あれこれ随想記 

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【訃報】田子ノ浦親方死去

2012年02月13日 | 社会・文化の記
大相撲の田子ノ浦親方が亡くなりました。46歳の若さです。

田子ノ浦親方死去=元久島海、46歳―大相撲(時事通信) - goo ニュース

大相撲の元幕内久島海の田子ノ浦親方(本名久嶋啓太=くしま・けいた)が13日午後、東京都内の病院で死去した。46歳だった。
 田子ノ浦親方は同日午後、東京都江東区北砂の田子ノ浦部屋で血を吐いて倒れ、病院に搬送されたが既に心肺停止状態だったという。
 和歌山県新宮市出身。新宮高校3年時に全日本選手権を制し史上初の高校生アマ横綱となり、日大進学後は3年連続で学生横綱に輝いた。


「田子の浦親方」というより、「久島海」のほうが通りがいいでしょう。
あるいは「久島」のほうがもっと有名だったのでしょうか。

アマチュア時代の久島は、史上最強の学生横綱と呼ばれていました。
当時、タイトル獲得1位ではなかったかと記憶しています。

大相撲でも活躍するだろうと思われていました。
しかし、脇が甘かったようで、大成しませんでした。
大相撲では三役経験もなく、存在感のないまま終わってしまいました。
親方としても、ほとんど印象に残るようなことはありませんでした。

私の中では、記憶に残っている学生横綱です。

謹んで哀悼の意を表します。
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『反・幸福論』佐伯啓思

2012年02月13日 | 人文・思想の本
佐伯啓思著『反・幸福論』新潮新書、を読みました。

「新潮45」に連載された文章をまとめたものです。
連載中に東日本大震災があり、後半はその対応についてです。
私がおもしろかったのは、震災前に書かれた前半です。

神々の敗北とは、こうしたすべての崩壊でした。人は畏怖するものを失い、畏怖と貼り合わせになった安心できる場所を失い、「ふるさと」を失ったのです。その結果、人々は個人的な欲望を解放し、道徳心を利己心に譲り渡したのです。さすらいだしたのは神だけではなく、欲望や利己を求める心でした。そして「欲望」と「利益」の集積である (とみなされた)都会へと人々がさすらいでることが経済成長をもたらしたのです。

「ふるさと」を捨てることによって、経済成長を追い求めました。
「ふるさと」を守る気の無いものが、国土を守れるはずがないと言っています。
尖閣問題もその延長だといいます。

 とにかく「縁」や「しがらみ」という面倒なものを断ち切ろうとしたのが戦後日本だったのではないでしょうか。戦後の民主主義にせよ、個人主義にせよ、都市化にせよ、あるいは、近代主義者や進歩的知識人たちがしたり顔で唱えた「近代市民社会」なるもののしごく当然の結果が「無縁社会」なのではないでしょうか。

無縁社会が問題になっていますが、「イエ」や「ムラ」をすて、しがらみを断ち切ろうとしたのが戦後社会です。
何をいまさら無縁社会を問題とするのか、みんなが望んだ結果ではないかということです。

 われわれの生きている近代社会の原則は、みなが平等に幸福になる権利をもっている、というところにあります。この「みなが平等に幸福になる権利」という観念はたいへんにやっかいなものです。そのおかげで、誰もが「自分は人並みに幸福でなければならない」と思い込んでいる。だから幸福の基準がいつも他人になってしまう。

幸福を、他人と比較することによって感じようとしているようです。
自分の欲望は他人の欲望で、人がほしいと思うものを自分も欲しいと思っています。

幸福になろうと努力したしてきた日本人ですが、いつまでたっても不満が多く、幸福感を感じられません。
幸福になるどころか、不幸に向かっているようにさえ感じます。
幸福の考え方そのものから変えてみなければならないのかもしれません。



反・幸福論 (新潮新書)
佐伯 啓思
新潮社
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仏さまに近づく 〜教えの庭から(39)〜

2012年02月12日 | 仏教・宗教の話
本日の『山陰中央新報』の「混迷・生きる〜教えの庭から〜」という欄で、私の書いた文章が載りました。

   仏さまに近づく

 大学生の時に、一度だけセスナ機に乗ったことがあります。パイロットの免許を持つ知人の操縦で、東京の調布飛行場から飛び立ち、都内上空を遊覧しました。飛行も終わりに近づき着陸体勢に入った時です。知人が言いました。「飛行機は離陸より着陸が難しいんだよ。離陸でミスをしたことはないけど、着陸は…。今日は大丈夫だろうか」。無事着陸した後、「着陸も失敗したことはないよ。失敗していたら、今ここにいないからね」ということでした。


 人生も離陸より着陸が難しいのかもしれません。成長していく過程は、一生懸命がんばれば何とかなります。死を迎えることは、着陸点が見えないだけに難しい問題です。何も考えずにいると墜落してしまうかもしれません。たとえ計画通りにはいかなくても、晩年に向けて心の準備をしておいた方がよさそうです。
 「幼子の次第次第に知恵づきて 仏に遠くなるぞ悲しき」という古歌があります。生まれたときには仏さまのような無邪気さを持っていた子どもが、いろいろ学んでいくうちに知恵がつき、だんだんと仏さまの心を失っていきます。
 私たちが学びの中から身につけていくのは人間の知恵です。人間の知恵とは分別です。ゴミは「ぶんべつ」、知恵は「ふんべつ」と読みます。正邪、善悪、損得、美醜などを分けて考え、価値判断ができる知恵を分別といいます。善いことも悪いことも分からないものは、分別のない人です。分別のつく人が、一人前の大人と言えます。 少年期から青年期は、人間の知恵を身につけながら、他者と比較し競争することによって成長していきます。壮年期を過ぎ熟年期に入ったら、少し生き方を変えてみてはいかがでしょう。老年期に向かって、少しずつ仏さまの智慧を取り戻していく必要があると思います。
 仏さまの智慧を無分別といいます。ものごとを分けて考えないことです。価値判断や損得勘定をやめ、好き嫌いを言わず、比較や競争をせず、そのものをそのまま受け入れるのです。自分と他人という分け隔てを少なくし、利己的な心を減らし、利他的な行いを増やしていくよう心がけていきます。
 分別の知恵を少なくし、無分別の智慧を多くしていくことは、仏さまに近づくことです。仏さまとして生まれ、仏さまとして死んでいく、そんな生き方をしてみませんか。
 2月15日は、お釈迦さまが亡くなられた日、涅槃会です。この日を前に、人生の着陸について考えてみるのもいいかもしれません。 私も人生の折り返し点を過ぎました。そろそろ着陸に向かう生き方を考えていこうと思っています。


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【女子アマボクシング】しずちゃん、全日本ミドル級を制覇

2012年02月11日 | スポーツの記
南海キャンディーズのしずちゃんが、女子アマボクシングの全日本ミドル級で優勝しました。
この優勝で、世界選手権の代表に選ばれました。
世界選手権でベスト8に入れば、ロンドン五輪に出場できそうです。

しずちゃん、全日本ミドル級を制覇=世界選手権代表に―女子アマボクシング(時事通信) - goo ニュース
アマチュアボクシングの全日本女子選手権最終日は11日、広島市中区スポーツセンターで実戦の部7階級の決勝などが行われ、「しずちゃん」の愛称で知られるお笑い芸人の山崎静代(よしもとクリエイティブエージェンシー)はミドル級で鈴木佐弥子(ワールドスポーツ)を判定(26―11)で下し、国内公式戦デビューを優勝で飾った。山崎は鈴木の強烈なパンチに苦しみながらも、正確さと手数で上回り、着実に得点を積み上げた。

お笑い芸人でありながら、練習を重ね、よく優勝することが出来ました。
次は世界選手権です。
ベスト8にはいるのは大変でしょうが、がんばってください。

オリンピックに出られるようがんばってきたのだから、ぜひ実現してほしいと思います。
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子ども神楽発表会

2012年02月11日 | 生活・家庭の記
毎年恒例の「子ども神楽発表会」がありました。

中2の三男が、「大蛇」の須佐之男命を演じました。



親バカの贔屓目かもしれませんが、予想していたよりも上手く演じていたと思いました。
この演目は、大蛇が見ものですが、須佐之男命の動き方で見栄えが違ってきます。

須佐之男命は次男も演じました。
割合上手かったので、安心して楽しめました。
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