【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

読んで字の如し〈草冠ー17〉「荘」

2015-10-07 06:40:36 | Weblog

「老荘」……老いた荘子
「貸し別荘」……貸しているのとは別の荘子
「連荘」……村の連なり
「五家荘」……五軒の村
「ショスコム荘」……ホームズ最後の短編
「雀荘」……雀のお宿
「荘園」……荘のお庭
「荘重」……荘が重い
「荘厳」……荘が厳しい
「浅間山荘事件」……浅間山における荘なる事件

【ただいま読書中】『オフ・ザ・マップ ──世界から隔絶された場所』アラステア・ボネット 著、 夏目大 訳、 イースト・プレス、2015年、2400円(税別)

 人間は様々なものを愛好しますが、その一つに「場所愛」がある、と著者は指摘します。本書では、「どこか異質な場所」を世界中から38取り上げ、「場所」の持つ性質と人間が持つ「場所愛」について考えてみようとしています。
 「地図にない都市」として「レニングラード」が取り上げられます。もともとは「サンクトペテルブルク」で、一時「ペトログラード」だった時期もありますが、「レニングラード」になってからも市民は「ピーチェル」という昔の愛称を使い続けたそうです。もちろんそんな名前は地図には載っていないのですが。ところが最近また「サンクトペテルブルク」に戻されてからは、こんどは「レニングラード(共産主義の悪いイメージ、ナチスの包囲に耐えた愛国心の象徴)」が二重写しのように残されています。本書にも紹介されていますが、チャイナ・ミエヴィルの『都市と都市』を私も連想します。それと、辛亥革命のあと、漢民族に対する清朝(満州族の王朝)支配の象徴だった「弁髪」を切るとき、漢民族の人々に大きな心理的抵抗があったことも私は想起します。たとえ「新しいもの」でも、文化的に定着するとそれは人々のアイデンティティの一部となってしまうのです。
 人工的に破壊された都市として「オールドメッカ」があります。巡礼者が大量に押し寄せるために改造をしている、という事情もありますが、偶像崇拝を禁止するイスラムの教えに忠実だ、という捉え方もあるそうです。強いイデオロギーに囚われた人は古いものを危険視する、ということかもしれません(これは独裁者を頂いた国ならわかるはず)。私はメッカ(名前も破壊され、最近では「マッカ」と言うそうです)に立ち入ることはできないので(イスラム教徒以外は立ち入り禁止です)、どこがどう変わっているのか、それはわかりませんが。
 ニューヨークのマンハッタンに「タイムランドスケープ」という1000平方メートルくらいの区域があります。そこには17世紀より前にこの地に普通に生えていた植生が保存されています。「自然の記念碑」です。しかしそれをきちんと保存するためには、常に外来種を排除する、という「不自然な作業」が必要になります。だからここを見ると人は落ちつかない気持ちになるのだそうです。
 「アラルカン砂漠」は個人的にはちょっとショックを感じる場所です。かつて世界で4番目に大きな湖だったアラル海がソ連の淡水政策によって干上がって10分の1の大きさとなり、かつての湖底のほとんどは砂漠化しているのです。そのため周囲の気候は激変しているそうです(大量の水が熱を吸収してくれませんから)。私が持っている10年前の地球儀にはまだアラル海はしっかり描いてありますが、私が知らないうちに世界はどんどん変化しているんですね。
 旧ソ連の閉鎖都市、カッパドキアの地下都市、エジプトの「死者の町」のような巨大な墓地に住む人びとのコミュニティ、国境と国境の間の「隙間」(セネガルとギニアの間には27km、南アフリカ共和国とレソト王国の間には5.6kmの隙間があるそうです)、どの国も欲しがらない場所、あるいは「存在しないことにされる場所」もあります。あ、最後のは、ネゲブ砂漠のトワイル・アブ・ジャワルというベドウィン族の村ですが、イスラエル政府は定期的にブルドーザーでこの村を踏みつぶしています。しかしその間避難していた村人は破壊がすむと戻ってきて村を再建。またイスラエルのブルドーザーがやって来る、の繰り返しだそうです。イスラエルの言い分は「この村は存在しない」。どの地図にも記載されていないし法的な登録も一切存在しないのだそうです。だけど「存在しないもの」を破壊するのは難しいように私には思えるんですけどね。そもそも遊牧民のベドウィン族の「村」に法的な根拠を求めるのはちょいと無理があるような気がするのですが。オーストラリアでは、かつてのアスベスト鉱山とそのための町ウィトヌームが政府によって「存在しない」宣言をされています。環境汚染で「消された場所」は世界のあちこちにあります。そう言えば本書には「チェルノブイリ」はありましたが「フクシマ」は載っていませんでした。
 CIAの秘密尋問施設という剣呑なものもありますし、個人が勝手に宣言した「独立国」というロマンの香りがする場所もあります。モルディブの浮島計画が、国民のためではなくて海外からの人の受け入れのため、と聞くと首を傾げてしまいます。
 本書に登場する“ビッグ”な「場所」でなくて、もっとささやかな規模の「秘密の場所」「隔絶された場所」「忘れられた場所」だったら、日本でもあちこちにあるのかもしれません。政治家や公務員の目の前でその地名を言ったら機嫌が悪くなる場所って、けっこうあるんじゃないです?