「認知症を超音波で治す時代」が早ければあと4年で到来!東北大学の挑戦
木原洋美:医療ジャーナリスト
健康 News&Analysis 2019.8.26
認知症の治療は非常に困難である。現在、承認されている認知症治療薬は、いずれも病気の進行を抑制する程度のものであり、劇的な回復が期待できるものではない。ところが、薬ではなく、思わぬ技術を用いた、新たな治療法が注目されている。それは東北大学の下川宏明教授率いるチームが研究を進めている“超音波”を使う治療法だ。(医療ジャーナリスト 木原洋美)
検査だけではない
超音波のすごい力を利用
「認知症の特効薬はあと10年以内にできますよ」――。
20年ほど前、世界的な研究者から教えられ、一日千秋の思いで待ちわびてきたが、今に至るまであらわれていない。薬で進んだのは、種類が増えて、「飲み薬が苦手な人は、貼り薬が使える」程度に選択肢が広がったことぐらいだろうか。
実際、フランスは昨年8月、代表的な治療薬4種類を、「有用性が不十分」という理由で医療保険の適用から外してしまった。「進行を抑制する(遅れさせる)」という効果が分かりにくい割に、下痢やめまい、吐き気などの副作用が起きやすいことが理由だ。
これら4種類の薬剤の日本での保険適用は継続されているが、患者やその家族、将来の発症の不安を抱えている方々にとっては「やっぱり、発症したら打つ手なし」と宣告されてしまったようで、がっくりするニュースだったのではないだろうか。
ところが思わぬ技術を用いる、新たな治療法が注目されている。その開発を進めているのは、東北大学の下川宏明教授率いる研究チームだ。
それは薬ではなく、“超音波”を使う治療法で、アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症の両方を治せる可能性があるという(認知症にはアルツハイマー型、脳血管性、レビー小体型、前頭側頭型の4種類があり、アルツハイマー型が6割、脳血管性が2~3割で、患者の大半を占める)。
医療現場での超音波利用といえば、最も身近なのは健康診断時のエコー(超音波)検査。CTと違って放射線被ばくの心配がないため、胎児の検査にも使われている。
一方、治療では、高出力の超音波の発熱作用を利用した癌(がん)などの治療法はあるが、いずれにしても、一体どうやったら、超音波で認知症が治療できるのかはイメージしがたい。「原因物質とされるアミロイドβタンパクを超音波で破壊するのだろうか」などと考えていたら、全然違った。
なんと超音波には、血管を新生させ、血の巡りが悪くなって障害された組織の機能を改善させる力があるという。
こうした超音波のマル秘パワーを利用する治療法は、昨年6月から軽症アルツハイマー型認知症の患者を対象に、安全性を評価する治験治療が行われていたが、今年3月に第1部が終了。効果安全性評価委員会で安全性が確認されたため、今年の6月からは、さらなる有効性の評価を検証するために、患者40人を対象とした第2部の治験治療が開始されている。
期待が高まる超音波治療法について、下川教授に話を聞いた。
第1ステップ
衝撃波で狭心症を治す
―― 一般的に認知症は、老年科や脳神経内科の領域ですが、下川先生は循環器内科医です。心臓疾患を診る先生がどうして、認知症治療の研究を始めたのでしょうか。
発端は、重度の狭心症を治療する目的で始めた「低出力体外衝撃波治療」の研究でした。狭心症は動脈硬化などによって心臓の血管(冠動脈)が狭くなる病気で、重症になるとステント(血管を拡張させる医療機器)が入らなくなったり、血管を移植するバイパス手術も体力的にできなくなったりします。日本では近年、重症の狭心症患者さんが増えており、私はそうした方々を治療する方法を探していたのです。
そんな中できっかけを与えてくれたのが、私どもが2001年に主催した「第一回日本NO学会学術集会」でした。血管の一番内側にある内皮細胞がNO(一酸化窒素)を産生し、血管を拡張・新生させて、動脈硬化を防ぐ働きをしていることを解明したルイス・J・イグナロ博士が、1998年にノーベル生理・医学賞を授与されたことをきっかけに設立された学会です。その学会で、「内皮細胞に低出力の衝撃波を照射するとNOが産生される」というイタリアの研究グループの発表を聞き、低出力衝撃波を用いた狭心症の血管新生療法を着想しました。
衝撃波は、雷が鳴るときやジェット機が通過するときなどに発生する振動波で、医療では、尿管結石や腎結石を体外から破砕する結石破砕治療として使われています。
――そもそもは狭心症の治療をするために考え付いた治療法だったわけですね。血管を新生させるのはNOで、血管内皮に微細な振動を与えることでNOを発生させようと。
はい、そこでまず日本のメーカーに共同開発を持ちかけましたが、全然相手にされませんでした。理由は2つあります。
1つはこの技術が第2次世界大戦中にドイツ軍が開発に着手したものだったため、ドイツとスイスのメーカーが特許を持っていたこと。もう1つは、狭心症で弱った心臓に衝撃波を照射するという私のアイデア自体が斬新過ぎたこと。危険極まりないと思われてしまったようです。
実際、口の悪い同期の友人からは「おまえ、気は確かか」とあきれられました。
――でも、実際には非常に安全な治療法だった。
研究を重ねた結果、結石破砕装置に使われる出力のちょうど10分の1の低出力の衝撃波が、最もうまく血管を増やすことを発見し、その後、スイスのメーカーと共同で、2004年に心臓病専用の衝撃波治療装置を開発しました。
結石破砕の10分の1の出力の衝撃波というのは、手のひらに当ててもわずかに圧迫されているのが分かる程度で、心臓にダメージを与えるなどの副作用は全くありません。
――実際の治療はどのように行うのですか。
1日最長3時間、心臓の拍動に合わせて、体表面から1ヵ所200発の衝撃波を十数ヵ所に当てます。これを1週間で3回。冠動脈の狭窄(きょうさく)が治るわけではありませんが、心臓の血管が新生し血流が良くなり、症状が改善します。平均して1週間に6回もニトログリセリンを服用していた患者さんたちが、治療開始から3ヵ月後には平均1回以下の服用で済むようになりました。
日本では2010年に先進医療として承認されましたし、世界でも導入が進み、これまでに、25ヵ国で1万人以上の狭心症患者さんの治療に使用され、有効性と安全性が報告されています。治療費も、他の治療法より格段に安価です。
第2ステップ
衝撃波から超音波にシフト
――その後はさらに研究を進めて、衝撃波から超音波にステップアップを図りましたね。
衝撃波は、蓄積されたエネルギーが、瞬間的に解放されたときに発生する単一波です。そのため、治療の際には心臓の拍動に合わせて照射しなくてはならず、1回の治療にどうしても時間がかかります(約3時間)。また、空気に当たると破裂する性質があり、軽度の肺出血を起こす危険性もありました。
一方、超音波は連続波ですから、心臓の拍動に合わせる必要がなく、面で照射することができるので治療時間が短くて済みます(約1時間)。また、肺に当たっても影響がないので、安全性も一層高めることができるのです。
――大きなメリットがあったわけですね。開発はスムーズに進みましたか。
衝撃波での成功体験がありましたので、それを追うような形で研究を進め、低出力衝撃波とほぼ同じ効果を示す超音波の治療条件を、2年ぐらいで見つけることができました。
32波というパルス波(音波の塊を連続的に発射すること)超音波が、低出力衝撃波とほぼ同じ効果を示すことを突き止め、特許を取得しました。16波でも64波でもなく、32波。おそらく、このパルス波が生体(血管内皮細胞の細胞膜)と一番共振するのでしょう。この強度は、健康診断で使われる心エコーや腹部エコーと同じ低レベルなので、安全です。
――近いうちに衝撃波治療に代わり、超音波治療が使われるようになるわけですね。
あと少しです。2014年から東北大学病院をはじめ、全国10大学の病院で治験治療を実施してもらっており、患者さんのエントリーに成功しています。「効いた」という有効例が全国から報告されていますが、悪化したという報告はまだ一例もありません。
第3ステップ
認知症治療への応用
――超音波治療の素晴らしい可能性を実感しますね。
そうです。そこで、次に目を向けたのが認知症の治療への応用でした。
というのも結局、私が発見した治療法は、「微小循環不全を改善する治療法」なんですね。微小循環とは、末梢にある微小な毛細血管の血の巡りを指します。
微小循環は、循環系で最も本質的な役割を演ずる部分であり、心臓や太い血管は微小循環系に適切に血液を供給するための補助装置とも考えられます。全身の細胞機能を規定するのも微小循環なので、虚血性心疾患も認知症も、結局は「循環不全病」なのです。
――ですが、「アルツハイマー型認知症の原因物質はアミロイドβ」ということになっています。
そこが問題なのです。アミロイドβやタウタンパクといった物質だけをどんなに一生懸命減らしても、そうした開発治験は全部失敗しています。アミロイドβやタウタンパクは海面に出た氷山の一角であって、海面の下には微小循環障害があるからです。
例えば認知症の予防に良いこととして、運動とか、友だちと談笑するとか、脳トレとか、いろいろ挙げられていますが、それらはすべて脳の血流を増やす方法です。私の治療法は、それを最も効率よく行うことができます。大切なのは脳の微小循環障害を治療することです。
記憶をつかさどる海馬にアミロイドβが蓄積することでアルツハイマー病が発症するといわれてきましたが、認知症を発症させたマウスで調べてみたところ、実は海馬だけでなく、脳全体に大量のアミロイドβが蓄積していました。
そこで我々は、脳の微小循環障害が全脳にわたって起きていると考え、超音波を全脳照射してみました。アルツハイマー型認知症のマウスモデルと、脳血管性認知症のマウスモデルと、両方のモデルで私たちが予想した以上の改善効果が見られました。
アミロイドβの蓄積が見られない脳血管性認知症モデルにも効いたということは、我々の仮説である、「認知症は脳の微小循環障害が原因である」ということの証明になります。
――脳全体に弱い超音波を照射するだけで、認知症が治るんですか。
私の治療法は、患者さんがまだ使い切っていない自己修復力、自己治癒力を活性化する方法で、適切な刺激を患者さんの脳に与えるだけ。あとは患者さんの組織が自分で治っていく。非常に理にかなった治療法だと思います。
副作用もないし、拒絶反応もゼロなので、他家移植による細胞治療のように免疫抑制剤を飲み続ける必要もありません。
――薬を服用しても、脳組織に血流内の薬効成分がなかなか届いてくれない「血液脳血管関門」の問題もクリアできますね。
おっしゃる通りです。そもそも人間の脳には「血液脳関門」があり、血液中の老廃物や毒性物質が大切な脳に直接到達しないような仕組みになっています。この重要な機構が薬物治療の場合はかえって邪魔をする。
近年、この脳関門をすり抜けて薬剤を脳組織に届けるナノカプセルが開発されましたが、私はまだまだ課題が多いと思っています。
やはり一番いいのは、まだ使い切っていない患者さんの自己修復能力を活性化してあげることだと思います。
――超音波治療は、具体的にはどのように行うのですか。
ヘッドギア型の装置をかぶってもらい、耳の上の側頭骨という一番薄いところから、交互に超音波を照射します。こめかみのあたりですね。1回1時間で週3回実施します。
昨年6月から実施した、主として安全性を評価する第1部の治験では、全員に安全性が確認されました。
現在行っている治験は、再来年で終わります。その結果次第ですが、劇的な効果が得られれば、4年以内に実用化できる可能性はあります。
――期待が膨らみますね。でも、超音波にそれほどの力があるというのはやはり不思議です。
そうですね。私たち人間の耳は20キロヘルツぐらいまでの音しか聞こえません。一方、超音波治療に用いているのは1.875メガヘルツという高周波です(1メガヘルツ=1000キロヘルツ)。でも、森に行くと、そういう周波数の音波は普通に存在します。森にはありとあらゆる周波数があります。
森林浴をすると気分がよくなると皆さんおっしゃいますが、実は、耳には聞こえていないある種の高周波には全身を癒やす作用があるとされています。
だから私の治療法をもう少し分かりやすく言うなら、森林浴のように認知症をよくする治療法ということになるでしょう。
――では近い将来、森林浴をするように、認知症治療をする時代がくるかもしれませんね。
治療だけでなく予防にも用いる時代がくることを期待しています。会社帰りにでもちょっと1時間、超音波を浴びて行こうかと。そういう時代がくることを夢見ています。
◎下川宏明(しもかわ・ひろあき) 東北大学教授(循環器内科学、2つの寄附講座)、循環器内科科長、東北大学医師会長、東北大学病院臨床研究推進センター長、東北大学ビッグデータメディシンセンター長(全学)。1979年九州大学医学部医学科卒業、85年より米国Mayo Clinic, Research Fellow、88年より米国Iowa University, Research Scientist。91年九州大学医学部附属病院助手、 92年同上講師、95年九州大学医学部助教授、 99年九州大学大学院医学研究院助教授を経て、2005年東北大学大学院医学系研究科教授に就任、現在に至る。12年東北大学病院循環器センター長(~現在)、13年東北大学病院臨床研究推進センター長(~現在)、 14年東北大学医師会長(~現在)、 15年東北大学大学院医学系研究科副研究科長(~2017年度)、17年東北大学ビッグデータメディシンセンター長(~現在)
これは面白いお話でした。
登山が好きな方、キャンプ・アウトドアが好きな方は「認知症」になりにくいのかもしれませんね。
わたしのところの「農園」では、プチ「森林浴」が体験できます。このようなところで散策したり、瞑想したり、ぜひ体験してみてください。