「親に疲れた症候群」って?
毎日新聞2017年6月9日 東京夕刊
古くからあるようで、実は新しい問題なのか。自身の「親」との関係に悩む人たち向けの本が書店にずらりと並び、不仲を告白する著名人も多い。親とのコミュニケーション、なぜ難しい?【田村彰子】
「重いものは今度から、私が買ってこようか」。大阪市内在住の女性会社員(44)が実家の玄関先で、買い物帰りの70代の母に声をかけた時のことだ。母はいきなり不機嫌になり、「まだそこまで世話になりたくない」。女性は「あー、これは違ったか」と後悔した。「こっちに悪気はなくても、対応を間違えると爆発されてしまう。慎重に正解を探しているつもりなんですが」
もともと門限やしつけに厳しい両親だった。30歳を過ぎてから結婚し、同時に家を出た。しばらく関西からも離れ、子育ても夫婦2人でやった。そして自身の転勤で近くへ
小学生の子どもは、転勤前は一人で電車に乗り、習い事に通っていた。転勤後も同じようにしようとすると、両親から「何かあった時に、ご近所から『祖父母が近所にいるのになぜ』と後ろ指をさされる」と止められ、結局祖父母が送迎することに。「別に一人で行けるんだけどな……」との言葉はぐっとのみ込み、「ありがとう」「お世話になりました」を繰り返すしかない。「子どもはあくまで一方的に守る存在だと思っているので、こちらが何を言っても聞きません。頼らなくても寂しがる、頼りすぎても疲れて機嫌が悪くなる。でも子どもはなついているし、助けてもらってありがたいのも事実です。だから、どこが適切な距離か気を使わないといけない。本当に難しいです」
次に東京都内の女性会社員(40)に聞いた。やはり、親との距離感に悩んでいる。
「週末にたまたま実家に行くと、なぜか家族全員分の料理を作らされる。母は私に家事を仕込むのに熱心でしたが、今の私は忙しいんです」。専業主婦の母の元で、一人娘として育った。現在は働きながら2人の子どもを育てるが、母親が「自分はこうして育てた」と注文をつけてくる。「反論すると『あなたは昔から言い方がきつい』と言われます」
断ち切れぬ関係 昔「しゅうとめ」今は母
この数年、親との関係の難しさを取り上げる書籍や雑誌の企画が目立つ。「毒親」なんて言葉も生まれた。大阪市内で「男性更年期外来」を開設している医師の石蔵文信さんは「50代ぐらいの男性がうつ状態で来院し、会社での過重労働が問題かと聞いてみると、そうでもない人が多い。『実は親との関係で悩んでいます』というケースが増えました」と話す。石蔵さんがインターネットで数百人にアンケートした結果、全体の3分の2以上が親にストレスを感じていると回答した。自分の親を呼び寄せて妻ともめてしまう男性、婚活を母親に強いられる女性--。石蔵さんはこうした人たちを「親に疲れた症候群」と名付けた。
「親に疲れた症候群」が増えたのはなぜか。石蔵さんはまず「寿命が延びて、親は経済力も元気もありますから、親世代がずっと子どもを抱えていられる」と分析する。子どもの側にも理由がある。生涯未婚率が上昇し、非正規雇用も増えた。「子どもも親に頼った方がメリットがあると感じています」
中高年の女性の生き方を取り上げている雑誌「婦人公論」(中央公論新社)でも、「母と娘の関係」についての特集が売れ筋だ。5年ほど前から、だいたい半年に1回の割合で特集を組み、今月13日発売号も特集は「やっぱり母が重たくて」。
編集長の横山恵子さんによると、かつて女性読者が共感できる家族の悩ましいテーマの定番は「嫁しゅうとめ」「子どもの反抗期」「夫」だった。しかし、今はそれらが以前ほど読者に響かないという。「結婚しても『嫁ぐ』という感覚がない今、嫁しゅうとめ問題はほとんどない。しゅうとめ側も、『意地悪なしゅうとめと思われたくない』『私がされたようなことはしたくない』と口やかましくは言いたがりません。子どもの深刻な反抗期も減ってきて、夫にいたっては、いざとなったら離婚すればいいし、そもそもあまり関心がない。結局、放っておけない最後の存在として親、特に母親が残るようです。どこかに『育ててくれた人』という意識があるからかもしれません」と話す。
実際の反響は、「娘側」からの共感がほとんど。「専業主婦の母に期待をかけられ、育てられた子どもが増えました。その人たちが、未婚だったり、自分の子育てで母親に頼っていたりして、子どもの立場でいる時間が長くなり、母親の価値観から逃れられない。『ずっと親の考えを押しつけられている私の気持ちもわかって』と、娘側は思い続けているようです」。幼少の頃からの親子関係が続いている人は多いらしい。
加齢の影響も 子が上手に立てて
親の不機嫌に、何か科学的なメカニズムがあるのだろうか。老年精神医学を専門とする和田秀樹さんによると、老いて親の性格が変わったように見えるのは、まず脳やホルモンの変化が原因のことが多い。加齢が進むと前頭葉が萎縮してくるという。「前頭葉は、理性や感情をコントロールし、意欲を保ちます。萎縮によって認知症まで至らなくても、子どものアドバイスに激高してしまったり、落ち込み出したら止まらなくなったりしやすくなるのです」と和田さん。
さらに、高齢になると脳の神経細胞に情報を伝達するセロトニンが減少することも分かっている。「セロトニンが減少すると、うつになりやすい。環境や悩み事のせいではなく、生物学的にうつになってしまう人が多い」と説明する。性ホルモンの影響も顕著だ。和田さんが続ける。「女性は男性ホルモンの分泌が増え、やたら活動的になったり攻撃的になったりすることがあります。娘にやたら電話し、一方的にまくし立てるのは典型的な症状です。男性は、逆に男性ホルモンの分泌が減り、無気力になり家にずっと引きこもるということが起こりやすい」
それでも、心身が丈夫な間は決められた役割は十分こなせる。「人や社会に必要とされていないと思うと、ますます不安定になり、トラブルのもとになる。自己肯定感をなくさないようにすることが大事なんです。相手を上手に立てた上で、適切な距離を保つことです」と和田さんはアドバイスする。
「しがらみを切り捨てる力がない人が多いわね」と話すのは作家の下重暁子さん。2015年に出版され、ベストセラーとなった「家族という病」では、いかに意志を持って親から自立し、思いを断ち切ったかを明かしている。
エリート軍人の家に生まれ、「暁子命」の母の元で期待を一身に背負って育ったという。「優等生でしたから、あのままの時代が続いたら、鼻持ちならない嫌な女になっていたでしょうね」。小学3年で終戦を迎えた。それまでの価値観が激変する中、公職追放を受けた父は「落ちた偶像」となり、経済的にも困窮した。「その上、少し時代が落ち着いてくるとまた軍国主義的なことを言い出す。この変節が許せず、すっかり失望して父を最後まで避けていました」。NHKのアナウンサーになり、家を出てからは一時的に母と暮らした以外、一緒に住むことはなかった。
そんな下重さんでも「父や母のことを本に書くまでは完全に解放されなかった。心のどこかで幸せな家庭に育った人と思われたかったのかもしれません」と話す。それほど、親や家族の関係は複雑なものなのだろう。「でも今の私は、自分個人が闘って選択してきたものと胸を張って言えます。自由を手にして、とても楽しいですよ」
下重さんは、一番近いようで実は遠くにいる全く知らない人間、それが親、家族なのだと説く。「私は少なくとも、画家志望だった父がどうして絵を諦めたのか、何でもできた母がなぜ黙って父を支えるだけの人生を選んだのか、何を考えどう生きたかったのかは知りませんでした。だから、まず自分に期待しましょうよ。そして、親子であろうとも同化せずに個として向き合う。そうすれば、理解できることも分かりあえることもきっとあるはずです」
大切なのは、自分の足でしっかりと立つこと、そして親と向き合うこと--。やっぱり、「親」は難しい。
今日、明日は晴れマーク、と思っていたのですが、今確認すると明日は曇りのようです。週間天気予報も明日の予報もすぐ変わります。気温も高くなりました。ハウスの中は40度近くになっています。作業は、早朝と夕方です。
もう、明日には食べれそうです。
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もうちょっと書いて再投稿します。
こちらはイエローアイコ。家で種を採り、づうっと継いできたもの。
伏見甘長唐辛子。こちらも自家採種したものです。
食べられる花、ナスターチューム、ボリジ。