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性犯罪刑法改正に向けて~ あなたが受けたのは「性被害」だと分かる社会にするために

2019年10月18日 | 社会・経済

性暴力サバイバーに聞く、現行刑法の問題点とは?

  imidas時事オピニオン 2019/10/18

 山本 潤 (一般社団法人Spring代表理事)

 (構成・文/松尾亜紀子)

 

   2017年、実に110年ぶりに刑法の性犯罪規定が改正された。「強姦罪」は被害にあたる行為や被害者の範囲を広げた「強制性交等罪」となり、法定刑は懲役3年以上から5年以上に引き上げられた。だが、課題はまだまだ山積みだとされる。

   改正と同じ2017年に設立されたのが、性暴力被害者当事者や支援者がスタッフとなり、刑法の性犯罪改正のアドボカシ―(権利擁護・政策提言)団体として活動する「一般社団法人Spring」だ。代表理事をつとめるのは、山本潤さん。2019年5月に法改正についての要望書を法務大臣に提出したり、「クローズアップ現代+」の性暴力特集回にゲスト出演したり、積極的に活動する姿がメディアでもしばしば取り上げられている。山本さんに、現行刑法の問題点とは何か、改正するためにどのようなビジョンがあるのかをうかがった。(構成・文/松尾亜紀子

性犯罪が繰り返されないために法を変えていく

――Springは、性被害当事者が中心となって、刑法性犯罪改正を目指す一般社団法人とのことですが、具体的にはどのような活動をされているのでしょうか?
山本 私たちは、刑法性犯罪改正についてのみ活動する団体です。活動の中心となるのは、ロビイングです。議員や関係省庁の職員に面談して、性暴力被害が犯罪として認められず被害を訴えづらい現状を伝え、より性暴力の実態に即した法になるよう、刑法性犯罪の改正を求めています。課題解決に向けて、要望書を出したり議員連盟や政党・省庁・自治体開催のヒアリングの場などで発言もしています。
 市民や議員にアピールするために、国会議員会館内でイベントを行うこともありますし、その内容を伝えてもらえるようマスメディアに働きかけています。今は、全国キャンペーンで日本各地を回り、性暴力が正しく裁かれていないという現状を伝え、私たちの活動にコミットしてくれる方を募っています。

――山本さんが活動を始めるきっかけはなんだったのでしょうか?
山本 もともとは、私自身が父親による性暴力被害者だということもあり、2007年頃から性暴力の被害者支援に関わってきました。その過程で、日本が、加害者に対してなんの対処も処罰もできていない現実を突きつけられたんです。一人の性犯罪加害者は生涯380人もの被害者を出す、という試算があります。加害者が治療教育もされず、彼らの性行動に対する「認知と行動」が変わらなければ、性犯罪は繰り返されていくのです。
 それをどう止めればいいのか。性暴力が正しく裁かれていないこの状況を次世代に引き継がせず、安全に健康に暮らせる社会をつくるにはどうすればいいのか。こう考えると、やはり刑法、性犯罪についての法律がきちんと施行されて運用されるしかないと思います。それまでのように被害者支援や、被害当事者として語っていくばかりではなく、刑法の改正を訴えなければいけないと、私自身の意識の変化がありました。

――2017年に刑法が改正されたタイミングでSpringを設立されていますね。
山本 2014年に松島みどり法務大臣が「強盗が懲役5年で、強姦罪の法定刑が懲役3年はおかしい」と、見直しを求める発言をして、同年に法務省で「性犯罪の罰則に関する検討会」が発足しました。翌15年に、この検討会の報告を、院内集会で聞く機会がありました。このときに「親子間でも真摯な同意に基づく性行為がないとはいえない」という議論がなされたことに、ものすごくショックを受けたんです。つまり、親子でも「同意のある性交」がありうる、というわけです。性暴力被害の実態とは、まったくかけ離れた議論がなされていたんですね。委員は刑法の専門家であっても、性暴力の専門家ではなかった。専門家が実態を知らないのであれば、伝えなくてはいけないと、Springの前身団体である「性暴力と刑法を考える当事者の会」を立ち上げました。その後、法改正への要望書を出したり、他団体と組んで「刑法性犯罪改正」キャンペーンを始めました。
 なにせ法律に関しては素人ですから、刑法学者や弁護士に頼んで勉強会を開催し、法律を学びながら、要望書を書きました。ロビイングでは、とにかく議員に会いに行って、私が自分の性暴力被害を書いた書籍『13歳、「私」をなくした私 性暴力と生きることのリアル』(朝日新聞出版)を渡して……。そうしていくうちに、共感してくれた法務委員会の議員たちが協力してくれるようになってきて。


 結果的には2017年の改正で、私たちが要望書に書いたものの中で、「親告罪」(被害者の告訴がない限り、検察が起訴できない犯罪。家族や顔見知りからの被害が多い性犯罪の場合、告訴は被害者にとって特に大きな負担となる)の撤廃や、性器だけでなく、肛門・口腔へのレイプも犯罪に含めるようにとか、前進はありました。

しかし、「性交同意年齢」(同意の有無にかかわらず性行為をしたら犯罪になる年齢)が13歳のままであったり、もともと私たちがいちばんの問題としていた「暴行脅迫要件」(加害者による暴力や脅迫によって、被害者が抵抗できなかったことを立証できなければ罪に問えない)の撤廃などはなされませんでした。ただ、「3年後の見直し」という「附則」をつけてほしいという、私たちの要望はなぜか通ったんです。つまり、刑法では非常に珍しいことなのですが、3年後の2020年にもう一度、刑法改正の内容を見直すかどうか、検討がなされるということです。
 とはいえ、私たちが何もしなかったらこのままになってしまう可能性が非常に高い。これは2020年まで運動しなくてはいけないということで、Springを立ち上げました。

 

 

性暴力の本質は「同意」の問題にある

――なるほど、山本さんたちがどういう活動をされているのかよくわかりました。現状の刑法の問題点を整理させてください。2017年の法改正で積み残された問題はたくさんあると思うのですが、今後、Springが最も力を入れる問題はどこでしょうか。
山本 まず一つ目に、私たちが提案するのは、不同意性交等罪の新設です。現行法の刑法177条は、「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。」というものです。
 ここの「暴行又は脅迫を用いて~」という箇所を、「同意なく、もしくは明示的な意思に反して~」と変えることを提案しています。その人の同意なく性交してはいけないんだっていうことを、社会のルールにすることが大事だと思います。
 「同意」の問題が、やはりいちばん重要です。性暴力被害者たちは、自分の意思が無視されることによって無力化させられる。これが性暴力の本質です。同意がない性交は、人をとても傷つけ、心身を大きく損ない、さらに、被害者は生涯にわたって影響を受ける。そのことをすべての人が認識してほしいです。
 暴行脅迫要件、つまり「暴行又は脅迫を用いて~」――この部分をなくし、「同意なく、もしくは明示的な意思に反して」と変えた場合、冤罪を生みやすくなるとの指摘もあります。ただ、「同意なく、もしくは明示的な意思に反して」ということを性犯罪の成立要件としている外国では、犯行時および犯行後の被害者・加害者双方の言動だけではなく、犯行に至る過程や、加害者が優位な立場を利用したか等々から、同意か不同意かを見極めています。
 二つ目が、時効の撤廃です。現行法は、強制性交等罪は10年、強制わいせつ罪は7年を過ぎたら加害者に罪を問えないことになっています。しかし、私自身もそうだったのですが、性暴力に対する反応である「解離」(特定の場面や経験から心を防御するために、記憶が消えた状態などになること)のために、被害者は被害を認識するのにとても時間がかかります。記憶が蘇ってからもPTSD症状によって、加害者をすぐには訴えることができず、時効となってしまいます。
 諸外国では未成年時の被害の場合は時効停止とされたり、イギリスでは年齢を問わず性犯罪に時効はありません。殺人罪のように、時間が経ったからといって許される罪ではないことを社会の共通認識にする必要があるのではないでしょうか。被害者に、何年経っても訴えていいのだという選択肢があることが重要です

 

 

被害を被害と、犯罪を犯罪と規定できる社会に

――2019年3月には、性暴力をめぐる無罪判決が立て続けに4件出て、しかも、そのうち名古屋地裁岡崎支部の判決は、実の父親が中学生の頃から長女に性的虐待を続けてきた事実は認めながらも、「被害者が服従・盲従せざるを得ないような強い支配関係にあったとはいえない」として無罪になりました。また、これらの判決をきっかけに全国で、性暴力に抗議する「フラワーデモ」という運動が広がっています。山本さんはこの動きをどうご覧になっていますか。

 

山本 これまでたくさんの同じようなケースを見てきたので、3月はまたこういう判決が出されてしまったのか、という思いでした。その後、フラワーデモの運動を知ったときは、被害者がこんなに声を上げられるようになったのかと、すごいことだと思いました。私の肌感覚でしかないのですが5年前は、被害を受けた人が被害を受けたと言えない社会だったと思います。知人からの被害なんて、到底言い出せない空気があった。
 日本の性暴力被害者への視線というのは、家父長制に支配されてきたんですよね。どうしても、性被害に遭ったかわいそうな人たちを支援する、みたいな感じになってしまう。だから、被害者にも権利があり、その損なわれた人権を回復するという視点になかなか至らなかったのが、ここ数年で大きく変わりましたよね。
 メディアの女性記者たちがニュースとして取り上げてくれるようになったことがとても大きいと思いますし、やはり、#MeToo運動の影響もあったと思います。#MeTooが画期的だったのは、影響力もパワーもあるハリウッドの映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが実際に起訴されて、失脚したということです。

――実際にワインスタインが起訴されたことが大事だというわけですね。山本さんがさらなる刑法改正を目指すのも、その点と関係しますか?
山本 はい、被害が被害として認められるために、起訴率を上げることは大事だと思います。Springで昨年イギリスに視察に行ったのですが、そのきっかけは、日本の法制審議会の中で、「イギリスは不同意性交を性犯罪にした結果、有罪率が下がった」という報告がされたことです。それで、その事実を確かめに行きました。現地で法務省や内務省の担当者に実際に話を聞いてわかったのは、彼らは性犯罪の通報率を上げ、さらに起訴率を上げることを目的としている。なぜならば、やはりイギリスでも性暴力、性犯罪は被害者が声を上げづらく、把握されない被害件数がとても多いからです。
 そして、被害者は大きなダメージを受けているので、支援を受けないと訴えられないと明確に認識していました。様々な被害者支援もした結果、イギリスではこの8年間で性犯罪の通報率が上がり続けており、先ほど言った通り時効もないので、30年以上も前の被害も通報される。そうすると、起訴された件数の中で、結果的に有罪となる率は30~40%くらいなんだそうです。でも、大事なのは有罪率よりも、起訴すること自体なんだと。そうやって司法の中で、罪を罪として、性暴力被害を被害として扱っていくこと、そして被害者が支援されること、その中で被害者が回復していくことが非常に大切だという、そういう方針でしたね。

――なるほど。起訴数という分母が広がったから、その分有罪率は下がると。でも、肝心なのは、性犯罪が犯罪だと規定されることなんですね?
山本 そうです。私は日本の2017年の法改正で、「監護者性交等罪」「監護者わいせつ罪」(18歳未満の子どもを監護する親や児童擁護施設職員など、その影響力に乗じて性交・わいせつ行為をした者が処罰される)ができてよかったと思っています。もし、30年前にこの法律があったら、私は自分が父から受けた被害を、これは性犯罪なんだと結びつけることができたかもしれません。
 特に家庭内の性虐待は、生活の延長線上で起きるわけです。しかも長期間、虐待が及ぶことが多い。しかし、それを「家庭内の性虐待」という福祉のくくりでなくて、犯罪として類型化することが必要です。私がこの活動を始めるときに気づいた通り、犯罪にならないと加害者を処罰できず、加害者を処罰できないと加害者は性犯罪を繰り返します。この流れを止めるには、やはり刑法改正を進めるしかないと思っています。
 私の活動の原点には、自分が13歳のときの体験があります。自分を愛し、守ってくれるはずの人が性加害をしてきたらどうすればいいのか。養ってくれる人に抵抗することはとても難しい。そのときに性暴力は許されない犯罪であると認識され、誰かが助けてくれる。そういう社会であってほしいのです。今も、被害を受けた人のうち、警察に相談できた人は3.7%(内閣府男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査 報告書」2018年3月)です。被害者が訴えなければ加害者は捕まらず、さらなる加害を繰り返すでしょう。ですから、次の刑法改正までは活動を続けたいと思っています。

 


 今朝起きると左足に異常な痛みを感じる。夕方予約の「整体」を朝一に変更してもらい、江部乙に向かったが痛みは取れない。我慢できなくて以前通った鍼灸院に電話。夕方、針と灸をしてもらう。だいたい1発で痛みは取れるはずが今回はダメだった。明日もおいでと、本来休みで午前中は出かけるが昼過ぎには戻るので、とわたしのために時間を指定してくれた。

 そんなわけでPCに向かって長時間座っていられないのです。今夜は訪問できませんが、お許しください。

 


 

 

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雨宮処凛がゆく第499回:台東区が避難所にホームレス受け入れ拒否。の巻

2019年10月17日 | 社会・経済
 
 「地球史上最大規模」とも言われた台風19号が関東に迫る中、信じられないことが起きた。

 関東が暴風雨と大雨に晒されていた10月12日、東京都・台東区の避難所で、ホームレスの人が受け入れを断られたのだ。ホームレス支援をしている一般社団法人あじいるがその件をネットで発信すると、瞬く間に拡散された。受け入れ拒否の理由は区民が優先、住所がないから、など。あじいるのtweetにはこうある。

 「台東区長が本部長の台東区災害対策本部に問い合わせると、『今後避難準備・避難勧告が出る可能性があるが、ホームレス(住所不定者)については、避難所は利用できないことを対策本部で決定済み』と言われました。事実上、台東区の災害対策は、ホームレスを排除しています」

 台風接近を受けて、ここ数日ずっと「命を守る行動を」という言葉を耳にしてきた。「とにかく命が最優先」「危険を感じた場合はすぐに避難すること」「安全な場所に身を置くこと」。

 ホームレスの人たちは、その「安全な場所」をもっとも確保しづらい人たちだ。今回の台風到来を受け、多くの人が窓ガラスに養生テーブを貼るなどして補強したが、彼らにはまず家がない。行きつけのネットカフェだって閉まっているかもしれないし、ダンボールハウスなどがあったとしても台風ではひとたまりもないだろう。だからこそ、「命を大切に」して避難所に行ったのである。しかし、彼らはそもそも「命」にカウントされていなかった――。結局は、そういうことではないだろうか。避難所に断られた人は、建物の下でビニール傘を広げて一晩を過ごしたという。

 愕然としながらも、この国の「変わらなさ」に遠い目になった。

 思い出したのは、10年くらい前の出来事だ。2007年の台風だったろうか、やはり川が氾濫し、川沿いに住んでいたホームレスの人々の小屋が流され、何人かが遺体で発見されるという痛ましいことがあった。私はそのことをワイドショーで知ったのだが、絶句したのは、小屋ごと流されるホームレスの人々の映像を見て、出演者たちが笑っていたことだった。「やれやれ、困ったもんだな」というような、呆れた笑い方。しかし、画面に映し出されているのは、命の危機が迫っている状況である。しかも死者が出ていて、必死に小屋にしがみついているその人は、死者となった一人かもしれないのだ。

 それにもかかわらず彼らは笑っていて、その様子が全国に放送されていた。なんだか見てはいけないものを見た気がした。番組の最後には、そのことに対して謝罪か何かがあるかと思ったら何もなくて、次の日も次の日も、釈明も謝罪も何もなかった。私はだんだん、自分がおかしいのかもしれないという気持ちになってきて、その出来事を忘れようとした。「見なかったこと」にしたかった。だけど、台東区の一件を知って、あのワイドショーで見た光景がまざまざと蘇った。この国の一部の人にとって、ホームレスの死は、笑い事であるらしい。

 そういう状況に対して、どこから何を言えばいいのか、戸惑っている。

 なぜなら、ネット上には、避難所に拒否されたことに関して「台東区、ひどい!」という声もあれば、「納税してないんだから当たり前」という声もあるからだ。

 が、例えば、災害救助法と照らし合わせると、台東区の対応はアウトである。同法では、現在地救助の原則を定めているからで、住所があるかどうかなどは関係ない。災害対策基本法も「人命最優先」を掲げている。憲法に照らしても当然アウトだろう。

 だけど、「ホームレスを避難所に入れないのは正しい」と思う人たちに、そういうことを言っても意味がない気がするのだ。聞く耳を持ってもらえそうな言い方としては、「このような対応は、台東区が世界から批判される大ニュースになる」といったところだろう。だけど、それじゃダメだと思うのだ。「これをやったら自分の立場が危うくなる、批判されるからやらない」というのは、例えばセクハラの何が問題かはまったくわかっていないけれど、とりあえず保身のためにしない、というのと同じである。そのあたりが「はじめの一歩」かもしれないが、このようなことを考えると、「自身の中にある、差別とすら気づいていないほど根深い差別」を自覚することの難しさに頭を抱えたくなってしまう。

 そういえば、年越し派遣村の時にも「ホームレスもいるじゃないか」という批判があった。

 わざわざ正月休みの中、派遣村に寄付金や食料を持参してくれるほどの「善意の人」がそう口にしたのだ。だけど、派遣村に来た人とホームレスの違いはなんだろう? 一言でいえば、家がないという意味では全員がホームレスである。しかし、批判する人は、数日前に職と住む場所を失くした人と、数ヶ月前、数年前に失くした人を分けたがるのである。そして前者は「社会の犠牲者」だが、後者は「好きでやってる」と勝手に決めつけるのである。当人に話を聞きもせずに。

 そうして、失業者とホームレスを線引きする。その線引きは、「助ける価値がある人とない人」という線引きだ。一言でいうと、「命の選別」だ。だけど、当の本人は、自分がそんなに恐ろしいことを口にしている自覚などない。避難所受け入れを拒否した職員だってそうだろう。殺意があるわけでもなく、「死ね」と思っているわけでもない。ただ、面倒だからとにかくいなくなってほしいのだろう。断れば、どこか別の場所に行くと思っているのかもしれない。

 しかし、災害時の避難所は、そこで断られたら命を落とす確率が高い場所だ。台風の中、すでに別の場所に行く時間的猶予などない。そんなこと、少し考えればわかるのだ。わかるけれど、なぜか一部の人に対しては、そういう想像力を働かせなくてもいいことになっている。明文化されていなくても、そういうルールができている。日頃の台東区の職員間のコミュニケーションの中で、そういう空気ができている。そういうことではないだろうか。だからこそ、今回のようなことが起きたのではないだろうか。現場がたまたま避難所で、台風という災害時だったらからこそ、こうやって注目されただけで、このような「命の選別」は、普段から当たり前にあったのではないだろうか。

 非常時には、平時に行われていることが剥き出しになる。今のところ、他の区ではホームレス排除はなかったらしく、そこは胸をなで下ろしている。

 さて、北九州の「抱樸」というNPO法人がある。そこでは奥田知志さんという牧師さんが30年間にわたってホームレス支援をしている。私は奥田さんを心底尊敬しているのだが、そんな奥田さんたちが炊き出しをする時のテントには、大きな字で「おんなじいのち」とひらがなで書かれている。

 なぜ、「おんなじいのち」なのだろう?

 今回のことが起きるまで、ずっとそう思っていた。いや、もちろん意味はわかる。ホームレスだろうがなんだろうが、人はみな「おんなじいのち」と言いたいのだろう。だけど、そんなに大きく書くほどのことなのかな。どこかでそう思っていた。しかし、今回のことを通して、痛感した。「おんなじいのち」と、常に声を大にして、テントにも大きく書いておかないと、そんなことすら理解してもらえない。同じ命という扱いを受けられない。それが、この国のホームレスを巡る実態なのだ。

 ヘイトスピーチやLGBT差別に対して、私たちの意識はこの数年で大きく変わった。少なくとも、差別や偏見に敏感でいなければいけないという意識は共有された。だけど、ホームレスをめぐる視線はどうだろう。私はちっとも変わっていないと思うのだ。17年には、TBSの番組で、あるホームレス男性が「人間の皮をかぶった化け物」などと名付けられて報じられ、大きな問題となった。その後、番組は倫理違反があったとして謝罪した。

 台風が来る前の10月10日、れいわ新選組の木村英子議員と舩後靖彦議員が主催した院内集会に行った。

 この集会には、憲政史上初めて視覚障害を持つ国会議員となった堀利和氏が参加していて、堀氏はある言葉を紹介した。

 「ある社会がその構成員のいくらかの人々を締め出すような場合、それは、もろく弱い社会である」

 障害者をめぐる運動の中で出てきた言葉らしいが、これは障害者に限らず多くの人にあてはまるだろう。

 そんな台風が関東に大打撃を与える中、安倍政権はびっくりするほど何もせず、13日にやっと対策本部を立ち上げた。が、被害はますます拡大し、いまだ死者・行方不明は増え続けている状態だ。

 台風報道を見ていて驚いたのは、ずーっと以前、もう10年以上前から指摘されている「避難所のプライバシー問題」と「ペット同伴問題」がまったくと言っていいほど改善されていないことだ。

 これこそ政治が率先して取り組むべきことだと思うのだが、「国民の命」は、この国において、随分軽いようである。


 札幌から友人2人が遊びに来てくれた。BBQをやろうと前から言っていたのだが、さすがに寒い。でも、やっぱり決行。厚着をして来い、風を通さないものを着てこいと。
づうっとここでBBQやりたかったんだ。ようやく実現した。やってる間、いろんな鳥たちがやってきた。友は、こんな近くで長い間アカゲラを見たのは初めてと喜んでいた。湧き水で入れるドリップコーヒーもまた格別だった。

氣が付けば写真はこれ1枚だけだった。(字の色がまたおかしい)

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香港の占拠現場で見た街の表情〜4カ月にわたる抗議行動で「開花」する最先端の人間関係

2019年10月16日 | 社会・経済

imidas時事オピニオン 2019/10/15

  by 李真煕 ( ジャーナリスト)

香港は2019年6月から長いトンネルの中にいる。

 香港各地で抗議行動が続いている。中国建国70周年祝賀行事への対抗行動(10月1日)を経て、一連の行動は5カ月目に突入する。警官がデモ鎮圧のために発砲する催涙ガスが街を包み、抵抗する若者の一部は、時に暴力的に反抗する。そんな光景が日常となった。重武装した警官が記者や救急隊員を狙い、負傷させたケースもあった。実弾で撃たれた中高生らもいる。

6月以降、私は数度にわたり香港を訪れデモの現場を目撃し、人びとに話を聞き、記録してきた。特定の主催者がおらず行動の流れは掴みづらいとされてきたが、時間がたつにつれ一定のパターンが見えてきた。また、いくつかの「変化」にも気づいた。

片手にテクノロジーもう片手には、情熱

 抗議行動に参加する人びとは、フルネームの公表や顔写真を撮られることに消極的だ。一方で、思いや考えを英語、日本語を交えて外国メディアに伝えることには情熱を見せながらたくさん話してくれることが多い。別れ際には皆が口を揃えて「気をつけて(Stay safe)」と言ってくれる。

 今起きていることを全世界に知ってほしい。抗議者、市民、記者が信頼関係を保ちながら助け合おう。よい変化は少しずつ生まれるはずだ――。人びとは、強大な中国に対峙する香港という場所で、人間の可能性に懸けて行動を続けているように見える。

9月28日。雨傘運動(2014年)から5周年の節目を記念する抗議行動でのことだった。私は香港島の繁華街・銅鑼湾(Causeway Bay)の現場で地元のメディア関係者と出会い、話をしていた。彼女は私がヘルメットや防毒マスクを持っていないことを心配し、こう言った。「装備が余っているか周りに聞いてみる。あなたにあげられるかもしれない」。私は感謝を伝え、彼女と連絡先を交換して別れた。

 人びとは匿名性が高いメッセージアプリ「テレグラム」を駆使している。テレグラムはロシア人が創設したアプリで「LINE」のように連絡手段として使う。やり取りを暗号化し、秘密を保持できるのが最大の特徴だ。また、グループに登録して情報収集ツールとして活用する人も多い。グループでは管理者がリアルタイムの情報を流し、登録者らと情報共有ができる仕組みだ。香港でのグループの規模は大きいもので登録者数が20万を超える。グループのテーマはさまざまで、報道のまとめ、最前線の動きの他、英語版のグループもある。

 翌朝、テレグラムで匿名の相手からメッセージが届いた。チャットは1時間後にすべての履歴が自動的に消去される「シークレット・チャット」の設定がしてあった。「装備がほしいんだって? 友人から聞いたけど」とのメッセージに私は「もし余っていたらほしい」と返した。すると「今日の午後はどこにいる?」とやり取りが続いた。

 夕方、香港駅の近くでメッセージの送り主と落ち合った。会う直前に「あなたはどんな服装? 一人? それとも誰かと一緒?」とメッセージが来た。相手は女性で、1997年の「香港返還」後に生まれた世代だという。顔全体を覆える強化プラスチック製の防毒マスクと二つのフィルター、そしてヘルメットが入った黒い袋を私は受け取った。マスクは日本では約1万5000円で売られている製品で、香港では在庫が尽きたといわれている型番だった。

 女性は、私が出会ったメディア関係者とは直接の知り合いではないと説明した。別の友人を介して「人に装備を届けてほしい」と言われて出てきたという。「届けるかどうか直前まで迷った。でも私は悪いことをしているわけじゃないから、来た」。話し声は静かだが熱を帯びていた。香港警察はこれまでにも、マスクを持つ市民を逮捕したことがある。会ったことがない人物にマスクを届ける決心は簡単ではないだろうと私は想像した。

 混乱が続くなか、香港では海外移住を考える人が増えている。ここを出ていきたい気持ちがあるかと聞くと、女性は「香港は私が生まれ育った街。どうして私が出ていかないといけないのか」と問い返した。大切な地元をどうにかしたい。そんな純粋な気持ちが人びとの行動を後押ししていると、私は感じた。人びとの強い思いは、高度に発達した交通網や通信環境に支えられ香港中の各地で抗議行動につながっている。

ネット駆使のリアルな強さ

 北京で盛大に祝われた中国「国慶節」の10月1日。これを経て、香港の抗議の声は収まるどころか、さらに強まったように思える。

10月2日、夜10時ごろ。私は湾仔(Wan Chai)で遅めの夕食をとっていた。食堂のテレビは郊外の荃灣(Tsuen Wan)と沙田(Sha Tin)で起きている警官隊とデモ隊の衝突を中継していた。ツイッターを開くと、人びとが湾仔の隣の銅鑼湾でも集まりはじめていることが分かった。私は店を出て銅鑼湾に向かった。

 銅鑼湾のそごう前に人びとが集まり、車道を封鎖しようとしていた。車道は片側3車線で中央にトラムの線路が2本ある。車道に立っている人びとの数は2000〜3000人ほどで、人数は少しずつ増えていった。

 近くにいた若者らに声を掛け、来た理由を尋ねてみた。ある大学生らは「インターネット掲示板『連登』を見て抗議行動に参加しに来た」と話した。また「近くでごはんを食べたついでに寄ってみた」という人びともいた。インターネットでリアルタイムの情報に接し、現場に駆けつけるパターンが定着している。

 抗議を通じて今一番求めていることを聞くと「香港警察の解散だ」と返ってきた。信頼できない「非人道的」な現在の香港警察は一度解体されて再編成されるべきだ、との意見だった。一連の抗議行動について、ある学生は「民主主義のために動いている」と話し、他の学生は「自由のための戦いだ」と表現した。

 私が2日夜に銅鑼湾のそごう前で目撃したのは、今の香港を象徴する典型的な占拠行動の一部始終だ。午後11半時ごろ、抗議者の一部が歩道に設置されていた鉄製の公共のゴミ箱を力づくで引きずりながら車道に移動し、バリケードとして片側の車線を封鎖した。「オキュパイ(Occupy)」の始まりだ。

現場には、沖縄から取材に入った大袈裟太郎氏の姿もあった。彼が2台のスマートフォンを駆使しツイッターとフェイスブックでライブ配信を始めると、多くの人が関心を示して彼の作業を覗き込んでいた。また、日本語ができる若者らは次々に「がんばって」と声を掛け、日本からの注目に感謝を伝えていた。

呼吸する香港、アップデートされる人間関係

 メディアは、デモ隊の一部を占める「勇武派」による激しい行動を大々的に報じることが多い。だが、抗議現場にいる大多数は冷静な市民や「和理非(=和平、理性、非暴力)派」と呼ばれる人びとだ。救急、消防など緊急車両が通るときは抗議を一時やめ、道を譲るなどする行動は象徴的だ。

 銅鑼湾のそごう前でも印象的な行動を見た。車道に集まる人びとが増えて混沌とするなか、バリケードのゴミ箱から出火したときのことだ。私は最初、抗議行動を目立たせるために誰かが放火したのかと思った。だがゴミ箱の近くにいた若者が「水!」と叫び、それを聞いた人びとが次々に「水!」と叫んだのを見て、自分の誤解に気づいた。バックパックからペットボトルを取り出しキャップをひねりながら何人もが各自の飲み水を持ち寄りゴミ箱前に集まった。火はすぐに消され、どこからともなく拍手が起きた。出火原因は、タバコのポイ捨てだったようだ。

 もう一方の車線もいつの間にか封鎖されていた。工事区域で使う柵などを倒し、簡単なバリケードが作られていた。

 バスや車は、バリケード前でUターンを余儀なくされていた。腕を回して誘導する若者の姿があった。不便を強いられて不満を示す車両はほとんどなかった。逆に、リズミカルにクラクションを鳴らして占拠行動を応援する車両を、何度か目にした。

中年の女性が、大声で話しながらオキュパイの現場に現れた。抗議者と野次馬が彼女を囲んで輪となり、耳を傾けていた。女性が訴えたのは「家庭の分断」だった。抗議行動に参加する子のことで自ら命を絶ちたいほどに悩み、苦しんでいる。「抗議をやめてほしい」という内容だった。

 家庭の分断は深刻な状況にある、と抗議者が教えてくれた。親が反対しても抗議行動に参加し続けたい中高生は多い。彼らは安全装備を買う資金がなく、重装備の警官隊を前に現場で危険にさらされる。また、移動や外食の小銭も十分に持たず、家に帰れない若者もいるという。テレグラムには、そんな彼らを資金面でオンラインから支援したいと申し出る「里親」らのグループもあるという。

 新しいテクノロジーと人びとの日常生活が密接に調和している。革新的な人間関係が次々と生まれている。私には香港が呼吸をし、新陳代謝をしているように感じられた。

地元をないがしろにして暴走する権力。連携する人びと

 銅羅湾そごう前で占拠行動の現場を包んでいたのは、休日の歩行者天国のような平和な空気だった。日付が変わり3日の深夜1時すぎになると、数人の若者が車線やトラムの線路をスタートラインに見立てて徒競走や幅跳びをして遊びはじめた。

 晴れていたが、雨傘を持つグループもいた。雨傘を持ち歩く理由は主に二つだ。一つは、警察隊がゴム弾などを発砲してくるときに身を守る盾として使うため。もう一つは、バリケードを作ったりする際に使う。街の監視カメラやメディアに撮られて身元が割れるのを避けるためだ。

 午前1時半ごろ、乗用車がバリケードに横付けして停車した。窓を開け車内から運転者の女性が抗議者らに向けて何かを叫んでいた。内容は「九龍方面に向かいたい人がいれば送っていく」というものだった。メッセージはすぐに共有され、何人かが車に向かった。

 抗議する若者の力になりたいという運転者を、私は別の日にも見た。普段は何をしているのかと聞くと、運転者は「自分は退職者。自主的にこういうことをしている」と言って笑った。実際に車に乗せてもらおうとする若者らに、誘拐などトラブルの心配はないのかと聞いた。彼らは首を横に振った。私が「日本では考えられないことだ」と驚くと、「正直に言うと私も驚いている。こんな連携が生まれるなんて想像していなかった」と返ってきた。

 目まぐるしい速度で続々と何かが起きている。当事者さえもがその変化を整理しきれずにいる。人びとは次々に誕生する新しいコミュニケーションを頭で理解できずとも、身を任せ、楽しんでいる。その根底には、とても大きな信念の共有があるのかもしれないと私は思った。

午前2時前。私は独特の雰囲気を持つ男性二人組に広東語で話し掛けられた。一人は真っ白なワイシャツを身につけ、もう一人はハンチング帽をかぶっていた。広東語ができないと私が言うと、男性らは流暢な英語に切り替た。世間話をしたあとで「所属メディア」を問われた。彼らは私以外にも記者を探し、話し掛けていた。潜入警察官のような言動だった。

 午前2時すぎ。突然、遠くから高いエンジン音が聞こえ、1台のバイクが見えた。衝突しそうなほど猛スピードでバリケードに迫るとあざやかなUターンをして、走り去っていった。運転手のヘルメットには小型カメラが付いていた。

 バイクに続き、隊列を組んだ20台ほどの警察車両がサイレンを鳴らして押し寄せ、100〜200人の武装警察官が一斉に飛び出してきた。警官隊は簡素なバリケードを素早く撤去し、警棒で盾を叩きながら爆音を出して抗議者らを威嚇(いかく)した。抗議者らは一目散に逃げ出し無数にある路地へと姿を消した。

 一瞬で空っぽになった占拠現場には私の他に数組の記者が取り残されてただけだった。抗議者は誰も残っていなかったが、警官隊は夜の闇に向かい何かを大声で叫びながら500メートルほど先の十字路まで一気に駆け抜けた。メディアのカメラに向けて、自らの威圧感を宣伝するための行動にもみえた。

 ゆるやかな始まりからおよそ4時間続いたオキュパイが終わった。

 香港で続く抗議行動は、地元ではなく北京を優先する香港政府と暴走する香港警察に対する民衆の蜂起のように見える。6月に「警察の暴力に関する独立調査委員会の設置」を求めていた抗議は「香港警察の解体」を求める声へと変わっている。

権力と民衆の攻防が猛スピードで展開するなか、若い世代を中心にコミュニケーションのあり方が進化している。抗議行動は、最先端のテクノロジーを生活に活かす工夫と地元を思う強い気持ちにも支えられている。中国とどう向き合うか、また、同じ時代を生きる隣人をいかに信じ、助け合えるか――。香港がそう問いかけているように私は感じた。


もうやめようか?

ミニトマト、赤くならない。
konoburogukaiteiruto nyuuryokugamamanaranai.
このぶろぐかいていると  にゅうりょくがままならない

hiragananinaranai.iromadetuiteiru.
ひらがなにならない

hokano wa-doya ekuserunihamonndainai.
ほかのワードや   エクセルにはもんだいない

jinoookisamadekawatta.[wo]tonyuuryokusitemo[o]toderu.
じのおおきさまでかわった [wo]と入力しても「お」とでる 

iromade kattenikawaru
色まで  勝手に変わる

hen! henda! hendayo! henndesu!

変・・・・・・・・・・・・・・!

オカワカメ(雲南百薬)

おや、なおった!

 

 

 

 

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雨宮処凛「なぜ、弱者を叩く社会になったのか?」相模原事件から考えた、不寛容な時代

2019年10月15日 | 本と雑誌

相模原市の障害者施設で45人を殺傷した植松聖被告。社会は彼に怒りをぶつけたのか。

  ハフポス2019年10月15日 

命の選別――。

映画や小説といったフィクションの世界ではない。

この日本で、リアルにそんな言葉を聞くことになるとは思ってもいなかった。

2016年7月に相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された(うち19人が死亡)「相模原事件」によって、この「命の選別」という問題が色濃くなり、恐ろしくなったことをよく覚えている。

先日の台風19号の際にも、ホームレスの人たちが避難所への入所を断られ、この言葉がまた話題になっている。

2020年1月に始まる相模原事件の植松聖被告の裁判を前に、6人の専門家と対話を重ね『この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代』を出版した雨宮処凛さんにその思いを聞いた。

インターネットなどを通じて、ばらまかれる悪意

――雨宮さんは、ハフポストで掲載しているブログで何度もこの相模原事件について言及をしています。そして、今回は書籍を出版。この事件にとてもこだわりがあるように感じられますが、これほどまでにこの事件が雨宮さんの関心を引き寄せる理由はどこにあるのでしょうか。

そう言われてみると、確かに関心が強いかもしれませんね。

本の中でも言及していますが、例えば2008年に起きた秋葉原通り魔事件の加藤智大は、誤解を恐れずに言えば“わかりやすい”と思うんです。加藤自身がネットの掲示板で犯行に至るまでの思いを書き込んでいたり、動機や本人が身を置いていた環境など「人となり」がつかみやすかった。

でも相模原事件の植松被告は、違います。一見ごく普通の若者ですし、悩みや心の叫びのようなものは聞こえてきません。「死刑になりたかった」「誰でも良かった」という自暴自棄になったうえでの事件とも異なります。だから、この事件、そして植松被告には、なんとも言えない不可解さのようなものを感じていると言えるでしょう。

また今回被害に遭われたのが障害のある方たちということで、遺族も名前や顔を出しにくいという状況のなか、社会の中で忘れ去られるスピードがとても早かったとも感じていました。世の中での忘却のされ方も植松被告の望んだ通りにというか、生産性がない人間を抹殺することができる=殺しても忘れられるという図式になってしまっている気がしてなりません。更に言えば、そういった植松被告に社会がそれほど怒っていない印象すら受けるのです。

 ――今回6人の方と対話をして、雨宮さんの抱えていた植松被告への不可解さは解消されましたか?

本の中で、植松被告と何度か面会をしている、福岡のRKB毎日放送の記者で、現在は東京報道制作部長をしていらっしゃる神戸金史さんとお話ししました。その中で、植松被告はあの事件を起こしたことで「自分は役に立つ側の人間になった」と感じていること、「障害児を育てることに苦しんでいる母親を救いたい」という思いがあったということを聞き、びっくりしました。恐ろしいことにあの事件は彼にとって、「善意」に基づいていることになる訳です。

そして、批評家で元障害者ヘルパーの杉田俊介さんと「べてるの家」の理事・向谷地生良さんが同じ出来事を指摘していたことも驚きでした。その指摘とは、相模原事件が起きたのと同じ年の3月に、マイクロソフトが開発したAI(人工知能)の実験で、インターネットにAIを接続したら勝手に学習して、ユダヤ人のホロコーストを否定したり、ヒトラーを礼賛するような発言をするようになったというニュース。

つまり、植松被告もインターネットなどを通じて世の中に散らばる悪意をフィルタリングすることなく「学習」して、彼自身がその悪意を体現してしまったというか、植松被告がAIやBOTのようなものと近いのではないかとも考えられる指摘です。この視点はこの本を作るまで私の中になかったものなので、とても衝撃でした。

無意識で「選別が始まっているんだな」と感じる

――私はこの本の中で、この相模原事件は入り口でしかないというような指摘があったことに、とても恐怖を感じました。

相模原事件から2ヶ月後、アナウンサーの長谷川豊氏が「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ! 無理だと泣くならそのまま殺せ!」とブログに書いて起きた大炎上や杉田水脈議員の「生産性発言」などもそうですが、植松被告と同じように、本気で「日本には財源ないから、障害者や高齢者のような役に立たない人の面倒見るなんて無理だよね」という話を善意からしてしまう人が出てくるようになってきていると感じます。「日本はもうある程度パイが限られているから、命の選別をしなくてはいけない」という空気感も相模原事件を機に強まっているのではないでしょうか。

貧困問題にずっと取り組んできた私は、ずっと「人の命を財源の中で語るな」ということを訴えてきました。ですが、2012年の第二次安倍内閣以降、この言葉がどんどん通用しなくなり、鼻で笑われるようになっている感覚がありますね。

――本来であれば財源の有無など国の政策によって生じている問題に関しては、国や政治家に怒りや批判が向くべきものだと思いますが、それが障害者、高齢者、生活保護を受けている人に向かうのが不思議でなりません。しかも、そういった「弱者」とされる人が、他の誰かから見ると「恵まれている」人とされ、敵とみなされる空気感も感じます。

障害者も病気の人も、あるいは生活保護を受けている人なども、好き好んでそうなっているのではないのに、その人自身が悪いかのように言われることってありますよね。

2000年代になって、「公務員バッシング」が起きたのを覚えていますか。公務員は安定した職業で、いい給料をもらっている特権階級だと非難されるようになったわけですが、日本全体の景気が良くて給料の良かったバブルの頃は、誰も公務員が特権階級だなんて思いもしなかったはずです。

格差が広がり、貧困が進んでいくと、こんなことが起きるんだなと公務員バッシングを見て感じていたところ、その後、2010年ごろから「自分はフルタイムで働いているのに、給料は生活保護以下」と生活保護バッシングが起き始めます。低賃金に怒るのではなく、生活保護を利用している人を非難する。鬱で休職した職場の同僚をディスったり、その人が遊んでいないかFacebookを監視したりしているような動きが出てきたのもこの頃だと思います。

それがますます進んで、障害者が「特権」になりつつある。今の世の中、生きづらさを抱えている人やうつなどの精神疾患を患っている人も多いけれど、病名がつかないと、どれほど辛くても、社会福祉などの支援は何も受けられません。でも障害者は障害年金もあるし、様々なフォローがあるから特権だという声すら、最近では聞こえてくる。末期の末期としか言いようがありません。

――そういった空気感の中で、植松被告のような人、相模原事件のような事件は増えていくとお感じになりますか。

相模原事件のようなことが起きて「命の選別」を匂わせるような空気が出てくると、無意識でみんなが「選別が始まっているんだな」と感じるようになるでしょう。そうすると自分は生産性があることを殊更に強調しようとして、そのために人を叩いたり蹴落としたりする人や、勝手に人の価値を決める「選別ポリス」も出てくるでしょうね。そして、生きられる資格がある人の枠がどんどん狭まっていく。植松被告は、その第1発目のヨーイドンをしたわけですよね。だから、相模原事件に似た事件は増えていく可能性はあると思います。

一方で、地味なことですが最近ものすごく怖いと思うのは、駅のホームなどで女性だけを狙ってわざとぶつかってくる男性や、赤ちゃんの抱っこひもの背中についているバックルをはずす人などが話題になっていることです。抱っこ紐を外されて赤ちゃんが落ちたら、命を落とすでしょう。わざとぶつかる男も、状況によってはぶつかられた人は死に直結します。そういう殺意が日常にあって、その殺意の存在をみんなが知っている。そんな異常な社会で生きているということによほど自覚的にならないと、自分もいつ加害側になるかわからないと思います。

来年の1月から始まる裁判で注目していること

――来年の1月から植松被告の裁判が始まります。どんなことに注目していますか?

先ほどもお話しした通り、植松被告は思想も背景も見えない。もしかしたら何かに影響を受けているのかもしれないけれど、それが何かもわからないし、人間性が見えません。裁判を通じて、不可解な彼という「人間」が見えてくるのか気になるところですね。

そして、もう一つ植松被告が裁判で何を語り、それをどこまでマスコミが報道するかも大きな問題だと私は考えています。相模原事件の直後、耳を塞ぎたくなるような植松被告の言葉、例えば「生きる価値がない」というようなものがたくさんマスコミで流れました。それを耳にした当事者はどれほど辛かったことか……。植松被告が法廷で話す言葉は、人をボコボコに殴りつける暴力のような言葉になる可能性があります。マスコミの方にはそういったことも考えて報道して欲しいと思っています。

――『この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代』を読んでいて、私は「相模原事件」を扱った本というだけではない、もう少し大きなテーマのようなものを感じたのですが。

確かにおっしゃる通りです。

最近だと国連気候行動サミットでスピーチをしたグレタ・トゥーンベリさんをネット上で批判する人を多く見かけました。なぜ、彼女を口汚く罵る人が多くいるのか。なぜ、精神的に追い詰められて休職するひとを笑い者にしたり、休職している人のFacebookを監視したりする人が現れたのか。女性にわざとぶつかる男、抱っこ紐のバックルを外す人はどうして出てきたのか。そういったことを考えていくうえで、私たち一人ひとりが、この10年、20年くらいで自分がどれだけ殺伐として冷酷になったのかを考える必要があると思うんです。その背景には「環境ハラスメント」というか、社会から受けた抑圧のようなもの、例えば常に競争を煽られ、それに負けたら死ぬというような恐怖もそのひとつだと思いますが、そういうものの蓄積があるのではないかということを考え直してもらいたいのです。

世界や日本で起きている出来事に対する自分の感じ方、考え方、そして苛立った時にしている行動が、日本の社会によって作られているんじゃないかということを、この本を読んでもう一度見つめ直していただけたらと思っています。

 

 


 数日前から左足に強いしびれが出て、とても痛い。連休も終わったので、ようやく「整体」へ行ってきた。あと何回か通うことになるだろう。

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二極化・格差社会の真相 & 初霜

2019年10月14日 | 社会・経済

この政権の企みは消費税のさらなる大増税か安楽死の推進か

   日刊ゲンダイ 2019/10/09

斎藤貴男 ジャーナリスト

1958年生まれ。早大卒。イギリス・バーミンガム大学で修士号(国際学MA)取得。日本工業新聞、プレジデント、週刊文春の記者などを経てフリーに。「戦争経済大国」(河出書房新社)、「日本が壊れていく」(ちくま新書)、「『明治礼賛』の正体」(岩波ブックレット)など著書多数。

 

 消費税がまた増税された。大義名分だった“社会保障の充実”など真っ赤な嘘。政府は今後も社会的弱者を片っ端から切り捨て、滅ぼしていく。

 では先々はどうか。私見だが、ごく近い将来、私たちは消費税のさらなる大増税か、安楽死の推進かの二択を迫られよう。

 まず、いわゆる“生活習慣病”の自己責任論が全メディアを埋め尽くす。この際、糖尿病など以前は「成人病」と呼ばれた疾病群には遺伝的要因も強い実態は顧みられない。数年前にアナウンサーの長谷川豊氏が吐いた「自業自得の透析患者なんて全額自己負担にせよ! 無理だと泣くならそのまま殺せ!」みたいな人でなしの独善が、社会全体に刷り込まれていく。

現実の動きも急だ。患者の“意向”だとして透析を中止し、死に至らしめて騒がれた公立福生病院(東京都)の院長は、3月の記者会見で森鴎外の「高瀬舟」を持ち出し、病に苦しむ弟の求めで“とどめ”を刺した兄に自らをなぞらえていた。

事件を受けてガイドラインの見直しに乗り出した日本透析医学会は、終末期の患者に限定されていた透析中止の検討対象を広げる方針という。とすれば福生病院の行為も追認される可能性が高い。

 背景には国策がある。政府は健康や生命の格差をむしろ歓迎し始めた。糖尿病患者を“金食い虫”呼ばわりしてきた麻生太郎副総理に近い主張で知られる経済産業省の江崎禎英氏(現、商務・サービス政策統括調整官)が、昨年から内閣官房健康・医療戦略室次長と厚労省医政局統括調整官を兼務。新設された「全世代型社会保障検討会議」の委員も、新自由主義の牙城「未来投資会議」や「経済財政諮問会議」で活動する財界人らに占められた。

 彼らは通常の社会保障論の枠を超え、“給付と負担のバランス”ではなく、病気や介護の“予防”を高らかに掲げる。予防の強調は自己責任論を絶対の正義に装う。賛否両論があり中断されていたが、自民党が再び法案策定を急いでいる「尊厳死」の議論の本質が、社会保障費の削減に他ならないことに鑑みれば、これらの問題すべてが結びついてくる危険を理解できる。

健康には個人差があるのに、なぜ「人生100年時代」などと言い切ることができるのか、ずっと不思議だった。が、その真意がわかった気がする。下々の病人など皆殺しにしてしまえば、権力と巨大資本に守られた層だけは財政の不安に苛まれることもなく、存分に長寿を堪能できるという筋書きではないのか。


 

強い初霜。

ペンキ塗り。

えぞりす。

枯れた木に来て枝を10cmほどに切りそろえ何本かくわえてドングリのなる大きな木の方へ移動していきました。巣を作っているのでしょうか?

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関電幹部に渡った小判の出どころ

2019年10月13日 | 社会・経済

原発で手さえ抜けばカネが浮く。関電幹部に渡った小判の出どころ

MAG2NEWS 2019.10.08  by 高野孟『高野孟のTHE JOURNAL』

   次々と「不都合な真実」が明るみになり、さらに大問題に発展するとも囁かれる関西電力幹部らの金品受領事件。関電サイドは「原発マネー」の還流疑惑を払拭できない状況にありますが、そもそも彼らが受け取った金品はどのようにして作られたものなのでしょうか。ジャーナリスト・高野孟さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で、かつてとある技術者が語った、原発建設現場での中抜きの実態でわかった「賄賂の作り方」を紹介。仮に今臨時国会でその真実が明らかにされれば、安倍政権は任期満了を待たずに終わると記しています。

 

プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)

1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

 

「憲法」よりまず「関電」が焦点となる臨時国会──安倍首相は残り2年間でどんなレガシーを残せるのか?

   10月4日臨時国会冒頭の所信表明演説で、安倍晋三首相がどれほどの勢いで改憲への意欲を宣言するか注目したが、翌日の新聞の見出しを借りれば「憲法改正、細心の訴え/野党批判封印、最後数分のみ」(読売)、「改憲固執、言葉は控えめ/強気封印、野党挑発避ける」(東京)という何とも中途半端な表現に終わった。自民党内の中堅からも「若干拍子抜けだ」との声も上がったという(朝日5日付)。

これでは任期中の改憲発議は無理ではないか

   読売が「数分」と言っているのすらいささか誇大で、実際にはその部分を読み上げるのに1分弱しかかっていない。しかも中身がボヤケていて言葉に力がない。その部分をほぼ全部引用すると、次のようである。

「未来を見据えながら、教育、働き方、社会保障、我が国の社会システム全般を改革していく。令和の新しい国創りを、皆さん、共に進めていこうではありませんか。その道しるべは憲法です。令和の時代に、日本がどのような国を目指すのか。その理想を議論すべき場こそ憲法審査会ではないでしょうか。私たち国会議員が200回に及ぶ〔戦後国会の〕その歴史の上に、しっかりと議論していく。皆さん国民への責任を果たそうではありませんか」

   改憲の焦点は、自衛隊でも集団的自衛権ではなく、ましてや北朝鮮の脅威対抗でもなくて、いつの間にか「教育、働き方、社会保障」に移ったらしい。しかしそのどれをどうしたいのか、それは法改正では間に合わなくて本当に改憲なしには実現しないのかは、全く定かでなく、何も心に響くものがない。これは、安倍首相の側近で先月まで自民党憲法改正本部長だった下村博文氏が9月21日、憲法第24条で「婚姻は両性の合意のみに基いて」となっているのを「両者」と直して同性婚を認められるようにしたらどうかと語ったこととも平仄(ひょうそく)が合う。つまり2人とも、安倍首相が17年5月に発表した第9条に第3項を付け加え「自衛隊」の存在を条文上に明記することをはじめとした「安倍4項目」に必ずしもこだわらず、野党がそれで乗って来にくいなら社会保障や同性婚に問題をすり替えて、「どこでもいい、どこか1つでも改憲したというレガシーを作りさえすればいいんだ」という、ほとんど自棄(やけ)のやんぱち路線に突き進もうとしていることが判る。

   しかしそこまでハードルを下げたのでは、日本会議など右翼陣営や櫻井よしこら安倍親衛隊は納得しないのではないか。しかも両院の憲法審査会の“正常化”はまずは国民投票法改正から始まるので、これを今国会でクリアしないと中身の議論には入って行けない。ところがこの国会は67日間あっても即位の礼とそれに伴う首脳外交などもあって日程が厳しく、さらに野党は関電の巨額賄賂問題、消費増税と景気低迷、日米貿易交渉の裏の密約、千葉大停電の対策遅れ、かんぽ不正営業とNHK報道への圧力、あいちトリエンナーレ補助金ストップ問題など、喫緊の追及課題に事欠かないので恐らく国民投票法は一番後回しになる。そうすると来年1月からの通常国会でも改憲発議に繋がるような議論を始めることが難しく、安倍首相の残りの任期中にそれを果たすことは著しく困難になる。

   それが分かり切っているので、ここで安倍首相はド迫力を見せて改憲への執念を示すべきだったが、そうはしなかった。やる気がないわけではないだろうが、何が何でも勝負に出るという風でもなく、またもや「やっているフリ」をして時間ばかりを消費していくのだろう。

関電賄賂の本質は原発の「手抜き工事」

   さて、数々ある喫緊課題の中でも真っ先に火が着くのは関西電力の巨額賄賂事件だろう。まだその認識が広まっているとは言えないが、この本質は原発建設にまつわる恐るべき「手抜き工事」による賄賂原資の捻出にある。

   毎日新聞10月3日付「余録」は、勝海舟のこんなエピソードを紹介している。彼が唐津藩から頼まれて大砲を設計し鋳物業者に発注したところ、数日後にその業者が「お神酒料」を持って来た。中身は300両の大金で、1,000両の予算のうちこの程度を発注者に渡すのがしきたりだという。その分は材料の銅の質を落として捻出すると聞いた勝は怒るでもなく「俺は要らんからちゃんとした材料を使え」と突き返した、というのである。

   このような江戸時代には当たり前だった商慣行が関電と福井県美浜町の間では生き残っていたわけで、関電トップが受け取った金品の中に小判も混じっていたというのはまるで落語のオチに使えそうな話である。

   この原発の建設工事から魔法のランプのようにいくらでもマネーが湧き出てくる仕組みについて、本誌は2011年3月29日付のNo.561「東電:計画という名の無計画、安全という名の手抜き」で述べているので、以下に一部を再録する(高野著『原発ゼロ社会への道程』、書肆パンセ、12年7月刊にも所収)。

─〔再録開始〕────────────────────────

仮に設計が「絶対安全」だったとしても、施工が設計通りに行われているとは限らない。私は日本の原発の恐しさについて過去何度か取材をしているが、その中で出会った或る特殊塗装の高い技術を持つ企業の社長は、こう語った。

私は或る原発の塗装を請け負ったが、元請けの某ゼネコンが受け取った1平米当たりの塗装予算は8,000円なのに、間に何と7社が入って、末端で実際に施工するうちに来るのは1,600円。到底採算に合わないので、設計では2.5ミリ厚で塗らなければいけないのを1ミリ以下の0.何ミリでやるしかなかった。

他の下請けもみな同じで、鉄筋だって仕様通りのものなど入れられないから規定の何分の1の細いものを使うしかないと言っていた。

間に入る5社とか7社というのは、地元の自民党代議士やそれに連なる有力者で、彼らが割り振って中抜きをする。馬鹿馬鹿しいのと、仕事へのプライドから、一度だけで原発の仕事はやらなくなった…。

こんなことは、昔、あらゆる公共工事で当たり前に行われてきたことで、驚くには当たらないが、それにしても、本来は8,000円の価値のある仕事が現実にそれを実施する8次下請け会社には1,600円しか届かないということを、一体、国や東電はどう認識してきたのだろうか。

そういうことは世の中にたくさんあって、私が何十年か前に直接経験した例で言えば、或る週1回の民放テレビ番組でスポンサーが払っている1本当たりのコマーシャル料は1,000万円で、それを電通、テレビ局が抜くのはまだ分かるとして、その下に金丸信の関係会社とか(何でここに金丸が出てくるのか?)聞いたことも見たこともない会社が3~4社も入ってきて、それぞれ何もしないでマージンだけを取って、結局、制作現場には400万円ほどしか下りてこない。それでやり繰りして、外注に出す取材映像も値切り倒すから、下請け会社は手抜きとかやらせとかで誤魔化すしかなくな[西山1] る訳で、そうやって現場を犠牲にしながらプロデューサーとかは間に入った幽霊会社からバックマージンを得て私腹を肥やしている。そういう悪しき慣習がテレビの衰退を招いているのである。

テレビなんぞは観なければいいのだが、原発となると手抜きや中抜きは国民の命に関わるはずで、そこでもこんなことが日常横行してきたというのはおぞましいとしか言いようがない。

熟練した建設職人がいない

意図的な手抜きがなかったとしても、原発建設現場には原発の危険を知り尽くした熟練した現場監督がおらず、ズブの素人がいい加減な工事をしている。

私は、阪神大震災の1年ほど後だったか、原発の工事の現場監督として働いていて後に公然たる内部告発者に転じて有名になった故・平井憲夫氏にインタビューした際に、その事実を知って驚愕した。今はその記録も所在不明なので、彼が残したHPから要点を引用する。

● 平井憲夫「原発がどんなものか知ってほしい」

世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。

なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。それが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。

原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議論は一度もされたことがありません。

原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。

日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。

仮に、自分の家を建てる時に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。

ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが10年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。

例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。

現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりました。マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるのです。こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。

また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てることが出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互いに話をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。これではちゃんとした技術を教えることができません。それに、いわゆる腕のいい人ほど、年問の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいいということになってしまうんです……。

原発を知らない検査官

仮に設計も施工も完璧であったとしても、原発のような何が起きるか分からない悪魔のエネルギーを制御するには徹底的な日常検査が不可欠である。ところが、これも平井から聞いて驚いたのだが、無知な役人や天下りが行う検査はデタラメである。同じく上記HPより要約。

出来上がったものを見てもダメで、検査は施工の過程を見ることが重要。検査官が溶接なら溶接を、自分でやって見せる技量がないと本当の検査にならない。そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ整っていれば合格とする、これが今の官庁検査の実態です。

原発の事故があまりにもひんぱんに起き出したころに、原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人を運転管理専門官として各原発に置くことが閣議で決まりました。私もその役人が素人だとは知っていたが、ここまでひどいとは知らなかった。というのは、水戸で講演をしていた時、会場から科技庁の者だと名乗って発言した人がいて、「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は3か月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。このようにまったくの素人が出す原発の運転許可を信用できますか。

東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、次の日の新聞で知ったのです。なぜ、専門官が何も知らなかったのか。それは、電力会社の人は専門官がまったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子どもに教えるように、いちいち説明する時間がなかったので、その人を現場にも入れないで放って置いたのです。

そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人たちは通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人のOKが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知りません。ですから、検査と言ってもただ見に行くだけです。けれども大変な権限を持っています。この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の3社があります。私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほとんど素人ということになります。だから、原発の事故のことも電力会社ではなく、メー力ーでないと、詳しいことは分からないのです……。

─〔再録終わり〕────────────────────────

   こういう訳なので、関電の幹部が受け取った常識を超えるほどの金品は原発工事の手抜きによって捻出されたマネーを原資として提供され、幹部らはそれを百も承知で受け取っていたのである。国民の命をないがしろにして私服を肥やす、「イノチよりカネ」という原発文化の象徴的行為と言える。

国会での議論がこの「手抜き工事」の実態解明にまで進んで行けば必然的に全原発は即ストップということになる。そういう展開となれば、安倍改憲が吹き飛ぶばかりでなく安倍政権そのものが任期満了を待たずに終わる。



 台風被害を受けられた皆様にお見舞い申し上げます。一刻も早い復旧を祈ります。

 それにしても、「環境問題」についいての認識が甘すぎます。世界的課題として多くの国々で議論が進む中、先の政府「所信表明演説」においても一言もないありさまです。

明日は冷え込みます。

パオパオという保温資材でミニトマトを囲いました。

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関電幹部に庶民の怒り

2019年10月12日 | 社会・経済

#大竹まことゴールデンラジオ#金子勝 (文化放送 2019-10-11)

 

辞任で逃げ切り? 逮捕されない関電幹部に庶民の怒り

  日刊ゲンダイDIGITAL2019/10/11

    関西電力をめぐる原発マネー還流問題で、福井県高浜町元助役の森山栄治氏(3月に死去)から多額の金品を受け取っていた関電トップら7人がようやく引責辞任を決めた。問題発覚から2週間。この間、浮き彫りになったのは関電の薄汚い隠蔽体質。そして、原子力ムラの醜悪な癒着構造だ。

 森山氏サイドから関電役員らに渡った金品は、判明分だけで約3億2000万円。これはあくまで、昨年9月に関電の社内調査委員会が上げた金額に過ぎない。調査委メンバーの半数は関電役員の身内組織で、調査対象は2011~18年に原子力部門などに在籍していた一部の役員限定。そもそも調査委が設置されたのは、森山氏が顧問を務めていた建設会社「吉田開発」(高浜町)に金沢国税局の査察が入ったことで、関電とのズブズブの関係を把握されたからだった。

 お手盛り調査結果は取締役会に報告されず、取締役の不正行為をチェックする監査役会も報告見送りを追認。組織ぐるみで悪事をヒタ隠しにしていたのはアリアリである。しかも、食らったペナルティーは減給や厳重注意にとどまっていた。

■不祥事調査の経験がない第三者委メンバー

 世間の猛批判にさらされた関電は、経営陣の辞任発表と同時に金品受領問題を再調査する第三者委員会を設置。経産省などの指示を受け、社外弁護士4人が選任された。

 委員長は元検事総長の但木敬一氏、特別顧問が元日本弁護士連合会会長の久保井一匡氏。元第一東京弁護士会会長の奈良道博氏、元東京地方裁判所所長の貝阿彌誠氏が委員だ。年内をメドに調査結果をまとめ、その段階で岩根茂樹社長は辞めるという。

 調査の焦点は▽森山氏や原発関連工事受注業者からの金品受け取りの実態、▽社内調査の妥当性、▽問題を非公表とした関電の対応――だが、真相を解明できるのか。

 元特捜検事の郷原信郎弁護士は言う。

「委員長の但木氏をはじめ、法曹界のキャリアという点で言えば申し分のない面々です。ただ、大半の方が70歳オーバーの高齢の上、不祥事の事実調査で経験があるメンバーがいない。但木氏は典型的な法務官僚で、現場捜査や公判経験は任官後の2~3年だけ。第三者委の構成を見る限り、誰が中心となり、どんな調査をするのか全く見えません。幅広く社内調査をしただけでは、言い訳を積み上げるだけになりかねない。森山氏の資金の出元とされ、関電が特命発注していた吉田開発に切り込まなければ、真相究明には近づけません」

第三者委の調査終了まで検察は様子見

「過去から続く森山氏の影におびえてきた」「必ず手土産を持参してきて、受け取れないと言うと激高された」「森山案件は特別だった」――。

 森山氏の“特異性”に責任をおっかぶせる盗人猛々しい関電トップの被害者ヅラにも呆れたが、調査すべきは同じ穴のムジナの経産省が事実上、仕切っている第三者委ではなく、捜査当局ではないのか。

 元特捜検事の若狭勝弁護士はこう言う。

「関電経営陣は会社法の収賄罪や特別背任罪に該当する可能性がありますが、第三者委による調査結果が出るまで検察が動くことはないとみています。刑事告発されたとしても、当面は受理されない可能性が高い。捜査機関を早急に動かすウルトラCがあるとすれば、森山氏の遺族による大阪地検特捜部への告訴です。関電トップは会見で森山氏から脅されたと繰り返していて、事実であれば脅迫罪に問われるのは明確。逆に虚偽であれば、死者の名誉毀損で親族が訴えることができる。特捜部が結論を出すには、森山氏と関電の関係をつぶさに調べる必要があるため、真相に迫れるチャンスは広がります」

ただ、森山氏の孫のひとりは東京地検特捜部所属の現役検事。関電との全面対決をよしとするかは微妙ではある。

 関電幹部らは所得税の修正申告をし、追徴分などの納付を済ませたという。これまで明るみになった事実を並べただけでも、庶民感情からすれば「脱税、特背、お縄が当たり前」なのに、捜査当局の腰の重さは一体何なのか。

 関電に還流した原発マネーは巨額だ。森山氏を通じた金品受領は原子力部門以外でも見つかっていて、少なくとも80年代からとも、大飯原発元所長も対象だったとも報じられている。関電の原発を舞台に広範囲に脈々と続いていたのは間違いないだろう。にもかかわらず、八木誠前会長は辞任会見でも「もらってはいけないと分かっていたが、いったんお預かりせざるを得なかった」と言い張っていた。何億円ももらって「預かっていた」で済むなら、あらゆる泥棒が万々歳である。

■安倍側近にも還流する原発マネー

 辞めて無罪放免ならば、この国は悪人天国。舵を取る安倍政権が率先してそれを実現している。

「政治とカネ」をめぐる問題で小渕優子経産相、松島みどり法相、西川公也農相、甘利明経済再生相らが辞任。安倍首相の盟友の甘利にいたっては、UR口利き疑惑で秘書2人が現金500万円を受領した上、自身も大臣室などで計100万円を受け取っていた。それがバレると大臣を辞めて体調不良を理由に雲隠れ。おとがめナシとなったらドヤ顔で表舞台に復帰し、自民党の選対委員長から税調会長に横滑りして党内にニラミを利かせている。

 10日の衆院予算委員会で側近に原発マネーが還流していた問題を問われた安倍は、「政治活動については一人一人の政治家が、国民から信頼を得られるよう自ら説明責任を果たすべきものと考えている」と受け流した。

前経産相の世耕弘成参院幹事長の資金管理団体は、森山氏が非常勤顧問に就いていた関電受注企業の「柳田産業」(兵庫県高砂市)から計1050万円の献金を受け取り、稲田朋美幹事長代行が代表を務める政党支部も、森山氏が筆頭株主だった関電受注企業の「オーイング」(高浜町)などから計168万円の献金を受領。稲田については、企業献金を自粛している電力会社が政治資金パーティー券を計112万円分購入していたことも新たに分かった。

 政治評論家の森田実氏は言う。

「原発マネーが還流していた関電幹部が第三者委のメンバーを選ぶデタラメ。安倍首相の“助さん格さん”とも言うべき側近まで原発マネーを受け取っている堕落。そうした問題を問われても安倍首相はマトモに答えようとしない。臭いモノにはフタをし、関電一社の問題にコトを矮小化しようとしているのでしょう。このままではこの国のモラルは破壊しつくされ、正義が消え去ってしまう。野党がここを突破し、政権を木っ端みじんにしなければ、この国は腐りきってしまいますよ」

庶民の素朴な疑問と怒りは「上級国民ならば捕まらないのか」に尽きる。福島第1原発事故をめぐって業務上過失致死傷の罪で強制起訴された東京電力の旧経営陣3人に、東京地裁は無罪判決を言い渡した。東京・池袋で車を暴走させ、母子を死亡させた旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長も逮捕を免れている。

 安倍が固執する原発推進に反発する世論は根強い。内閣がいくつ吹っ飛んだか分からないほど醜聞まみれにもかかわらず、安倍政権はしぶとく生き永らえている。捜査機関がグダグダなら、野党が国政調査権を駆使して白日の下にさらすべきじゃないか。


司法から腐っているのだから何をせん!

ペンキ塗り。

ようやく2F部分終わりました。(写真はもうすこしのところ)
降りてきたら太ももがバンバン。
筋肉が弱ってる~。

「圃場」の様子。


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雨宮処凛がゆく! 第498回:香港のデモと、あいちトリエンナーレ問題。の巻

2019年10月11日 | 社会・経済

 マガジン9 2019年10月9日

       https://maga9.jp/191009-1/

10月1日、香港でデモに参加していた高校生が警察に実弾で撃たれた。

 高校生は一命をとりとめたが、当然ながらデモ隊の間には警察への激しい怒りが広がっている。

 「覆面禁止法」施行前日の4日には、14歳の少年がやはり実弾で太ももを撃たれ、重体と報じられた。

 「逃亡犯条例」改正に反対する大規模デモが始まって、既に4ヶ月。6月13日には、日本でも香港政府に抗議し、香港の人々に連帯する集会が行われた。渋谷ハチ公前には2000人が集まり、私は同日、東京・高円寺で開催された集会に参加した。「反送中!」「香港加油!」。路上にはそんな言葉が書かれた横断幕が広げられていて、香港をはじめいろんな国の人がかわるがわるスピーチし、今、香港で何が起きているかを語ってくれた。

 また、6月に大規模デモが始まって以来、友人、知人の多くが香港を訪れてデモに参加したり現場を取材したりしている。

「日本だっていつ自由が侵害されるかわからない。今の香港から学ぶことは多くある」と口にする活動家も多くいる。7月には、香港に行った人々の報告会があり、参加した。現在の巨大デモでは多くの最新ツールが使われていたり、権力と対峙するためのさまざまなノウハウが日々のデモの中から開発・発明されていたりして、そんなことが多く報告されたのだが、残念ながら他言はNGなので書けない。

 が、デモ隊が利用しているモノなどを知るたびに「なんて頭がいいんだ!」「その手があったか!」と思うことの連続だった。

 さて、そんなことを知り、「いつかこういうノウハウが必要になる日が来るかもしれない」と思ったのが7月。しかし、今、「もし、この国で言論の自由や様々な権利が侵害されそうになっても、香港のように立ち上がる人なんて圧倒的少数では」という思いに囚われている。そう思ったきっかけは、あいちトリエンナーレの補助金不交付という一報に接したからだ。

 開催当初から「表現の不自由展・その後」が問題となり、脅迫電話やメール、FAXなどが相次いだことはご存知の通りだ。展示はわずか3日で中止となり、そうして9月26日、文化庁は「あいちトリエンナーレ」への補助金を全額「不交付」と決めたのである。

 これに対しては、沈黙を守っていた知識人たちからも「検閲だ」「政治介入だ」と大きな批判が上がった。補助金カットの理由は、警備上の問題についての報告がなかったというもの。脅迫やテロ予告の報告がなかったということで、しかし、本当にそれが理由なら、いつも「テロに屈しない」と言っている政権なのに思い切り屈したことになる。その上、それで補助金カットなんて、加害者側の要求を受け入れて、脅迫された被害者を一緒になって叩くような構図ではないか。しかし、文科大臣は「内容は関係ない」の一点張り。そう言っている文科大臣自身がモリカケ問題で疑惑だらけなのだから、もう遠い目になってくる。

 一度採択された補助金がこのような形でカットされることは、あらゆる萎縮、そして「忖度」を生むだろう。政権に都合の悪いもの、望ましくない表現は一切しない、という先回りが生まれることは間違いないと思うのだ。

 10月2日、文化庁前で開催された「あいちトリエンナーレへの補助金不採択撤回! 文化庁前抗議」に参加した。

 「文化庁は表現守れ!」「政治介入絶対させるな!」「脅迫行為を追認するな」「萩生田文科相今すぐ辞めろ!」「補助金カットありえない!」「トリエンナーレに圧力かけるな!」

急遽呼びかけられた行動で、平日夜だったにもかかわらず、この日は230人が集結。文化庁前で声を上げた。

 「来年のオリンピックに、『爆破するぞ』ってFAX来たら、オリンピックやめるんですか? 税金使うのやめるんですか?」

 マイクを握った男性が言うと、あちこちから「そうだ」の声。

 また、どのような議論のプロセスで「不交付」と決まったのか、議事録の開示を求めた国会議員がマイクを握り、結局、議事録自体が「存在しなかった」ことも判明した。

 私も勧められて、マイクを握った。自然と口をついて出てきたのは、今回の補助金不交付という事態は、第二次安倍政権がこの7年かけてやってきたことの「総仕上げの始まり」ではないかということだ。

 この日、私はとんでもないことが起きたと、必ず声を上げなければと、今がこの国の大きな曲がり角ではないかという思いから文化庁前に駆けつけた。だけど、考えてみればそういう思いは第二次安倍政権以降、何度もしてきた。特定秘密保護法や安保法制や共謀罪など、「今、声を上げないと本当にヤバい」と行動してきた。

 だけど、止められなかった。止められずに、モリカケ問題の疑惑の渦中の人物が文科大臣となり、「忖度政治」という言葉が生まれ、「何をやっても無駄」とばかりに政権の「お友達」が優遇され、目障りなものは排除され、都合の悪いことはスルーされ、政権を忖度するように、選挙演説にヤジを飛ばす人も容赦なく口を封じられてきた。

 表現が、言論が、ゆっくりと封じられていくような感覚。「こんなこと書いていいのかな、なんか最近うるさいし」。みんなが少しずつ萎縮すれば、それはきっと「完成」する。物書きとなって19年。「表現者」のはしくれの一人として、自分の中にも19年前には、そして第二次安倍政権以前には微塵もなかった恐怖心が、いつからか存在する。それは、決して権力の弾圧という露骨な形など取らず、政権の意向を勝手に「忖度」した何者かによって何かがなされるかもしれないという種類の漠然とした恐怖である。

 「検閲 恐怖政治」。この日、そんなプラカードを掲げる人もいた。だけどここまで露骨なことが起きてもメディアは韓国叩きの報道ばかりで、そのこと自体が既に「完成している」気もしてくる。

 政治的な言論がすぐに「炎上」する今だからこそ、文化や芸術、文学には今まで以上に大きな役割があると思ってきた。韓国バッシングがメディアなどに溢れる一方で、『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でもベストセラーになったり、「韓国・フェミニズム・日本」を特集した『文藝2019秋季号』が異例の売れ行きを見せたりといった現実に希望を感じてきた。文学やアートにしかできないことが確実にあって、それが「最後の抜け道」になるかもしれないとも思ってた。だからこそ、補助金カットには衝撃を受けた。

10月7日、愛知県の大村知事は、中止となっていた「表現の不自由展」を8日から再開する方針を固めたと報道された。

 この原稿がアップされる頃には、既に再開されている。

 どうなるのか、見守っていきたい。


ついに氷点下の予報。

 台風はだいぶそれてくれたようで、ここはひとまず安心?
進路に重なるち地域の皆さん、くれぐれもご注意ください。
でも、とうとう氷点下の予報が出てしまいました。その後も1℃2℃、いよいよ年貢の納め時か

 

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吉野彰さん、ノーベル化学賞 おめでとうございます。

2019年10月10日 | 社会・経済

ノーベル化学賞 少年期の「なぜ」原点 教諭との出会い 科学の魅力知る

東京新聞2019年10月10日 朝

 

 

   小学四年の時、担任の女性教諭との出会いが、吉野彰さんの偉業の原点となったという。薦められた英国の科学者、ファラデーの著書「ロウソクの科学」。なぜ燃えるのか? 炎の色が異なる理由は?…。誰もが浮かぶ素朴な疑問に対して、子どもでも分かりやすく解説した内容に引きこまれた。 (安田功)

 同じ頃の遠足での出来事も忘れていない。飯ごう炊さんに必要な石を水中に入れながら運んでいると、重かった石が軽くなったことを発見。喜んで、この教諭に伝えると「これがアルキメデスの浮力の原理なんだよ」と教えてくれた。教諭は大学時代に化学を専攻していたといい、「身の回りにある現象を通じ、化学の面白さを教えてくれた」と感謝する。

 四人きょうだいの三番目として、大阪府吹田市に生まれた。今は大規模なニュータウンとなったが、少年時代は池や竹やぶなど手付かずの自然が残されており、毎日のように昆虫を追い掛けた。互いに接近しあうトンボの習性を利用し、最初に捕まえた一匹を棒に結びつけたひもでくくり、別の個体を呼び寄せる工夫を凝らした。

 理科だけでなく、若い頃から考古学や地理への関心も高かった。今でも羽田-伊丹間の飛行機に乗る際は窓側の席を予約し、眼下に広がる奈良盆地の地形や古墳群に目を凝らす。「邪馬台国(やまたいこく)や卑弥呼(ひみこ)とか、詳しく分かっていない歴史は面白い」

 昨年四月から名城大(名古屋市)で週一回の講義を受け持つため、頻繁に名古屋入りする生活となった。ただ「なごやめしは苦手。酒のつまみに『世界の山ちゃん』の手羽先くらいかな」と苦笑する。

 カラオケ好きで、松任谷由実さんの「ルージュの伝言」や中島みゆきさんの「悪女」などを歌う。「シンガー・ソングライターは、まず独創性が必要で、それがヒットし、広く世間の人に共感してもらう才能がいる。研究開発とまったく同じ。研究者でなかったら、なってみたかったかな」

◆「壁にぶつかれ」学生に説く

 吉野彰さんが教授を務める名城大天白キャンパス(名古屋市)でも学生が快挙を祝福した。

 週一回の講義に出席する学生は十五人ほど。「好奇心が旺盛」と評される吉野さんは議論を好み、学生の意見に熱心に耳を傾けるという。口癖は「常にニーズ(需要)とシーズ(技術)を意識しろ」。未来に必要な技術を見据えて研究を進める必要性を説く。

 講義を受けている理工学研究科一年の林拓未さん(22)は自動運転を研究しており、「IT革命を支えた吉野先生のように、自分も社会を便利にする研究に励みたい」と意気込んだ。

 同じく受講生の岩月駿弥さん(22)は、「壁をありがたく思え」という吉野さんの教えが印象強いという。リチウムイオン電池の電極の材料を見つけるまで苦労した経験を明かした際に「壁にぶち当たることで、新しいことは生まれる」と話してくれたという。


アロニア

今日、すべて収穫。

屋根からの眺め

ペンキ塗り再開
 前の急斜面はほとんどゴミもなかったのですが、暖斜面ですので結構ゴミが多く、取り除くのに結構な時間がかかりました。1/3のところでペンキ切れ。購入してこなければ・・・

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入管施設 ハンスト男性が「飢餓死」

2019年10月09日 | 事件

 「しんぶん赤旗」 2019108

 出入国管理庁は、今年6月に長崎県大村市にある大村入国管理センター(大村センター)で亡くなった収容者に関する調査報告書を発表しました(1日)。死因は、長期収容に抗議するハンガーストライキを行ったことによる「飢餓死」と明記されています。長期収容の問題に取り組んでいる市民有志「#FREE USHIKU」は緊急声明を発表(3日)し、「入管行政を直ちに変えるべき」と訴えています。

 死亡したのは、ナイジェリア国籍をもつ40代の男性。支援者らによるとサニーさんと呼ばれていたといいます。2000年に日本に入国。窃盗罪などで実刑判決を受け、仮釈放になった15年から大阪入国管理局(当時)に収容され、16年から大村センターに移されていました。

 入管職員が、男性が食事をしていないことを把握したのは5月30日。報告書によると、男性は「約10年間自由がありません。仮放免でも強制送還でもいいので、ここから出してください」とのべたといいます。その後も食事を拒否し、6月24日に死亡が確認。60・45キロだった体重は、司法解剖時には46・6キロでした。

 法務省は、大村センターの対応について「本人が治療を拒んだことにより、十分な治療の実施に至らなかった」としてやむを得えないとしています。送還や仮放免を求めていたにもかかわらず実施しなかったことについては、「他の被収容者の拒食を誘発するおそれがある」として、職権で行うべきではなかったとしています。

無期限収容のあり方改めよ 市民団体

 「#FREE USHIKU」の緊急声明は、長期収容という入管の対応が男性を死に追いやったと指摘。「私たち日本社会に住む者は今回、『入管庁はなぜ治療しなかったのか』を問う以上に、『なぜ収容し続けたのか』と問うべきである」とのべています。

 医療環境の改善なども必須であるとした上で、無期限収容のあり方そのものを改めるべきだと強調し、「別の制度は、可能である。私たちは入管行政を直ちに変えるべきである」と呼びかけています。


7日午後から降り始めた雨、今日昼までの雨量です。

霜注意報が出たようで、まだ枯れていない豆を収穫。

イチゴ(四季なり)、誰かにかじられている。

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独居高齢者 10年で生活保護1.7倍

2019年10月08日 | 社会・経済

  しんぶん赤旗 2019年10月08日

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik19/2019-10-08/2019100801_02_1.html

年金水準の底上げ急務

 生活保護を利用する1人暮らしの高齢者世帯が増え続け、10年間で1・7倍、全利用世帯の半数に達しました。1人暮らしの高齢者世帯には、無年金や低年金の世帯が多い現状があります。安倍政権が進める年金水準の削減や医療・介護の自己負担増をこのまま許せば、1人暮らしの高齢者世帯を中心に生活保護利用世帯の増加に拍車がかかることになりかねません。

全世帯の半数

図

 厚生労働省の調査によると、今年7月に生活保護を利用した世帯は約162万9千世帯で、約89万7千世帯が高齢者世帯でした。その9割にあたる約82万世帯が1人暮らしの高齢者世帯で、全利用世帯の半数を占めました。

 生活保護を利用する1人暮らしの高齢者世帯は年々増加。2018年度は月平均80万4873世帯で、10年前(08年度・46万8390世帯)の1・7倍となりました。同じ期間の他の利用世帯は1・3倍増ですから、1人暮らしの高齢者世帯での増加はきわだっています。(グラフ)

 1人暮らしの高齢者世帯で生活保護利用が増え続けている背景には、同世帯に無年金と低年金の世帯が多いことがあります。

目立つ無年金

 18年国民生活基礎調査で、「65歳以上の者のいる世帯」で、世帯類型別に「公的年金・恩給受給者のいない世帯」の割合をみると、夫婦のみ世帯では1・6%(12万5千世帯)でした。ところが、男性の1人暮らし世帯では8・7%(19万4千世帯)、女性の1人暮らし世帯では3・6%(16万5千世帯)でした。このなかには、働くなどして収入を得ている世帯も含まれていますが、1人暮らしの高齢者世帯で無年金の世帯が多いことがわかります。

 また、17年老齢年金受給者実態調査をもとに、老齢年金を受給する1人暮らし世帯の家計の状況をみると、平均年収は約204万円で公的年金(年平均約145万円)が7割を占めています。また、4割近い世帯が年収150万円未満という状況です。

 現在、1人暮らしの高齢者世帯は683万世帯(18年)ですが、国立社会保障・人口問題研究所は、40年には896万3千世帯に達すると推計しています。生活保護を利用する1人暮らしの高齢者世帯の増加に歯止めをかけるためにも、無年金の解消と年金水準の底上げなど“減らない年金”“暮らせる年金”の実現が急務となっています。

背景に現役時代の不安定な働き方

 生活保護の利用が急増する1人暮らしの高齢者世帯で、無年金や低年金の世帯が多いのは、現役時代に、低賃金や低収入で不安定な働き方を強いられた人たちが多いためです。

 たとえば、自営業やパート勤務などで働き、厚生年金保険に加入できず、国民年金(満額でも年金額は月6万5千円)にしか加入できなかった人たちや、厚生年金保険に加入できたものの、低賃金や短い雇用期間だったために年金額が低額になっている人たちなどです。

 1人暮らしの高齢者世帯の割合(独居率)について、国立社会保障・人口問題研究所は、今後も増加すると推計しています。さらに、65歳以上の結婚していない人の割合(未婚率)も男性を中心に急増するとしています。(グラフ)

最賃上げこそ

 最低賃金の大幅引き上げや正社員化などで現役時代の賃金や収入を増やすことは、無年金や低年金の世帯の拡大に歯止めをかけるうえで重要です。

 安倍政権は「全世代型社会保障改革を進める」として、▽国民(基礎)年金部分の給付水準3割削減▽介護保険サービス利用時の2~3割自己負担(原則1割)の対象拡大▽75歳以上の医療費窓口負担(原則1割)の原則2割への引き上げ―など年金給付を切り下げ、医療・介護の自己負担をいっそう重くする「改革」を推し進めています。

 「全世代型社会保障改革」が、1人暮らし高齢者世帯の生活困窮化をさらにすすめることは明らかです。

 消費税10%の増税は、全世代に重い負担を強いるもので、暮らしのゆとりを奪うものです。

世論と運動を

 いま求められているのは、国に対して、▽消費税を5%に引き下げて長期にわたる経済低迷を打開すること▽年金水準の削減を中止して、無年金者をなくし、年金水準を底上げする公的年金の改革を進めること▽現役時代の賃金や収入など国民の所得を増やす経済政策に転換すること▽大企業と富裕層に応分の負担を求めることを中心にすえた税財政改革を進め、それを消費税減税と年金など社会保障充実の財源に充てること―を迫る世論と運動です。(村崎直人)

 


 昨日、書き忘れたが、とうとう雪虫が飛び始めた。

 


 

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ゲノム編集食品 選ぶ権利を奪うのか

2019年10月07日 | 野菜・花・植物

  東京新聞社説 2019年10月7日

 ゲノム編集食品解禁。人の手でさまざまな特徴を付与された野菜や魚が、食卓に並ぶことになる。だが、ゲノム編集であることを表示する義務がないのは不可解だ。消費者には「選ぶ権利」がある。

 ゲノム編集とは、生命の設計図といわれる遺伝子を、より正確に切ってつないで、生き物に新たな形や性質を人工的に与える技術である。遺伝子組み換えの進化形と言えるだろう。

 肉厚のマダイや血圧を下げる成分を多く含んだトマト、アレルギー物質の少ない卵…。さまざまなゲノム編集食品が、日本のスーパーなどにも順次、お目見えすることになる。

 消費者としてはいずれも魅力的だが、店頭に並ぶに際して気がかりなことが二つある。

 第一に、国による安全性の審査がない。

 従来型の遺伝子組み換え作物(GMO)は、食品会社が毒性や発がん性の有無などのデータを国の食品安全委員会に提出し、厳格な審査を受けることになっている。ところがゲノム編集食品の場合には、他の生物から新たな遺伝子を組み込まず、自前の遺伝子を切り張りするだけならば、届け出だけで、審査は必要ないとした。

 それ以上に不可解なのは、ゲノム編集食品であることの表示を義務付けないという、消費者庁の判断だ。遺伝子の切り張りは、交配による品種改良と同じメカニズムなので自然のものと見分けがつかず、表示義務違反があっても摘発が難しいからだという。摘発が難しいから義務付けない-。それでは本末転倒ではないか。

 狙った遺伝子を切り取る精度は格段に進化した。しかし「オフターゲット(切り間違い)のリスクはゼロではない」と、専門家も指摘する。将来世代に影響が表れないという保証はない。口にするのを不安に思う消費者が、少なくないのも当然だ。

 欧州連合(EU)は、GMOと同等に扱い、当局が検査し、流通記録を保管、販売時に表示する義務を課す。米国でも表示義務はないものの、消費者団体が流通経路をさかのぼり、バイオ企業の特許を調べ、独自の表示をしようと試みている。わが国でも何らかの対応ができないか。知恵を絞ってほしい。

 何もせず非表示では不安をあおる。生産者も販売者に表示を促すべきだ。それでこそゲノム編集のメリットをアピールできる。「選択」は消費行動の基本である。


「命」をこのように変えてもいいものか・・・・・

落葉キノコ

デカ

ヤナギタケ。手が届かず断念。

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香港―「緊急法」→「覆面禁止法」

2019年10月06日 | 社会・経済

「緊急法」とは? “緊急事態“に政府が議会無視で法案施行が可能に 香港返還後で初の発動

「覆面禁止法」がまずは議会の承認を経ずに施行。民主派は「政府のやりたい放題になる」と警鐘を鳴らしている。

ハフポスWORLD 2019年10月05日  高橋史弥(たかはし・ふみや)

   2019年10月4日、香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が「緊急法」を発動した。これにより、翌5日から政府への抗議デモで、参加者が顔を隠すために着用しているマスクを禁じる「覆面禁止法」が施行された。

   緊急法の発動の翌日には、政府の思い通りの法案が施行される。この緊急法とは一体どういうものか。それによって成立した「覆面禁止法」とは。解説する。

(写真省略)

■返還後、初

  「緊急法」の正式名称は「緊急状況規則条例」。詳しい内容が電子版香港法例にある。それによると、行政長官と行政会議(日本の閣議に相当)が「緊急的な状況、および公共の安全に危害がある」と判断した場合発動できる。

   発動されると、行政長官に権限が集中され、「公衆の利益に合致する」範囲ならば、いかなる規則も制定可能になる。通常必要な立法会(日本の国会に相当)の承認は経ずに制定・施行できる。

   発動されるのは1967年の英国植民地時代以来、約50年ぶり。1997年の中国返還以降では初となる。民主的な普通選挙などを求めるデモに対し、民主主義的なプロセスを無視して対抗する形となり、デモ参加者や民主派からの反発は必至だ。

「緊急法」の持つ力は強い。条例によれば、出版物や市民の交通・通信、それに写真などに対し検査を実施し、制限を加えることができるほか、財産没収なども想定される。

■覆面禁止法とは

   この緊急法の元で10月5日から施行されたのが「覆面禁止法」だ。その内容を政府資料から読み解こう。

まず、適用されるのは「非合法な集会」や「政府の許可を経ていない集会」などだ。ここで「身分の識別を妨げるため顔を覆うものを着用」した場合対象となる。罰則は、最高2万5000香港ドルの罰金とおよび1年以内の禁固刑。

宗教や健康上の理由などで着用していた場合は、罪に問われることはない。

なぜ政府はこの法律の施行に踏み切ったのか。政府の広報文に林鄭行政長官の説明がある。

林鄭行政長官は、施行の背景として、デモ参加者による「暴力」がここ数ヶ月エスカレートし、更に多くの学生が参加していることを「非常に危険なサインだ」とした。

その上で、デモ参加者のほとんどがマスクで身分を分からないようにし、刑事責任を逃れようとしていると指摘。現行の規則では十分に対応しきれなかったと釈明している。

■反発必至

   デモ参加者や民主派たちからはすでに多くの反対の声が上がっている。

民主派団体・デモシストのメンバーで、日本語を使って情報発信を続けている周庭(アグネス・チョウ)氏は「政府のやりたい放題になる」と警鐘を鳴らしている。

   そもそも、林鄭行政長官は、デモの火種となった「逃亡犯条例」改正案の撤回を発表した際、自ら、市民と積極的に対話する方針を示していた。

しかし、警官がデモに参加していた高校生の胸めがけて発砲するなど、参加者に向けた実弾の使用が続く。緊急法の発動も加わり、反政府ムードが高まるのは必至だ。

 周庭 Agnes Chow Ting

只今、香港政府が緊急法を引用して覆面禁止法を成立させました。こんなバカバカしい法律を実施したら、市民の怒りは上がるしかないです。

でも、一番大きな問題点は緊急法です。緊急法を通して、政府は立法会を回避して直接法律成立することができます。いわゆる、政府のやりたい放題になります→

0:27 - 2019年10月4日

周庭 Agnes Chow Ting

  緊急法を使って、覆面禁止法だけではなく、政府は多くの制限や弾圧を加えることができます。例えば、インターネット、出版物や交通に制限を加えたり、財産を没収したり、住宅に入って検査したり、人を国外追放したりすることができます。

香港に住むのは怖い、と初めて感じられました。でも負けません


今朝の最低気温

ハウス内の温度計で2.2℃でした。
明日からはまた少し上がるようです。

栗も食べきれません。

何の実かな。

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「食品ロス」削減へ

2019年10月05日 | 社会・経済

「食品ロス」削減へ弾み 推進法あす施行

東京新聞 2019年9月30日 夕刊

 

 食べ物が無駄に捨てられてしまう「食品ロス」を減らすため、食品ロス削減推進法が十月一日に施行される。国は「国民運動」と位置付けて本年度中に基本方針をまとめ、自治体は削減に向けた推進計画を作る。先進的な活動をしている自治体や団体は「弾みがつく」と歓迎。一方、違反に対する罰則がない点について「海外並みに強制力を持たせるべきだ」という指摘もある。

 長野県松本市は二〇一一年、「30・10(さんまる・いちまる)運動」を提唱した。宴会で乾杯後三十分間と、締める前の十分間は自席につき、食事に専念する。食べ残しを減らす効果がある。

 市内百五十九の飲食店が「推進店」と認定され、市は広報誌で紹介している。市の担当者は「各店から『片付けが楽になった』という評判も耳にする」と話す。同様の取り組みは全国に広がった。

 京都市では、飲食店に対し「食べ物を持ち帰りたい」という客の要望に応えることを条例で定めている。

 企業や家庭などから食べ物の寄付を受け、困窮した世帯や施設に提供する「フードバンク」も活発だ。山梨県のNPO法人「フードバンク山梨」は、県内の母子家庭や児童養護施設など希望する人に月数回、段ボール箱詰めの食品を送っている。

 難点は、活動資金が寄付金頼みでボランティアの協力も欠かせないこと。同法人の米山けい子理事長(66)は、推進法にフードバンク支援が盛り込まれた点を評価。「法律に明記されたことは画期的。手弁当の団体が多く、活動の後押しになるはずだ」と期待する。

 食品ロス問題に詳しいフリージャーナリストの井出留美さんは、法施行を「国民が問題の深刻さを知る機会となった」と評価する一方、「他国に比べれば、はるかに遅れている」と指摘する。

 フランスでは、大型スーパーが売れ残った食品を原則廃棄してはならないと定めた法律が一六年に制定された。違反すれば罰金が科される。フードバンクが盛んな米国では、寄付された食品に問題が生じても、故意や重大な過失がなければ寄付した人に責任を問わない。多くの寄付を促す効果があるという。

 井出さんは、コンビニや大手スーパーなどでの過剰な生産と流通も問題視する。「食品の再利用のリユースだけでなく、過剰生産を減らすリデュースが大前提。企業に法的責任を課すべきだ」と強調する。


 湧き水を汲みに行ってきた。珈琲を控えめにして、天然水を・・・

 この石段の右側に石像があるが、その下の手前に湧き水が出ている。4㍑ぺットボトルに6本持ち帰った。


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雨宮処凛がゆく! 第497回:消費税増税に、人参の皮では勝てない理由。の巻

2019年10月04日 | 社会・経済
  マガジン9 2019年10月2日 

「首相官邸に人参の皮を大量に送りつけたい」

 9月23日、新宿で開催されたデモの参加者が掲げるプラカードには、そんな言葉が躍っていた。

 日本経済新聞電子版に掲載された「ニンジンの皮もおいしく!増税に勝つ食べきり術」という記事に対するレスポンスだろう。

 この日開催されたのは、「STOP消費税 暮らしを守る緊急デモ」。約1週間後に迫る10%への消費増税に「待った」を突きつけるデモだ。

 そうしてこの原稿が更新される頃、すでに消費税は10%に上がっている。

8%から10%への増税。あなたはどう受け止めているだろうか?

 「いや、でも日本は財源ないっていうし、必要じゃない?」とか言う人が周りに一人くらいいるかと思ったが、残念ながら今回の増税を受け、私はただの一人からもそんな言葉を聞いていない。「もう、ムリ」「もっと消費したい」「台風被害者への追い打ちやめろ」。この日のデモでもそんなプラカードがあったが、デモに参加したことのない友人知人からも、「ほんとムリ」「やめてほしい」という声ばかりを聞く。

 「まだ8%になった現実にも慣れてなくて、服とか買うと8%の消費税がデカすぎて毎回びっくりするのに、また上がるなんて!」

 友人たちと集まれば、そんな話になることも多い。

 デモでは、増税に反対する様々な声も紹介された。親が入っている介護施設の利用料も上がるという声。下請けや中小企業の利益は増えていないのに増税されるなんて、という声。年金額は変わらず、物価は上がる一方で貯金もできないのに、という声。本来使うべき福祉や教育に使われていないから増税に反対、という声。

 貧困問題を取材する私にとっても、今回の増税はリアルに命にかかわると思っている。

 特に生活保護世帯は、2013年からの度重なる生活保護基準引き下げに苦しめられてきた。そのたびに食費を削り、猛暑の夏でも節約のためにエアコンを極力使わないなどして、文字通り命と健康を犠牲にするようにして耐えてきた。

「もうこれ以上なにを削ればいいの?」

 引き下げのたびに耳にしてきた言葉だが、「今回はトドメって感じがする」という声を聞く。そして、「国から死ねって言われてる気がする」とも。

 さて、そんな消費税が1989年に導入されてから、今年で30年。

 社会保障のためにと導入され、それからどんどん税率が上がっていった消費税だが、この30年間で「あぁ、消費税払ってるおかげで社会保障が充実していろんな恩恵があって、こりゃ老後も安心だなー」と思っている人はこの国に存在するだろうか?

 残念ながら、私は出会ったことがない。その理由は簡単で、89年から14年までの消費税税収は282兆円なのに対し、同じ89年から14年までの間、法人税収は255兆円も減っているからである。大企業減税の穴埋めに使われているのである。

 14年、消費税は5%から8%に上がった。この時も「増税分は全額社会保障の充実に使う」と言っていたものの、蓋を開けてみれば社会保障に使われたのは16%。あとの82%は闇の中。それが我が国の消費税である。社会保障が充実した実感がないのも、安心感が得られないのも当たり前だ。それどころか、今年6月には「老後2000万円問題」が浮上したことは記憶に新しい。

 最近、ある勉強会で都留文科大学名誉教授・後藤道夫さんの話を聞き、衝撃的なデータを知った。それは1997年と2015年を比較して、子育て世帯の年収が97万円も下がっているというデータだ(児童のいる世帯 所得関連諸指標の推移「国民生活基礎調査」所得票調査より)。

 95年と15年の「40代男性」を比較したデータにも驚いた。

 95年は結婚していて子どもがいる40代男性は70.7%なのに、15年は51.1%。実に約20ポイントも減っているのだ。

 一方で、「口座を保有しているが、現在、残高がない」世帯も増えている。

 18年の「家計の金融行動に関する世論調査」によると、20代で残高がないのは21.8%、30代で35.3%、40代で34.0%、50代で38.5%。60代で21.9%。すべて単身世帯だ。

 また、金融資産を保有していないのは、20代は45.4%、30代は39.7%、40代は42.6%、50代で39.5%、60代で26.7%。こちらも単身世帯だ。このような残高ゼロ、貯蓄ゼロの層は第二次安倍政権以前と比較して増え続けている(18年から調査のやり方が変わったので単純比較できなくなったのが残念なところだが)。

 安倍政権は有効求人倍率の高さを自慢しているが、その求人内容を見ると、月収10万円台が6割を占めているという現実がある。今年4月、改正入管法が施行され、国は外国人労働者の本格的な受け入れに舵を切ったわけだが、このような現実を見るにつけ、日本社会は10万円台の給料で文句も言わず働く労働力だけが欲しいんだな、と遠い目になってくる。

 ちなみに国税庁によると、18年の非正規雇用の平均年収は179万円。非正規男性は236万円、非正規女性は154万円。非正規女性は月収にすると12万8000円だ。年収数億円の人と、月13万円以下の人が同じ税率で消費税を払うのである。そして問題なのは、今、非正規雇用率は4割に迫るということだ。

 そんなことを思うと、今年の夏に報道されたある事件を思い出す。

 それは、92歳の母親の遺体を車の中に放置したとして、50代の娘が逮捕された事件。

 驚いたのは、逮捕された女性が、92歳の母親と27歳の長男と3人で、1年間も軽自動車で車上生活を続けていたということである。いわば、3世代のホームレス。数日前に亡くなった母の遺体をそのまま車に放置していたことについて、娘は「会えなくなってしまうと思った」と供述しているそうだ。

 貧困率が15.6%ということは、貧困状態の人は約2000万人いるということである。その中には、いつ車上生活や路上生活になってもおかしくない人も相当数、含まれている。

 そんな層にまで、10%の消費税がかかる。

 納得できないのは、増税を決めたのは、決して人参の皮まで食べきる必要がなく、それどころか、家計を気にしながら日々スーパーで買い物をするという経験をおそらく一度もしたことがない人たちだということだ。




今日は一日雨。畑にも出ず「お勉強」。

そんなわけで、昨日はジャガイモ堀に専念。

キタアカリ。

メークイン。

1品種コナフブキ(お好み焼き用に)だけ残ってしまいました。

サンショウオでしょうか?

 ところで、今年は超大きなカエルに遭遇しました。嫌いな人もいるので写真は載せませんが。今までこんな大きなのは見たことがありません。両手を合わせたぐらいです。「ヒキガエル」なんでしょうか?北海道は分布域に入っていないのですから、温暖化のせいなのでしょう。

 それから久しぶりに家の裏へ。

落葉キノコです。いいのが出ていました。

こちら、江部乙の栗の木です。

まるで巨大盆栽のよう

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