里の家ファーム

すべて無農薬・無化学肥料、不耕起栽培の甘いミニトマトがメインです。完熟したミニトマトから作る無添加ジュースは逸品です。

もし学校が怖いと感じるならば・・・

2019年08月31日 | うつ・ひきこもり

ハフポストあのひとのことば

2019年08月30日 

不登校は人生の“詰み”ではない。『不登校新聞』編集長が伝えたいこと

300人を超える不登校の子どもや若者、親の話に耳をかたむけてきた『不登校新聞』編集長の石井志昂さんが、夏休み明けの子どもの心境を“子ども目線”でつづってくださいました。

 夏休み明けが重なる「9月1日」は子どもの自殺が1年で最も多い日です。いまも苦しい気持ちを誰にも打ち明けられずに、学校へ向かう子がいるかもしれません。

そこでこのブログでは、夏休み明けの子どもの心境をお伝えするとともに、「不登校は人生の“詰み”ではない」ことをお伝えできればと思っています。

まずは、ここで前提としている「9月1日」の意味からお伝えします。



2015年8月に発表された「自殺対策白書」によると、1972年〜2013年の42年間で、9月1日に自殺した子どもは131人。平均の2.6倍と突出しています。調査分析したのは森口和研究員(現・自殺総合対策推進センター所属)でした。 

夏休み明けのこの時期、なぜ自殺が集中するのか。それは私たち『不登校新聞』が取材してきた不登校の子どもたちの心境からうかがい知ることができます。

必死で通っている時には感じない「苦しさ」に気づく 

夏休みに入ると、子どもは大きな解放感を得ます。それは学校に苦しさを感じていない子も同じだと思います。

学校へ行くのが苦しい子の場合、夏休みに入った直後、長い睡眠時間をとったり、強い倦怠感に襲われたりします。学校へ通っていたころの緊張と疲労が一気に噴き出すからです。

こうした「休息」が充分にとれると「学校での苦しさ」を自覚します。毎日、がんばって学校へ通っている時は必死なので、「苦しさ」を感じないことが多いのです。

「苦しさ」の中身は、いじめや、いじめとは言えなくても教室内の人間関係でついた心の傷、勉強への重圧、部活や先生についての悩み、親からの期待に応えられなかったという自責の念などです。

子どもがそうした「苦しさ」を感じ始めるのが、お盆明けごろです。

俗に「学校へのカウントダウン」とも呼ばれていますが、苦しさを感じていた学校へ「あと〇日で戻ってしまう」という気持ちが芽生えるからです(東北や北海道では、より早く休みが明けるのでお盆前にカウントダウンが始まります)。 

学校への不安感、恐怖感がしだいに募っていく感覚を「地獄が迫ってくる感じ」「ジェットコースターが落ちる前の感覚」だと表現していた子どもたちもいました。 

そして、緊張感や不安感が最も高まるのは夏休み明けの前夜です。

じつは子どもの自殺も夏休み明けの前夜がもっとも多くなります。「9月1日」が多いと言われていますが、本当に多いのは「8月31日の深夜」。深夜のため統計上は日付が変わって、「9月1日」が突出しているように見えるのです。 

親の直感を信じて、子どものSOSを見極める

親からすると、子どもがそれほど学校で苦しんでいるならば「SOS」をいち早く見つけたいと思うものです。子どもたちが発信する特徴的なSOSは以下のとおりです。

・体調不良を訴える(頭痛/腹痛/体の痛みなど)

・食欲不振

・不眠

・これまでやれていたことができない(夏休みの宿題など)

・大好きだったものが楽しめなくなる(本を読む、絵を描くなど)

・理由を言わずに「死にたい」「人生をやめたい」と訴える。 

「死にたい」と訴えてきた場合は別ですが、その他の理由は「夏休みだから」という理由で、つい見落としがちです。食欲不振や不眠などは「夏バテかな」と思いますし、夏休みの宿題ができないことなどは「恒例だ」と思う人も少なくないでしょう。

私も上記のことがすべて「SOS」に該当するとは思いません。しかし、夏休みに入った直後と夏休み明けが近づいてきた時期とを比べ、上記のようなことが目立つ場合は注意が必要です。 

SOSかどうかの指針として、あるお母さんは「親の直感を信じていい」と話していました。

ただ、不登校やひきこもりなどの「将来への不安」が先行すると、その直感は鈍ります。心を落ち着かせて、小さいころから見てきたわが子の様子を思い出し、「今」異変を感じるかどうか。

その問いに対する親の直感は「そうそう外れない」と言っていました。

ただし、「学校へ行きたくない」と本人が訴えてきた場合は別です。 

「学校へ行きたくない」子に言ってはいけない2つの言葉

子どもが「学校へ行きたくない」と言ったらどうしよう。親にとって大きな心配の1つでもあります。

学校で苦しんでいればいるほど、子どもは「行きたくない」という一言を言えません。学校には行くものだと強く思っているからです。学校へ行けないぐらいなら死んだほうがいいと本気で思っている子どもも少なくありません。

なので「学校へ行きたくない」と深刻に訴えてきた場合は、最大級のSOSだと思ってください。子どもは限界ギリギリ、がけっぷちで親に助けを求めています。 

では、その時、どうすればいいのか。じつは多くの親が踏んできた地雷(禁句)があります。

「なんで学校へ行きたくないの」

「もうすこしがんばってみよう」 

この2つが子どもを追いつめる禁句の言葉です。もっと言うと、親ならば誰しも言ってしまうであろうこれらの言葉で、不登校の子たちは深く傷つけられ、追いつめられてきたのです。

ならば、どうすればいいのか。

例えば「そっか」と同意をした後で、「いま、どんな気持ちなの?」と心境を聞き、そのうえで、学校へ行く、行かないの選択肢を子ども自ら選んでもらい、周囲はその選択に従う。

これは、学校へ行きたくないと訴えたときだけでなく、子どもの悩みを聞く姿勢としても確立している手法でもあります。

もちろん、これが普段からできる人は、フリースクールのスタッフなど「プロ」ですが、「なるべくそちらの方向を目指す」という程度に覚えておいてもらえたら幸いです。

不登校には「その先」がある

自分の子や自分が不登校にならなくても、知ってほしいことがあります。

1つは、学校へ行かなくなった後、フリースクール、学童、図書館、自宅などが子どもの居場所になって、その成長や学びを助けるケースが多くあるということ。

2つめは、小中学校へ通うことは子どもの権利であって、義務ではないということ。

憲法では、子どもは教育を受ける権利がありますが、親は子どもを無理やり学校へ通わせる義務はありません。子どもが望めば、校長裁量で1日も学校へ通わず、小中学校を卒業することができます。私の友人も小学校は1日しか通っていませんが、彼女はいまIT企業で働いています。

不登校には「その先」があること。そして、義務教育は子どもの義務ではないこと。

この2つはまだ多くの人に知られていませんが、事実であり、不登校が人生の“詰み”=終わりではないという根拠の1つです。

私自身、中学2年生から不登校でした。私の予想に反して、学校へ行かないことは「人生の詰み」ではありませんでした。

もし学校が怖いと感じている人がいるならば、私のように生きている人を知ってもらい、どうか「死ぬ以外の選択肢がある」ことを信じてもらいたいと思っています。  

少しでも自殺を考えてしまったり、周りに悩んでいる人がいる人たちなどに向けて、以下のような相談窓口があります。 

チャイルドライン

東京自殺防止センター

いのちと暮らしの相談ナビ

厚生労働省|自殺対策ホームページ

自殺総合対策推進センター

 (編集:毛谷村真木 @sou0126

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深刻な中高年の「ひきこもり」 親も高齢化、見えぬ将来

2019年07月17日 | うつ・ひきこもり

東京新聞 2019年7月17日

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 かつては若者の問題とされていたひきこもり。今、問題視されているのは中高年だ。国が三月に公表した調査結果によると、四十~六十四歳のひきこもり状態の人は推計で約六十一万人にも。八十代の高齢の親が、引きこもる五十代の子どもの面倒を見る状況は「8050(はちまるごーまる)問題」と呼ばれ、親亡き後、子どもが頼る人を失うことが懸念されている。支援はどうあるべきか。 (細川暁子)

 五年前のある日、長女の部屋をのぞいた瞬間、悲鳴を上げた。赤く染まった布団に倒れている長女。首を包丁で刺し、自殺を図ったのだ。長女は当時、四十一歳。一命を取り留めたものの「死のうとしたのは、その時が二回目。今も目が離せない」。七十八歳になり、いつまで元気でいられるかと思うたび、母親は不安に襲われる。

 長女は東海地方の高校を卒業後、事務員として就職したが、人間関係に悩み、四年で「辞めたい」と言いだした。「みんな働いているのに、なぜできないのか」。夫(78)が諭し、車で職場に連れて行った直後、長女はカッターナイフで手首を切った。そのまま一年ほど家にこもった後、今度は工場で働き始めたが、そこも半年で辞めた。以来約二十年間ひきこもっている。

 長女は、パソコンはおろか、携帯電話も持たない。ほぼ一日中、自室で寝て過ごし、食事は一人。風呂にも入らず、母親が体をタオルで拭いたり、髪を切ったりしている。話し掛けても、返事はほとんどない。

 六年前、やっと連れて行った精神科で統合失調症と診断された。今は障害年金を受給し、月に数回、訪問看護を受けている。「私たちが亡くなれば娘も立ちゆかない。今後について話し合う必要があるが不安にさせるとその後が怖い」

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ひきこもりの高齢化は、三月に国が公表した調査データで初めて明らかになった。これまで三十九歳までだった対象を、四十~六十四歳に広げて行った今回の調査。ひきこもりを「半年以上、家族以外とほとんど交流していない人。買い物などに出掛けるほかは外出しない人」と定義、身体的な病気のある人は除いた。

 それによると、ひきこもりの期間が五年以上の長期に及ぶ人は半数を超える51%に。複数回答できっかけを尋ねたところ、「退職した」が36・2%と最多で、「人間関係がうまくいかなかった」、「病気」がそれぞれ21・3%だった。

 二〇一七年度、NPO法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会が、生活困窮者向けに設けられている各自治体の相談窓口二百十五カ所を調べたところ、回答のあった百五十一窓口のうち、「ひきこもりの相談を受けたことがある」と答えたのは88・1%。それを年齢別に見ると四十代の相談が最も多く60・9%に。さらに、四十代以上の百九例について両親の状態を分析したところ、父親は「死別」が48・6%、母親は「七十代」が32・1%で最多だった。親の死後、あるいは親が高齢化する中で、ひきこもりの中高年が貧困に陥る事態が浮き彫りになった。

 バブル崩壊後、国内の景気は低迷し、若者たちは超就職難に見舞われた。今の四十代は、まさにその時代に社会に出た世代だ。〇八年にはリーマン・ショックもあった。政府が六月に発表した三十五~四十四歳の雇用形態によると、正規雇用を希望しながら非正規で働いている人は現在、五十万人に上る。家族会連合会の調査をとりまとめた愛知教育大准教授の川北稔さん(社会学)は「非正規の仕事にしか就けなかったり、リーマン・ショックで雇い止めに遭ったりしたことが、生きづらさにつながっている」と分析している。

◆就労以外にも「居場所」を 支援の形、見直す自治体

ひきこもりの子を持つ親らでつくる「NPO法人なでしこの会」の例会に集まった人たち=名古屋市内で

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 職業訓練を行う就労移行支援事業所で週五日、パソコンの使い方を学ぶ愛知県内の五十代の男性。昨年、計二十年近いひきこもりの状態から抜け出した。

 高校卒業後、専門学校に入ったが、人と話すのが急に怖くなった。結局、一週間で退学。家電量販店や飲食店でのアルバイトも続かなかった。家にこもるようになり、二十六歳の時、うつ病と診断された。

 ひきこもっている間は、「社会との接点を失いたくない」と新聞記事を書き写すなどして過ごした。常に「このままではいけない」という思いがあり、派遣会社に登録して働いた時期もあったが、再び人とかかわるのが苦痛になって閉じこもるように。社会不安障害などと診断され、障害者手帳を取得した。

 転機は三年前。八十代の父親と、名古屋市の家族会「NPO法人なでしこの会」に話を聞きに行った。メンバーは、ひきこもりの子を持つ親たちだ。根掘り葉掘り聞かれることもなければ、「働かなきゃ」などと諭されることもなかった。「この人たちなら分かってくれる」と安心できた。会を通じて行政関係者の話を聞いたのを機に、就労移行支援事業所に通い始めた。今は「障害者枠でも働きたい」と意気込む。

 なでしこの会は二〇〇一年に結成され、会員は約九十人。七十代前後の親が中心だ。一一年からの四年間は、愛知県の委託を受け、精神保健福祉士らを最大五人雇い、個別の訪問相談などを行っていた。一三年には、ひきこもりの当事者が調理や接客を担うカフェも開設。住民らが昼食を食べに訪れるなど好評だった。

 こうした取り組みを支えた計八千万円は、国の緊急雇用創出事業交付金をもとに県が設けた基金だ。交付金のそもそもの目的は、〇八年のリーマン・ショックを機に失業した人らを仕事に就かせること。事業が一五年で終わったため、カフェは二年を待たずに閉じた。自身もひきこもりの娘(31)がいる理事長の田中義和さん(67)は「会員の会費だけでは厳しい」と漏らす。

 活動の財源に雇用対策用の金が充てられたことが示すように、従来のひきこもり支援は、当事者を就労に導くことがゴールだった。だが、それは変わりつつある。なでしこの会をきっかけに、自立への道を歩み始めた男性は「親にとっても、子にとっても、まず必要なのは、自分の気持ちを吐き出せる外の『居場所』ではないか」と話す。自らの経験も踏まえ、家族だけで何とかするのは無理だと感じる。「どんな人でも自分の思いを分かってほしいという気持ちがある」

 注目されるのが、岡山県総社市の取り組みだ。一七年に全国の自治体では初めて、ひきこもりの支援センターを開設。翌年には、市社会福祉協議会が空き家を借りて居場所「ほっとタッチ」の運営を始めた。センターでは専門職員二人が電話や訪問などで相談に応じるほか、「ほっと-」では市の講習を受けた住民らが一緒に野菜作りを楽しむなどしている。ひきこもりに関する行政の相談窓口は、四十歳未満を対象とする青少年担当の部署が受け持つことが多い。一方、年齢の制限がない総社市では相談に来た二百七人のうち七十七人が四十歳以上だった。

 十五~三十九歳の若年層と中高年を合わせると、国内のひきこもりは百万人を超えるとみられる。愛知教育大の川北さんは「人とふれあえる居場所をつくり、掃除や調理など『役に立った』と感じられる活動をしてもらうことが第一歩」と指摘。「家族だけに責任を押しつけず、行政や支援団体などのチームで支えることが大事」と話す。

 


 

 予報では1日中☁、所によっては一時強い雨。全然期待できない。1日中☀だった。まとまった雨が欲しい。

ツユクサ。

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ひきこもるおとなたちと「自己有用感」

2019年07月07日 | うつ・ひきこもり

Imidas 連載コラム 2019/07/05

   香山リカ(精神科医・立教大学現代心理学部教授)

 

「俺の人生は何なんだ」

 この言葉に反応して、私の診察室に通う何人かがメンタルの調子を大きく崩した。

 これは、6月1日、東京都練馬区で、父親である元農林水産事務次官に刺殺された44歳の長男が発した言葉と報じられている。ひとり暮らしをしていたマンションから5月25日に本人の希望で実家に戻った長男は、翌日にはこう叫びながら父親に暴力を振るったという。

 私もこの言葉の意味を、あれからずっと考えている。

   息子を殺害した父親は取り調べに対して、実家に帰ってきてからも「和室に布団を敷いてゲーム」ばかりの長男を見て、「周囲に迷惑をかけたくないと思った」と話しているという報道があった。ひきこもりの状態で身近な人に暴力を振るう長男を目の当たりにして、今後、他人に暴力の矛先を向けるのでは、と危惧してついに殺害に踏み切ったのではないか、といわれる。

 そして、この父親に影響を与えたのは、5月28日、川崎市登戸で起きた殺傷事件だ。

事件後にその場で自殺した容疑者の男性は、スクールバスを待っていた小学生や保護者らに次々と刃物で襲いかかり、被害者20人のうち2人が死亡した。男性は51歳で無職、ほとんど外出することもなく、80代の伯父伯母夫婦の家に閉じこもって暮らしていたと報じられた。

 一方は殺害された被害者であり、一方は罪のない人の命を奪った加害者である。ただ世間から見れば、どちらも「仕事もせずに親や親族のケアを受けながら、ひきこもり生活を続けてきた人」である。また、川崎のケースでは他人が攻撃の対象となったが、練馬区のケースでも親は暴力を受けていた。

「経済的な苦労もしていない40~50代が、何が不満で他人や身内を攻撃したり暴力を振るったりするのか」と、疑問に思う人も多いだろう。

 しかし彼らはおそらく、自らのひきこもり生活に満足していたわけではなく、いまの状態や自分への激しい怒り、将来への不安、あせりや絶望感でいっぱいだったはずだ。練馬区のケースでは、それが冒頭の「俺の人生は何なんだ」という言葉につながったのだろう。

 もちろん、どのような理由があったにしても、それを暴力という形で発露させることが許されるわけではない。ましてはその暴力が無関係な他人に向かうことは何としても止めなければならず、家族の不安や苦悩はいかばかりだったかと思う。

とはいえ、診察室には彼の言葉に共鳴し、動揺する人が多くいたのも事実だ。

「今の自分に満足していないなら、何でもやって働けばいいじゃないか」という声も聞こえてきそうだ。しかし、ひきこもり生活が長引けば長引くほど、「もう失敗はできない」という気になる。ただ、一念発起してネットで職探しをしても、資格も経験もないまま40代、50代になった人への求人は少なく、当然、条件もよくない。それを目にするとプライドもある彼らは、「この年でいまさら単純な作業はできない」と絶望の念を深めるだろう。「どうせやるなら、親や周囲の人があっと驚き“さすが”と感心してくれるようなことをしたい」という気持ちもある。働くことや外に出ることのハードルはどんどん高くなる一方だ。

 では、彼らの就労や外出を阻んでいるのはその「高すぎるプライド」なのか、というと、実はそれだけではない。この人たちの多くは、「自分にはスキルもそれほどの実力もない」ということをよく知っている。「ひとに好かれるはずもないダメ人間なのだ」と必要以上に自己を卑下している人さえいる。

「このままじゃいけない、やるなら特別なことを。まだできるかもしれない」というかすかな特権意識やほんのわずかの万能感と、「でもどうせできない。自分はふつう以下だ」という大きすぎる劣等感や疎外感。この両極に心が引き裂かれ、瞬間瞬間で振り子が振揺れては、それに振り回されて自分の不安定さに自分でも疲れきっている。これが多くのひきこもりの人たちの心境だ。

そして一方で彼らの中では、「働くこと」の意義も薄れている。

 ひきこもり生活が20年、30年と続いてしまったということは、逆に考えればぜいたくさえしなければ、なんとかそれを許すだけの経済力が扶養する側にあったということだろう。例えば練馬区のケースでは、長男は毎月、ネットゲームにかなりの金額を使っていたともいわれている。親はもちろん喜んで支払っていたわけではないだろうが、それをまかなっていたことは事実だ。

「働かなくても生活できるのに、どうして今さら時給900円のアルバイトに行かなければならないのか」と、引きこもる子の側が「働くこと」に意義を感じられないのも、ある意味で当然かもしれない。ひきこもりが高齢化してくると、親はよく「ウチにはもうお金が一銭もない」とか「私たちが死んでも遺産はまったくない」などと言い出すだが、子の側はそれが事実なのか脅しにすぎないのかを敏感にかぎ分けて、後者の場合は親の不正直さにさらに怒りをつのらせることもある。

 いますぐ働かなくとも、親の家にいれば生活はできる。親が死んだあとは、遺産で暮らしていくことはできそうだ。だとしたら、どうして仕事をしなければならないのだろう。

倫理学者の大庭健氏は、2008年の著書『いま、働くということ』(ちくま新書)で、「何のために働くのか」という問題にいろいろな方向から検討を加えている。そして、人と協調しながら苦労して仕事をやりとげたときの「特有の安堵」に注目するのである。それは「趣味の場合と同じではない」として、大庭氏は次のように言う。

「自分の仕事が、回りまわって、直接には顔の見えない人々のいのち/生活の再生産に役立ってもいる、ということを実感できたとき、私たちは、仕事の喜び・仕事への誇りを感じる。」

これを心理学の言葉で言えば、「自己有用感」となるのかもしれない。自己有用感とは、「自分の属する社会や集団の中で、自分がどれだけ役に立つ存在であるかということを自分自身で認識すること」を意味する。

 たしかに、大庭氏の語るような実感を仕事を手にして得て、自己有用感を認識できれば、報酬の額とはまた別に、私たちは「生きててよかった。仕事をしてよかった」と思えるだろう。ひきこもりの子に対して親が「働いてほしい」と思うのも、それが基本にあるからではないだろうか。ただ食べて、寝て、ゲームなどをしながらイライラしてすごすのではなくて、人の中で何かをやり遂げ、「自分は顔の見えない人々の役に立っている」という手ごたえを得てほしい。親はそう願っているのだ。

 しかし、すぐ想像がつくように、「その実感が得られるような仕事とは何か」と考えはじめると、答えはすぐには出ないことがわかる。工場でパンを作っている人が「これが誰かの口に入り、いのちの再生産につながるのだ」と思うことは可能だし、大学教授として高度な研究をしていても「こんなことをしても誰の役にも立たない」とむなしさを感じるかもしれない。報酬の額でもない、社会的な肩書きでもない、だとするといったい何を目安に「自己有用感が得られる仕事」を探せばよいのだろう。そう考えると、逆に身動きが取れなくなる。「お金なんて気にせずに、あなたがいちばんやりたいことをやってくれればいい」という親からの言葉は、子にとってはとんでもない難問を投げかけられたと同じだ。

私はその昔、「ゲームばっかりやって」と非難され続けてきた子どもたちに対して、「ゲームがうまいのも十分にすごい」と評価し、まず目減りしきっている自己肯定感を少しでも回復させることで、何人か次のステップにつなげることに成功した。いまならゲーム実況のYouTuber になれば実際の収入につながる可能性もある。「このままじゃいけない」ではなくて、「このままだってそれなりにいいんだけど」とまずは思ってもらうことからしか、何も始まらないと考える。

 ただ、中高年ひきこもり、と言われる人たちは40代、50代というおとなだ。情報もふんだんに持っている。その人たちに、「まあ、そのままでもいいんですけど」という言い方が通用するか、という問題がある。子どもなら「え、親はゲームなんか何の役にも立たない、と怒るよ?ほんとにゲームがうまいのは悪いことじゃないの?」とこちらの働きかけを比較的、素直に信頼してくれるが、おとなには「一度、自己肯定感を充填させ、そこから就労に結びつけようという作戦ですね?」と見抜かれてしまいそうだ。

いずれにしても、私たちが「働くことは尊いこと」という“仕事崇拝”一辺倒の価値観からいったん解放されないと、この中高年ひきこもりの問題には手がつけられないのではないだろうか。仕事を通して「誰かの役に立っている」という自己有用感が得られればすばらしいが、もしそれがすぐ手にできなかったとしても、それは「その人生には意味がない」というわけではないのだと思う。

 これは長期ひきこもりの人に限ったことではない。男性でも女性でも、何歳でも、仕事をしていなからといって、近所で白い目で見られる筋合いはない。仕事をして社会の役に立つのはすばらしいことではあるが、「社会とつながる」にしても、さまざまなやり方がある。散歩をして地域の一員であるという手ごたえをうっすらとでも感じたり、自治体の体育館やプールに行ったり、もちろんその地域のイベントに出たりしてもよいのだ。

 ところが、私たちがそういう考えを受け入れられず、「お金を稼いではじめて仕事。はじめて社会貢献」という考えにとらわれている現状の中で、さまざまな理由でひきこもりの状態が続く人たちは、今日も「俺の人生は何なんだ」と呻吟し、怒り、絶望している。彼らも私たちも、「仕事がすべて。お金がすべて」というプレッシャーが高まる“圧力なべ”の中で生きているようなものなのだ。それは、ひきこもりの人にとってだけではなく、私たち誰にとっても、とても生きづらい社会といえるのではないだろうか。まず、そのことを考えてみたい。


 珍しい動物。

太いサクランボの木の幹がの3つに枝分かれしているあたりで何か動く気配。よく見るとエゾモモンガである。夜行性のため、ほとんど見ることは困難。さらに樹上生活をするためなかなか見ることはできない。一瞬動かなくなり、それから瞬く間に木の上へと昇って行った。そのあたりを見ると小さな穴が開いている。巣のようだ。ちょうど私の背丈ぐらいのところにそれはあった。

 もう一つ。エゾサンショウオ。

朽ちた木材を片付けているとその下から出てきた。

ここはいろいろな発見がある。楽しいところだ。

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精神科医が語る「自殺者が少ない地域」7カ所の共通点

2019年06月25日 | うつ・ひきこもり

  日刊ゲンダイヘルスケア2019年06月25日

    昨年の自殺者は2万598人で9年連続減少。しかし、19歳以下の自殺者は増加しているという。春先から初夏にかけてが「自殺の多い時期」という報告もあるが、自殺回避につながるヒントはないものか? 「その島のひとたちは、ひとの話をきかない――精神科医、『自殺希少地域』を行く――」の著書がある精神科医の森川すいめい医師に話を聞いた。

   森川医師はこれまで、徳島県の旧海部町(現・海陽町)、青森県の平舘村(現・外ケ浜町)と風間浦村、伊豆諸島の神津島、新潟県の粟島、北海道の白滝村(現・遠軽町)、広島県の下蒲刈島など7カ所の“自殺希少地域”を訪問。それぞれ1週間ほど宿泊し、地域の人たちと交流してきた。自殺希少地域とは「自殺で亡くなる人が少ない地域」であり、中には再度訪れたところもある。その経験から、森川医師は自殺希少地域に共通点があることを肌で感じたという。

「自殺希少地域というと、当初は“人と人が一生懸命に助け合っている地域”という印象がありましたが、実際に訪れると、そういうわけではない。まさに『人間関係は、疎で多』でした」

 この「人間関係は、疎で多」とは、自殺希少地域の研究者である岡檀氏の言葉だ。森川医師は、岡氏の学会発表がきっかけで、自殺希少地域を訪れるようになった。岡氏の調査では、自殺希少地域では隣近所との付き合いを「緊密」と答える人は少なく、一方、自殺で亡くなる人の多い地域では「緊密」と答える人も多く4割だった。

「自殺希少地域では、緊密でない代わりに『常に相手は自分の理解を超えている存在』という考えが大前提にある。相手は自分と全く違う存在。だから“○○○なんだ”と決めつけずに、対話をする。7カ所の自殺希少地域で住民の方と交流する中で、それが強く感じた共通点でした」

 ■ひきこもりの人も孤立はせず

 これは、親子関係や所属するコミュニティーでも応用できる考え方だと、森川医師は指摘する。それぞれが「正解は一つではない」と捉え、相手の意見に耳を傾ける。

   「自殺希少地域でもひきこもりの人はいましたが、孤立はしていなかった。周囲がその人となりを把握し、家にこもりたい気持ちを理解している。近所同士対立している人もいました。悪口を言いもするのですが、周囲はそれはそれとして話を聞き、派閥をつくるでも、村八分にするでもない」

   ある自殺希少地域での特別養護老人ホームでは約40人の入所者がいたが、抗精神病薬を服用している人はゼロで、睡眠薬は2、3人。これは珍しいケースであり、森川医師は「最新の介護手法を用いた結果か」と考えていたという。

「しかし訪問すると、そうではない。ただ、一人が歌いだすとほかの入所者も歌いだす。独り言もとがめない。怒ったり、薬が必要なのでは、と考えるところも多いのですが……。あの人はあの人だといった理解が入所者やスタッフにある」

 森川医師はクリニックで治療を行う際、うつ病や統合失調症といった診断名はいったん横に置き、「何が今つらいのか」「ここに至るまでどういう人生を送ってきたのか」「何を話したいと思っていたのか」を聞く。重要視するのは、やはり対話だ。うつ病になった直接的な原因を探り、解決したとしても、問題点が減っただけで、自殺防止にはつながらないからだ。

森川医師の著書のタイトル「ひとの話をきかない」は「耳を貸さない」ではなく、対話を通し、ひとつの意見にまとめず個々を認めていこうということ。自殺希少地域と同じ環境をすぐにつくり出すのは困難だが、自分がまず周囲とのかかわり方を変えようと努力することが、結果的には、自殺に向かおうとする人を減らせるかもしれない。


 

 23日の「沖縄全戦没者追悼集会」であいさつした安倍首相。昨年も批判されたが、今年のスピーチも、前年の文面をほぼそのままコピペしたものを読み上げていたという。
『帰れ!』や『ウソつき』といったヤジが例年にないくらい飛んだという。フザけた態度が、県民の感情を逆なでしているのだ。「県民に寄り添う」んだって。

桐の木です。元の木が樹皮をはがされて枯れてしまい、周りからたくさんの新芽が成長しています。
つつじの花も終わり、風通し良く、剪定してあげなければ虫がつきます。

名前のわからぬ野草。

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子どもがひきこもったら・・・?

2019年06月14日 | うつ・ひきこもり

「子どもがひきこもったら怖い」親や周囲がひきこもる人に打てる3つの手立て

「どんな手が打てるのか」の前に「なぜひきこもるのか」を知らないと、いかなる対応も空回りに終わる。

  ハフポストBLOG 2019年06月13日

ふたつの事件によって「ひきこもり」が再注目されています。

ひとつは児童を含む17人を殺傷した川崎殺傷事件。事件翌日の5月29日、川崎市が容疑者(51歳)は「長期間のひきこもり傾向にあった」と発表。その数日後、6月1日に元官僚の父親(76歳)がひきこもる長男(44歳)を殺害する事件が起きました(以下、練馬事件)。

ふたつの事件は「ひきこもり」というワードが共通しており、ひきこもりに関する報道が、連日されています。そうした影響も受け、ひきこもりの当事者や親には波紋が広がっています。

 

「うちの子は中学生だが、学校へ行かずひきこもっているのは正直、怖い」(40代・主婦)

「やっぱり自分も最後は親に殺されるのではないかと思った」(20代・ひきこもり男性)

そんな声も聞かれました。川崎殺傷事件と練馬事件が「ひきこもりだから起きた」という短絡的な見方には疑問がありますが、今日は、ひきこもりの人に周囲はどんな手が打てるのかを書きたいと思います。以下は、私がひきこもりや不登校の当事者、親、支援者を取材するなかで見えてきたことです。

ひきこもるメカニズム

「どんな手が打てるのか」の前に、そもそも「なぜひきこもるのか」を知ってもらわなければ、いかなる対応も空回りに終わってしまいます。「ひきこもるメカニズム」を最初に書きます。

ひきこもりは、体が緊急停止した状態だと言われています。多くの場合、ひきこもる要因は、ひとつではありません。いじめ、パワハラ、就職活動や受験の失敗、親からの期待が重圧に感じていたなどの理由が相まって、心にストレスが溜まり、限界を超えたときに体が緊急停止します。

緊急停止と言っても指や目が動かすなどの単純な行動ができないわけではありません。学校へ行こうと思っても頭痛や腹痛が起きる。朝起きようと思っても起きあがれない。働こうと思っても強烈な不安感などに襲われるなど、いままでと同じ生活ができなくなる、という状況が「緊急停止」の状況です。

つまり、心に負担をかけすぎて体が「もうムリはできない」とストップをかける。それが「ひきこもるメカニズム」なのです。

ひきこもりはなぜ長期化するのか

ひきこもりが長期化するのは、緊急停止の状態が解除されないことが多いからです。ひきこもった後でも心の傷が深まるのが、その要因です。

ひきこもった後、本人は「働けない自分はおかしい」「学校へ行けない自分は怠けている」「こんなの甘えだ」と罪悪感や自責の念、そして早くなんと解決しなければという焦燥感を感じ、自分を否定します。この際には、周囲による「がんばろう」という励ましの言葉も、本人からすれば責められたような気持になってしまいます。

このように、ひきこもったあとでも自責の念が絶えず、心の傷が深まるのが長期化の要因の一つになっています。たとえば練馬事件で殺害された英一郎さんは、ツイッターなどで攻撃的なツイッターもされていました。ネットのなかでは、よく見られる書き込みとも言えますが、ひきこもりに理解の深い人であれば、自責の念が強いあまりに他者に対して攻撃的な言葉を吐いて自分を落ち着かせている、と考えるのが自然です。

病気として噴出するケースも

また、傷が深まっていくとその苦しさは「病気」として噴出することもあります。躁うつ病、強迫神経症、摂食障害、パニック発作など。なかには自傷行為や家庭内暴力が出ることもあります。すべて心のSOSだと言っていいでしょう。

家庭内暴力は、家族からも孤立感を感じ、自己否定感が高い状態が長く続くときに起きるものです。自己否定の末に、まずは「物」に当たる期間が長く続き、それでも改善されない場合は人に当たります。報道によれば、練馬事件の英一郎さんも中学生のころから母親への家庭内暴力が出ていたそうです。この場合は、中学生になる以前から苦しい思いを抱えていたと考えざるを得ません。本来なら「人」に当たる前の期間は長いはずですから、その期間に本人が苦しんでいる背景を掴む必要がありました。

周囲にできること1「相談」

ここから先はひきこもりの当事者らに聞いた「必要だと感じたサポート」について書いていきます。

まず周囲からの適切なサポートは、ひきこもり当事者にとって大きな力になります。本人は「どうにかしたい」と思っていても、うまく体が動かなかったりするからです。

周囲は、まず緊急性の高いものから手を打ってください。つまり自分と他人の健康を害する症状(状況)の場合は、早めに精神科医やメンタルクリニックなどにご相談ください。

この際、本人が病院へは行かず、親や祖父母だけが相談に行っても大丈夫です。

医師も千差万別です。たくさんの病院を転々とするのは、お勧めできませんが、相性の悪い医師にかかっているのもよくありません。当事者たちからの経験則をもとにすると「よい医師」は、決まって当事者の苦しさに共感できる人でした。世間体や常識よりも当事者の立場に立って物を言える人、こういう人に相談を続けられるのがよいかと思います。

相談がうまくいかないのは

しかし、相談してもうまくいかないケースもあります。練馬事件などでも「相談してもうまくいかなかった」と報じられています。一般論として相談してもうまくいかないケースは、ふたつに大別されます。ひとつは相談先に専門的な知識がなかった場合。もうひとつは「周囲が解決策を決めつけている」場合です。

いじめによって不登校になった子の親から一番多い相談が「なんとか学校へ行けるようにしたい」です。学校へ行くことのみを解決策として決めつけられても、子ども本人は、すぐに登校できる状態にないことがあります。相談者の親や先生がゴールを決めつけていると、相談機関としては打つ手がありません。ふつうの相談機関ならば、子どもの困りごとを掘り出し、本人が安心できる環境を整備し、その先に子どもが求めているゴールを探る、という手はずをとります。ゴールのなかには学校復帰もありますし、家で学ぶこともあります。状況次第でゴールは揺れ動きます。誤解が多い言い方ですが、親や先生の「思い通りの結果」を求めて相談されてもうまくいかないケースが多いです。

周囲にできること2「安全基地」

本人にとっての安全基地をつくることは有効な支援です。安全基地とは、衣食住が保障されていこと。親や周囲が干渉されすぎないこと。そして本人を快く受け入れられている場のことです。

そんな安全基地があると「ますます外に出られなくなる」「一生ひきこもる」と不安に思われる方がいます。

それは誤解です。「ダメになったら戻れる場所がある」と思えることが、チャレンジを支えます。登山といっしょでベースキャンプ(基地)がなければ、トライできません。自然と自暴自棄な選択肢が生まれてしまいます。

私が取材した当事者も、みなさん安全基地(家)と外の世界(会社や学校)を行ったり来たりしながら、社会との距離の取り方を学んでいました。

周囲にできること3「話し相手」

自分の気持ちを整理するためには話し相手が必要です。ひきこもりの人も、病院の先生、カウンセラー、当事者グループの集まり、親などに「気持ちを聞いてほしい」という場合があります。話し相手になった方は、本人の気持ちを否定せずにじっくり話しをきいてほしいと思います。

ということで周囲が打てる対応は3つです。

自分と他人の健康を害する場合は医師に相談

本人の安心基地をつくる

本人から選ばれたら話し相手になること

 サポートをする際は、自分のサポートやケアを忘れないでいただけたらと思います。サポートをする人もしんどいのは事実です。

ひきこもれたから生きられた

最後になりましたが「ひきこもることでやっと自分らしく生きられた」、「本当の自分になれた」という人もいます。なので「ひきこもり=悪」だと決めつけないでもらいたいとは思っています。

ひきこもり経験者の石崎森人さんがその例です。石崎さんは就職活動と就労に疲れ果て、自殺未遂を経てひきこもり始めました。ひきこもった直後から「この状況から抜け出したい」とアルバイトを始めるも吐いてしまうなどまともに働けませんでした。石崎さんは、ひきこもりながら自分と向き合い、将来のプランニングを始めました。その後、石崎さんは、ひきこもり当事者から担がれるようなかたちで「ひきポス」というひきこもり専門メディアの編集長をしています。

石崎さんは、ひきこもりを経て「以前の僕よりはるかに真剣に生きている気がする」と感じたそうです。

ひきこもりには、自分と向き合う作用もあります。また、もし親や周囲の方が、ひきこもりについて心配になったら、本人に直接アプローチをする前に当事者や親の経験談を聞いたり、ネットで読んだりしてください。

体験談などは『ひきポス』や『不登校新聞』にはもちろん、たくさんネットで読めます。できれば「浴びる」ように読んでもらえると、本人の気持ちが少しずつ見えてきます。気持ちが見えてくること、それが最初の手掛かりになるはずです。

 


 まとまった雨がありません。日曜日は降水確率80㌫と出ています。期待してもいいのでしょうか?
沼の水位もこんなに下がっています。

定植したカボチャ2株が消えています。沼からポンプアップして、作物に水やりです。

スベリヒユ、結構うまい

 

ツルアジサイ。

不詳草花1.

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ゲーム障害

2019年06月08日 | うつ・ひきこもり

<心を取り戻せ ゲーム障害との闘い> (上)少ない支援、孤立する親たち

コラージュは上から時計回りに、ゲームに熱中する若者=中国で(ゲッティ・共同)。ゲーム障害の治療に取り組む久里浜医療センター。送検される元農林水産省次官の熊沢英昭容疑者

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 白いシャツを着ているのが、真面目そうに見える理由だろうか。その容疑者の表情は淡々としていて、とても無防備に思えた。

 長男(44)を刺殺したとして逮捕された元農林水産省次官の熊沢英昭(76)。送検される映像をテレビで見た時、大原みゆき(50)=仮名=は胸を突かれた。

 「あれは、将来の私かもしれない」

 みゆきの息子、中学三年の哲也(15)=同=は、二年前からオンラインゲームにのめり込んでいる。学校を休み、家族に暴言を吐いたり、時に暴力を振るう。

 「刺さなければ、自分が殺されていた」と供述したという熊沢。殺害された長男は働いておらず、ゲームに没頭していたという。自宅に引きこもりがちで、熊沢らに暴力を振るったとみられている。

 その人物像が、みゆきには哲也と重なる。息子を殺(あや)めたとしたら、とんでもないことだ。しかし、そこに至る苦しみを想像できる気がする。「追い詰められていたと思うんです。うちみたいに」 (敬称略)

◆カプセルの中の「地獄」

 「昼夜の生活が逆転してしまった」「三週間風呂に入らず、着替えもしていない」

 五月上旬、ゲーム障害の子どもを持つ親の集いが、国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)であった。関東、中部、北陸、関西…。各地から訪れた十数人が、深刻な実態を打ち明けた。

 ゲーム障害の当事者は主に十代の男の子。オンラインゲームにのめり込み、食事や勉強には見向きもしない。ゲームを取り上げようとすると、暴言や暴力に訴える。

 「こんなにも皆が同じ症状になるのか…」。大原みゆき(50)=仮名=は驚いた。中学三年の息子、哲也(15)=同=の不登校が始まって二年になる。

 毎日十時間以上、ゲーム漬け。まばたきもしないで画面に向かう。話し掛けると、「うざい、くそばばあ」。母親のみゆきに向ける目つきは、まるで刃のようだ。

 夫がゲームを取り上げようとすると、つかみ合いになった。テレビのリモコン、コップ…。手近な物を投げ付け、みゆきも足蹴(あしげ)にされた。「ゲームに触ったら殺す」とまで口にする。

 耐えきれず、警察を呼んだこともある。

 「毎日が地獄です」

     ■

 みゆきはここ数年、息子を何とかしようと奔走してきた。スクールカウンセラーに教育相談所、消費者相談センター。窓口で助言は受けられても、ゲームをやめさせるための直接的な支援には程遠かった。

 「もう病院しかない」と精神科のクリニックに何軒も問い合わせたが、「高校生以上でないと治療に向かない」「ゲーム依存は扱っていない」と門前払いが続いた。

 やっとの思いで、診察してくれる医師を見つけても、予約した日に哲也を家から連れ出すのが難しい。「本人が来ない限り、治療はできない」と突き放され、「落ちる所まで落ちるよ」と脅された。

 国内にゲーム障害の人がどのくらいいるのか。病気の歴史が浅く、はっきりした統計もない。全国に先駆けて二〇一一年にインターネット依存専門外来を設けた久里浜医療センターでは、予約の受付日に、用意した枠の何倍もの電話が殺到し、対応できないのが現実だという。

 困り果てた親たちが、あちこちに存在する。しかし、その家庭は「カプセル」のように閉ざされ、医療や行政から切り離されていると考えられる。

     ■

 みゆきは時々、駐車場の車にこもって一人で涙を流す。「体が心配。受験も控え、将来どうなるのか…。何もかも、どうしていいか分からない」。「死」さえ頭に浮かぶという。

 小学生時代、哲也は真っ暗になるまで公園でサッカーボールを蹴っていた。リーダーシップもあり、同級生や先生から頼りにされる存在だった。あの子は一体どこへ行ったのか。

 確かめるように、古い手帳を開くと、小さな紙切れがはってある。鉛筆書きの文字が見える。

 「皿洗い券」

 みゆきを「ママ」と呼んでいた頃、小学二年だった哲也が、プレゼントしてくれた宝物だ。「肩たたき券」「ごみ出し券」「スーパーの重いもの持つ券」…。どれも、もったいなくて使ったことがない。

 優しい子だった。

 「今はゲームの殻の中に閉じ込められているけど、それを剥いだら、本当のあなたがいるのよね」

 その場にいない息子に言葉を届けるように、つぶやいた。 (敬称略)

<ゲーム障害> オンラインゲームやテレビゲームをしたい衝動が抑えられなくなり、日常生活に支障が出たり、健康を害したりする依存症。世界保健機関(WHO)が5月、新たな依存症として正式に認定した。WHOの基準では、家族や社会、学業、仕事に著しい障害が起き、症状が少なくとも12カ月続く場合に診断できる。2017年の厚生労働省研究班の調査では、インターネット依存の中高生は93万人(推計)で、この一部がゲーム障害と考えられる。


(中)過酷な現実 安らぎ求め
2019年6月9日付朝刊


木村亮平さん(仮名)の右手首は、ゲームで長年酷使したせいで瘤ができている=神奈川県内で(一部画像処理)

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 大きさは、サクランボの実くらい。木村亮平(27)=仮名、神奈川県=の右手首には瘤(こぶ)がある。

 医学的には「ガングリオン」と呼ばれる。亮平の場合は、世界で三百五十万人が登録するオンラインゲームで、国内二位になるまで手を酷使した結果だ。

 「僕の勲章です」。色白の手首を見せながら、亮平は言った。

 お気に入りは、自分の選んだキャラクターが敵を次々に倒し、それに伴ってキャラクターのレベルが上がるロールプレーイングゲーム。中学一年で始め、高校時代は一日に二十時間も没頭した。食事は二日に一度。二十代前半の二年間は一歩も外出しなかった。

 「ゲーム依存は社会で『廃人』扱い。でも、僕はゲーム仲間から『廃神』と尊敬されている」

     ■

 亮平は東北地方の山あいに生まれた。父親を早くに亡くし、母親は早朝から深夜まで働きに出ていた。幼い頃から、ゲームが遊び相手だった。

 勉強も運動も苦手で、十一人の同級生中、いつも十番か十一番。忘れ物も多く、「集中していない」と毎日のように教師に殴られ、母親にぶたれた。

 高校を出て建築の仕事に就いたが「物覚えが悪い」と殴られ、長続きしなかった。身を寄せた兄の家からも追い出された。

 自分が発達障害だと知ったのは最近のことだ。

 複数の医療関係者によると、ゲーム障害の患者の中には発達障害を併せ持っている人がいる。興味のある事柄には人一倍の集中力を発揮する一方、読み書きや計算など特定の不得意分野があったり、対人関係が苦手だったりする。このため、周囲の理解が何より大切だとされる。

     ■

 ゲーム障害の治療のため、病院を訪れたのは二年前。ゲームをやめた禁断症状で体の震えが止まらず、「これ以上、禁止するなら全員殺してやる」と叫んでいた。夜は、自分が殺される悪夢にうなされた。

 「僕は現実の世界で誰からも必要とされていない」「つらいことばかりなのに、どうして生きなければいけないの」

 両手で自分の首を強く絞め、何度も自殺しようとした。でも、死にきれなかった。

 それは、ゲームがあったから。

 全国二位の亮平を慕い、やりとりを交わしてくれるプレーヤーが五百人もいる。ゲームのこつ。励ましの言葉…。もちろん話題はゲームが中心だが、うそ偽りのない近況、心の内を語り合う相手もいる。

 現実の世界で縁遠かった人の愛情。それを実感し、安らげる唯一の場だ。「僕は仲間のために生きればいい」。そう決めた。

 今、亮平は一人暮らしをしながら、就職を目指して行政の就労支援サービスを受けている。ゲームをする時間は少しずつ減らし、一日に二、三時間だが、仲間とのチャットや電話は欠かさない。

 病院では「ゲーム以外に夢中になれるものを見つけよう」と助言を受ける。

 「見つけたいです。僕を裏切らない何かを」 (文中敬称略)

<発達障害> 自閉症やアスペルガー症候群、注意欠如・多動性障害、学習障害などの総称。他人とのコミュニケーションが苦手だったり、興味の偏りがみられたり、落ち着きのなさや不注意さが目立ったり、読み書きや計算など特定の分野だけが不得意だったりと、症状は多様。能力を生かして社会的に成功している人も多いとされ、厚生労働省はサイトで「生まれつきの特性で、病気とは異なります」と紹介。周囲の理解や、本人に合った環境が重要だとされる。


(下)依存ない「楽園ネズミ」
2019年6月11日付朝刊


久里浜医療センター院長の樋口進さん

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 「われわれはさまざまな依存症を診察する責任がある。ゲーム障害の人々への適切な措置を求めたい」

 スイスで開かれた五月の世界保健機関(WHO)総会を前に、こんな要望書がWHO事務局へ届いた。その数、約八十通-。世界精神医学会や日本小児科学会など、各国の医療関係者からだった。

 その要望書の「仕掛け人」が、日本の医師である。国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)の院長、樋口進。国内初のインターネット依存専門外来を設けたパイオニアとして、国内外の学会に働き掛けた。

 「WHOが依存症だと正式に認めれば、対策は進むはずだ」

 樋口の狙い通り、ゲーム障害が国際的な病気の分類に加えられることが、WHO総会で決まった。

     ■

 依存症の治療では通常、患者から依存の対象物を無理に取り上げることはしない。再び入手すれば元のもくあみなので、最終的には患者自身がやめようと思わなければならない。

 ゲーム障害で難しいのはそこだ。「大人は『酒に溺れては将来まずい』と頭では理解できる。でも、理性が発達途上の子どもに『ゲームを続けたら良くない』と納得してもらうのは大変」と樋口は語る。

 このため久里浜医療センターでは、患者同士のディスカッションやスポーツ、高原でのキャンプ体験などを組み合わせ、ゲーム以外の喜びを感じてもらいながら「ゲームをやめる決断」を促している。

周愛荒川メンタルクリニックの八木眞佐彦さん

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 一方、周愛荒川メンタルクリニック(東京都荒川区)の精神保健福祉士、八木眞佐彦は、あらゆる依存症の根っこにある「生きにくさ」に目を向ける。

 父親の不在に母親の過干渉、いじめ…。ゲーム障害の子どもは家庭や学校に問題を抱えているという。「個性や能力を無視した受験や習い事、叱責(しっせき)や否定ばかりでは、心に大きな苦痛を抱える」と指摘する。

     ■

 国の統計によると、昨年の中高生の自殺は三百六十二人。ほぼ毎日一人が命を絶っている計算だ。「ゲームで心の苦痛を忘れられるのなら、ゲームは自殺を防ぐ『心の杖(つえ)』になっているんです」

 しかし、それが度を越すとゲーム障害という新たな問題を抱えるだけ。どうしたら良いのか-。

 八木が紹介するのが、カナダの大学でのネズミの実験。依存性の非常に強い薬物「モルヒネ」を水に薄め、二カ月間与える。

 一つは、狭苦しい檻(おり)に一匹ずつ飼育した「植民地ネズミ」。もう一つは、広くて居心地の良い環境に複数の雄と雌を一緒に飼育した「楽園ネズミ」。

 植民地ネズミはモルヒネ水を飲み続けたが、楽園ネズミは普通の水を選び、依存にならなかった。そこにヒントがあるという。

 「孤立の病」といわれる依存症。何より必要なのは疎外感、心の苦痛を取り除くこと。「親が子どもの『批判者』ではなく『協力者』となり、寄り添うことです」と八木は言う。

 「しかし、現実には親自身が孤立し苦しんでいる。まず、親が家族の集まりなどに参加し、人とのつながりを実感するところから始めてほしい」 (文中敬称略)

 =この連載は臼井康兆が担当しました。

<世界保健機関(WHO)とゲーム障害> WHOは5月の総会で、病気や死因の分類に関する国際的な基準である「国際疾病分類」にゲーム障害を盛り込むことを決め、新たな依存症として正式に認定した。アルコールやギャンブルへの依存と同じ扱いとなる。これにより、ゲーム障害の医学的な研究が進んだり、行政の対策が進んだりすることが期待されている。

 江部乙では今日も夕方から大粒の雨となったが長続きしない。畑をある程度は潤してくれた。

もうすこし早く来てくれればよかったのだが・・・

植え付けた苗に水をやらなければ消えてしまう。現に結構な数で株が消えている。余計な仕事が増えている。

なかなか定植作業も進まない。今日で終わらせようと思ったが、明日に伸びた。ところで、定植穴は鉢よりもやや大きく余裕を持った方がいい。というのは根が伸びてポットにぶつかり、巻いている。そこからすんなり外に向かって根を伸ばそうとするときに柔らかい、根を伸ばせる土が必要なのです。

仮植えしてあったイチゴが赤くなってます。まず1個食べました。甘いです。

沼があるせいで、トンボがたくさんいます。今日は沼の水が少なくなったせいで蛍の幼虫が上がってくるのを観察できました。

遊びに来る子供のために、虫取り網も用意しました。無料で貸し出します。

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社会的な支援をためらわないで!

2019年06月04日 | うつ・ひきこもり

BLOG

8050問題」と川崎・登戸殺傷事件を介護現場から考える

親が高齢になり、子どもの引きこもり期間が長ければ長いほど、その支援は難しくなってしまう。

  ハフポスト20190604

 

川内潤

NPO法人となりのかいご代表理事

 

   528日、川崎・登戸で50代の男がスクールバスを待っていた小学生や保護者らに次々と襲いかかり、うち2人が死亡する痛ましい事件が起きた。

その後も、531日に40代の引きこもりの息子が70代の母親と口論になり、母親と妹を刺し、自らも命を絶った。

61日には70代の元農林水産省事務次官が川崎・登戸殺傷事件を受けて、40代で引きこもりだった長男の将来を悲観し、胸などを包丁で刺し殺害する事件が起きた。

これらの事件を受け、問題視されているのが「8050問題」だ。

   「8050問題」とは、主に50代前後の引きこもりが長期化している子どもを、80代前後の高齢の親が養うというもので、子どもが引きこもり生活で社会との接点を失う中で、親に病気や介護問題が起き、親子共倒れになるリスクが問題視されている。

川崎・登戸殺傷事件においても、51歳の容疑者は80代の伯父伯母の家でひきこもり生活を送っていたという。

   認識を誤っていただきたくないのは、「引きこもり=危険人物」と短絡的に考えることだ。むしろ、凶行な行動に移すケースは稀であり、社会から孤立してしまう状況が見えなくなってしまうことがより問題を深刻化させてしまうのだと考えている。

   つまり、この事件を「50代の引きこもりが引き起こした、凶悪で凄惨な事件」と自分には関係ない“対岸の火”とするのではなく、私たちが意図せず社会から排除してきてしまった方々へ目を向ける機会として、一人ひとりが具体的な行動につなげるために、このコラムを書かせていただくことにした。

   なぜ、介護相談をしている私がこの問題について考えているかというと、以前、私がご自宅に訪問する介護の現場で働いていたときに、まさに「8050問題」を目の当たりにしていたからだ。

   あるご家庭には“開かずの間”というものがあり、要介護状態にある男性の介護に伺うと、妻から「あの部屋の前を通るときは、静かに通ってください」とお願いされることがあった。息子さんは仕事をしておらず、ずっと部屋の中に居て、親の介護には非協力的だという。

   これはもう10年以上前の話であるが、介護職という立場でさまざまな家庭を垣間見る日々の中では、決して珍しいことではなかった。そのため私にとってはかなり前から「8050問題」は身近な問題で、それに対して常に悔しさと危機感を持ち続けていた。

   そこで、今回の事件で問題視されている「8050問題」については、介護の現場や現在の主な活動である家族を介護する人をサポートする中で感じた見解と、二度と同じような事件を起こさないための私なりの考えをお伝えしたい。

   “開かずの間”に引きこもっていた子どもたちには、社会のレールから外れてしまったさまざまな理由があったのだろう。

   そんな子どもを親は突き放すことができず、家族だけで抱え込み、気が付けば数十年という月日が過ぎてしまい、支援を活用しての自立をするには手遅れの状態に…。

   これは介護にも同じことがいえ、介護も家族で抱え込めば抱え込むほど、最終的には家族全員が共倒れしてしまうなど手遅れの状態になってしまう。

  引きこもりのケースでは、介護とは違い、たいていの場合は自分のことは自分でできるので、子育ての延長で親が食事の世話さえすれば一旦は何とかなってしまう。

   引きこもりとなった原因の中には、発達障害や精神障害によるケースもあるだろう。しかし、親のサポートでなんとか生活できてしまうため、そういった障害を持っていたとしてもなかなか支援にはつながらない。

ところが、親が病気になり介護が必要になったとたんにそのバランスが崩れ始める。

   そこで初めて「今度は自分が親の世話をするのか?」「今の自分に親の世話ができるのか?」「収入がないままで、これから生活していくことができるか?」など、自立した生活が困難な中で、急に訪れた親の介護問題で引きこもりの子どもたちは危機的状況に飲み込まれていく。

   そして、社会的支援とつながらないまま長引いた引きこもり生活により、親以外には頼れる人がいないと思い込んでしまう。

   今回の事件でも、容疑者の親族が川崎市の相談機関にたびたび相談をしていたそうだ。だが、すでにそのころには問題が複雑化し、支援が難しいものとなっていたと思われる。

親が高齢になり、子どもの引きこもり期間が長ければ長いほど、その支援は難しくなってしまう。

   決して、容疑者を擁護するわけではないが、マスコミなどの情報によると、容疑者は学生時代から、日常生活の中でさまざまな問題を抱えていたようだ。もし、そのころから何らかの支援につながっていれば、こんなに悲しい事件は起きなかったかもしれない。

だからといって、引きこもりの子どもを抱えている親御さんを責めるつもりは一切ない。

   介護もそうであるが、問題を抱えている当事者たちは目の前の問題に向き合えなかったり、気づかないまま時が過ぎてしまったりすることがある。さらに同居している親は自分の子供に対して、強く言えなくなっていることもあるだろう。

   そこで介護している人をサポートする活動をしている私が重要視しているのが、冷静な判断ができる、離れて暮らすきょうだいや親類の客観的な視点なのである。

   私はさまざまな企業で、その社員たちに対して個別の介護相談を行っている。その中で「きょうだいが実家に引きこもっていて親が困っている」という相談も少なくない。

   親の介護問題とともに引きこもりのきょうだいについて個別相談に来てくださる方々には、大きな期待を寄せている。それは問題が複雑化する前であったり、まだ解決への打ち手がある時期での相談であることが多いからだ。

   引きこもりの当事者である親子たちは、その期間が長ければ長いほど自分からは“SOS”が出せない状態になっている。また、もし“SOS”を出していても、現状の社会ではそれに気づいてくれる機会は少ないかもしれない。

   長く働いていない、社会とのつながりが持てなくなっている家族がいるという状況に気付いた段階で、きょうだいや親類が、実家の地域にある相談支援センターやメンタルクリニック、保健所など、とにかく早目に社会的な支援の相談窓口につないで欲しい。

   直接、説得するだけが解決手段ではない。自分が説得できない場合は、その旨も含めてさまざまな相談窓口に伝えるのだ。

   一緒に住んでいる家族に介護が必要になって追い込まれてからの支援では、福祉の支援を受け、つながるまでにどうしても時間がかかってしまう。遠慮せず早い段階で相談窓口に一報いただきたい。

   企業に出張して介護や介護のセミナーをする中で、きょうだいや親類からの早い段階での相談をいただけることで、「8050問題」を早期に発見することが難しいケースになりかねない事態を、未然に防ぐ可能性に偶然にも気付くことができた。

どうか「まだ何とかなっているから大丈夫」と思わず、社会的な支援につながっていただくことをためらわないでいただきたい。

   誰もがどのような状況になっても生きやすい、豊かな社会づくりは一人ひとりの日々の小さな行動が必要であることを、今回の事件から受け取っていただきたいと切に願っている。


待望の雨。

週間天気予報から傘マークが消えてがっかりしていたのだが、昨夜見た予報に突然現れた。しかも、今日の昼過ぎからである。ラッキーと思いはしたが、降ってみなければわからない。また肩透かしを食らうかもしれない。今のところ、さほどの雨ではないが恵の雨である。

このコンテナがすっぽりと水没してポンプアップしていたのがこのありさま。

雨が来る前にカボチャ、ズッキーニ、トウキビ、ビーツ、ジャーマンカモミール等、定植完了。もう少し野菜の苗が残っているが植える場所がなくなってしまった。

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「中高年引きこもり」調査結果の衝撃、放置された人々の痛ましい声

2019年04月05日 | うつ・ひきこもり

  DIAMOND online 2019.4.5

「ひきこもり中高年者」の

調査結果が投げかけた波紋

 国を挙げての新元号フィーバーにいくぶん覆われてしまった観があるものの、内閣府が3月29日に公表した、40~64歳の「ひきこもり中高年者」の数が推計約61万3000人に上ったという調査結果は話題を呼んだ。厚労相が「新しい社会的問題だ」との見解を示すなど、その波紋が広がっている。

 共同通信によると、根本匠厚生労働相は同日の会見で、内閣府の調査結果について「大人の引きこもりは新しい社会的問題だ。様々な検討、分析を加えて適切に対応していくべき課題だ」と話したという。

 さらに4月2日の会見でも、こうした「中高年ひきこもり」者が直面している課題に対し、根本厚労相は「1人1人が尊重される社会の実現が重要。『8050』世帯も含め、対応していく」などと、これからの政府としての方針を示し、国の「引きこもり支援」の在り方が新たなフェーズに入ったことを印象付けた。

 確かに、引きこもりする本人と家族が長期高齢化している現実を「社会として新しく認識した」と言われれば、その通りだろう。そもそも「引きこもり」という状態を示す言葉自体、精神疾患や障害などの世界と比べてもまだ歴史の新しい概念だ。

 しかし、40歳以上の「大人のひきこもり」が新しい社会問題なのかと言われれば、決してそんなことはない。引きこもる人たちの中核層が長期高齢化している実態については、多くの引きこもる当事者や家族、現場を知る専門家たちが、ずっと以前から指摘し続けてきていたことだし、各地の自治体の調査結果でもすでに明らかになっていたことだ。蛇足ながら、筆者の当連載も2009年に開始以来、10年近く続いている。

 にもかかわらず、40歳以上の引きこもり当事者やその家族の相談の声は、制度の狭間に取り残されたまま、長年放置されてきた問題であり、こうして内閣府が実態調査に漕ぎ着けるまでに、何年もの時間がかかった。

80代の高齢の親が収入のない50代の子の生活を支える世帯が、地域に数多く潜在化している現実を目の当たりにした大阪府豊中市社会福祉協議会福祉推進室長で、CSW(コミュニティソーシャルワーカー)の勝部麗子さんは、8050に近づく世帯も含めて「8050(はちまるごーまる)問題」とネーミングした。こうした8050世帯の中には、持ち家などで生活に問題がないように見えても、子が親の年金を当てにして貧困状態に陥りながら、悩みを誰にも相談できずに家族全体が孤立しているケースも少なくない。

 全てのケアマネジャーが把握

 「8050問題」の深刻な実態

 最近、筆者は役所の福祉部署や社会福祉協議会などから、職員や支援者、地域の民生委員向け研修の講師を依頼される機会が増えた。先月、ある自治体の高齢者支援課に呼ばれて、地域包括支援センターのケアマネジャー向け研修会の講師を務めたとき、自分が担当している高齢者の中に「8050問題」に該当する世帯を把握しているかどうかを尋ねたところ、ケアマネジャーのほぼ全員が手を挙げた。

 地域包括支援センターは、高齢者の介護などの相談や訪問サービスを担う施設であり、引きこもり支援は本来の仕事ではない。そうした現場でよく聞かれるのは、「介護している高齢者の家に引きこもる子の存在を知っても、どこに繋げればいいのかがわからない」「どういう支援をすればいいのか知りたい」といった声だ。

「本人や家族に、どうアプローチすればいいのかわからない」「専門のスタッフがいない」「人手が足りない」という現場の声は、生活支援の相談窓口や福祉・保健の部署からも聞こえてくる。今年3月に公表された厚労省委託事業の「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」の保健所調査によると、回答した保健所の45%が「支援の情報に乏しい」、42%が「家庭訪問の余裕がない」と答えた。

 国から「ひきこもり地域支援センター」を受託している都道府県・政令指定都市などの相談窓口ですら、本来、引きこもり支援の担当とされているにもかかわらず、若者の「就労」「修学」を目的としている青少年部署が担当していて、「40歳以上の相談については他の適切な機関に紹介している」だけという、お寒い実情の自治体もある。

同じKHJ家族会の調査によれば、引きこもり支援担当窓口と位置付けられている、全国の「ひきこもり地域支援センター」と基礎自治体の「生活困窮者自立支援窓口」の半数近い48%の機関が「ひきこもり相談対応や訪問スキルを持った職員・スタッフがいない」、半数を超える56%の機関が「ひきこもり世帯数も未知数で、家族会の必要性があるかわからない」と回答。孤立した本人や家族が、せっかく勇気を出して相談の声を挙げても支援につながらず、絶望して諦めざるを得なくなる現実が、全国3ヵ所で開かれたKHJ主催のシンポジウムでも報告されている。

 社会が「大人の引きこもり問題」を新たに認識する以前に、そもそも社会には40歳以上の当事者やその家族の存在が「見えていなかった」ということであり、「見ていなかった」だけのことだろう。もっと言えば、本当は彼らの存在が見えていたのに「見なかったことにしていた」という話なのではないか。

 相談の行き場を失った本人や家族たちは、支援の枠組みから取りこぼされ、長い間、放置されてきた。これだけの数の人たちが行き場もなく高齢化させられている、その責任は誰にあるのか。調査を行ったから終わりではなく、8050問題が顕在化する事態に至った社会的な背景や、従来の支援制度が現実に即していたのかなど、当事者や家族にしっかりとヒアリングした上で、検証と総括も必要だろう。

 40歳以上でひきこもった人が

6割に上るという現実

 今回の調査で興味深いのは、「40歳以上になってからひきこもった」と回答した人が57%に上った点だ。また、ひきこもった理由も「退職したこと」を挙げた人の数がもっとも多く、「人間関係、「病気」「職場になじめず」が続いた。

 支援の在り方についての自由記述の中にも、「40代でも再スタートできる仕組みをつくってほしい」「在宅でできる仕事の紹介の充実」などを望む声があった。

 これは「引きこもり」という心の特性が、従来言われてきた「ひきこもりは不登校の延長」「若者特有の問題」という捉え方ではなく、「社会に適合させる」目的の訓練主体のプログラムでは馴染まないことを意味している。むしろ、社会の側にある職場環境の不安定な待遇、ハラスメント、いじめといった「働きづらさ」の改善に目を向け、一旦離脱しても何度でもやり直せるような雇用制度につくり直さなければいけない。

また、「ふだん悩み事を誰かに相談したいと思わない」人は43%と、助けを求められずに引きこもらざるを得なくなる心の特性が示された格好だ。一方で「関係機関に相談したいと思いますか」の問いに、「相談したい」と答えた人は47%と半数近くに上るなど、いずれも39歳以下の若者層の割合より高かった。「どのような機関なら相談したいか?」という本人への設問に対しては、「無料で相談できる」「あてはまるものはない」が並んで多く、「どのような機関にも相談したくない」「親身に聴いてくれる」が続いた。

  自由記述でも、「偏見を取り除くのが大切」「公的機関としては“外出できない人”の周囲を助けるアドバイスや支援があったほうがよい」「外で働けない人たちに報酬付きでやってもらう仕組みができれば」「何かのきっかけで、イキイキする人には、きっかけになるような場所を」といった声が寄せられた。

「引きこもり」とは、人との交わりを避ける場所でしか生きられなくさせられている状態であり、その状況や背景は1人1人それぞれ違って、一律ではない。そんな中で、『メディアが描いた引きこもり像とは違うから』と誤解を受けやすいのは、就労しても長続きせずに引きこもる行為を繰り返す「グレーゾーン」のタイプであり、実はボリューム層だ。

 社会に繋がろうと頑張るほど

絶望が積み重なっていく

 まったく働けずに引きこもっていた人に比べて、こうして社会につながろうとして頑張ってきた人ほど、絶望が積み重なっていく。自分の心身を騙して頑張ろうとするのは、自らの意思というよりも、周りのバイアスに追い詰められ、働かなければいけないと思わされている証左でもある。今は課題を抱えていても、身近に理解者が1人でもいいから傍にいて守られていれば、生活や心身面で困ったときに相談することもできる。

 これからは、雇用されることが前提でつくられた従来の制度設計を見直し、1人1人が自分らしく生きていけるための仕組みづくりを構築ていかなければいけない。そのためには行政の支援の施策づくりに、まず家族や当事者を交えた協議の場を設ける必要がある。

 (ジャーナリスト 池上正樹)


今日は札幌へ行ってきました。遅い更新となってしまいました。

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ひきこもり、 高年齢・長期化

2018年11月11日 | うつ・ひきこもり

ひきこもり、孤立を防ごう 高年齢・長期化で家族会が議論

道新 11/10

  NPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(本部・東京)が10日、広島市で全国大会を開き、地域での孤立を防ぐための方策を議論した。同連合会の2017年度調査でひきこもりの人の平均年齢は34・4歳、家族は64・5歳。親が高齢になると病気や介護、経済的困窮が重なり、福祉の現場では親が80代、子が50代のケースを「8050問題」として、支援が急務になっている。

 横浜市では今月、自宅で死亡した母親(76)の遺体を放置したとして、同居の息子(49)が逮捕された。警察によると長年ひきこもり、他人と会話がほとんどできず、取り調べに筆談で応じているという。

 ひきこもりの取材を続けているジャーナリストの池上正樹氏は基調講演で、息子の妹が「市の支援対象は39歳までだったので諦めた」と明かしていることを紹介。「これまでは若者、思春期の問題とされ、就労一辺倒の支援も現実に合っていなかった。8050の予備軍は多い」と警鐘を鳴らした。

 地域支援の在り方を研究している川北稔愛知教育大准教授は「単身高齢者に比べ、親と子が同居しているケースは地域の見守り対象になりにくい」と指摘。家族会や行政が連携し、息の長い取り組みが必要だと述べた。


 今日はほぼ一日中雨。濡れながらもなんとか下2本の直感パイプを降ろした。

明日夜から盛岡まで行ってきます。4.5日更新しませんのでよろしく、です。

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家族・・・かぁ・・・

2018年09月08日 | うつ・ひきこもり

雨宮処凛がゆく!    第457回:

『毒親サバイバル』か ら考える

    「家族の絆」至上主義の罪。

  の巻(雨宮処凛)

 

  2018年9月5日

 8月末、17年度の児童虐待が13万件と過去最多であることが報じられた。

  その中でも、子どもの心を言葉や行動で傷つける「心理的虐待」が半数を超えるという。3月、東京・目黒で5歳の女の子が命を落とした事件には多くの人が胸を痛めた。「もうおねがいゆるして」「ゆるしてくださいおねがいします」。5歳の女の子が書き残した言葉に涙した人は多いはずだ。

  虐待が社会的な注目を受ける一方で、虐待を受けた子どもの「その後」について語られることは多くない。過酷な環境を生き延び、心に大きな傷を負った彼ら彼女らは、その後の人生をどのように歩んでいるのか。過去とどのように向き合い、折り合いをつけ、今は親のことをどのように感じているのか。特に私のような昭和生まれ世代だと、「虐待」がまだ「しつけ」と言われたような時代に育っている。同世代や上の世代には、自分がされたことが「虐待」だと気づくのに数十年もかかっているようなケースもある。「虐待」は、児童相談所に保護される子どもだけの問題ではない。それが、私が日々感じていることだ。

 

 そんな「元子ども」の「その後」についての漫画が8月、出版された。タイトルは『毒親サバイバル』。著者は菊池真理子さん。彼女は昨年、自身の経験を描いた『酔うと化け物になる父がつらい』を出版した、いわゆる「毒親育ち」の人である。「家族崩壊ノンフィクション」と名付けられた同作では彼女の子ども時代が描かれるのだが、それが凄まじい。

 

 父親はアルコール依存症。母親は新興宗教信者。そして妹の4人家族。シラフでは無口で大人しい父だが、酒を飲むと豹変。シラフの父と交わされた約束はいつも破られ、休日には一家団欒などなく、父の友人が自宅に集まって酒を飲みながら麻雀して大騒ぎする。そんな宴会で召使いのようにこき使われる母親は、家から逃げるように夜になると宗教の会合に出ていく。父の酩酊のレベルは度を超え、飲酒運転で車を燃やしたりするほど。そんな日々の中、母親は菊池さんが中学2年生の時に自ら命を絶ってしまう。それでも、酒をやめない父。

  『酔うと化け物になる〜』では、その後の父と菊池さんとの関わりが描かれているのだが、『毒親サバイバル』は、そんな菊池さんが10人の「元子ども」にインタビューし、自身も登場する一冊だ。

 

 小さな頃から母親に医者になることを押し付けられ、支配され続けてきた医療記者。祖父からの暴力を受け続けてきた朗読詩人。祖母に手の込んだ虐待を受けてきた編集者。「誰のおかげで生活できてるんだ」「そんなに食うのか」など、24時間ネチネチと口うるさい父親に自己肯定感を潰され続けてきたライター。子どもの給食費も学費もバイト代も給料も巻き上げていくパチンコ依存症の母に振り回され続け、自己破産までした会社員。「家=戦場」というような365日争いの絶えない家で育ったマンガ家。「男に幸せにしてもらう」という物語の中で生きる、アルコール依存の母親のもとで育った文筆家。中学生で家事だけでなく民宿のきりもりまで任され、その後、借金男、ギャンブル男、DV男などダメ男にばかり尽くしてきたタロット占い師。小さな頃から自らを支配し続けてきた母への「嫌がらせ」としてAV男優となった男性。浮気、不倫を繰り返し子どもを殴る父と、身勝手すぎる母に苦しめられてきたものの、自身に子どもが生まれ「娘に命をもらいました」と語る主婦。

  いわゆる「毒親」をめぐっては、この数年、「母と娘」の対立を扱った書籍が多く出版されてきた。が、本書で注目すべきは、登場する半数が男性であることだ。

 

 思えば多くの男性は、長らく親との葛藤などについて語ることさえできなかったのかもしれない。しかし、「男」だからこそ、時に親から背負わされるものは重くなる。金銭的に頼られることもあれば、将来的に親の面倒を見る役割を期待されることもある。そして本書に登場する男性たちに背負わされる「親からの要求」は、度を超えている。

  母親のパチンコ依存症と難病の発症によって自己破産まで追い詰められた男性は、まさに「男だから逃げられない」という呪縛の中にいた。

  「死ぬまで面倒みるって約束したし、これから年とっていく女の人たち(母と叔母)を置いていけない」

  まだ20代前半なのにそんなふうに思う彼は、「自分の人生」を生きるという発想を奪われている。親のために犠牲になることが当たり前になってしまっている。そんな子どもから、親はあらゆるものを奪っていく。

 

 家庭という密室で起きていることに、子どもが「変」だと気づくのは至難の業だ。一方で、この国の殺人事件の半数以上が家庭内で起きているという現実もある。他人から殺される確率より、家族に殺される確率の方が高いのだ。

  そんな現実がありながらも、世の中では「家族の絆」が何よりも尊いものであるかのように語られている。3・11以降は特にそうだ。また、自民党の改憲草案には、「家族は、互いに助け合わなければならない」と、虐待経験者には地獄のようなことが堂々と書かれている。「あるべき家族像」から漏れる人々の存在は、まるで最初からないものとされているようだ。

 

 そんなことを考えていて、数年前に見た紅白歌合戦の光景を思い出した。出演する歌手たちは口々に「家族が大切」「お父さんお母さんを大切にして」「とにかく家族が何よりも大切」と呪文のように繰り返していて、なんだか怖くなって思わずチャンネルを替えたのだった。家族至上主義の暴力が、大晦日のNHKでこれほど残酷に牙を剥くことにただただ愕然とした。言う方としては、「別に言うことないから無難に最大公約数の正解っぽい『家族は大切神話』にのっかっとこう」くらいの気持ちなのかもしれない。が、あまりにも繰り返されると、その言葉は脳内で「家族を大切に思えない人間は非国民だから日本から出ていけ」みたいな言葉に変換され、聞いていた私は微妙に追い詰められていった。

 

 特に虐待経験のない私でさえそうなのだ。家族に複雑な思いを抱える人はこれらの言葉にどれほど追い詰められるだろう。多くの被害者は、どこかで「親に感謝できないなんて」「親のことを悪く思ってしまうなんて」と罪悪感を抱いている。そして親の方は、「親を大切にできないなんて」「親不孝は最大の悪」というような言説を小さな頃から子どもに吹き込んでいる。虐待の多くは、「家族は大切」神話を最大限利用して行われているのだ。しかし、マトモな親は、「親である自分を大切にしろ」などとことさら要求しないし、子どもには、親よりも自分を大切にし、自分の人生を生きろと伝えるはずだ。が、家庭という密室で、子どもはあまりにも無力である。『毒親サバイバー』の解説「親子関係のこれまでとこれから」を書いている信田さよ子さんは、以下のように指摘している。

 

 「本書に登場する11人の皆さんの家族は、世間からは『ふつう』、時には『恵まれている』と思われていただろう。それどころか最大の悲劇は、本人たちも『これが当たり前』『家族ってこんなもの』と思っていたことだ。なぜなら、家族以外に生きられる場所などないし、世界そのものである家族=親を否定することは、国・もしくは地球を脱出することに等しい、つまり死を意味するので、そう思うしかないのだ。

 

 そして、親の命令を聞けない自分が悪い、親のことが怖い自分がヘンだ、親を殺したくなる自分は狂っている、と思う。その先に広がる道の方向性は限られている。少しずつメンタル的に壊れていくか、自殺するか、反社会的行為によって非行(犯罪)化するか、それともアディクション(嗜癖)を呈するか、である。酒や薬、ギャンブルや自傷行為などのアディクションは、束の間『痛み』から解放させてくれるからだ。

  しかし、どの方向性も理不尽ではないか。親の行為が問われるのではなく、子どものほうがヘンだ、歪んでいると考えられるなんて、ひどすぎるだろう。子どもは決してそんな親を選んで生まれてきたわけではない。『あなたは子どもに選ばれた』というスピリチュアル系のトンデモ説に涙ぐむのは、単なる親の自己満足に過ぎない」

 

 本書を読めば、「家族の絆」を強調する言説が、いかに当事者を追い詰めるかもよくわかる。例えば、身勝手な母と離れて一人暮らしをした矢先に阪神淡路大震災を経験し、友人を亡くした女性は、震災から数日後、母と離婚した父(女連れ)と偶然会う。

  「なんやお前、生きとったんか!」と父に言われた彼女は思うのだ。

  「みんなが家族の絆をうたってるのに 私にはそんなものない」「家族が欲しい」「こんな時まっさきに私を探しに来てくれる人が」

  父は無関心、母はアルコール依存で自分のことばかり。そうして彼女は自分でもなぜか、わからないまま、男の人をとっかえひっかえして付き合うようになる。

  「さびしすぎて愛に腹ペコで 一瞬だけでも満たしてくれる相手が欲しかった」

  絆や愛に飢えることは、時に人を危険に晒す。それを持っていない人に強烈な飢餓感を植え付けてしまう。別に、個人的に絆や愛が素晴らしいと思うことに問題はないだろう。しかし、それは押し付けられるものではないし、規範となってはいけないし、ましてや憲法に明記される類のものではないはずだ。

 

 誰もが抱える、親との葛藤。もちろん、私も多くの葛藤を抱えてきたし、今も抱えている。

  「許さなくていいよ。」

  この本の帯には、こんな言葉がある。

  「家族は助け合おう」なんて一見正論っぽい言葉より、ずっとずっと優しい言葉だと私は思う。

 


江部乙も電気が復旧した。
これでほぼ全道的に「復旧」したことになるようだ。

後は物流の問題だ。
どこのスーパーに行っても生鮮食品はほとんどなくなっているらしい。
我が家は商店などから遠く離れているのでかなりストックされている。
おかげで当分は困らない。
ただ、ガソリンがそろそろなくなる。
明日にはスタンドまで行かなければならない。
札幌などでは長い行列ができ、2時間待ち、とか聞こえてくる。
さて、ここはどうなのか?

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誰かとともに生きていく

2017年12月06日 | うつ・ひきこもり

孤立へ向かう子どもたち。本当の自立は、誰かとともに生きていくこと

 誰かとともに生きていくことは、決して身近な家族や友人だけではありません。

   ハフポスト   2017年12月01日

 村尾政樹

1990年、兵庫県神戸市生まれ。北海道大学教育学部卒。社会福祉士。母親を自殺で亡くした経験から、自殺対策や子どもの貧困対策の推進に従事。進まない子どもの貧困対策への危機感から2015年に上京。全国で先駆的な取組みを行う支援者や研究者、学生たちと「公益財団法人あすのば」を設立し事務局長に就任。札幌市子ども・子育て会議委員。NHKスペシャル「見えない“貧困”~未来を奪われる子どもたち~」など出演。新聞掲載、講演登壇多数。

 

  11月、子どもの貧困や奨学金について話し合う行事で、生活保護やひとり親家庭で生活する3人の高校生と出会うことができました。

 「おばあちゃんと一緒に暮らしていて学校のお金など迷惑をかけてしまっているのでは」

 「借金を抱えてでも高校に進学できて、進学の夢を考えることができて、私は幸せです」

「困ってることや『助けて』が言いづらいのは、言っても何も解決されないと思うから」

   彼らは、参加者へ率直な想いの声を伝えてくれました。一人の高校生が、不思議なぐらい現実を受け入れている様子で淡々と話す一方、育ってきた過去を話し出すと言葉に詰まり涙する姿に胸が痛みました。

   前回は、ひとり親家庭で育った内山田のぞみさんのインタビュー「いつもがんばっているあなたへ。困っている気持ちを受け止めて」を寄稿しました。「困っていれば困っている、辛かったら辛いって思っていい」。彼女は学生時代に、ちょっと貧乏でも、すごく貧乏でも、子どもが困っていることを先ずは受け止めて寄り添ってほしいと社会に伝えてくれました。

 みんながひとりぼっちで生きていく社会

   しかし、講演会などで子どもの貧困についてお話させていただくと、必ずと言っていいほど「それは贅沢じゃないのか」というご意見もいただきます。先日も、支援者の人から食料支援につなげようとしたら甘えになるからと地域の人に反対されたお話をうかがいました。

私たちは、今までにない自由な時代を生きることができています。ライフスタイルも多様化し、自分の人生を自分で決められる社会です。

   一方で、私たちは自由である代わりに、自助努力や個人へ向けられる責任は重たくのしかかっています。だからこそ、大きな災害が起こらない限り、公助や共助などを必要とすることは贅沢や甘えとして受け取られがちです。

   厚生労働省の国民基礎調査によると、児童のいる世帯の平均所得は約700万円で、6割を超える世帯が生活に「苦しい」と感じています。そのように、例えば正規の仕事で且つ両親共働きでも何とか暮らしていくことのできる家庭が少なくない社会情勢で、ひとり親家庭で非正規の仕事をいくつもかけもちしながら無理を重ねて身体を壊すまで働き続けている人がいます。

   その道は、自分で選んだのか、そうせざるを得なかったのか。どちらかに関係なく、自分の命と生活は自分で守ることが「自由のルール」として根深く存在しています。

そのような中で子どもたちは、本来、全員にひとしくあるべき経験までも我慢や諦めを強いられ、困っていることや助けてと言えない。自立に向かっているというより、孤立に向かっているようにしか私は感じ取ることができません。

  しかも、それは、きっと経済的に苦しい環境の子どもや子どもだけではありません。みんながひとりぼっちで生きていく社会。私たちは、今までにない「自由」な時代を生きていかなければいけないのかもしれません。

 「助けられてあたりまえの存在」から「自立を強いられる存在」に

  1998年に厚生労働省が発行した児童養護施設などで暮らす子どもを支えるための「児童自立支援ハンドブック」では、支援のあり方について以下のような記述があります。

 「一人ひとりの児童が個性豊かでたくましく、思いやりのある人間として成長し、健全な社会人として自立した社会生活を営んでいけるよう、自主性や生活技術、就労習慣と社会規範を身につけ、総合的な生活力を主体的に営んでいくことであって孤立ではないから、必要な場合に他者や社会に助言、援助を求めることを排除することではない。

むしろ、そうした適切な依存は社会的自立の前提となるものである。そのためにも、発達期における十分な依存体験によって人間への基本的信頼感を育むことが、児童の自立を支援する上で基本的に重要であることを忘れてはいけない。」

 

しかし、実際にはそのような考えまでいたらずに子どもたちへ自立を押しつける現状があります。

 

 私の弟が児童養護施設で育ったことから、社会的養護を経験して家庭復帰できなかった人たちの語りを聴かせていただくことが学生時代にありました。そのときに感じたことは、施設で育った子どもたちは措置を通して「助けられてあたりまえの存在」から「自立を強いられる存在」になってしまうことです。

 これは、施設で暮らす子どもだけではなく経済的に苦しい環境で育つ子どもたちにも同じことが言えるかもしれません。子どもの貧困に関する記事で「頑張らない、頑張れないではなく、頑張るしかないんだ」というコメントがありました。本来は十分な甘えや依存関係を経験しながら成長する子どもが、貧困によって「自立」を強いられる。

 方針で厳しく育てる家庭もありますが、気をつけなければいけないのは、その道しか選択肢や可能性がなくなっているということです。

 本当の自立は、誰かとともに生きていくこと

  今を生きる多くの人は、家族や学校、地域など色んな「しがらみ」から自由になりました。一方で、必要な「つながり」までも失いつつあります。果たして、本当に私たちは自由になれているのでしょうか。

  子どもに限らず、人間は常に依存関係(つながり)を持ちながら日々の生活を送っています。そういった意味で、本当の自由は誰かと一緒になし得るもので、本当の自立は、誰かとともに生きていくことではないのでしょうか。そこには互酬性(お互いさまの関係)も必要ですが、「情けは人のためならず」ということわざがあるように、人への想いは巡り巡って自分に返ってくる互酬性もあります。

  私も母親を亡くしてから独りで生きていかなければいけないと、ずっと思ってきました。大学を卒業する直前、ある人から「まぁくんが助けてと言えないことを、私は知っている」と言われ、孤立しそうな中で弱みを見せて頼ることができました。その弱みを見せて人を頼る経験が、孤立から自立への道を開いてくれた気がしています。

 「綺麗事」ですが、人間は人と人との間で成り立つ存在です。そして、誰かとともに生きていくことは、決して身近な家族や友人だけではありません。改めて「私の知らない誰かも一緒に生きている」という原点に立ち返り、私たちの社会にそびえ立つ「ひとりぼっち」がなくなることを切に願っています。

 

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「死にたい」という気持ちを責めないで!

2017年11月29日 | うつ・ひきこもり

 仁藤夢乃“ここがおかしい  ”第21回  2017/11/29

 

 神奈川県座間市で起きた殺人事件

  2017年10月、神奈川県座間市のアパートで9人の遺体が見つかった。死体遺棄容疑で逮捕された27歳の容疑者の男は、SNSに「死にたい」と書き込んだ女性たちに近づき、自宅に誘い入れて殺害したという。ツイッターのアカウントで「首吊り士」などと名乗って自殺志願者を探し、「楽にしてあげる」と言い、別のアカウントでは自身にも自殺願望があるかのようなふりをして、心中を持ちかけて女性たちに近づいた(17年11月6日、毎日新聞「神奈川・座間の9遺体:発覚から1週間 殺人容疑で追及『死にたい人いなかった』」)。

  私は年間100人以上の生きづらさを抱えた少女たちと関わっているが、今回のように、理解者のふりをして孤独感や不安を抱える人の弱みにつけ込む手口を数多く見てきた。私とつながった中高生たちも、「家にいられない時、頼れるのは買春者や売春斡旋業者など、そういう人しかいなかった。頼れるのはその人だけだった」と話す。

  この事件が起きた時、「あの子が被害者になっていないか」と思い浮かぶ顔がいくつもあった。誰もが被害者になり得る、そういう意味では特別ではない事件だと思った。

 「死にたい」とつぶやくのはなぜか

  この事件について、「被害者はなぜ身近な人に助けを求めなかったのか?」「どうして正体の分からない男について行ったのか?」という声がある。でも、死にたい気持ちを抱えている人は、すでに孤立していて、まわりには「助けて」と言えない状況にあることがほとんどで、だからこそ死にたいと感じるほどの状況に追い込まれているのではないかと思う。

  以前、本連載で対談した精神科医の松本俊彦先生もおっしゃっていたように「死にたい」という言葉は、死にたいほどつらい気持ちを分かってほしいというSOSだ(17年6月22日「対談! 10代のあなたへ 第6回」)。容疑者も、「本当に死にたいと言う人はいなかった」と供述しているように、死にたいという気持ちを書き込む人は、本当はこの状況をなんとかしたい、誰かに聞いてほしいと思っている。しかし今の日本社会では、死にたいという気持ちを口にすれば「そんなこと言っちゃダメ」「命を粗末にしないで」「自分をもっと大事に」などと言われ、責められてしまうことも少なくない。そんな中で被害者は容疑者のことを、唯一話を聞いてくれる存在だと思ったのかもしれないと、私は想像する。

  容疑者と接点のある、次の被害者になっていたかもしれない女性も、容疑者のことを「優しくしてくれた」と話していた。ネットで知り合ったばかりの正体不明の男でも、話を聞いて、理解者であるかのような発言をしたというその事実だけで「優しい」と感じてしまうほど、他に聞いてくれる人がいなかったのではないか。被害者には女子高生も数人含まれていた。

 寄り添える人がいないという現実

  あるインターネットテレビ番組では「死にたいと書き込むのはかまってちゃん」という女子大生のコメントが取り上げられた。さらに、容疑者や被害者が複数のアカウント(ID)を使っていたことから「今は誰でもSNSで複数のアカウントを作れるから、一億総多重人格社会だ」などというお笑いタレントの発言も放送された。

  かつて「多重人格(障害)」と呼ばれた精神疾患は、今は解離性同一性障害と言い、複数のアカウントを使うこととその疾患による障害とは必ずしも一致しないのに、誤解を生む発言を簡単にしてしまうことにも憤りを感じた。

  友だちや親に対して、また職場で見せる顔が違うのと同じように、SNSのつながりにも付き合いや社会がある。友だちが見ているかもしれないアカウントでは、書けないこともある。「死にたい」と書き込めば、「かまってちゃんなんじゃないの?」とか、「本気じゃないくせに」とか言われ、白い目で見られることもある。だから、そこにも気を遣う。

  学校の友だちやアルバイト仲間に見せる「リア垢」(リアルな関係性のある人向けに発信するアカウント)、「趣味垢」(趣味について書き込むアカウント。同じ趣味の人とつながったり、リア垢で趣味のことをたくさん書いて周囲に引かれるリスクをなくすために作る)、「病み垢」(つらい気持ちなど、なかなか顔の見える関係性では言いにくいことを吐き出すアカウント)というように、様々なアカウントを使い分けている人は少なくない。

  容疑者は「さみしくて話し相手がほしそうな女性を誘った」(17年11月21日、読売新聞「座間9遺体『話し相手求める人』標的」)という。そして「身の上話を少ししてから、隙を突いて殺害した」と供述している(17年11月20日、東京新聞「座間9遺体 23歳殺害容疑で再逮捕」)。寄り添える人が圧倒的に不足している中で、死にたい気持ちを抱えた人が狙われたのが今回の事件だと思う。

 SNSを規制すれば解決するのか?

  この事件をきっかけに「死にたい」などの書き込みを不適切なものとして削除させるなど、SNSを規制する動きも始まっているが、これも私には違和感がある。「SNSは危ない!」というようなメディアによる発信や、「ツイッターを使うルールを子どもと決めましょう」といった呼びかけは、大人が理解し、納得しやすい取り上げ方だというだけで、問題の本質を捉えているとは思えない。

  確かにSNSには、危険な大人がたくさん存在し、人目につかないところで接近してくることがある。危ないこともあるけれど、大切なのは、危ないと気づいたり、困ったと感じた時に、誰に、どのようにして頼ればいいかを教えることだ。それをしないまま、「危ないからルールを決めましょう!」と言うのは、大人が安心したいだけであまり意味がない。

  それでも「ルールを決めましょう!」的な講演は、保護者の方にウケるらしい。対策ができると思えるし、どうすればいいか分かった気になれるから、受け入れられやすい話なのだろう。そして、ルールを守れなかったら子どもを責める。そんなことばかりしていたら、子どもは困った時、「怒られるかな、迷惑がられるかな、自分が悪かったし」と思って助けを求められなくなる。

  大切なのは、ルールを破ってしまった時でも、信頼して話せる、頼れる大人がいることだ。子どもを守るのは、ルールではなくて関係性だ。保護者や教員、地域の大人、子どもに関わるすべての皆さんに、それを忘れないようにしてほしい。

 SNSの規制よりケアの充実を

  SNSで同じ悩みを抱える人とつながって、励まし合いながらなんとか生き延びてきた人や、SNSでのつながりから女子高校生サポートセンターColabo(コラボ)につながってくれた人もいる。そのため「死にたい」と書き込むこと自体が悪いことであるかのような扱いを受けると、ますます当事者を追い詰めることにもなる。

  規制以上に必要なのはむしろ、死にたいほどつらい気持ちを分かってほしいというSOSを発信している子たちへのケアの充実だ。SNSでも、顔の見える関係でも、SOSをキャッチして支えることができる大人が増えること。危険につながる以外の選択肢を増やし、死にたい気持ちを話せる人、否定しないで寄り添う人が、顔が見える関係性の中に増えることだと私は思う。

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「死にたい」と言っていいし、弱いまま生きていい。弱音を吐いてもいいし、何もできなくてもダメでもいい。

2017年11月18日 | うつ・ひきこもり

 マガジン9  雨宮処凛がゆく!

私が「死にたい」と言ってた頃〜座間の9人殺害事件を受けて〜の巻(雨宮処凛)

    By雨宮処凛   2 017年11月15日

 

 11月9日、共同通信の取材で神奈川県座間市のアパートを訪れた(記事は配信されているので読める方はぜひ)。

 

 線路沿いのアパートは若者が好みそうな小綺麗な建物で、通りを隔てた場所には花やお菓子や蓋を開けたペットボトルのジュースなどが供えられていた。線路のわきには一面のススキが風になびいていて、近所の猫がそれにじゃれついていた。秋晴れの、のどかな午後。しかし、アパートに張り巡らされた警察の黄色い規制線と、2階の外廊下を覆うブルーシートが、ここが事件現場であることを伝えていた。

  20代の頃、私は自殺系・自傷系サイトのオフ会にたびたび参加していた。2000年頃、ネットが普及し始めたばかりの時期の話だ。参加者の多くが10代、20代の女性。居酒屋で数十人がわいわい語る光景は、端から見たらただの若者の飲み会に見えたと思う。だけど、ほとんどの参加者の手首にはリストカットの生々しい傷跡があり、中には二の腕や太もも、果ては全身にまで傷が及んでいる人もいた。だけど、みんなの顔は一様に明るかった。

  ネットの登場により、生まれて初めて自分以外の「死にたい人」と出会えた興奮を、誰もが口にした。学校や職場の友人には絶対引かれるから、口が避けても「死にたい」なんて言えない。だから普段は必死で元気な自分を演じている。だけどそうすればするほど、死にたい気持ちは募っていく――。多くの人が、そう口にした。そして合言葉のように「うちら、生きづらさ系だよね」と言い合っては笑った。

  そんな繋がりの中、惨めでカッコ悪くて弱い自分を晒し合えるかけがえのない友を得た人もいれば、その後、自ら命を絶った人もいた。オーバードーズ(薬の過剰摂取)を繰り返していたことで心臓が弱り、自殺か事故かわからない形で亡くなった人もいれば、オーバードーズの果てに、吐瀉物を喉に詰まらせて窒息死した人もいた。オフ会に参加する頃には大分おさまっていたものの、私も10代からリストカットを繰り返していたし、オーバードーズで胃洗浄を受けたこともあった。

  その頃の気持ちを説明しろと言われると、今でもとても困る。一番辛かったのは、フリーターと無職を繰り返していた20代前半の頃だ。いつも先が見えなくて、経済的にも追いつめられていた。死にたい思いはあったけれど、死にたいほど辛いということをわかってほしいという気持ちも、もちろんあった。だけど常にいろんなことに追いつめられていて、自分でも何がどうしてどんなふうに苦しいのか、冷静に分析したり説明できるほどの冷静さなんてとっくに失っていて、いろんな生きづらさをこじらせまくっていて、口に出るのは「死にたい」の一言だった。自分には生きる資格がないと思っていたし、生きていることが迷惑なのだと思っていた。器用に生きることができない自分を常に責めていた一方で、周りも、自分を取り囲む社会も漠然と恨んでいた。

  「地獄」と言われる胃洗浄をしたことで、それ以来、オーバードーズはしていなかったけれど、オフ会に参加する人たちの多くはオーバードーズを繰り返していた。彼女たちの中には、死ぬためではなく、「寝逃げ」するためにするのだと言う人がいて驚いたのを覚えている。辛い現実から強制的に意識をシャットダウンし、人生を「早送り」するために薬をたくさん飲んでひたすら寝続ける。リストカットをすることで心の痛みを身体の痛みに置き換えて誤魔化し、精神科から処方された薬を大量に飲んで「寝逃げ」することで、なんとかやり過ごす。そうやって「生き延びて」いる人たちが、多くいた。

  彼女たちの死にたい背景には、様々なことがあった。親からの虐待を語る人もいたし、子どもの頃からのいじめの後遺症に苦しむ人もいた。正社員として入った会社がブラックで、恐ろしいほどのノルマと長時間労働で心も身体も壊された人もいたし、就職氷河期の中、「100社落ちる」ような経験をした人もいた。職場でのいじめによってうつとなり、退職した人もいた。失業から一人暮らしを維持できなくなり実家に戻り、連日、うつなどに理解のない親から「いつまでもダラダラしてないで早く働け」と責められ、親子間の対立が深刻な状況になっている人も多くいた。私が20代前半の頃(90年代後半)に働いていたキャバクラの同僚にも手首に傷がある子は何人かいたし、コンビニに行けば若い店員の手首に傷があることも珍しくなかった。

  90年代後半から00年代にかけて、リストカットに関する書籍は多く出版され、社会問題になったりもしていた。その背景には、「生きるハードル」が90年代に一気に上がったこともあるように思う。バブルが崩壊し、就職氷河期は深刻化し、リストラの嵐が吹き荒れる中で労働環境は過酷になり、非正規化も進み、それまでの「学校を出たらとりあえず就職する。就職さえすれば、周りは認めてくれる」という構図はあっさり崩壊していた。

  就職などをしなくても生きられる「隙間」はこの社会からどんどん奪われ、企業社会は「どんなに長時間労働をしても倒れない強靭な肉体とどんなパワハラを受けても病まない強靭な精神を持った即戦力」しか必要としなくなり、その上、プレゼン能力とコミュニケーション能力と生産性の高い人間以外はいらない、という露骨なメッセージを発し始めた。ちょっと不器用だったり引っ込み思案だったりする人間の行き場が、軒並みなくなり始めた頃。そしてその「生きるハードル」は、今に至るまで上がり続けている。

  03年には、インターネットで一緒に死んでくれる相手を募って自殺する「ネット心中」が多く発生し、連鎖した。その翌年には男女7人の集団自殺が大きな話題となり、05年、ネット自殺の死者は91人にまで達した。ネット心中は、私にとって「底が抜けた」ような事件だった。生きるために繋がるのではなく、死ぬための、ほんの一瞬の「連帯」。

  そういえば99年、初めてイラクを訪れた際、帰国してすぐに「死にたい」という知人と話したことがある。「イラクハイ」だった私は「イラクでは劣化ウラン弾の影響でがんになった子どもがたくさんいて、だけど経済制裁で病院に薬もなくて、子どもが毎日たくさん死んでたんだよ」と話した。だけどそんな話は当然「死にたい」彼女には1ミリも響かず、「ふーん」と聞き流されて終わった。私はひどく自分を恥じた。「遠い国ではこんなにたくさんの子どもたちが死んでいる」なんて、「お前は恵まれているんだから死にたいなんて贅沢だ」という言葉と同義だ。自分が一番死にたい時、そんな言葉を言われてもひとつも響かないどころか説教された気分になったに決まってる。それなのに、そんな言葉を口にした自分が恥ずかしかったのだ。

  「生きていればいいことがある」「親や周りの人の気持ちになってみろ」。そんな言葉も同じくらい響かなかった。そんな通り一遍の言葉より、「自分も死にたい」という言葉が沁みる夜がある。「死にたい」でしか繋がれない瞬間が、誰の人生にもきっとある。だけど、必死で伸ばした手を誰が握り返してくれるのか、そこまではわからない。そうして今回、最悪の事態となってしまった。

  「死にたい」人をターゲットとした事件は、05年と07年にも起きている。どちらも自殺サイトで知り合った相手を殺害したというケースだ。犯人の一人には既に死刑が執行されている。

 「実際に死にたいと思っている人はいなかった」。今回の事件の容疑者はそう供述している。

  事件を受けて、自殺を仄めかすネットへの書き込みの削除や通報を求める声もある。政府の関係閣僚会議では、自殺に関する不適切なサイトや書き込みへの対策強化について検討されるという。

  だけど、多くの人が指摘しているように、「死にたい」は、貴重なSOSだ。普段から、リアルな関係で弱音を吐けていれば、それが当たり前のことだったら、こんな事件は起きなかった。禁止されるべきは「『死にたい』という書き込み」ではなく、弱音を禁ずるような圧力ではないのか。

  20代、30代の死因の1位はもうずーっと前から「自殺」だ。そして08年からは、11年をのぞき、15〜39歳の死因の1位が自殺である。先進国の中では突出して高い数字で、私たちは若い世代がもっとも自殺で死にやすい国に生きている。

  リストカットやオーバードーズをし、「死にたい」と散々言ってきた私が生き延びられたのは、自分と同じように「死にたい」人たちとたくさん出会ったからだ。

  今だって、死にたいと思う瞬間はある。これからだって、そんなことは無数にあるだろう。だけど、私が「死にたい」と口にすれば引かずに聞いてくれる人たちがいる安心感があるからこそ、生きていられる。

  「死にたい」と言っていいし、弱いまま生きていい。弱音を吐いてもいいし、何もできなくてもダメでもいい。

 

 そんなメッセージが、どうか誰かに届きますように。そう思いながら、書いている。

 

雨宮処凛   http://ameblo.jp/amamiyakarin/

 あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。

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いのちの電話

2017年11月13日 | うつ・ひきこもり

いのちの電話  「この叫び聞いて」相談内容は深刻化

    毎日新聞2017年11月11日

  自殺予防のために悩みを聞く全国の「いのちの電話」に相談が殺到し、対応が追いつかない状況が続いている。神奈川県座間市のアパートで9人の遺体が見つかった事件では、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で自殺願望を漏らした女性たちが巻き込まれた。追い詰められた人々のケアの現状はどうなっているのか。【和田浩幸】

 

 「以前自殺未遂をしたが、やっぱり死ぬしかない」「衝動的に線路に飛び込んだ」。昨年、全国最多の約2万8000件の相談を受けた「埼玉いのちの電話」には毎日、悲痛な声が届いている。電話5台、24時間態勢でボランティア約300人が相談に当たる。内藤武事務局長は「内容が深刻になり、1件当たりの相談時間が長くなった」と語る。

  昨年は相談時間の合計が1万5400時間(1人当たり33分)と過去最長だった。相談件数は最多の2013年(約3万1000件)より減ったが、相談時間が延びたため、電話をかけたがつながらなかった人がむしろ増えた可能性がある。過去の調査では、かかった電話の3~4%しか出られなかったというデータもある。

  40年以上関わってきた女性相談員(79)は「自殺をほのめかした人から『思いのたけを話すことができた』と感謝されることもある。人間関係が希薄になり、話すことに飢えた人が増えたように思う」と振り返る。

  社団法人・日本いのちの電話連盟(東京都)によると、全国の相談件数のピークは東日本大震災後の12年の約76万件。昨年は約68万件に減った。ただ、相談内容をみると「死にたい」と話したり未遂歴があったりするなど、危険性が高い人の割合(自殺傾向率)は11・5%。2%程度だった1990年代より高い傾向が続いている。

     ◇

  座間市の事件の被害者は、全員が10~20代の若者だった。

  同連盟によると、電話相談に占める20代以下の割合は06年の23%から16年は13%まで低下した。しかし昨年、メール相談を始めたところ多くの利用者は若者で、自殺傾向率は40%台に上った。連盟の担当者は「テキストによる相談のほうが若い世代はなじみやすい。若者が何を求めているか分析したい」と危機感をにじませる。

  厚生労働省の統計では、11年まで年3万人台で推移した自殺者数は16年は2万1897人。それでも日本の14年の自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)は19・5で、世界で6番目に高い。

  立教大の福山清蔵名誉教授(臨床心理学)は「自殺者は減っても不安や絶望、孤独を訴える人は減らず、予断を許さない。若い世代はSNSなどで心情を吐露しており、コミュニケーション方法の変化に応じた新たなアクセス手段を考える必要がある」と語った。

 主婦や退職者が応対 1年半講習受け認定

  いのちの電話は1953年、イギリスで始まった自殺予防のための市民運動がモデル。日本ではドイツ人宣教師の呼び掛けで71年に始まり、その後に全国に広がった。運営費のほとんどを寄付などで賄っている。

  現在では全国52カ所で約6500人がボランティアで相談員を務めており、主婦や退職者らが多い。相談員はピークの2001年に約8000人を数えたが、高齢化などで減少傾向にある。

  このため、各地のセンターが参加を呼びかけている。最も歴史のある「東京いのちの電話」は22~65歳を対象に募集しており、臨床心理士などによる約1年半の養成講座を受講し、認定を受ける必要がある。

 

 応募や相談先の電話番号は「日本いのちの電話連盟」がホームページ(http://www.inochinodenwa.org/)で周知している。


 死にたくなるような社会が続いているということだろう。
あの事件から「命の電話」だけでは対応しきれない状態のようだ。
日常の生活で、「大人の」役割が大事だ。
話を聞くこと。それだけでもいい。

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子どもにだって<話したくないこと>がある

2017年08月31日 | うつ・ひきこもり

子どもの自殺が最も多い「9月1日」~子どもにだって<話したくないこと>がある

    ヘルスプレス - 2017年8月31日

    SEKAI NO OWARIの『プレゼント』を愛聴する娘の影響もあって、私もその歌詞をなんとなく覚えてしまった。

   相手のことがよくわからないから、嫌いだと思い込んでしまう。 周囲の人が嫌いと言うから、なんとなく自分も話を合わせてしまった。 一人になりたくないけど、どう表現していいのかわからない。 そんな自分が、自分でも嫌い......

 思春期の繊細な心の動きが表現された詩だ。

   大人にとっては些細な対人トラブルでも、思春期の子どもたちには人生を左右する重大な問題。ときには将来を絶望するほど、追いつめられるかもしれない。

   夏休みが終わって子どもたちが久しぶりに登校する9月1日。この日は、子どもの自殺者数が最も多い日だ。

   内閣府の2015年版「自殺対策白書」によると、1972年から2013年の累計で、18歳以下の自殺者数が最も多かった日は9月1日で131人。また、8月31日は92人で、9月2日は94人だった。「休み明けの直後は大きなプレッシャーや精神的動揺が生じやすい」と白書で指摘されている。

   楽しい夏休みの終わりに、子どもたちの自殺を防ぐために、私たち大人ができるのはどんなことだろうか。

夏休み明けに向けた<いじめ防止強化キャンペーン>

 文部科学省は「夏休み明けに向けた官民連携によるいじめ防止強化キャンペーン」を実施している。子どもからの相談を受け付ける民間企業やNPO法人などを以下で紹介している。

■夏休み明けに向けた官民連携によるいじめ防止強化キャンペーンhttp://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/08/__icsFiles/afieldfile/2017/08/14/1393634_001_1.pdf

   さらに、学校でいじめが原因とみられる子どもの自殺などが起きた際、現地に赴き、学校や教育委員会への指導のほか、遺族対応などを担う「いじめ・自殺等対策専門官」を文部科学省内に配置する方針を決めた。

   新聞各社は、教職員向けに子どもの自殺予防研修を導入した宮崎県の中学校や、子どもの居場所づくりに取り組むNPO法人などを8月末に取り上げてきた。遅まきながら、国を挙げての子どもへの自殺予防対策が進められている。

子どもの心を開いた手と手のコミュニケーション

   難しい点は、思春期の子どもが、簡単には大人に心を開かないことだ。自分の気持ちをうまく言葉で表現できなかったり、ごまかしたりしがちである。

   たとえ相手が親でも、いや、親だからこそ、本当の自分の気持ちを知られたくないと、子どもは距離を置こうとすることもある。

   過去に私が取材した教育カウンセラーは、「言葉を使って子どもの心を開こうとはしていない」と話した。彼は公立高校の教員を34年も務めた後、引きこもりや不登校の子どもたちの教育相談を行っている。

 「子どもにだって、話したくないことがあるわけじゃないですか。それを大人が尋問するように聞き出そうとしても、逆効果なんですよ」

   そんな彼は、子どもたちに手のひらマッサージを施している。子どもに片手を出してもらい、それを彼は両手で包み込むようにして、ゆっくりとマッサージをする。

 「マッサージしているときに、私からはなにも言いません。ただ、ちょっとした<シコリ>から、子どもの気持ちがなんとなくわかるんですよ。しばらくもんであげていると『実は......』と子どものほうから話してくることも多いんです」

 百の言葉よりも、触れ合う温かさと安心感が子どもの気持ちをほぐすのだろう。

   子どもの様子がちょっとおかしいと思ったら、「どうしたの」「何があったの」と問いかける前に、そっと優しく体に触れてあげる。わかってあげようとするよりも、ただそばにいてあげる。こうした対応も必要なのかもしれない。 (文=森真希)

 

森真希(もり・まき) 医療・教育ジャーナリスト。大学卒業後、出版社に21年間勤務し、月刊誌編集者として医療・健康・教育の分野で多岐にわたって取材を行う。2015年に独立し、同テーマで執筆活動と情報発信を続けている。

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