里の家ファーム

すべて無農薬・無化学肥料、不耕起栽培の甘いミニトマトがメインです。完熟したミニトマトから作る無添加ジュースは逸品です。

景気拡大最長 不公平感の解消が先だ

2019年01月31日 | 社会・経済

 東京新聞社説 2019年1月31日

 第二次安倍政権下では、円安傾向が定着し平均株価はおおむね二万円台を維持している。

 企業は株の含み益を増やして財務状態がよくなり、全産業の経常利益は二〇一三年度以降過去最高を記録し続けている。

 政権が発足した一二年と昨年を比べると、設備投資も18%程度増え、完全失業率は4・3%から2・5%に改善した。

 数字だけみれば「緩やかに回復している」との判断は説得力があるようにみえる。しかし、なぜ日々の暮らしでそれを感じないのだろうか。

 勤労世帯が自由に使えるお金、可処分所得は、前回の景気拡大最終年の〇八年に月約四十四万二千円だった。だが一七年は約四十三万四千円で、その間は微減微増を繰り返している。

 所得増に勢いがない理由は家計支出が増える中、賃金の伸びが抑制気味だからだ。

 年金や介護などの社会保険料は増加傾向にある。一方で、企業は将来への経営不安から賃金増に消極的だ。

 企業がもうけをため込んだ内部留保は一七年度に過去最高を記録した。これに対し人件費に回す労働分配率は約66%で、石油ショック後の一九七〇年代中頃同様の水準に落ち込んだ。

 雇用面では、ブラック企業が社会問題化しており、数字では捉えきれない現実がまん延している。

 今年は消費税率アップも予定されている。パナマ文書などで、日本人を含む富裕層がばく大な額の節税をしていることが明らかになった。消費税は低所得者に負担が大きい逆進性を持っており、不公平感は一層増すだろう。

 景気という言葉は歌論などにも登場し景色や気配といった意味で使われる。経済情勢の判断にも使うなら暮らしの現実の景色を反映させなければ意味がない。

 戦後最長だと正式認定するのはしばらく先だという。実感を伴う景気拡大を実現するためには、企業経営者は、株主ばかりに配慮するのではなく稼いだ収益をきちんと従業員に払う必要がある。政府は多国籍のIT企業や富裕層への課税に果敢に挑むべきだろう。

 不公平感の解消があってこその景気の回復であるはずだ。

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「これ以上生きていても意味がありません。」

2019年01月30日 | 社会・経済

高齢者からの悲痛な手紙

「下流老人」の発表後も広がり続ける高齢者の貧困

   わたしは2015年に「下流老人」という著書を出版し、高齢者の貧困と生活困窮について問題提起を続けてきた。

65歳以上の高齢者がいる世帯の相対的貧困率は27.0%(1人世帯160万円、2人世帯226万円、3人世帯277万円、4人世帯320万円の基準以下の所得)である(唐鎌直義2016)。

約3,500万人の高齢者のうち、27%が貧困や生活困窮に至っているか、将来その可能性がある。膨大な数である。

このように、生活保護基準以下の所得での暮らしを強いられる高齢者が後を絶たない。高齢者世帯の増加もあり、貧困に苦しむ高齢者の実数が増え続けている。

背景にあるのは公的年金の受給金額の低下、税や保険料負担の増加である。

高齢者と言えば、どうしても介護対象というイメージが強いかもしれない。高齢者福祉も介護福祉とイコールかのように語られている。

しかし、高齢期の大きな問題はむしろ介護だけでなく、所得の低下であり、生活の制限であるといえるだろう。

高齢者の貧困といっても、その生活はなかなか明らかになってこなかった。

貧困は今でも、計画性がない、自己責任、怠惰などと批判対象になってしまうこともあり、当事者はその実態を語れずにいる。

今回は許可を得たので、わたしのもとに届いた当事者の手紙から高齢者の貧困を考えてみたい。

北陸地方在住の80代女性からの手紙

 朝日新書520「下流老人」を拝読致しました。私共も下流老人です。御書はかなり以前に購入したのですが多忙のため詳しく読んだのが最近になってからです。

最近、NHKの外勤職員が来て「お宅は契約していない」と言われました。同じく新聞も契約していません。そこで私共の友人、知人の状態について、何故そうなったのか、詳しくご説明致しました。皆 独居老人になった時点で新聞かテレビのどちらかを選択し 新聞を止める人の方が多い事、理由は値段が高い事、ですが、そうやってどうにか生活しています。決して狡くて契約しないのではありません。私共も同じである事、本のほとんどを図書館に頼っている事もお話ししました。パーマもかけていません。主人の散髪は私がやっています。暖房は台所にひとつの開放型石油ストーブで、灯油はカートを引いてポリ缶一個ずつ買いに行きます。シニア割引がありますが、それでもひと月に6個は必要になります。

まさに下流、最下流の生活です。

 何故 そのような事になったのかについてご説明致します。第一は、昭和36年以前の「農林共済年金」が理由不明で消滅した事で、共稼ぎだった為に夫婦合わせて約10年分ほどの年金が消えてしまいました。

第二は、次に夫が勤務した経理事務所が年金制度に加入していなかった事です。その時点で誰かが対策を教えてくれればよかったのですが、後日 市に尋ねたところでは「市内の中小企業が多い地域には 国民年金の説明 勧誘に廻ったが、私共の住む地域は厚生年金加入者が多かったので 将来的に不用になる家庭が多いと判断して勧誘に廻らなかった」との返答でした。後日 その経理事務所は違反していた事で罰金を食らったそうですが 私共の年金になったわけではありません。主人はその後あらゆる手段を使って幾つかの事業所に勤務して年金を増やそうとしました。

最後に勤務した医院で 架空の病気を作っての大量薬の投与に遭い半死半生の目に遭いました。しかし その後入院した病院ではPMDAに出す書類を書いて貰えず その後もその事実は医師の手によって伏せられたままなので、私共は何の公的援助も受けられません。現在はどにかく回復しかかってはおりますが 病名は「尿管結石」で「尿閉」状態、自力歩行不能の不具者として日を送っております。

最初の共済年金が消えてしまった事も含めて 私共に個人的落ち度はありません。

生活保護は、自宅があり同居ではないにしても子供もいる、という事情があるため 多分無理だと考えられます。

現在の年金額は 二人分合わせて 年額「1670.128円」で、その中から 介護保険料として年額75.900円を、医療保険料として年額10800を差し引かれます

主人の病院の費用だけはケアマネージャーの努力で月額530円×4回分に、通院費用のタクシー代も障害者として年間500円×25枚の補助を頂いてはいますが 一回の乗車に二枚づづ使うと ほぼ半年でなくなります。ですから 主人は2011年に発症してから通院以外 どこにも行ったことがありません。

食事は全部手作りですし 出来合いの総菜などは割引品だけしか買ったことはありませんが、それは多分殆どの人がやっている事の筈です。

せめて 共済年金と経理事務所勤務時の厚生年金の額に見合うだけの生活保護費を頂くことは出来ないものか、と考えてはおります。

現在はまだそれまで貯めた僅かな貯えや家具、衣類などの消耗品がありますが、主人が亡くなった後は年額49万円、月に4万円だけで暮らさなければなりません。家があると言っても 家は親の遺産で 自分の物であるだけに家賃はありませんが税金と修理費用がかかります。子供達に持ち家はありません。

私は戦争の焼け出されですから この土地に親戚はもちろん知り合いもありません。ですから これまでずーっと自死を覚悟して生きて来ました。親もそうやって生きて来ました。つまり 戦争はまだ終わってはいないのです。戦死した軍人の家には遺族年金がありますが 私達にはありません。訴訟も起こした筈ですが負けています。

私達の貧困生活は個人の責任ではなく国の政策の間違いが原因ではないでしょうか。

親が自分の命に代えて子供の命を守ってくれたお陰で今まで生き永らえて来ましたが 空襲で死んでしまった方が良かったのではないか、とまで考えています。子供達も最低生活で、親の面倒など見る事は無理です。仮に老人が、例え国会前で焼身自殺したところで 国は誰ひとり困らない筈です。現在 私は大きな病気はしていませんが 検査データは問題あり、と告げています。が、主人と二人分の医療費、特に病院が要求する「個室料金」など支払う事は出来ませんから 承知の上で病院には行きません。これ以上生きていても意味がありません。友人は「サリンが欲しい」と言います。老人が、いや若い国民までが これほどまでに生きる希望を失った時代があったでしょうか。元気なのは国家公務員だけです。

年金は一人一年金だと言いますが、農林共済年金だけが厚生年金に継続出来ず その外の共済年金例えば学校共済や電電公社などが厚生年金に継続出来た、という事実は、例え 法律を作って正当化したとしても 納得できるものではありません。私達に落ち度はありません。救済は当然な筈です。訴訟を決段するには年を取り過ぎました。が 納得したわけではありません。

読んでみていかがだっただろうか。

明日は我が身だという実感を持たれる方も多いと思う。

北陸地方で暮らす80代女性からの手紙には切実な生活実態と今後の不安が書き連ねられている。

日本を支えてきてくれた高齢者に「これ以上生きていても意味がありません。」と言わせてしまう社会はなんだろうか。

年金制度の不備、生活保護制度の不備、社会保障給付の弱さなど、社会政策としての不足が高齢者の暮らしを厳しくしている。

さらに、今年10月には消費税の増税も控えているし、各種保険料の値上げも検討されている。

好景気だと騒がれている陰で、苦しんでいる高齢者や若者もかなりの数に上っている。

このような現状をひとりでも多くの方に知っていただき、社会保障をどうしていくべきか一緒に考えてほしい。

藤田孝典 NPOほっとプラス代表理事 聖学院大学人間福祉学部客員准教授

1982年生まれ。埼玉県越谷市在住。社会福祉士。首都圏で生活困窮者支援を行うソーシャルワーカー。生活保護や生活困窮者支援の在り方に関する活動と提言を行う。NPO法人ほっとプラス代表理事。聖学院大学客員准教授(公的扶助論など)。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。元・厚生労働省社会保障審議会特別部会委員(生活困窮者自立支援法)。著書に『貧困クライシス』(毎日新聞出版 2017)『貧困世代』(講談社 2016)『下流老人』(朝日新聞出版 2015)『ひとりも殺させない』(堀之内出版 2013)共著に『知りたい!ソーシャルワーカーの仕事』(岩波書店 2015)など多数。


朝から強い日差しが・・・
今朝は冷え込みました。
-21度。今季2番目です。

戦闘機を爆買いする一方で、この有様です。
「生産性」のないものは、早く死ねということです。

江部乙


納屋の雪降ろし前に
これで、母屋・納屋の雪降ろしが終わりました。
今季はこれで終わりでしょう。
すごい汗をかきましたが、万歩計は数百でした。

北こぶしの芽が動き出しています。右は空ではありません。納屋の屋根雪です。

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竹中平蔵教授を批判 東洋大4年生「退学」騒動の本人を直撃

2019年01月28日 | 教育

   日刊ゲンダイDIGITAL2019/01/25 

  東洋大学で大騒動だ。同大4年の学生が東京・白山キャンパスで教壇に立つ竹中平蔵教授の授業に反対する立て看板を設置、批判ビラをまいたところ、大学側に退学を勧告されたというのだ。

 当該学生が自身のフェイスブックで一連の経緯を“拡散”。ネット上には「表現の自由を奪うことは言論の府である大学の死を意味する」などと大学側への批判コメントがあふれている。日刊ゲンダイの取材に当該学生はこう振り返った。

「21日朝9時から立て看板を出し、ビラを配り始めたら、10分と経たないうちに学生課の職員がビラ配布の中止と看板の撤去を求めてきました。その後、学生課の部屋に連れていかれ、職員5、6人から約2時間半にわたって詰問されました」

 ■こんな男がいる大学に在籍は恥ずかしい

 ビラは冒頭から竹中氏の規制緩和路線を批判。「正社員はなくせばいい」「若者には貧しくなる自由がある」「トリクルダウンはあり得ない」など竹中氏の過去の暴言を列挙し、〈労働者派遣法の改悪は、自らが会長を務める(人材派遣)会社の利権獲得に通じていた〉〈まさに国家の私物化〉〈こんな男がいる大学に在籍していることが、僕は恥ずかしい〉と訴え、〈今こそ変えよう、この大学を、この国を〉と呼びかけた。

至極まっとうな意見だが、大学側の対応は厳しいものだった。

 「職員らは学生生活ハンドブックの条項を示しながら、『大学の秩序を乱す行為』に該当するとし、退学処分をちらつかせてきました。さらに『君には表現の自由があるけど、大学のイメージを損なった責任を取れるのか』と大きな声で言われたり、『入社した会社で立場が危うくなるのでは』とドーカツされたりしました」(当該学生)

 就職を控えた4年生への退学勧告は未来を奪うのに等しい。大学側の対応は「やりすぎ」を超え、「卑劣」ですらある。まさか「竹中批判」は絶対に許さないという意思表示なのか。

  ネット炎上の影響だろう。東洋大は23日、この件に関する声明を慌てて公式サイトに発表。<無許可の立看板設置は学生生活ハンドブックに記された禁止行為だ>と指導したことは認めた上で、〈一部ネット等で散見されるような当該学生に対する退学処分の事実はありません〉と強調した。

   日刊ゲンダイは東洋大に「詰問は2時間半に及んだのか」「学生に退学処分をほのめかしたのか」などの質問状を送ったが、「現時点でお答えできる内容は公式サイトに発表している声明の通り」(広報課)と答えるのみ。当該学生が改めて語る。

   「今の東洋大は権力に抑えつけられているような雰囲気。もっと自由な校風になって欲しい。騒動の直後、東洋大の3年生や東洋大を目指す高校生からも協力したいとの連絡がありました。“どうせ変わらない”という諦めの意識を変えていくためにも、自分の考えが下の世代に受け継がれていくことを期待します」

     諦めない若者の言動は、大人たちの心にも突き刺さる。


 最近のベストセラー、堤未果著「日本が売られる」でも暴露されている自己利益誘導売国奴。こんな人が若者に何を教えるのか、まったく学生としては恥ずかしい限りであろうこと、察するに余りある。大学当局もこれ以上恥をかかないよう警告しておきましょう。

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CO2削減は「平和」から!

2019年01月27日 | 社会・経済

1.5℃の壁を越えないために人類がなすべきこと

 ハフポスト 20190123

 地球温暖化を産業革命以前の水準から1.5℃以内に抑えるのは並大抵のことではなく、政府や産業界や社会の仕組みを急速かつ劇的に変える必要がある。

 

ネイチャー・ジャパン  

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 IPCCは最新の報告書で、地球の気温はすでに産業革命以前から1℃上昇していて、1.5℃を超えると何が起こり、それを避けるためには炭素排出の習慣をどう改める必要があるかを具体的に示した。

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球温暖化を産業革命以前の水準から1.5℃以内に抑えるのは並大抵のことではなく、政府や産業界や社会の仕組みを急速かつ劇的に変える必要があると主張する。ただし、地球の気温はすでに当時の水準から1℃上昇しているものの、人類が炭素排出の習慣を改めるために残された時間は、以前の予想より1030年長いという最新の予測も盛り込まれている。

  2018108日にIPCCが発表した最新の『1.5℃の地球温暖化に関する特別報告書(Special Report on Global Warming of 1.5℃)』の概要によると、温暖化を1.5℃以内に抑えるという目標を達成するには、世界の炭素排出量を2030年までに2017年の水準から49%以上削減し、さらに2050年までに炭素の排出量と吸収量が等しくなる「カーボン・ニュートラル」を実現しなければならない。今回の報告書は、世界の国々が温室効果ガスの排出量を抑制し、地球の気温の上昇を1.52℃に抑えるために2015年に採択したパリ協定の後に行われた研究に基づいている。

 温室効果ガスの排出量を大幅に削減することができなければ、世界は今世紀末には今より約3℃温暖化する。また、地球温暖化が現在のペースで進行すると、20302052年に1.5℃の壁を突破する。

 報告書によると、科学者たちは1.5℃の温暖化により陸域で深刻な熱波が発生する回数が増え、特に熱帯地方でその傾向が顕著になることに「強い確信」を持っているという。また、高高度地域、東アジア、北米東部などで極端に強い嵐の発生回数が増えることには「中程度の確信」を持っているという。2℃温暖化した世界では、そうした荒れた天候のリスクは一層大きくなるだろう。中緯度地方の猛暑の日の気温は、1.5℃温暖化した世界では3℃、2℃温暖化した世界では4℃高くなるかもしれない(201810月号「気候変動で海洋熱波の頻度が倍増」、20189月号「熱帯低気圧の動きが全球的に鈍化」参照)。

 2℃の温暖化は世界の陸域の約13%で生態系を破壊する可能性があり、多くの昆虫、植物、動物が絶滅するリスクを増大させるだろう。温暖化を1.5℃以下に抑えることができれば、そのリスクを半減させることができる。

 2℃温暖化した世界では、北極地方は少なくとも10年に一度は氷のない夏を経験することになるだろう。1.5℃温暖化した世界では1世紀に一度である。また、2℃温暖化した世界ではサンゴ礁はほぼ完全に消滅するが、1.5℃温暖化した世界では現存するサンゴ礁の1030%程度は生き残ることができる。

 クイーンズランド大学の地球変動研究所(Global Change Institute;オーストラリア・セントルシア)の所長Ove Hoegh-Guldbergは、今のうちに思い切った行動に出ないと、世界はほとんどの人間にとって居住不可能な場所になってしまうかもしれないと言う。「今世紀末に向けて、私たちはこの状況を正していく必要があります」。

 実現不可能な夢

 各国による温室効果ガスの排出量削減の取り組みがパリ協定の定める目標に遠く及ばない現在、多くの科学者は、温暖化を2℃以内に抑えることさえほぼ不可能だと主張してきた。しかし今回のIPCC報告書では、実現可能性の問題に立ち入ることは避け、温暖化を1.5℃以内に抑えるために政府と産業界と個人が何をする必要があるかを見極めることに集中した。

 温暖化抑制の手段としては、2050年までに世界の電力の7085%を供給できるように風力発電所や太陽光発電所などの再生可能エネルギーシステムの設置を加速すること、森林が大気中の二酸化炭素を吸収する量を増やすために植林することなどがある。

 報告書のシナリオのほとんどが、今世紀の後半になっても、世界はまだ大気中から大量の炭素を除去して地中に貯留する必要があることを示唆している。そのための技術は、現時点では開発の初期段階にあり、多くの研究者は、地球規模で使用可能な技術の開発は難しいかもしれないと言っている(20161月号「炭素を大気から取り出す技術が事業化目前」参照)。

  他に提案されている選択肢としては、肉を食べる量を減らし、もっと自転車に乗り、飛行機をなるべく利用しないようにするなど、ライフスタイルを変えることがある。報告書は倫理や価値観などの曖昧な問題にも踏み込み、政府は、気候変動と持続可能な開発に並行して取り組むか、貧困と不平等の問題を悪化させるかのどちらかを選ばなければならないと強調する。

 今回のIPCC報告書では、温暖化を1.5℃以内に抑えるために排出が許容される炭素の量(カーボン・バジェット)が、これまで考えられていた量よりも多いかもしれないとする最近の研究成果も考慮されている。IPCC2014年に発表した第5次評価報告書では、現在の排出ペースでいけば2020年代初頭に温暖化は1.5℃の壁を突破すると見積もられていた。しかし最新の報告書では、すでに発生している温暖化の見積もりを修正する研究に基づき(R. J. Millar et al. Nature Geosci. 10, 741747; 2017)、1.5℃の壁を突破する時期が2030年または2040年に延期されている。

 オックスフォード大学(英国)の気候科学者で、報告書の主要な執筆者の1人であるMyles Allenは、「私たちが今日大気中に排出する1tの余分な炭素は、今世紀末に大気中から苦労して除去しなければならない1tの炭素なのです」と言う。

「私たちはそろそろ、温暖化対策を先送りにしたツケが誰に回るのか、今日の化石燃料産業とその顧客が恩恵を受け、次の世代に炭素除去の負担を押し付けるのは果たして正しいことなのかを議論しなければならないと思います」とAllen

 これに対してベルン大学(スイス)の気候科学者Thomas Stockerは、修正されたカーボン・バジェットについて、科学者たちが「中程度の確信」しか持っていないことを強調する。彼は、2021年に発表される予定の第6次評価報告書で、より完全に近い数字が示されることを期待している。

 また、マックス・プランク気象学研究所(ドイツ・ハンブルク)の客員研究員である社会科学者のOliver Gedenは、新たに発表された、従来の予想より大きいカーボン・バジェットが、政策立案者に間違ったメッセージを与えてしまう可能性を危惧している。彼は、IPCC報告書が1.5℃の目標を達成することの難しさを安売りしてしまうことを恐れている。「常に破滅の一歩手前にあると警告することには問題が多いのです」と彼は言う。「政策立案者たちがそのことに慣れ、どうにかなると思ってしまうからです」。


 それにしても、なぜ「軍事施設」が問題にならないのだろうかと、常々考えていた。とりあえずすべての戦闘を「停戦」すべきである。そして徐々に兵器を削減することが「地球を守る」第一義的課題であろう。

しかるに、安倍政権は「火力発電」という化石燃料に依拠した政策に固執し、「化石賞」の常連国になっている。さらについ先頃、アメリカから「戦闘機」百数十機を爆買いしている。もう「化石賞」どころの話ではない。辺野古の美しい海を埋め立ててまでして戦闘機を飛ばそうとしている。「地球破壊軍団」としての日本の「立場」は国際的にも一層際立ったものとなった。

 調べてみた。少し古いがさほど大きな問題はない。

   *************

 

 2008年8月1日

 地球温暖化を止めよう(5)  「ピース」の道は「エコ」へとつづく

全日本民医連  いつでも元気 2008.8 No.202
https://www.min-iren.gr.jp/?p=5295

 

■「9条の会」に招かれて

筆者:和田武(わだ・たけし)
 1941年和歌山生まれ。立命館大学産業社会学部元教授。専門は環境保全論、再生可能エネルギー論。「自然エネルギー市民の会」代表、自治体の環境アド バイザーなど。著書に『新・地球環境論』『地球環境問題入門』『市民・地域が進める地球温暖化防止』『飛躍するドイツの再生可能エネルギー』(世界思想 社)など多数。

 温暖化問題は新聞やテレビが競って報じていますね。知識も増えて、皆さんの関心も高まってきた のでは? 私もあちこち講演に歩いています。そんななか、珍しい集まりに呼ばれました。地域の「9条の会」です。うれしいことでした。なぜなら、温暖化防 止の視点と平和の問題は無関係ではないからです。

■戦闘機は1時間で車8年分の燃料を

 軍事活動には膨大なエネルギーや石油が必要です。軍事は国家機密なので、なかなか正確なデータがありませんが、わかっているだけでもすごいのです。
 世界中で消費される石油のうち、軍事に使われるのはどれくらいだと思いますか? 10%前後=軍隊が直接使った分3~4%、兵器生産に6~8%と推定さ れています(91年レスター・ブラウン)。これは、日本の全消費量に匹敵する規模です。
genki202_07_01大量の石油の消費は、温室効果ガス=CO2の大量排出につながっています。
 たとえば、自衛隊も持っているF15戦闘機を1時間飛ばすには8000リットルのジェット燃料が必要です。デイサービスの送迎車が燃費10キロ/リット ルで年1万キロ走るとした場合、その8年分の燃料を、ものの1時間で使ってしまうのです。
 戦闘機や戦車は「燃費を重視し、排ガスも生物に無害にしましょう」などという発想では開発されませんから、当然でしょう。それにしても戦争は私たちが求 める「持続可能な社会」と正反対の位置にあるものだとつくづく思います。

 最近の情報もご紹介しましょう。06年、米軍の輸送分野におけるCO2の排出量はアメリカ全体の輸送分野の総量の1.2%でした。空母キティホークは1日に20万ガロンの燃料を消費。乗用車数100万台ぶんの燃料になります。
 イラク戦争開始時、イラク領内で展開している米軍が1日に消費する燃料は5.7万キロリットルと発表されています。排出するCO2に換算すると約15万 トン。アメリカ全土の1日のCO2排出総量の1%、日本の1日の排出総量の4.5%ぶんです。
 ちなみに、インド洋で自衛隊がおこなってきた給油は48万キロリットルでCO2の排出量130万トンに相当します。

 また、核兵器の使用が最大の環境破壊であることはいうまでもありません。核戦争はこの連載でお話してきた「進行性」の地球環境破壊とは異なり、いつ起きるかわからない「突発性」の地球環境破壊です。

■本気で無駄をなくすなら

 戦後の復興で使われるエネルギーも膨大になります。なかなか綿密な数字は出ませんが、CO2の排出量は戦時以上に大きくなるでしょう。
 戦争を起こさなくても、その準備のための軍備や軍事演習、兵器生産などの行為そのものが、環境保全の立場からはマイナスです。兵士として徴用される多く の若者たちも、人的資源の浪費です。本来、生産活動に従事すべき人が消費活動ばかりおこなうことになるのですから。

■“人類の安全保障”と憲法9条

 このように考えると、軍事活動が人々を「防衛」するどころか、温暖化の要因をつくって人類を「攻撃」し、人類を危機に陥れていることは明白です。基地建 設や軍事演習、核実験などが自然破壊だということは容易に理解できますが、それ以外にも温暖化の原因となる資源の大量消費と廃棄物の大量放出、有毒物質の 放出などという形で、軍事は環境破壊に深く関わっているのです。
 地球に未来を残すために、1%でも温室効果ガスを減らしたいと各国首脳が真剣な顔で話し合う一方、これだけの無駄が手つかずになっています。世界平均で GDP(国内総生産)の5%を占める軍事費が環境保全対策などに使えれば、地球温暖化防止も大きく前進するでしょう。スターン報告(英国・06年)では、 GDPの1%を温暖化対策に使えば、危機的状況を回避できるといっているのですから。

 人類共通の危機に直面しているいま、戦争などしている余裕はありません。軍備の削減や廃絶を大きくおしすすめる力をもった日本国憲法9条は、温暖化防止のためにも有効だと思います。

 

湾岸戦争での環境破壊
genki202_07_0291 年1月にはじまった湾岸戦争はたとえ短期で局地的な戦争でも猛烈な環境破壊をおこすことを示した。この戦争で炎上したクウェートの油田は732カ所。約8 カ月にわたって燃え続け、大量のばい煙や温室効果ガスを放出した。CO2の排出量は5億トン前後の推定だが、これは世界の年間排出総量の2.5%にあた る。また、近隣地域の大気汚染は深刻で、クウェート国境のサウジのカフジでの観測で大気中の二酸化硫黄濃度が平均0.226ppm、最高1時間値は 1.133ppmにも達し、大気汚染レベルは1960年代に1000人を超す死者を出した川崎大気汚染公害を超えるものだった。
(写真:森住卓1998年12月)


ミニ解説

軍用機が使う燃料…航空機用ジェット燃料は、世 界の総消費量の4分の1近くが軍事に使われているとみられる。アメリカでは1860万トンで国全体の27%、旧ソ連では1180万トンで34%に相当する 燃料を軍が使用(91年)。日本でも航空自衛隊だけで日本航空の消費量の約18%・70万キロリットルを消費していた、という資料もある(88年)。

軍事演習と温暖化…軍事演習時に消火に使われる大量のハロンは、オゾン層を破壊する。そのうえ、対流圏にオゾンが流れこみ、温暖化をすすめてしまう。オゾンは温室効果ガスでもある。


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雨宮処凛がゆく!第472回:バンギャがQueenに出会った日〜『ボヘミアン・ラプソディ』とマンスプレイニング〜の巻

2019年01月26日 | 社会・経済

 マガジン9  https://maga9.jp/190123-3/

   2019123

 今、非常に話題の映画『ボヘミアン・ラプソディ』を、あなたは観ただろうか?

 私は観た。2回観た。そして映画を観て以来、多くの人がそうであるように、夜毎YouTubeQueenのライブ映像を観るなどして行き場のない熱い思いをなんとか鎮火させようとつとめている。

 そう、好きになってしまったのだ。Queenが。そしてフレディ・マーキュリーが。

 このことに、私は非常に戸惑っている。何しろ平成の始まりとともにヴィジュアル系にハマったバンギャ歴30年の私である。これまでの人生、何があろうとヴィジュアル系一筋。一切、音楽的浮気をせずに生きてきた。それなのに、あろうことか「ヒゲ」の人にハマってしまうなんて…。しかも切なすぎることに、「推し」は既に死んでいる。この初めての現実にどう折り合いをつければいいのか、そのあたりから困っている。スキャンダルやバンド解散などとは無縁なこの状態が「平和」なのか、それとも決して生でライブを観ることもできず、この先どれほどCDなどを買おうと本人の生活費の足しにすらならないことが「絶望」なのか、日々自問している。

で、友人などに「映画観て今さらQueenが好きになっちゃって…」と言うと「私も観た!」とか「良かったよね!」とか様々な反応が返ってくるのだが、解せないのは、同世代だというのに「もう昔からQueenが好きで」「前からフレディ・マーキュリーが好きすぎて」と言う人たちの存在だ。

 なぜなら、現在40代の私の人生において、Queenと出会うような機会など、一度もなかったからである。そもそも、映画を観るまで『ボヘミアン・ラプソディ』が、Queenの曲名だということも知らなかったし、Queenのボーカルがフレディ・マーキュリーということも知らなかったし、「Queenの曲」と言われて思い浮かぶものなどひとつもなかった(しかし、映画で流れるQueenの曲の多くはもちろん知っていた)。

 ちなみに私が初めて買ったシングルレコードはシブがき隊(今笑った奴、自分が初めて買ったレコードおよびCDを今日中に晒すこと)、初めて買ったCDはたぶんBUCK-TICKだと思う。「重低音がバクチクする」アレだ(わからない人は高齢者の寝言だと思ってスルーしよう)。中学生の頃に「イカ天」が始まり、バンドブームが日本中を席巻する中、X JAPANLUNA SEA、黒夢などなどをはじめとするヴィジュアル系バンドに10代で激しくハマり、人生を狂わせてきた。ヴィジュアル系以外を好きになるなんて、自分の人生において決してないと思っていた。

  しかし。とうとうその瞬間が訪れてしまったのである。

 「なんで好きになったの?」

 このことを告白するたびにそう聞かれるのだが、はっきりと「恋に落ちた」瞬間がある。それは映画の途中、「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞の日本語訳を読んだ瞬間だ。画面には「生まれてこなければよかったと思う時もある」という言葉。

 ちょ、メンがヘラってる! メンヘラ歌詞って、これ、私が担当しないといけないやつじゃん!!

 その瞬間、私の人生にQueenさまが君臨することとなったのである。

 なぜ、たった一行の歌詞でそれほどバンギャ人生が激変したのか。それはヴィジュアル系以外の音楽に対しての私の大いなる誤解・勘違い・偏見がある。恥ずかしながら『ボヘミアン・ラプソディ』を観るまで、私は「メンヘラっぽい歌詞を歌うバンド」「生まれてこなければよかったとか歌っちゃうバンド」というのは、日本のヴィジュアル系だけだと思い込んでいたのだ。で、いわゆる「外国のバンド」というのは、まったく知識のない私の脳内では、ずーっと「コーラ飲んでイエーイ!」とか「ハイウェイぶっ飛ばしてウェーイ!」というようなことのみを歌っているバンドだと思っていたのである。本当に申し訳ないが、英語力もない上に興味もないとなると、そのイメージでほぼ30年間、完成・定着していたのである。

 なぜ、そんなふうに思っていたのか。それは見た目から受け取るイメージが大きい。

 例えば私は一曲も聴いたことがないが、私が本格的なバンギャ人生を歩み始めた高校生の頃、「ガンズ・アンド・ローゼス」なるバンドが流行っていた。で、私はもう見た目だけでその人たちが怖くて怖くて仕方なかった。その人たちだけでなく、ああいう系統の「外国のバンド」がただただ恐怖でしかなかった。

 なぜなら、多くが筋肉隆々のマッチョ体型で、身体もデカくて強そうで、その上バイクなんかに乗っていたりして、なんかもう木造の日本家屋なんかあっという間に壊してしまいそうな感じに見えたからである。そんな人たちは決して当時の日本のヴィジュアル系のような後ろ向きで暗い歌詞なんて歌わないような気がしたからである。

 翻って日本のヴィジュアル系は、多くの場合、非常に弱々しい。身体はガリガリで色は白く、髪は長く、とにかく厚化粧。PVなんかを観てもよく血を吐いているし、包帯を巻いたりしていて世界観自体に病気、怪我をふんだんに取り入れているので健康体とはほど遠い。マッチョさの欠片もなく、「生まれてこなければよかった」系の暗い歌詞がやたらと多い。そんなヴィジュアル系を私は今に至るまで愛してやまないわけだが、数年前、フェミニズムに詳しい人と話していた時、大きな発見があった。

 私が指摘されたわけではないのだが、女性の中には、DVなどへの恐怖心から、自分より背が小さく、力の弱い男性としか付き合わない女性もいるのだという。意識的にしているのか無意識的にそうなのか、詳しいことは聞きそびれたが、この原稿を書きながら、改めてそのことを思い出し、気づいた。私、「絶対自分が腕力で勝てそうな」ヴィジュアル系にしかハマってない、と。しかも相手は常に怪我・吐血など「弱っている」前提だ。なんか、もしかしてこれって大きな発見かもしれない。私が「マッチョ」という見た目だけで多くの外国のバンドを遠ざけてきたこととも、大いに関係があるだろう。

 さて、ここまで「なぜ私はQueenと出会わなかったか」ということを延々と書いてきたわけだが、本当は、出会うきっかけはあるにはあった。しかし、それは常に「最悪のきっかけ」だった。

 例えば先に、高校生の頃「ガンズ・アンド・ローゼス」が流行ったことは書いたが、ヴィジュアル系好きの私は、そういうバンドが好きな同級生からものすごくバカにされていた。そういう人たちは、ヴィジュアル系なんていう「お化粧バンド」にハマってる奴らは顔しか見てないミーハーで音楽など何もわかっていないのだ、ということを私におぬかしになるのだ。言い返したかったけれど、確かにバンギャの私にとって「顔」は非常に重要な要素だったし、音楽のことをわかっているのかと問われても音楽自体に全然詳しくないし、悔しいけれどいつも言い返せなくて、そのうち、「被差別ジャンルだからこそよりハマる」という沼にハマっていた。

 そんな状況は、大人になっても続いた。いや、大人になってからの方がより嫌な感じになった。「ヴィジュアル系好きなんてバカだ」「何もわかってない」「お前はこういう外国のバンドを聴くべきだ」なんて言ってくる人の全員が、同級生男女ではなく「年上の男性」のみになったのだ。

 飲み会で、バイト先のスナックやキャバクラで、そして物書きになってからも、「ヴィジュアル系をバカにし、『俺が本物の音楽を教えてやる』と言うオッサン」は入れ替わり立ち替わり、私の人生に現れた。そういうオッサンは、まずヴィジュアル系なんか音楽じゃない、などと失礼なことを力説し、そんな自分に酔いしれる。そして「お前にはこれまでマトモな音楽を教えてくれる男がいなかったんだな」と勝手に人を憐れみの目で見つめ、「俺こそが本物を教えてやる」と言う。その手のオッサンにこれまでの人生で数えきれないほど会ってきたわけだが、そんなオッサンが「俺様の薦める本物」ということで口にするバンドのひとつがQueenだったのである。

 絶対に、絶対に一生聴くもんか!

 オッサンのせいで、私の中でQueenは「おらがヴィジュアル村の敵」になっていた。そんな失礼なオッサンが薦めるものなどいいはずがない、という思い。いや、もし良かったとしても、自分が否定された以上に否定してやりたい、という醜い思いさえ芽生えていた。

 しかし、何気なく観た『ボヘミアン・ラプソディ』で、私はあっさりと陥落。やっと「オッサンの呪い」から解放されたのだが、この「呪い」って、なんか名前あったよな、と映画を観て以来、ずっと思っていた。そうして先週、昔からの友人たちと高円寺のガード下の韓国料理屋で飲んでいたところ、「マンスプレイニング」の話になり、「これだ!」と膝を打ったという次第である。私はもうずーっと、実に平成の30年間、ヴィジュアル系が好きという理由だけでマンスプレイニングの被害に遭ってきたのである。

 ちなみにマンスプレイニングとは、男性が、女性を見下しながら解説・説明・助言すること。上から目線の説教である。「man」と「explain」(説明する)を合わせた言葉で『説教したがる男たち』という本で有名になった。

 なんだかもやもやしていたことは、名前がついた途端、その論点が明確になる。私の前に現れた「俺が教えてやる」オッサンたちは、相手がそのことによって「不快になる」なんて思ってもいなかっただろう。逆に「俺様がいいことを教えてやっている」と思っていたのだろう。実際、私もどこかで「これほど私のためにいろいろ言ってくれてるんだから感謝した方がいいのだろうか」と葛藤することもあった。

  しかし、そんな葛藤をする必要などなかったのである。

 このように、男性側の振る舞いにさまざまな名前がつくくらいには世の中は変わってきている。今後、その手のオッサンに出会ったら、こっちがあえて「上から目線」で「マンスプレイニング」について解説してやってもいいかもしれない。

  そう思うと、そんな人の出現がちょっと楽しみでもある。

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国内の憲法研究者の1/4が新基地建設は「憲法違反」とする声明。

2019年01月25日 | 社会・経済

新基地「民主主義に大きな傷残す」 研究者131人が声明

   2019年1月25日 朝刊

 

   沖縄県名護(なご)市辺野古(へのこ)の米軍新基地建設を巡り、憲法研究者の有志が二十四日、東京都内で記者会見し、新基地建設は「憲法違反」とする声明を発表した。百三十一人が賛同した声明では、県民が反対の意思を示す新基地建設を政府が強行することは、日本国憲法の重要な原理である民主主義や地方自治などを侵害しており「断じて容認できない」と批判。辺野古沿岸の埋め立て中止を求めた。

 賛同者は、名古屋学院大の飯島滋明教授、学習院大の青井未帆教授、早稲田大の水島朝穂教授、名古屋大の本秀紀教授、一橋大の山内敏弘名誉教授ら。

 声明では、政府が重要な憲法原理に反した新基地建設を続けることは「日本の立憲民主主義に大きな傷を残す」と指摘した。

 在沖米軍や米兵により、県民は耐えがたい苦しみを受けており、憲法で保障された平和的生存権や環境権が著しく侵害、脅かされてきたと訴えた。新基地建設は米軍の機能を一層強化することになり「平和主義とは決して相いれない」とも指摘した。

 静岡大の笹沼弘志教授は会見で、新基地建設について「日本国民全体の安全保障を口実に、沖縄県民ばかりに負担をさせており、人権侵害だ。憲法一四条の平等権に反している」と強調した。

 これに対し菅義偉(すがよしひで)官房長官は会見で「(当時の)地元の市長と知事の了解をいただき、閣議決定した」と説明。「憲法の中の手続きを取った上で実行に移している」と声明に反論した。 (島袋良太、小椋由紀子)

 ◆憲法研究者声明ポイント

 ▽辺野古新基地建設に関わる憲法違反の実態および法的問題を社会に提起することが憲法研究者の社会的役割。建設を強行し続ければ、日本の立憲民主主義に大きな傷を残す。こうした事態を容認できず、直ちに中止を求める。

 ▽沖縄の民意を無視した建設強行は、憲法原理の「民主主義」や「基本的人権の尊重」、「平和主義」、「地方自治」を蹂躙(じゅうりん)。自治体にも「憲法尊重擁護義務」があり、沖縄県が発言するのは当然。

 ▽沖縄では米軍や米軍人による凶悪犯罪、米軍機の墜落事故などにより「平和的生存権」が侵害され続けている。騒音や基地内からの燃料流出で「環境権」の侵害にも苦しめられている。

 ▽日本政府は「沖縄の基地負担の軽減」「抑止力の維持」を理由に新基地建設を進めてきたが、新基地は基地機能の強化で、「平和主義」とは相いれない。

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学者の沖縄声明 憲法違反の指摘は重い

   東京新聞 社説 2019年1月25日

 安倍政権の辺野古新基地建設は憲法違反-。百三十一人の憲法研究者がきのう、連名で声明を発表した。日本国憲法に守られない沖縄は異国なのか。政権は誠実に受け止め工事を再考すべきだろう。

 0・6%の県土に在日米軍専用施設の七割が集中する沖縄。基地の存在から派生する事件事故、環境被害は後を絶たない。

 そこに新たな基地が建設されることに多くの県民が異を唱えるのは当然だ。だが、知事選および国政選挙で重ねてその民意を示しても政権は一顧だにしない。

 埋め立て承認の撤回という知事権限を使って対抗しようとしても、法の解釈をねじ曲げて効力を停止し土砂投入に踏み切る。

 政権の対応は、憲法の基本原理である民主主義、基本的人権の尊重、平和主義、そして民主主義を支える地方自治を蹂躙(じゅうりん)する-。

 名古屋学院大教授飯島滋明氏、武蔵野美術大教授志田陽子氏らグループの声明は、県民が日ごろ感じていた違憲の実態を整理して世論に訴えた点で評価したい。

 百三十一人とは、国内の主な憲法研究者の四分の一前後に当たる人数という。昨年十二月十四日からの土砂投入によって賛同者が一気に増えた。

 声明が特に強調するのは、民主主義や地方自治が問われている沖縄の現状は「日本国民全体の問題である」との点だ。新基地建設がこのまま強行されれば「日本の立憲民主主義に傷を残す」との問題提起は広く共有する必要がある。

 その上で政権に求めたいのは、最低でも、約一カ月後に迫った辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票まで土砂投入を中止すること。その結果を踏まえ、米軍普天間飛行場の危険性除去と日米安保の在り方について県民のみならず国民との対話に乗り出すことだ。

 「(沖縄住民の)自治は神話だ」。米軍統治下、キャラウェイ琉球列島高等弁務官が公言したように沖縄では自治も人権も厳しい抑制が続いた。日本国憲法下で平和や諸権利を取り戻す。復帰運動は沖縄の人たちの切実な願いから始まった。ただ現実は、基地建設を「粛々と進める」と言う菅義偉官房長官について故翁長雄志前知事が「キャラウェイと重なる」と形容するありさまだ。

 復帰後五十年近くたっても満足にかなわない沖縄の求めは、私たちみなが重く受け止めるべきだ。

 安全保障の名の下に沖縄だけに負担を押しつけていいのか。憲法に立ち返ってもう一度考えたい。

 

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第87回:「県民投票潰し」とハンガーストライキ(三上智恵)

2019年01月24日 | 社会・経済

 

 あり得ないことが起きている。沖縄県民の民意を示すための県民投票に、3割の県民が参加できなくなった。所属する市町村によって、民意を示すことができたりできなかったりするって、これ全く意味が分からない。あからさまな「県民投票潰し」の策動だ。最もシンプルに市民が政治に参加する「住民投票」のプロセスを、あろうことか議員や市長が潰すという前代未聞の愚行が、今沖縄を揺るがしている。

 辺野古新基地建設について、沖縄県民の民意を直接投票で示そうと「県民投票条例案」がおよそ10万人の県民の署名によって県議会に提出された。県議会は、じゃあやりましょうと可決した。2月24日と日にちも決まって、早い市町村は早速投票準備にかかった。すると5つの市が「俺んとこはやらない」と言った。正当な民主主義の手続きに則って住民投票を求めた県民の一票一票の積み重ねを、人々の一票によってその職務についている「選良」が握りつぶそうとしている。あまりにも恥ずかしい。

 5つの市町村の、県民投票を否定した全議員の顔と名前がネットに出ているが、これはバッシングでも個人情報云々でも何でもない。一票を軽んじたこの人たちを、次回の選挙では二度と選びたくないという有権者にとっては、非常に大事な資料だ。選良の立場も忘れて「県民投票潰し」に加担した議員と市長の顔を、私も忘れっぽいから写メして、備忘録に入れておこうと思う。引っ越しするかもしれないし、そんな人がのちにうっかり知事に立候補したりするかもしれない。尊敬されないことをした人をちゃんと覚えておいて、もっと尊敬できる人を地域から探してでも出そう。みんな、そうしようよ、と呼びかけたい。情けないけど、有権者が見くびられているのだから、そこからやり直さなければ、と身に染みて思った。

 宜野湾市・沖縄市・うるま市・宮古島市・石垣市の市民は、このままでは県民投票に参加できない。県民投票の会の代表として、大学を休学してまで署名集めから奔走してきた元山仁士郎さん(27)も、皮肉なことに宜野湾市民だから投票不可能になった。なんと玉城デニー知事も沖縄市だから一票を投じる権利がない。これらの市町村議会は保守色が強く、先の県知事選挙で玉城デニー知事の相手候補を熱心に応援した議員が多い。そんな経緯や感情がベースになって、県議会が県全体で実施することを決めた住民投票の手続きに非協力的な対応をしているとしたら、それこそ住民の権利を政争の具として弄ぶもので、言語道断だ。

 宜野湾市で生まれ育った青年が、普天間の爆音を嫌というほど浴びて、麻痺して、覚醒して、そして悩みながらも立ち上がったことが、今回の県民投票の始点となった。第85回のコラムにも私は書いているが、辺野古のことを長らくやってきた人間の大部分は「県民投票」という言葉に心が動かなくなっていた。それを徐々に揺り動かしていったのは、元山さんたち若い世代の新しい動きだったのは間違いない。そうやって、堂々と正攻法でいくつもの壁を乗り越え、県民投票を実現させた若者たちの成果を、同じ地域の大人たちが潰す。そんなことをしたら、その地域の若者は夢を見られますか? 民主主義を信じる気持ちを持てますか? 5市町村の首長と議員たちが地域に投下した罪は、多分彼らが自覚しているよりずっと重い。

 宜野湾市議会が予算案を否決した瞬間の、傍聴席にいた元山さんの顔。宜野湾の青年が沖縄県全体を動かしたと思ったのに、地元議会に潰されたという苦い構図。6年前に彼に出会った時のことを、以前に私は「生意気で、図々しいが目がぎらぎらした学生」のように表現したことがあるが、彼はまた、まっすぐでナイーブな面も持っている。昨年12月の埋め立て土砂の投入の日も、辺野古に集まった人々の中で最も落ち込んでいるうちの一人だった。そして自分の故郷、宜野湾市の大人たちに否定されたときのあの表情は、防御していないサイドからストレートパンチを食らったような、そんな痛々しささえ感じて、見ている私にも苦いものがこみ上げてきた。

 だから彼がハンガーストライキを始めた時、いつになく気が気ではなかった。SASPLやSEALDsという、スマートな学生の政治アピールをやってきた彼には、もちろん大人社会を逆手に取った計算や演出、本音と建て前を行き来する経験値があるだろう。だからその後も、次に何をするのかな? と面白がってみている余裕がこちらにもあった。しかしこの「市町村の不参加」は、彼が言う通り「予想していなかった展開」だった。

 彼のハンストをあざといとかありがちとか批判する声があるが、私が思うに、彼は今回、何の勝算もなく根回しもなく、居ても立っても居られないから単独で始めたのではないだろうか。何事も一人の思いから始まる、というが、本当に前のめりの想いだけで動いたのだと思った。だから初めて無防備な弟を、やさぐれた世間に放り出したような気持になった。もし、これで何も状況が動かなかったら? 彼や、彼を通して沖縄の状況を何とかしたいと考え始めた若い世代の人たちは、どんな傷を抱え込むことになるのか?

 ハンスト開始の15日も翌日も、沖縄にしてはめちゃくちゃ寒くて、しかも雨だった。ネットで宜野湾市役所前の様子をちらちら見ながら、やきもきしていたのはもちろん私だけではなかったようで、やがてテントが建ち、請願書名が始まり、仮眠用のテントや暖をとるものがあれこれ集まってきて、あらゆる世代の人たちがやってきた。今回あげている動画は4日目の様子だが、彼の高校の後輩にあたる女の子たちが学生服のまま署名の紙をもらいに来ていた。部活のみんなで書きたいのだという。先輩の力になりたいと。全国の報道機関やお笑いタレントや、短い間にたくさんの訪問があったが、元山さんが一番うれしかったのは、動画にもそのワンシーンがあるが、政治的な話がなかなかできなかった同級生が顔を出してくれたことだそうだ。少し疎遠になっていた野球部の仲間が来てくれたと、顔をほころばせていた。同年代に伝わらなければ意味がない、と彼はいつも言っていたがそれが一番簡単ではなかっただけに、救われた思いだっただろう。

 5日目の夕方、ドクターストップで終了したハンスト。意味がなかったとか、ただのダイエットだとか、ネット上では著名な美容外科医師まで「健康保険は使うな」など低俗なコメントを披露して彼の行動の価値を下げるのに必死のようだが、こんな指先一つで書き、指先一つで拡散された誹謗中傷などヤギも食わない。

 一方で元山さんの投げかけた波紋に呼応するように、県民投票を全市町村で実施することを求める動きは各地で活発になっている。宜野湾市役所前の請願書名はハンスト終了後も同じ場所で翌日まで受け付けていて、一日中、人が途切れなかったという。インターネット署名サイトのChange.orgでも、およそ3万8000人(21日現在)の人々が5つの市町村に再考を求めている。

 県民投票ができない当該市町村の住民らによる投票実施を求める集会は各地でもたれ、どこもほぼ満席。そして私が住む読谷村は、どこよりも早く県民投票成功に向けたスタンディングを始めている地域だが、18日の県民投票連絡会の結成総会は大盛況で、村長以下なんとしても全県実施を求めたいと決意を新たにしていた。私はここに住んでいることを誇りに思う。そして投票できないと嘆く市町村の人々にも読谷村民のこのパワーを送って、なんとか一緒にいい形でゴールしたいと願う。若い人ばかりを矢面に立たせて傍観していられない、と熱を持った人々が動きだしている実像の前に、ネット上の「下げコメント」などカゲロウに等しい。

 「島の大人が島の若者を潰す」形になっているのは悔しい限りだが、しかしこれもちろん、そんな単純な構図を語って終われる話ではない。報道されている通り、弁護士資格を持つ沖縄の国会議員が、法の専門家の観点から県民投票に協力しなくても市町村議員に不利益はないことなどを述べつつ、県民投票の予算案の否決を指南しているともとれる勉強会を開いていたことが分かった。この宮崎政久衆議院議員は、沖縄選挙区では落選を繰り返し、その都度、自民党が比例区の力で何度も復活させて国会に出してきたいわゆるゾンビ議員で、安倍チルドレンである。

 ご本人は、今回のことは政府の入れ知恵ではないかという指摘をきっぱりと否定しているが、彼は12月上旬、宜野湾市の松川市長と連れ立って官邸に菅官房長官を訪ねている。沖縄県民投票の行方を最も気にしている安倍政権が、この件について全く無関係であると見る人は少ないだろう。よもや指示ではなく政権に対する忖度がそうさせたにせよ、結果的には常に沖縄県民を分断させて目標を達成してきた政府の「その手」にまたも乗ってしまった人がいる、といういつもの構図で、加担した人々を責めるだけでは問題の根本は何も解決しない。民主主義なんてどう捻じ曲げても構わないから辺野古に基地を造るのだ、という政府を戴いている限り、こんな薄汚い球は何度でも飛んでくるのだ。

 そんな理不尽なボールを何度でも何度でも打ち返す。いったいいつまでこんな不利な試合を沖縄は続けなければいけないのか? と私は気が遠くなる。が、現場に駆け付けてみれば、91歳のおばあが「絶対にあきらめたらいけない」とハンストを激励していた。彼女の隣にいた92歳の女性も、二人ともサイパン戦の生き残りだ。そして空腹に耐えて座り込む20代の若者を支えようとする10代の子どもたちがいる。このリレーはなんだ? とふと気が付く。

 非暴力で、民主主義の力を信じて、民主的な手続きでもって、黙々と球を打ち返していくうちに、気が付けばこちらの選手の足腰はますます鍛えられている。コートに入る選手の層も、ますます拡がり、分厚くなっている。

 当初から選択肢を2択にすることにこだわってきた今回の県民投票だが、実施日との兼ね合いでかなり難しくなっているものの、いま、3択にして全県実施にする道が模索されている。一部地域の実施日を変えるのか、日程を見直すのか、当初の路線で説得を続けるのか。2月24日に向けて、ギリギリの模索は続く。テレビではすでにコマーシャルをバンバンやっている。そんな中で、今回の問題を乗り越えたいという県民の願い、そこから発せられるパワーもここにきて相当盛り上がってきた。

 元山さんの言う通り、これは「沖縄が今乗り越えなければならない民主主義への壁」なのだろう。そして乗り越えられる試練として、いま私たちの前に立ちはだかっているのかもしれない。

 


 今朝早く、かみさんが兵庫県小野市へと里帰りした。予定では昨夜仕事を終えてから札幌の娘の家に行き、朝千歳を目指す予定だったのだが、昨夜の雪が半端なかった。わずか3.4時間で50㎝ほど積もり、職場から帰るだけで精いっぱい。ジムニの車高をしても、ヘッドライトが埋没し、雪がフロントガラスに流れ昇ってくる。そんな状態で昨夜の出発は見送り、今朝除雪車が入ってからの出発となった。天気予報の雲の動きを見ると、この辺だけが特にひどいようだ。これから1週間、一人暮らし。命の洗濯期間である。

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幼児衰弱死―ミルク買えない28歳母親逮捕

2019年01月23日 | 社会・経済

1/22/19 鎌田實 大竹まこと

 

よりそいホットライン 0120-279-338(無料通話)

0歳男児衰弱死で28歳母親逮捕 「ミルク買う金なくお湯」 双子の弟は一命取り留め

 逮捕容疑は、千葉容疑者は男児にわずかな飲食物しか与えず、飢餓状態になっても医師の診察などを受けさせずに放置し、18日に脱水症状や栄養失調で死亡させたとしている。

 同署によると、死亡した男児は昨年11月に生まれた双子の兄、楓翔(ふうと)ちゃん。17日午後、別居している実母が千葉容疑者の住む県営住宅を訪ね、痩せ細ってぐったりしている双子を発見、市内の病院に運んだ。弟は一命を取り留めたが、兄は18日朝に死亡した。

 同署によると、千葉容疑者には双子に加え、長男と長女の計4人の子どもがいるが、上の2人は児童相談所に預けられているという。

 千葉容疑者は調理師の実父と同居。実父は県警の事情聴取に「(赤ちゃんの異変に)気づかなかった」と話しているという。【滝沢一誠】

 


アベを逮捕せよ!

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危ないサプリ

2019年01月22日 | 健康・病気

 

日本人の間違いだらけのサプリ選び! 危ないサプリ、飲み方一覧

 

ハフポストBLOG  2019年01月21日

   サプリに関する情報はあらゆるメディアにあふれていますが、中には誤った利用の仕方を紹介しているものもあります。

   この記事は2018年11月3日マネー現代掲載記事「日本人の間違いだらけのサプリ選び! 危ないサプリ、飲み方一覧」より転載したものを元に加筆・修正したものです。

 ■日本人の「サプリ選び」は間違いだらけです

   薬局はもちろん最近はコンビニでも「ビタミンC」や「DHA」と書かれサプリメントのボトルが置かれています。内閣府の調査によると「約5割の人が2種類以上のサプリメントを利用。2種類以上のサプリメントを利用している人の約7割は、ほぼ毎日利用している」という結果が出ています。それほど日本人はサプリ好きなのです。

   とはいえ、みなさん、「これはどれくらい効果があって、どれくらいからだにいいのか」と考えたことがあるのではないでしょうか。じつは、サプリの専門家の立場から言えば、サプリをうまく使いこなし、効果的に健康を維持するのに役立てている人は必ずしも多くない、というのが正直なところです。

   サプリに関する情報は本、雑誌、ネットなどあらゆるメディアにあふれていますが、それらの中には誤った利用の仕方を紹介しているものもあります。そこで、どのように利用するのが正しいのか。サプリメント大国アメリカでの飲み方を元に、正しいサプリの飲み方を紹介していくことにしましょう。

■そもそも「サプリ」とはどういうものか

 そもそもサプリとはなにを指すのでしょうか。

   薬のようだけど、健康商品のようでもある。曖昧な存在ですが、法律でその内容は細かく決まっています。

   アミノ酸、ビタミン、ミネラル(微量元素)、ハーブ、酵素などを一種類以上含む栄養補給のための製品で、「食品」に分類されています。決して薬ではありません。

   中には「ビタミンC」など、病院で処方されるものと同じ成分のサプリも市販されていますが、有効成分の含有量が異なります。もちろんサプリの有効成分の方が少ないわけですが、「医薬品」が病的栄養不足の治療を目的とするのに対し、サプリはあくまで栄養素の補足を目的とするという用途の違いによるものです。

 「疲れた時のビタミン補給で元気が出る!」「何種類ものサプリを摂取しているから大丈夫!」

 そう思っている人も多いのではないでしょうか。結論から言えば、それは大きな間違いです。

 上述のように、サプリは食品に分類され、飲んだから必ずしも健康状態に寄与するものではありません。サプリの対価として「健康」を得ているのではなく、「健康になった気持ち」を得ている人も少なくないというわけです。

 ■「ビタミンC」のサプリを大量に飲むのは大間違い!

   例えば「ビタミンC」は、全身の抗酸化作用に加え免疫力や肌の状態に影響を与えることは事実ですが、だからと言って「たくさんビタミンCが含まれているものがいい」とは限りません。

 確かに、体の中にビタミンCがたくさんあることはいいことですし、仮にたくさん摂り過ぎても水溶性ビタミンのため過剰分は尿から体外に排出されます。しかし、飲んだサプリに含まれるビタミンCの内、腸から吸収する能力には上限があるからです。

   つまり、ビタミンCを一度に大量に摂取しても、そのうちのある程度の部分は吸収されずに体外に排出されてしまっているわけです。もちろんビタミンC含有量が多い商品ほど値段も高くなる傾向があることを考えれば、そうした商品を買って無闇に飲み続けることは、全くもって「お金の無駄遣いにすぎない」というわけです。

■サプリと薬の「大きな違い」をご存じですか?

   アメリカ国立衛生研究所(NIH)によると、サプリはそれを飲むことで期待できる効果をアピールすることはできますが、薬ではないので、「治る」とか「病気を予防する」ということを訴求することができません。

 もし、あなたが「これを飲んだら病気が治る」と感じてサプリを飲んでいるとしたら、商品のPRが功を奏し、あなたの潜在的欲求と結びついた結果と言えるでしょう。

 また、サプリは薬のように効果を得るために必要な量や、飲むタイミングの実証研究が豊富ではありません。サプリの場合、用法や用量がボトルに記載されていないのも、そのためです。

 「私のサプリには1日3錠と書いてある!」と思う方もいるかも知れません。でもよく見てください。「目安量」という言葉がついているのではありませんか。このように、サプリの効果を等身大に見るためには、冷静に判断する視点が必要です。

 十分量の栄養素をとり、健康維持・増進のために多くの人はサプリを飲んでいると思います。しかし、そのすべての人がサプリを必要としているわけではありません。なぜなら、健康的な食事をとることで、必要な栄養素のすべてを補充することは可能だからです。

 ただし、そのためには毎食多くの野菜や果物、魚や肉などのタンパク質をとらねばならなくなり、逆にカロリーオーバーになってしまう危険もありますし、食品にふくまれる栄養素を重視するあまり、食事の内容を自由に選択できなくなってしまうのも事実です。

   豊食といわれるこの時代、「好きなものを好きなときに食べたい」という欲求を我慢することは容易なことではありません。

 その意味で、不足しがちに栄養素をサプリで補いながら、食生活を最大限に楽しむということは、決して間違いではありませんし、それに関しては私も大賛成です。

 しかし、サプリの摂り方を間違えると、意味がないばかりか、カラダにとって有害にもなりかねません。そこで、まずは成分によって飲み方が異なることを頭に入れておきましょう。

 ■飲む前に知っておくべき「危ないサプリ&飲み方」

  最も一般的なサプリメントは、マルチビタミン(ビタミンB、ビタミンC、ビタミンD)、カルシウム、鉄、DHAです。これらのサプリの正しい飲み方を、「吸収」というキーワードを踏まえながら解説していくことにしましょう。

 ◆ビタミンB

   ビタミンBは水溶性ビタミンで、脂溶性ビタミンと違って一回に吸収できる量に上限があります。ですので、一回にたくさんの量を摂ろうとしないようにしましょう。

 また、ビタミンBが高い状態が長く続くと、頭痛や神経障害を起こすことがあり、注意が必要です。ビタミンBは「にんにく注射」にも使われるように活力のもとになりますので、夜ではなく朝に摂るのがいいでしょう。夜にビタミンBを摂ると眠れなくなることがあるとの論文もあります。100mgの上限量を朝の空腹時に摂ることが効果的です。

 ◆ビタミンC

   多くのサプリは「ビタミンC〇〇mg含有」などビタミンCの量をPRします。しかし、水溶性ビタミンであるビタミンCは一度に腸で吸収される量に上限があり、一度の摂取量が250mgを超えると、吸収されるビタミンCの量はほとんど変わりません。

 つまり少ない量でもいいので1日に何回かに分けて飲むことが有効です。

 ◆ビタミンD

   ビタミンDは脂溶性ビタミンで、脂肪分と一緒に摂取したときに吸収のよいビタミンになります。ダイエットなどの食事制限で肌が荒れたり、体調を崩したりした経験のある人も多いでしょう。

 これは偏食による栄養不足の他に、栄養素を吸収するための脂肪分などが不足し、結果的に摂取している栄養素を十分に体内に取り込めていない結果です。一日のうちで一番「重い」食事は夕食でしょうから、夕食時にビタミンDを摂取すると効率的です。

 ◆カルシウム

   カルシウムが骨の健康にいいことは広く知られています。それに対しマグネシウムの重要性を意識している人は多くありません。両者はともに骨や神経伝達に重要な物質で、サプリで摂る際は両者一緒に摂る必要があります。

 カルシウムばかりを摂ってマグネシウムを摂らないと、血管壁の石灰化につながり心筋梗塞などの心臓病や、動脈解離などの血管疾患になるリスクが高くなるからです。カルシウムを摂る際はマグネシウムと一緒に摂取するようにしましょう。その比率はカルシウム:マグネシウム=1:1か1:2の比率がいいとされています。

 また、カルシウムとマグネシウムを同時に取ると腸からの吸収が落ちるため、1日数回に分けて摂ることが効果的です。さらに鉄や亜鉛と一緒にとっても吸収が落ちるので、これらは違う時間帯に摂取するようにしましょう。

 ◆鉄

   鉄はカルシウム、市販のサプリで鉄と亜鉛やカルシウムが一粒で取れるものがあります。手軽なのはいいのですが、その効果を享受できるかは別の話です。マグネシウム、亜鉛などと一緒に摂取すると腸からの吸収が落ちてしまうからです。また、薬は水以外と飲むのは良くないと言われていますが、鉄は例外でオレンジジュースと飲むと水で飲むときよりも吸収率が高まります。

 また、お腹が空いている時に吸収されやすいため、朝食前に飲むのがベストと言われていますし、マルチビタミンとも吸収が拮抗しますので、マルチビタミンを摂る2時間前に摂取するのがいいでしょう。

 ◆DHA/EPA(魚油、フィッシュオイル)

   胃腸に負担を掛けるため、フィッシュオイルを摂るときは食事と一緒に食べましょう。脂肪分を含んだ食事と一緒に摂ると効果的です。これらは消化しにくいので、運動前や寝る前は避け、一日何回かに分けて取るといいでしょう。

 ただし魚油は水銀を含むため、大量にとると水銀が体内に蓄積するので注意が必要です。因みに魚を好む日本人はアメリカ人と比べ体内の水銀濃度は10倍といわれています。

さていかがでしょうか。こんなに気をつけなければいけないのか、と驚いた方も多いかも知れません。私が予防医学を勉強したアメリカではごく普通にこれらのルールを守ってサプリを利用しています。要は習慣にできるかどうかなのです。

   サプリとダイエットは同じだとよく言われます。始めることは簡単ですが、それによってどれだけ結果が出るかは十人十色で、個人差がきわめて大きい。結果にコミットするためには、サプリを摂って満足するのではなく、正しい飲み方を意識しましょう。

 まず、自分には何の栄養素が不足しているかを考え、その不足分を補うために最適なサプリの量と飲む順番を考えてみてください。それがサプリを効果的に利用するための第一歩と言えるでしょう。


あまり、サプリメントに頼らず、日々の食生活からの改善を考えたほうがよろしいかと思います。

TVを見ていると、これらのコマーシャルが多すぎます。
「こんな症状が出たら○○を」

「それさえ飲めば直ってしまうのか」
それに頼ってしまい、自らの努力を放棄しがちです。

食生活の改善と「睡眠」・「運動」に努めましょう。

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年金額の改定 安心の傘を広げたい

2019年01月21日 | 社会・経済

  東京新聞2019年1月21日 社説

 公的年金の二〇一九年度の支給額が決まった。物価・賃金が上がったためわずかな増額となる。だが、将来の給付額は目減りしてしまう時代だ。さらなる制度改正を通じて安心の傘を広げたい。

 年金額は物価や賃金の増減に合わせて変わる。一九年度は基準とする過去の物価、賃金とも上昇した。年金額もそれに合わせて増えるが、新年度はその上昇分より少し低く伸びを抑えられる。

 物価・賃金の伸びより上昇率を抑える仕組みが働くからだ。だから実質的には額の目減りになる。

 なぜこんな仕組みがあるのか。年金の財政を将来も維持するためだ。この仕組みを使って百年先まで財源を保つことを狙っている。 この仕組みは〇四年の制度改正で導入されたが、物価・賃金が下がるデフレ下では使わないルールだ。長くデフレが続いたため過去には一五年度に初めて動いただけで、新年度が二度目になる。

 支給開始年齢を六十五歳から引き上げるとの声もあるが、この仕組みが動く限りそうしなくても財源は確保できる想定だ。

 それに支給開始年齢の引き上げは今受給している高齢者には適用されない。若い世代が対象となる。一方、給付抑制の仕組みは今の高齢者から将来世代に財源を回す制度だ。大人世代は子や孫に持続できる制度を渡す責任があるが、そうならこの仕組みの理解が進むよう政府は粘り強く説明をし続ける責務がある。

 今年は五年に一度の年金財政の“健康診断”である財政検証が公表される。年金制度の今後百年の見通しを冷静に注意深く見たい。

 そうはいっても年金額が目減りしていくことは変わらない。課題は低年金になりやすい低所得労働者の支援だ。職場の厚生年金に加入できないパートなど非正規の人は自ら国民年金に入るしかないが、年金額は不十分だ。

 厚生年金に加入できれば保険料負担は減り年金額は増える。加入条件は一六年秋に緩和され既に約四十万人が加入したが、まだ雇用者の一部だ。非正規で働く高齢者が増えている現状では、もっと対象を拡大させるべきだ。

   既に受給している低年金高齢者の支援も必要である。消費税率が10%になるとそれを財源に最大月五千円を給付する制度が始まる。だが、これも額は十分とはいえない。高齢者も働ける環境整備や、安価な住宅の供給など複眼で高齢期の生活を支える策を考えたい。


兵器の爆買いをやめて生活に回して!

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高知新聞「内閣支持率26%」

2019年01月20日 | 社会・経済

地方は“安倍自民NO” 高知新聞「内閣支持率26%」の衝撃

 

  日刊ゲンダイDIGITAL 2019/01/20

   安倍自民党に衝撃が走っている。内閣支持率が急落しているからだ。全国メディアが行う世論調査では40%をキープしているが、地方紙や農業紙が実施した調査では、支持率が大きく落ち込んでいるのだ。疲弊する地方では「安倍ノー」の声が強まっているということだ。自民党内では「夏の参院選は厳しい」と悲鳴が上がっている。

 

   16日付「高知新聞」の世論調査は衝撃的だ。昨年11~12月に県民向け世論調査を実施。安倍内閣の支持率はなんと26.8%、不支持率は倍近くの49.7%だった。昨年10月末に「日本農業新聞」が掲載した農政モニター調査でも、支持率は37.2%だった。大手メディアの世論調査とはえらい違いだ。政治評論家の森田実氏が言う。

   「大手メディアの全国世論調査は恵まれた層を反映する傾向があります。地方では、自営業者にしろ、農家にしろ、安倍政権の恩恵にあずかっている人はほとんどいません。支持率26%、不支持率49%という高知新聞の世論調査は高知県だけでなく、地方の実情を反映したものです」

自民党が衝撃を受けているのは、高知新聞が15年12月、参院選に向けて調査した時よりも数字が悪いことだ。前回の16年参院選で安倍自民は地方で苦戦し、32ある1人区で11敗した。特に農業票が離反した東北6県は1勝5敗と惨敗した。

 それでも4年前の高知新聞の調査では、安倍内閣の支持率は38.9%あった。今回、12ポイントも下げているのだ。自民支持者に限っても前回79.3%から56.8%へ下落。公明支持者に至っては、前回63.8%から31.5%に半減している。“安倍離れ”が加速しているのだ。

 ■32の1人区で25敗も

   「安倍政権によってボロボロにされた地方では、自民党内からも反安倍の動きが出ています。4月の知事選では、福岡、徳島、島根、福井などが保守分裂になっている。中央の統制が利かなくなっているのです。野党がまとまって地方中心の政策を訴えれば、野党が32の1人区で25取ることも十分に可能です。1人区では安倍政権によって“得”していない人は年々増え、今や圧倒的多数だからです」(森田実氏)

27日投開票の山梨県知事選は18日、小泉進次郎が応援に入ったが、自公候補の苦戦が伝えられる。山梨県知事選で野党候補が勝利したら、野党に勢いがつき、4月の衆院沖縄3区補選、統一地方選と、自民党が連敗する可能性がある。夏には参院選を迎える。今年は、安倍退陣の選挙イヤーになるかもしれない。


 久しぶりに雪かきをしなくてもいい朝を迎えたのだが、夕方になってまたモサモサと降り出した。日中、江部乙の屋根雪降ろし。昨年と比べると格段と少ない。確か昨年は「エルニーニョ」が現れていたのだ。

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民意―再生可能エネルギーに舵を切れ!

2019年01月19日 | 社会・経済

 

【大竹まこと×金子勝×室井佑月】 日立がイギリス原発輸出を断念! 世界に逆行する日本と経団連の責任

英原発凍結 日立社長が会見「将来リスク回避へ判断」

写真

 日立製作所が英国の原発計画を凍結したのは、リスクの高い事業なのに、英国政府の支援拡大や、ほかの民間企業の出資が見込めず、時間と費用をこれ以上浪費できないと判断したからだ。ここ数年の再生可能エネルギーの価格低下など経営環境の変化にも対応できなかった。日本政府とともに国策として進めた「原発輸出」のツケは、巨額損失という形で回ってきた。 (吉田通夫)

 日立は昨年十月に、二〇一九年三月期の連結純利益が四千億円になる予想を発表していたが、このうち三千億円が計画凍結に伴う損失処理で吹き飛び、一千億円に下方修正した。東原敏昭社長は十七日夜に東京都内で会見し、このまま事業を続けても損失が拡大すると見込み「将来にリスクを持ち越さないためにも早く凍結を判断した」と語った。

 日立は一二年に英国の原発事業会社を買収し計画に着手したが、安全対策の強化で事業費の見通しが当初の二兆円から三兆円規模に膨張。リスク分散のため出資企業を募りつつ、利益が出るよう英政府に高い電気料金を設定するよう求めた。しかし、英国では風力発電の価格が原発を下回るなどし、批判が高まって交渉は難航。利益を生む見込みがなく「原発にカネを出す企業はない」(日立幹部)と凍結に追い込まれた。

 ほかの原発輸出計画も、すべて頓挫した。リトアニアでは、日立が受注する見込みだった原発の建設計画が一二年の国民投票の結果、凍結。ベトナムで日本企業が原発を新設する計画は一六年にベトナム側が撤回。一七年には東芝の原子力子会社だった米ウェスチングハウス・エレクトリックが建設費の高騰などで破綻し米国内の二基の建設は中止に。残る三菱重工業がトルコで進める新設計画も、やはり建設費の高騰で断念する方針だ。

 日立の東原社長は「当面は国内で原発の再稼働と廃炉処理、新設も含めて地盤固めする」と述べた。

 

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原発輸出総崩れ 成長戦略の誤り認めよ

 日立製作所が英国での原発建設計画を凍結し、日本の原発輸出はすべて暗礁に乗り上げた。契機は福島原発事故。その当事国が原発輸出を「成長戦略」と呼ぶことに、そもそも無理はなかったか。 

 リトアニア、台湾、米国、そして今度の英国と、福島原発事故後もなお、日本メーカーがかかわってきた原発輸出計画は、次々に挫折した。トルコからの撤退も確実視されている。

 米国に押しつけられた感のある原発メーカー、ウェスチングハウス・エレクトリックの経営破綻は、買収した東芝をも経営危機に追い込んだ。

 今世紀初め、温暖化対策などを名目に「原発ルネサンス」、すなわち世界的に再評価が叫ばれた。

 経済産業省は二〇〇六年に「原子力立国計画」を立案し、現政権は原発輸出を「成長戦略」の中心に位置付けた。だが、3・11がすべてを変えていたのだ。

 福島の教訓に基づく安全対策費用の高騰で、原子炉は一基一兆円超時代。高過ぎて造れない。“商売”として見合わなくなっていた。

 「コストを民間企業がすべて負担するには限界がある」と、日立製作所の東原敏昭社長は言った。

 しかし、総事業費三兆円という今回の原発計画には、英政府が約二兆円の融資保証をつけていた。

 たとえ政府レベルの手厚い支援があっても、もはや原発事業は、成り立たないということだろう。

 一方、再生可能エネルギーは世界中で飛躍的に伸びている。二〇一五年に導入された発電設備の五割以上を再生可能エネが占めている。だが、かつて太陽光パネル生産量世界一を誇った日本は、今や再エネ先進国とは言い難い。

 もしかするとメーカーとしてもリスクだらけの原発という重荷を下ろし、再エネ事業などに切り替えたいというのが、本音なのではないか。

 世界の潮流に逆らうような、不自然ともいえる政府の原発へのこだわりは、日本経済の足かせになっているとは言えないか。

 海外がだめなら国内で。原発の再稼働を急ぎ、さらに新増設も、という声もある。大間違いだ。政府支援、つまりは税金を使った新増設を民意が許すはずがない。

 原子力技術の継承が必要ならば、当面は廃炉技術に磨きをかけるべきではないか。原子力発電の衰退は、廃炉市場の拡大にほかならない。「成長戦略」というのなら、そちらを取りに行くべきだ。

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言葉の海へ 第59回:日本の民度(鈴木耕)&ホワイトアウト

2019年01月18日 | 社会・経済

言葉の海へ 第59回:日本の民度(鈴木耕)

 マガジン9 2019年1月16日 https://maga9.jp/190116-5/

 「フランスは民度が低い」とツイッターで発言している人物がいた。すごいことを言う人がいるものだなあ…と驚いてしまった。ぼくの単純な疑問は「えっ、じゃあ日本はフランスより民度が高いの?」であった。その発信者を見たらなんと、明治天皇の血をひくというので有名な学者(?)だそうなので二度ビックリ。

 でも、この人の父親がJOC(日本オリンピック委員会)会長の竹田恒和氏だというので納得した。

JOC会長の贈賄疑惑

 ぼくは、ずっと東京オリンピックには反対してきた。

 財政状況がひっ迫している現在の日本で、オリンピックにかけるカネなどあるのか、という根源的な疑問。

 原発事故は終息にはほど遠い状況だし、社会保障費は先細り、災害復興だってまだまだだ。カネの使いみちは、オリンピックなんかじゃないだろうと思ってきた。そのぼくの思いは、残念ながら正しかったようだ。我らの税金がろくな使い方をされていない…。

 東京オリンピックは「既存の施設を利用して費用負担をできる限り抑えるコンパクトな大会にする」というのがうたい文句だったはずだ。ところが費用はうなぎ上り。当初は7000億円だったはずの開催費が、いつの間にか3兆円を超えるという。繰り返すが、すべては我々の税金だ。

 そんなずさんな計画の裏で、実はかなりヤバイ資金が動いていたのではないかというのは、五輪招致の段階から噂されていた。JOCがそのカネの動きを知らないわけがない。

 招致資金などを取り仕切っていたのは、JOC会長の竹田恒和氏。フランス検察当局が、カネの流れについて重大な疑惑(贈賄)があるとして、竹田会長に対し訴追に向けた手続きに入った。このニュースは、たちまち世界中を駆け巡った。

 そこで恒和氏の息子・恒泰氏が、父親擁護のツイート。つまり、フランスはゴーン日産元会長逮捕の仕返しとして、恒和氏の疑惑を取り上げたのではないか、というわけだ。「そんなことをするフランスは民度が低い」というのが、親思い(?)の恒泰氏の主張なのだろう。まあ、その気持ちは分からないわけじゃない。なぜこの時期か、という疑問があるのも確かだし。しかし、恒泰氏のこんなツイートを見ると、やっぱりおかしいと思ってしまう。

 また、父は、もし2020年に東京五輪ができないと、【夏】の五輪を二回開催するアジアで最初の国は韓国になる可能性が高いと言っていた。そうなったら、アジアにおける日本の地位は揺らぐと嘆いていた姿が忘れられない。

 こんなことを言う父親も父親だが、それを得々と公表してしまう息子も息子だ。JOC会長が、オリンピックを国威発揚の手段としてしか捉えていない。こんな人物が会長でいるということが、それこそ「日本の民度」を示しているのではないか。

オリンピックはナショナリズム高揚の場か?

 もし恒泰氏がツイートした恒和氏の言葉が事実なら、オリンピックとはどういうものなのか、「日本オリンピック委員会会長」はまったく理解していないことになる。

 「オリンピック憲章」というオリンピックの理念を示した文章がある。その中の「オリンピズムの根本原則」には5つの項目が書かれている。少し長いけれど、引用しておこう。

 
1.オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である。オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。(略)

2.オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。

3.オリンピック・ムーブメントは、オリンピズムの価値に鼓舞された個人と団体による、協調の取れた組織的、普遍的、恒久的活動である。その活動を推し進めるのは最高機関のIOCである。(略)

4.スポーツをすることは人権の1つである。すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない。オリンピック精神においては友情、連帯、フェアプレイの精神とともに相互理解が求められる。

5.スポーツ団体はオリンピック・ムーブメントにおいて、スポーツが社会の枠組みの中で営まれることを理解し、自立の権利と義務を持つ。(略)外部からのいかなる影響も受けずに選挙を実施する権利、および良好な統治の原則を確実に適用する責任が含まれる。

 オリンピックとはいかなる精神に基づいているか、ここに簡潔に記されている。それは、個人と団体による協調が基盤にあることを謳い、人権を尊重し、平和な社会を推進し、いかなる差別も許さないと明記している。JOC会長である竹田恒和氏がこれを知らないはずがない。

 では、「オリンピック憲章」を理解した上で「韓国に五輪開催を取られたら、日本の地位が揺らぐ」などと話していたのか。

 つまり、竹田JOC会長は、オリンピックというものを「国威発揚の場」としてしかとらえていなかったということになる。そんな人物が「日本オリンピック委員会」の会長にふさわしいといえるだろうか? そんな人物をトップにいただく組織がスポーツ全般を支配する日本という国が、果たして「民度の高い国」といえようか?

 国連からもイエローカード

 ゴーン前日産会長の勾留はすでに2カ月に及ぶ。ゴーン氏の妻が怒りを込めてコメントしている。共同通信配信(1月14日)はこう伝えた。

  日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告(64)の妻キャロルさんが国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチに、容疑者の長期拘束に伴う「人質司法」の見直しを日本政府に訴える要請文を送ったことが13日分かった。

  ゴーン被告の家族の報道担当者によると、要請文は昨年12月28日に送付。

  書簡は「自白を引き出すため日本では長期拘束が検察官の基本的な捜査手法になっている」と指摘。「弁護士の立ち合いがないまま検察官の取り調べを受け、起訴されるまで保釈の可能性はなく、弁護士との接見も限られている」と強調した。

 日本の「人質司法」は先進各国からは、極めて野蛮な権力行使として非難の的になっていたのだが、それが今回のゴーン氏の長期勾留でまたもや世界にさらけ出されてしまったというわけだ。これは、日本の司法当局にとっては、思わぬ落とし穴だったのではないか。

 この「人質司法」の例はたくさんある。沖縄の米軍基地反対運動のリーダー山城博治さんの5カ月に及ぶ勾留、さらに森友学園問題での籠池夫妻の実に10カ月の長期勾留も最近の事例だ。要するに、権力に刃向かう人や容疑を否認する人は、とにかく檻の中に閉じ込めておく。これは欧米各国から見れば、やはり異様な光景だろう。

 山城さんの長期拘束についても、国連は憂慮を示した。東京新聞(1月14日付)が報じていた。

 (略)器物損壊罪などに問われた反対派リーダーで沖縄平和運動センター議長、山城博治被告が長期勾留されたことについて、国連の作業部会が「恣意的な拘束」に当たり、国際人権規約違反だとする見解を日本政府に伝えたことが十三日、分かった。山城被告の無条件の釈放や補償などの救済措置実施を要請している。(略)

 見解は、容疑が表現や集会の自由を行使した結果と認められ、長期勾留に「妥当な理由があったとは考えにくい」と指摘。政治的な背景から当局が差別的な措置をとったとみられるとした。日本の刑事司法システムには、否認すれば勾留が長引く「人質司法」の懸念があるとも指摘した。

 日本司法の異常さが世界からの批判の的になっているということを、国連ですら認めているのだ。よく言われるように「日本の常識は世界の非常識」の実例である。

 ネット右翼諸兄諸姉は、やたらと「日本のすばらしさ」「日本の民度の高さ」を称揚するが、世界の目などは気にする必要もない、ということなのだろうか。女性の地位、情報公開の進度、報道の自由度、貧富の格差、人質司法、国会の強行採決連発……いまや、どれをとっても日本の順位は切ないくらいに下位である。

 しかも、最近は政府統計の捏造や隠蔽が次々と明らかになり、保険金支給が低く抑えられていたことなども発覚。だが、安倍内閣支持率は下降気味ではあるものの、未だに40%以上を保っている。

 安倍支持の理由が「ほかに代わる人がいない」が相変わらずトップ。

 こんな日本の状況を考えたら、竹田恒泰氏のように「フランスの民度が低い」なんて、ぼくにはとても言えない。「じゃあ日本はどうなのよ」という巨大なブーメランに直撃されそうだもの。

 「捜査中なのでお答えできない」

 1月15日、追いつめられた竹田恒和JOC会長が「記者会見」を開いた。だが「記者会見」とは名ばかり。自分の主張、身の潔白の言い訳に終始、たった7分間で会見終了。記者からの質問は一切受け付けなかった。

 こんなものを「記者会見」とは呼ばない。「言い訳発表会」としか呼びようがない。

 佐川宣寿元財務省理財局長が、国会の証人喚問で「捜査中につき、訴追のおそれがあるのでお答えを控えさせていただきたい」と、蛙のツラに〇〇で逃げ切ったのを、その後の政治家や官僚たちが多用するようになった。「平和の祭典」の責任者が平然とそれを踏襲する。

 NHK「日曜討論」で辺野古埋め立てに関し、ウソまみれの言葉を連発した安倍首相と、それそのまま垂れ流したNHK。

  おいおい、「日本の民度」ってのはこんなもんかい!?

 すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。


 

ホワイトアウト 死亡、多重事故相次ぐ 道内暴風雪(抜粋)

 

道新 01/18

 

 道内は17日、暴風雪のため、各地で多重交通事故が相次ぎ、2人が死亡した。

 

 名寄市内渕(ないぶち)の国道で午後5時ごろ、軽乗用車と、クレーン車が衝突した。軽乗用車の2人は頭と胸などを強く打っており、1~5時間半後に死亡した。事故当時は吹雪で視界が悪かった。

 

 後志管内留寿都村留寿都の国道では午後3時50分ごろ、観光バスが吹雪で停車していた路線バスに追突。計十数人の乗員乗客にけがはなかった。倶知安署によると、暴風雪で視界が失われるホワイトアウト状態で、追突したバスの運転手は「気付くのが遅れた」。

 

 札幌市手稲区の市街地からサッポロテイネスキー場に続く市道では午後4時55分ごろ、バス1台と乗用車4台の計5台の絡む多重衝突事故が発生。けが人はいなかった。

 

 空知管内北竜町美葉牛(びばうし)の深川留萌自動車道では午前10時ごろ、6台の絡む多重衝突事故が発生。

 

 空知管内新十津川町大和では午後3時半ごろ、国道275号沿いの電線が強風で垂れ下がり、滝川署が3時40分ごろから約300メートルを約1時間半にわたって通行止めになった。

 

 道警交通管制センターによると、17日午後11時現在、高速道路5路線5区間、国道1路線1区間、道道4路線4区間が通交止めとなっている。

  *************

 昨日,今日と出かけずに雪かきに精を出している。風に運ばれる雪が吹きだまっている。

 

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雨宮処凛がゆく!第471回:「ヤレる」ランキングと、「#MeToo」のその後について

2019年01月17日 | 社会・経済

マガジン9 https://maga9.jp/190116-3/

  2019年1月16日

 政治家によるジェンダー差別発言に関するネット投票の結果が、9日に発表された。

 

 2018年のワースト1位に選ばれたのは、財務事務次官の一連のセクハラ問題で「何がセクハラか」さっぱりわかっていないことを露呈しまくった麻生太郎氏。2位は「生産性」という言葉が大きな批判を浴びた杉田水脈氏。そうして19年も始まったばかりだというのに、またしても「#MeToo」案件と呼びたくなることが続々と起きている。

 まずは「週刊SPA!」の「ヤレる女子大生ランキング」。これに対しては「女性を軽視した出版を取り下げて謝ってください」という署名が多く集まり、SPA!は謝罪。また、NGT48のメンバーが暴行を受けたにもかかわらず、その後被害者である本人が謝罪するという展開があったわけだが、これに対して、スタッフ側に批判の声が大きく上がっている。

 時代は変わったのだとつくづく思ったのは、SPA!の企画にすぐに「おかしい」と女性側から声が上がり、数日で数万人の署名が集まり、また名前を掲載された大学すべてが編集部に抗議し、SPA!が謝罪したことだ。

 女子大生に限らず、「ヤレる」企画的なものはもうずーっと前からあって、私自身、その存在に当然抵抗は感じていたものの、どこかで麻痺している自分もいた。だからこそ、そういうものに対して正面から「抗議すべきだ」という意識が完全に欠けていた。なぜなら、そのような抗議をすればそのこと自体が「ネタ」として笑われると思っていたからである。抗議してきた女性の容姿や年齢などについて貶めるような記事が出るだけなのだろう、と思っていたからである。それはまだマシな方で、例えば抗議してきたのが若い女性であれば、「脱げますか?」「水着で撮影できますか?」などの言葉を浴びせられる、みたいな流れが私の知る「ヤレる」ランキング企画があるような雑誌の姿だったからである。

 何をしても、無理。逆に声など上げればもっともっと傷つけられる。それが40代の私の「常識」で、しかし、若い世代は自分の「嫌だ」という気持ちを麻痺させずにちゃんと怒りを表明し、連帯して現実を変えた。「謝罪」を勝ち取った。そのまっすぐさに、拍手を送りたくなるような清々しさを感じた。同時に、時代は変わりつつあるのだ、と胸が熱くなった。

 さて、そんな19年の始まりだが、年末には衝撃的な報道があった。

 それはジャーナリスト・広河隆一氏の件。週刊文春の「世界的人権派ジャーナリストの性暴力を告発する」と題された記事に、ただただ戦慄し、怒りを覚え、女性たちの受けた傷を思って目の前が暗くなった。

 私は広河氏と面識はほとんどない。一度くらい、何かの集会で挨拶した程度だと思う。が、その功績は当然広く知られているので「すごい人」「業界の有名人」という認識をもっていた。「DAYS JAPAN」には10年ほど前に一度だけ自殺についての原稿を書いたことがあり、その原稿依頼が編集部から来た時は、「あのDAYS JAPANに原稿が掲載されるのか」としみじみ嬉しかったものである。その広河氏の加害行為の数々。そんな文春の記事で何よりも戦慄したのは、ハラスメントのなんたるかをまったく理解していない以下の広河氏の発言である。

 「(女性たちは)僕に魅力を感じたり憧れたりしたのであって、僕は職を利用したつもりはない」

 力を持つ者は、時に自分の力にあまりにも無頓着で無自覚である。この言葉は、ある意味であらゆるハラスメント加害者の言い分を象徴している。広河氏のしたことは、あまりにも悪質だ。その一方で、私は時に加害者側からびっくりするほどの「無知」を感じることがある。彼らはおそらく、本当に本気で、ハラスメントがなんたるかを知らないのだ。この国で力を持つ男性の一部は、本気で何がハラスメントか、そこからまったくわかっていないようなのである。

 思えば、告発されてきたのは、圧倒的な「力」を持つ人々だった。ハリウッドのワイスタイン氏から始まって、日本でも写真家のアラーキーやTOKIOの山口達也氏などの圧倒的な有名人、また早稲田大学教授という立場がある人や、町長や市長といった権限がある人などが告発されてきた。そんな人々の言い訳などを聞いていると、「本気でわかっていないんだな」と思うことが多々ある。

  一方で、告発された、という記事などが出るたびに、思う。

 もし、告発されたのが、自分の親しい友人だったら。父親だったら。自分の兄や弟だったら。

 そしてもし、自分だったら。

 仕事をはじめとするすべてを失い、友人知人もみんな離れていってしまったら。そう思うと、頭によぎるのは「自殺」という言葉だ。実際、韓国では、告発された男性の中から自殺者も出ている。そんなふうに、告発された側が失脚し、仕事や家庭などを失うという「社会的制裁」を受けるのを見るたびに、言いようのないもやもやを感じてきた。

 何よりも、被害者へのケアがもっとも重要であることは間違いない。場合によっては加害者への刑事罰の問題も出てくるだろう。しかし同時に思うのは、再発防止のためにも、加害者は加害者プログラムなどを受けてほしいということだ。例えばワインスタイン氏は、セックス依存症などの治療をするリハビリ施設に入ったという。告発される中には、そのような依存症の人もいるだろう。性暴力加害者更生プログラムもある。一方で、普段から罵声や罵倒で人を萎縮させているDV的な加害者もいる。そんな人には、DV加害者プログラムがいいのではないか。

 「俺はDVなんかしていない!」と言う人もいるかもしれない。が、DV加害者プログラムで人がどのように自らを振り返っていくかなどを読んでいくと、「このような考え方だったから被害が起きていたのだ」ということが驚くほどよくわかる。それは、すべてのハラスメントに通じることだと思うのだ。そうして「無知」ゆえに加害者になっていた人が一人でも多く変わっていけば、もしかしたら、社会は少しずつ、変わっていくかもしれない。そうしていつか、本当に「変わった」人々の言葉を、できることなら聞いてみたい。

 昨年末の報道を受けて、そんなことを考えている。

昨年末、約4年ぶりに安田純平さんと会えました! 無事で本当によかった!

 

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国立大交付金 学問は「長い目」で見よ

2019年01月16日 | 教育

  東京新聞「社説」2019年1月15日

 

 国立大学を競争させることで「改革」を促す動きが今春、さらに加速する。評価に応じて国からの交付金を増減する枠が拡大されるのだ。「長い目」で学問を育む姿勢が薄れることを懸念する。

 運営費交付金は、授業料などとともに大学の定期収入で、人件費や公共料金、備品代などに充てられ、研究や教育の土台を支えている。配分方法によって、大学のありようは大きく変わる。あらたな方針が本当に学生や研究者、地域社会などのためになるのか、注視していく必要がある。

 教員数や学生数などに応じて配分されるが二〇〇四年の法人化以降減少傾向が続き、名古屋大と岐阜大が法人統合に向けて動きだすなど、スリム化の動きも顕在化している。新年度の政府予算案では、一兆円余の交付金のうち、評価によって上乗せされたり減額されたりする傾斜配分の枠を現行の3%から10%に拡大。評価指標には外部からの研究資金や寄付金の獲得実績や、引用回数の多い論文数などが使われる。

 評価による配分は今後も拡大していく方向で、安倍晋三首相は二二年度以降「交付金全体の配分方法の見直しを実現する」とも話している。

 国立大学側は「毒まんじゅうの毒が身体に回って死んでしまう」(国立大学協会会長の山極寿一・京大学長)と猛反発してきた。評価によって増減するお金は人件費には使えない、というのが言い分だ。すでに若手研究者が正規採用されにくくなっており、不安定な研究環境に、梶田隆章・東大宇宙線研究所所長らノーベル賞受賞者も懸念の声を上げている。

 評価指標には若手研究者の比率や、外国人教員や女性教員など多様性の確保に努めているかなども含まれ、改革に資する部分もあるだろう。

 ただ企業などからの外部資金の獲得実績となれば文系学部が苦戦することは目に見えている。少子化も踏まえて、教育学部の廃止などの検討に入っている大学もあり、卒業生を教員として受け入れている地方自治体側は神経をとがらせている。

 人工知能(AI)が、人間の仕事を代替していく時代もいずれくるならば、人間とは何かが今より強く問われる局面も訪れるかもしれない。人文科学が答えを探すヒントを与えてくれることもあるだろう。性急に「役に立つ」学問ばかりを求めず、長期的な視点も大事にしたい。

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