消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(338) 韓国併合(16) 心なき人々(16)

2010-10-23 19:34:38 | 野崎日記(新しい世界秩序)

 七 神道による内鮮一体化の試み

 朝鮮人民に独立意欲を駆り立てるキリスト教に対抗して意識的に打ち出されたのが、「日朝同祖論」だった。使われたのは、素戔嗚尊(すさのおのみこと)神話であった。新羅に降誕した日本神話の素戔嗚尊が、朝鮮の始祖・壇君(Tangun)のことであるという論法が執拗に語られた。あるいは、素戔嗚尊は、出雲と朝鮮を往復していた「漂白神」であり、朝鮮を開拓した神であるという説も動員された(菅[二〇〇四]、三五二ページ)。

 壇君は、紀元前二三三三年に朝鮮を建国したという朝鮮神話上の神である。壇君は、人間の女になった熊と神との間で生まれた人間で、朝鮮を開いた始祖であるとの神話が朝鮮にはある(http://cookpad.com/diary/1096944)。

 いずれにせよ、明治時代の日本側の日朝同祖論は、朝鮮の独立を阻止すべく、同じ始祖を持つのだから、朝鮮は弟として日本とつき合うべきであると、懸命になって朝鮮民族を説得するものであった。

 三・一独立運動の四か月後、朝鮮神社の設立方針が公表された。そこでは、天照大神(あまてらすおおみかみ)と明治天皇が祭神であった。天照大神は日本と朝鮮を創った皇祖神であり、日朝の両方の始祖である。明治天皇は、分裂していた両民族を併合という形で再統合した神であるとの解釈を日本政府は強引に打ち出した。皇祖神たる天照大神は日朝民族の祖であり、帝国の祖が明治天皇である。このような二神を祀る朝鮮神宮こそは、伊勢神宮と明治神宮とを合わせ持つ中心神宮であるとされたのである(菅[二〇〇四]、三五五ページ)。

 そして、京畿道(Gyeonggi-do)京城府(Kyŏngsŏng-pu)南山(Namsan)に、九二〇〇坪の境内、一〇万坪の神域という広大な朝鮮神宮が創建された。官幣大社朝鮮神宮の鎮座式は、一九二五年一〇月一五日に挙行された。朝鮮支配の重要人物たちが列席したという(横田[一九二六[、四八~五〇ページ)。さらに、朝鮮人の氏子(うじこ)作りにも朝鮮総督府は熱心であった(菅[二〇〇四]、一六七ページ)。

 当時の朝鮮総督・斎藤実は、神道は宗教ではなく、祖先崇拝の証であるとの詭弁を弄して、祖先崇拝の名の下に、朝鮮人も神社に参拝すべきであるとして、天皇を頂点とする先祖崇拝を朝鮮人に強制したのである。

 一九四五年までに朝鮮には一一四〇もの神社があったと言われている。神社への参拝強要が、朝鮮人には日本による支配の象徴として映っていたのである(Vos[1977], SS. 218-24)。新設された日本の海外神社は、朝鮮人のナショナリズムにとっての呪い(anathema)であった(Copplestone[1973], p. 1195)。

 朝鮮神宮に参拝する朝鮮人の数は、加速度的に増加した。一九三三年には五五万人、一九三六年には一一七万人、一九三七年には二〇〇〇万人、そして一九三八年には二六九〇万人という激増ぶりであった(国立文書館[一九三九]、二A・一二・類二二七五、菅[二〇〇四]、三六一ページ)。

 東アジアにおける日本の軍事的プレゼンスの強大化と軌を一にした参拝者の激増は、朝鮮人の日本の神道への宗教的帰依が強まったからであるとして開き直ることを許さない数値である。強制参拝という冷厳な事実が、内鮮一体化=同祖論の内実であった。

 世界の日本批判の反応にひるんだ総督府は、一時的にではあるがミッション・スクールの懐柔策を出した。一九二〇年には、宗教教育に限り、朝鮮語使用が認められた。しかし、一九二三年には、総督府が認可した「認可学校」よりも一段と低いレベルであるとする「指定学校」という範疇を新たに作った。そして、ミッション・スクールは指定学校に区分されることになった。これまで「認可学校」であったミッション・スクールは、新たに、「指定学校」として指定されるために総統府に申請しなければならなくなった。ただし、指定学校ですら指定を受けることが難しく、無事に指定学校になっても、公式の認定学校よりも一段低く評価されることになった。これは韓国人子弟のミッション・スクール熱を冷まさせる意図を狙ったものであった(Clark, Allen[1971], pp. 190-96)。

 しかし、依然として、クリスチャンたちは、日本政府にとって脅威であった。そして、キリスト教に対抗すべく積極的に動員されたのが、国家神道であった。

 韓国における最初の神社は、一八八三年、仁川(Inchon)に設立された天照大神神社であるが、これは、厳密な意味での国家神道ではなかった。韓国に居住する日本人が民間レベルで設立したものだからである。


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