一顆明珠~住職の記録~

尽十方世界一顆明珠。日々これ修行です。いち住職の気ままなブログ。ときどき真面目です。

一息ひといきの愛

2007年01月31日 | つながりコスモロジー
生まれたときから死ぬときまで、私たちは間断なく呼吸して生きている。

3分呼吸しなかったら命が危ない・・・。

空気はわたしたちの命を支えている。

この当たり前の事実。

しかし、この当たり前がすごい。


空気は一度だって、私たちに何かを要求したことはない。

無償で、一生の間、呼吸をさせてくれる。

これを愛と言わずになんと言おう。

愛はどこか遠くにあるのではない。

一息ひといきの中に、愛のはたらきは満たされているのだ。


つまり、生きているかぎり無条件で愛されているということ。


*この発想はオリジナルではありません。
 O先生が仰っていたことを味わってみました。


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水仙

2007年01月31日 | 写真館・花(境内)
境内にて。

水仙の花。

私が安居した永平寺がある福井県の県花にもなっています。


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『不都合な真実』 アル・ゴア著

2007年01月30日 | 
不都合な真実

ランダムハウス講談社

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映画『不都合な真実』も密かに話題になっていますが、本書はアメリカ元副大統領アル・ゴア氏による、地球環境問題についての提言書です。

本書は特に、地球環境問題が端的に表面化している温暖化問題を中心に、いま地球全体が大変な危機にあることをヴィジュアルを駆使して訴えています。

正直、本書を読むまではどこかで温暖化問題を軽く見ていたところがありました。

単純に、地球全体が温かくなることが、どこがそんなに問題なのかが本当の意味で分からなかったのです。

しかし、温暖化の問題は地球の大気がただ単に温かくなるだけではない。

そこに、さまざまな天変地異の可能性を孕んでいるということが分かりました。

まさに、目からウロコの連続です。

啓蒙とは、こういうことを言うのでしょう。

世界中のすべての人々に読んで欲しい本。



このままでは、大変なことになる。

だが、道は残されている、とゴア氏は訴えます。

わたしたちのために、何より後世の人々のために「自分に何ができるのか?」を考える大きなきっかけを、本書は与えてくれることでしょう。


「私は何かこの地球にMementoを置いて逝きたい、私がこの地球を愛した証拠を置いて逝きたい、私が同胞を愛した記念碑を置いて逝きたい。それゆえにお互いにここに生まれてきた以上は、われわれが喜ばしい国に往くかも知れませぬけれども、しかしわれわれがこの世の中にあるあいだは、少しなりともこの世の中を善くして逝きたいです。この世の中にわれわれのMememtoを遺して逝きたいです」
『後世への最大遺物』内村鑑三 岩波文庫より引用 



ちなみに映画の方も観に行きたいのですが、なかなか時間が取れません・・・


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禁煙10ヶ月

2007年01月29日 | 禁煙
禁煙10ヶ月です。

だいぶ板に付いてきました。

昨晩も、教区会引き続き新年会でしたが、ほとんど吸いたい気持ちは起こらず。

アルコールが入っても吸わない自信がつきました。

最近は喫煙者を見ると哀れに思えてきます。

早くタバコの罠に気付けばいいのに・・・と。

アル・ゴアの姉さんも喫煙による肺癌で早世したとのこと(書籍『不都合な真実』)。

ゴア家は、それまで広大なタバコ畑を有していましたが、姉の肺癌発病を機にタバコ栽培をやめたとのことでした(まあ、そりゃそうですね)。


タバコは嗜好品として片付けられるものではありません。

100%毒物です。

その毒性は食品添加物の比ではありません。

ニコチン、タールどころか、環境ホルモン、はては放射性物質まで含有しているのですから・・・

環境問題とともに、真剣にその廃絶に向け取り組んで然るべきでしょう。

幸いにも、禁煙の輪は世界中に広まっており希望は持てます。

しかし一方で、若年者や女性の喫煙が増えているという悲しいデータもあります。


JTは日本の喫煙者が減少傾向にあることを受け、英国の大手タバコ会社を買収し、世界に新たな市場を開拓しようとしています。

しかも彼らが密かにターゲットとしているのは、第三世界の若年層や労働者階層だと聞いたことがあります(これについては確たる根拠があるわけではありませんが・・・)。

また、いかにも私は善人ですと言わんばかりの、シットリとした雰囲気のマナーCMを流して、企業イメージを上げようとする意図が見え透いてるのが、不快になります。

ま、企業としてイメージ戦略が必要なのは当たり前かもしれません。

しかし、思うのです。

余計なお世話かもしれませんが、JTで働いている人たちは誇りを持って仕事をしているのでしょうか。

体に悪いということが明らかで、しかも依存性の極めて強い毒物を売る事に心の痛みはないのでしょうか。

いまやJTは飲料や食品の分野でも製品を作っています。

そちらの方面で、企業として存続することは可能でしょう。
本業のタバコ産業は、将来的にいつまでに廃止するということを決定して、人々の健康に寄与するような企業に生まれ変わっていって欲しいと思います。

これまでの罪滅ぼしのために。

以上、威勢よくJT批判を展開しましたが、いつ自分が転ぶかは分かりません・・・。

それがタバコの怖さです。

油断大敵。

でも、きっと大丈夫でしょう。


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マルクス・アウレリウスの言葉―1

2007年01月28日 | 哲学・思想・宗教
何気なくマルクス・アウレリウスの自省録(岩波文庫)を開いたらこんな言葉がありました。

七―十六 
変化を恐れる者があるのか。しかし変化なくして何が生じえようぞ。宇宙の自然にとってこれより愛すべく親しみやすいものがあろうか。君自身だって、木がある変化を経なかったらば、熱い湯にひとつ入れるだろうか。もし食物が変化を経なかったならば、自分を養うことができるだろうか。そのほか必要な事柄のうち何が変化なしに果たされえようか、君自身の変化も同様なことで、宇宙の自然にとっても同様に必要であるのがわからないのか。


この言葉を一言で要約すれば、「変化はコスモス(宇宙)の本質である」、と言えるでしょうか。

私自身の変化もまた、コスモスの自然な進化であるということ。

だから、変わることを恐れる必要は何もないのだと、哲人皇帝アウレリウスは自らに言い聞かせています。


私たちはしばしば、自己成長の機会だとどこかで分かっているにもかかわらず、変化を恐れ躊躇してしまうことがあります。

そこには、ひとまず安全圏の現状を維持したいという思いが働いています。

さらには、現状維持のままでは事態が悪化すると予見しているような時でさえ、それに固執してしまうことがあります。

それは、自己を取り巻く環境のみならず、思考、信念、思想、信条・・・自分にまつわるすべての事柄において、です。

どれだけしがみついても森羅万象は私の思いとは関係なく絶えず変化流動しています。

それがコスモス(宇宙)の本質。

ならば、変化を恐れずに、つねに自分にとってベターな変化に随っていくことが、コスモスの真っ当な進化の流れに乗ることになるのでしょう。

その妙術は坐禅にあると考えます。

只管打坐あるのみ。

と言っても、私の場合、たかだか1日30分の坐禅ですが・・・

されど、坐禅は坐禅です。

その坐禅を、日々の行住坐臥に行き渡らせることが肝要だと思っています。


<Wikiペディア 引用>

マルクス・アウレリウス・アントニヌス(Marcus Aurelius Antoninus, 121年4月26日 - 180年3月17日)はローマ帝国の皇帝で、五賢帝の一人。アントニヌス・ピウスの養子で、中国の史書『後漢書』の「安敦」の記述はアウレリウス帝を指すと云われている。

アントニヌス・ピウスの娘と結婚し、ハドリアヌス帝がピウスを養子にした際にマルクスもピウスの養子となる。ルキウス・ウェルスとの共同統治の後に単独皇帝となる。ゲルマン人などの蛮族の侵入(マルコマンニ戦争)やシリア属州におけるパルティアの攻撃など数々の難問に対処し、自身も遠征先の陣中で没。それまでの五賢帝の慣習を破り実子のコンモドゥスを後継者とし、五賢帝時代は終わった(とはいえ五賢帝の他の皇帝が実子を後継者としなかったのは、単に「法律婚に基づく」実子がなかっただけにすぎない、との説もある)。

一方、日々の思索と哲学を記した『自省録』と呼ばれる著書を遺している。哲人皇帝とも呼ばれ、ストア派後期の代表的人物に数えられるが、その思想は後期ストア派に顕著な折衷主義でもある。ストア派の克己主義に立ち、キリスト教を迷信として退けた。帝国の安定を図るため、当時すでに衰えていた伝統の神々の祭祀を復興して、帝国の精神的紐帯とすることを図った。このため多神教の礼拝を拒んだキリスト教徒を帝国の安定を危うくするとして迫害した。


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視力回復は可能か?

2007年01月27日 | 休憩
最近練習しています。

視力が良くなるという「マジカルアイシリーズ」。

ほんとかな・・・

半信半疑ですが・・・

うまく焦点を絵より遠くに合わせると、平面の絵が3Dに観えます。

これがなかなか面白い♪

平面では見えなかった絵柄が、3Dになると姿を現したり。

とても不思議な気分。

初めは見えてくるまで5分くらいかかりましたが、慣れてくると数秒で見えるようになります。

とりあえず、1日3分でも効果があるということなので、1ヶ月くらい試してみようと思います。

ちなみに私の視力は0.2くらいでしょうか・・・。

いつもはコンタクトを入れています。


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裏山探検

2007年01月25日 | 思い・子どもたち
今日は久しぶりに年中2クラスと一緒に、境内の裏山を探検しに行きました。

尾根伝いを歩くのですが、急な山道もあり、崖もあり、子どもたちにとってはスリル満点のコースです。

寒風吹く木立の中を元気に探検する子どもたち。

キラキラした瞳☆

黄色い歓声♪

朝礼後から、お昼までたっぷり一緒に遊んだら、さすがにクタクタになりました。

ですが、体が疲れた変わりに、おかげで心は元気になりました。


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