消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(199) 新しい世界秩序(16)世界恐慌と危機の真相(2)

2009-07-28 06:51:57 | 野崎日記(新しい世界秩序)


 2 金融寡頭制 ― 資本主義精神の消滅


 金融は、その出自からグローバルなものである。債権・債務の移転を各種証券を通じておこなうことからグローバルな性格が生みだされるのである。ロンバード街の由来となったフィレンツエの金融家たちは、そのグローバリズムのゆえに、英国の重商主義的権力によって、軍事的に制圧されて滅びた。フランドル地方の金融家族も、同じくフランスの軍事力によって追いつめられて英国に逃れた。英国が自ら金貸し業を営むようになるや否やユダヤ人の金融家たちは、ヨーロッパの東方に放逐された。そして、ヨーロッパ各地の列強が覇権争いをするようになると、ヨーロッパの金融貴族たちは米国に新天地を求めた。彼らがFRBを創ったのである。

  創設者は、ロスチャイルド、ラザール・フレール、モーゼス・シフ、ウォーバーグ、リーマン・ブラザーズ、クーン・レーブ、ゴールドマン・サックス、チェース・マンハッタン、等々の名門金融貴族であった。FRBは民間銀行であり、現在でも国際的な金融機関によって株式は持たれている。

 09年5月4付『ウォール・ストリート・ジャーナル』が、08年9月のゴールドマン・サックス(以下、GSと表記する)救済に疑惑があると報じた。GSは、経営危機回避策として銀行持株会社に模様替えしろという財務省から勧告を直ちに受け入れ、FRBから100億ドルの資本注入を受けた。投資銀行形態ならFRBの国債引き受けからの資本援助を受けることができないから、預金銀行形態に転換したのである。

 しかし、ここに問題が生じた。ティモシー・ガイトナーが08年11月24日に財務長官に転身したことによって、ニューヨーク連邦銀行議長になったスティーブン・フリードマンが現役のGS重役であったうえに、GSの大株主でもあったからである。預金銀行監督機関であるFRBの幹部が監督対象である預金銀行の経営者であるということが、FRBの基本線を崩していることになる。フリードマンは08年12月に3万7300株ものGS株を購入した。その後、1年期限の辞職勧告(解雇ウェーバー制)をFRBから受けたのであるが、勧告を受けた直後の09年1月さらにGS株を買い増した。これはSECによって明らかにされた。FRBの救済を受けたGSの株価が反騰し、フリードマンはこの二度の購入で300万ドルもの利益を帳簿上ではあるが得たことになる。社会的な批判で追い詰められたフリードマンは、09年5月7日、ニューヨーク連銀議長を辞任した。米国の金融機関の倫理喪失を象徴する出来事であった。

 さらにある。08年決算で米国史上最大の993億ドルの赤字であったのに、経営陣に高額のボーナスが支払われると物議を醸したAIGの会長、エドワード・リディもGS出身者である。03~08年にGSの重役であった。AIGのCEOに就任する前は、オールステートの会長であった。彼をオールステート会長とAIGのCEOに推薦したのは、これも、GS会長で子ブッシュ政権下の財務長官を務めたヘンリー・ポールソンであった。

 09年3月15日、AIGが幹部社員に対して総計1億6500万ドルにもわたるボーナスを支給したと報じられた。『ニューヨーク・タイムズ』紙によると、幹部への支払いは、3月13日、対象は400人であっった。うち、73人が各100万ドル超を支給された。支給額200万ドル超が22人いた。最高額は640万ドルであった。

 09年3月18日、この問題を巡ってリディ会長が米議会公聴会での証言を求められ、ボーナス支給は、AIGを破綻寸前に陥れた住宅ローン担保証券に絡むデリバティブ取引を処理する人材の流出を防ぐためやむを得なかったと釈明した。さらに、ボーナスを受け取った社員の情報開示要求にも、「従業員、家族が死の脅迫を受けている」と断固拒否した。議員の追及も空回りした。政府が80%の株式を保有しながら、税金の流用に等しい高額ボーナス支給を制止できなかったのである。当時のニューヨーク連銀総裁として08年9月のAIG救済に携わりながら、ガイトナー長官が知ったのは、支給の3日前の09年3月10日であった。「法的権限は政府にない」として、財務省は支給を撤回させることができなかった。

 もはや、金融界は目を覆いたくなるような強欲資本主義の巣窟と化している。

 金融権力の人脈の一端を知るために、GSの人脈を見ておこう。
 米国の金融関係の政府高官には、GS出身者が多い。異常なほど多い。


 クリントン政権下の財務長官、ロバート・ルービンは、1990~93年までGSの会長であった。上述のヘンリー・ポールソンは1999年から05年までGSの会長兼CEOであった。同じくブッシュ政権下の財務次官補、ニール・カシュカリも、06年7月、ポールソンが、財務省入りをしたときに、GSから同行させた人である。カシュカリは、08年10月6日、緊急金融安定化法で定められた7000億ドルの実行のための不良資産買い取り業務の責任者に財務省・金融安定化担当次官補に任命された。この時点で、35歳という若さであった。

 子ブッシュ大統領の首席補佐官ジョシュア・ボルトン、元USTR(通商代表部)で、世銀理事のロバート・ゼーリックもGS出身である。

 上述で辞任の経緯を紹介したフリードマンもGS出身。ティモシー・ガイトナーの08年11月24日の財務長官への転身によって、ニューヨーク連邦銀行議長になったフリードマンは、長年GSに勤務し、1990から92年までは共同会長、1992~94年の単独会長であった。彼は、02~05年、子ブッシュ政権下の経済政策の大統領補佐官、国家経済会議理事、ブルッキングズ研究所理事、外交問題評議会のメンバーでもあった。

 AIG取締役のスザンヌ・ノラ・ジョンソンもGS出身である。07年に辞めるまでに彼女は20年以上、GSに勤務し、最後は副会長であった。

 ガイトナーをニューヨーク連銀総裁に推薦したのは、GS会長のジョン・ホワイトヘッドである。

 このように、米国の政治と経済は、GS出身者が、強力なネットワークで米国の金融界に君臨しているのである。これでは、米国発の金融危機の元凶である米国型金融システムの根本が改革されないはずである。

 1960年代、金融関係の所得は、米国のGDPの10%程度を占めるにすぎなかったのに、2000年代に入ると30%にも激増した。金融は資本主義の王座に座った。その王座が根本から腐食してしまったのである。マックス・ウェーバー流の資本主義の精神は雲散霧消してしまった。

 米国の歴代大統領の多くが、米国東部の金融権力を批判した。

 第3代大統領になったジェファーソンは、1810年、ファースト・バンクの免許更新に反対した。「もし米国民が民間銀行に通貨発行権を与えてしまえば、最初はインフレーションを通じて、その後は、デフレーションを通じて、銀行は・・・人々から全財産を奪い、父たちが築きあげたこの大陸の地で、子供たちが朝起きれば家がなくなっていること気づくであろう。・・・通貨発行権を銀行から奪って、本来の所有者である人々の手に返すべきである」。

 1861年に第16六代大統領になった共和党のエイブラハム・リンカーンも、東部の銀行家への強烈な反感の持ち主であった。盟友ウィリアム・エルキンズに宛てた1864年11月21日付のリンカーンの手紙はその反感が強く表されている。

 「金融権力(money powers)は、平和時にも国民を食い物にする。異常時には国民を欺く。君主よりも専制的であり、独裁者よりも傲慢であり、官僚よりも自己中心的である。我が国の安全を求める私をくじかせ、おののかせるような危機が近い将来にくるだろうと私は思う。企業が王位についた。その後には、汚職の時代がくるだろう。金融権力は、国民の誤った理解に乗じて自分たちの支配を強め、長続きさせようとするであろう。その結果、富は少数者の手に集中させられ、共和国は破壊されてしまうであろう」。

 1913年の連銀法に調印した大統領、ウッドロー・ウィルソン大統領は語っている。1911年の大統領選での演説である。「偉大な工業国の人々が信用システムによって支配されている。我々の信用システムは、私的に独占化させられてしまっている。それゆえ、国民の成長は、そして、我々の活動は、少数の人たちの手に握られている。この少数者たちは、たとえその行動が正直で、公衆の利益に資することを意図しているとしても、彼らのカネが投資されている大きな企画に心を奪われ、まさにその限界性のゆえに、どうしても、真の経済的自由を冷やし、妨害し、破壊してしまうのである」。

 「私は、政治の世界に入って以来、私は人々が私的に私に誠実に語ってくれる言葉に耳を傾けてきた。米国の商業界や製造業界の最高の位置に立つ人たちが、ある人たちを恐れ、あることを恐れている。彼らは知っている。あるところでは、よく組織化され、巧妙にして油断のならない、相互に結びつき、完璧にして浸透力の強い権力があることを。したがって、彼らはこの権力を批判するときには、ひそひそと語らねばならないのである」。

 しかし、現在のオバマ政権は、ルービンが主催するハミルトン・プロジェクトに支配されている。ハミルトンとは、アレキサンダー・ハミルトンのことで、上述のジェファーソンに対立する建国の父の一人であった。中央政府の権力を制限し、州政府の自立を強調し、東部金融権力を嫌悪したジェファーソンの対局にあったハミルトンは、中央政府の命令に州政府は従うべきであり、東部の金融機関による中央銀行を創るべきであることを主張して、初代大統領、ジョージ・ワシントン政権下の初代財務長官を務めた筋金入りのフェデラリスト(連邦主義者)であった。

 ロバート・ルービンは、米国はこのハミルトンの手法を復活させることによる米国の再生を主張して、06年4月、ブルッキングズ研究所でのプロジェクト披露コンファレンスの最初の演説者に上院議員1期目のバラク・オバマを仕立てた。その後、オバマは、1期目の上院議員をわずか2年務めただけで大統領選に立候補し、ルービン人脈によって大統領選で圧勝したのである。金融を基盤とする米国資本主義の支配者が、自らの地盤を掘り崩すことなど不可能である。もはや、米国資本主義、それにぶら下がる世界の資本主義には未来はない。


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