里の家ファーム

すべて無農薬・無化学肥料、不耕起栽培の甘いミニトマトがメインです。完熟したミニトマトから作る無添加ジュースは逸品です。

“#ケチって火炎瓶”が世界に拡散

2018年08月31日 | 社会・経済

 

追及者が不審事故 安倍首相“#ケチって火炎瓶”が世界に拡散

日刊ゲンダイ2018年8月31

 

 国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団(RSF)」が28日付で〈日本は、首相とヤクザの関係を調査するジャーナリストの不審な転落事故を捜査しなければならない〉との声明を出した。過去の山口県下関市長選を巡る安倍事務所の“火炎瓶騒動”を取材するジャーナリスト・山岡俊介氏が遭った不審な転落事故について、当局による捜査を要請。安倍首相の過去の重大疑惑は、いよいよ世界の知るところとなった。

 火炎瓶騒動とは、1999年の市長選で、安倍事務所が支援候補を当選させるため、暴力団に対立候補の中傷ビラまきを依頼し、500万円の報酬を300万円に値切ったため、自宅に火炎瓶を投げ込まれたとされる事件だ。国会でも指摘され、「#ケチって火炎瓶」のツイートが話題を呼び大炎上している。

 この事件を長年追及する山岡氏は8月7日夜9時ごろ、東京・新宿アルタから地下鉄駅に通じる階段上から転落。肩を骨折し、額を7針縫う全治1カ月の大ケガを負った。山岡氏に当時の状況を聞いた。

「後ろから押された感覚はありませんが、当時、私は酔っていたわけでも、体調が悪かったわけでもありません。体力には自信がある方ですから、普通なら踏ん張ったり何かにつかまろうとするはず。ところが、救急車を呼んでくれた方によると、前転するように上から下まで真っ逆さまに転げ落ちたといいます。私は過去に脅迫状を自宅に送り付けられたこともありますから、今回の一件も何かしらの力が働いたと疑わざるを得ません」

 RSFは声明で〈(山岡氏が)取材していた対象を考慮すると、このような不自然な転落は本格的な捜査に値するが、現在行われていない〉と指摘。〈日本のジャーナリストは、安倍首相が12年に政権を取って以来、自分たちに対する不信と敵意の雰囲気があると不満を抱いている〉と、安倍政権の報道に対する姿勢まで批判している。世界に拡散しつつある「#ケチって火炎瓶」疑惑。このまま放置していいのか。

「『報道の自由度ランキング』を年1回、公表するRSFは、第2次安倍政権の発足以降、日本のランク急落を憂慮しているのでしょう。十数年前の事件とはいえ、安倍首相はキチンと釈明しなければ、国際社会に不信感を与えるだけです」(高千穂大教授の五野井郁夫氏=国際政治学)

   総裁選前だからと、ダンマリは許されまい。


 

 総裁選前だからこそ”片づけて”おきたかったのだろう。


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2018年08月28日 | 社会・経済
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食用ホオズキ

2018年08月30日 | 野菜・花・植物

フルーツ感覚で美味、食用ホオズキ

Mocosuku - 2018年8月24日

 執筆:山本 ともよ(管理栄養士・サプリメントアドバイザー・食生活アドバイザー)

医療監修:株式会社とらうべ

 

毎年7月に開催される浅草寺の「ほおずき市」は、下町の夏の風物詩として定着している行事で多くの観光客も訪れます。

縁日ではたくさんの鉢仕立ての「ホオズキ」が売られるのですが、これは観賞用です。

そんなホオズキが食べられること、ご存知でしょうか。

今回はちょっと珍しいホオズキの食べ方や栄養価についてご紹介しましょう。

 

「ホオズキ」には食用と観賞用がある

 

「ホオズキ」を漢字で表わすと「鬼灯」「鬼燈」と書きます。

赤いちょうちんがぶら下がっているようなフォルムのホオズキは、「ナス科ホオズキ属」の植物で数多くの種類があります。

あの独特の形状の袋は「ガク=花びらの付け根」で、袋のなかに実がなっています。

袋状に育ったガクは、8月頃に赤色に色づきます。

実は昔からホオズキには食用と観賞用が存在します。

観賞用を食べることもできますが、毒性を持っている可能性がありますので、もし食べるときは食用ホオズキを選んでください。

食用ホオズキ

 実は薄いオレンジ色が一般的です。

甘酸っぱい味でフルーツとして利用されています。

植物名ではショクヨウホオズキ、オオブドウホオズキ、シマホオズキなどがあります。

市場では、ストロベリートマト、フルーツホオズキ、オレンジチェリーなどの呼び名で売られています。

ヨーロッパでは古くから食用ほおずきを栽培していて、料理に利用してきました。

日本でも近年食用の栽培が進み、7~10月頃が旬といいます。

〈中略〉

食用ホオズキの栄養価

 食用ホオズキには、次のような栄養素が豊富に含まれています。

βカロテン

  100gあたり643μg(トマト540μg、イチゴ17μg)

 強い抗酸化作用を持っています。細胞は、鉄と同じで酸化するとサビます。

 そうすると、さまざまな機能が低下して老化を早めてしまいます。

 たとえば、皮膚の細胞ではシミやシワの原因に、臓器の細胞では機能低下の原因になります。

 このような酸化を抑えるのが抗酸化作用です。

 また、皮膚や粘膜の健康維持に関わるビタミンAの前段階の成分で、健康な肌を保ち免疫力の維持にも働きます。

ナイアシン

  100gあたり2.28mg(トマト0.7mg、イチゴ0.4mg)

 代謝を促す働きがあり、食事から摂取した糖質、脂質、たんぱく質をエネルギーに変えたり、アルコールの処理をサポートしたりしています。

 毎日の食事はもちろん、ダイエット中や二日酔い予防にも積極的に摂りたい栄養素です。

  100gあたり0.43mg(トマト0.2mg、イチゴ0.3mg)

 血液の赤い色素の構成成分であり、酸素運搬という重要な役割を果たしています。

 不足すると貧血につながり、倦怠感やめまいなどを引き起こします。

 貧血を起こしやすい女性は、とりわけ積極的に摂りたい栄養素です。

 そのほか、代謝促進や神経伝達、コラーゲン生成にも関わる重要な働きがあります。

イノシトール

  100gあたり66mg(トマト40mg、イチゴ57.4mg)

 ビタミンに似た働きを持つ栄養素です。

 肝臓に脂肪が蓄積しないように調整する働きが注目されています。

 また、細胞膜の構成成分でもあり、ヒトの身体に欠かせない重要な成分です。

 ホオズキの取り入れ方

 特産品として、デパートの果物売り場や直売所、インターネット販売などを通じて入手可能です。

さらに、最近では家庭菜園で育てる方も増えているとのこと。

ミニトマト程度の扱いやすい大きさや誰にでも好まれる甘酸っぱい味から、デザートやジャムに加工するなど、果物の位置付けで取り入れられることが多いようです。

ドライフルーツで販売されているものもありますので、ヨーグルトや手軽につまむおやつ、サラダに加える食べ方もおすすめです。

ホオズキに含まれるβカロテンは脂溶性ですから、油と一緒に摂ると吸収率が高まります。

一方、鉄分はビタミンCや酢と一緒に摂ると吸収率が高まります。

つまり、ドレッシングをかけるサラダの具材には最適と言えます。

食べるときの注意点

 〈中略〉

ホオズキに含まれる「ソラニン」や「ヒストニン」などのアルカロイド類は微量ですし、観賞用に比べ食用は含有量も少ないですから、過度の心配は無用です。

ただし、ヒストニンは子宮収縮作用が確認されていますので、妊娠中の女性は避けた方がいいでしょう。

食用ホウズキの旬は7~10月頃。興味のある人はフルーツ感覚で試してみてはいかがでしょうか。


今日はほぼ一日雨。
日照が足りません。
トマトがなかなか色づきません。
気温も下がってくる中ちょっと心配です。

コメント

「現在の生活に満足」と過去最高の74.7% その裏とは

2018年08月29日 | 社会・経済

 昨年の8/28付記事もこの統計について「信じられない」と書いたのだが、やっと信じられる「裏」が分かった。これは、明らかに「情報操作」であろう。
素晴らしい国だ「日本」は!
日本万歳!万歳!

 


 

「現在の生活に満足」と過去最高の74.7%が答えた内閣府世論調査、なぜか回答者の8割も「持ち家あり」だった

  BUZZAAP(ブザップ)  2018年8月27日18:35 by 深海

 

 【反証として挙げられた数字は具体的に表にして掲載されているのですが、ここでは省略させていただきました。(mooru)】

過去最高の74.7%が「現在の生活に満足」?

8月24日に公表され、今の収入や所得などの暮らしぶりについて「満足している」とする人の割合が過去最も高くなったとされる内閣府の世論調査。

 

「あなたは、全体として、現在の生活にどの程度満足していますか」という問いに12.2%が「満足している」、62.5%が「まあ満足している」と回答しており、合わせると3/4近い74.7%が満足と回答したことになります。

 

この数値は調査を開始した1957年以来最も高い数字とのこと。内閣府は「緩やかな景気回復が続いていることや雇用・所得環境の改善が背景にある」と分析しています。

 

しかし2017年12月には国民の8割が景気回復を実感していないという世論調査もあり、内閣府が2018年3月に実施した消費動向調査でも、暮らし向きが「良くなる」「やや良くなる」と回答した人は1月で合計7.7%でしたが2月には6.4%、3月には5.9%とじわじわ減少していました。

これに加えて森友学園問題では財務省での公文書改ざんという前代未聞の問題が発生していたこともあり、調査の信憑性には少なからぬ疑問の声が上がっていました。

 

◆フェイス・シートの奇妙な偏り

 そんな中で、世論調査の回答者自身について問うた「フェイス・シート」に奇妙な偏りが見られることが指摘されています。社会起業家の田辺大さんは自身のツイッターで「持ち家あり」の人の比率について言及しています。

公益財団法人不動産流通推進センターの「2017 不動産業統計集」を見ると、「総住宅数に占める持家率の推移」は2013年の全国平均で61.7%となっています。しかし「住宅の種類」への質問に対して「持ち家」と答えた人は81.7%とちょうど20%多くなっていました。

加えて、「未・既婚」についての問いを見てみると、未婚率は14.4%で、離・死別を含めた既婚率は85.5%に登っています。

 

ここで「平成27年国勢調査」のデータを見てみると、未婚率は 27.3%となっています。国勢調査ではほぼ未婚となる15~17歳も調査対象となっているため単純比較はできませんが、10%以上の開きがあることが分かります。

さらに「世帯構成」での差は大きなものになります。「平成27年国勢調査」では単身世帯は34.6%と全世帯の1/3を越えています。しかし、今回の調査では11.4%と平均の1/3を下回っています。

また、回答者の中で専業主婦の割合は無職者39.0%中の47.6%で全体の18.5%となっています。2015年の18歳以上人口が1億407万人で専業主婦世帯が720万世帯であるため、専業主婦の人口に対する割合は7%に及ばず、こちらも10%以上の隔たりがあります。

 

◆「調査方法」の示すもの

今回の世論調査は全国の市区町村に居住する満18歳以上の日本国籍を有する者10000人を対象として行われ、5969人から有効な回答を得たとされています。調査方法は内閣府の公式サイトによると調査員が選ばれた方々のご自宅に訪問して、ご本人に面接して質問し、ご回答をいただきます」とのこと。

 

つまり、有効な回答は「直接訪問を受け、対面で回答が可能な人」のものに限られるということで、その数は全体の6割を切っています。結果としてより回答することのできた、「持ち家」で「世帯持ち」の「既婚者」で「専業主婦世帯」の人の回答がクローズアップされたということになります。

 

 高齢者の割合が半分近いことを考えても、結婚していて、妻が専業主婦として暮らすことができ、家も持っている人の割合が平均よりも高い中での「現在の生活に満足」が過去最高だったということには留意する必要があります。

 

 今回の調査結果に対し、これらの偏りから何らかの「捏造」や「改ざん」が行われたと言うことはもちろんできません。しかし経済的な理由から恋愛や結婚、出産を躊躇する若い世代が増えている事は繰り返しBUZZAP!でも指摘してきたとおり。

61年前の1957年から現在までに日本の家族構成や家庭環境は大きく変化しましたし、「失われた20年」の中で「氷河期世代」などの苛烈な就職状況に追い込まれた世代も発生しました。

 

この調査から、結婚できず、賃貸住宅で独り暮らしをしながら残業や休日出勤などの長時間労働を強いられ、調査員の訪問を受けられないような層の声が滑り落ちている可能性は排除できません。

 

 少なくとも、今回の世論調査で「過去最高の『現在の生活に満足』」を誇ったり、「緩やかな景気回復が続いていることや雇用・所得環境の改善が背景にある」とだけまとめて終わりにする事は、現実社会の変化から目を逸らしていると言わざるを得ないでしょう。

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暴力団の疑惑を追う

2018年08月28日 | 社会・経済

『ケチって火炎瓶』 安倍首相と暴力団の疑惑を追う山岡俊介氏が階段から転落 右肩骨折、頭部7針の本人に直撃インタビュー

    MyNewsJapan 林 克明  00:19 08/28 2018

 

 8月7日夜9時ごろ、新宿駅東口のアルタスタジオ横の階段から、ジャーナリストの山岡俊介氏が転落し、重傷を負った。14段下の踊り場まで一気に転がり落ち、通行人が見つけて救急車を呼び東京女子医大に搬送。右肩骨折、頭部7針を縫い、右膝は腫れ上がり、8月27日現在もまだ回復していない。転落する約2ヶ月前から山岡氏は、主宰するサイト『アクセスジャーナル』で、安倍首相の大スキャンダルを連日報じていた。その疑惑とは、安倍事務所が1999年4月の下関市長選で、暴力団と関係の深い人物に選挙妨害を依頼。しかも安倍晋三自身が選挙妨害実行者と直接面談し、事後処理に係っていたことを含む物証(3通の文書)も公開していた。当事者の証言動画や、安倍首相と選挙を妨害した人物を直接会わせたという元筆頭秘書の発言録音もある。転落事故について山岡氏本人から話を聞いた。(記事末尾で獄中から安倍首相宛の嘆願書ダウンロード可)

 

【Digest】

◇第一報の衝撃 安部首相疑惑追及の記者が重症

◇安倍首相「選挙妨害・自宅放火事件・暴力団関係」とは

◇転落現場の階段に駆けつけた

◇山岡氏宅前に立つ不可解な人物

◇「ゆっくりと自分が落ちていくと認識しながら落ちた」

◇監視カメラがない階段だった

◇武富士事件と同様に記者クラブメディアは沈黙するが・・・

 

 

◇第一報の衝撃 安部首相疑惑追及の記者が重症

  8月10日、前日に投稿された以下のツイートに目が釘付けになった。       

 寺澤有‏ @Yu_TERASAWA · 8月9日

【第1報】7日21時ごろ、山岡俊介さん @yama03024 が新宿のスタジオアルタの地下階段を降りようとしたところ、体が飛ぶようにして転落。救急車で病院へ運ばれ、右肩骨折、頭部7針を縫う重傷。「誰かに押された記憶はないが、どうしてあんなところで飛ぶのか」と話している。某事件との関係は不明。

 投稿者は、安倍首相にまつわる「某事件」を山岡氏とともに取材したジャーナリストの寺沢有氏である。

 いやな予感がした。長年にわたり事件取材を続けてきた山岡氏の身に起きた過去の事件を、筆者はすぐに思い起こしたからだ。

 2005年7月、何者かによって山岡氏の自宅が放火されている。さらに2007年8月には、脅迫状とカッターナイフが送りつけられた事件もあった。

 脅迫状などから、いずれも取材や記事に起因する事件であることがわかっており、山岡氏は「犯人のめどはついている」と言う。当時、そのことを警察にも伝えているが、放火・脅迫状とカッターナイフの両事件は、今もうやむやになったままだ。

 また、警視庁が、犯歴情報という個人情報を消費者金融の武富士に流し、武富士からはお中元お歳暮などが出ていたほか、個人の信用情報を警察に流していた事件(いわゆる武富士事件)も、山岡氏は積極的に取材していた。

 武富士事件は、問題ある企業と警察の癒着という大スキャンダルだった。その取材をしていた山岡氏の自宅電話は、武井保雄武富士会長の指令によって、盗聴されていたことも判明した。

 山岡氏は、取材者であるとともに、盗聴の被害者だったわけだが、逆に新宿警察署より、任意捜査という名の取り調べを連日受け、新宿警察署の田中刑事から「お前は銀バエだ」などと罵声を浴びせられた(03年5月23日午後)。

 自らの不正を隠蔽するために警察は、武富士に対する恐喝未遂事件をでっち上げ、逆に山岡氏を逮捕しようと試みていたのである。

 しかし、山岡氏自宅電話の盗聴を指示していたとして、武富士の武井保雄会長が03年12月2日、電気通信事業法違反容疑で逮捕され、形成は一気に逆転した。

 武富士も大きな事件だったが、山岡氏が追及している安倍首相の某事件は、民主主義体制の根幹を揺るがす深刻な問題だ。山岡氏の主催するアクセスジャーナルでの連載記事と寺澤有氏の電子書籍 、そして二人の対談を基に、以下で重要部分をコンパクトにまとめた。

 

◇安倍首相「選挙妨害・自宅放火事件・暴力団関係」とは

 

 安倍晋三衆議院議員の事務所が1999年4月の下関市長選で、対立陣営候補(古賀敬章・元衆院議員)の選挙妨害を、暴力団とつながりのある建設会社会長・小山佐市氏に依頼した。

 小山氏は実際に、古賀候補の誹謗中傷ビラを配布した。結果は、古賀氏の落選、安倍事務所が応援した亀田博氏が当選した。

 ところが、選挙妨害活動に対する見返りがなく、特定危険指定暴力団の工藤会系高野組の高野基組長ら関係者とともに、怒った小山氏は、2000年6月から8月にかけて、安倍晋三氏の自宅や後援会事務所など、4か所に、火炎瓶で放火を試みた(小山氏は冤罪を主張)。

 政治家の自宅や関係箇所を火炎瓶攻撃されたにもかかわらず、安倍事務所は警察に捜査を依頼せず、山口県警も動こうとしなかった。

 ところが3年経った2003年11月、放火未遂事件で小山氏と工藤会系高野組の高野基組長が逮捕されたのを皮切りに、関係者複数人が逮捕された。

 当時、今は廃刊した『噂の真相』が、放火事件の背景には、安倍事務所による選挙妨害依頼があった、と報じたが、他のマスコミはとりあげなかった。

 しかしその後、共同通信社が取材して記事化する寸前までいった。ところが2006年9月26日に第一次安倍政権が発足して約一週間後の10月2日、共同通信社は会議を開き、記事を見送ることを決定した。選挙妨害事件という大スキャンダルが握りつぶされたのである。

 翌年2007年3月9日、福岡地裁小倉支部で小山佐市氏に懲役13年、高野組長に懲役20年の判決が言い渡された。

 それでも山岡氏らは追及の手を緩めず、2014年8月、寺澤氏とともに安倍氏の筆頭秘書だった竹田力氏(元山口県警の警視=16年8月死去)のもとを訪れ、トラブル解決のために安倍晋三氏と小山氏を引き合わせたこと、「私が一筆入れました」などの証言を引き出す。

 竹田証言も録音しており、今年7月28日に筆者が主催する講演会(前半・後半で録音の一部を公開した。

 それから4年後の2018年5月10日、事態は急展開する。2月に出所した小山氏が山岡氏に電話したが、つながらず、寺澤氏に電話して、つながった。急遽、山岡・寺澤の両名は下関にとび、5月13日に小山氏を長時間にわたり詳細にインタビューしたのである。

  小山氏本人の証言動画撮影とともに、存在が指摘されていたが現物が公になっていなかった、安倍事務所と小山氏との3つの確認書類を、二人は目にする。つまり、動かぬ証拠が出てきたのだ(3通の文書については、ぜひ山岡氏主催のアクセスジャーナルおよび、寺澤氏の電子書籍で読んでほしい)。

 事件から18年ぶりに当事者がビデオカメラの前で当人しか知りえない事実を証言し、3通の確認書などが出てきたことで、大転換すると思いきや、大マスコミ(記者クラブメディア)は現在も沈黙を決め込んでいる。

 しかし2人のジャーナリストによって、インターネット上で、急激にこの事件の内容が拡散されるようになった。

  その矢先に起きたのが、階段転落“事故”なのである。

 山岡氏が扱っている安倍首相にまつわる疑惑は、深刻な要素を含んでおり、過去の自宅放火事件や脅迫・カミソリ事件があるだけに、まずは転落現場を確認し、山岡氏本人に事情を聞かねば、と筆者は新宿に向かった。転落からは3日たっていた。

 現場は、新宿駅東口駅前のアルタスタジオに向かって左側の階段だ。地下通路や、地下鉄駅へと通じている。14段の階段の下には広い踊り場があり、さらに右方向に階段が続く。

  特別に急な傾斜ではなく、ビルの階段としては標準的な段差で、角度もごくふつうだ。

 新宿駅前だから、そこそこ人通りはあるものの、新宿駅ビルに直結する階段のような膨大な人々が利用するほどでもない。微妙な人通りの階段である。つまり、駅ホームに直結する階段よりは、はるかに人が少ない。

 14段降りた踊り場には、ポタポタと液体が垂れたようなシミが付着していた。かなり出血したというから、山岡氏の血液跡だろうか。すぐにでも山岡氏に会わなければ、と2度電話するも、留守電だった。

 新宿を跡にして別の場所に移動したが、気になって、その日の16時5分に再び山岡氏に電話した。ようやくつながると山岡氏は、

  「事故だとは思うんですけど・・・」

 と小さな声で、控えめな答えが返ってきた。その声を聞いて、逆に、今すぐ会いにいかなければ、と彼の自宅へ向かった。

 ◇山岡氏宅前に立つ不可解な人物

  山岡氏宅が経つ界隈は、ふしぎな街並みである。裏町的な雰囲気もするし、古い東京の趣もある。

 住所をたよりに自動車も通れないような路地を進むが、行き止まりもあり、すぐには家を探し当てられなかった。

 この辺りだな、と思う地点にきて右方向を見ると、若い男が立って何かしているような感じだ。周囲にはまったく通行人がいないのでなんとなく目立つ。

 さらに歩みを進めると違う番地になってしまったため、再び戻ると、2分ほど前に見た男がまだ立っていた。スマホか何かをいじっているような様子だったが、細かな動作は覚えていない。

 そちらの方向に私が歩き始めると、男はきびすを返し、その先にある石段を登り去っていった。

 歩みを進めるとようやく、山岡宅を見つけた。先ほどまで男が立っていた場所の前が山岡氏の自宅だった。

 16時55分、気になったので時刻を確認した。

 ◇「ゆっくりと自分が落ちていくと認識しながら落ちた」

  ちょうど2週間前の7月28日に、筆者が主催する講演会「いま話題の安倍首相・重大キャンダル~安倍晋三氏(あるいは安倍事務所)は、本当に選挙妨害を暴力団関係者(当時)に”発注”したのか?に、この問題を取材した山岡氏と寺沢有氏を招いて事件の詳細を語ってもらったばかりだ。

 2週間ぶりに見る山岡氏は、疲れているように見えた。右の目じりが紫色になり、明らかに内出血しているのがわかる。あとで聞いたら右目の視力が一時低下したという。

  右肩は骨折して少し赤くはれ上がっている。右前頭部は縫い針の痕が、なまなましい。

 ――いったいどうしたのですか。第一報を聞いたとき、泥酔して転落したんじゃないか、とも一瞬思ったのですが。

 「当日は裁判の件で弁護士と打ち合わせしていました。カルピスなんとかというのを一杯飲んだだけで、酔ってなどいません。

 打ち合わせ終了後、スタジオアルタと『カフェ・ド・ボア』という喫茶店の間にある階段を下りて、地下鉄で帰宅しようとしていたんです」

  ――人にぶつかったとか背中を押されたよう感覚はありましたか.....

 

この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。

 


残念でした~
でも、これだけでいいとこわかります。
総裁選を前にして
・・・・・でしょうか!?

 

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東京五輪、「暑さ」よりも社会が五輪一色になる「熱さ」

2018年08月27日 | 社会・経済

東京五輪“総動員”体制に早大生がパロディサイトで痛烈皮肉!
西日本新聞も五輪の同調圧力を真っ向批判!

リテラ 2018.08.26

   一体、誰のためのオリンピックなのか──。2020年開催の東京五輪に対し、疑問の声が噴出している。極暑対策として「打ち水」やサマータイム導入を打ち出したかと思えば、大会期間中はネット通販を控えろだの、銀メダルの原材料が足りないから回収を強化しろだの、ボランティアを集めるために大学・高専の授業や試験期間を繰り上げろだのと、「五輪開催のために国民は犠牲を払え」と押し付けてばかり。「これは戦時体制に慣らすための予行演習なのでは?」と思わずにいられない。

 

 実際、最近は早稲田大学2年生の学生が作成したという「東京五輪学生ボランティア応援団」なるサイトが話題を呼んでいる。

 

 このサイトでは、さんざん〈1兆円以上もの予算を提示しながらボランティアにはたとえスキルがあろうが無かろうがびた一文出さない組織委の倹約精神〉や〈戦中の金属供出を彷彿とさせる都市鉱山からのメダル製作〉、〈どう考えても耐え難いであろう酷暑に対して打ち水で挑もうとする竹槍根性〉、〈問題は山積しているというのに未だにやりがいや絆や感動などといった聞こえのいい言葉に簡単に騙されてしまう国民〉などと問題点を指摘した上で、〈これらの要素が揃えば、美しい国・日本は世界に誇る自己犠牲の精神をもって最高の五輪を実現できるに違いない〉〈皆さん、この素晴らしい我が国の、威信を懸けた祭典のためにぜひ身を賭して貢献しようではありませんか! 東京五輪、万歳! 日本、万歳!〉と、まったく見事に東京五輪に向けた動きが戦時下そっくりのかたちであることを見抜き、盛大に皮肉っている。

 

 少しずつ人びとが感じはじめている、「これでいいのか?」という東京五輪への疑問、違和感。しかし、その一方でなぜかメディアは問題点を真正面からは取り上げず、盛り上げムードの醸成に力を入れるばかりだ。

 

 だが、そうしたなかで、東京五輪に疑義を呈した新聞がある。

 

●椎名林檎「国民全員が組織委員会」にNOを突き付けた西日本新聞の勇気

 

 それは、8月5日付けの西日本新聞に掲載された、永田健・論説副委員長によるコラム。文章は、冒頭から〈今回のコラムは大多数の読者から賛同を得ようなどと大それたことは考えていない〉と断った上で、こうつづくのだ。

 

〈東京五輪の開催まで2年に迫った。競技会場が予定される各地で「あと2年」のイベントが開かれ、テレビもしきりに「待ち遠しいですね」と呼び掛ける。

  私はといえば、全然待ち遠しくない(個人の感想です)〉

 

 東京五輪が「全然待ち遠しくない」──。永田論説副委員長の「個人の感想」とはいえ、新聞やテレビといったメディアでお祭りムードに水を差すような意見を打ち出すことは異例中の異例、いや、はじめてのことではないだろうか。

 

 しかも、この西日本新聞のコラムは、他の新聞・テレビが踏み込まない問題も指摘する。

 

〈私が東京五輪で懸念するのは、「暑さ」よりも「熱さ」の方だ。国民こぞって五輪を盛り上げましょう、という「熱さ」。開催期間前後、社会が五輪一色になる「熱さ」である〉

 〈さらに心配なのは、その「熱さ」が「日本人なら五輪に協力して当然。何しろ国民的行事なのだから」という「圧力」に転じることだ。日本社会に根強い同調圧力が一層強まりそうだ〉

 

 そして、このコラムは、〈五輪の式典演出に関わる人気ミュージシャンが昨年、インタビューで五輪反対論に触れ〉たことを紹介し、そのミュージシャンの「もう国内で争ってる場合ではありませんし」「いっそ、国民全員が組織委員会。そう考えるのが、和を重んじる日本らしい」という言葉を引用している。この人気ミュージシャンとは、言わずもがな椎名林檎のことだ。

 

 東京五輪に反対する意見や懐疑的な声を「もう決まったこと」「和を乱すな」と言って封じ込める──。そうした流れに、このコラムは〈「国民全員が組織委員会」…。それはちょっとご辞退申し上げたい〉とはっきりNOを突きつけるのである。

東京五輪を一切批判せず五輪協力への同調圧力装置と化す新聞・テレビ

  新聞やテレビが会場問題やサマータイム導入問題などには疑義を呈することはあっても、このような東京五輪に対する「自国開催は誇らしいこと、喜ぶのは当然」「国民的行事なのだから協力は当たり前」などという「同調圧力」に、社の意見を執筆する論説委員が疑問を投げかけるなどということはほとんどないだろう。なぜなら、新聞・テレビこそが「2020年が待ち遠しい!」という社会の空気をつくり出し、異論を排除しているからだ。

 現に、テレビではこうした論調はまったく見ないし、新聞も読売や産経はもちろんのこと、朝日や毎日でさえ個別の問題を批判的に取り上げることにも及び腰で、ましてや西日本新聞のように「東京五輪が待ち遠しくない」などと踏み込むことはしない。せいぜいインタビューで識者などが熱狂ムードに釘を刺す程度だ。

 なぜ、リベラルな新聞までもが“国策”である東京五輪にまんまと乗っかっているのか──。その答えは簡単だ。大手新聞5社は、東京五輪のスポンサーに名を連ねているからである。

 これまで、五輪のスポンサーは読売新聞1社が独占契約をおこなう交渉がつづいていたが、そのオフィシャルパートナー契約は少なくとも50億円といわれ、読売単独では巨額すぎた。そのため日本新聞協会がスポンサー契約をする案が浮上したが、計130社が加盟する協会では足並みが揃うことはなかった。そこで新聞各社が個別契約することになり、2016年1月に「オフィシャルパートナー」として朝日新聞、日本経済新聞、毎日新聞、読売新聞東京本社の4社が契約を締結。今年1月に「オフィシャルサポーター」として産経新聞社、北海道新聞社が新たに契約した。

 言論・メディア企業各社が東京五輪のスポンサーになることで、五輪の不祥事や問題点をきちんと報じることができるのか。そうした懸念は当然のことだが、実際、大会組織委が報道に“圧力”をかけようとしたこともある。

森喜朗が五輪不祥事を報道した東京新聞に「スポンサーから外せ」と圧力

 大会組織委は朝日、日経、毎日、読売の4社と契約した後、中日新聞、北海道新聞、西日本新聞などのブロック紙と交渉を進めてきたが、そうした最中に中日新聞東京本社が発行する東京新聞は新国立競技場の建設問題をはじめとして五輪絡みの不祥事を追及。そのことに大会組織委会長の森喜朗が立腹し、契約交渉のなかで「東京新聞を外せ」と圧力をかけたのだ。

 この問題を取り上げた「週刊新潮」(新潮社)2016年4月14日号によると、森会長はこんな横やりを入れてきたという。

「今年2月、そろそろ正式に契約を結ぶという段になって、森さんは電通を通じてこんなことを言ってきたのです。“中日新聞社のうち東京新聞は国立競技場問題などを批判的に書いてケシカラン。組織委としては、五輪に批判的な東京新聞は外して、中日新聞とだけ契約したい”と」(「週刊新潮」より中日新聞関係者のコメント)

 しかも、森会長だけでなく大会組織委の武藤敏郎事務総長も「スポンサーが五輪を批判するのはおかしい」と発言したといい、こうした露骨な圧力を受けたことで中日新聞はスポンサーから撤退したと見られている。だが、これは中日新聞に限った話ではない。森会長や武藤事務総長の言動を見れば、スポンサーとなった新聞社はこのような大会組織委からの圧力に晒されているということが十分に考えられるからだ。

 五輪を大義名分にして国民に強いる“自己犠牲の精神”は、戦時体制をつくり上げた国家総動員の再来だ。にもかかわらず、新聞社が大会スポンサーに成り下がって“盛り上げ役”となり、その問題の根深さ、危険性に警鐘を鳴らして正面から批判できないのならば、戦争に加担した負の歴史と同じことを繰り返しているようなものだろう。(編集部)


朝顔
ヘブンリーブルー

るこう草

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2018.落葉キノコ出る

2018年08月26日 | 野菜・花・植物

そろそろかなと思い、裏山のササ刈をしました。
期待はしていなかったのですが、釧路のブロガーさんのところではすでに出ているとのこと。
昨日の雨で出てきたようです。
まだ、傘も開かない、虫も入っていないいいキノコです。

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新十津川駅に2両編成

2018年08月25日 | 社会・経済

 

ホームぎりぎり 新十津川駅に2両編成 東京の学生ら貸し切り

新十津川駅に到着した札沼線の観光列車。2両編成だったためホームの長さがぎりぎりだった
新十津川駅に到着した札沼線の観光列車。2両編成だったためホームの長さがぎりぎりだった

 【新十津川】JR札沼線終着駅の新十津川駅に21日、東京の大学の鉄道研究会のメンバーら約100人が乗車した貸し切りの観光列車が、異例の2両編成で到着した。町によると、かつてお座敷列車などの観光列車が走ったことはあるが「最近20年くらいはなかった」と言い、廃線が決まった場合、鉄道ファンの関心が高まり同様の観光列車が増える可能性もあるとみている。

 JR北海道などによると、列車は千歳線の南千歳駅を出発し札幌駅、桑園駅を経由して新十津川駅に午後2時30分ごろに到着した。

 通常ダイヤの合間を縫って走るため、新十津川駅での停車時間は数分程度で、すぐに折り返して月形駅に止まった後、札幌駅で全員が下車したという。

 今回は乗客が多く、通常1両で走るキハ40の車両を2両つなげたためホームは長さがぎりぎりに。新十津川駅に2両編成が入るのは極めて珍しく、列車到着の情報を知った鉄道ファンが駅に集まり写真に収めていたという。

 JRによると、普通列車の貸し切り料金は運賃の乗車人数分。今回のコースだと運賃は1人4130円。2カ月前までの申し込みが必要で「参加人数やコースによって利益が見込まれる場合に運行する」としている。(久保田裕之)


 

台風19号、20号のアベック台風、温帯低気圧に変わったが、道南を中心に被害が出ている模様。
被災された皆さまにはお見舞い申し上げます。
 台風が雨台風になるのか、風台風になるのか、大変気になるところでした。
というのも、十数年前の台風が風台風で、ハウスの倒壊、家屋の屋根のトタンが飛ばされるなどの被害を受けたからです。
 台風は北海道にはあまり来ないものと思っていたのですが、最近多くなっています。
しかも、日本海側にまで来るようになってきました。これは風台風になりやすいので要注意です。

大好きなスイカをたくさんいただきました。
中身が赤と黄色。

わたしも数本植えてはいるのですが、まだまだです。

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「使い倒す働かせ方」こそ・・・

2018年08月24日 | 社会・経済

過労自殺医師の遺族警告
「女性排除 男性の命も削る」 女性医師次々去り負担集中

  東京新聞 2018.08.22

 

   医学部入試で女子受験生の点数を一律に低くし、合格しにくくしていた東京医科大の問題では、出産や子育てで働けない時期のある女性医師を敬遠する医療界の差別的な体質が浮かび上がった。「女性の排除は、働き方改革を妨げ、男性の命にもかかわる」。十九年前に小児科医の夫を過労自殺で亡くし、現在は講演活動などに取り組む中原のり子さん(62)=東京都中央区=は警告する。 (柏崎智子)

 中原さんの夫、利郎さんは一九九九年八月、勤務する都内の病院の屋上から飛び降りた。四十四歳だった。遺書には、人手不足のため三十時間以上連続勤務となる当直を月に数回こなす疲労の蓄積や、女性医師が増える中で、結婚・出産の際に他の医師にかかる負担が放置されている状況への苦悩がつづられていた。

 六人の小児科常勤医のうち、男性は利郎さん一人だった。部長代理になった同年二月、前部長の六十代の女性が定年退職。三月には五十代で当直もこなしていた女性医師が、両親の介護と両立できず病院を去った。

  追い打ちを掛けたのは、半年の育児休業から戻る予定だった若い女性医師の退職だった。乳飲み子がいるのに、病院から「月四回以上の当直をこなせない医者は辞めてほしい」と迫られ、退職せざるを得なくなった。現在、都内で開業するこの医師は「百パーセントを要求されなければ働き続けたかった。辞めて十数年はパートしかできなかった」と振り返る。

 利郎さんはこの医師が子育てと両立できるよう当直を二回にする提案書を書いたが、病院へ出せなかった。中原さんは「そんな雰囲気ではなかったのでしょう。日中だけでも働いてもらえたら、もう少し楽だったはず」と思いやる。

 六人から三人となり、利郎さんの当直は月八回に。心身の状態が悪化し八月、「仕事を辞めたい」と家族に漏らした。「退職を病院へ伝える」と約束し出勤した十時間後、身を投げた。

 中原さんは「女性医師が働き続けられない職場では、男性医師も馬車馬のように働かされている。入試で女子受験生を排除したのは、医師の働かせ方を変える気がない証拠」と話す。

 さらに「東京医科大だけの問題ではない」と指摘。利郎さんの死後、医師になった長女の智子さん(36)は「女医は妊娠・出産で迷惑をかけるから、三倍働け」という暴言にさらされた。のり子さんも「東京過労死を考える家族の会」共同代表として各地で講演する中で、女性医師の悲鳴のような声を聞く。埼玉県のある三十代の小児科医は「人の子どもの命を預かるが、私は子どもを持つどころか結婚さえ許されない労働環境」と打ち明けた。

  のり子さんは訴える。

 「入試不正の問題が明らかになったのを機に、男性も女性も使い倒す働かせ方を本当に改善してほしい。それが夫の願ったことです」

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たかが漫画、されど漫画

2018年08月23日 | 映画

『名探偵コナン ゼロの執行人』の公安礼賛がヒドい! 元公安担当記者・青木理が大ブレイクの“安室透”に絶句

  リテラ 2018.08.22

 

  「安室透ブーム」なるものをご存知だろうか。アニメ化もされている人気マンガ『名探偵コナン』(青山剛昌/小学館)のキャラクター・安室透。その人気が最近ブレイクし、一種の社会現象となっているのだ。

 『名探偵コナン』シリーズといえば、主に小中学生を中心とした子ども向けマンガではあるが、安室透なるキャラは大人の女性にも絶大な人気を博している。8月9日発売の『女性セブン』(小学館)合併号では、巻頭でキムタクと並んで安室特集が組まれ、安室を主人公にしたスピンオフマンガ『ゼロの日常』(新井隆広/小学館)は発売から1週間足らずで60万部を突破。作者の地元である鳥取の空港には安室のオブジェまで立てられたという。少し前には、『ゼロの日常』の作者がイラストをツイッターに投稿したところ、そのイラストに安室と女性が一緒に収まっていたことを理由に「女性とのツーショット画像が流出」と騒ぎになって謝罪に追い込まれるという、どうでもよすぎる“炎上騒動”まで起きている。

 そして安室をフィーチャーした映画『名探偵コナン ゼロの執行人』も4月の公開以来大ヒット。いまなおロングラン上映が続きシリーズ最大のヒット、7月はじめには興行収入85億円を突破し上半期映画興行収入第1位となり、シリーズ初の「邦画年間第1位」まで視野に入っている。

 その安室なるキャラ、普段はコナンが居候する毛利小五郎の弟子の私立探偵であり、喫茶店ポアロの店員として生活しているが、実は警察庁警備局の秘密組織“ゼロ”に所属する「降谷零」が正体だという設定。ようは公安警察なのだが、これに女性ファンが熱狂しているのだ。

 ●「安室の女」「執行女子」と呼ばれるファン、応援上映の熱狂

 彼女たちは「安室の女」と呼ばれ、映画のヒットも牽引。安室を「100億の男」にする(=興行収入100億円を突破させる)ために繰り返し映画を鑑賞し、そうしたリピーターは「執行女子」とも呼ばれているらしい。

  なかでも彼女たちの心をつかんでいるのが、安室が映画終盤に口にするこんなセリフだという。「僕の恋人は、この国さ」――。

 このセリフを聞くだけでも、背中がぞわぞわしてくるが、いったいどんな映画なのか、都内で「応援上映」なるものがあるというので覗いてみた。上映中にペンライトを振ったり、掛け声をかけることができるというイベントで、すでに公開から数カ月経つというのに館内はほぼ満席。大半は女性だが、コスプレ姿のいかにも濃いファンから制服姿の女子高生、さらには20代、30代の仕事帰りと思しき女性まで幅広い層が訪れている。

 映画のストーリーは「東京サミット」を目前に控え、東京湾岸の埋立地に新しく完成したIR(カジノも備えた統合型リゾート)で原因不明の爆発が起きるものの、最終的にはコナンと安室が協力して真犯人を解明し、大規模テロも未然に防いで一件落着という、単純なもの。しかし、すごいのは、観客の熱気だ。

 観客の大半がリピーター=「執行女子」なのか、人気キャラが登場するたびに「コナン君っ!」「小五郎っ!」などと声援があがり、機動隊の装甲車が登場した際は「機動隊っ!」という意味不明の掛け声までが飛び交う。

 なかでも安室人気は確かに凄まじく、安室と思しき人物の足元が映っただけで「キャーーッ!」と大歓声。なかでもひときわ激しい歓声があがったのは、安室が「俺の、恋人は……この国さ」とタメにタメて例の決めゼリフを放ったときだった。安室のカラーだという黄色いペンライトが劇場中で振られ、まるでアイドルのコンサート……。

 いや、でもちょっと待ってほしい。アニメとはいえ安室の正体は公安。アイドルのように歓声を浴びせ、手放しでヒーロー視するような対象なのか。そもそも実際の公安は、こんなカッコいい代物ではなく、むしろ様々な危険性や問題点を指摘されている組織だ。それをここまで礼賛、するというのは、いくらなんでもやばいんじゃないのか。

青木理に『名探偵コナン』“安室透”を無理やり観させたら…

 そこで今回、本サイトは元共同通信の公安担当記者でジャーナリストの青木理氏に、嫌がるのを説得して無理やり『ゼロの執行人』を観てもらった。ちなみに、青木氏の著書『日本の公安警察』(講談社現代新書)は、安室透の公式ファンブックで参考文献にも挙げられている。

  鑑賞後、さっそく青木氏に話を聞くと、困惑しきった表情でこう口を開いた。

 子ども向けのアニメにいちいち目くじら立てたくないけど、あまりの公安礼賛に正直絶句しました(笑)。安室透だっけ? たしかに警察庁警備局には“ゼロ”のような秘密組織はありますが、中途半端にリアルっぽく見せているだけで、現実とはまったく違います。僕の本も含め、公安本や小説などを読み漁って、つぎはぎしたのでしょうが、根本的なことがわかっていない。まず、細かいことで言えば、サミット警備の現場を担うのは地元の都道府県警であって、都内なら警視庁の公安部や警備部。安室が所属するという警察庁はキャリア官僚ばかりですから、現場で捜査や警備に当たることはありません」

 映画では、その安室が縦横無尽に活躍し、人工衛星を警察庁に墜落させるというテロを間一髪のところで防ぐ筋立てになっている。実際の公安もこんなふうにテロを未然に防いだりしているのか。巷では「無用の長物」「金食い虫」「予算の無駄遣い」という悪口しか聞かないが……。

 「実際に公安警察がテロを防いでいるかどうかはわかりません。彼ら自身、『未然に防いだテロは永遠に知られない』なんて自画自賛してるくらいですから(笑)。でも、現実にはほとんどないんじゃないですか。公安警察が大金星的にテロ集団を摘発した例として有名なのは、1970年代に連続企業爆破を起こした東アジア反日武装戦線ぐらい。一方、オウム真理教の一連の事件はまったくノーマークで防げなかった。1995年のオウム事件当時、僕は警視庁記者クラブで公安警察を担当していましたが、オウムについて公安警察は事前にまったく動いていませんでしたから

 

 では、いったい公安は具体的に何をしてきたのか。映画の中では安室も盛んに「国のため」と言っていたが……。

 

「公安警察は、戦前・戦中の特高警察の流れを組む思想警察の性格が強い組織です。戦後は、長く続いた東西冷戦体制を背景とし、“反共”を最大の存在意義にして予算や組織を膨張させてきた。ようは共産党や新左翼セクトの監視活動に膨大な人と金を注ぎ込んできたわけです。対象組織の内部に『協力者』と呼ばれるスパイを作ったり、果ては組織ぐるみの違法盗聴や爆破工作にまで手を染めたこともあったほど。ところが、冷戦終結後も同じような活動を延々と続け、警察内でも公安警察の存在意義に疑問の声が出はじめた。もともと警察内で公安部門はエリート意識が強く、けた外れの人員と予算を独占していましたから」

 しかもオウム事件で無能ぶりをさらしたことで、「多額の予算を消費するだけで何の役にも立たない」という公安への風当たりはさらに強まった。存在理由を失った公安が膨大な予算と人員を死守するため、新たに目をつけたのが「テロ対策」だという。

 「米国で起きた2001年の9.11事件に便乗し、翌年には国際テロ対策と称して警視庁公安部に外事3課を新設しました。鳴り物入りで200人以上の捜査員を配置しましたが、現実にはモスク(イスラム寺院)に出入りしているムスリム(イスラム教徒)をかたっぱしから追い回すだけ。挙句の果てには彼ら、彼女らの個人情報を満載した捜査資料をネット上に流出させる大失態を犯しています。ようするにこの十数年の公安警察は、組織と予算、権益を守るのに汲々としてきたのが実情でしょう」

 公安・安室透を英雄視する『ゼロの執行人』に欠けている視点

 ようは公安が「国のため」「国を守る」などと言っているのは大嘘で、その実態は自分たち組織の予算や権益を守っているだけということなのだ。

 そう考えると、今回の『名探偵コナン ゼロの執行人』は、公安にとって「組織維持と拡大」の格好の宣伝映画になったともいえるだろう。安室の女性ファン=「安室の女」は興行収入を上げるために映画を観に行くことを、安室が公務員であることにちなんで「納税する」と言っているらしいが、ある意味、的を射た表現なのかもしれない。

 もうひとつ、安室は、作品中でも証拠の捏造、盗聴、でっち上げ逮捕……等々、違法捜査のオンパレードで“事件解決”にこぎつけるのだが、いささかの逡巡もなく「自ら行った違法作業のカタは自らつける」などと見得を切る。再び青木氏が苦笑して言う。

 「ああいう違法捜査の描き方だけは実態に近いかも(笑)。警察官の手を払っただけで逮捕っていう場面が映画にも出てきたでしょう。実際に『転び公妨』って呼ばれる公安のお家芸があって、狙った人物を公安警察官が取り囲み、1人か2人がいきなり転んで『公務執行妨害だ!』といって逮捕してしまう。ただ、これも非常に気になったのは、映画の登場人物が『公安お得意の違法捜査』を半ば自慢げに語り、作品全体を通じても肯定的に描かれていたこと。ああいう違法捜査も『国を守るためならアリ』というニュアンスがプンプンと漂っていた」

  こうした描き方に、青木氏は大きな問題を感じたという。

 「公安警察が仮に治安維持の任務に当たっているとしても、行き過ぎれば重大な人権侵害を引き起こす。テロは確かに怖いかもしれないけれど、国家の治安機関の暴走はテロよりはるかに怖い。実際に戦前・戦中の日本はそうだったし、今だって北朝鮮や中国を見れば分かるように、治安機関の力が強大な社会はロクなもんじゃない。いわば諸刃の剣である治安組織が内包する危険性、負の側面に触れないのは、いくら子ども向けのアニメとはいえ、表現作品としてどうなんだろうと思ってしまいますね」

 青木氏が言う通り、公安をここまで礼賛する映画も珍しい。そもそも日本には警察をヒーロー視するドラマや映画があふれかえっているとはいえ、たとえば『相棒』(テレビ朝日)などは公安の暗部をそれなりに描いてきた。『外事警察』(NHK)や『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』(フジテレビ系)といった公安を主役にしたドラマでも、「自分たちが守っているのは何か」「本当に国民を守っているのか」といった逡巡が多少なりとも描かれた。

 「アニメや特撮ものだってそうでしょう。かつての『ウルトラマン』や『ゴジラ』にしても、最近では宮崎駿監督の一連の作品も、作中には反戦や人権、環境保護といった人類共通のヒューマニズム的な要素が通奏低音のように流れていた。だから世界的にも高く評価されたのでしょう。でも、今回のコナン映画の通奏低音は何ですか。国を守る? 愛国? 少し前に賛否両論を巻き起こした『シン・ゴジラ』だって、左右どちらの解釈もできるような多層性があり、これほど単純じゃなかった」(青木氏)

 安倍応援団?『コナン』のカジノ推しとセガサミーの協力

 しかも『名探偵コナン』がここまで公安礼賛になっているのは、たまたま、安室という公安捜査官のキャラを出したらヒットしたから悪乗りした、というだけでもなさそうだ。

 『名探偵コナン』シリーズのアニメ映画をみていると、どうも政権や権力機関のPRのにおいがちらつくのだ。たとえば、2013年に公開された映画『名探偵コナン 絶海の探偵』も防衛省と海上自衛隊が全面協力し、自衛隊の最新鋭イージス艦を登場させていた。

 そして、今回の『ゼロの執行人』も、物語で重要な舞台となっていたのは「東京サミットの会場」であるIR(統合型リゾート施設)、あのカジノ法で設置が認められたカジノ施設なのだ。物語の後半では、テロの危機から逃れる人びとをわざわざカジノに避難させ、クライマックスの舞台となるのもカジノ。

 この映画が公開されたのは4月半ばで、カジノ法は、成立どころか国会での審議入りすらしておらず、むしろ国民から厳しい批判を浴びていた。ところが、作品中ではすでにカジノが日本に存在するのを当たり前であるかのように華やかに描かれている。

 しかも、エンドロールでは、撮影協力者としてセガサミーの社名まで刻まれている。ご存知の通り、同社は安倍首相とは蜜月の関係にあり、政権がカジノ法をごり押し成立させたことを受け、その運営者になることも有力視されている。これははたして、たまたまなのだろうか。

 これまで述べてきた公安礼賛もそうだ。安倍政権は特定秘密保護法や盗聴法、共謀罪といった強力無比な“武器”を公安に次々投げ与え、その“恩”に報いるかのように公安は首相の政敵や政権批判者を監視する謀略機関化の色彩を強めている。そんななかで、いくらキャラクターが当たったからといって、ここまで露骨な公安礼賛の映画をつくるというのは、製作者側にそういう権力礼賛、安倍応援団的な志向があるとしか思えない。

 しかも、それ以上に気になるのは、こうした公安プロパガンダ・アニメが邦画興行収入1位を独走し、「僕の恋人は、この国さ」という決め台詞を口にする公安捜査官が社会現象まで引き起こすほど人気を博しているという事態だ。このバーチャルな熱狂が、現実の政治、警察国家化に反映されないという保証はどこにもない。(編集部)


 こんなものに熱狂する心理がわからない。でも昨日紹介した「沖縄スパイ戦史」も「万引き家族」も大いに奮闘している。まだ希望はある。

 トウキビに実が入りだし、害獣対策しなければと思っていたが1日遅かった。昨日30本ほどもやられてしまった。

今年は、あまり生育が良くなく、まともなのが少ない中、まともなやつばかりやられてしまった。

しかし、これほどきれいに食べるやつもめったにいない。
今日、網を張って、トランジスターラジオをONにして置いてきた。

 

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ドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」

2018年08月22日 | 映画

 

【三上智恵×倉田真由美】 ドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」 しゃべれない沖縄

 

大矢英代さんに聞いた:

  戦後73年。今こそ「沖縄戦」から学ぶべきことがある

   By マガジン9編集部   2018年8月8日

    現在、全国で公開中の映画『沖縄スパイ戦史』。住民を動員して行われた「スパイ戦」、強制移住によって多くの住民が犠牲になった「戦争マラリア」など、これまでほとんど知られていなかった沖縄戦の側面を、多くの人たちの証言で描き出すドキュメンタリーです。この映画を、マガ9でもおなじみのジャーナリスト・三上智恵さんとともに監督したのは、三上さんの琉球朝日放送での後輩でもある大矢英代さん。弱冠31歳という若い世代の彼女が、なぜ今「沖縄戦」を取り上げたのか。沖縄との出会い、取材の中で感じたことなど、お話をうかがいました。

 責任感と悔しさ。留学先のアメリカで出会った「沖縄」

 ──三上智恵さんと共同監督された、沖縄戦がテーマの映画『沖縄スパイ戦史』が公開中です。大矢さんはもともと千葉のご出身ですが、沖縄とのかかわりはどこから始まったのですか。

 大矢 大学3年生のとき、アメリカのカリフォルニア大学に留学したんです。そこで、アメリカ人外交官が特別講師を務めるあるワークショップに参加したのがきっかけでした。彼は対日政策を専門にしている外交官だったのですが、私を見て「今日は日本人留学生がいるから」といって、沖縄にある米軍基地についての話を始めたんですね。

 それまで私は沖縄に行ったこともなかったし、正直なところ基地の問題にもそれほど関心があったわけではありません。国連職員や難民キャンプでのボランティアにあこがれたりと、国内よりも海外にばかり目が向いていた時期でした。それでも、その外交官の話には、「おかしい」と感じることがたくさんあったんです。

 ──どんなことですか?

 大矢 「米軍基地があることで、沖縄は経済的に助けられている」とか「米軍は沖縄の人々とフレンドリーな関係を築いていて、住民はみんな米軍に対してウェルカムだ」とか……。沖縄で米兵による事件が多発していることや、基地建設に反対する県民大会が開かれていることは知っていましたから、それはおかしいんじゃないかと思って、授業が終わった後に講師のところへ行ってそう伝えたんです。

  そうしたら、彼は鼻で笑って「いいかい、沖縄に米軍基地があることはグッド・ディール(いい取引)なんだよ」。北朝鮮や中国のような「クレイジーなやつら」が攻めてきたときに、日本人のかわりに米兵が死んでくれるんだから、というんです。

  それに対して、私はうまく言い返すことができませんでした。

 ──おかしい、とは思っても……。

 大矢 そうです。沖縄に行ったこともなければ、そこに住む人たちの声を自分の耳で聞いたこともない。地元の人たちの抱える不条理を、自分の言葉で伝えることができなかった。そのことがとても悔しかったんです。

  同時に、「ボランティアに行って戦争で傷ついた人を助けたい」と思っていながら、紛争地に爆弾を落としている軍隊の飛行機が自分の国にある基地から飛び立っているという事実についてはまったく意識していなかったことにも気付かされました。海外で人を助ける前に、まず自分の国のことと向き合わないといけないんじゃないか、と感じましたね。そういう責任感と、うまく言い返せなかった悔しさと、二つの思いを抱えたまま留学生活を終えることになりました。

「戦争マラリア」って何? 「知りたい」思いに突き動かされて

 ──初めて沖縄に行かれたのは、その後ですか。

 大矢 大学院に進学してからです。留学からの帰国後、どうしたら私は一番人の役に立てるだろうと考えた末に、もともと話したり書いたりするのが好きだったこともあって、ジャーナリストを目指そうと思うようになりました。それで、まずはスキルを身に付けるために東京の大学院に進学して。もちろん、ずっと「沖縄」は頭の中にあったので、1年生の夏のインターンシップ先に八重山毎日新聞を選んだんです。

 ──石垣島に本社のある地域新聞社ですね。

 大矢 そうなんです。実は私、本当に沖縄のことを知らなくて……最初に社に行ったときに、「どんな記事を書きたいですか」と聞かれたので、「米軍基地の取材がしたいです」と答えてしまって。周りの方たちに大笑いされました(笑)。

 ──そうですよね。石垣島には、というか八重山諸島には米軍基地が……

 大矢 そう、ないんです(笑)。「何しに来たの」、って笑われるところからインターンシップがスタートしました。

 ──でも、そこで「戦争マラリア」の問題に出会われた。

 大矢 ちょうど、8月15日を向こうで迎えたのですが、朝刊の一面を見てびっくりしたんです。千葉で生まれ育った私にしてみれば、8月15日といえば、結びつくワードは「終戦」、そしてヒロシマ・ナガサキです。でも、石垣島の一面トップは「戦争マラリアの犠牲者に黙祷を捧げる」というものでした。

  「戦争マラリアって何?」と思って読んでみると、沖縄戦のとき八重山諸島では地上戦がなかったのに、軍の命令で「強制疎開」させられた結果、風土病のマラリアで3600人もの人が亡くなった、と書いてあった。まったく知らない話でした。そもそもなぜ米軍が上陸しなかった島々で「強制疎開」なのか。住民たちがどんな体験をしたのか。記事を読んで「もっと知りたい」と思って。そこから、戦争マラリアの体験者を訪ね歩く取材を始めたんです。

 ──いかがでしたか。

 大矢 お会いすることはできても、なかなか話していただけないことが多かったです。「もう終わったことだから」「なんでいまさら話さなきゃいけないの」という感じで。それでも何人もお話をお聞きすることはできたし、「疎開」先の土地にいっしょに行かせてもらったりもしました。でも、それぞれの人の人生そのものに迫るといったような、深い取材ができたわけではなかった。

  それもあって、インターンシップが終わって東京に帰ってからも「戦争マラリア」のことはずっと心に引っかかっていました。「インターンシップどうだった?」と誰かに聞かれて「戦争マラリアの取材をね……」という話をしても、「何それ?」となってしまう。

  あれだけたくさんの人たちが亡くなった、八重山の人たちにとってものすごく大きな出来事だったのに、東京ではまったく知られていない。考えてみれば1カ月前までの私もそうだった。この、「見えない壁」みたいなものはなんだろうと思いました。単なる私たちの無知なのか、それとも誰かが意図的に「知らさない」ようにしてきた結果なのか……。

  そういうことをずっと考えた末に、この「戦争マラリア」を私の大学院生活のテーマにしよう、そのドキュメンタリー映像を卒業制作にしよう、と決めたんです。

 ──そのときには、文章ではなくて映像をやりたい、と思われていたのですか。

 大矢 3週間新聞記者をやってみて文才の無さに気が付いたというのもありますが(笑)、これからいついなくなってしまうか分からない戦争体験者の肉声を伝え残すには、映像という手段が一番いいと思いました。

  それに、映像って、作り手自身の姿もそこに投影されると思っていて。私は、戦争マラリアの問題を見つめる23歳の自分自身を問う手段として、映像を選んだということだと思います。

波照間で見えた「ジャーナリストとしての原点」

 ──それで、また沖縄に行って取材を?

 大矢 もっと取材をしよう、と思ったときに考えたのが、東京と沖縄を行ったり来たりする形ではやれないな、ということでした。私自身がもし体験者だったら、遠くから突然来た人に自分の傷口を開いて話をしたのに、その人はすぐ帰ってしまってその後自分が話したことがどうなったのかもわからない……というのはつらいだろうな、と思ったんです。

  それで、ちょうど学生で時間もあったし、1年間休学して、現地に住み込んでしっかり人間関係をつくりながら取材しよう、と決めたんです。それで、向かった先が波照間島でした。

 ──石垣島からも高速船で約1時間の、「日本最南端の有人島」ですね。インターンシップ先は石垣島だったのに、どうしてまた波照間へ?

 大矢 戦争マラリアの被害が一番大きかった島だというのが一つ。そして、こちらが本当の理由なんですが、インターンシップ中に波照間に遊びに行ったときに出会った、あるおばあちゃんに惚れ込んでしまったんです。

  たまたま島を散策していたときに知り合って、家におじゃまして夕飯をごちそうになったりしたんですが、実はそのおばあちゃんもまた戦争マラリアの被害者だったんですね。家族11人のうち、彼女と妹を除く9人が犠牲になったという人でした。

 ──『沖縄スパイ戦史』にも証言者の一人として登場されていますね。

 大矢 そうです。浦仲のおばあというんですが、彼女の話を聞いているうちに、顔に刻まれた皺とか、澄んだ瞳とか、その何もかもにすっかり惚れてしまって。彼女のいる波照間に住みたい、と思ったんですね。

  それで、事前におばあに手紙を出して「家に泊まらせてもらえないか」とお願いしたら、浦仲のおじいのほうから「いいよ、おいで」という返事が来たので、意気揚々と向かいました。でも、浦仲の家の門を開けて「来たよー」と声をかけたら、出てきたおばあが私を見て言った言葉は「あんた誰ねー」でした……。

 ──え?

 大矢 夏に会ったことも、一緒に夕食を食べたことも、もう完全に忘れ去られていて。じゃあ、おじいの手紙は? と聞いたら「誰か分からなかったけど、どこかの子どもが波照間に来たいっていうから、いいよって書いたんだよー。ああ、あれがあんたねー」……。改めて「はじめまして」から始めて、無事に泊まらせてもらいました(笑)。

 ──大変な出だしですね(笑)。じゃあ、その浦仲家に泊めてもらいながら取材を?

 大矢 そうです。でも行ったのが12月だったので、最初の3〜4カ月は毎日サトウキビ刈りを手伝っていました。1日8時間、ひたすら体を動かすんですけど、すっごくつらかったです(笑)。

  ただ、そうやって浦仲のおじいおばあや島の人たちと一緒に働いて、話をする中で、見えてきたことがあります。戦争マラリアって、蔓延したのは1945年の3月から夏にかけてなんですが、それで「終わった」わけではないんですよね。マラリアで家族を亡くしたために学校に行かずに働かなくてはならなくなったとか、目指していた夢が叶わなかったとか、一人ひとりの人生に後々まで影響しているんです。

 ──「戦争マラリア」があったことによって、命が助かった人たちのその後の人生もまた大きく変わってしまったわけですね。

 大矢 そうです。島に行く前は、戦争マラリアばかりを見ていたんですが、1年間島で過ごしたことで、そこから続いてきた人々の人生が見えるようになったというか。単に「戦争体験者」という枠でくくるのでなく、まずは島に生きてきた一人の人間としての人生を描きたい、と思うようになりました。その分、撮った映像も豊かになった気がしています。

 ──波照間の言葉も学ばれたとか。

 大矢 波照間のじいちゃんばあちゃん世代は、普段「ベスマムニ(“私たちの島の言葉”という意味)」という波照間島でのみ話されている言葉で会話しています。いわゆる「日本語」は日常会話ではほとんど使わない。同時に、学校で「方言札」(※)を掛けられ、苦しみながら「日本語」を習得してきた人たちです。さらに戦争マラリアのために、学校で学ぶ機会すら奪われてしまった。

  浦仲のおばあも「私は日本語がうまくできない」って今でも悲しそうに言います。最初にインタビューしたときも、一生懸命「日本語」で話そうとしてくれるんですけど、何度も「ああ、これはヤマトの言葉で何て言ったかー?」みたいになって、どうにも苦しそうなんですね。言葉に感情や記憶が乗ってこないんです。私は大学で第二外国語として韓国語を選択したのですが、もし「自分の思いを韓国語で答えろ」と言われ続けたらすごく苦しいな、それを私はおじいおばあたちに強いているんだな、と思いました。

  そのことに気付いてからは、「じゃあ、私が波照間の言葉を覚えればいいや」と思って、ばあちゃんたちの会話をひたすら聞いて、書き取って勉強しました。あと、三線と一緒に民謡を習って、歌いながら覚えたり。そういうことも、私にとって人間関係構築のための大事な時間でした。

 ※方言札…いわゆる「標準語」の使用を徹底させるため、学校で方言を使った生徒に罰として首から掛けさせた札のこと。東北、北海道などでも用いられたが、沖縄では特に厳しく、明治時代終わりから第二次世界大戦後まで使われていた。

──サトウキビ刈りといい、まさに生活の中で取材をした、という感じですね。話し手との距離感も違ってくるような。

 大矢 そうですね。最初は、浦仲のおばあにも戦争マラリアのことは「話したくない」と言われました。「自分の家族があれだけ亡くなったのに、誰がそんなことしゃべりたいか」と。

  私自身も、そうやってつらい記憶を語ってもらうという、その人のかさぶたをはがしていくような──もしかしたら、まだかさぶたにさえなっていないのかもしれない傷口をこじ開けるような作業を、何のためにやらなきゃいけないんだろうと、ずっと悩みながらの取材でした。

  ただ、おばあや島の人たちと一緒に時間を過ごす中で、話を聞いたからには伝えるんだ、一緒にこの傷を背負って、二度と同じことが起きないための教訓にしていくんだ、と感じるようになりました。その意味で、自分のドキュメンタリストとして、ジャーナリストとしての原点をつくってくれたのは波照間島だと思っています。

 つくられた「分断」を目にして、涙が止まらなかった

 ──その後、東京に戻られてからは?

 大矢 しばらくは、ずっと編集作業をしていました。修士論文と一緒に、卒業制作として作品を出さなくてはならなかったので。周囲では就職活動の話も聞こえてきましたが、私にとっては編集作業のほうが重要だったし、「卒業してから考えればいいか」と。無事に作品は完成して卒業できたものの、進路は何も決まらないままでした(笑)。

 ──それが、三上智恵さんのいらした琉球朝日放送(QAB)で、記者として働くことになるわけですが……。

 大矢 卒業が決まった後、ひとまず波照間の人たちに「無事に卒業できました」と報告に行こうと思って、沖縄に向かったんです。それで、那覇の空港で乗り継ぎ待ちをしていたときに、「仕事どうしようかなあ」と思いながら、スマホをいじっていて。ドキュメンタリーを、それも沖縄でつくりたいという思いはずっとあったので、「沖縄 映像 仕事」で検索してみたら、琉球朝日放送の「契約記者募集」が出てきたんですよ。三上さんとは以前、あるイベントでお会いしていましたし、「あ、これ三上さんのところだ!」と。しかも、条件が「すぐ来れる人」だったので、「これ私のことじゃん!」と思いましたね(笑)。

   それで、波照間に着いてからすぐ履歴書を出しました。ちなみに、原稿用紙2枚の作文を書かなきゃいけなかったんですが、波照間島には原稿用紙を売っているところがなくて。浦仲のおじいが出してきてくれた、古くて黄色くなったぼろぼろの原稿用紙に、「2枚しかないんだから失敗するなよ」って言われながら書いて、出しました(笑)。

  面接のときも波照間からそのまま行きましたから、背中にリュック背負って……でしたし、落とされてもしょうがないと思うんですが、無事に入社が決まったんです。QABの懐の深さには本当に、感謝ですね。

 ──QABでの5年間で、特に印象に残っている取材はありますか。

 大矢 たくさんありますが、中でも忘れられないのは、2012年の7月19日、三上さんと一緒に行った高江取材です。その日、ヘリパッド建設に反対する人たちが座り込みを続ける中で、工事資材の搬入が強行されて。私はまだ入社して2カ月で、基地がつくられようとしている現場に立つのは初めてのことでした。

  撮影していて何より悔しかったのは、資材を搬入している業者も、それを身を挺してでも止めようとする人たちも、沖縄県民同士だということです。抗議する人が「あんたもウチナンチューなのに、なんで戦争のための基地をつくるのに協力するの」と言えば、業者は「俺たちも仕事だから」という。でも、やりとりを続けるうちに、互いの言葉のイントネーションから「あれ、あんた宮古島の出身なの、俺もだよ」みたいな話も出てきたりする。基地さえなければ、分断されなくて済んだ人たちなんですよね。

  それを見ながら、なぜ同じ県民同士が、日本とアメリカという二つの政府の取り決めで沖縄に集中的につくられた米軍基地の存在によってこんなふうに分断され、踏みつけられて傷つかなくてはならないのかと、悔しくてなりませんでした。しかも、刃を振るってその「分断」を生み出しているはずの当事者たちは、誰もその現場にはいないわけで。そういう状況を初めて目の当たりにして、泣けて仕方ありませんでした。

 今だからこそ、戦争体験から学ばなくてはならない

 ──昨年春には、QABを退社してフリーになられました。

 大矢 ハードな仕事で肉体的に疲れていたというのもあるんですが……ローカル放送であるQABにいて、年々悔しさが増していたということもありました。人々が分断されているこんなひどい状況を生んでいるのは「沖縄県民」ではなくて「国民」なのに、沖縄で起こっていることを知らなくてはならないのは「沖縄県民」よりも「国民」のほうなのに、という葛藤をずっと抱いていたんです。沖縄の報道現場で学んだ者として、沖縄を離れて、より多くの無関心な人たちに伝える仕事をしなければ、という思いがありました。

 ──そして今回の『沖縄スパイ戦史』につながるわけですね。

 大矢 もともとは三上さんに、「テレビで沖縄戦の番組をやろう」と誘っていただいたんです。ただ、結局その企画は通らなかったので、せっかくだから映画としてつくろうということになって。最初は「予算もあまりかけず、1時間くらいの短いドキュメンタリーに」と言っていたはずが、結果的にはその倍の長さになってしまいましたが(笑)。

 ──共同監督という形ですが、取材や編集はどのように進めたのですか。

 大矢 沖縄本島の取材は主に三上さんが、波照間のほか与那国島、石垣島、あとアメリカの取材は私が担当しました。取材中はLINEなどで時々報告し合って、それぞれの自分の撮影分を粗編集したものを持ち寄ってつなげる、という形で。最初につなげてみたときは5時間くらいあったので、それを少しずつ削って今の形にしていきました。

 ──完成・公開した今、どんな気持ちでいますか。

 大矢 波照間にいたときから「やらなきゃいけない」と思いながらもやりきれなかったことが、やっとできたという思いですね。八重山での強制移住の真相や、その背景にあった陸軍中野学校卒業生たちによる作戦、そこから見えてくる沖縄戦の知られざる秘密戦の実態……。それも自分だけの力ではなくて、誘ってくださった三上さん、製作費カンパに協力してくださった方々はじめ、いろんなご縁が積み重なってできたものだと感じています。

   そう考えると、今これをつくりなさい、と誰かに言われてできたような映画のような気がします。戦後73年経って、なんでいまさら沖縄戦の話なの、と言う人もいるでしょうが、73年経ったからこそ伝えなきゃいけないんだ、という思いをこの映画に込めたつもりです。

──73年経ったからこそ体験を話せるという方もいるでしょうし、私たちにとっても、戦争体験についての証言を直接聞ける、本当に最後の機会にもなりつつあります。

 大矢 私たちは、過去の歴史からしか学べません。その歴史を語れる人がいなくなりつつある中で、私たちが何を学ぶのかが今、問われていると思います。

   「戦争体験者がいなくなる」というニュースを時々見かけますが、私はそれ自体は社会現象ではあってもニュースではないと思っています。本当に「ニュース」にすべき問題は、私たちがたくさんの人たちが語ってくれた戦争体験を、ただの「かわいそうな、つらかった記憶」にしてしまって、民衆がどんなふうに国家に利用され、捨てられてしまったのかという大事なところを学び取ってこなかったこと。だからこそ、安保法制が成立したり、沖縄に新しい基地がつくられるような、そんな状況になってしまっているのではないでしょうか。73年目を生きる私たちは、もしかしたらもう「戦前●年」を生きているかもしれない。今こそあの戦争から学ばなくてはいけないんだと思います。

 ──今後、取材したいテーマなどはありますか。

 大矢 今年の秋からアメリカに行く予定で、最低1年は滞在したいと思っています。QAB記者時代に『テロリストは僕だった』という、イラク戦争で戦い、沖縄での基地反対運動に身を投じた元米兵を追ったドキュメンタリーをつくったので、その取材を続けたい。経済的理由から入隊した若者、ホームレス生活になってしまったり、PTSDで苦しんだりしている元兵士、軍で性暴力を受けた女性兵士……そうした人たちを、もっと丁寧に取材してきたいと思っています。

 ──『沖縄スパイ戦史』もそうですが、「軍隊」というものの本質が見えてくる内容になりそうですね。

 大矢 そうですね。軍隊というものが「国防」の名の下にいかに兵士の人間性を破壊して機械化していくか、かかわった民衆を利用して捨てていくか、それはおそらくどこの国でも同じで。その部分を、もっと追及したいと思っています。

   波照間にいたとき、浦仲のおじい──昨年に亡くなられたのですが──にこんなことを言われたことがあります。「英代には、『学んだ者』としての責任があるんだ」。おじいやおばあの世代は、学校に行きたくても行けなかったし、行っても「国のために死ね」という軍国主義教育しか受けられなかった。本当の教育というものを自由に受けられなかった悔しさを、今も背負って生きているんだ、と。

   それに対して、私たちの世代は「自由に学ぶ」ことができる。その中で、沖縄戦を、戦争マラリアを学ぶということを決めたからには、ただ興味本位の学びで終わらせるのではなくて、「学んだ者」の責任を果たせるようにしっかりやりなさい、と言ってくれたんです。『沖縄スパイ戦史』をつくっている間、いつも心に抱いていた言葉ですが、これからもずっと心にあり続けると思います。

 

(構成/仲藤里美・写真/マガジン9)

(おおや・はなよ) 1987年生まれ、千葉県出身。ジャーナリスト、ドキュメンタリスト、早稲田大学ジャーナリズム研究所招聘研究員。2012年、琉球朝日放送入社。2016年に制作した「この道の先に〜元日本兵と沖縄戦を知らない私たちを繋ぐもの〜」でPROGRESS賞優秀賞、同年制作「テロリストは僕だった〜沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち〜」でテレメンタリー年間優秀賞などを受賞。2017年にフリー転身後は、「戦争・軍隊と人間」「米兵のPTSD」「沖縄と戦争」「国家と暴力」をテーマに取材活動を続ける。共著に『市民とつくる調査報道ジャーナリズム』(彩流社)。『沖縄スパイ戦史』が初映画監督作品。

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水道民営化

2018年08月21日 | 社会・経済

水道民営化で、日本の水道水に迫る危機とは

  By 『避けたい危険な食品添加物一覧』

   鉄道事業、郵政事業、電信電話事業などこれまで様々な公務が民営化されてきましたがついに水道事業も民営化されることになりました。

 水道事業が民営化すれば日本の水が危なくなると囁かれていますが果たしてそれは本当なのでしょうか?

 財政難&人口減少で、水道民営化!?

   2017年3月7日、水道法改正案が閣議決定されたことで、水道事業が民営化されることになった理由には自治体の財政難があると言われています。

   総延長、およそ66万キロにもなる全国に張り巡らされた水道管のおかげで、国内の水道普及率は97.8%に達しています。(2014年度)

もはやどこに住んでも綺麗で美味しい水が飲める?ようになっています。(塩素等の問題は別にして)

   ところがおよそ40兆円とも言われる水道施設(水道管)の多くは、高度経済成長時代に国が地下に埋めたものですので、総延長の12.1%が法定耐用年数の超え、錆などが発生し、赤い水が出るなど老朽化しているという現実があります。

   管路経年化率(法定耐用年数を超えた水道管の割合)は、6%だった2006年度から8年の間で、2倍以上に増えています。

事実、地方自治体が埋設した水道管の破裂事故が相次ぎ、水が地表へ噴出すことで、家庭や事業所への給水がストップし、復旧工事に通行止めになる光景は、今や日本全国で見られるまでになっています。

大阪は全体の4割が老朽管であると言われ、いつ水道管の破裂事故が起こってもおかしくない状況です。

 水道事業は設備更新の時期に来ているのですが日本全国に張り巡らされた水道管の距離は実に地球16周に及びます。

その為、全国の更新率は年間0.76%しかありません。このままでは全ての管路を入れ替えるのに130年もかかるのではないかと言われています。

耐震化工事の進捗率も以下のように全く進んでいないのが現状です。(2014年度)

•基幹水道管36.0%

•浄水施設23.4%

•配水池49.7%

  老朽管は増え続けているにも関わらず、更新が追いつかないのは、財政難だからです。

公共性の為にこれまで水道料金を安く抑えて来たので、多くの自治体では、今の料金では多額の更新工事費用を賄えないのです。

 また人口減少で収入が減り続けていることもあって、市町村が担う水道事業者の半数以上が赤字体質とされています。

 自治体の水道事業のシステムでは、これらの問題をクリアにすることは困難な為、やむなく水道料金の値上げに踏み切った自治体も出てきています。

   2040年までに水道料金の値上げをしなければ水道事業が破綻する自治体は98%に及ぶとされます。

 蛇口をひねれば安くて美味しい水が出る。

 そんな当たり前だったことが幻となるかもしれませんね。

   安くて綺麗で美味しい水を国民に提供し続けるには、多額の更新工事費用と人口減少時代を迎え、苦しむ自治体では、長期展望は見出せません。

   そこで、民営化して、民間企業の経営手法、資本金を利用して、負担を回避するというのが水道民営化の理由です。

   行政では法律上、水道サービスは、自治体住民にしか提供できませんが民営化すれば、海外にまで水道サービスを提供することが可能となります。

日本が誇る浄水技術は、世界トップクラスですので、海外に技術を輸出することで、多額の更新工事費用を捻出することが出来ます。

 料金値上げで、暴動が起きる!?

   政府は水道民営化を目論んでいますが水道民営化になれば一体どうなるのでしょうか?

   水道施設については、自治体が所有したまま、運営権を民間企業に売却することで、水道事業の苦境を乗り越えようとしている政府ですが過去に多くの国で、民営化された水道事業は、失敗に終わっています。

 ボリビアのコチャバンバ県の場合

•元水道事業者・・・SEMAPA(市営上下水道サービス公社)

•民営化された年月・・・2000年1月

•民間企業・・・トゥナリ水供給会社(ロンドン国際水供給会社)

 SEMAPA(市営上下水道サービス公社)は、1967年に設立され、コチャバンバ市域に水道水を提供していましたが人口増加によって、水道の設備が整わない地域が増加し、水道サービスが受けられる人は、人口の57%しか届かず、またボリビア全土の貧困率は62.7%(1999年11月時点)で、高かった為、水道サービスを受けている人の5~10%が水道料金未払いの状況にありました。

水道設備の老朽化による水道管からの漏水などで、水が僅か週に一時間しか出ない地域もあったといいます。

そんな危機的状況で、SEMAPAが多額の負債を抱え、財政難に陥ることは当然のことでした。

   1999年、世界銀行は、ボリビア政府に効率的な運用・安い料金・適切なサービスの提供、そして600万ドルの多国間債務を免除するとの甘い言葉で、コチャバンバ市の水道事業を民営化するよう勧めました。

そして、ボリビア政府は、財政難に陥ったコチャバンバ市の水道事業を民間企業、ロンドン国際水供給会社に委ねたのです。

   ロンドン国際水供給会社は、「トゥナリ水供給会社 」として水供給事業を請け負いました。

トゥナリ社は米国最大のゼネコン企業であるベクテル社の子会社でした。

   ところがトゥナリ社の新しい水道料金は、値上げされ、毎月20ドルの水道料金が請求されることになったのです。

 当時のコチャバンバの最低月額給与は100ドル以下でした。

20ドルは、5人家族が2週間食べていける金額です。

 当然、この高額な料金を支払えない市民は大勢出てきました。

しかし、トゥナリ社は、支払えなくなった市民には、容赦なく供給をストップさせたのです。

またトゥナリ社によって供給された水は、細菌が入っており、病気になるコチャバンバ市民も増加していきました。

   トゥナリ社は、全ての井戸、灌漑施設、雨水の貯水など、これらの設備に対して水道メーカーの設置を要求していました。

このトゥナリ社の契約によって、コチャバンバでの全ての水資源がトゥナリ社に奪われていることに憤慨した井戸掘り業者やコチャバンバの農民たちの呼びかけで、SEMAPA民営化の撤回に向けて「水と生命を守る連合(CDAV)」が結成されました。

 そして、水道料金の値下げとトゥナリ社との契約破棄を要求する為、コチャバンバ市民はストライキやデモを起こしました。

 この市民が起こした抗議活動は、コチャバンバ水紛争と呼ばれています。

    2000年4月10日に民営化が撤回され、SEMAPAがコチャバンバ市の管理下に戻ったことで、事態は収束しましたが政府側が武力弾圧に走ったことで、6人の死者と100人を超える負傷者が出たと国際連合開発計画は発表しています。

 こうして、ボリビアの「水道の民営化」は、終わりました。

ボリビアだけではなく、過去に世界中で行われた外資系企業による水道の民営化の多くが

「水道料金の値上がり」「排水管の損傷」などで、事実上、失敗しています。

   ウルグアイでは、上下水道事業の民営化は違法であるとして、国民投票によって受け入れられませんでした。

水質が低下する!?

  「蛇口をひねれば安全で綺麗な水が飲める」が当たり前の日本の水道ですが民営化すれば料金の値上げだけではなく、ある日、茶色い水や塩辛い水が出るなど水の汚染による健康への危機までじわりじわりと忍び寄るようになるのではないかと言われています。

   国に老朽化した水道管などの設備更新にかかる費用を期待できないのであれば「水道民営化」を進めるしかないとされていますがボリビアなどの事例を見ると民間企業は、水道事業を投資として、成り立たせているので、老朽化した水道管などの整備にかかる費用は、自社の資本ではなく、銀行からの融資という形で賄います。

   事実、加盟国の生活水準の向上という目標を掲げ、国連システムの中の姉妹機関である国際通貨基金(IMF)と世界銀行は、全ての開発途上国に対して、国有インフラである電気やガス、そして、水道の売却を条件に融資を認めています。

これらの公有財産は、推定ですが4兆ドルにも上ります。

 そこで外資系企業は過剰利潤を得ようとするのです。

それには「独占的構造」を築くのが一番の近道です。

 特に水というなくてはならない商品の市場において独占的構造を作れれば大儲けはたやすく実現します。

 政治家と癒着した企業(政商)は、「既得権益」を保有することが出来ます。

つまり、独占的、寡占的に巨万の富を稼ぐことが許されるのです。

 「この水を飲まなければ死ぬ」と政商から購入するしか選択肢を与えないところまで追い詰めるのです。

コチャバンバで全ての水資源の独占的管理権が民間企業に与えられたように民営化になれば料金値上げ、コスト削減などやりたい放題になります。もう政商側は笑いが止まらなくなるのです。

 そして、コスト削減によって、更新すべき施設が更新されないことで、水の品質が低下していきます。

    電話会社や宅配会社、鉄道会社などは、自由に選ぶことが出来ます。

 対して、電気やガス、水道は選ぶことが出来ません。

 電気やガスは、家庭向けでも小売が自由化されましたが送電線やガス管は、従来のものと何ら変わりはありません。

 火力、風力、原子力、どれを選択しても電気の質もまた変わりません。

 しかし、水道は違います。

 水源、浄水場、水道管がどんな感じかで、蛇口から出る水の質が違って来ます。

 水道は、その性質上、安い料金体系のところと契約したくても非常に困難と言えます。

 水は命と健康に直結しているのです。

   外資が提供する効率重視の水処理法(急速ろ過)では、有害物質である酸化アルミが残留する恐れがあります。

アルミニウムを摂取し続けると腎臓機能障害やアルツハイマー型認知症を引き起こす可能性があります。

   また民営化に踏み切った多くの国では、企業側の利益優先の為、浄水設備を手抜きにして代わりにフッ素などの薬品でろ過されるといいます。

 微量であれば害はないですが多量のフッ素を摂取し続けると多動性障害、記憶障害、知能障害などの神経系の病気を発生させる恐れがあります。

 おわりに

   このように水道の民営化は外資を引き込んで、一部の政治家が甘い汁を吸うとんでもない売国政策です。

 米国最大のゼネコン企業、ベクテルなどの外資系企業がどんどん水道事業に参入しようとしています。

 老朽化が進み、水道管から鉛が溶け出している日本は次のターゲットになるかもしれません。

 会社の利益が優先されることで、水道料金の値上げ&コストカットによる水質の低下が予測される民営化は、消費者にデメリットしか今のところ、見えません。

 よって、民間企業による水道事業は相応しくないと考えられます。

 水は私たちにとって、命と健康に関わる大切な生活必需品です。

   資本主義という暴走機関車は、私たちの予測より速いスピードで、私たち日本の水を奪おうとしているかもしれません。

 資本主義の暴走を止める為には、私たち一人一人が民営化の反対の声をしっかりと上げ続けていくことが大切になるでしょう。

 水道の民営化はもうすぐそこです。


「国民の生命と財産を守る」?
「売国」の政治ですから。
国民を犠牲に私欲を肥やす、「日本大安売り~!」

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栄養豊富なトマト、健康的な食べ方は

2018年08月20日 | 野菜・花・植物

片村 優美 - All About - 2018年8月13日

 

トマトでダイエットできるって本当? 人気ダイエットも分析

   ヨーロッパのことわざ “a tomato a day keeps the doctor away ”は、直訳すると「1日1個のトマトが、医者を遠ざける」という意味です。

これはトマトの健康効果を謳ったもので、「トマトが赤くなると医者が青くなる」という訳され方もしており、「患者がいなくなって医者が困ってしまうほどトマトは体に良い」ということが昔から世界各国で伝わっている、ということを表しています。

こう例えられるほどトマトは健康効果の高い野菜ですが、ダイエットに役立つものなのでしょうか。トマトのダイエットへの有用性について見ていきましょう。

トマトにはどんな栄養素が含まれている?

■β-カロテン(ベータカロテン)

   β-カロテンは植物性の色素成分であるカロテノイドの一種です。体内でビタミンに変化する物質であり、実際にはビタミンというわけではありません。しかし、ビタミンAと同様に作用して皮膚や粘膜を健康に保ち、視覚の働きをサポートします。その他には抗酸化作用、免疫力を高めるといった働きがあります。

■ビタミンE

   抗酸化作用を持ち、体内の脂質の酸化を防いで体を守ります。細胞の老化を防ぐため、若返りのビタミンとも呼ばれることがあります。動脈硬化予防、生活習慣病予防など、いわゆるアンチエイジングに良いとされるビタミンです。

■ビタミンC

   肌にハリを与えるコラーゲンの生成に欠かせないビタミンです。皮膚や粘膜の健康維持に関わっているほか、鉄の吸収を良くする、ストレスへの抵抗性を高めるといった働きもあります。

■リコピン

   トマトの色素成分であり、β-カロテンと同じくカロテノイドに属しています。カロテノイドの中でもリコピンは特に抗酸化作用が強く、ビタミンEの100倍以上にもなるといわれています。

トマトはダイエットに使えるor使えない?

   結論からいうと、トマトはダイエットにおすすめの食品です。

   いちばんの理由は低カロリーだからという単純な理由です。トマト100g(1/2個)を食べてもわずか12kcalしかありません。

次に、京都大学の研究では、肥満のマウスを対象とした実験で、脂肪肝や脂質代謝異常に有効な成分13-oxo-9,11-octadecadienoic acid(13-oxo-ODA)を見つけ出し、はっきりとした改善効果が得られたと報告されています。

また、ヒトを対象にした実験でも、トマトジュースを飲むと血中の中性脂肪の低下と消費エネルギーの増加が見られたという結果が得られています。

   トマトの肥満改善効果の詳しいメカニズムは、まだ不明な部分もありますがこうして多くの研究で実証されているということは、トマトに肥満改善効果があると期待しても良いのではないでしょうか。

ダイエットに効果的なトマトの食べ方、レシピのヒント

   地中海地方の人はトマトを日常的にとり入れています。ピザ、パスタ、ミネストローネ、ラタトゥイユなど、日本でもよく食べられているものがありますよね。この地域では心血管疾患を発症する人が少なく、トマトを取り入れた食生活が大きく関わっているものと考えられています。

   地中海地方の食生活で、もう1つ注目しておきたいのがオリーブオイルです。トマトと一緒に食べられることも多く、相性の良い食材です。

   オリーブオイルにはコレステロールを下げるオレイン酸が含まれています。トマトに含まれるリコピンと一緒に摂ることで、血中のコレステロールを下げる、トマトのリコピンの吸収を高める、といった相乗効果が生まれます。

また、トマトは生で食べるよりも加熱をして食べたほうがリコピンの吸収が高まり効果がアップするので、効果を高めたいときはスープやソースから摂取してみると良いでしょう。

トマトダイエットの効果的な食べ方・量・タイミングは?

■トマトの量

   トマトの健康効果を得るためには1日2~3個(250~500g)が効果的といわれています。でも、毎日この量を食べ続けるのは現実的ではありませんので、濃縮したジュースやソースで摂る方が良いでしょう。200mLのトマトジュースを1日飲むと中性脂肪が下がったというデータがあります。

■トマトを摂るタイミング

   カゴメの研究では、トマトに含まれるリコピンの吸収は朝が最も優れていることがわかっています。どのくらい作用が持続するのかは不明ですが、栄養素は1度に大量に摂取するよりも、こまめに摂った方が吸収されやすいと考えられています。

   他の研究からも、朝と夜の1日2回のトマトジュースの摂取で中性脂肪の減少と消費エネルギーの増加が見られているので参考にしてください。

どんなトマトジュースがいい?

   トマトの成分を効率よく摂取するためには、トマトジュースがおすすめです。しかし、なかには塩分や糖分が多く含まれているものもあります。砂糖・食塩無添加、トマト100%を目印にして選びましょう。

続いて、編集部調べによる人気のトマトダイエット、管理栄養士の視点で検証していきます。

夜トマトダイエット

   夜にトマトを食べて、リコピン15mg以上(トマト何グラムになるのでしょう?-mooru)を6カ月は続けて摂る方法です(編集部調べ)。

→リコピンは朝に摂った方が吸収率は高いので、栄養面では夜に限定する必要はありません。ただし、夕食は体重増加に大きく影響することから、トマトを食べることで食事全体のカロリーを抑えられるというメリットはありそうです。

ミニトマトダイエット

   トマトなら1日2個ですが、代わりにミニトマトを1日17個以上食べるという方法です(編集部調べ)。

→トマトとミニトマトでは、同じ量を食べた場合、ミニトマトの方が栄養価が高くなります。これは栄養素が多く含まれる皮の部分が多くなるからではないでしょうか。必ずしもミニトマトに限定する必要はありませんが、野菜不足が気になる人はミニトマトを選ぶと良いでしょう。

ホットトマトダイエットや焼きトマトダイエット

   ホットトマトダイエットは加熱したトマトジュースを1日1杯(200ml)飲む方法です。焼きトマトは、食事の前に焼いたトマトを1つ(200g程度)食べる方法で味付けをしてもOKとされています。オリーブオイルや牛乳のような脂肪分と一緒に摂ることでより吸収が高くなるとされています(編集部調べ)。

→リコピンは油に溶ける性質があり、加熱をして食べたほうがリコピンの吸収が高まるので、理にかなった方法です。しかし、油はカロリーが高いので、使いすぎには気を付けましょう

(中略)

   以上、トマトのダイエット効果ややり方についてでした。トマトは低カロリーであり、中性脂肪を減らしたり消費エネルギーを増やしたりする研究結果があるため、総合的に見て、ダイエット中におすすめの食品といえます。また、美容効果も高く、「健康的に痩せてキレイになる」という願いを叶えてくれる食材でもあります。

しかし、どんな食べ物でも食べ過ぎは良くありませんので、少しだけ意識を傾けて、自然な形で取り入れていきましょう。

「トマトダイエットは痩せない」という意見もありますが、ダイエットはバランスの良い食事を意識しつつ、いろいろな食品から幅広く栄養素を摂ることが大切です。緑黄色野菜の1日の摂取目安量は120gほどですので、他の野菜も組み合わせてバランスよく食べられるように工夫しましょう。

【出典】

KAGOME トマト大学

京都大学 トマトから脂肪肝、血中中性脂肪改善に有効な健康成分を発見:効果を肥満マウスで確認

国立大学法人 東京医科歯科大学


夏が戻ってきた~

 よかったです。
このまま秋とは、悲しいかな!
最低気温も15℃を上回るようになって、ハウスを開けたまま帰ることができます。
でも、週間天気予報では曇りや雨が続き、ほとんど☀マークがありません。
トマトは朝の光が大事なのです。

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国連人種差別撤廃委員会で4年ぶりとなる対日審査

2018年08月19日 | 社会・経済

国連で慰安婦問題をつめられた日本政府が安倍首相の意向に沿って仰天のデマ反論!“吉田証言と朝日の捏造のせい”

  リテラ 2018.08.19

  16、17日、スイス・ジュネーブでの国連人種差別撤廃委員会で4年ぶりとなる対日審査が行われた。〈中略〉

   今回の同委員会での対日審査で、日本は、各委員から在日コリアンやアイヌら国内のマイノリティへの差別問題、ヘイトスピーチをめぐる法整備など、複数の項目について鋭く追及された。しかし、そのなかでも耳を疑ったのが、慰安婦問題について質問を受けた日本政府代表の回答だ。

   まず、16日の委員会では、日本政府の慰安婦問題への取り組みについて、多くの委員から厳しい意見が飛び出した。たとえばベルギーのマーク・ボシュィ委員は、2015年の日韓合意について「沈黙を押し付けている」との声があがっていることに言及し、アメリカのガイ・マクドゥーガル委員は「なぜ慰安婦被害者が満足する形で日本政府が謝罪と補償ができないのか理解できない」(共同通信より)と批判、韓国のチョン・ジンソン委員も「あらためて日本政府に強調しておきたいのですが、慰安婦問題を否定するいかなる企みをも日本政府はハッキリと非難するよう勧告されていることです。残念ながらここでもそうした否定の動きが見られます」と釘をさした。

 ところがこれを受けた日本側は、翌17日の委員会でトンデモとしか言いようがない釈明を展開したのである。

 日本政府代表として回答した外務省の大鷹正人・国連担当大使は「この場であえて申し上げたいんですけども、この慰安婦問題につきまして、いろいろ否定するような発言、あるいはいろいろ事実を歪曲するような発言があるんではないかというような指摘がございました。日本は慰安婦問題を否定しておりません」と前置いて、表向きは「慰安婦問題の否定」を否定したのだが、そこから思わず耳を疑うような言葉が次々に飛び出した。以下に、できるだけ正確に引用しよう。

 「ただいま申し上げたいのはですね、一部に不正確な情報や理解があるのではないかというのも事実ではないかというふうに思っております。たとえば、この慰安婦の問題が世の中に注目されるにいたった経緯は、私は若干不幸な側面があったんじゃないかという風に思っております。

   とくに1983年に『私の戦争犯罪』という本があって、故人になられた吉田清治という方が、そのなかで『日本軍の命令で韓国の済州島において大勢の女性狩りをした』といったような、虚偽の事実を捏造して発表して、当時、日本の大手の新聞社によって、それが事実であるかのように大きく報道されて、そのことがこの慰安婦の問題の注目を高めることになって、そしてそのイメージをつくった、大きな一翼を担ったということもあるんじゃないかと思います。

  そういう形で国際社会にどんどん情報が伝わったということなんじゃないかと。そういう意味では非常にインパクトがあったというふうに思っています。

  ただ、これはのちにですね、完全に想像の産物であったことが証明されておりますし、この大手新聞社自身も、のちに事実関係の誤りを認めて、正式にこの点について読者に謝罪しております。この事実、この経緯については十分知られていないんじゃないかというふうに思います。あるいは、ある意味でちょっと無視されてる、ネグレクトされてるのではないかというふうに感じることがあります。

  ぜひとも、この慰安婦の問題については、客観的な見方をしながら議論する、評価していくということをやっぱりやらなければいけないと思っています」

 

慰安婦問題は吉田清司証言の嘘と朝日の誤報で生み出されたわけではない

 つまり、従来の慰安婦問題の「イメージ」、すなわち日本軍による強制性は、いわゆる吉田清治証言と朝日新聞報道が「捏造」した「空想の産物」に依拠しており、日本政府の強制性はないとの言い分は「無視されている」と主張したのである。

 愕然とするほかない。人々の人権をいかに守るか、侵害された人権をいかに回復させるかについて国際社会が知恵を振り絞って議論し、コンセンサスを得ようとする国連の人種差別撤廃委員会で、あろうことか、日本政府代表は例の“従軍慰安婦は吉田清治と朝日の捏造”というネトウヨそのもののデマカセと矮小化を図ったのだ。

 もっとも、日本政府が国連の委員会で吉田証言と朝日バッシングを使って強制性を否認しにかかったのは、これが初めてのことではない。2016年2月16日の国連女性差別撤廃委員会での対日審査では、当時の杉山晋輔外務審議官(前事務次官、現駐米大使)が同様の趣旨を発言。その2日後には朝日新聞が外務省に「根拠を示さない発言」として文書で申し入れをしている。

 こうした日本政府代表の発言は、まるで従軍慰安婦の問題が吉田清治証言にのみ依存しているような言い振りだが、言うまでもなく、そんなわけがない。だいたい、吉田証言自体、1990年代後半にはすでに信憑がないことが確定的だったし、実際、朝日が2014年に取り消したのはその吉田証言に関することだけだった。しかし、朝日の訂正以降、安倍応援団の極右界隈とネトウヨたちは勢いづき、その枝葉末節をもって慰安婦自体がなかった、あるいは慰安所はあったが軍の関与ななかった、というような虚説を垂れ流しまくっている。

 だが、日本軍が侵略したアジアの各地に慰安所をつくったことは残された軍の記録や通達からも明らかであり、歴史学的にも議論の余地はない。軍が斡旋業者を使って騙して女性を連れ出した証拠や、現地の支配者や村長に命じて女性を差し出させた証拠もいくらでもある。そして、慰安所で現地の女性や朝鮮半島から連行した女性を軍が性搾取したことは、多くの被害女性だけでなく、当時の現地関係者や元日本兵、元将校なども証言していることだ。

中曽根康弘が慰安所をつくったことを証明する戦時文書、産経の総帥も

 たとえば海軍出身の中曽根康弘元首相は、回想記『終りなき海軍』のなかで、当時、設営部隊の主計長として赴任したインドネシアで〈原住民の女を襲う〉部下のために〈苦心して、慰安所をつくってやった〉ことを自慢話として書いている。この中曽根証言は、防衛省のシンクタンク・防衛研究所の戦史研究センターが所蔵している当時の文書「海軍航空基地第2設営班資料」において、〈気荒くなり日本人同志けんか等起る〉ようになったところで〈主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設気持の緩和に非常に効果ありたり〉と記されているように、歴史事実として裏付けされたものだ。

 また、陸軍出身の鹿内信隆・元産経新聞社長は、桜田武・元日経連会長との対談集『いま明かす戦後秘史』(サンケイ出版)のなかで、慰安所と慰安婦が軍主導であった事実をあけすけに語っていた。

 「(前略)軍隊でなけりゃありえないことだろうけど、戦地に行きますとピー屋(引用者註:慰安所のこと)が……」

 「調弁する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか、それからムシロをくぐってから出て来るまでの“持ち時間”が将校は何分、下士官は何分、兵は何分……といったことまで決めなければならない(笑)。料金にも等級をつける。こんなことを規定しているのが『ピー屋設置要綱』というんで、これも経理学校で教わった」

  実際、靖国偕行文庫所蔵の『初級作戦給養百題』(1941年)という陸軍主計団記事発行部が発行した、いわば経理将校のための教科書の記述にも〈慰安所ノ設置〉が業務のひとつとされており、この鹿内証言も軍の資料と完全に一致するのだ。

 日本政府代表は国連人種差別撤廃委員会で、吉田清治の『私の戦争犯罪』を「捏造」と持ち出したが、ちゃんちゃらおかしい。同書は1983年の出版だが、鹿内証言の『いま明かす戦後秘史』も同年刊行であるし、中曽根手記が収められている『終りなき海軍』に至っては1978年に出されたものだ。

 というか、それ以前から日本でも韓国でも慰安婦についての記述がある本はいくつも出版されてきた。たしかに、元慰安婦女性が実名でインタビューに応じ、日本でそれが報じられたのは90年代に入ってからだが、その前から「本」というかたちで慰安婦に言及したものはいくらでもあるのだ。

  それを、さも吉田清治の『私の戦争犯罪』だけが慰安婦および慰安所の「イメージ」を作り上げたとする日本政府代表の言い分は、どう考えても悪質なデマゴギーではないか。はっきり言って、吉田証言の虚偽と朝日の吉田証言関連記事取り消しのみを突破口に、「慰安婦問題」の人権侵害や加害事実を否認しようとしているとしか思えない。

「朝日新聞が慰安婦問題をつくりだした」という詐術は安倍がつくりだした

 いや、実際、そういうことなのだ。あらためて振り返るが、朝日の慰安婦(吉田証言関連)記事の訂正後、安倍首相はその歴史修正主義をフル稼働させた。たとえば菅義偉官房長官は2014年9月5日の記者会見で、慰安婦問題に関する国連のクマラスワミ報告について「報告書の一部が朝日新聞が取り消した(吉田証言に関する)記事の内容に影響を受けていることは間違いない」とわざわざ強調し「朝日新聞は記事を取り消したが、慰安婦問題に関して国際社会で誤解を生じている」とまで発言した。

 念のため言っておくが、クマラスワミ報告のうち吉田証言について触れられているのはたかが数行にすぎない。しかも、本題に入る前の「歴史的背景」という項目で先行調査のひとつとして紹介されているだけで、報告書の根幹ではなく、報告書が立脚しているのは、あくまで正式タイトルにある「朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国及び日本への訪問調査」であり、元慰安婦や元兵士らからの聞き取りである。吉田証言が虚偽であっても、クマラスワミ報告書の有効性とは何の関係もないのだ

  だが、安倍政権は吉田証言の虚偽をダシに、クマラスワミ報告を攻撃し、とくに同報告が慰安婦を「性奴隷」と認定したことに猛反発。今回の国連人種差別撤廃委員会でも、日本政府側が「『性奴隷』という表現は不適切である」と繰り返し主張していたが、それも吉田証言と朝日バッシングと地続きにあるのだ。

 だいたい、安倍首相自身が朝日の記事取り消し以降、国会でも散々、吉田清治を槍玉にあげて慰安婦問題の矮小化言説をがなりたててきた。

 「吉田証言自体が強制連行の大きな根拠になっていたのは事実ではないか、このように思うわけであります」(2014年10月3日、衆院予算員会)

 「あるいはまた、吉田清治の証言の問題もそうですよ。こういうことを、ちゃんと裏づけ調査をしていれば防げたものを、防がなかったことで日本の名誉が傷つけられたという、これは大変な問題じゃないですか」(2014年10月31日、衆院地方創生に関する特別委員会)

 「(森友学園問題をめぐる朝日報道について「哀れですね。朝日らしい惨めな言い訳。予想通りでした」とFacebookに書き込んだことを問われ)これは私が書きました。(中略)(朝日新聞が報じた)吉田清治の証言に至っては、これは日本のまさに誇りを傷つけたわけであります」(2018年2月13日、衆院予算員会)

 こうやって振り返れば自明のように、つまるところ、今回の日本政府側による“慰安婦問題のイメージは吉田証言と朝日新聞報道が「捏造」した「空想の産物」”なるトンデモ発言は、安倍首相が繰り返してきた慰安婦問題の矮小化の結晶なのである。

国連人種差別撤廃委員会で大鷹大使が弄したもうひとつの詭弁

 いや、それだけではない。日本政府はこの国連の委員会で、もうひとつ、信じられないような詭弁を弄していた。それは2015年12月の日韓合意に関する発言だ。大鷹大使はこのように述べた。

 「この合意は実は当時の潘基文・国連事務総長はじめ、国際社会も歓迎して、そして、韓国人慰安婦の方もこれを評価してくださっていると私どもは認識しております」

 「元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、そして心の傷の癒しを達成するためにもですね、日韓両国で約束して、国際社会と元慰安婦の方々も評価してくださっているこの合意が着実に実施されて、そしてある意味この問題を次の世代に決して引きずらせないようにすること、それが、極めて重要なんではないかというふうに考えております」

 日韓合意が評価された、だと? たしかに日韓合意について肯定的に受け止める元慰安婦の女性はいる。しかし、もちろん否定的な元慰安婦もおり、合意直後から韓国の元慰安婦支援団体から「外交的談合」であるとの批判があがっていた。実際、昨年には韓国の検証チームが合意交渉は当時の朴槿恵大統領と安倍晋三首相の「側近による秘密交渉」であり、元慰安婦の意見が十分反映されなかったと指摘したことを忘れてはならない。

 また、韓国世論をみても、日韓合意再交渉を公約に掲げた文在寅大統領の誕生が示しているように、深刻な人権侵害に対して“カネで口を塞ぐ”かのような日韓合意に対し強く反発している。事実、元慰安婦たちは首相による「おわびの手紙」を求めているが、安倍首相は国会答弁でも「毛頭考えていない」と全否定し、いまだに直接的な謝罪は一切していないのだから当然だ。

 日本政府がそうした事実を置き去りにして日韓合意の意義を強調したことは、少女像問題を含む韓国・文政権への牽制の意味もあるが、それ以上に、「ある意味この問題を次の世代に決して引きずらせないようにする」なる大鷹大使の言葉遣いは、慰安婦問題それ自体を“もはや終わったこと”にしたいという安倍首相の欲望がダダ漏れとなったものだろう。

 本サイトで何度も触れてきたように、安倍首相は若手時代、慰安婦の強制連行否定論をがなりたて、「韓国ではキーセンが日常」「元慰安婦=キーセンハウスで働く売春婦=強制性のない商業的行為(ビジネス)だから問題なし」という趣旨の発言をしていた。

 「実態は韓国にはキーセン・ハウスがあって、そういうことをたくさんの人たちが日常どんどんやっているわけですね。ですから、それはとんでもない行為ではなくて、かなり生活の中に溶け込んでいるのではないかとすら私は思っているんです」(『歴史教科書への疑問 若手国会議員による歴史教科書問題の総括』展転社より、自民党「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」勉強会での発言)

  差別を煽る民族・国籍蔑視の思想が透けて見えるが、今回の国連人種差別撤廃委員会での日本政府代表の破廉恥な発言も、こうした安倍首相のヘイトと地続きの歴史修正主義の発露に他ならないものである。にもかかわらず、マスコミはこの日本政府の回答をほとんど報じていないのが不可解だ。歴史を歪曲し、人権侵害に沈黙を強要する安倍政権のおぞましさから目を背けてはならない。(編集部)


  昨日の記事と今日の記事。自国に都合の悪い指摘には耳を貸さない、「国連」軽視の安倍”帝国”造りが気になる。

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国連人権理事会、除染作業員ら「深刻なリスク」を懸念

2018年08月18日 | 社会・経済

国連が原発作業員の被ばく危惧も…安倍政権またもガン無視

  日刊ゲンダイ 8月18日(土)

 

   「日本政府は即刻対応しなければならない」――。国連人権理事会に各国の人権状況などを報告する特別報告者が16日、東京電力福島第1原発事故の除染作業員ら数万人が被ばくの危険にさらされている、として「深刻なリスク」を懸念する声明を発表した。

 声明では〈作業員には外国人労働者やホームレスが含まれているとの情報がある〉とし、これらの作業員は〈被ばくのリスクを十分に知らされず、経済的な苦境から危険な作業を強制されるなど搾取されている恐れがある〉と指摘。さらに、人材派遣会社を通じて作業員を雇用していることも〈労働者の権利侵害が起きやすい状況〉を招いている可能性があると警鐘を鳴らし、日本政府に対応を求めた。

 人権理事会は47カ国の人権理事国から構成されていて、現在、日本も人権理事国だ。その人権理事会の特別報告者が福島原発作業員の健康被害に疑義を唱えているのだから、政府としては「早急に対応する」と答えるのが当たり前。だが、外務省は「声明はいたずらに不安をあおり混乱を招く。風評被害に苦しむ被災地の人々をさらに苦しめかねず遺憾」とガン無視するつもりだ。

   安倍政権は「共謀罪」法の時も、同法がプライバシーや表現の自由を制約する恐れがあると指摘した人権理事会のケナタッチ特別報告者に対して「指摘、批判は全くあたらない」と真っ向から反論していた。ところが、今年3月にスイス・ジュネーブで開催された人権理事会で、日本やEUが共同提出した北朝鮮の人権侵害についての決議が採択されると、一転して〈歓迎します〉だ。自分たちの提案なら「OK」だが、自分たち以外の指摘は「NO」とは、ご都合主義にもホドがある。一体、どのツラ下げて人権理事国なんて言っているのか。

 福島原発では先月、2号機の原子炉建屋最上階の床面の放射線量を計測したところ、排水口付近でガンマ線とベータ線の合算値で最大毎時630ミリシーベルトが確認されたばかり。事故から7年経っても高線量の場所はあちこちに点在しているのだ。人権理事会が作業員の健康状態を不安視するのは当然だろう。安倍政権が人権など屁とも思っちゃいないことがよく分かる。


 他国は批判するが、自国には聞き耳持たず。安倍”皇帝”国家へまっしぐら・・・

3選阻止!

 今朝も冷え込み、最低気温は一桁になってしまった。

色づいてきた「アロニア」

 

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「綾瀬はるか『戦争』を聞く」

2018年08月17日 | 社会・経済

綾瀬はるかが戦時下の性犯罪をレポート! 兵士たちによる性暴力、国が中絶手術を強制…現在も続く性被害女性への偏見

  リテラ 2018.08.16

   昨日は73回目の終戦の日を迎えたが、民放キー局では終戦の特番はひとつも放送されることはなかった。そんななか、TBSの『NEWS23』では、放送時間を拡大して、今年も特別企画「綾瀬はるか「戦争」を聞く」を放送。今年のテーマは、「戦争と性犯罪」だ。

 今回、綾瀬が話を聞いたのは、10歳のときに敗戦を満州で迎えたという鈴木政子さん(83歳)。敗戦後、満州に侵攻したソ連兵によって収容所に連行されたが、そこではソ連兵たちによる女性たちへの性暴力が待っていた。政子さんの母・ツ子(つね)さんは、手記にこう書き綴っているという。

 〈夜ひるなしに女を連れに来る。若い者、年寄りに関係はない〉

 〈「お母さんお母さん」と泣き叫ぶ。「助けて、助けて」と呼べど叫べど誰も手出しができない〉

 〈まるで犬・猫どころか、石ころ同然である〉

 そして、10歳の政子さんも、そうした現場を目の当たりにしている。「『嫌だ』と言った、子ども2人いるお母さんが目の前でね、犯されたの。それをみんなが見てるんです」(政子さん)。ソ連兵は女性を何人か連れ出しては「5人くらいで輪姦」し、女性たちは「1回に5〜6人相手」にさせられた。病気や出血多量で多くの人がそこで亡くなったという。

 この証言に綾瀬も衝撃を受けたのか、「鈴木さんの目の前でですか?」「子どもたちの前で?」と繰り返すように尋ね、悲痛な表情を浮かべたが、こうして性暴力を受けた女性たちには、さらなる悲劇が待っていた。

 政子さんには満州で知り合った「ゆう子さん」という17歳の少女がいた。姉妹のように仲良くなったが、このゆう子さんもまたソ連兵の強姦被害に遭っていた。そして、政子さんの家族とともに命からがら収容所を抜け出し、引き揚げ船で帰国の途に着いたときに、ゆう子さんは妊娠7カ月となっていた。

 同じように妊娠していた女性のなかには、引き揚げ船から海へ身を投げる者もいた。だが、ゆう子さんは生きることを選び、船は博多港に着いた。しかし、ゆう子さんは福岡県筑紫郡二日市町にあった「二日市保養所」に連れて行かれる。この「二日市保養所」では、当時の日本では違法だった中絶手術が強制的におこなわれていたのだ。

 現在の母体保護法でも、中絶手術ができるのは妊娠22週未満まで。妊娠7カ月での中絶手術は母体のリスクがあまりにも高すぎる上、麻酔薬がなく、女性たちは麻酔なしで痛みに耐えなければならなかった。さらに、当時の手術にかかわった医師や看護師の証言によると、妊娠後期の場合、中絶ではなく出産をして、出てきた赤子の首を絞めたり、頭にメスを刺すなどして絶命させていたのだという。

  なぜ、このような中絶手術がおこなわれたのか。じつはここに国による方針があった。

 当時、堕胎にかかわった岩崎正・九州大学産婦人科教室元医局長は、「日経メディカル」1987年8月10日号に「国が命じた妊娠中絶」と題した手記を寄稿。そこには、敗戦直後に産婦人科の助教授が厚生省に緊急召集され、こう指示を受けたと書かれている。

 

〈異民族の血に汚された児の出産のみならず家庭の崩壊を考えると、これら女性たちの入国に際しては、これを厳しくチェックして、水際でくい止める必要がある〉

 〈極秘裏に中絶すべし〉

 

  『NEWS23』では、二日市保養所で500人とも言われる女性たちが中絶手術を受けたと伝えたが、この岩崎氏の手記によると、国立福岡療養所と国立佐賀療養所でおこなわれた中絶手術も〈1000件を下らない〉という。

 このように「外地」で性暴力を受けて妊娠した女性たちは、当時「不正妊娠」と呼ばれ、記録されている。強姦に遭った被害者であるにもかかわらず、女性たちは“正しくない妊娠をした者”として扱われ、意思とは関係なく国の指示によって中絶をさせられたのである。

女性たちをソ連兵に差し出し性接待をさせた日本人男性

 さらに番組では、政子さんの証言のほかに、岐阜県旧黒川村から満州に渡った「黒川開拓団」で起こった問題も紹介された。それは、敗戦後にソ連兵や現地の人びとから襲撃を受けるようになった際、「開拓団の男たち」はソ連兵に治安を守ってもらうことと引き換えに、女性を差し出して「性接待」をおこなわせていた、というものだ。このとき、男たちは女にこう言っては性暴力を正当化した。「減るもんやないし」「ロシアの人と付き合えて良かったやないか」。

 満州での性暴力、そして“身内”のはずの男たちに人身御供として差し出され、強姦の被害に遭わされた女性たち。戦時下において、女性たちはこうして性の暴力に晒されてきたのだ。

 無論、それは日本人女性だけの話ではない。『NEWS23』では、星浩キャスターが「今回、非常につらい経験を語ってくれた女性の方々を、私はその勇気に敬意を表したい」とした上で、「一方で日本はアジア・太平洋で多大な被害を与えたという加害者でもある」「我々の責任は加害者ということの歴史に目を向けること」と言及したが、日本は戦時性暴力の加害者でもあるからだ。

 言わずもがな、戦時中、日本軍兵士は戦地で強姦を繰り返し、さらには朝鮮人、台湾人、中国人、フィリピン人、インドネシア人など、多くの国の女性たちを人身売買や脅迫、甘言を囁いて騙すなどして「慰安所」に入れた。しかも、こうした「性奴隷制度」と呼ぶべき慰安所の設置には軍が関与しているのである。

 だが、こうした問題に対し、日本はいまだに「戦争中だから仕方がなかった」だの「あれは戦時中の売春婦だ」だの「強制連行ではない」だのと混ぜ返しつづけている。これは、治安のために強姦させられた黒川開拓団の女性に男性が吐き捨てた「減るもんやないし」という女性の尊厳を踏みにじる言葉と地続きのものであると同時に、いまなお日本に蔓延している女性の権利に対する意識のなさを浮き彫りにしている。実際、性被害を訴える女性に対し、この国では副総理までもが「はめられた」と言い出したり、「酒を一緒に飲んだら合意も同然」「服装が悪い」「本当は悪い気はしなかったのではないか」などと性犯罪を正当化する意見がごく当然の見方であるかのように次々と飛び出すという状況がつづいている。

 日本が戦時性暴力の加害者であることを真摯に受け止めることもなく、被害を訴える女性たちに「金目的だ」などと暴言を浴びせ、一方で性暴力を受けた女性たちに「自己責任」と言い放つ。これは、女性に対する性暴力が「女性の人権」の問題であるという認識がないことの証左だ。

 戦地で日本兵が追い込まれた過酷な状況や本土空襲の苛烈さといったテーマと比べると、日本の女性たちが受けた性被害にかんする報道は少ない。そして、多くの被害女性たちに沈黙を強いてきたのは、この国の性暴力に対する偏見や、被害者に「恥」の意識を擦り込ませる社会からの視線だ。これを現在にもつづく問題として捉えると同時に、日本軍「慰安婦」問題を筆頭に、あらゆる性暴力を「女性の人権」の問題として考える。日本に求められているのは、そうした姿勢であるはずだ。(編集部)


 なんとも、まさに「悪魔の飽食」である。この番組も観たかったのだがバイト先でちらっと観れただけだった。

 

 今朝、ここも冷え込み、ストーブをつけた。ニュースを見てたら大雪山系黒岳に初雪が降ったという。例年に比べ1か月も早いらしい。

 

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