消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

現代米国の黙示録 12 メガ・チャーチ(2)

2006-09-05 00:59:59 | 現代宗教

 メガ・チャーチの企業性を示すエピソードとして、イエス・キリストの生誕日とされている12月25日が日曜日と重なれば、クリスマスの集会を開かずに、従業員を休ませ、クリスマス行事をしないメガ・チャーチが増えたことが挙げられるハイベルズが司祭を務める「ウィロー・クリーク・コミュニティ・チャーチ」はそうした傾向に先鞭をつけた。 2005年のクリスマスがまさに日曜日であった。AP通信によれば、毎週約7000人が礼拝に参加するケンタッキー州レキシントン近郊の「サウスランド・ディサイプル・チャーチ」も12月25日の礼拝を休むことにした。教会職員やボランティアが自分の家族と聖日を過ごせるように考えたからであると言う。


 そのような教会として、AP通信は、シカゴの「ウィロー・クリーク・コミュニティ・チャーチ」、ミシガン州グランビルの「マースヒル・バイブル・チャーチ」、ジョージア州アルファレッタの「ノースポイント・コミュニティ・チャーチ」、ダラス近郊の「フェローシップ・チャーチ」といった福音派のメガ・チャーチを挙げている。


 カリフォルニア州パサデナの「フラー神学校」のロベルト・K・ジョンストン教授は、「今起きていることは、クリスマスが救世主の誕生を祝う信仰共同体の時としてよりは、むしろ家族の祝いの時としてクリスマスが再定義されているということを表している。しかし、それが、信仰の核心にあるキリスト教儀式を一つ失うことになる危険性がある」と嘆いた。 Finke & Stark[1992]によれば、米国の宗派ごとの信者数シェア(クリスチャンの内訳)は、正統派プロテスタント(統一メソジスト、米国長老派教会、米国聖公会)が、80年の12%から2000年には9%に低下している。これに対して、福音主義者(南部バプティスト、キリスト神教会、アッセンブリー・オブ・ゴッド教会)は、80年の13%から2000年には15%に上昇している。
 こうして、21世紀に入って、福音主義者が、米国宗教界で最大勢力にのし上がったのである。アクロン大学、ジョン・C・グリーンの資料によれば、2004年の米国人の宗派別人口のシェア(全人口に占める内訳)は、白人福音主義者が26%、黒人福音主義者(白人とは宗教的には違いはないが、政治的主張が異なるために、白人とは区別して扱われる)が10%、正統派プロテスタントが16%、無教会が16%、非キリスト教徒(仏教、ユダヤ教、イスラム教、その他)が5%、その他のキリスト教徒が5%(計100%)であった。
 米アラバマ州フローレンスの「神の第一教会」は、青年たちに生きた金魚を飲み込ませるという苦行を強いている。これを同教会は、「恐怖の要素」宣教と称している。青年たちに恐怖というものを教え込もうというのである。教会の青年担当アンソニー・マーチン牧師は言う。  「私たちは、聖書が恐怖に関して記していることを実際に受け止め、学校で私たちの信仰を共有することを恐れないようにする必要がある。私たちはそんな恐怖に人生を支配させられない用意をしておくべきである」。


 これぞ、「レフトビハンド現象」である。イエス・キリストの再臨があるまで、キリスト教徒たちは、トリビュレーションの艱難に苦しまなければならない。世の中は恐怖と苦難に満ちている。それと戦う強い気持ちをもたなければならない。恐怖を克服する意志をもたねばならないというメッセージを出して、メガ・チャーチの指導者たちは、次々と恐怖を製造するのである。  実際、米国の権力は、米国福音派教会のこうした姿勢を最大限利用してきた。 あまりにも不興を買ったために廃止されたが、2004年4月、占領政府はイラクの新国旗を作成した。これは、非常にイスラエル国旗と似たものであった。田中宇は、これを「米占領軍が米国内のキリスト教右派に向けて、イラクがイスラエルの一部になったことを示すために、こんな旗を作ったのではないか」と疑っているhttp://tanakanews.com/e0721secondcoming.htm)。


 米軍がイラクを占領した直後、米軍はイラク人の各派を集めて開催された最初の地が「ウル」であった。ウルは、聖書によるとアブラハムの故郷である。イスラエル人の始祖であるアブラハムは、ウルからカナンの地(イスラエル周辺)に移住した後、神からナイル川からユーフラテス川までの中東一帯の支配を任されたと聖書にはある。田中宇によれば、これも、米軍による米国福音派へのメッセージである。つまり、米軍が聖地イスラエルの領土を取り戻したということを米国の福音派にアッピールしたのであると、田中宇は言う。


 「かつてアメリカが入植・建国されていく過程で、イギリスからアメリカ大陸への移住を、イスラエルの再建になぞらえたキリスト教徒の勢力がいくつもあった。彼らは、自分たちの行動力でアメリカにイスラエルが再建され、それをきっかけにして歴史が聖書の記述通りに展開してイエスの再臨が起き、千年の至福の時代を早く実現させたいと考えた」。


 聖書に書かれている通りに歴史が動くなら、早く千年王国が到来するように、聖書の預言を自分たちで実現させよう、つまり、戦争を起こそうというのである。再び、田中を引用しよう。


 「大昔から自然に形成された伝統のある社会に住む日本人など多くの国の人々にとって、歴史は『自然に起きたこと』の連続体であるが、近代になって建国されたアメリカでは『歴史は自分たちの行動力で作るもの』という考え方が強い」。


 その意味において米国は特殊な存在なのである。つまり、彼らは、自分たちの行動力で国際政治を動かし、最終戦争状態を作り出そうとしているのである。キリストの再臨を促すのは、イスラエルをまず強大にさせ、敵のイスラムへの攻撃を誘発し、最後に米国とイスラエルの共同戦線によって、中東からイスラム勢力を一掃することがキリスト教徒の責務となるという歴史観に福音派は浸っている。そんな馬鹿なという思うのが常識というものであろう。しかし、レフトビハインド現象の蔓延、福音派による露骨なイスラエル支持、さらには、米国の権力者がイスラエルを支えることによって米国内の福音派の支持を得るという構造を見るとき、荒唐無稽なシナリオがもしかして米国民の心の奥底を捉えてしまっているのではないかとの恐怖感を私などは抱いてしまう。


 しかし、米国内にも冷めた目があることを急いで付け加えなければならない。『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニスト、ビル・ケラーが、2004年5月17日、「神とジョージ.W.ブッシュ」という題の記事を書いていて、そこでは、キリスト教右派の影響力はすでに無に等しいと断じている。これが、米国の良識というものだろう。しかし、私は、レフトビハインド現象を、もっと深刻に捉えている。


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