風を巻き起こす。




これからも、どこまでも、夢と白球を追いかけながら・・・



監督 中原英孝 の挑戦も続く。



みんなで書いた 「ウイニングボール」。  この喜びをいつまでも忘れずに・・・。








※ テレビ画面を写真に撮り掲載させていただきました。   




 











近況と、ソラシロ&チビ

2016年08月14日 | 猫・犬



またまた長らくのご無沙汰、申し訳ありません・・・。    

何しろ、店の仕事がたまりにたまっていまして、毎日やっても終わらない、       

そして、4月からスタートし、主に5~7月にかけてがピークで、連日のように入っていた松商関係の取材や試合観戦などが、やや一段落を迎えてきた感があり、ちょっと一息ついちゃった  (後述)

加えてお盆で店も少しだけ忙しく・・・(忙しいのはここ最近は12,13日くらいで、日時指定の配達を除けば店は落ち着きました)

盆前の墓掃除、迎え盆、自宅と親の家、店の掃除など、やっと終わってややお疲れ        


 オリンピック、本が出た年のトリノ、そして今年はリオと、なぜか大変な時にばかりあるので・・・   

最初はちょっとボーっとしてたんですが、

男子体操団体の金、内村君個人総合二連覇など、やはりうるっとしますよね。            
(体操についてはちゃんと書こうとすると、自分の思い出話も込み~の、トンデモナク長くなるので、この辺にしときます・笑)

もちろん、他のスポーツにも、メダルや勝敗の陰にさまざまなドラマがあり・・・

やはり、体を極限まで追い込んで一瞬の勝負に挑む 「スポーツ」 に賭ける人たちの姿は、見ている私たちにも沢山の感動を与えてくれます。

いよいよ後半戦、ガンバレ、ニッポン      



 そして、お待たせしました    「ソラシロチビ情報」 を。


 チビ、その後・・・。



慣れ親しんだものがいいのかなと思い、チビちゃんは元の飼い主の使っていた首輪とリードをしたままだったのですが、首輪の金具が外れやすくなっていて、何度か知らずに取れちゃって困ったので、新しいのに買い換えました。

新しいのは、ハートマークがついてるのです。      カワイイ。  親ばか・笑。



ついでにリードも変えて、気分も一新。 ピンクでかわいいのです・笑。




店の前の柱には、カンタンに架けられるようにと、前使っていたリードの切れ端を利用して、金具を付けました。

これと同じフックが、自宅、店の裏のランニングチェーンのところと、ここ、店の前と、3箇所に取り付けたので、リードだけを外して移動できるようになりました。   
   

 ソラシロ



フト気づいたら、またしてもソラチが登ってました。



「撫でてください」 ポーズをしてせがむのですが・・・



こぉ~んなに、高いんですぅ~。   

今度の冷蔵庫は、撫でてやるには、脚立に上らなきゃ届かないって。   



下の方でそれを眺めるシロチ。

きっと、シロは重くて登れないんだと思います。    




ときには、こんな上でエサを食べたことも。



天井、くっついてます・笑。




アヅイので、扇風機の風を受けつつ、ノピてるソラチ。



これは7月のですが・・・

部屋の隅っこがソラで、ソファーの上で風に当たっているのがシロチです。




夫の夏用の肌掛けは、ソラチのおしっこを恐れてカバーをつけなかったのですが、見た目と肌触りがいかにも暑い気がして、
つけた途端にシロチが丸まってました。(新しいものは何でも自分のものにしたがるシロ 

下の茶色いのは夫のパジャマ。

  

 初ご対面    

玄関わきの縁の下 (ちょうどリビングのあるところ) の奥に蜂が巣を作ってしまい、見えない場所だけに、中々駆除できません。

夫が 「蜂撃退スプレー」 を二晩にわたり噴射した  (一回でスプレー缶一本を使い切るのだが) ので
そのたびに、同じ玄関わきの反対側につないであるチビを、一時的に玄関の中に避難させてました。



“完全家猫ちゃん” の二人は、外部の人間にめっちゃ弱く、人が来ると 「ネコ、見たかったのに~。」 というご期待に反して、どこかへ隠れちゃうんですが

わりと、物おじしない方のシロがすぐ近くまで行ってジッと 「観察」 してます・笑。



でも、ぢつは、とお~くの方で、ソラチもなに気に “侵入者” の動向をうかがっているようです。


今まで、なんとなくチビが “いる気配” を感じていたものの、はっきりと 「見た」 のはこの二日間が初めてかと思うのですが・・・

前、ゴンのいたときは一緒にリビングでずっと仲良く過ごしていたから、 「まったく初めて見る生き物」、 ではないと思うので・・・

わりと平気なのかも。   顔も似てるし、ゴンちが帰ってきたと思ったかな?





仲良しな時の二人。   

べったり寄り添い、手の向きまで “双子ちゃん” のように全くおんなじポーズをしてます。       

そうかと思うとたまに大ケンカするので・・・この二人はわからん      


※ 写真冒頭:茄子のお馬さんに乗って、ゴンドラ、モモチも帰ってきてくれているでしょうか?





 畑の新ジャガが採れたので、大根の千切りとみそ汁にしました。(絹さやでもイケます)

初物なので、とっても美味しかったです。

カロリーが高いので最近は控えてますが、・・・どんな料理にもできておいしいから、ほんとはジャガイモ大好き 



 おまけ・・・ 





だ、そうですよ?
自分でもビックリ    


よしっ    ガンバルぞっ  

エィエィ、オーーーー             








あっ!っという間に8月・・・

2016年08月06日 | その他 色々
71年前の今日、世界で初めて広島に原爆が投下されました。

あのような忌まわしいことが二度と起こらないように、そして、核のない平和な世界を作ることができたなら・・・。

毎年、せめてこの時期だけでもいいから、テレビや新聞などのニュースを見ながら考えられたらいいですね。



リオ・オリンピックもいよいよ始まりましたが・・・

皆さま、大変長らく間が空いてしまいまして、申し訳ありません。   
   




8月の 「手ぬぐいタペストリー」 と 



「花火の暖簾」 を出しました。

グラジオラスは夫が切ってきて活けました。



さてさて、だいぶ遅くなってしまいましたが、6,7月の出来事です。


 6月29日、昨年11月に、松本市島内(しまうち) の父の5人兄妹の長兄 (父は4番目) が長年の療養の末に亡くなり、私もお別れに行きたかったのだけど、
現実問題として、人を乗せて松本まで行ったことがなくて怖かったので、夫が父を車に乗せて一緒にお葬式に行ってくれたのだけど、

やはり行かれなかった東京の姉や母も連れて、一度お墓参りに行きたいね、と言っていたのが、やっと実現しました。

Kから、夫の運転で私と両親が乗って行き、松本駅で東京から来た姉を拾って、まず長兄 (伯父) の家に。
伯父の子どもで従兄妹のM兄ちゃんと、何年か前に従兄妹 (父の妹の子) のK子ちゃんと伯父と叔母のお見舞いに行ったときに、二人の面倒をとてもよく見ていたM兄ちゃんの娘が、その後結婚し、実家の目と鼻の先のところに家を建てて住んでいるんだけど初孫をつれて、

そして、母や姉とは何年ぶりかで会うためか、市内に嫁いでいるY姉ちゃんとT姉ちゃんまで来てくれてました。

お見舞いに行ったときにかなり痴呆があったけど、若々しくて元気いっぱいだったおばちゃん (長兄の奥さん) は、
昨年母と同じ大たい骨を骨折し寝たきりになっていて、以前会った時よりだいぶ年を取って見えました。
おじちゃんが亡くなったことは伝えてないのだそうです。

いつもニコニコしていて、子供の時から、ずっとやさしかったおばちゃん。
母は 「義姉(ねえ)さんに会いたいよ~。」 と言っていたので、ベッドを起こして半分寝たままのおばちゃんの手を握り締めて話していました。
たぶん、義妹(年は母とあまり変わらないのだが) とはわかってなかったと思うけど、何か伝わったと信じています。

島内ではびっくりするくらいのお茶菓子を用意してくれていて、お茶を飲みながらひとしきり歓談し、家の近くにある墓地へ、これから仕事だというT姉ちゃん以外のみんなでお墓参りをし、そのあとY姉ちゃんの案内でお昼におそばを食べに行きました。
Kみたいな日本風の蕎麦屋ではなく、モダンな感じでした。
( ダイエット中なんですがこういうイベント時は解禁にしているので、せっかくだから天ぷらの乗った豪華ぶっかけそばを食べました。写真はつぃ、撮り忘れちゃった。 )

その後、父の妹の T子おばちゃん (兄妹の一番下でK子ちゃんやいつもパソコンでお世話になっているH君のお母さん) とおじちゃんに会いに、同じ松本の 和田 に行きました。

T子おばちゃんも最近になって、どうやら痴呆が始まったらしいと聞いたのですが、行ったときは普通の会話をしている感じでした。
でも、自宅で仕事をしているHくん (母家とは廊下つながりの家に住んでいるので) が何くれとなく世話を焼いていて、変と言えばちょっと変だったかも。(島内のおばちゃんほど訳の分からないことは言わないですが)

和田でも色々出してくれたんだけど、島内とおそば屋さんで沢山食べてしまったためほとんど食べられず、申し訳なかったです。


途中でたまたまネコタ家のホントの本家 (祖父の出た家) の造り酒屋の、酒蔵の煙突の見えるところを通ったので、車中より眺めながら (特に寄らずに・笑)、 
この辺に、母の従姉妹 (祖父方の) で、たまに電話で喋ったり、母が松本の眼医者に行くときに会ったりして一番 (唯一?) 仲良くしているT子さんが住んでいるというので、寄ってみました。

そうしたら、夫婦二人だけだと思っていたのに東京に行っていた息子さんが戻ってきたということで、息子さんが出てきて、
「母は今、骨折で入院中なんです。」 とな。父もだいぶ痴呆が進んでまして、仕方なく? 引き払ってきました。
とのことで、残念ながらT子さんには会えませんでした。


その後姉を松本駅で降ろして、姉はKまで来ると時間もかかるし荷物も増えるからと、最初からKには寄らずに松本だけに来るつもりだったので、東京へと帰って行き、私たちは再び夫の運転でKに戻りました。

うちと姉のところと、忙しいさなかになんとか時間を作って、一日あちこち回って忙しかったけど、
ずっと気になっていたお参りをやっと済ませ、親戚にも色々寄れたので良かったです。

姉がどうしても平日しか来れなかったので、M兄ちゃんとY姉ちゃんはわざわざ休みを取ってくれて、T姉ちゃんなんて仕事を遅らせてまで来てくれて、
母や姉は何十年ぶり? なせいもあったかもしれないけど、あんなに歓迎してくれて、申し訳ないような嬉しいような。感激してしまいました。
母は、自分の本家と比べてなのか、 「島内の衆 (お父さんの親戚) はみんな親切で優しい。いい人たちだ・・・。」 としみじみ。

でも、みんな年を取ってきて、それなりに色々あるので、会えるうちに会っておこう、というのが本音かもしれません。





 7月9日、ウルトラマンの日 (7月10日) 前夜祭ということで、タカミーが音楽監督を務める 『ウルトラマン生誕50周年記念 THE ROCK 2016』 という

ウルトラファミリーと歴代ウルトラヒーローを演じた役者さんたち & ウルトラマンに数多く楽曲を提供しているミュージシャン 高見沢俊彦 によるコンサートがあり

忙しい合間を縫って行ってきました。     (というかイベントにかこつけて都内の取材を入れ、大義名分をつけて上京。  

こちらも、例によって自力でチケットぴあで取れたんだと思い込んでましたが、このコンサートは 「マニア枠」 の抽選で当たったんでした。
ウルトラロックなので申し込んだ人が少なかったのかな? と思ったらハズレた人もいたらしいです。運がよかった?



会場となった杉並公会堂では、ウルトラマンがお出迎え。


タカミーは音楽監督だけでなく、なんと  司会もしたので・・・

ずーっと出ずっぱりでお姿を拝見できた上に、
水木一郎 さん以外の 出演アーティスト (つるの剛士、DAIGO、宮野真守、ボイジャー) の中では一番年上なこともあって、
司会というよりはトークで和ませ、後輩たちに突っ込んだりして、とても楽しかったです。

そして、若いアーティストさんたちのノリが、アルフィーも、タカミーソロも超えるくらいにものすごくて、大盛り上がり  

すごぉ~く、楽しかったです。               詳しくは、またいつか。


 翌日は、東京ドームに H3の 上田佳紀 くんがコーチを務める DeNA の試合を見に行きましたが、別項目に書きますね。



 7月22,23日は毎年恒例の 水無(すいむ)神社 の、町を上げてのお祭りで、ほんの少し店が忙しかったです。
 
 

宵祭りに店番をしながら家の前の道路より花火を眺め 
( どうも花火ってよく撮れません。美しさや華やかさが全然伝わらない、ジョボい画像ですんません。 )

 

夫は、まつりなので仕事を早退して来て、今年はチビと花火鑑賞。 嬉しそうでした。




夜は夫の手料理を親の家に運んで、祭りの膳を囲み (いつもほぼ同じメニューですが、今年はタラの芽の 「二番手の穂先」 があったので天ぷらも)




翌日は、家の前にお神輿がくるので見て。




隣りの区でいつも、神輿をもてなすためと、終わってからの住民の御苦労さまのビールを頼んでくれるので、夫が仕事を途中抜け出して手伝いに来てくれました。

日の決まっているお祭りですが、今年は珍しく金、土曜日になったので、久しぶりに帰省してきた人たちもいて、店に寄ってくれたりして楽しかったです。

こうして、山間の小さな町のたった一つの楽しみ  1年に一度のお祭りは終わってゆきました。





 7月最後の “夏祭り” といえば、アルフィーの夏のイベント 

今年は 『夏フェス』     



今回で “夏のイベント” としては30回目、
伝説の1986年、 「東京ベイエリア・史上初(当時)の10万人コンサート」 より30年後という記念すべきコンサートで、

横浜アリーナでありました。


 

チケットは祭りの屋台のデザインで、会場交換ではなく、マニア先行で 「メモリアルチケット」 で届いたため、半券を切り取られる前に写真に撮っておきました。   


信者としましては (笑)、 夏のイベント (ミサあるいは集会・笑) だけは、どんなことがあってもゼッタイ  行かなくてはならない (笑) ので、
ガンバッテ7月30,31日の両日参加。      

もちろん   大変楽しかったし感動したのですが                 

ちゃんと書きたいので、いづれ又詳しく書きます。

( って、一体いつだ  そんな感じでアルフィーネタの数々がたまりにたまっているのですが・・・  )



 31日は、イズミの同期で横浜在住の あさよ に、
「いろいろ迷惑もかけた (内容に関しては省略) し、ご馳走するから新横浜まで来てくれない?」 と甘えて・笑、ランチ。

  

見晴らしの良いこじゃれたイタリアンで

 昼ビール・笑。(&オサレでおいしいサラダ)  パスタとピザをシェアし、両方愉しむ。 

  

※ あと、デザートもありましたがおしゃべりに夢中で撮り忘れました。中々美味でした。     
 

ホテルを利用するようになって、最近ではもうあさよの家に泊めて貰わなくなったので (あさよちゃん、その節は色々とお世話になりまして、ありがとう&ご迷惑おかけして、ドーモすぃませんでした)、 久しぶりに会って、長々とお喋り。

楽しかったです。    


最終日8月1日は、新横で一人取材して充実した面持ちで帰ってきましたが (後述)、
新横から、例の 「アルフィー聖地巡礼」 の際間違って乗っちゃった “横浜線” (THE ALFEE 名誉卒業と聖地巡礼の旅 ~ 本編2. いよいよ聖地巡礼・その1 ~ 2014年06月05日 | THE ALFEE & Takamiyカテゴリー参照) に乗り、
八王子でちょうどいい時間に着けたと思ったのもつかの間、立川で事故のため、帰りの特急 「あずさ」 到着が遅れていて、
駅で結局一時間も待つこととなり、エレーちかれちゃいました。       

最近、そういうの、多すぎ。      



 

 例によって、着替えや購入したイベントグッズは宅急便で。・・・よく見たら、 「横浜パッケージ」 なのです。

家に飾って  しばし余韻を楽しむ・・・。    


が、しかぁ~し・・・

取材やら遠出やらの疲れ & イベント後の気抜け に加えて、
あまりにも店の仕事をサボリすぎていたため、仕事がたまりにたまって・・・

連日やってるのに、やってもやっても、おわんないよぉ~~~。       そのため著しくブログUP遅れて、しーません。    



 おまけ・・・



あづいので、ソラシロも伸びてます。 あ、シロチはいつものことか・笑。



のれんの影にソラチ。



裏側、廊下より。
のれんの向こうにシロチが透けて見えるでしょうか・笑。




チビは、暑い自宅の玄関先よりも、涼しくて風通しの良い、広くて段ボールの寝床のある店の裏の方が快適みたいです。(きゃ、キャワイイっ 


そお~っと撮ったけど・・・



私に気づくと飛びついてきました。     カワイイなぁ~。 


ソラシロ & チビ 情報は、また今度詳しく書きますね。  



 そして、7月31日の 『中原監督とウェルネス』 の特集番組は、留守中だったから録画予約しておいたので一度は見ましたが、
詳しいご報告はまた、改めまして別項目で書きますね。      

また、松商関連の 「取材ニュース」 も、その後については改めてご報告させていただきますので、楽しみに待っていてください。


宜しくお願い致します。