懲役刑とは、年期を限った奴隷奉公のことでしょうか?
【ただいま読書中】『蛇と虹 ──ゾンビの謎に挑む』ウェイド・デイヴィス 著、 田中昌太郎 訳、 草思社、1988年、1600円
ハーヴァードで人類学を勉強していた著者は、南米の植物調査を志します。最初の惨めな“冒険”は、著者の人生を大きく変えてしまいます。風変わりな土地に惹かれるようになってしまったのです。指導教官シュルツ教授は著者に「ハイチに行ってゾンビ毒を研究するように」と課題を与えます。
ゾンビ?
教授が求めるのは「ゾンビ化を起す薬物」です。南米の矢毒から筋弛緩剤のクラーレが、古代インド医学の生薬からレセルピンが開発されたように、もしゾンビ化薬が本当にあるのなら、そこからは何か有用な新薬が生まれるはずです。
著者が思いついた有毒植物はただ一つ「ダツラ(ナス科チョウセンアサガオ属)」だけでした。その一つ「ダツラ・ストラモニウム」はハイチでは「ゾンビの胡瓜」と呼ばれていました。さらに著者は「ハイチのゾンビ」を「生物学的な意味での(動く)死体」ではなくて「文化的な死体(一度死を宣告された後に社会で生きている存在)」ではないか、と考えます。憶測だけで形成された作業仮説ですが、少なくとも出発点にはなる、と著者は考えます。
ハイチの刑法249条では「死と紛らわしい昏睡状態を引き起こす物質(ゾンビの毒)」の使用が禁止されていました。つまり“そういったもの”が存在することが公然と認知されているのです(使用は禁止されていますが)。その毒の調合師にも簡単に会え、彼はすぐに調合をしてくれました。「ゾンビ」だけではなくて「ハイチ」そのものが著者を困惑させます。ハイチの出自は独特です。フランス革命直後に、おそらく史上はじめて「奴隷の反乱」を成功させ、それから100年間は(特殊な歴史を持つリベリアを除けば)世界唯一の黒人主権国家であり続けました。そして、ハイチ独特の宗教がブードゥーです。そのコミュニティーを導くのはオウンガン(神官)。ただし、ボコール(邪術師)も活動しています。
著者は「実際にゾンビにされた(と本人も回りも認めた)男」と面会して話をします。そんな人(死亡診断書などで「死」が社会的に公認されたのに、その後墓場から蘇った人)があちこちにいるのです。しかし著者は何も確信を得ることができません。
毒の調合に著者は付き合いますが、最初に行うのは墓暴きです。腐敗しかけた遺体を盗むのです。さらに有毒の動植物が集められます。それらの標本を著者は大学で分析にかけます。その中にフグが含まれていることから、「ゾンビ毒」はテトロドトキシンではないか、と著者は思いつきます。量さえ適切なら、テトロドトキシンで一時仮死状態になってから蘇ることはあり得るのです。動物実験では、ネズミやサルはたしかに仮死状態になりました。しかし、「毒」だけで本当に人はゾンビになってしまうのか?と著者は疑問を持ちます。さらに調査を続け、著者は「ゾンビ化」はハイチの「秘密結社」の社会的制裁(つまり犯罪者に対する「正義の行為」)であることを知ります。そして「秘密結社」はハイチの伝統そのものであり、ハイチの人々とともにあるものなのです。
ブードゥー教に関してはネガティブな言説が横行しています。しかし、たとえば「憑依」について、人類学の研究では世界中の488の社会で360に何らかの形での「憑依」が存在することが確認されています。つまりブードゥー教だけが“異常”なのではありません。そして、ゾンビを理解するためには、ブードゥー教を、つまりはハイチをきちんと理解する必要があります。さて、私はハイチについて、何を知っているのかな?
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