3月27日より好評発売中
「電子書籍」 (Kindle版)
『松商ナイン1991年の快進撃~球児たちの15年~』 ¥680
クリック
山国からやってきた無名の風雲児が並み居る強豪を次々倒し、紫紺の優勝旗まであとひとつ。
そんな松商ナインの手から、なぜ勝利は零れ落ちたのか・・・。
ここまでチームを導いたエース上田が、自らの手によって無念のライトフライ落下を招くに至るまでの心理に迫りつつ、
松商ナインの強さと魅力に迫る1991年の快進撃に、その「15年後」を生きる彼らの姿を追った第二部を収録。
控え選手も含めた全24選手の肉声を拾った著者渾身のドキュメンタリー。
野球やスポーツファンにとどまらない
人間を愛する、すべての人に贈る珠玉のストーリー です
お陰様で、発売より約1か月になろうとしていますが・・・
当ブログご愛読者の皆さま、もうお買い求めいただけましたか?
まだの方は、ぜひ買ってくださいね よろしくお願いいたします。
そして・・・
緊急予告
「松商ナイン1991年の快進撃~球児たちの15年~」
第三部 『 25年目の真実~すべての道はつながっている~ 』 (仮題)
この夏発売 予定
( 書籍発行から10年、あの年の快進撃より25年の時を経て “現在(いま)を生きる” 選手たちの姿を、
H3メンバーとその下の2学年も含めて勢力取材した、著者渾身のドキュメンタリー 「第2弾」 です。 )
さてさて・・・
『25年後の選手たちを追う旅』 (ネコタの取材日記 )
取材第二弾は、
ちょうどその前日に仙台に行く用があったので (後述)、 4月18日(月)に仙台にて 中島尚彦君 に会っていただきました
いやぁ、よく喋る。ハッキリものをいう。
中島君の物言いは25年前に会ったときは高校卒業直後で余り気づかなかったけど、
10年前には北海道だったのでさすがに会いに行かれず(北海道で遠いのに・笑)電話で一時間くらい喋ってくれて、一応は知ってはいるつもりだったけど・・・
ネコタ、たじたじ・・・
あはは 脱力笑い?
でも、おもしろかったですよ。ところどころ失礼なんだけど(笑)、大笑いしながら聞いてましたもん。
42年間一度も本を読んだことがないから、出ても読まないけど、と豪語する 中島君、
メールとかいっぱい来てしつこいから仕方なく、らしいですが(笑)、よくぞ会ってくださいました。
ありがとうございました。
第三弾 は
4月23日(土)、こちらに行ってきました
長野オリンピックスタジアムにて
こちらの大会がありました。
辻利之君 が監督を務める 信越硬式野球クラブ と 東芝 との試合がありました。
試合は残念ながら、強豪相手に7回コールドで負けてしまいましたが・・・
終わった後に、辻監督が出て来るのを控室入口辺りで待っていて声をかけると
「いけね、忘れてた 」
オィオィ、つじくぅ~ん・・・(いやぁ、さすが大物・笑。試合に集中するあまり他のことは忘れちゃうのですよね。)
そして、応援者などの偉いさんと思しき方々と何やら対談し、その後は荷物を車に置きに行って来るとのことで
気持ちのいいほどの太陽のもと、待ってましたよ~。 取材の時の番狂わせというのはよくあることなので、こういう時の待ち時間は全然気にならないのですが、
試合の合間に球場で、というのは辻君の希望だったのですが、
あいまってものは落ち着かないから、今日は今日として、また別に出直してこようかしら? などと思いはじめ
考えてみたら、こういう所でのんびり? することもふだん全然ないもんなぁ~私。たまにはいいかも、みたいな・・・。
昨年完成したという、サッカースタジアムが隣接します。
AC長野パルセイロ・レディースが、なでしこリーグ1部に昇格したため、今、J3の男子 (AC長野パルセイロ) よりも圧倒的人気らしく、
明日もここで試合があるとのことでした。
右端のドーム型のものはトイレ、真ん中の施設は調べたけど何かわからず。
ここは南長野運動公園といって、野球場の他、体育館、屋内プール、陸上競技場などが点在する、総合体育施設なのです。
写真に撮り忘れましたが、公園の一角には1998年の長野冬季五輪の時に使われた 「聖火台」 も移築、設置されています。
ほどなく、真っ赤に日焼けした辻君が戻ってきたので、出直してきましょうか? というと、それも悪いからと、
再びスタンド (屋根つき内野席) に戻り、次の試合に時々目を見やりながらの取材となりました。
向こうの方には辻君のご子息も観戦に来ていて・・・
10年前は、お姉ちゃんの下で甘えん坊だった5歳の少年は、父の後を追うように野球少年になっていて、絵に描いたような素敵な親子のツーショット写真が撮れました。
辻君、お忙しい合間を縫っての取材、ありがとうございました。
それから、タクシーをすっ飛ばし
( 運動公園は最寄り駅は特急だと一つ手前の 「篠ノ井」 だったのを10年前一度行っただけだったので忘れていて、長野まで行ってしまったら、タクシーで20分もかかり、大幅ロスをし、行ったら試合がすぐ終ってしまったのだが、
帰りは長野駅前で待ち合わせだったため仕方がなかったのだ。 )
1時から長野駅前で、同じ長野組の 荒井敏幸君 の取材をしました。
ネコタはこの日、取材なのになんと 筆記用具を忘れ 忘れないように、他の、必ず持っていくものの隣に、ちゃんとボールペンの黒と赤と置いておいたのになぁ~。
( ペンケースは持たず、たいていあらゆるバッグにボールペンを1本入れておくのだが、この日は初卸しのリュックだったため、まだ常備してなかったため。 )
しかし・・・なぜ、必要のないウォークマンや日よけのスカーフを持って来て、
絶対にないと困るもの、物書きにとって命の綱を忘れるか・・・。
取材者が筆記用具を忘れるなどと言うのは大恥なのだが、仕方ないので球場では、幸い辻君が 「都市対抗野球出場記念ボールペン」 を持っていたので借りたけど、荒井君は持っていないということで、買いに行ったのだが、
駅前では売店がすぐに見当たらなかったので、荒井君は30分くらいしか時間がないというので、急ぐあまりに とっさに見つけた駅の交番でボールペンをお借りしたのでした。さすが交番、親切ですよね。
( もちろん、ちゃんとお返ししましたよ。その後は時間があったため、駅ビル地下の 「無印良品」 にて、ボールペンを購入。 )
荒井君は10年たっても相変らず気配りの行き届いた誠実なお人柄で、この後も仕事があるのだと、お忙しい合間を縫って時間を作っていただきまして、どうもすみませんでした。
最後は、下級生としては第一号 の H5 池本昌弘君 に会ってもらいました。
そもそも、静岡県在住の池本君に、静岡に行くのは難しいので、名古屋に出てきてもらい、愛知県在住の他の二人と一緒の日に取材できないか、と聞いていたところ、
たまたま4月の22~24日に、長野で開催される社会人野球大会の偵察に行きますよ、とのことで、では、長野在住の二人と一緒の日に取材させてもらおう と、いうことになりました。
池本君は、この日は長野県営球場で、午後の試合2つを偵察するというので、終わった後に待ち合わせたのですが、時間がかなり空いてしまったので、その間にちょっと買い物したりして (長野には東急があり、私の好きなブランドのリフレクト、アンタイトルも入っているのです。 ちなみに松本にはパルコがあります。) 時間をつぶしました。
池本君はH5のキャプテンなのですが、何と言っても笑顔が素敵な、話しかけやすい感じの人。
下級生の第一号に偶然ですが池本君と当たり、少し緊張がほぐれました。(下級生の方に取材するのは今回が初めてなので、向こうもそうだと思うれけど、緊張はこれまでに何度も会ってきたH3のメンバー以上なのです。)
おまけに話術にもすぐれ面白かったです。
長野には2番目の兄がいて待ち合わせているとのことで、もう少しお話が聞きたかったのですが、少し残念でした。
池本君もお疲れのところお時間を割いていただき、どうもありがとうございました。
これで 5/37
残り、32人となりました
なお、取材の順番に特に意味はないのですが、たまたまネコタがそちら方面に行く用があったりとか、メールなどのやり取りから偶然決まったり、どちらかというと遠方の人から埋めていく感じです。(近くの人はいつでも会えそうな気がして)
物語での重要性とか、そういうのとは特に関係はありませんので、
これを読んでいる該当者の方々、まだ取材依頼がないからといってご気分を害されたりしませんよう、よろしくお願いいたします。
そして、今後のご協力を、ぜひともよろしくお願いいたします。
ネコタの 「25年目の選手たちに出逢う旅」 は、ゴールデンウィークは除き (本業の店があるので出かけられないのと、対象の方々もお忙しいでしょうから)
まだまだ続きます
がんばりますので、読者の皆さま、応援よろしくお願いいたします。
「電子書籍」 (Kindle版)
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ここまでチームを導いたエース上田が、自らの手によって無念のライトフライ落下を招くに至るまでの心理に迫りつつ、
松商ナインの強さと魅力に迫る1991年の快進撃に、その「15年後」を生きる彼らの姿を追った第二部を収録。
控え選手も含めた全24選手の肉声を拾った著者渾身のドキュメンタリー。
野球やスポーツファンにとどまらない
人間を愛する、すべての人に贈る珠玉のストーリー です
お陰様で、発売より約1か月になろうとしていますが・・・
当ブログご愛読者の皆さま、もうお買い求めいただけましたか?
まだの方は、ぜひ買ってくださいね よろしくお願いいたします。
そして・・・
緊急予告
「松商ナイン1991年の快進撃~球児たちの15年~」
第三部 『 25年目の真実~すべての道はつながっている~ 』 (仮題)
この夏発売 予定
( 書籍発行から10年、あの年の快進撃より25年の時を経て “現在(いま)を生きる” 選手たちの姿を、
H3メンバーとその下の2学年も含めて勢力取材した、著者渾身のドキュメンタリー 「第2弾」 です。 )
さてさて・・・
『25年後の選手たちを追う旅』 (ネコタの取材日記 )
取材第二弾は、
ちょうどその前日に仙台に行く用があったので (後述)、 4月18日(月)に仙台にて 中島尚彦君 に会っていただきました
いやぁ、よく喋る。ハッキリものをいう。
中島君の物言いは25年前に会ったときは高校卒業直後で余り気づかなかったけど、
10年前には北海道だったのでさすがに会いに行かれず(北海道で遠いのに・笑)電話で一時間くらい喋ってくれて、一応は知ってはいるつもりだったけど・・・
ネコタ、たじたじ・・・
あはは 脱力笑い?
でも、おもしろかったですよ。ところどころ失礼なんだけど(笑)、大笑いしながら聞いてましたもん。
42年間一度も本を読んだことがないから、出ても読まないけど、と豪語する 中島君、
メールとかいっぱい来てしつこいから仕方なく、らしいですが(笑)、よくぞ会ってくださいました。
ありがとうございました。
第三弾 は
4月23日(土)、こちらに行ってきました
長野オリンピックスタジアムにて
こちらの大会がありました。
辻利之君 が監督を務める 信越硬式野球クラブ と 東芝 との試合がありました。
試合は残念ながら、強豪相手に7回コールドで負けてしまいましたが・・・
終わった後に、辻監督が出て来るのを控室入口辺りで待っていて声をかけると
「いけね、忘れてた 」
オィオィ、つじくぅ~ん・・・(いやぁ、さすが大物・笑。試合に集中するあまり他のことは忘れちゃうのですよね。)
そして、応援者などの偉いさんと思しき方々と何やら対談し、その後は荷物を車に置きに行って来るとのことで
気持ちのいいほどの太陽のもと、待ってましたよ~。 取材の時の番狂わせというのはよくあることなので、こういう時の待ち時間は全然気にならないのですが、
試合の合間に球場で、というのは辻君の希望だったのですが、
あいまってものは落ち着かないから、今日は今日として、また別に出直してこようかしら? などと思いはじめ
考えてみたら、こういう所でのんびり? することもふだん全然ないもんなぁ~私。たまにはいいかも、みたいな・・・。
昨年完成したという、サッカースタジアムが隣接します。
AC長野パルセイロ・レディースが、なでしこリーグ1部に昇格したため、今、J3の男子 (AC長野パルセイロ) よりも圧倒的人気らしく、
明日もここで試合があるとのことでした。
右端のドーム型のものはトイレ、真ん中の施設は調べたけど何かわからず。
ここは南長野運動公園といって、野球場の他、体育館、屋内プール、陸上競技場などが点在する、総合体育施設なのです。
写真に撮り忘れましたが、公園の一角には1998年の長野冬季五輪の時に使われた 「聖火台」 も移築、設置されています。
ほどなく、真っ赤に日焼けした辻君が戻ってきたので、出直してきましょうか? というと、それも悪いからと、
再びスタンド (屋根つき内野席) に戻り、次の試合に時々目を見やりながらの取材となりました。
向こうの方には辻君のご子息も観戦に来ていて・・・
10年前は、お姉ちゃんの下で甘えん坊だった5歳の少年は、父の後を追うように野球少年になっていて、絵に描いたような素敵な親子のツーショット写真が撮れました。
辻君、お忙しい合間を縫っての取材、ありがとうございました。
それから、タクシーをすっ飛ばし
( 運動公園は最寄り駅は特急だと一つ手前の 「篠ノ井」 だったのを10年前一度行っただけだったので忘れていて、長野まで行ってしまったら、タクシーで20分もかかり、大幅ロスをし、行ったら試合がすぐ終ってしまったのだが、
帰りは長野駅前で待ち合わせだったため仕方がなかったのだ。 )
1時から長野駅前で、同じ長野組の 荒井敏幸君 の取材をしました。
ネコタはこの日、取材なのになんと 筆記用具を忘れ 忘れないように、他の、必ず持っていくものの隣に、ちゃんとボールペンの黒と赤と置いておいたのになぁ~。
( ペンケースは持たず、たいていあらゆるバッグにボールペンを1本入れておくのだが、この日は初卸しのリュックだったため、まだ常備してなかったため。 )
しかし・・・なぜ、必要のないウォークマンや日よけのスカーフを持って来て、
絶対にないと困るもの、物書きにとって命の綱を忘れるか・・・。
取材者が筆記用具を忘れるなどと言うのは大恥なのだが、仕方ないので球場では、幸い辻君が 「都市対抗野球出場記念ボールペン」 を持っていたので借りたけど、荒井君は持っていないということで、買いに行ったのだが、
駅前では売店がすぐに見当たらなかったので、荒井君は30分くらいしか時間がないというので、急ぐあまりに とっさに見つけた駅の交番でボールペンをお借りしたのでした。さすが交番、親切ですよね。
( もちろん、ちゃんとお返ししましたよ。その後は時間があったため、駅ビル地下の 「無印良品」 にて、ボールペンを購入。 )
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最後は、下級生としては第一号 の H5 池本昌弘君 に会ってもらいました。
そもそも、静岡県在住の池本君に、静岡に行くのは難しいので、名古屋に出てきてもらい、愛知県在住の他の二人と一緒の日に取材できないか、と聞いていたところ、
たまたま4月の22~24日に、長野で開催される社会人野球大会の偵察に行きますよ、とのことで、では、長野在住の二人と一緒の日に取材させてもらおう と、いうことになりました。
池本君は、この日は長野県営球場で、午後の試合2つを偵察するというので、終わった後に待ち合わせたのですが、時間がかなり空いてしまったので、その間にちょっと買い物したりして (長野には東急があり、私の好きなブランドのリフレクト、アンタイトルも入っているのです。 ちなみに松本にはパルコがあります。) 時間をつぶしました。
池本君はH5のキャプテンなのですが、何と言っても笑顔が素敵な、話しかけやすい感じの人。
下級生の第一号に偶然ですが池本君と当たり、少し緊張がほぐれました。(下級生の方に取材するのは今回が初めてなので、向こうもそうだと思うれけど、緊張はこれまでに何度も会ってきたH3のメンバー以上なのです。)
おまけに話術にもすぐれ面白かったです。
長野には2番目の兄がいて待ち合わせているとのことで、もう少しお話が聞きたかったのですが、少し残念でした。
池本君もお疲れのところお時間を割いていただき、どうもありがとうございました。
これで 5/37
残り、32人となりました
なお、取材の順番に特に意味はないのですが、たまたまネコタがそちら方面に行く用があったりとか、メールなどのやり取りから偶然決まったり、どちらかというと遠方の人から埋めていく感じです。(近くの人はいつでも会えそうな気がして)
物語での重要性とか、そういうのとは特に関係はありませんので、
これを読んでいる該当者の方々、まだ取材依頼がないからといってご気分を害されたりしませんよう、よろしくお願いいたします。
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ネコタの 「25年目の選手たちに出逢う旅」 は、ゴールデンウィークは除き (本業の店があるので出かけられないのと、対象の方々もお忙しいでしょうから)
まだまだ続きます
がんばりますので、読者の皆さま、応援よろしくお願いいたします。