夏木広介の日本語ワールド

駄目な日本語を斬る。いい加減な発言も斬る。文化、科学、芸能、政治、暮しと、目にした物は何でも。文句は過激なくらいがいい。

新型よりも旧型の方が良いなんて、おかしいじゃないか

2009年04月08日 | Weblog
 またまたなのだが、親指シフトキーボードについて書きたい事がある。ずっと使えなかったこのキーボードが使えるようになった事は先日書いた。しかも古いキーボードでそれが実現した。で、話はメーカーの対応に対する誠意と技術についてである。
 親指シフトキーボード(以下、「親指」と略称)はマック用とDOS/V機用とがある。私はその両方をずっと使って来た。以下はマックでの話だが、最初はアスキーが制作販売していた(アスキーボード)。それが生産中止になって、デジタルウェーブと言う会社が引き継いだ。これはDボードと呼び、テンキーは別付けだった。それもまた生産中止になり、最後にそれを引き継いだのがリュウドで、これをRボードと呼ぶ。これもテンキーは別だった。
 リュウドがRボードの生産中止を伝え、これが最後のRボードです、と売り出したのはテンキー付きのキーボードで、価格は約4万2000円万円だった。高いが、これが最後と言われ、しかもマックOSのXにも対応と言うので、買った。ちょうど8年前だ。DOS/V機用も、当時私はNECの98しか使っていなかった、つまりMS-DOSの世界である。それもまた「親指」だった。だが、ウインドウズへの転換は目の前に迫っている。そこで、やはりウインドウズでも使える約3万9000円の「親指」を購入した。
 ここで私はウインドウズに関して二つの錯覚をした。一つには、「親指」は何もRボードを使わなくても、富士通製の「親指」が存在していたのである。二つには98用のキーボードがそうであったように、何も特別なソフトは要らないと思い込んでいた。だが富士通のは「Japanist」と言う1万円しないソフトが必要だった。それはRボードも同じなのである。つまり、このソフトさえあれば、もっとずっと安価なJISキーボードでも「親指」になるのだ。
 そうした事が分からなかったので、これが最後か、と大枚をはたいたのである。

 さて、ウインドウズに関しては、現在も「親指」が少数ながら市販されており、そのソフトもあるから、問題は無い。問題はマックに関してである。メーカー、リュウドの対応だが、最後の新型キーボードをOSの9とXで使うにはそれぞれに異なる手順が必要だった。このキーボードはADB接続なので、新機種のUSBをADBに変換するアダプターが必要だ。そして様々な複雑な設定をして、その結果をキーボードに転送する必要がある。Xでは9よりも更に複雑になる。そしてそれが私にはとうとう出来なかった。何度やっても駄目だった。説明の文章が難しくて、どうにも理解出来ないのである。言葉その物は難解ではないが、言っている事が分からない。
 そしてその内に、この新型キーボードからの入力を新型マックのG4は全く受け付けなくなってしまったのである。何しろ、信号が全く伝わらない。USBをADBに変換するアダプターは正常に作動している。メーカーにも現物を調べてもらった。そしてこのキーボードはそのままADB接続して古い型のマックでは順調に使えるのである。原因が全く分からない。で、泣く泣く、マックG4とOSXからは撤退を余儀なくされ、古いマシンと古いOS9をずっと使い続けたのだ。更にはサポートも終わりになった。ホームベージでの文章による説明だけではとても分からない。

 ところが、一時代前のRボード(十何年も前の物)では、何も特別な事はしなくても、マックに繋ぐだけで、OS9でもXでもちゃんと使えるのである。最上段の数字と記号類のキーが使えないが、これはテンキーと辞書の呼び出しで何とかなる事は先述した。
 つまり、何も高い金を出して新しいキーボードを買う必要は無かったのだ。しかもホームページでのマニュアルでは、OSXでは変換キーは使用不可で、変換はスペースキーで行う、と書かれている。これはウインドウズ機と似ており、ウインドウズ機ではスペースキーではなく、リターンキーになるが、そのたびにホームポジションから手が離れる不自然な指の動きになり、非常に能率が悪い。テレビではすべての指がキーを離れて、ポンポンと踊るような入力をしている映像を流したりしているが、あんなのは嘘である。あれではきちんとした能率の良い入力など出来はしない。
 しかし、古いキーポードではそんな事は無い。OSXでもちゃんと、変換キーや無変換キーが有効なのだ。こうなって来ると、メーカーの誠意と言うか技術を疑ってしまう。単にキーボードのキーの配置が違うだけなのに、何で複雑極まる操作をしないと駄目なのか,素人考えではそれがまるで納得出来ない。「親指」は一つのキーにバ行を除いては二つの文字が割り当てられていて、上に書かれている文字を入力するには、下にある空白キーを親指で同時に押す必要がある。それが「親指シフト」の命名の理由である。一つのキーに二つの文字が割り当てられているのはJISキーボードの最上段も同じだ。そうした操作を信号としてパソコンに伝えるのに何も難しい事は無いはずだ。
 それにキータッチは古いRボードの方が抜群に良いのである。新しいRボードはふにゃふにゃして頼りない。キー入力は一つのリズムである。快感を感じるように打てなければ、能率の良い入力は出来ない。つまり、良い文章は書けない。
 考え過ぎかも知れないが、古い型のリュウドのRボードは、他社のキーボードであるDボードをそのままで名前だけ変えたのではないか。と言うのは、Dボードの付属のテンキーと色も傾斜角度も手前の更に傾斜を付けた角度も全く同じなのだ。キータッチも同じなのだ。古いキーボードを「過去の物だ」と思って捨ててしまっていたら、大袈裟ではないが、私は永久にマックG4とOSXを使えなかったのである。まあその内にマックではローマ字入力をメインにするつもりではあったが、高価なマックを無用の長物にしてしまう恐れのあるメーカーの対応を,誠意が無いとなじるのは行き過ぎであろうか。

 G4ではCDのトレイを開けるのはマックキーボードの「オープンキー」を使う。マシンに開けるボタンは無い。そのオープンキーがRボードには無い。そこで、その時だけ、元のマックキーボードをUSB接続し、開けなければならない。これはマック側の勝手さなのだろう。ウインドウズ機ではそんな苦労は全く無いのだから。ガイド本を見ていたら、f12のキーがその代用をするとあるのだが、Dボードにはそのキーが無い。fキーは10までしか無い。新機能や見た目の良さも必要だが、何よりも使い勝手が重要なのは言うまでもない。
 今私は新しい環境でサクサクと仕事をしている。頭の良いパソコンと、反応と能率の良いキーボードの組み合わせ。それに使い手が良い、とまでは言わない。新型は日本語と英語を切り替えるキーの位置が非常に悪い。ホームポジションを守って入力していると、どうしてもそのキーに触れがちで、そのたびに入力切り替えをしなければならない。そこで、そのキーに不細工だがボール紙で蓋をして触れないようにして使っていた。切り替える場合にはボール紙の上から強く押せば良い。そんな苦労も要らない。記号類の入力にひと手間掛かる事だけを除けば、まさに完璧。多分、新型の設計者は「親指」を完璧には使えていない人だったのだろう。あまりにも使い勝手が悪過ぎる。
 最上段のキーが使えないのはちょっとした信号伝達のミスなのだろう。私にパソコンの技術力があれば、その不具合を直す事など簡単だと思うのだが。そうそうもう一つ。このキーボードはマックがスリープ状態になって目を覚まさせると、一部のキーの入力が不能になってしまう。これまた単純な信号経路の不具合だろう。今の所は、そのたびにパソコンを再起動して使っている。
 十何年も前の旧型の方が新型より遥かに優れているなんて、どう考えたっておかしい。だから、メーカーの誠意や技術を疑うと言うのである。そして多くの人がキーボードを非常に軽く考えているに違いない。キーボードが創造力を握っている、もっと言えば、創造力を支配しているなんて、想像もつかないのだろう。