「沈まぬ太陽 全5巻 山崎豊子 新潮文庫」
私はとにかく「熱いヒーロー」が好きだ。
いわゆる熱血漢。
だが、一口に熱血漢と言っても、見るからにギラギラしたバイタリティの塊というタイプより、
表面上は爽やかでありつつ、燃え盛る情熱の炎を内に秘めながら、ジンワリ熱いオーラを発しているようなタイプが好みである。
本書の主人公、恩地もそのタイプに近い。
本書の内容を一言で言うのは難しい。
あえて言うなら、国家権力と癒着した日本航空の利益追求至上主義、安全軽視の腐敗構造を、日航によって翻弄された、主人公「恩地」の半生を通して暴露した、限りなくノンフィクションに近い小説である。
また、本書中盤の佳境に入り、御巣鷹山日航機墜落事故をめぐって、その隠蔽された企業体質が明らかになる。
こうしたノンフィクション(事実)の小説化は、山崎豊子氏のもっとも得意とする手法であるが、彼女の著作の中でも、これほどの力作はあるまい。
一応、小説であることが建前であるが、山崎氏の、あの有名な執拗なまでの取材に裏付けらているので、事実と本書の内容との整合性は高いのではないだろうか。
実際、主人公の恩地は、実在の人物「小倉寛太郎氏」をモデルにしており、小倉氏においてはかなり長期間にわたる缶詰取材を受けたということだ。
主人公の恩地は、熱い情熱を内に秘めた正義感である。
お前は馬鹿か・・・と呆れてしまうほど「真っ直ぐ!」だ。
背中からかっこよさがにじみ出る戦う男のイメージ!
弱きを助け、強きを挫く、典型的なタイプ。
だから日航という巨大企業にネチネチといじめられる(左遷されまくり)。
それでも、絶対にへこたれずに、なんとか従業員の幸せと、日航の企業体質改善の活路を見出そうとする彼。
本書を読んでる間、ずっと恩地を応援せずにはいられなくなる。
「恩地ガンバレー!」と声に出しそうになる。
とにかく情熱が熱い、志が篤い、そして本が厚い。
そんな本である。
だが、実は本書に対する評価も、近ごろは微妙になってきている。
私の価値観が、青年期と比べいくらか変化しつつあるからかもしれない。
山崎氏があまりにも善悪、正邪の境界線を明確に設けていることに対していささか違和感を覚えるのである。
つまり「日航→悪・邪、小倉氏(恩地)→善・正」
グレーゾーンが全くない。
完全なMUST化である。
基本的には、その構図に誤りはないと思うが、MUST化は分かりやすい分、価値観の硬直化と自己正当化、自己とは異質な他者への排他性をもたらす。
主人公恩地にしても、高い理想を掲げ、真に改革を望むなら、もうちょっと戦略的になれなかったものだろうか。
例えば、あえて権力側にまわって、内部から機を捉えて変革するといった術はなかったのかと思うのである。
あまりにも不器用なのだ・・・
それが恩地のかっこよさだとも思うが。
だがともかく、実にいい男であることは間違いない!
本書を読むと「日航の野郎!こんなひでぇことやりながら澄ました顔しやがって!畜生!」なんて悪態の一つも付きたくなる。(汚い言葉を吐いてちょっと反省)
だから私は全日空(ANA)派だ・・・(笑)
さて、当寺の檀家Sさんは、図らずも日航の整備士だった。
好奇心旺盛の私は、勇気を振り絞り、本書についてどう思うか、また、Sさんは小倉氏(恩地)の労組側か、日航よりの御用組合側か、どちらの側だったのか、尋ねてみた(日航には、恩地側と日航側の労組がある…系統別にいくつかの労組が細分化されていたと思うが忘れてしまった)。
これが、Sさんが日航の御用組合側だったら、完全にアウトである。
かなり気まずい空気になるに決まっている。
一か八か。
確率としては、弱小の恩地労組より、日航御用組合に所属している割合の方が圧倒的に高い。
だが、私はSさんの凛として澄んだ眼差しに賭けた。
的中!恩地側(小倉氏)だった。安堵のため息・・・。
本書の話は本当のこと、小倉氏は従業員のために大変な苦労をされた、会社にいじめ抜かれたと言葉少なげに、だが真っ直ぐに誠実に話してくださった。
また数年前、飲み会(もう何年もやってません)に日航のスチュワーデスが来ていた。
ここでも私は湧き上がる好奇心を抑えられずに、同じ質問を投げかけた。
ある意味、空気の読めない奴である・・・。
彼女も小倉氏側にシンパシーを感じているとのこと。
日航内の彼らに対する差別は今でも激しいと言っていた。
彼女自身は、ノンポリらしかった。
彼女もまた、いやな顔一つせず真剣に答えてくれた。
そんな思い出もあって、本書はとても印象深い本の一つとなっている。
そして、御巣鷹山の墜落事故にまつわる忘れられないできごと。
墜落現場に残されていた、操縦室でのやり取りが録音されていたボイスレコーダーの記録である。
機長が最後の最後まで、若い副機長たちを励ましている声が聞こえる。
「がんばれー!ど~んと行こうや!!」
死を目前にしている人間が発した言葉とは思えない。
テレビで録音された肉声を聞いたときには涙が出た・・・。
これこそプロだ。本物の機長である。
人としても一流であろう。
御巣鷹山、いつか訪れたい場所の一つだ。
多くの犠牲者に哀悼の意を捧げたい。
また熱い書評になってしまったようである・・・。
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有り難うございました!
私はとにかく「熱いヒーロー」が好きだ。
いわゆる熱血漢。
だが、一口に熱血漢と言っても、見るからにギラギラしたバイタリティの塊というタイプより、
表面上は爽やかでありつつ、燃え盛る情熱の炎を内に秘めながら、ジンワリ熱いオーラを発しているようなタイプが好みである。
本書の主人公、恩地もそのタイプに近い。
本書の内容を一言で言うのは難しい。
あえて言うなら、国家権力と癒着した日本航空の利益追求至上主義、安全軽視の腐敗構造を、日航によって翻弄された、主人公「恩地」の半生を通して暴露した、限りなくノンフィクションに近い小説である。
また、本書中盤の佳境に入り、御巣鷹山日航機墜落事故をめぐって、その隠蔽された企業体質が明らかになる。
こうしたノンフィクション(事実)の小説化は、山崎豊子氏のもっとも得意とする手法であるが、彼女の著作の中でも、これほどの力作はあるまい。
一応、小説であることが建前であるが、山崎氏の、あの有名な執拗なまでの取材に裏付けらているので、事実と本書の内容との整合性は高いのではないだろうか。
実際、主人公の恩地は、実在の人物「小倉寛太郎氏」をモデルにしており、小倉氏においてはかなり長期間にわたる缶詰取材を受けたということだ。
主人公の恩地は、熱い情熱を内に秘めた正義感である。
お前は馬鹿か・・・と呆れてしまうほど「真っ直ぐ!」だ。
背中からかっこよさがにじみ出る戦う男のイメージ!
弱きを助け、強きを挫く、典型的なタイプ。
だから日航という巨大企業にネチネチといじめられる(左遷されまくり)。
それでも、絶対にへこたれずに、なんとか従業員の幸せと、日航の企業体質改善の活路を見出そうとする彼。
本書を読んでる間、ずっと恩地を応援せずにはいられなくなる。
「恩地ガンバレー!」と声に出しそうになる。
とにかく情熱が熱い、志が篤い、そして本が厚い。
そんな本である。
だが、実は本書に対する評価も、近ごろは微妙になってきている。
私の価値観が、青年期と比べいくらか変化しつつあるからかもしれない。
山崎氏があまりにも善悪、正邪の境界線を明確に設けていることに対していささか違和感を覚えるのである。
つまり「日航→悪・邪、小倉氏(恩地)→善・正」
グレーゾーンが全くない。
完全なMUST化である。
基本的には、その構図に誤りはないと思うが、MUST化は分かりやすい分、価値観の硬直化と自己正当化、自己とは異質な他者への排他性をもたらす。
主人公恩地にしても、高い理想を掲げ、真に改革を望むなら、もうちょっと戦略的になれなかったものだろうか。
例えば、あえて権力側にまわって、内部から機を捉えて変革するといった術はなかったのかと思うのである。
あまりにも不器用なのだ・・・
それが恩地のかっこよさだとも思うが。
だがともかく、実にいい男であることは間違いない!
本書を読むと「日航の野郎!こんなひでぇことやりながら澄ました顔しやがって!畜生!」なんて悪態の一つも付きたくなる。(汚い言葉を吐いてちょっと反省)
だから私は全日空(ANA)派だ・・・(笑)
さて、当寺の檀家Sさんは、図らずも日航の整備士だった。
好奇心旺盛の私は、勇気を振り絞り、本書についてどう思うか、また、Sさんは小倉氏(恩地)の労組側か、日航よりの御用組合側か、どちらの側だったのか、尋ねてみた(日航には、恩地側と日航側の労組がある…系統別にいくつかの労組が細分化されていたと思うが忘れてしまった)。
これが、Sさんが日航の御用組合側だったら、完全にアウトである。
かなり気まずい空気になるに決まっている。
一か八か。
確率としては、弱小の恩地労組より、日航御用組合に所属している割合の方が圧倒的に高い。
だが、私はSさんの凛として澄んだ眼差しに賭けた。
的中!恩地側(小倉氏)だった。安堵のため息・・・。
本書の話は本当のこと、小倉氏は従業員のために大変な苦労をされた、会社にいじめ抜かれたと言葉少なげに、だが真っ直ぐに誠実に話してくださった。
また数年前、飲み会(もう何年もやってません)に日航のスチュワーデスが来ていた。
ここでも私は湧き上がる好奇心を抑えられずに、同じ質問を投げかけた。
ある意味、空気の読めない奴である・・・。
彼女も小倉氏側にシンパシーを感じているとのこと。
日航内の彼らに対する差別は今でも激しいと言っていた。
彼女自身は、ノンポリらしかった。
彼女もまた、いやな顔一つせず真剣に答えてくれた。
そんな思い出もあって、本書はとても印象深い本の一つとなっている。
そして、御巣鷹山の墜落事故にまつわる忘れられないできごと。
墜落現場に残されていた、操縦室でのやり取りが録音されていたボイスレコーダーの記録である。
機長が最後の最後まで、若い副機長たちを励ましている声が聞こえる。
「がんばれー!ど~んと行こうや!!」
死を目前にしている人間が発した言葉とは思えない。
テレビで録音された肉声を聞いたときには涙が出た・・・。
これこそプロだ。本物の機長である。
人としても一流であろう。
御巣鷹山、いつか訪れたい場所の一つだ。
多くの犠牲者に哀悼の意を捧げたい。
また熱い書評になってしまったようである・・・。
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