【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

雨乞い

2020-11-27 07:37:01 | Weblog

 「自分は雨男(雨女)だ」という主張はよく聞きます。そういった人が「干ばつ地域に雨を降らせに行ってくる」と言っているのは聞いたことがありません。

【ただいま読書中】『気象を操作したいと願った人間の歴史』ジェイムズ・ロジャー・フレミング 著、 鬼澤忍 訳、 紀伊國屋書店、2012年、3200円(税別)

 先日読んだ『きょうも上天気』に収載されていた「コーラルDの雲の彫刻師」(J・G・バラード)には、彫刻師達が雲を“刈り込む”ことで彫刻を空に出現させるが、そのとき地上には雨が降ることが描写されていました。それに影響されたわけではありませんが、今日の本は「気象操作」がテーマです。それも「歴史」。テクノロジーの進歩によって、人は「空の操作」が可能になった、と自信を持つようになっています。しかし、そういった自信を持つ前に、まず「気象操作の歴史」についてまず学ぼう、というのが著者の主張です。自分が何をやろうとしているのか、客観視をするために。
 文学の世界では、ギリシア神話からSFまで「気象制御」は人気のテーマでした。ただ、本書に紹介されている作品群で、あまりハッピーエンドがないのが気になります。
 科学の世界では「自然を支配しよう」とする試みは、少なくともフランシス・ベーコンまで遡れます。19世紀前半、アメリカの高名な気象学者エスピーは「大規模な山火事によって降雨が発生する」という仮説を立て、州議会にその実験の請願を出しました。議会はそれを拒絶、というか、黙殺しています。その他にも、煙・大音響・空中での爆発・戦闘などで降雨が発生する、と主張する人が続出。その動きは「レインメーカー」(科学的な雨乞い)と「レインフェイカー」(雨を降らせる、と言って金を巻き上げる詐欺師)とをたくさん生み出しました。ちなみに両者とも使う手段は驚くほど似ているそうです。さらに「科学」の中に「病的科学」が出現。たとえば「常温核融合」で大騒ぎになったときのようなものです。これで「雨を降らせる」という試みが、どこまで「まとも」な者なのか、ややこしくなってきます。
 軍も気象を「兵器」として使う可能性に注目、1947年からアメリカ軍は「巻雲プロジェクト」で人工降雪・降雨の可能性を探ります。さらにハリケーンへの干渉(進路変更や威力を落とす)実験も考えます。47年にはヨウ化銀が雲の中で人工核として作用して人工降雨に使えることが発見されます。ただし、環境中でヨウ化銀はそのまま残ってしまいます。だけど多くの人は「後のことは考えない」態度で人工降雨に熱中しました。「後のことを考えない」どころか「今のことも考えない」恐ろしい話も載っています。「チェルノブイリ」直後、放射性物質をたっぷり含んだ雲が気流に乗ってモスクワ方面に流れようとしていたとき、人工降雨作戦が行われて放射性物質をたっぷり含んだ雨がベラルーシに降り注いだののです。ベラルーシには一切の警告抜きで。パイロットも高い放射能に汚染されましたが、彼らは「作戦の成功」を誇らしく語っています。イギリスやアメリカで気象に干渉する実験後に大災害が起きたとき、関係者は皆口をぬぐって知らん顔をしています。
 軍は気象に関するデータをせっせと集め始めます。それによって天気予報は飛躍的に進歩しましたが、逆に言えば、軍はそれまではデータ抜きで気象を「兵器」にしようとしていたわけです。無謀です。子供が安全装置のかけ方も教わらずに拳銃を玩具にしている姿を私は思います。
 1960年代はじめに「二酸化炭素排出の増加によって、人類は意図せずに気象を改変している」「塩素と臭素がオゾン層を破壊して“穴”を開ける」とウェクスラーという学者が着想を得ました。しかし彼はそれを正式な論文にする前に亡くなり、十年以上後に気象学者達を驚かせることになります。
 1988年ジェイムズ・ハンセンは「地球は温暖化しており、それは人為による」と主張しました。これが「地球温暖化への懸念」の出発点とされています。それに対して「否定論者」もいますが、「肯定論者」の中に恐ろしい存在が。地球環境そのものをテクノロジーによって人為的にいじくり回してそれで温暖化を解決しよう、という「地球工学」の人たちです。これはかつての、大気についてまったく無知だったのにとにかく雨を降らせようとしていた態度と瓜二つで、著者はそこに「倫理の欠如」「全体像を見ようとしない態度」の危険性を感じ取っています。「地球環境」をきちんと理解していない人が、単純な思いつきで地球全体に影響を与えようとしている、と。
 かつて「レインフェイカー」は、実に弁舌爽やかに人々を魅了し、自らが降らせることができない「雨」をネタに金を巻き上げていきました。今、弁舌爽やかに人々を魅了しようとしている人は、「レインメイカー」なのでしょうか「レインフェイカー」なのでしょうか、そして雨が降らなかったら、あるいは雨が降ったら降ったでどんな良いことと悪いことが起きるのでしょうか?

 



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