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「アウティング(暴露)」あなたなら・・・・・・?

2019年02月28日 | 事件

「日本の司法はそんなものなのか」一橋大アウティング事件、踏み込まぬ司法判断に遺族ら落胆

  ハフポスNEWS 20190227

    泉谷由梨子

 

原告の訴えを全て棄却しますーー。

鈴木正紀裁判長が淡々と話すと、傍聴席にはため息が漏れた。

ゲイであることを同級生に暴露(アウティング)された一橋大の法科大学院生(当時25歳)が、20158月に校舎から転落死した事件。学校が適切な対応をしなかったと両親が訴えた東京地裁の裁判は、227日、原告側の敗訴で終わった。

学生に過去の自分を重ね「常に死が隣に控えている」と感じた松中権さん、オープンリーゲイとして活動しながらも、時にパートナーとの「関係を偽らなくてはならない」ことに疑問を感じると書いた松岡宗嗣さん。その他にも、亡くなった学生に思いを寄せる同性愛や性的マイノリティの当事者を含む人々が傍聴席を埋め、その時を待っていた。

しかし、判決では、ハラスメントなどの相談を受けながら転落死を止められなかった学校側の落ち度はなかったとされた。

それだけでなく、「アウティングが不法行為にあたるか」などの議論には一切踏み込まなかったことが、原告や支援者を落胆させた。

 

「日本の司法はそんなものなのか」

原告となった両親の代理人の南和行弁護士・吉田昌史弁護士も「夫夫(ふうふ)」だ。南弁護士は、弁護士を目指していた学生から、亡くなる直前、アウティングについての苦悩を相談されていた。

判決を受けて開かれた記者会見。吉田弁護士は判決について以下のように語った。

裁判では一貫して意図せずアウティングされることの危険性を訴えてきたつもりです。アウティングは人を死に追い込む危険がある加害行為。そうした不法行為が学内で行われたというのを前提に、大学にはどのぐらいの危険性があるのかを判断してほしかった。

若者がひとり、命をなくしている。そこに踏み込まなければ、「今現在同じことが起こった時に、大学は同じ判断をするんですか」ということになってしまう。

訴訟が始まってから他の大学でもいろいろな動きがあった。代理人としては不本意な裁判所の姿勢でした。

続いて南弁護士は、亡くなった学生の父親の「笑われるような判決ではないか」や、「日本の司法はそんなものか」と落胆する妹のコメントを読み上げた。

そして、さらに家族の様子や思いを代弁。涙をぬぐった。

彼のお母さんお父さんは、裁判のたびにこう話していました。「本人の気持ちも一緒に法廷に来ているから。弁護士にはなれなかったけど、あなたの裁判だよ」と。

この裁判が勝つか負けるかよりも、裁判所が「アウティング」をどう捉えるか、その本質を気にされていました。

「目指していた弁護士にはなれなかったけれど、本人の生きたことが日本の裁判の歴史の中で大きな基準になるような判決になれば、夢は果たせなくても意味はあったんじゃないかな」それがご両親の思いでした。

「アウティング」は集団の中で人間関係がガラッと変わってしまうこと。しかし裁判では表面的な判断しかされなかった。私達、原告代理人も残念でなりません。

 

「カミングアウト」「アウティング」に接したら

しかし、今回の訴訟では、亡くなった学生に「好き」と告白され、その後「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ」と、友人たちにLINEグループでアウティングをした同級生に、一定の理解を示す声が少なからずあったことも事実だ。

例えば、「異性愛者である自分がもし突然、同性の知人から『告白』をされたら、どう接すればいいのか?誰にも言わずに自分で全て受け止めなくてはいけないのか」といった声だ。

南弁護士は、そうした声を受けて、「知人が同性愛者であったという秘密を知ってしまうことが、『爆弾を預けられた』みたいに思われることも嫌だなと思った」と率直に語った。

その一方で、差別や偏見の多い世の中での意図せぬアウティングが、その人を孤立させ、死に追いやるほどの危険性を孕んだ行為だということについて、もっと考えてほしいとも訴えた。

南弁護士は、今回のアウティング行為について「相手が傷つくのをわかっててやったので正当性がない。秘密を抱えている人に敵意を向けたって解決はしない」と改めて厳しく指摘した。

さらに、一般的に「カミングアウトや告白などで秘密を知った人」「誰かのアウティングに接してしまった人」に対しては、こう考えてほしいと語った。

みんな、集団の中で人と人との人間関係を作っています。その中でアウティングされることは、「この人みんなの前でこういうこと言ってるけど、本当は違いますよ」ということをバーッと裸にされたような感覚です。その不安感が孤立に繋がります。

アウティングに「巻き込まれた」(周囲の)人も、知ってしまった事情をなかったことにするのではなく、「あなたの孤立感も分かるよ」としたうえで、新しく人間関係を作っていけたらいい。「聞かなかったことにするから大丈夫だよ」というのは違うと思います。それが、アウティングされた人を救う上で大事だと思います。


***    ***   ***


「彼は私」でした。一橋大アウティング事件で、電通を辞めて向き合ったひとつの感情。

私は、一橋大学出身のゲイのひとりです。この事件を機に、どんなことを感じ、考えてきたのかを、お伝えしたいと思います。

  ハフポス BLOG 2019年02月27日

 
photo anno筆者の松中権

ゲイであることを同級生に同意なく暴露(アウティング)され苦しんでいた一橋大学ロースクールの学生(当時25歳)が、2015年8月、大学敷地内で転落死する痛ましい事件がありました。

残されたご家族が、大学の相談対応の不備などを訴えた訴訟の判決公判が2月27日、東京地裁で開かれます。

私は、一橋大学出身のゲイのひとりです。この事件について知れば知るほど、考えれば考えるほど、胸がぎゅーっと締め付けられて、悲しさと怒りがグチャっと混ざったような感情が喉につかえて、吐き出すことができず、とても苦しくなってしまいます。

今となっては聞くことのできない、亡くなってしまったご本人の気持ち。

残されたご家族の方々、おひとり、おひとりの思い。

 

アウティングをした学生が当時そして現在、何を考えているのか。

国立市が「アウティング禁止」が盛り込まれた条例を施行するなど、多くの自治体や教育機関が動くなかで、今もなお姿勢を変えない一橋大学が守ろうとしているものとは何かーー。

判決を迎えた今日、認定NPO法人グッド・エイジング・エールズの代表としてではなく、他の誰でもない、私、松中権自身が、この事件を機に、どんなことを感じ、考えてきたのかを、お伝えしたいと思います。

 

あの日、大学生の頃に夢見た仕事が現実になろうとしていた。

Gon Matsunaka2016年夏。リオ・デ・ジャネイロの「ジャパンハウス」にて。

 2016年8月5日。第1回の口頭弁論にともない記者会見が開かれた時、私はブラジルのリオ・デ・ジャネイロにいました。

広告会社の電通に新卒で入社し、16年目の夏。日本一硬いクライアントのひとつといわれる、日本国政府の首相官邸担当営業となって5年が経っていました。

リオ五輪に合わせて世界中からやってくる人たちに向けて、日本の文化や技術を期間限定で現地にて発信する、「ジャパンハウス」というホスピタリティ施設プロジェクトの、まさに立ち上げのタイミングでした。

2010年にNPOを立ち上げて二足のわらじで働いていた私は、会社の仲間にも、ゲイであることをカミングアウトしていました。クライアント先の方々にひとりひとり説明したことはありませんでしたが、周知の事実でした。

聖火リレーの最中に、ランナーとして参加していたゲイカップルが、リオのゲイタウン・イパネマで立ち止まってキスをするニュースが流れると、「ゴン、もちろん、このニュース知ってるよね?」とチームのひとりが教えてくれたり、現地入りしていた組織委員会の方からは、「2020年の東京大会では、松中さんのLGBTネットワークの力もお借りしないとですね」と声をかけてくれたりしました。

私にとっては、大学生の頃に夢を見ていた仕事、働き方、それが、まさに目の前で現実になろうとしている瞬間でした。


大学4年の冬、逃げるように留学したオーストラリア

Gon Matsunaka1999年。留学先のオーストラリア・メルボルンにて、友人たちと。

一橋大学に通っていた4年生の冬、体育会の部活動の仲間も、ゼミの仲間も、みんなが卒業と就職に向けて準備する中、ひとり、逃げるように留学した先がオーストラリアでした。わらをも掴む思いでした。

ゲイカップルが手を繋いで街中を歩いているというニュースをネットで見つけ、自分らしく生きるにはここしかない、と信じて渡った国。初めて、ゲイであることをカミングアウトして、楽しく過ごした日々。

初めて、自分という存在を、自分自身が受け止め、向き合うことができた2年間。その留学の最後、2000年シドニー五輪のクロージング・セレモニーの会場に行く機会があり、オーストラリアが生んだ歌姫、カイリー・ミノーグが、ドラァグクイーン50人を引き連れてショーをする姿を目の当たりにしたことは今でも忘れられません。

「将来、そんな多様性を讃えるような仕事をしたい」。帰国後、内定が決まった電通で、人生において初めて思い描いた夢でした。


一橋大の「彼は私」でした。 

Gon Matsunaka大学時代。体育会フィールドホッケー部の仲間たちと。

本当に、自分はラッキーだな。周りの人や出会いにも恵まれて。まさかカミングアウトして働けるなんて、想像もしていませんでした。

このまま、いまの部署で働きながらNPOと二足のわらじを続けていけば、「多様性」がテーマの東京オリンピック・パラリンピックをレインボーにすることにも関われるかもしれない。いや、きっと関われるはずーー。

人生に一度あるかないかのオリンピックが日本で開催される機会に、LGBTのことをポジティブに発信できれば、多くの人たちに希望を届けられるかもしれない。このラッキーを最大限に生かしていきたい。

リオ五輪の現場で「ジャパンハウス」を立ち上げ、オープニングセレモニーの運営をしながら、そんな高揚感を全身で感じていました。

セレモニーの後、ホテルに帰った夜のことでした。時差ぼけもあり、うつらうつらしていた朝方だったかもしれません。何気なく開いたパソコンで見たFacebookのタイムラインが、事件のニュースや投稿で埋めつくされていたのです。

一橋大学、法科大学院、ゲイ、転落死、同性愛を暴露、アウティング、友人に恋愛感情・・・

オープンリーゲイで文化人類学者の砂川秀樹さんが、多くの同性愛者が自分と重ねて「彼は私だ」と感じていると、おっしゃっていました。

まさに、まさに、「彼は私」でした。

一橋大学法学部でゲイ。同じ、くにたち(国立)の校舎で学んでいたひとりのゲイというだけではなく、記事を通して知る、やりとりや状況のすべてが、私でした。

ホテルの部屋でひとり、過呼吸で吐きそうになりながら、パソコンに向かっていました。

 本当に、自分はラッキーだったのか

全身に電気ショックを受けたように、血液が体から音を立ててサーッと引いていく。記者会見の当初、ネット上に流れていた同級生たちとのLINEグループのやり取りの画面のスクショが、トドメをさしました。

6月24日水曜日

12時32分 おれもう おまえがゲイであることを 隠しておくのムリだ。ごめん

12時40分 たとえ そうだとして 何かある?笑 (既読8)

14時00分 これ 憲法同性愛者の人権 くるんじゃね笑(既読8)

たとえ、そうだとして 何かある? 

同級生のアウティングを、とっさにうまいこと誤魔化そうする。「笑」をつけて……。既読になっても、そこから80分間、何の反応もないLINEグループの仲間たち。

なんてコメントすればいいんだ。何が正解なんだ。

どう答えれば、一瞬の笑いで終わって、これまで通りの仲間たちに戻れるんだ。

ゲイってことが、なかったことになるんだ。

いや、もしかしたら、誰かが助け舟を出してくれるかも。

男が好きでも、女が好きでも、関係なくね。

さらっと、そんなこと言ってくれないか。

いや、まずは否定しないと。

いや、否定したら、逆に怪しい。

みんなとの関係が崩れる。

どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。 

亡くなった彼の、心の声が聞こえてくるようでした。大切にしたい仲間たちとの関係と、自分らしく生きたいけど生きられない葛藤との間で、なんとか辻褄を合わせ、帳尻を合わせ、ごまかし、嘘をつき、一緒に笑い、笑ったふりをし、楽しんでいるふりをする。

それは、私自身が一橋大学での4年間、毎日、経験していたこと。私自身の心の声でもありました。電通に就職した後も、NPOを作ってカミングアウトするまで心の声は続いていました。

続いていたはずなのに、この事件のニュースやLINEのやり取りを目にするまで、本当にすっかり忘れていました。記憶のどこかにしまい込んで鍵をかけてしまっていた、という方が合っているかもしれません。

本当に、自分はラッキーだな。周りの人にも恵まれて。このラッキーを最大限生して2020年まで、二足のわらじで頑張ろうなんて高揚感とともに感じていた自分。その愚かさや薄っぺらさ、自己中心的な発想に落胆しました。

自分はラッキーなんてものではなく、ただただ、たまたま生きることができているだけ。生かされているだけ。いまの日本社会では、同じようなことが誰にでも起きうる状況で、私自身も含めて、セクシュアル・マイノリティの人たちは、毎日、綱渡りのような生活をしているのです。

ちょっとしたことがきっかけで、身近にいる誰かの考え方や行動がちょっと違うだけで、常に「死」というものが隣に控えている。いまだに、それが必然であり、たまたま偶然、生きられているだけ、とも言えるかもしれません。


電通を辞めた私が向き合った、ひとつの感情

リオ五輪でのプロジェクトを終え、帰国した2016年秋。グッド・エイジング・エールズのメンバーひとりひとりに、電通を辞めて二足のわらじから一足にして、LGBTの活動に専念したいと相談しました。

「ゴンが決めたことだったら、応援するよ」

「しばらく休職してじゃ、ダメなの?」

「ワクワクするね」

「35年ローンで買ったばかりのマンション、どうするの?」

いろんな声があり、相当悩みましたが、最後はみんなで背中を押してくれました。この2月で独立して1年半と少しとなります。

グッド・エイジング・エールズは、2010年4月4日に立ち上げて以降、「LGBTと、いろんな人と、いっしょに」という掛け声のもと、当事者とアライ(理解者、支援者、応援者)が交われるような場づくりに関わる、様々なプロジェクトを展開してきました。

 

Gon Matsunakaグッド・エイジング・エールズが毎夏オープンする、一色海岸カラフルカフェ。

身近な経験や体験から、理解を広げたり、当事者が安心できる場を広げたりしていくものです。もちろん、引き続きこれらの活動は続けて行きたいと思っています。2020年というタイミングも最大限に活用していくつもりです。

ですが、私個人としては、今回の事件をきっかけに、自分の中にあるひとつの感情に向き合わなければならないと思うようになりました。

それは、「人権を主張すること、それを守る制度を求めること、そのために政治的に動くことは、どこかカッコ悪い」というものです。

 「そんなことをしたら、理解を広げるどころか、壁を作られてしまう」

「面倒くさい奴らだと思われて、良い関係を作れない」

「なんか、バランス感覚のない人に思われるのは嫌だ」

これまで、いろんな理由をつけて逃げてきた自分と対峙することとなりました。

「どこかカッコ悪い」なんて言っていられない。大切な、大切な、いろんな将来の可能性を抱えた、ひとりの若者の命が失われたのです。

彼は私、だったかもしれないし、彼は明日の私かもしれない。

彼は私の大切な誰かかもしれないし、彼は誰かにとっての大切な誰かかもしれない。

彼は、自分の人生を自分らしく生きたいと願う全ての人なのです。

 

理解をひろげて「安心」を、差別をなくして「安全」を

Gon Matsunaka2018年秋。東京2020大会に向けた企画「プライドハウス東京」の記者会見。

「同調圧力の強い日本社会では、声をあげるのは難しい」ではなく、そんな日本社会だからこそ、どんな人であろうと、その性的指向・性自認によって差別をしてはいけないという人権意識や法制度を整えていくべきだと考えています。

理解をひろげることで「安心」した場所をつくることと同時に、何かがあった時に頼れる、その何かを事前に食い止められる「安全」な場所であることも大切です。「安心」と「安全」の両輪が必要なのです。

どんな理由があったにせよ、アウティングをしてしまった学生や正しい知識をもとにした誠実な対応がなかった一橋大学には、どれだけ重大なことを起こしてしまったかを認識し、今後に向けて真摯に動いてほしいと願います。

そして、本当は、LINEグループでアウティングがあった後、既読8となった仲間のうち、残り7人こそ、彼を救うきっかけをつくることができたのではないかと強く思っています。

「そんなこと、言うなんて何を考えてるんだ」と静止したり、「これは、ひどいハラスメントだ」と客観的な立場から当局にレポートしたり、「大丈夫かい? なにかサポートできることない?」と個別に連絡したり。それぞれに、できることがあったのではないでしょうか。

7人だけでなく、くにたちの校舎がそんな仲間たちであふれていたら、歯車は違う未来に向かうことができたかもしれません。

母校に何も働きかけができていなかったことへの悔しさと反省、二度と同じことが日本全国の学びの場で起きて欲しくないという思いから、会社を辞めてからは、NPO活動とは別に、性的指向・性自認に関する差別をなくしていく法制度を求める活動にも関わるようになりました。

そして判決をむかえる今日、一橋大学の卒業生と在校生をつなぐ取り組みを、有志で立ち上げました。

PRIDE BRIDGE」と名付けたネットワークで、一橋大学のキャンパスを、LGBT学生・職員にとって安心・安全な場所に変えるための具体的なアクションをひろげていきたいと思っています。

もちろん、キャンパスの外にも色々な相談先はありますが、そこにアクセスできない状態の人が、たくさん存在しているのです。くにたちの校舎を、誰にとっても優しい場所に、根本から変えていくことが必要なのではないでしょうか。

一橋大学の卒業生や、身近に卒業生がいらっしゃる方に、ぜひ届いてほしいと思います。

 

「あなたが、この世界で見たいと思う変化があるなら…」

Soshi Matsuoka超党派のLGBT議連と連携し、「レインボー国会」を過去3回開催。

 日本社会は少しずつ変わり始めている。そう感じている人も多いかもしれません。「自分は、いま心地よく働いているから、わざわざ声をあげなくてもいいと思っている」そんな当事者の声もよく聞きます。

でも、そこには自分たちより先に生まれたみなさん、自分たちの同年代や後輩など、本当にたくさんの方々や団体による地道な取り組みが存在しています。

もし自分はラッキーだな、色々あるけど幸せに生きられている、と思っている人がいたら、それは、自分の周りの小さな社会にいる人たちのおかげで、偶然生きられているだけかもしれないと、考えてみる時間を持ってもらえると嬉しいです。

当事者だけではありません。たまたま自分の身近な大切な人たちは、偶然幸せに生きていられるだけ、幸せに生きているように見えているだけかもしれないないのです。

社会は勝手には変化しません。

変えたいと願う人の、小さな勇気と行動が集まって変わっていくものです。

ガンジーによる言葉、大好きな名言があります。

「あなたが、この世界で見たいと思う変化があるなら、あなた自身が変化となりなさい」

ひとつの大切な命が失われました。もう二度と、繰り返してはなりません。私たちの時代で、終わりにしましょう。

......

一橋大学卒業生・在校生ネットワーク「PRIDE BRIDGE」賛同者フォーム

 

※2018年7月16日、明治大学で開催された「一橋大学アウティング事件裁判:裁判経過報告と共に考える集い」に登壇し、お話した内容をもとに加筆・編集しています。 
コメント

「真摯(しんし)に受け止める」

2019年02月27日 | 社会・経済

 沖縄投票「無視」 民主主義を軽んじるな

 

  東京新聞 社説 2019年2月27日

 

 安倍政権にとり「真摯(しんし)に受け止める」は「無視する」と同義らしい。沖縄県民投票で、辺野古埋め立てに鮮明な反対の民意が示されても新基地工事は止まらない。それでも民主主義国といえるのか。

 安倍晋三首相は二十五日の衆院予算委員会で、前日の県民投票結果について「真摯に受け止め、基地負担の軽減に全力を尽くす」と述べた。だが、言葉とは裏腹に辺野古では埋め立てが続く。

 理由は「世界で最も危険な普天間飛行場の固定化は避けなければならない。これは地元との共通認識」(首相)。相変わらず外交・安全保障に関わる基地政策は、国が強引に進める姿勢だ。

 しかし、国の専管事項とされる外交・安保も、民主主義国では主権者である住民の生活環境を害さない限り、との条件が付けられよう。生活を犠牲にするような安保政策は民主的とはいえない。たとえ基地ができたとしても、地元の協力がなければ円滑な運用などできるはずがない。

 沖縄の人たちは知事選や国政選挙を通し、主権者として、沖縄への過重な負担となる新基地建設に繰り返し異議を表明してきた。

 本来なら、議会制民主主義によって立つ政権はその声に誠実に耳を傾けて是正を図らなければならないが、沖縄に限っては一顧だにしない。選挙による間接民主主義が機能しない「構造的差別」の下、直接民主主義で再度民意の在りかを示さなくてはならなくなったのが今回の県民投票だ。

 結果は、自民、公明両党が自主投票だったとはいえ、投票率は県内の最近の国政選挙並みに50%を超え、72%が反対だった。県内全市町村で反対多数だったことも民意を歴然と示している。首相は、辺野古埋め立てを前提とした普天間返還が「地元との共通認識」となお真顔で言えるのか。

 県民投票が持つ意味の重さは米メディアなども報道した。琉球新報と沖縄タイムスの両編集局長は本紙への寄稿で「日本が人権と民主主義をあまねく保障する国であるのか、県民投票が問いかけたのはそのこと」「沖縄は答えを出した。今度は日本政府、ひいては本土の人たちが答えを出す番」と、それぞれ訴えた。

 政権は埋め立てを直ちに中断し基地再編について米国と再協議すべきだ。本土の側も最大の関心を持って見守り、参院選などの判断材料にしなければならない。それこそが、機能不全に陥った日本の民主主義を再起させる道である。

***    ***

 ここがおかしい 小林節が斬る!

住民投票にはわが国の最高法である憲法上の拘束力がある

日刊ゲンダイ 2019/02/27 

 

小林節慶応大名誉教授

 1949年生まれ。都立新宿高を経て慶大法学部卒。法学博士、弁護士。米ハーバード大法科大学院のロ客員研究員などを経て慶大教授。現在は名誉教授。「朝まで生テレビ!」などに出演。憲法、英米法の論客として知られる。14年の安保関連法制の国会審議の際、衆院憲法調査査会で「集団的自衛権の行使は違憲」と発言し、その後の国民的な反対運動の象徴的存在となる。「白熱講義! 日本国憲法改正」など著書多数。新著は竹田恒泰氏との共著「憲法の真髄」(ベスト新著)


 在日米軍普天間飛行場の辺野古移設の是非を問う沖縄県民投票の結果は、「反対」が実に72%を超えた。

 それでも、安倍政権はそれを無視して移設工事を続行する構えを崩していない。その背景に「県民投票には法的拘束力がない」という認識と「安全保障は国の専権事項だ」という認識があることは確かである。

 しかし、県民投票には、わが国の最高法である憲法上の拘束力があることを忘れてはいないだろうか。

 憲法95条は「ひとつの地方自治体のみに適用される国の法律は、その自治体の住民投票で過半数の同意を得なければならない」(つまり、自治体住民には拒否権がある)と定めている。つまり、それが国策として必要だと国会が判断しても、その負担を一方的に負わされる特定の自治体の住民には拒否権があるという、極めて自然で当然な原則である。

 もちろん、辺野古への米軍基地の移設は形式上は「法律」ではない。それは、条約上の義務を履行しようとする内閣による「行政処分」である。しかし、それは形式論で、要するに、「国の都合で過剰な負担をひとつの地方自治体に押し付けてはならない」という規範が憲法95条の法意であり、それは、人間として自然で当然な普遍的常理に基づいている。

 アメリカ独立宣言を引用するまでもなく、国家も地方自治体も、そこに生活する個々の人間の幸福追求を支援するためのサービス機関にすぎない。そして、国家として一律に保障すべき行政事務と地域の特性に合わせたきめ細かな行政事務をそれぞれに提供するために、両者は役割を分担しているのである。

 そこで、改めて今回の問題を分析してみると次のようになろう。まず、わが国の安全保障を確実にするために日米安保条約が不可欠だという前提は争わないでおこう。しかし、だからといって、そのための負担を下から4番目に小さな県に7割以上も押し付けていていいはずはない。そこに住民が反発して当然である。だから、政府としては、憲法の趣旨に従って、「少なくとも県外への移設」を追求すべき憲法上の義務があるのだ。

 


 

日本国憲法

〔一の地方公共団体のみに適用される特別法〕

 第95条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。

他のメディアを見てもほとんどが「法的拘束力はない」と解説しているのだが・・・・・

部屋に置いた桃が咲き始めました。

江部乙の玄関前と駐車場に融雪剤(木灰)をまきました。
まだ2月なんですがね。

コメント

児童養護施設長殺害事件

2019年02月26日 | 事件

容疑者はネットカフェ難民!?ー児童養護施設出身者への支援とネットカフェ難民支援の強化へー

渋谷区児童養護施設長殺害事件

昨日、目を疑うような衝撃的な報道が入ってきた。

児童養護施設長が元利用者の容疑者に殺害されたという事件である。

改めて同じ福祉専門職として施設長に敬意を表し、ご冥福を祈念する。

彼の死を社会に活かすためにも事件の状況からできることを考えていきたい。

今日になって以下のような容疑者の生活環境などが少しずつ明らかになってきた。

その後の捜査関係者への取材で、田原容疑者は「ネットカフェを転々としていた。包丁は2、3週間前に埼玉の大宮の店で買った」と供述していることがわかりました。田原容疑者は去年9月まではアパートに暮らしていたということですが、家賃を滞納して退去したとみられています。

出典:児童養護施設長死亡、元入所者の男「ネットカフェを転々と」(TBS)

アパート家賃滞納から退去し、すでに定住する住居はなく、ネットカフェを転々としており、児童養護施設出身者であるということだ。

誤解しないでもらいたいが、ネットカフェ生活者、ネットカフェ難民、児童養護施設出身者というカテゴリーが危険なわけではない

生活困窮者の個別的な状況に対応できていない社会に原因を問わなければならない事件であろう。

児童養護施設退所者への支援強化を

児童養護施設出身者は大きなハンデを背負って社会に出ていくことがすでに知られている。

東京都「児童養護施設等退所者の実態調査結果」(2017)から少し実態を知ってほしい。

児童養護施設出身者等の現在の居住環境は「民間の賃貸住宅(民間アパート等)」が 36.7%と最も高い。

今回も家賃滞納ゆえに退去してネットカフェを転々としているが、家賃負担に耐えられなくなる事例には事欠かない。

そして「 同居の家族はいない」割合が58.6%と過半数であり、家族や親族の支援を受けることが難しいことも理解できる。

出身家庭に依存しながら暮らしている10代後半~20代前半の若者が多いなか、誰にも依存せずに生きていくことは大変である。

さらに医療機関や相談機関を利用している者のうち、心療内科が24.0%、精神神経科22.1%と割合が高く、メンタル面での課題を抱えている者も多い。もともと虐待経験もあれば、精神面に与える「負の影響」は生涯にわたって続くことも予想される。

そして、後述するように、将来に対する不安が日常的にあり、頼れる親族がいない状況では心身の疲労も激しい。

現在の仕事の業種は「商業・サービス業」の割合が最も高く46.0%、次いで「医療・福祉関係」が 12.7%である。

以下は回答があった業種・仕事の一例だ。

・足場の組み立て鉄骨建て ・アクセサリー卸し・プールの監視アシスタント・高齢者の世話・カラオケ店の接客・居酒屋ホール・ガスメーターの取り替え・ガラス瓶に焼き付け加工・携帯ショップ販売・食材の下ごしらえ・漫画アシスタント・児童デイサービス・医療法人の栄養管理・カフェ店員、パチンコ店員・自動車教習所教官

その雇用形態については、「正規雇用(正社員) 」の割合は 45.2%となっている。「派遣・契約社員」(12.1%)と「パート・アルバイト」(34.7%)の非正規雇用の割合は合わせて 46.8%となっている。

約半数は非正規雇用で働いている。そのうえ業種も一般的に見れば、業界全体が低賃金・長時間労働を強いて、離職率も高い、いわゆるブラック企業と指摘されるものも散見される。

「月収(手取り)はどのくらいですか」と聞いたところ、15万円未満が 52.5%、15万円~25万円が 39.1%、25万円以上が 8.4%となっている。大半は手取り収入が15万円未満であり、家賃を支払えば生活のゆとりはほとんどないことも理解できる。

今回のような児童養護施設出身者のホームレス化、ネットカフェ難民化は容易に起こりうるとみた方が自然であろう。

前述したとおり、非正規雇用の多さも深刻な問題である。そもそも賃金だけで暮らすことは無理難題だと言ってもいい。

9割近い児童養護施設等退所者が必死にフルタイムで働いたとしてもワーキングプアに陥っている姿が見えてくる。

彼らの最終学歴は「中学校」が 18.7% 、「大学」が 3.2%である。「高等学校」は 61.2%、「専門学校」は 13.3%となっている(※在学中除く)。

大学全入時代だと言われているが、相変わらず低所得世帯の子どもや彼らのような存在には広く大学進学の門戸は開かれていない

大学学費の高騰、在学中の生活費の工面、アルバイトと学業の両立など進学を阻む壁が立ちはだかるし、大学卒業まで持ちこたえられない中退者も多く存在している。

そして「現在困っていること」について、割合が最も高いのは「生活全般の不安や将来の不安について」で 51.5%、次いで「現在の仕事に関すること」が 37.4%となっている。

約半数は現在も何らかの生活不安を抱えながら暮らしているし、仕事や収入に関しても悩みを抱えていることが理解できる。

困った際の相談先は「施設の職員」の割合が最も高く 32.7%、 次いで「その他の友人」が 28.7%、「学校の友人・先輩」が 24.4%となっている。

今回は容疑者が出身の児童養護施設での事件である。

継続して児童養護施設退所者への相談支援をどの施設でも献身的に行っているが、施設職員の人員配置や労働環境も十分ではなく、支援現場には限界があることも確かだ。

おおむね児童養護施設などを退所した若者たちは支援が十分ではなく、生活困窮に至りやすい。

欧州などのように、住宅手当を支給したり、学費無償化にするなど公的支援も弱い。

この社会構造を変えなければ苦しむ者たちはこれからも後を絶たない

ネットカフェ難民を防犯対象から支援対象へ

先日、最近ホームレスを見かけることが少ない理由ー見えにくい住居不安定者の実態ーを配信して、生活困窮者がネットカフェに定住している状況をお伝えした。

生活に不安を抱え、ネットカフェを転々としている生活困窮者は東京都内だけで1日あたり約4,000人いるといわれている。

しかし、その実態はブラックボックスであり、政府や各自治体とも十分な調査がされていない

これまでネットカフェ利用者に対しては、防犯の観点から身元確認ができる書類の提示や利用者登録、個人情報の管理などを進めてきている。

しかし、本来おこなうべきことは彼らを防犯対象ではなく、支援対象者として定め、必要に応じて対応していくことではないだろうか。

僕が所属しているNPO法人ほっとプラスでも、いわゆるネットカフェ難民への相談支援活動を続けている。

もしネットカフェでこの情報を見ていて困っている方は気軽に連絡してほしい。できることがあるはずだ。

特定非営利活動法人ほっとプラス

〒337-0017 埼玉県さいたま市見沼区風渡野359-3タウンコート七里1階

tel:048-687-0920 fax:048-792-0159

相談フォーム http://www.hotplus.or.jp/consult

さらにネットカフェ事業者は、ぜひNPOや公的機関と連携して、ネットカフェで暮らすことを余儀なくされている利用者への相談支援活動に歩みを進めてほしい。

近年では性風俗店での相談支援活動など、従来は連携できなかった産業での取り組みが注目されている。

本事件を契機に児童養護施設出身者への支援強化、ネットカフェ難民の調査・支援に向けた一歩が進むことを期待しているし、引き続き率先して取り組んでいきたい。


藤田孝典 NPOほっとプラス代表理事 聖学院大学人間福祉学部客員准教授

1982年生まれ。埼玉県越谷市在住。社会福祉士。首都圏で生活困窮者支援を行うソーシャルワーカー。生活保護や生活困窮者支援の在り方に関する活動と提言を行う。NPO法人ほっとプラス代表理事。聖学院大学客員准教授(公的扶助論など)。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。元・厚生労働省社会保障審議会特別部会委員(生活困窮者自立支援法)。著書に『貧困クライシス』(毎日新聞出版 2017)『貧困世代』(講談社 2016)『下流老人』(朝日新聞出版 2015)『ひとりも殺させない』(堀之内出版 2013)共著に『知りたい!ソーシャルワーカーの仕事』(岩波書店 2015)など多数。

 隣との境界に植えられた栗の木。栗の木の右側がわたしの借りている土地。太い枝が越境してしまい、隣からクレームが来たので、木登りして手鋸で切ったもの。切り落とした枝の後始末がまた大変。

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沖縄少女暴行事件から & 鹿肉

2019年02月25日 | 社会・経済
 
沖縄県民投票 忘れてはいけない「一人の少女」、そして分断を乗り越えるという姿勢

2月24日の県民投票で民意が示したのは、圧倒的と言っていい「反対」だった。

 
 

 2月24日に投開票がされた沖縄県名護市の辺野古新基地建設による、埋め立ての是非をめぐる県民投票。民意が示したのは、圧倒的と言っていい反対だった。結果に法的拘束力はなく、投票の結果如何に関係なく国が建設を進めることは確実だ。忘れてはいけないのは、この問題の「そもそも」だ。

原点にある事件

 辺野古問題の原点は1995年まで遡る。同年9月、沖縄の米海兵隊員ら3人が、当時12歳の女子小学生を集団暴行した事件だ。一人の少女が米兵に拉致され、暴行を受ける。この事件の衝撃は大きかった。

 私は当時、事件を捜査した沖縄県警捜査一課の担当記者に話を聞き、ルポルタージュを書いたことがある。(講談社・現代ビジネス)。地元紙記者である彼が語っていたのは、ただの事件記者ではまず直面しない、あまりにセンシティブな捜査だった。ルポから引用しよう。

《捜査を担当する沖縄県警捜査一課の次席(メディア対応の責任者)から本当に異例のことですが個別に呼ばれ、「こんな事件が起きている。もう少しだけ発表を待ってほしい」と要請を受けました。

その時点で被害者が少女であること、そして加害者の米兵が3人いて県警は彼らの名前まで割り出していた。

それでも沖縄の刑事はみんな知っています。これは自分たちが逮捕しても捜査が及ばない案件でもっと政治的な問題になる。中途半端な段階で捜査情報が漏れてしまうと、これ以上の情報が取れなくなる可能性がある。

ギリギリまで待ってほしいというのは、そういうお願いでした。彼らは自分たちの島で起きた凶悪事件なのに、容疑者がわかっていても何もできないことばかりなのです。できる限り被害者のために捜査をしたいんだという思いは伝わってきました。》

記憶とファクト

 なぜ衝撃だったのか。それは少女暴行事件が戦後の沖縄に残っていた生々しい記憶を呼び起こしたからではないか、という話を方々で聞いた。いくつかのファクトを沖縄タイムス2016年6月18日に発行した特別紙面から抜き出しておこう。

 ・沖縄の面積が日本全体の0・6%なのに、米軍基地の負担率は74・4%に達する。

 ・戦後10年目=1955年には沖縄の負担率は11%に過ぎなかった。それが増えてきたのは、本土から沖縄に駐在した海兵隊の存在だった。

・1945年以降発生した強姦殺人、殺人、交通死亡、強姦の被害者数は少なく見積もっても(資料や文献で確認できるもの)だけで、620人超に上る。その中には生後9ヶ月の乳児もいた。

 ・米軍統治下の沖縄では米兵への捜査権、逮捕権、裁判権は制限されており、米軍が開いた法廷で明らかな有罪であっても「無罪」が言い渡されることが日常茶飯で起きていたこと。

 少女暴行事件はこれらの記憶を蘇らせたということだ。事件はやがて、1995年10月21日に大規模な県民大会に発展した。立ち上がった人々の怒りによって、翌1996年4月に電撃的と形容される普天間基地返還が決まった。

 歴史に基づくリアルな感情を共有すると「今」の見方が変わる。戦後の歴史の延長線上に少女暴行事件、大きな反対運動がある。声を上げた結果、日米政府は普天間を返すと言った。少女暴行事件があったにもかかわらず、問題はいつの間にか普天間返還から、辺野古沖への移設が争点となり、やがて埋め立てて新基地建設という話

になり……。

 そして、20数年の時を経て県民投票に結びつく。

県民投票前の沖縄で

 今月、県民投票を前に雑誌「ニューズウィーク日本版」の依頼で沖縄各地を取材した。懸念された投票率は50%を超え、52・48%だった。反対票は昨年、県知事選で玉城デニー知事が獲得した約39万6000票を上回り、40万票を超えた。

 結果を見ながら、取材で出会った自民党沖縄県連の幹部が「沖縄の世論は……」と解説してくれたことを思い出す。

 《「辺野古は反対。基地もできるだけ少ない方がいいし、無いならないほうがいい。でも、現実には基地で仕事がある人もいて、交流もある。全面撤去は望ましくないが、かといって新しく作られるのは嫌だ。これだけ基地を負担をしていて、なお日本のために新しい基地が必要だと言うなら、本土に作ってくれ」というところに多数が収まるんじゃないかな。

 世論調査をやっているからね。間違いない。でも、政権は本気。国の建設は止められない。受け入れるしかないって人もいるし、何よりあれだけ危険な普天間が返還されるなら仕方ないという人もいる。》

 ひとしきり「世論」を解説した後、彼は興味深い話を始めた。辺野古について反対を貫いた前知事の翁長雄志、前々知事で辺野古周辺海域の埋め立てを承認しながらも、沖縄が置かれた状況を「差別に近い」と語った仲井真弘多の違いである。

 翁長はかつては自民県連の雄、仲井真は自民系が推した知事だ。二人のことはともによく知っている。

 《ウチナンチューが本気で国とケンカを続けることができるのか。今はまだできない、と思っていたのが仲井真さんで、今こそ戦うべきだと思ったのが翁長さん。分断があるっていうけど、彼らの違いは本土の人が思っているほどには無いんだよ。本土から来たメディアの人にはわからないと思うけどさ……。》

 外から見れば「分断」と言いたくなるような違いも、内側のモノサシを使えば違って見える。

忘れてはいけない原点

 少女暴行事件と同時に忘れてはいけないのは、今回の県民投票を主導したグループも反対と賛成の分断を促すという狙いはまったくないということだ。繰り返し聞いたのは、「県民投票で意思表示をして、いがみ合いや分断を乗り越えたい」という強い思いだった。

 これが彼らの原点だ。

 少なくとも私が取材した人たちが、時間を費やしたいと思っていたのは「基地が多すぎる。経済が弱すぎる」という沖縄の問題を受け止め、未来を語るということだった。

 沖縄が多くの願望が投影される土地だ。保守もリベラルも共通しているのは、自身の政治的なスタンスに合致する時は喜び、反対する民意が示されたときはがっかりするということだ。

 政治的スタンスというモノサシだけで「民意」を解釈し、利用しようとする。今回の投票結果を巡っても、よくやったという賞賛、意味がないという批判、県民は何もわかっていないという冷笑が飛び交うだろう。

 こうした姿勢こそが無駄な分断を生んでいる。問題は内部にあるのではない。上がった声を聞かない政府であり、都合のいい意見にしか共感できない人々にある。投じられた一票の向こうに何があるのか。何かを言う前に立ち止まって考えることはどこにいてもできる。

 忘れてはいけないのは、歴史であり、原点だ。


鹿肉をいただいた。

「鹿肉鹿肉の優れた栄養素と栄養価」より
    http://jibie39.xyz/eiyou.html

 昔から鹿肉は刺身で食べるのが常識で、山の大トロと言われてきました。

(念のため現在"生食"は禁止されていて充分な加熱が推奨されています)

 鹿は体温が高く、寄生虫やウィルスがつきにくい為、「洗浄肉」ともいわれています。

そして、以下のような言い伝えがあります。

 おばあちゃんの知恵袋

身ごもったら布団を売ってでも鹿肉を食べなさい

体温が上がらないときは鹿肉を食べなさい

鹿肉には体温を高める働きがあり、食べることが免疫力の向上にもなり、病気になりにくい体になるといわれています。

知られざる鹿肉の優れた栄養価

鹿肉と牛肉・豚肉の栄養価をそれぞれ比較した表で、ご案内します。
栄養成分の比較100gあたり

 

鹿肉※1

牛肉※2

豚肉※3

エネルギー(kcal)

147

317

253

たんぱく質(g)

22.6

17.1

17.1

脂質(g)

5.2

25.8

19.2

鉄(mg)

3.4

2.0

0.6

ビタミンB1(mg)

0.21

0.07

0.63

ビタミンB2(mg)

0.32

0.17

0.23

ビタミンB6(mg)

0.55

0.35

0.28

ビタミンB12(mg)

1.3

1.4

0.5

引用元:日本食品成分表[文部科学省]外部リンク

※1ニホンジカ、赤肉、生

※2和牛肉(サーロイン)、赤肉、生

※3大型肉種、肩ロース、脂身付、生

表を見ていただくと分かるように、鹿肉は栄養素8種類の内6種類が、牛肉・豚肉より優れた数値になっています。

 カロリーが牛肉の半分,脂質が5分の1,鉄分は1 .7倍

という結果が出ています。

なかでも鉄分のヘム鉄が豊富で、非ヘム鉄に比べて人体と相性が良く、鉄分の吸収率が5~6倍高いとの報告があります。

ほかにもナイアシン8mg、パントテン酸0.8mg、カリウム350mg、マグネシウム26mg、リン200mgと豊富な栄養素が含まれています。

 アセチルカルニチンが豊富

  鹿肉は、牛肉・豚肉と比較してみても優れた栄養価を備えているのですが、さらに注目されている成分,「アセチルカルニチン」です。

アミノ酸の一種で、脳機能向上や疲労・ストレス軽減などの効果があると報告されている成分です。

青魚のDHAにも似た働きのあるアセチルカルニチンですが、シカ肉には牛肉の2倍も含まれています。

カルニチンの働きは、先に紹介したもののほかに「体内の脂肪を燃焼させる働きに役立つ」という点が挙げられます。

カルニチンは脂質からエネルギーを取り出す際に、燃焼の場となるミトコンドリア内に運搬する役割を担う唯一のアミノ酸なのです。

そのカルニチンの生成体がアセチルカルニチンで、全体の1割の状態で存在しており、天然のサプリメントといわれています。

スポーツ選手にも適した食材として注目されているほか、ダイエット食や病中病後の療養食、高齢者の介護食としての利用も現在期待されています。

 

共役リノール酸

共役(きょうやく)リノール酸は反芻(はんすう)動物[シカ科・キリン科・ウシ科などとラクダ科に属する哺乳類の総称]の消化管内微生物の働きにより、リノール酸からできる不飽和脂肪酸です。

これにより、脂肪燃焼、抗酸化作用、アレルギーの予防、疲労回復などの効果が期待されています。

共役リノール酸は体内では生成されない為、食品から摂取することになるのですが、摂取が難しい成分といわれています。

 

 

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異例づくしの「オスプレイ」

2019年02月24日 | 社会・経済

週のはじめに考える オスプレイでよいのか

 

  東京新聞 社説 2019217

 

 米海兵隊の「オスプレイ」の定期整備が二年を経過しても終わりません。陸上自衛隊はこのオスプレイを十七機導入します。これでよいのでしょうか。

 防衛省と在日米軍は、沖縄の米海兵隊が保有するオスプレイの定期整備を千葉県の陸上自衛隊木更津駐屯地で行うことにしました。整備を請け負ったのは富士重工業(現スバル)です。

 最初の一機の定期整備が始まったのは二〇一七年二月一日。防衛省は「一機あたりの整備工期は三、四カ月」、ただし初回は「九月上旬まで実施」と地元の木更津市に説明しました。

◆米軍が業者公募か

 ところがどうでしょう。その一機目は二年たっても整備が終わらず、格納庫に入ったままです。

 防衛省の担当者は、整備マニュアルが英語の電子データで分かりにくいこと、交換する部品や工具が米国から届かないことを遅延の理由に挙げます。

 スバルの整備員は米国で研修した専門家を含めて約三十人もいます。「部品や工具が米国から届かない」との説明も驚きですが、防衛省関係者は「機体内部がサビだらけで手の施しようがなく、交換しなければならない部品が思いのほか多かった。その部品の交換に必要な工具も米国から取り寄せた」と舞台裏を明かします。

 どれほど手荒く使っていたのか、またそんな機体が飛んでいたのかと不安になります。

 整備に時間がかかった影響でしょうか。米軍は昨年七月、沖縄配備のオスプレイ二十四機のうち八機を米国から運んできた八機と一斉に交換しました。この事実を防衛省、在日米軍とも公表せず、双方に事実を指摘しても交換した機数すら明らかにしません。

◆異例の導入経過

 昨年十二月には米海軍省がオスプレイの整備ができる業者を探している旨のインターネット公告がありました。希望者は今月二十日、神奈川県の米海軍厚木基地に来てほしいというのです。

 防衛省の担当者は「情報収集のための公告」といいますが、スバルとの交代なのか、業者の追加なのかは「わからない」とのこと。一方、在日米軍はメールでの問い合わせに返事すらありません。

 オスプレイは、沖縄配備から五年もたたないうちに二機が墜落などで失われ、エンジンの不調などによる予防着陸も目立ちます。

 死者が出るなどの重大事故にあたる「クラスA」の事故率は十万飛行時間あたり、三・二四で、米海兵隊機全体の二・七二より高く、また空軍版オスプレイのクラスA事故率は、その海兵隊版より高い四・〇五です。

 そのうえに整備が難しい機体だとすれば、沖縄ばかりでなく空軍版のオスプレイが昨年、配備された東京都の横田基地周辺の住民も心穏やかではおられません。

 陸上自衛隊が導入するオスプレイ十七機は近く国内に配備され、日米を合計すれば五十一機のオスプレイが日本の空を飛び回ることに。本当によいのでしょうか。

 木更津駐屯地での整備遅れについて、山崎幸二陸上幕僚長は会見で「コメントする状況にない」とだけ。木更津駐屯地は「日米オスプレイの共通整備基盤」(防衛省)であり、自衛隊版オスプレイもここで整備するのですから人ごとではないはずです。

 そもそも自衛隊のオスプレイ導入は、異例の経過をたどりました。本来、自衛隊の武器類はユーザーである防衛省・自衛隊が選定します。しかし、二十年先の安全保障環境を見通して策定する「陸上自衛隊長期防衛戦略」にオスプレイの名前はなかったそうです。

 陸上自衛隊はオスプレイの二倍以上の人員や物資を空輸できるCH47大型ヘリコプターを五十五機も保有していたからです。

 導入することになったのは、米軍が沖縄配備を進めた一二年当時、沖縄から上がった配備反対の声に対し、民主党政権の玄葉光一郎外相が「安全性を訴えるため自衛隊も保有すべきだ」と提案、当時の森本敏防衛相が同調して調査費を計上、これを安倍晋三政権が引き継ぎ、導入を決めたのです。

 「沖縄の民意」より「米軍の意向」を優先する政治判断でした。文民である政治家が「これを使え」と軍事のプロである自衛隊の装備品を選んだのです。

◆暴走する文民統制

 その意味では、海上自衛隊が求めていないにもかかわらず、護衛艦「いずも」の空母化を自民党が提言し、首相官邸が丸のみした新「防衛計画の大綱」の「空母保有」も同一線上にあります。

 軍事組織の暴走を止めるはずの文民統制が危険を呼び込むのだとすれば救いはどこにあるのか。痛恨の極みというほかありません。


税金の使い道、もっとたくさんあるのですが・・・

 青森の友人からリンゴと黒ニンニクが届いた。リンゴは2回目で、大きな箱で送られてくる。夜遅くのアルバイトをしているので、帰ってくるとたいそうお腹が減る。そんなときの夜食代わりにちょうどいい。黒ニンニクは少し風邪気味かなと思った時などにうってつけ。いつもありがとう

 江部乙の伐開作業の様子。ここは昔、田んぼだったところ。あまりに木が密集しているので間引いているところ。

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あれからもう8年・・・・

2019年02月23日 | 社会・経済

「もう限界」自主的に24時間営業をやめたセブンイレブン加盟店オーナーの判断に波紋

「人生パルプンテ」https://parupunte-life.com/archives/2244

   2019/2/21

 24時間営業が当たり前といわれるコンビニ業界。東大阪市のコンビニ店オーナーが「24時間は、もう限界」と悲鳴を上げています。

  今月1日から自主的にコンビニの「24時間営業」をやめたのは、東大阪市にあるセブンイレブンのフランチャイズ加盟店を運営する男性オーナー(57)です。

 主な理由は人手不足で、午前1時~6時の営業をやめ「19時間営業」にしたところ、セブンイレブン本部から契約違反として違約金約1700万円を請求された上、契約解除を求められたということです。

男性オーナーは取材に対し「5月から3回くらいしか、きっちり休んだことないです」などと話しています。

男性オーナーによりますと、一緒に切り盛りしてきた妻が去年5月に亡くなり、アルバイトも集まらないことなどから、本部に相談してきたということです。

 セブンイレブン側は「男性オーナーと適切な話ができていなかった。24時間営業は『社会インフラ』と『安全安心な街づくり』の役割を果たしている」とコメントしています。

 

********************

 コンビニ24時間 「いい気分」を続けたい

   東京新聞2019223日社説(抜粋)

 

 運営側からみると、二十四時間営業はいわば常識で、物流網などもそれに合わせて構築している。営業時間を短縮すれば売り上げが減る恐れもある。コンビニは利便性が生命線で営業時間についてはにわかには譲れない面がある。

 その一方で考えたいのは消費する側の姿勢や心理だ。多くの人が深夜最寄りの駅に降り立ち、コンビニで朝食の材料など買う。開いていればとりあえず寄るケースもあるだろう。

 時間を選ばないコンビニへの立ち寄りは今や暮らしに溶け込んでいる。運営側もそれに応えようと長時間営業に努める。こんな負の連鎖が起きているのではないか。

 仮に深夜にコンビニがなくても、救急医療などと違って死活問題ではない。消費行動がもし過酷労働の下地になっているなら、多少不便であっても消費者は二十四時間でないことを受け入れるべきだろう。

 一般的にコンビニが足元の売り上げやライバルとの競合にこだわる気持ちはよく分かる。しかし現場へのしわ寄せが過重になる中、最前線で働く人たちへの配慮ももちろん持ってほしい。公共性への意識は企業の責務だ。

 今回の場合、やはり運営側が強い立場にある。物流や会計処理など運営全体の見直しで、二十四時間にこだわらない工夫はできないものだろうか。

 実際に少しずつ時間短縮に取り組み始めた他社もいるようだ。運営企業と店舗、双方が「いい気分」で営業を続けられる創意工夫を期待したい。

 


 

 

「東日本大震災」の教訓はすでになくなってしまったのか?

「大量生産、大量消費」の時代ではない。本当に、人間らしい仕事、人間らしい生き方、人間らしい暮らし方、が求められたのだと思った。

もうすぐ8年である。

 「不適切動画」の問題もある。平成の「奴隷制度」につながれる経営者、そして若い非正規労働者。がんじがらめに自己を拘束される若者にとって、このような形で羽目を外すことによってうっぷん晴らしたのかもしれない。しかし、ひと昔前だったら、このような人物は採用されていなかっただろう。しかし人手不足である。良い人材を選べず、十分な企業教育もままならない。しかも、そんな人物を深夜、たった一人、あるいは数名で店を任せてしまうことの重大性を考えなければならない。企業の損害は膨大なものとなり、アホナことをした青年、未成年、その家族を訴え、膨大な賠償金を請求する、それでいいものなのか?

 経営者の健康まで害するような、さらには膨大な「企業損失」を招きかねないような「契約」でいいものなのか?「東日本大震災」から8年目を迎えて考えなければならないのではないだろうか!
わたしたちが
・・・

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本気になって、ごみの減量を!

2019年02月22日 | 社会・経済

名古屋ごみ減量 干潟に教えられたこと

東京新聞 社説 2019222

 名古屋市のごみ非常事態宣言から二十年。市と市民が危機感を共有し、短期間で大減量を成し遂げた。その過程を振り返り、鳥の目で未来を展望しよう。持続可能な社会を築くヒントが見えてくる。

 二十世紀末、家庭から出るごみは増え続け、名古屋市のごみ処理量は年百万トンを超えていた。

 逼迫(ひっぱく)する埋め立て処分場。市は新しい処分場の予定地として、伊勢湾最奥部にある名古屋港西一区に白羽の矢を立てていた。

 候補地は藤前干潟と呼ばれる、伊勢湾に残る最後の大規模干潟、渡り鳥が羽を休める国内最大級の飛来地だ。それをごみで埋め立てるとは-。ここへ来て“炎上”し、海外からも批判が舞い込んだ。

 一九九九年一月、市は埋め立てを断念し、野鳥の楽園は守られた。だが、ごみはどうする-。当時の松原武久市長が、それを市民に問うたのが、二月のごみ非常事態宣言だった。「二年で二割、二十万トンのごみ減量を」-。市長が直接、呼びかけた。

 連日の報道で、市民は知った。ごみは「私たち自身が出している」。そのごみは「決して消えてはなくならない」。ならば「減らすしかないではないか」-。

 市民の多くが「非常事態」を“わが事”と受け止めた。干潟が教えてくれたのだ。

 市は速やかに排出ルールを見直した。びん・缶分別収集を全市に拡大、指定袋制を導入、プラスチック容器の分別収集開始…。延べ約二千三百回の住民説明会を開催し、市民の理解を深めていった。

 二年後、名古屋市民は市のごみ処理量を23%、埋め立て量を47%、減らすことができていた。

 温室効果ガスが地上を覆い、廃プラスチックが大海を埋め尽くす勢いの今だからこそ、振り返って考えたい。名古屋はなぜ、他の大都市から「不可能」と言われたごみ減量に成功したか-。「『鳥か人間か』ではなく、『鳥も人間も』生き残るための選択だった」-。藤前干潟を守る会の代表だった辻淳夫さんのつぶやきを思い出す。

 “藤前干潟の教え”には、地球規模の課題を解決するために、自治体レベルで共有できるヒントが、隠れてはいないだろうか。

 メディアが課題を見える化し、行政が仕組みを作り、市民が“私にできること”をした-。ナゴヤの成功体験は、例えば国連が進めるSDGs(持続可能な開発目標)にも、応用できるはずだから。


 わずか2年という短期間にこれだけの成果が得られたことは、すべての地域でも見習う必要があるだろう。すでに「大量生産、大量消費」の時代は終わったのだ。分別回収とリサイクルの徹底が求められている。「温暖化対策」も待ったなしなのだ。

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ここは震度3かな?

2019年02月22日 | 自然

「スーパームーン」と聞いてなんか嫌な感じがしていたのですが、来ましたね。

夜なので被害状況などわかりませんが、厚真町の昨年の山崩れを想像すると雪崩、山崩れが心配です。

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雨宮処凛がゆく! 第475回:10年前の年越し派遣村の記録を見て思う。

2019年02月21日 | 社会・経済

マガジン9 2019220

   https://maga9.jp/190220-3/ 


 今の全財産は3円で、ここに来るまでの3週間、「公園のトイレにいた」と50代の男性は言った。

 今から10年前に開催された、年越し派遣村を記録した映像の中でだ。

 2019年2月16日に開催された「反貧困ネットワーク全国集会」。今年の集会のテーマは「年越し派遣村から10年、自己責任社会はどう変わったか」。

 集会のディスカッションに登壇したのは、年越し派遣村の際、まさに現場で「村民」たちの生活相談、労働相談に乗り、その後の生活保護申請をはじめ数ヶ月間にわたってフォローを続けた活動家たち。労働運動活動家の河添誠氏、派遣ユニオンの関根秀一郎氏、弁護士の猪股正氏、元連合非正規労働センターの龍井葉二氏、元生活保護利用者の和久井みちる氏だ。このメンバーに私も加わり、当時を振り返りつつ「この10年」の変化について、語った。

 その冒頭にて、当時の映像が流れたのだ。改めて思ったのは、「派遣村なんて、よくこんな無謀なこと、ほんとにやったよな…」ということだ。

 08年秋に起きたリーマンショック。それによって全国に派遣切りの嵐が吹き荒れ、製造業派遣などで働く人々が寮から追い出されるなどしていた。そんなことから、職も住む場所も所持金も失った人々を受け入れようと企画された派遣村。しかし、そもそも不安要素しかない取り組みだ。

 本当に人は来るのだろうか? もし来なかったら? いや、予想よりたくさん来てしまったら? 寝る場所は? 毎日の食事は? そのための物資は? 人手は? 体調が悪い人への対応は? いったん受け入れてしまったら、いろいろと責任だって発生する。みんなの生活が再建されるまで、とにかく支援し続けるしかなくなる。あらゆるトラブルも予想される。お金だってかかるし、みんなの年末年始の休みは当然、潰れる。

 しかし、そんなこんなをものともせず、「とにかくやろう!」と派遣村実行委員会は立ち上がった。この日、話を聞いて改めて驚いたのは、派遣村を「やろう」ということになったのが、08年12月なかば頃だということ。なんと半月くらいしか準備期間がなかったのだ。

 が、多くの人とノウハウ、そして資金が投入され、「年越し派遣村」は年末の日比谷公園に突如、出現した。私も「開村」の日に訪れたが、当初は「ほんとに人なんて来るのかな」といった空気だった。しかし、多くのメディアで報じられるにつれ、続々と人が押し寄せる。結局、初日だけで100人以上が訪れ、最終的に500人以上に膨れ上がった。年明けには厚生労働省の講堂が開放され、みんなは吹きっさらしのテントから、暖房のある部屋に移動することができた。派遣村の様子はお正月のメディアの連日トップニュース扱いで、寄付金はなんと4000万円以上集まった。そうして炊き出しなどのお手伝いに来てくれたボランティアは、「村民」の3倍以上になったのだ。

 おのおのが、そんな10年前の「野戦病院」のような様相を振り返った。

 派遣村にやって来たのは、職も住む場所も所持金も失った人たちだ。何日も食べずに、命の危機にある人もいた。着いた途端、倒れ込んでしまう人もいた。飛び降り自殺しようとしているところを警察に保護され、派遣村に連れてこられた人もいた。08年6月、秋葉原で無差別殺人事件を起こした加藤智大の同僚もいた。派遣切りされていたのだ。静岡から歩いてきたという人もいた。もし、派遣村がなかったら、年末年始の路上で、餓死・凍死していたかもしれない人々だ。そうして約半数が派遣村から生活保護を申請し、生活再建の第一歩を踏み出した。

 そんな当時の映像を見ながら驚いたのは、テレビカメラの数だ。映像のほとんどのシーンに何台ものテレビカメラがひしめき、カメラのフラッシュが光る。それを見ながら、複雑な思いがこみ上げてきた。なぜなら、10年前の派遣村の光景は、今の年末の炊き出しの光景とちっとも変わらないものだからだ。この連載でもレポートしているように、私は14年から毎年、年末年始は都内や関東周辺の越年越冬を巡っている。ホームレス状態の人に炊き出しが振る舞われ、生活相談・労働相談が行われ、場合によってはテントで集団野営するその場所は、「年越し派遣村」の取り組みとまったく変わらない。

 しかし、私はこの4年間そんな現場を巡っていて、テレビカメラなど一台もお目にかかったことはない。取材など、ほとんどない。あの時と同じ光景が今も毎年、年末年始に出現し、当事者が語る切実な言葉(所持金が3円とか、失業して昨日初めて野宿したとか)はちっとも変わっていないのに、メディアの関心はもう、まったくもって全然一切、ないのだ。

 そのような現実を見るたびに、「社会問題」って「作られる」ものなのだとつくづく思う。作られ、消費され、ブームになったらたちまち古びて忘れられる。一方で、メディアが無視すればそれは「ないこと」になってしまう。これにどう抗っていけばいいのか、今のところ、答えは出ていない。

 もうひとつ、派遣村の映像を見て思い出したのは「自己責任の線引き」という言葉だ。

 年越し派遣村まで、世論は「貧困は自己責任」という方に傾いていたと思う。しかし、派遣村以降、一気にひっくり返ったのを感じた。特にそれまで「自己責任」と強調していた自民党議員などが09年の年明けになると、突然「セーフティネットの必要性」なんかを言い始めたのだ。

 一方で、「派遣村って言っているのにホームレスもいるじゃないか」という批判もあった。派遣切りで失業した人と、それ以前に失業し、ホームレス状態が長く続いた人を分けるような言い方だ。しかし、そもそも「ホームレス」は状態をさす言葉である。そういう意味では、派遣村にいるすべての人が「ホームレス」だ。そこを「時期の長さ」などで選別し、「線引き」しようとすることになんの意味があるのだろう? おそらく、そんなことを言う人の中には「ホームレスは好きでやってる」という偏見があり、「好きでやってるやつは助ける必要がないけど、派遣切りでホームレスになった人は助けるべき」という「命の選別」があるのだろう。これって恐ろしい考えだと思うのだが、そんな事態を受けて当時みんなで話したのは、「派遣村って結局、自己責任の線引きを少しズラしただけかもしれない」ということだった。

 そうして今、「自己責任の線引き」は、もっと複雑怪奇になっている。

 2019年のこの国では、「貧しい人」「ホームレス状態になった人」に、10年前ほどの同情は集まらない。きっと今、同じ光景が出現しても、4000万円ものカンパは集まらないだろう。関心も薄れている。10年前、ネットカフェに暮らす家なき人々は「ネットカフェ難民」と呼ばれ、衝撃をもって受け止められたが、今は「家がなくてネットカフェ暮らし」なんてあまりに普通のことなので「ネットカフェ難民」という言葉すら使われない。

 10年分、この国の人々は貧困の悲劇に慣れ、麻痺した。「今は世界中で格差が広がってるっていうし、仕方ないよね」という諦めも感じる。そんな中、「苦しい」と声を上げれば、たちまち「貧困バッシング」に晒される。16年夏、「子どもの貧困」をテーマとしたテレビ番組に出た女子高生が、部屋にアニメグッズがあったことなどをきっかけに「ほんとの貧困じゃない」などとバッシングされたことを覚えている人も多いだろう。自己責任云々の前に、貧困当事者として目立とうものなら「お前は本当に貧困なのか」「お前が正真正銘の清く正しく美しい貧困者だということを今すぐに証明しろ、それができないなら今すぐ黙れ」「お前ごときが貧しいなどとおこがましい」と怒涛のバッシングが待っている。

 この10年で、貧困は「過去のもの」から「すぐそばにある、誰が落ちてもおかしくない落とし穴」に変わった。そんな中、非正規雇用率は4割に迫り、賃金は上がらず、貯蓄ゼロ世帯が増え続け、多くは他者に同情している余裕などないのかもしれない。中間層がどんどん地盤沈下していくということは、善良な人々の声も奪われていくということだ。

 この日、ディスカッションに登壇した人々の多くは、10年前と比較して、貧困をめぐる状況はまったく変わっていないどころか、むしろ悪くなっていると語った。

 そんな話をしながら思い出したのは、反貧困ネットワークが結成された時のことだ。

 ホームレス支援団体や労働組合や弁護士、シングルマザー支援団体などが「貧困」というプラットフォームで出会い、ともに解決していこうとこのネットワークが結成されたのは、派遣村の前年、07年。32歳だった私は、副代表に就任した(現在は副代表という立場はなく、世話人)。

 ネットワーク結成に向けていろいろ準備で動いている頃から、私は衝撃の連続だった。

 「家がない」「お金がない」「働けない」「働いたのに賃金未払い」などなど、本当に満身創痍の状態の当事者を、反貧困ネットの活動家、支援者たちが次々と鮮やかに救っていったからだ。これほど「貧困で困っている人」がいることにも驚いたけれど、それよりも驚いたのは、世の中に、見知らぬ誰かを当たり前に「助ける」人たちがいるということだ。しかもみんな法律を知り尽くしていてすごいノウハウを持っていて、とにかくどんなに大変な状況の人でも鮮やかに助けてしまうのだ。そしてそれをひけらかすこともなく、ただ淡々と、本当に「普通のこと」としてやっている。そんな人々の姿を見て、泣きたいくらいに感動した。この人たち、人間の姿をしてるけど、もしかして地上に舞い降りた天使? 一見「普通の成人男性、成人女性」風に見えるけど、もしかして妖精とかそっち系?

 同時に、19歳でフリーターとして働き始め、25歳で物書きとなってから、初めて「一息つけた」気がした。それまで、絶対に病気になっちゃいけないし、絶対に家賃滞納しちゃいけいし、とにかく絶対仕事切らしちゃいけないし、「つらい」なんて思ったらアウトだし、誰も助けてくれないんだから歯を食いしばって耐えて、嫌なことも飲み込んで仕事にしがみつき続け、稼ぎ続けなきゃ死ぬと思ってた。ちょっとでも弱みを見せたら、たちまち奈落の底に突き落とされると思ってた。常に体調もメンタルも万全なふりをしてないと、自分なんか一瞬で「干される」と思ってた。だから絶対締め切りに遅れなかったし、ひどいことを言われたりされたりしても泣き寝入りしたし、原稿料があまりに安くても、あまりに無茶な要求をされても何も言わずにいた。

 だけど、そんなに気張らなくてもいいのかもしれない。もしかしたら、もしかして、ちょっと休みたいと思ったり、サボッたりしてもいいのかもしれない。自分をいじめるような働き方をしなくても、少しくらいだったら自分を大切にしてもいいのかもしれない。だって、最悪、一文無しになってもホームレス状態になっても、こんなふうに当たり前に人を助ける人たちがいるんだから。

 それは私にとって、本当に大きな大きな発見だった。それまで、人間は所詮自分のことしか考えてなくて、他人が死のうと苦しもうとそれよりも自分の欲望の方が大切なんだと思ってた。実際、そんな人の方が多かった。でも、私は30代で生まれて初めて「困っている赤の他人に当たり前に手を差し伸べる」人に出会ったのだ。それも、一気に大量に。

 この人たちの近くにいれば、お金がなくても死ぬことがなさそうだ。

 私が反貧困運動に深入りした一番の理由はそれである。身も蓋もないけれど、一番の動機は「自分のため」だ。当時の私は物書きになって5年以上経っていたけれど、いつまたバイト生活に戻るのか、日々怯えていた。そしてその不安は今も、根本的には変わっていない。完全歩合制の物書き稼業は注文がなくなれば終わりだからだ。

 そうして反貧困ネットワークを通して「死なない方法」をたくさん知っている人たちと出会えた私は、それをみんなに伝えたくなった。もうどうにもならないと思っても、自殺しないで済む方法なんか、いくらでもある。法律や国の制度を知っていれば、支援団体を知っていれば、解決策なんてたくさんある。最低限、「このことを知っていたら生きられる」という情報がある。だから死ぬことなんてない――。思えばこの10年以上、それだけを伝えたくて書き続けてきたのかもしれない。反貧困運動に出会うまで、私は少なくない周りの人を、自殺という形で亡くしている。

 さて、なかなか進展のなかった10年間だったけれど、集会の前日の2月15日、嬉しいニュースが飛び込んできた。

 それは大阪高裁の判決。大学の研究室で、非正規の秘書として働いていた女性が、仕事内容がまったく同じ正規との賃金格差が不当と訴えた裁判で、ボーナスの支給を認める判決が出たのだ。

 裁判長は、「この大学のボーナスは就労していることに支払われる対価で、非正規の職員にまったく支給しない理由を見出すことは困難だ」として、2年分のボーナス100万円あまりを支払うよう命じたという。

 「なんて嬉しい判決!」「とうとうやったね!」「画期的!!

 集会では、そんな喜びの声が飛び交っていた。

 なかなか変わらないことばかりだけど、時々、こうやって「立ち上がった当事者」が風穴を開ける。声を上げることで、現実が変わる。こういう奇跡みたいなことがあるから、そういう人たちと共にありたいから、活動をしているのだと思う。もちろん、一番は「自分のため」だ。

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種子条例 地方の声は届くのか

2019年02月20日 | 社会・経済

  東京新聞 社説 2019年2月18日

 コメや麦の優良な種子の開発と安定供給を義務付けた、種子法の廃止から十カ月。それに代わる自治体独自の「種子条例」の制定が相次いでいる。「種を守ろう」-。地方の声は政府に届くのか。 

 地方の危機感が増している。農業の持続可能性への危機感だ。

 新潟、富山、兵庫、山形、埼玉各県が、種子法に代わる新たな条例をすでに制定済み。岐阜、長野、福井、宮崎、そして北海道も新年度の施行を目指している。

 “農業王国”北海道は、イネ、麦、大豆にとどまらず、小豆やインゲンマメなど道の主力作物にも対象を拡大し、優良な種子の安定供給を、自らに義務付ける方針だ。長野県は「信州の伝統野菜」や特産のソバを対象にするという。

 種を守るということは、食文化を守るということだから。

 昨年秋、全国一の種もみ生産県富山から新しい銘柄米がデビューした。一般公募で名付けて「富富富(ふふふ)」。富山県農業研究所が十五年がかりで開発した“労作”だ。高温や病気に強く、倒れにくい、いわば温暖化対策品種でもある。

 イネも麦も生き物だ。気候風土がはぐくむものだ。種子の開発は、生育環境に配慮して地域ごとに進めていくのが望ましい。

 ましてや温暖化に伴う異常気象の影響が世界中で顕著になっている。例えば温暖化に強い新品種の開発を競う自治体の取り組みを、国として強力に後押しすべき局面だ。種子法廃止は、逆行というしかない。

 「民間企業の参入を妨げる」-。そう言って、国は種子法を廃止した。「外資を含む民間企業が市場を席巻し、地域の独自品種が作られなくなるのでは」-。消費者にも不安が広がり始めている。

 「すべての都道府県が種子法に代わる条例を制定すれば、恐らく種子は守られる」と、元農相の山田正彦さんは言う。しかし「それだけでは不完全」とも考える。

 スイスでは、国民投票の結果を受けて、憲法に「食料安全保障」を位置付けた。

 TPP協定の進展などに伴う巨大資本の攻勢から個性豊かなコメや伝統野菜を守り抜き、食料自給率を維持し、底上げしていくために、「国による後押しや予算措置は必要だ」ということだ。

 地方議会から国会へも、種子法廃止を懸念などする意見書が相次いで寄せられているという。国はわき上がる地方の声に耳を傾けるべきではないか。


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フロリダ銃乱射事件から1年

2019年02月19日 | 社会・経済

フロリダ乱射1年 銃規制求め全米規模の取り組み

高校生が政治動かす

「しんぶん赤旗」2019219

 米南部フロリダ州パークランドの高校で生徒ら17人が犠牲になった銃乱射事件から14日で1年が過ぎました。銃規制強化を求めて立ち上がった高校生の運動は、規制に反発する勢力の圧力を乗り越えて政治を動かし、この1年間に新たな局面を切り開いています。

67件の新法成立

 米メディアによると、事件が起きたマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校では14日、追悼集会が開かれ、多くの人が献花しました。州全体では1000校以上で生徒や教師が黙とうしました。

 友人を失った生徒や遺族は心に傷を負ったままです。18歳の娘が犠牲になったアンドリュー・ポラックさんは米NBCテレビに「私にとっては毎日が事件の起きた2月14日だ。毎日毎日、娘を失ったことについて考えている」と語りました。

 昨年11月にはカリフォルニア州の飲食店で男が発砲し、12人が犠牲になるなど銃乱射事件は後を絶ちません。一方で、昨年から、部分的であっても銃を規制する動きが相次いでいます。

 連邦下院の司法委員会は今年2月13日、全米であらゆる小火器について購入時の身元調査を求めることなどを内容とする銃規制法案を賛成多数で可決しました。

 米民間団体「ギフォーズ銃暴力防止法律センター」によると、昨年は全米26州と首都ワシントンで新たに67件の銃の安全に関する法律が成立しました。この中にはフロリダ州など銃規制に消極的な共和党が知事を握る州も含まれます。同センターは2018年について「銃の安全を求める運動が地殻変動的な変化をつくった」と指摘。特に高校生の運動を評価しました。

 パークランドをはじめ各地の高校生は事件直後から、銃規制を求めて集会を相次いで開催。3月末には、高校生が中心になって、全米で100万人規模の「命のための行進」に取り組みました。

銃擁護派が落選

 6月からは、高校生らが夏休みを返上して全米バスツアーを開始。11月の中間選挙で銃規制を明確に公約する候補へ投票するよう呼び掛けました。高校生の運動は銃規制を重要争点に押し上げ、中間選挙では、規制を公約に掲げる民主党候補が、銃所持擁護のロビー団体・全米ライフル協会(NRA)の支援を受けた共和党候補を各地で打ち負かしました。

 銃問題を研究するカリフォルニア大学のアダム・ウィンクラー教授は米メディアで「高校生の熱意は全米で多くの人に影響を与えた」と語りました。 (島田峰隆)


 10代の若い人たちが声を上げ、行動しています。ヨーロッパでの「地球温暖化」への取り組み、アメリカでの「銃規制」。日本の高校生も核兵器廃絶を訴える活動などに取り組んでいる。頼もしい10代の力である。

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「ファミマこども食堂」

2019年02月18日 | 社会・経済

仁藤夢乃“ここがおかしい”第32

「ファミマこども食堂」が福祉を衰退させる?

2019/02/16

仁藤夢乃

(社会活動家)

コンビニ大手が子ども食堂を展開!?

 

 2019年2月、コンビニエンスストアのファミリーマートが、同年3月から「ファミマこども食堂」なる取り組みを始めると発表した。

 公式サイトには「全国のファミリーマートの店舗を活用し、地域のこどもたちや近隣の皆さまが、共に食卓を囲みコミュニケーションできる機会を提供することで、地域の活性化につなげてまいります」とある。

 店舗近隣に住んでいる子どもとその保護者を対象に、1回約10名、小学生以下の子どもは100円、中学生以上と保護者は400円で参加できるプログラムだ。その内容は、オリエンテーションと食事で約40分、加えて約20分の体験イベントとあり、「参加者みんなで一緒に楽しく食事をするほか、ファミリーマート店舗のバックヤード探検やレジ打ちなどの体験イベントを通じて、ファミリーマートに関するご理解を深めていただく取り組みもあわせて実施します」としている。

http://www.family.co.jp/company/news_releases/2019/20190201_99.html(外部サイトに接続します)

 しかし一企業が「子ども食堂」を名乗り、こうしたプログラムを実施することについて現場の活動家たちからは懸念の声が上がっている。

 読者のみなさんの中には「何が問題なのか分からない」という人もいるかもしれない。例えば、私たちColabo(コラボ)が夜の街をさまよう少女向けに運営しているバスカフェ「Tsubomi Cafe」を、コンビニチェーンが運営したらどうだろう? 無料で食事を提供するところは同じだ。しかし、新宿や渋谷の全てのコンビニが青少年に食べ物を提供するサービスを行ったとしても、真の理念や目的が異なると活動の意義は全く変わってしまうのだ。

 そこで今回は、この「ファミマこども食堂」について、どんな理念や目的の下で展開されるのか――その取り組みが社会に与える影響面から考えてみたい。

 

「ファミマこども食堂」に見える矛盾点

 

 今回の「ファミマこども食堂」プロジェクトに対し、貧困問題に取り組むNPO法人ほっとプラスの藤田孝典代表がいち早く問題を指摘した。藤田さんは次のようなことを言っている。

 「従来の子ども食堂は(略)、子ども支援にかかわる市民団体が全国各地で試行錯誤を続けながら、子どもの居場所や交流スペースを主体にして運営をおこなってきた。(略)食事を提供するだけでなく、子どもとの交流も目的に地域での見守り支援や家庭への支援も含まれて」おり、「市民の主体性・自発性に支えられている」

 しかし「非正規雇用を中心に業務を展開する」コンビニで、「マニュアル化した形式的な取り組み」で行うことを「『子ども食堂』を名乗って、直接参入する意味は何があるのだろうか」

 そして低賃金労働を強いて、「ワーキングプアを構造的に発生させながら、子ども支援に取り組む」という矛盾と、政府や自治体が責任を持つべき子どもの貧困問題について「民間企業やNPOによる活動が政府による公的福祉を削減したり、縮小する口実を与えてはいけないはずだ」とも指摘している。

(「ファミマ子ども食堂への3つの懸念と意見」藤田孝典より)

https://news.yahoo.co.jp/byline/fujitatakanori/20190203-00113525/(外部サイトに接続します)

 こうした藤田さんの意見に、私は賛同している。自分たちが生み出している貧困問題を無視して「子ども食堂」を名乗ることが、イメージアップになってしまう社会はおかしくないだろうか?

 

企業は社会貢献を広報活動に利用する

 

 もっと言ってしまえば、ファミリーマートが展開する子ども食堂は、ただの企業PRイベントではないのか?

「地域のこどもたちや近隣の皆さまが、共に食卓を囲みコミュニケーションできる機会を提供する」とあるが、そういう場作りはたやすくない。ただ場所や食事を提供するだけでは、コミュニケーションが生まれる居場所、地域が活性化する場所にはならない。居場所には、どんな想いを持ったどんな人々が関わっているかも重要であり、従来の子ども食堂は関わる人々が議論や試行錯誤を繰り返しながら、「どんな場にしたいのか」を工夫して運営されている。

 子ども食堂の理念を理解した活動であれば、保護者の同伴、事前予約や参加費、レジ打ち体験などはいらないだろうし、提供する食事にもそこに関わる人々にも物語があるはずだ。ファミリーマートが地域の子どもを支援したいのであれば、地域で子ども食堂を運営する市民や団体に資金や食品を提供したらいいのではないか。そうしなかったのは、同社から発表された文章の後半にあるように「ファミリーマートに関するご理解を深めていただく取り組み」こそが、このプログラムの目的だからではないのか。

 だとすれば、それらは企業の社会的貢献と呼べるのだろうか?

 ファミリーマートがわざわざ「子ども食堂」を名乗るのは、「子ども」や「福祉」を利用した広報活動で、目くらましだとも感じる。これまで子ども食堂の運営を続けてきた市民の主体性や善意をも踏みにじっている。

 一見、良さそうに見えることに、安易に騙されてはいけない。

 

同じようなことが多くの分野で起きている

 

 性的搾取の斡旋者や性売買業者は、貧困や虐待などさまざまな困難を抱えていながら福祉につながらずにいる女性たちに対して、衣食住や関係性の提供をビジネス達成のための手段として利用する。「初期費用なしで家が借りられます」「日払いできます」「奨学金返せます」など、公的機関や福祉事業所による救済制度が追いつかない住居確保や一時生活費の工面に目をつけて業者は付け入る。

 14年、私はそうした現状を「偽のセーフティーネット」「福祉は風俗産業に負けている」と、本やインタビューなどで指摘した。すると女性の性の商品化で儲ける業界が「風俗はセーフティーネットだ」と、その指摘をいいように言い換えてPRを行った。

 真のセーフティーネットではなくビジネスや性的搾取の手段なのに、その構造を見えにくくさせようとする巧妙なやり方だ。そのため、支援業界にも「風俗はセーフティーネットだ」という言説に目をくらまされている人が少なくない。しかし、問題は福祉の機能不全と不足であり、それゆえに他の選択肢がないことである。そこに行き着くまでの社会的背景、構造に目を向けることなく、セーフティーネットだと話をすり替えることで得をするのは誰か、考えてみてほしい。

 これまで本連載でも伝えているが、政治も行政も規制にはノリノリになる。しかし、公的福祉の機能不全や受け皿の不足を認めず、困難な状況に置かれた人々の権利保障のための選択肢を増やすことなく、ただJKビジネスなどを規制すれば、そこしか行き場のなかった人たちが更に追い詰められる。規制よりまずは早急に、その他の選択肢を増やすことが必要なのだ。

 公的福祉が困難を抱えた女性たちに利用しやすく、選ばれるようになる努力をせず、そこにいる少女や女性たちの選択の背景を見ようとせずに、「風俗がセーフティーネットになっているから合法化すべき」とするのも間違っている。しかしJKビジネスは、18歳未満を雇うことを禁止することで、事実上の合法化となってしまった。

「自分の意思でそこにいる人もいるだろう」などと言い、「自らの意思で搾取される権利」「奴隷になる権利」の保障を主張するような声もある。搾取の問題を、自由意志による労働の問題と捉えようとする人もいるが、そこで苦しむ人々を生み出す社会的な背景や構造に目を向けるべきだ。

 

ビジネスの参入が福祉を衰退させる?

 

 それと同じで、子ども食堂の件も本末転倒にならないか、考えてみてほしい。

   

「ご飯が安く食べられる所が増えるのはいいことじゃないか、なぜ批判するのか」という声もある。それなら「子ども食堂」を名乗って福祉や支援を装うのではなく、企業のイベントとして堂々とやればいい。

 何でもビジネスで解決はできないが、今の日本ではソーシャルビジネス=社会的起業というと新自由主義的発想によるところが少なくなく、NPOも同様の発想に基づいて運営する組織が大きくなっている。そしてその多くは政権や大企業にすり寄り、影響力を高めようとする。そういうやり方で補助金や寄付金を獲得したり、自分たちの「組織」にとって都合のいい政策を実現したりしようとする。自分たちの立場を守るために、国の政策や公的福祉の不足を批判しなくなる組織は少なくない。

 この厳しい社会で生き残り、少しでも自分たちの目指す社会を実現する方法としてそういうやり方もありなのでは? と考える人もいると思うが、そうした組織が増え続ければ福祉はますます衰退するだろう。児童虐待に関心が集まり、児童福祉をビジネスチャンスとして捉えるような組織もある。学習支援の分野でも、貧困ビジネスでも同様だ。

 行政の委託事業も入札制のところでは、ビジネスの一つとして参入する組織が安い価格で落札し、地域で地道に子どもたちや住民と関係性を作りソーシャルワークをしてきた小さな団体が委託先となれずに、活動を続けるのが難しくなるケースも増えている。地域で市民が自発的に良い活動をしてきた小さな団体がビジネスに潰されている。

 金儲けの一手段として福祉に参入する人たちが組織を大きくして目立ち、いつの間にか福祉の専門家として、メディアで軽々しいコメントをするようにもなっている。本来の理念を失い、何でもビジネスになれば、支援の質はどんどん下がる。その結果、困難な状況にある人々が置き去りになる。

 公的な福祉支援ではないことが、気付けば福祉のスタンダードになっていくということが起きないように、大切なことを見失わないように市民一人ひとりが気を付けないといけない。


 明日からは最高気温がプラスになるようだ。とは言え、雪解けまではいかないだろう。

昨年2月18日の積雪量が茶色のクレヨンで印がされています。ここは道路脇なので、正しい積雪量ではありませんが、60.70cmくらい少ないです。それにしても最近の降雪量も半端ないくらい降りました。

下、江部乙の様子

沼に倒れた木

水面が出ているところは、厚い氷になっていますが、雪に覆われているところは、凍ってはいますが表面がシャーベット状になっています。
明日から暖気になるので氷上作業はこれで終わりにします。


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NHK 「忖度」組織改編。

2019年02月17日 | 社会・経済

NHK組織大改変で“反権力”職員72名が提出した反論意見書

 

 週刊ポスト201931日号

    安倍一強」と言われる政治状況は、権力とメディアの関係性もがらりと変えた。露骨な圧力など加えずとも、メディアの側が権力にすり寄る構図が鮮明になっている。NHKの「組織大改編」をめぐる騒動は、その一面を露わにした。


【図解】NHKの組織、こう変わる(改編案)

◆部の全員が声を上げた

 ここに「要望書」と題した一通の書面がある。差出人は、NHKの文化・福祉番組部職員一同。宛先は同局の制作局局長だ。要望書にはこうある。

〈今回の組織改正案について、文化・福祉番組部では131日・24日に、〇〇(注・原文では本名)部長より説明会が開かれました。(中略)福祉と文化が切り離されることについて驚きと強い懸念を抱いています〉
〈現在部員の全員(管理職を含む)が、現状の説明では納得がいっていないと考えています〉
NHKの番組全体の多様性が失われることを懸念する〉

 要望書の中で、局長に対し、〈意見交換の場を求める〉とした部員は72名。海外留学中の部員を除く全員である。NHK局員が語る。

「現在、NHKでは番組制作体制の大幅な見直しを進めています。すでに上層部は組織改編案を作成しており、今年6月から新体制をスタートする方針です」

 NHKEテレやBSを含む)の自局番組制作は、政治部や社会部、経済部などニュース系番組を担当する「報道局」と、ドラマやバラエティ、情報番組を担当する「制作局」の2局によって行なわれている。今回、“改革の本丸”となったのが後者の制作局だった。

 改編案には、制作局の8部署(青少年・教育番組部、文化・福祉番組部、経済・社会情報番組部、生活・食料番組部、科学・環境番組部、ドラマ番組部、エンターテインメント番組部、音楽・伝統芸能番組部)を全て廃止し、新たに6つの「制作ユニット」に再編するとの計画が示されている(図参照)。

「『従来の組織は縦割りで、専門性は身につくものの、幅広い制作スキルが育たず、局員の柔軟な運用もできない』という説明です。各ユニットには部長に相当するジャンル長がいて、人事発令がなくても、それぞれのジャンル長の判断でユニットをまたいだ異動ができるようになる」(NHK制作局の局員)

    縦割り体制の見直しを目的とした組織改編という理由はもっともに聞こえるが、今回の改編には、それとは“別の意図”が見え隠れするという。

   「改編と言っても、旧来のほとんどの部署は横滑りで新ユニットに移行する。例えば、『青少年・教育番組部』は第1ユニットの『教育・次世代』に、『エンターテインメント番組部』と『音楽・伝統芸能番組部』は第5ユニットの『音楽・芸能』に改編されるので、業務内容はこれまでと大きく変わらない。

 しかし、『文化・福祉番組部』だけは複数ユニットに分割されることが提案されており、事実上の“解体”です。それについては明確な説明がなく、文化福祉の職員から不満の声が上がり、反論の意見書を出すことになった。70名以上の部員全員が声を上げるのは異例のこと。この改編は文化福祉の解体を狙い撃ちにしたものだったのではないか、との疑いが部員たちの中にあるのです」(文化・福祉番組部に在籍経験のある局員)

 リストラ部署の恨み節にも聞こえるが、文化・福祉番組部の置かれた状況を知ると、背景には複雑な構図が浮かび上がる。

◆加速する「安倍シフト」

 文化・福祉番組部の主な制作番組には様々な社会問題を取り上げるドキュメンタリー番組『ETV特集』や、LGBTや障害者の悩みなどマイノリティに寄り添う『ハートネットTV』などがある。そうしたテーマを扱う中で、時に「反権力」を強く打ち出すことも厭わない──というのが局内での評価だ。

「『ETV特集』では、憲法九条や日本の戦争責任、女性の権利などを重点的に取り上げています。政権のスタンスと真逆の番組も多く、局内有数の“反権力部署”とも呼ばれます」(同前)

 20113月の東日本大震災後は、福島第一原発事故による放射能汚染の実態や、反原発報道に力を入れ、同年9月に放送したETV特集『シリーズ原発事故への道程』は2012年の科学ジャーナリスト大賞を受賞した。

   文化・福祉番組部が“反権力”の姿勢を見せる一方で、201212月に第二次安倍政権が誕生すると、局としてのNHKは「政権寄り」に傾斜していった。

   安倍首相の就任1年目となる201310月には、小学校時代の安倍首相の家庭教師を務めたJT顧問の本田勝彦氏をはじめ、小説家の百田尚樹氏、海陽中等教育学校長の中島尚正氏ら“安倍シンパ”がNHKの経営委員に次々と就任。翌年1月には、籾井勝人氏がNHK会長に就き、「政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない」発言が物議を醸した。

「第二次安倍政権の誕生以降、NHKでは政権に近い政治部出身者の声が大きくなり、20174月に政治部長経験者の小池英夫氏が報道局長に就任して『安倍シフト』に拍車がかかった。昨年4月には“安倍番”を長く務めた政治部の岩田明子記者がNHK会長賞を受賞するなど、官邸との距離の近さが際立つようになっている」(NHK社会部記者)

 昨年の森友問題を巡っても、当時NHK大阪報道部記者だった相澤冬樹氏が、政権を揺るがす特ダネに上層部から様々な圧力が加えられた経緯を『安倍官邸vs.NHK』(文藝春秋)で明かしたばかりだ。相澤氏が語る。

「安倍政権が長期政権となって官邸の力が巨大化したこともあり、局として政権の意向をうかがう姿勢は強まる一方だと感じていました。私のことだけでなく、迎合する姿勢を見せなかった国谷裕子キャスターや大越健介キャスターの番組降板も、そうした流れのなかにあったのではないか」

 そうした中で、変わらぬ姿勢を貫く文化・福祉番組部は“浮いた”存在になっていったようだ。

「政権を刺激する番組を作り続ける文化福祉は、局の上層部にとっては煙たく映ったのかもしれない。改編案に文化福祉が憤るのも無理はなく、他部署の人間からも“これはさすがにおかしい”と、文化福祉を援護する声が上がっています。

 正直、文化福祉の作る番組は“地味”なものも多く、数字は取れない。局内にも批判的な人はいます。しかし、公共放送の存在意義は、視聴率には表われない少数派に寄り添う社会的弱者に寄り添う番組を作ることにもあると思う。視聴率至上主義なら『ETV特集』のような番組はなくなってしまう」(前出・制作局局員)

 18年越しの“対立関係”

 今回の改編に政権への配慮があるのかどうかはともかく、安倍首相にかねてから「NHK改革」の強い思いがあったことは知られている。前述した経営委員の“お友達”人事はその姿勢の表われと見られてきたが、こと文化・福祉番組部は、安倍首相にとって長きにわたる“因縁の相手”だった。

 発端は、2001130日に放送されたドキュメンタリー番組『ETV2001 問われる戦時性暴力』だ。

 番組は慰安婦問題を扱う女性国際戦犯法廷を取り上げたが、放送から4年が経った20051月、朝日新聞が、「政権介入でNHK『慰安婦』番組改変」と一面で報道。当時自民党幹事長代理だった安倍首相が、故・中川昭一経産相とともに、放送前日にNHK幹部と面会。「一方的な放送ではなく、公正で客観的な番組にするように」と、番組内容の変更を求めたと報じた。

 当時、この番組を制作したのが、他ならぬ文化・福祉番組部だった。

 報道直後に同部のチーフプロデューサーだった長井暁氏が記者会見し、安倍首相と中川氏を名指しして、「政治的圧力で番組の企画意図が大きく損なわれた」と涙ながらに告発。安倍首相は、朝日新聞と長井氏に対して「悪意のあるねつ造だ」と抗議し、謝罪を要求する騒動になった。因縁は続く。

 20094月にNHKスペシャルで放送された『シリーズJAPANデビュー アジアの一等国』では、日本の台湾統治を検証したが、台湾先住民の暮らしぶりを日英博覧会で「人間動物園」として紹介した、といった内容に、保守派論客から「事実を歪曲している」と批判が広がった。その急先鋒に立ったのが安倍首相で、月刊誌『WiLL』(20098月号)ではこう断じた。

NHK職員は公共放送の責任をよく自覚する必要がある。自分の主義や主張、イズムを放送を使って拡大させようとするのは間違っている〉

 この番組にも文化・福祉番組部のディレクターらが関わっていた。

 「当時の番組スタッフは今も多くが残っている」(別のNHK局員)

 NHKは、安倍首相との間に残った“最後のしこり”を取り除こうとしているのだろうか。今回の組織改編案についてNHKに質問すると、こう回答した。

「限られた経営資源で最高水準の放送・サービスを継続的に実施していくための最善の業務体制を検討しています。ご指摘のような(政権への配慮の)意図は一切ありません。報道機関として、自主自立、不偏不党の立場を守り、公平・公正を貫く姿勢を引き続き堅持していきます」(広報局)

 かつてNHKでは、田中角栄元首相の側近として知られた島桂次氏、竹下派をバックにした海老沢勝二氏など、歴代会長が時の政権とのパイプによって局内の権力を握ってきた歴史がある。一方、そうした中で政治闘争に巻き込まれ、実力者が失脚する事態も起きた。メディアと権力の関係に詳しい立教大学名誉教授の服部孝章氏が語る。

「かつての番組改変問題にしても、政治家の介入の有無よりむしろ、それに配慮して内容を現場に無断で上層部が変えてしまったことこそが、報道の在り方として問題でした。今回の組織改編は、政権に批判的な番組制作自体に縛りをかける方向に動いているようにも見える。本来、NHKは国民の受信料によって成り立つ国民のためのメディアですが、NHKは政府のための広報メディアに変わろうとしている」

 本誌がNHKに取材を申し入れた214日には、上層部から文化・福祉番組部の部員たちに対し、組織改編の説明会が行なわれ、今後も双方の話し合いが続く見込みだという。

 公共放送の在り方が、今まさに問われている。


 この部署がなくなるとNHKの存在意義がなくなってしまうだろう。これ以上の「忖度」は許せない。良心的職員にエールを送ろう!

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エルニーニョ 発生してたの?

2019年02月16日 | 自然

 先日1か月予報が発表された。それによると週明けから気温が上がり、最高気温はプラスになるとの予報であった。でも、週末の今日、すでに暖かい。でも、予報ではまだマイナスである。週明けからプラスになるようだ。

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エルニーニョ さらに夏まで

 

エルニーニョ現象が終息した季節 春と冬が全体の8割を占める(著者作画)

 エルニーニョ現象がこの夏まで続く可能性がでてきた。しかし、日米豪の見解は異なり、米は春まで、豪は発生そのものに慎重な姿勢だ。この夏は冷夏になるのだろうか?

エルニーニョ この夏まで続く確率70%

 気象庁は12日、定例のエルニーニョ監視速報を発表しました。それによると、1月のエルニーニョ監視海域の海面水温は基準値よりも0.7度高く、昨秋からエルニーニョ現象が続いています。

 海面水温は先月と比べて、やや低下しましたが、一方でエルニーニョ現象を支えるもうひとつの柱「東風(貿易風)」が弱まってきました。海洋と大気、両方の歯車がかみ合ってきたようです。

 そのため、春までとみられていたエルニーニョ現象は、この夏まで続く可能性が出てきました。気象庁の予測では70%の確率です。しかし、エルニーニョ現象の現状と予測を読み進めていくうちに、日米豪で見解が異なっているのに気がつきました。

米は春まで、豪は発生まだ

 米海洋大気庁が14日に発表したエルニーニョ情報によると、今年に入ってエルニーニョ現象が発生し、現在は弱い状態にあるとしています。春まで続く確率は55%で、それ以降も続く可能性は50%か、さらに低くなる見通しです。その理由として、春以降の予測は不確実性が高いことを挙げています。

 さらに、エルニーニョ現象の発生そのものに慎重な姿勢を続けているのがオーストラリア気象局です。現在も平常に近い状態が続いていて、春にかけて、エルニーニョ現象の発生により近づく可能性があるとしています。

 こちらは、赤道を中心とした海面水温の平年との差を示した図です。海面水温が平年と比べ高い海域を暖色に、平年と比べ低い海域を寒色で表しています。上図は今年1月、下図は前回のエルニーニョ現象時の2015年12月です。

赤道を中心とした海面水温の平年偏差図(上図は2019年1月、下図は2015年12月)気象庁ホームページより(赤丸は著者加工)
赤道を中心とした海面水温の平年偏差図(上図は2019年1月、下図は2015年12月)気象庁ホームページより(赤丸は著者加工)

 赤丸の部分を比べると、違いは歴然。前回のエルニーニョ現象は過去3番目の規模で、海面水温の基準値との差は最大で3度(2015年12月)もありました。前回は特別としても、現在のエルニーニョ現象は弱い印象です。

この夏は冷夏?

 冬も終わっていないのに、夏の天気を気にするのは少々、気が早いと思いますが、今月25日(月)には暖候期予報(この夏の見通し)が発表されます。エルニーニョ現象が夏まで続くとなれば、冷夏という言葉が頭の中をよぎります。実際はどうなのでしょう?

 こちらはエルニーニョ現象が発生しているときの夏の平均気温を示したグラフです。気温が平年と比べ低くなった割合(青)、平年並みの割合(白)、平年と比べ高くなった割合(赤)を示しています。

エルニーニョ現象が発生しているときの夏の平均気温(気象庁ホームページより、著者作画)
エルニーニョ現象が発生しているときの夏の平均気温(気象庁ホームページより、著者作画)

 青が目立つように思えますが、統計的に意味があるのは星マークでしめした北日本で平年並みか低い、そして西日本の低いだけ。

 東日本は冷夏になるとは言い切れず、半分以上はいつもの夏または、猛暑です。大規模なエルニーニョ現象が発生していた2015年は東京で猛暑日(日最高気温が35度以上の日)が8日も続きました。今も、その記録は破られていません。

【参考資料】

気象庁:エルニーニョ監視速報(No.317)、2019年2月12日

米海洋大気庁(NOAA):EL NINO/SOUTHERN OSCILLATION (ENSO) DIAGNOSTIC DISCUSSION、14 February 2019

オーストラリア気象局:ENSO Wrap-Up、El Nino WATCH for autumn、5 February 2019

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統計の日、標語募集で総務省ツイッターが大喜利状態に。厚労省の統計不正問題でとばっちり

2019年02月15日 | 社会・経済

「統計の 真の目的 出世かな」...2019年度の「統計の日」の啓発標語は、どうなるのでしょうか?

 ハフポスト2019.02.15

厚生労働省の毎月勤労統計で、調査手法のからくりにより賃金の増減率が実際よりも高く見えるようなっていた問題をめぐり、総務省が思わぬとばっちりを受けている。

「統計の大切さや重要さを伝える標語を募集します」

総務省は2月1日、公式twitter公式サイトでこんな募集をかけていた。

毎年10月18日は「統計の日」。総務省の募集要項には、「統計の重要性に対する国民の関心と理解を深め、統計調査に対する国民のより一層の協力をいただけるようにと定められた」とある。

翌年度の標語を募集するのが毎年この時期なのだが、厚労省の統計調査で相次ぐ不正が発覚しており、総務省が紹介している2018年度の啓発ポスターにある「活かせ統計、未来の指針。」という標語がブラックジョークのようだ。

応募を呼びかける総務省のTwitterも大喜利状態となっている。

「統計は どうせ不正だ ほっとうけい」
「統計の 真の目的 出世かな」
「統計の 理解は まず政府から」
「忖度で 統計自在に 改ざんし」
「信じるな 国の統計 絵空ごと」

14日の衆院予算委員会では、立憲民主党の小川淳也氏が「国民に対する謝罪も釈明も一言もない。大臣は知ってて(募集を)やったのか」と質問。

石田真敏総務相は「2月1日から募集を開始したことについて、私は知りませんでした」と前置きし、「公的統計の信頼を揺るがす事案が発生したこと、誠に遺憾ですし、ご迷惑をおかけしていることをお詫びを申し上げたい」と謝罪していた。

 
 
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