【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

支配する人される人

2012-03-01 18:31:06 | Weblog

 かつての世界では、人は迷信に支配されていました。そういった人の中で「迷信を支配する人」が権力者と呼ばれました。やがて宗教がシステム化され、「宗教を支配する人」が「宗教に支配される人でできた社会」の権力者となりました。
 今の世界では、人は科学に支配されているかのようです。ではこの社会で権力者は「科学を支配する人」かと言えば、必ずしもそうではありません。
 昔と今と、何が違うのでしょう?

【ただいま読書中】『希望の遺伝子 ──ヒトゲノム計画と遺伝子治療』ダニエル・コーエン 著、 西村薫 訳、 工作舎、1999年、2500円(税別)

 ヒトゲノム計画。人の遺伝子をすべて「読」む計画です。国家プロジェクトとしたアメリカに対抗して、フランスで著者はヒトゲノム計画を立ち上げます。まずは作業の自動化。機械の速度・正確さ・信頼度まで、著者らはベルタン社と協力して、「遺伝子解析」の“自動工場”を作り上げます。次は新しいバイオ技術。DNAの断片を少しでも大きく取ってクローニングする方が分析には有利です。そのために著者のチームは酵母に目をつけました。酵母人工染色体(YAC)で20万塩基のヒトDNAの断片をクローニングできていた技術を5年かけて改良、メガYACによって100万塩基の断片を扱えるようにしたのです。
 1992年にはすべての“手札”がそろい、どっと“成果”が出始めます。それまで「金ばっかり使って何の成果も出ないじゃないか」と言われていた著者の研究は「大穴を当てた」と言われます。
 遺伝子を読むだけでは、大したことは起きないように思えます。強いて言うなら「特定の病気(たとえば乳癌)になりやすい傾向」がわかれば、検診を熱心に受けるように勧める、とか、特定の遺伝病の家系の人がその病気を恐れて避妊していた場合に、胎児の遺伝子を調べて大丈夫だったら安心して出産できるようになる、とか、とりあえず「良いこと」はそれくらいでしょうか。
 「劣性遺伝子」が両親から伝えられて「ホモ接合子」となると子供に劣性遺伝子の病気が発病します。では「劣性遺伝子撲滅運動」が望ましいのか、と言ったら、それはだめ。だって、人は誰でも平均15~20くらいの病気の遺伝子を持っている「保因者」なのですから。それと、そういった劣性遺伝子がずっと人類とともに存在していることの「理由(もしかしたら生物学的に有利なものがあるのかもしれない)」を人は完全には理解していません。完全に理解していないものを撲滅してはいけません。
 著者は「ヒトゲノム計画」にケチをつける人には我慢がならないようです。「なぜ明るい面を無視ししてわざわざ暗い面ばかりを見ようとするのだ」「まだ起きていない“不幸”を心配するのなら、そのエネルギーを“現在目の前にある不幸”の解決に向けたらどうだ」「科学はそれ自体が“悪”ではない。悪人(独裁者、全体主義者)が使うから“悪”になる」といった主張を繰り返します。
 一理あるとは思います。ただ、原子力でもそういった「ポジティブ側の人たち」が頑張った結果がどうなったか、ということも考え合わせると、“ブレーキ役”とか“監視者”は必要だろうな、というのが私の結論です。
 科学によってもたらされるのは「より正確な情報」であって、「よりよい社会」ではない、と著者は指摘します。当然ですね。「社会を良くする」のはたぶん「政治の仕事」ですから(政治家がどう思っているかは知りませんが)。
 さて、ヒトゲノム計画で様々な遺伝子病が明らかになったとしても、それは直接治療には結びつきません。そこで著者は「遺伝子そのものを治療する」夢を見ます。悪夢ではなくて明るい夢を。
 著者にとって「倫理」は「判断」ではなくて「情報開示」だそうです。だからこそ「きちんとした情報」を得ることができる「科学」が「希望」なのでしょう。




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