【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

回る/回らない

2011-08-08 18:48:53 | Weblog

 首が回らないときには回るスシに行く
 金回りが良くなったら回らないスシに行ける

【ただいま読書中】『ダイヤモンド神話の崩壊』エドワード・J・エプスタイン 著、 田中昌太郎 訳、 早川書房、1978年、1400円

 著者が訪れたナミビアの砂漠の中に、ダイヤモンド鉱山がありました。深さ300mくらいの巨大な縦穴で、溶岩が吹き上げてパイプ状に固まったあとです。原鉱はキンバリー岩と呼ばれますが、1カラットのダイヤモンドを得るために2トン以上のキンバリー岩を掘り出す必要があります。さらに得られたダイヤのうち80%は工業ダイヤで1カラット2ドル。残りが宝石用ダイヤでその百倍以上で売れることになります。特に珍重されるのは大粒ダイヤモンド(デ・ビアズの定義で「14.8カラット」以上)。ところがそれが得られる鉱山はあまりありません。デ・ビアズ社は、アフリカ各地の政府(あるいは反政府ゲリラ)と“上手く”やることで鉱山を維持していました。さらに販売も完全にデ・ビアズ社の管理下にあります。ダイヤモンド・ディーラーはロンドンに集められて、量も質も値段もすべてデ・ビアズ社の言いなりで原石を仕入れます(売っていただく、という雰囲気です。逆らったらロンドンへの“招待”が止まり、会社は息の根を止められることになります。また、各会社の在庫や流通の情報はすべてデ・ビアズ社に提供する義務があります)。
 デ・ビアズ社を作ったのは、セシル・ジョン・ローズというイギリス人でした。17歳の時に南アフリカに渡り、当時のダイヤモンド・ラッシュに乗って頭角を現しました(「デ・ビアズ」は、最初の鉱山があったデ・ビアズ農場にちなんでいます)。彼にとってダイヤモンドの独占事業は「目的のための手段」でした。その目的とは「大英帝国の発展」。会社が成功してから彼は北上し、ローデシアを建国しています。会社を継いだのはユダヤ人のアーネスト・オッペンハイマーでした。
 中世のヨーロッパで、ユダヤ人が許された仕事は、金貸しか宝石研磨でした。どちらにしてもダイヤモンドを扱うことになります(金を貸す場合も、担保の宝石を鑑定する技術が必要です)。さらに、いつ追放されるかわからないユダヤ人にとって、持ち運びが楽なダイヤモンドは動産としてはうってつけです。したがってデ・ビアズ社が契約をしたロンドンのシンジケートはすべてユダヤ人の会社でした。研磨の専門家は流浪の結果アムステルダムに集結していました。
 これらダイヤモンドの“専門家”たちにとって、19世紀後半の南アフリカでの鉱山発見は、古い鉱山が枯渇しつつあったことから「良いニュース」ではありましたが、同時に大量のダイヤが市場にだぶつくと価値が暴落する危険があるという「悪いニュース」でもありました。そこで行なうべきは「希少価値の維持」。生産と流通の徹底した管理です。政治や経済のやりとりの中で、デ・ビアズ社は「国際企業」に成長します。
 第二次世界大戦前夜、ダイヤモンドの需要は激減しました。デ・ビアズ社は鉱山を次々閉じますが、在庫の山に潰されそうになりました。ところがそこに「工業用ダイヤ」の需要が。工場での大量生産のために、スチールの刃を研ぐ研磨機が大量に必要になったのです。アメリカはデ・ビアズ社から購入しようとしますが、デ・ビアズ社は大量の備蓄を放出することを拒みました。「すべてが会社によって管理されている」ことが理想だったのです。また、工業用ダイヤを必要としたのは、連合軍だけではありませんでした。そこで不思議なのは、ナチスもなぜか大量の工業用ダイヤを入手していたことです。本書では、公開された機密書類を元に、デ・ビアズ社が密輸をしていたのではないか、という疑惑がほのめかされています。戦後になっても、南アフリカの孤立化、アフリカ諸国の独立運動、ソヴィエト産ダイヤモンドの増大など、デ・ビアズ社にとって頭の痛い問題が続きますが、そこは国際企業、したたかにくぐり抜けていきます。
 需要の喚起も重要な問題でした。ただ売れればいいのではありません。顧客が一度買ったらそれをもう一度市場に戻さないようにもしなければならないのです。そこで使われたのが「ハリウッド」でした。スターたちの婚約指輪や映画でのダイヤモンドでの取り扱いなど、「貴重なもの」「個人にとって価値あるもの」というイメージ植えつけ戦略が「ダイヤモンドは永遠に」という有名なキャッチフレーズとともに行なわれ、それまで婚約指輪には小粒の(価値の低い)ダイヤというアメリカの習慣が変りました。成功に気をよくしたデ・ビアズ社は各国でもそのキャンペーンを展開します。その国の中に日本もありました。そして、この数十年で結婚に関する風習が大きく変った(ダイヤモンドの婚約指輪が導入された)のは、その時代を生きた日本人には記憶に新しいところではないでしょうか。さらに、「ダイヤモンドを贈る」のが人生1回ではないように、熟年でのプレゼントキャンペーンも行なわれます。これは、大量に送りつけられるシベリア産の小粒ダイヤモンドの行き先として是非必要な処置でした(ソ連は、デ・ビアズ社と“協力”する道を選びました。競争して値崩れしたら結局損だからです)。この時強調されたのは「石の大きさ」ではなくて「石の品質」でした。
 さらに、ダイヤモンド合成技術の開発、アメリカ当局による独占禁止法違反(独占による価格操作)の疑い、などがデ・ビアズ社に“挑戦”します。
 最終章は、ダイヤは本当に「永遠」か、の検証です。実際にダイヤモンドを購入してそれを売ろうとした人々が次々登場します。結論から言ったら、庶民が買える程度の装飾用のダイヤで儲けることはできません。投資用のダイヤだったら話は別ですが。おっと、エリザベス・テーラーの(世界で56番目に大きな)ダイヤの話もありますね。100万ドルで買って10年後に倍で売ることで、彼女は額面では“儲ける”ことができました。ただ、その間の保険料とインフレを考えると、実質的には損をしているそうです。また、1977年にアメリカでは「数年後には高値で買い戻す」約束のダイヤモンド通信販売詐欺がありました。日本でも最近似た事件がありませんでしたっけ? つまり、売ろうとしないかぎりダイヤモンド(の金銭的価値)は永遠なのです。
 なお、本書刊行当時、日本は世界のダイヤモンドの16%が売られる大市場だそうです。




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