【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

日本の医療の評価

2018-02-21 07:15:01 | Weblog

 20世紀末にWHO(世界保健機構)が世界中の国の保健医療制度を比較してランクを付けたことがあります。その時日本は200ヶ国近くの中で「1位」でした。先進国の中ではコストをかけずに世界最高水準の医療を提供できてその結果も出していることが高く評価されたのですが、日本のマスコミはそれをほとんど無視していました。当時は「医療費が高すぎる」「医者は儲けすぎている」「医療事故がひどい」「海外の医療は進んでいる(日本の医療はレベルが低い)」といった報道が人気があったので、「日本の医療は実は世界一」というのはマスコミにとっては「不都合な真実」だったのかもしれません。
 その後厚生省は厚生労働省になり、「医療費亡国論」でコスト削減を容赦なくやり続けていますから、その結果日本の医療のレベルはどんどん落ちてきているでしょう。それは御用マスコミには大変満足な結果なんでしょうね。

【ただいま読書中】『医療制度改革の比較政治 ──一九九〇〜二〇〇〇年代の日・米・英における診療ガイドライン政策』石垣千秋 著、 春風社、2017年、5400円(税別)

 アメリカでは、1908年に眼科領域で「専門医機構」を設立する運動が始まりました。少し遅れて耳鼻科・産婦人科・皮膚科などでも同様の動きが起こり、1933年には米国専門医機構が設立され、第二次世界大戦には軍医として専門医が召集されるようになり、専門医制度が確立します。日本軍は開業医を召集して「何でも治療しろ」でしたが、ずいぶん差がありますね。アメリカの学会は専門分化の傾向が強く、医療政策の決定にはその専門家が集まる小さな学会の発言権が大きくなっています。
 イギリスでは、一つの学会にメイン領域と専門領域が含まれる傾向が強く、ガイドライン選定などには大きな学会の賛同が必要になります。
 日本では、医師の教育は文部科学省・医師の管理は厚生労働省が行います。また日本の独自性として「自由標榜制(専門家でなくても「自分は○○科の医者だ」と名乗ることができる)」があります。
 「医療政策における政治」を論じた先行研究では「医師会」が中心に据えられて「学会」は無視される傾向があるが、実は学会(それもサブスペシャリティーの学会)が重要だ、というのが著者の主張です。ここで著者が導入するのは「認識共同体(特定分野での専門家のネットワーク)」という概念です。政策決定に当たって認識共同体がアイデア提供と「ロードマップ」としての機能を果たす、というのです。この場合、「ネットワーク」が「国内」に限定されないのが、ここでの議論のキモになりそうです。
 医療費削減は先進諸国に共通の課題です。しかし国が診療内容に一々口を挟むことはできません(国が「この患者にはこの薬を使え」「この患者には手術をするな」と一人一人命令する、そしてその結果にすべて責任を負うのだったら、話は別ですが)。そこで「診療ガイドライン」で包括的に診療内容に制限を加え、その結果として医療費を削減しようとしています。そこで診療ガイドラインの決定に重要な役割を果たすのが、「認識共同体」としての「専門学会」です。
 1980年代に「診療ガイドライン運動」が起きましたが、この時の目的は「診療の標準化(医者によって治療内容のバラツキがないようにする)」でした。それが90年代にはEBM(エビデンスに基づく医療)の導入によって医療の質(と効率)を上げることが期待されるようになりました。そこに政治が(医療費削減を目的として)乗っかります。
 どこの国でも医者は「国家が策定するガイドライン」を警戒するそうですが、それは「目的」が医者(医療の質)と政治家(経済)で違うからでしょう。
 アメリカの「出発点」は「高額な医療費」でした。世界でも突出した負担でしたが、かかる費用に見合った効果があるわけではない(アメリカの医療が国際的に決して優れたものではない)ことが調査で示され、連邦機関が中心となってガイドライン策定の動きが始まり、当初は全米がそれを歓迎していましたが、専門学会が反対を表明して共和党に働きかけるとその動きは頓挫、結局連邦機関の役割は診療ガイドライン情報を蓄積するデータベース管理に限定されました。イギリスでは「大英帝国の没落」が出発点で、サッチャー政権は納税者に人気のある「租税による医療」を民営化ではなくて効率化で生き延びさせようとしました。専門性がアメリカほど強くない医学会もそれに協力し、結果として英国では診療ガイドライン政策は成功しています。日本は大学医局ごとに医師が養成されていたため「医師によって診療内容にばらつきがあるのが当たり前」の状態でした。日本では学会は英米とは違って医師会の下部に位置づけられていて、医師会が厚生省(厚労省)と対立すると診療ガイドライン政策は行き詰まってしまいました。
 著者は「専門家の学会が診療ガイドライン策定に決定的な影響を与える」という仮説で本書を綴っていて、どうやらその仮説は正しいようですが、では「未来」はどうなるのでしょう。少子高齢化社会で高齢者がどっと増えますが、その医療に対する「専門家」の「認識共同体」って、どこにありましたっけ? 少なくとも厚生労働省は「コスト」しか見ていないから「専門家」ではありません。では医師会? こちらも「専門家の力」は弱そうです。では、どこかの学会? さてさて、日本の(医療政策に関する)未来は、どうなっていくのでしょうねえ。