里の家ファーム

すべて無農薬・無化学肥料、不耕起栽培の甘いミニトマトがメインです。完熟したミニトマトから作る無添加ジュースは逸品です。

校則がない!?

2019年08月22日 | 教育

校則がないからこそ、教師と生徒は対等に話し合うことができる――西郷孝彦校長インタビュー――

世田谷区立桜丘中学校には、チャイムも制服もない

  文春オンライン   渋井 哲也

    2019年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5,いいね!部門の第2位(初公開日 2019年6月7日)。

*  *  *

 世田谷区桜丘中学校。私鉄の駅から徒歩10分ほどの住宅街にある。職員室前の廊下には机と椅子がフリースペースとして置かれ、Wi-fiも完備されている。授業時間だったが、インターネットに接続しながら、話をしたり、自分のペースで勉強をする生徒もいた。校長室でも、塾の宿題をしている生徒が校長と談笑する姿が見られた。

この学校はチャイムが鳴らない。そして何より、校則がない。

 生徒手帳には「礼儀を大切にする」「出会いを大切にする」「自分を大切にする」が「心得」として掲げられ、また、子どもの権利条約の一部が示されている。なぜ、こうした学校運営が可能なのか。西郷孝彦校長(64)に話を聞いた。

◆◆◆

「心得」の3つですべてが指導できます

――生徒手帳には「桜丘中学校の心得」が3つだけ書かれていますが、以前は校則があったのでしょうか?

西郷 以前の生徒手帳には、校則が20ページほど書かれていました。例えば、「他のクラスの教室に入ってはいけない」とか、「上級生は下級生と話してはいけない」とか。下着の色を決めている学校だってありますよね。以前の勤務校では、こうした細々とした校則がありました。

 校則のことを考え始めたのは、この桜丘中学校に赴任してから、ここ4、5年のことですね。当初は、校内がいわゆる「荒れた」状態にありました。見直すことになったときに、本当はいらなかったのですが、何もないと不安に思う人もいる。校則は最終的には校長判断ですが、「3つくらいにしよう」と提案したときに、生活指導主任が原案を作ってくれました。この3つですべてが指導できます。先生方はこれをよりどころに指導します。

この学校では制服も自由です。(身体的な性と、自認する性が違う)トランスジェンダーの生徒もそれで救われると思います。

――生徒手帳に子どもの権利条約が記されていますが、珍しいですね。

西郷 日本は法治国家です。この学校に校則はないですが、日本の法律には縛られています。例えば、校内でも他人のものを勝手に自分のものにすれば、窃盗罪ですよね。誰かを傷つければ傷害罪です。よく「学校の中は治外法権だ」とか、「学校だから許される」と言われますが、それはやめようと。社会と同じ規則で学校も回っています。

 日本は子どもの権利条約に批准しています。だから、法律と同じ。そう子どもに教えないといけませんし、先生も守る必要があります。権利条約に掲げられた権利を知ることで、大切にされていることがわかり、子どもは自己肯定感が得られます。

大人でもさまざまな考えがある

――校則はそのままで、運用面で改善する方法もあったと思いますが、どうして校則をなくす方向になったのでしょうか。

西郷 先生方って、校則があると、話し合いにならないんです。「校則があるからダメ」「守るか、守らないか」になってしまいます。

例えば、「靴下は白」と規定があったから、理由を考えずに「校則にあるから」と、そこで指導は終わってしまいます。一方、生徒に聞かれた時に「汚れたときにわかりやすいから」と説明すれば、そこから話し合いが始まります。結果、合理的な話し合いを重ねることで信頼関係ができてきます。

 スカート丈についても、ルールがなければ、「短すぎるんじゃないか?」「寒くないか?」などと先生たちが言ってくれます。いろんな考えがあります。大人でもさまざまな考えがある中で、生徒は自分で選択していきます。

 そもそも、校則をがんばってなくそうと思ったのは、不登校の子どもたち、発達障害の子どもたちがいたからです。厳しく指導すると、学校に来なくなります。でも、そうした子だけに「特例」を許すと、他の生徒が「なんで、あの子だけ?」と不満を言います。だったら、校則でしばりつけることはやめようと。

 その頃、別の問題が起きました。文字が読めず、板書が取れず、教科書が読めない生徒がいたのです。そのため、タブレットを利用可能にしました。音声読み上げソフトで教科書の内容を聞き、板書は写真で撮りました。試しに、その生徒がいるクラスだけタブレットを持ち込み自由にしました。最初は2、3人が持ってきましたが、重いし、管理が大変なので、必要のない子は持ってこなくなりました。このやり方を全体に広げたのです。

校則でしばることが染み付いている

――先生を育てることになりますね。

西郷 そうです。ただ、校則が厳しい他の学校から転勤してきた先生は慣れるのが難しいんです。うちの学校は私服ですが、そうした先生は、私服の生徒を見て「私、無理です」と、1日中イライラしていました(笑)。何か注意した時に、うちの生徒が「どうしてですか?」と返すことも、先生によっては「生意気だ」と映ってしまいます。

校則でしばることが染み付いていますからね。上から目線での威圧感がある先生には、「生徒とは対等に話し合いましょう」「馬鹿にするような話し方はやめてほしい」と伝えています。校則がないということは、正解がないということです。

 採用も、できるだけ新規教員をお願いしています。そして、若い先生にはどんどん外へ行って、失敗してもいいから勉強してもらいたいです。最初の10年で勉強しないと、知識もスキルも落ちていくだけです。僕も含めて、能力主義なんです。3年目で完全に一人前になるように育てています。

――保護者側からは意見があると思うのですが……。

西郷 いっぺんに校則をなくしたわけではありません。例えば、靴下の色、セーターの色を自由にしていき、夏は半ズボンでもよいということにしていきました。そして、生徒会がカジュアルデーを設けました。土曜日は私服と決めたのです。

小学校だって、私服じゃないですか。徐々に慣れていき、「別にかまわない」という感じになっていきました。違和感がなくなったのです。

 ですので、私は、逆に制服のある学校へ行くと違和感を抱きます。同じ制服を着させて、どうやって生徒を区別しているのか。わからないじゃん、と(笑)。

SNSのトラブルは減りました

――携帯電話やスマホ、SNSに関するルールは?

西郷 保護者からは「スマホを禁止して」という声はありません。「スマホを買ってほしいと言われて困る」という声はありますが(笑)。以前は、LINEのグループを作ることは禁止になっていました。それは悪口を書いたり、グループでハブにしたりすることがあったからです。でも、禁止してもみんなやりますからね。LINEの人に「出張授業」にきてもらい、SNSの使い方について話してもらいました。

 今でも、許可なく写真をアップしたというくらいのトラブルはあります。しかし、理由はわかりませんが、SNSのトラブルは減りました。これまでは悪いことをすると学校の先生に叱られるという発想でしたが、今は、社会から叱られるということがわかってきました。校内の問題ではすまされない。それで慎重になっているのかもしれません。

――生徒会との関係はどうでしょうか。

西郷 普通、生徒総会は何も面白くない。つまらないじゃないですか。そこで何を言っても、最終的に先生が決めるのなら、総会で意見が出るはずもありません。だから、「ここで決まったことは実現するよ」と言ったんです。最低でも、決まったことを先生が実現する努力を見せる。すると、どんどん意見が出て盛り上がります。僕の考えと同じことを言う生徒がいると「シメた!」と思うんですよ(笑)。

 最近実現したことは、校庭に芝生を植えたこと。ただ、野球やサッカーもしますし、植えたのは一部にしました。また、定期テストをなくしました。

うちの学校で学力が落ちたら……

――定期テストをなくして、評価はどうやっているのですか?

西郷 9教科100点満点のテスト勉強は、なかなか一度にできません。でも、「10点満点」のテストならば、前の日に家で勉強すればできます。中間や期末テストをまとめてやるのではなく、こまめに小テストをやっていくことにしたのです。生徒の提案に対して、先生たちは反対すると思っていました。ところが、先生方が、定期テストではない方法を調べてきました。僕以上のことを先生方は考えていたんです。

うちの学校で学力が落ちたら、日本にとってのチャレンジは終わります。校則をなくしたら学力は落ちる、という結論になってしまう。だから先生方も、学力向上には力を入れようと思っています。

 実際、学力はかなり上がっていますが、成績のいい子は、偏差値の高い進学校よりも、自由な校風の青山高校だったり、やりたい部活動で高校を選んだりすることが多いですね。だから、親御さんはどう思っているのか……(笑)。ただ、そうやって自分で考えることが重要ですし、そういう自由な環境からじゃなければ、日本のスティーブ・ジョブズは生まれてこないと思いますよ。

今後、改善したいのは授業の質です

――部活動のあり方はどうでしょうか?

西郷 水曜日と日曜日の公式練習は禁止しています。そして、週10時間と決めて、平日は2時間、土曜日は3時間にしています。それ以外に自主練はありますが、強制は禁止しています。そうすることで自主的な意識が芽生えます。自主練に教師は立ち合いませんが、コーチか保護者が付いているようにします。

 部活の顧問をやりたくて教師になった人もいます。そんな人は、土日も部活をやりたい。しかし、そうでない人からは「ブラック部活」と呼ばれるほどです。いまは教師のなり手がいない時代ですからね。少しでも働きやすい職場にしなければいけません。また、教師にも休養が必要です。飲みに行ったり、趣味に時間を費やすことが一人の人間として必要なのです。

――今後の学校運営の課題は?

西郷 改善したいのは授業の質です。一斉に知識を注入する授業は、もういいでしょ? 人間は知識ではAIにかないません。創造性を教えていかないと、学校だけでなく、日本が潰れてしまいます。だから、受験用の授業と、創造性を育てる授業を分けたいです。ただ、国が変わらないとなかなかできません。そのため、受験用の授業も必要悪でやっていますが、チャレンジをしていきたいです。

 この学校の校長も今年で10年になりましたが、長期間務めたからこそ、できたという部分もあります。でも、それも今年度で終わりです。その後は、何も考えていません。

写真は省略しました。〉


今日、トウキビの新たな被害はありませんでした。

梅の花

雨がなく、すっかり葉を落とした梅。ようやく新たな芽が出はじめ、花まで咲いてきました。

 明日は一日中雨の予報。


コメント

ハゲタカに食いものにされる日本の教育現場――内田樹×堤未果

2019年07月21日 | 教育

日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡される“ハゲタカ”問題を考える(2)教育現場編

  内田 樹  堤 未果

文春オンライン20197.20

   教職員の長時間労働がブラック過ぎると話題になっている。過労死ラインの週20時間以上残業をしている教員は中学校で57.7%、小学校で33.5%(「教員勤務実態調査」2017)との統計もあるなか、現場を疲弊させる諸政策が打ち出されてきたのはなぜなのだろう。ビジネス化が進みすぎた教育制度にたいして、アメリカの教師たちが起こした100万人デモとは? 学生が食いものにされる実態と再建の道筋を探る。

 

◆◆◆

最低の教育コスト×最低の学習努力

 内田 新自由主義の潮流のなかで、教育分野もまた「ハゲタカ」の餌食になりつつありますね。2004年に株式会社立大学という制度が導入されました。ビジネスマンたちが「大学の教師というのは世間のことを何も知らない。だから、無用のことばかり教えて教育資源を無駄にしている。われわれのような世知に長けた実務家が大学で教えれば、即戦力となる優秀なビジネスマンを育てることができる」と言い出して、特区にいくつか大学を作った。それから15年経ちましたが、いまも残ってるのは二つくらいじゃないですか。あとはほとんどが潰れた。そりゃそうだと思いますよ。ビジネスマンが大学作るとまっさきにするのが人件費コストと教育コストの削減だからです。

  彼らはまずいかにして教育コストを減らすかを考える。言い換えれば、「どうやって教育しないで済ませるか」を考える。ビルの貸し会議室で授業をやったり、教員を雇わず、職員に授業をさせたり、ビデオを見せて授業の代わりにしたりした。学生たちを集めるときも、「最小の学習努力で、単位や学位が得られます」という売り込み方をした。ある株式会社立大学は「一度も学校に来なくても卒業できます」というのが売りでした。

  学習努力が貨幣、学位記が商品だというふうに考えて、それを売り買いするというスキームで考えると、「最低の教育コストで大学を経営しようとする人」と「最低の学習努力で大学を出ようと思った人」が出会えば、そこに「欲望の二重の一致」が成立する。と思いきや、これらの大学はばたばたと倒産した。教育の本質がわかっていない人たちが教育事業に手を出すと必ずこういうことになります。

 構造改革特区法ですね。この法改正は学校を作れるのが「国と地方公共団体と学校法人」という部分に「株式会社」を加えましたが、そもそもの「法の精神」部分についてきちんとした審議がされませんでした。例えば私学には自主性とともに公共性の担保が求められますが、株式会社立という新しい存在はそこについてどう整合性をつけるのか。国家にとってとても重要なこの部分が、置き去りにされてしまったのです。官邸と財界主導で進める構造改革特区の目的は民間活力を使った経済活性化ですから、「既存のルールが経済活動の障害になっている」という事ばかりに焦点があてられる。少子化と過疎化で苦しむ自治体側は、どうしても「収入増・雇用増」が第一の目的になってしまう。でも教育でも医療でも第一次産業や公共インフラでも、最も大事なのはむしろそうした経済的側面以外、元々の法律が守ろうとしていた根幹部分の方なのです。そこが疎かにされてしまっているのが、構造改革特区の最大の問題ですね。

 株式会社立大学でもその副作用が吹き出していたのではないでしょうか。結局教育の質は問わず、頭数だけ欲しいってことですよね。

 

「授業料は取るが、できるだけ教育活動はしない」学校

内田 そうです。東京福祉大学が中国人の留学生を集めて、学生たちが行方不明になったことがニュースになっていましたけれど、この大学も「授業料は取るが、できるだけ教育活動はしない」ことで商売をしていた。理事長は笑いが止まらないくらい美味しいビジネスだと豪語していたそうですけれど、たしかにビジネス的に考えたら、このやり方は合理的なんです。教育コストを最小化したい大学と、最少の学習努力でとりあえずIDが欲しいという留学生の出会いが成立しているわけですから。でも、このウィン―ウィンのビジネスも結局は長続きしなかった。

 こういう仕組みを英語では「学位工場(degree mill)」と呼びます。アメリカは大学の設置基準が緩いので、ビルの一室だけ借りて、サーバーを一個置いただけで大学を名乗っているところがあります。そういう大学では、どんな中身のない論文を提出しても、金さえ払えば学位をくれる。実体のない学位ですが、それでも「欲しい」という人がいる。ジャンクな商品を売りたいという人がいて、ジャンクな商品を買いたいという人がいる。合法的な取引ですから、司法は介入できない。ビジネスマインドで大学を経営したら、教育活動をしない代わりに、大学が発行できる何らかの証明書を売りつけるという商売になるに決まっています。それは学位工場の事例を見ればわかります。

 いまは学生に1年間海外留学を義務づけている大学がけっこうありますね。これもビジネス的に言ったら、きわめて合理的なんです。だって、授業料を満額もらって、留学先の学校にその一部を払って、残りは「中抜き」できるわけですから。1年間まったく教育活動をしないでもお金が入ってくる。教職員の人件費も、キャンパスの維持管理コストも25%カットできる。だって、学生がいないんですから。それで味を占めたら、そのうち「だったら、いっそ2年間海外に行かせない?」って誰かが言い出すでしょう。たしかに賢いアイディアなんですよね。2年留学させたら、教育コストが50%削減できる。学生が半分しかいないんだから、校舎校地も半分で済むし、光熱費もトイレットペーパーの消費量も半分で済む。でも、このロジックを突き詰めると、そのうち「おい、いっそ4年間行かせちゃおう」という話になる。そしたら大学がなくて済む(笑)。

 校舎もいらなくなりますね。

内田 もうキャンパスも教員も職員も要らない。サーバーが1個あれば済む。最初に授業料だけ振込んでもらって「じゃあ、海外のあの大学に留学してください」と言うだけでざくざくと金が入ってくる……わけはないんですけれど、ビジネスマインドで考えたら、大学の利益率が最大化するのは、大学が存在しない時であるということになる。ほんとうにそうなんです。教育活動をしない大学である学位工場が一番儲かるんです。でも、いまの大学人には、このジョークの意味が理解できない人がほんとうにいる。どうして海外留学1年義務化はよくて、海外留学4年義務化はいけないのか、その違いがわからなくて、ぽかんとしている人間が現に大学を経営している。

 銭勘定がうまいだけのビジネスマンが大学の経営をすれば、これと同じ事態が生じます。さすがに「大学をなくす」ということまでは自制しても、「海外留学2年間義務化」くらいのことは思いつきかねない。よその教育機関に丸投げして、それで「いくら抜けるか?」と計算する人間は、そもそも教えたいことがないんです。教えたいことがない人間がどうして大学の経営なんかに手を出すんです? 

 教育というのは本来「持ち出し」でやるものなんです。自分にはどうしても教えたいことがある、だから身銭を切っても学びの場を立ち上げたい。そういう人が教育者なんです。学生を消費者扱いにして、「市場のニーズがどうだ」とか「顧客満足度がどうだ」というようなことを言っている人間は教育にかかわるべきじゃない。

 特区でできた株式会社立の悲惨な末路を知っていたら、いま頃になってまたぞろ「実務家が教えるべきだ」とか「大学の経営にビジネスマインドが足りない」というようなふざけた台詞が出て来るはずがないんです。それと同じことを言って大学を始めた人たちが大失敗した。LECリーガルマインドは5年で募集停止になりました。LCA大学院大学は3年で募集停止になりました。TAC大学院大学は申請段階で却下されました。今回はそれとどこが違うのか。今度ばかりは「前車の轍を踏まない」という自信があるなら、どこがどう違うのか、それを語るべきでしょう。

 さっきも言いましたが、特区の規制緩和の最大の問題はそこですね。投資家が入ってきて、いろんなものが経済性と効率を物差しにシステマティックに処理されてゆく中で、子供達もある種の「商品」としてビジネスの力学に取り込まれてしまう。10年前、『ルポ 貧困大国アメリカ2』の取材現場で嫌という程見た光景です。あのシリーズにはアメリカで起きた事が数年先に日本にやってくる、という警告が込められていたのですが、その後「構造改革」の名の下に、アメリカ発のビジネスモデルが様々な分野で日本に輸入されてきました。

 経済性だけでは価値の測れない教育や医療、第一次産業や公共インフラなどは特に慎重にしなければならないのに、肝心の審議の場に当事者が入っていない。消費者に提供するサービスという位置づけになりますから、この法改正が進むほどに、その実態は教育の本質からかけ離れてゆくでしょう。

 ちなみにそういうビジネスをやっている人に限って、自分の子供はその学校に入れないですよね。

自分の子どもは海外に行かせる日本の“教育改革者”たち

内田 財界人も政治家も自分の子どもは当然のように中等教育から海外の学校に入れてますね。それは一つの見識でしょうから、僕は別にそれに異議があるわけじゃない。でも、自分の子どもを海外の学校に留学させている人たちは、日本の学校教育についてうるさく「ああしろ、こうしろ」と言うことは自制して欲しいと思う。

 以前、ある会議で隣になった人が、学校教育について僕が発言するたびにうるさく反論してくる。どう考えても、彼の言うようなしかたで学校教育を「改革」していったら、子どもたちの学力は低下するし、大学の研究力教育力も落ちる。そういう有害な提言ばかりする。不思議な人だなあと思っていたら、「うちの娘は高校の時からアメリカです。いまはハーバードの大学院に行ってる」と自慢げに言うんです。

 彼は日本の学校教育を見限って、自分の子どもをアメリカに留学させた。だから、「日本の学校教育を何とかしなくちゃいけない」という喫緊の個人的理由は彼にはないんです。彼が日本の学校教育に期待することがあるとしたら、それは日本の学校を見限って、わが子を海外に留学させた私は賢いということを確認することだけです。だとすれば、彼があらゆる機会をとらえて「日本の学校教育が一層ダメになるような提言」をするのは当然なんです。もちろん、無意識にやっているわけで、本人はあくまで善意の提言をしているつもりなんですけど。僕はそういう人物の話は眉に唾を付けて聞くことにしてます。

 そうだとしたら恐ろしく有害ですね。

内田 先日、以前ハーバード大学にいた方が教えてくれたんですが、ハーバードの夏学期になると、日本から政治家の息子とか財界人のドラ息子たちがぞろぞろ来るんだそうです。ハーバードは学費はめちゃ高いですけれど、夏学期だけの学生IDがもらえる。正規の学生じゃないんだけれど、キャンパス内でハーバードの教授の授業を受けることができる。ろくに授業も出ないで遊んでばかりいるんだそうですけれど、日本に帰った後に、「僕がハーバードにいた頃のことですが……」というような話をする(笑)。

 ハーバードの学歴ビジネス……売る方は笑いが止まらないですねぇ(笑)。

内田 別に単位を取ってなくても、学位を取っていなくても、履歴書に「ハーバードで学ぶ」とか「〇〇先生に師事」とか、書き放題でしょ? 嘘じゃないんだから。

 最近の自民党の政治家って、最終学歴がアメリカの大学という人が多いじゃないですか。でも、あの中には、夏期講習とか外国人向けの語学のクラスを受講しただけの人も結構いると思いますよ。たしかに、夏期講習でも、それが生涯最後の大学での受講経験だったら「最終学歴」ではあるわけですからね(笑)。

 安倍晋三は以前の経歴には「南カリフォルニア大学政治学科留学」と書いていましたけれど、実際に取得した単位の半分は外国人のための英語の授業で、政治学は受講していなかった。いまはもう履歴から削除したらしいですけど。

 有権者のために文春さんがそういう方々の一覧でも出しては?(笑)

内田 多少話を盛るのは別に構わないんです。ただ、そうやって「海外留学で履歴に箔をつけようとした人」たちがこの国の教育政策についてあれをしろこれをしろとうるさく言っていることに僕は腹が立つんです。

 この四半世紀、文科省の指示で、教育現場には膨大な無意味なタスクが課せられて、現場は疲弊し果てています。日本の学術的な水準はどうすれば上がるか、若い人たちをどうすれば知的に活性化できるか、といった本筋の問題にはまったく取り組まず、「アメリカみたいなやり方」を導入することに夢中になってきた。FDとか、相互評価とか、PDCAサイクルとか、教育の質保証とか……この四半世紀に大学に押しつけられたタスクはほんとうに膨大なものです。そのために大学教員が研究教育に割くことのできたリソースの3~4割がた削られたんじゃないかな。人によってはもっとかも知れません。特に独立行政法人に移行した国立大学の教員たちはほとんど10年にわたって、会議と書類書きに忙殺された。こういう仕事はたいてい若くて、仕事の手際がよい教員に集中しちゃうんです。このタスクに投じられたリソースを彼らが研究と教育に集中することができたら……と考えると絶望的な気分になります。ノーベル賞何個分かの知的損失だったと思います。

大学教員がシラバスを書くために膨大な手間暇も……

 ああ……会議と事務仕事に大学教員の研究時間を削ることがいかに日本の国益を損ねているか。一握りでもそこから生まれてくる素晴らしいものが、この国の貴重な知的財産だという意識を国のトップに持って欲しいです。

内田 大学のシラバスというものがありますね。この授業でいつ何を教えて、どんな知識が身につくか詳細をリストにしろというものですけれど、そんなことができるはずがない。1年半も先に自分がどんなことに興味を持っていて、学生たちに何を伝えたいと思っているかなんて、わかるはずがない。そもそも、教育的にはまるで無意味なことなんです。

 シラバスというのは工業製品の仕様書なんです。工場で工業製品を作るプロセスを想定して、どういう材料を使って、どういう工法で、どういう効能で、どういう仕様のものを製造するつもりか、それを書けと言っているのです。工業製品の場合だったら、それは必要でしょう。でも、僕らが相手にしているのは、生身の人間ですよ! 工業製品のように規格通りのものを作り出すことなんかできるはずないし、すべきでもない。

 いまも日本中の大学教員がシラバスを書くために膨大な手間暇を費やしています。教育を「工業製品の製造プロセス」のメタファーで考えるということ自体に僕はまったく同意できませんけれど、それ以上に腹が立つのは、シラバスなんか教育のアウトカムに何の関係もないことです。教育効果がまったくない作業に教員たちを忙殺させておいて、それをしないと文科省は助成金を削ってくる。

 現場の先生たちの話を聞いていると、不満が相当溜まっていますよね。こないだも大阪で現役の公立校の先生が実名を出して府を訴えていましたが、もっと束になって声を上げてもいいと思います。アメリカでは教育をビジネス化するための評価制度を始め、様々なことを現場へ強要した結果、100万人規模のデモが起きたんですよ。「こんな事をするために教師になったんじゃない」と、爆発したんです。オバマ元大統領の地元のシカゴでものすごいデモが起きた時のことを覚えています。ブッシュ政権から引き継いだ教育の市場化をさらに強化して、教育予算を巡って学校同士を競争させたんですよ。競争に負けたら補助金ゼロといういじめ、過激なレースをさせたことに教師たちが反乱を起こした。

 教育は社会的共通資本で公教育は国の財産――国の根幹に関わるものなのにどこまでビジネスにするんだと。海の向こうの事ではなく、日本でも同じことです。経済学者の故宇沢弘文氏が繰り返しその価値を訴えられていた「社会的共通資本」について、私たちは今こそ真剣に考えるべきでしょう。結局オバマ政権下では教育のビジネス化政策は止められなかったものの、現場の教師たちが立ち上がり声をあげたことは確実に流れを変えました。前回の中間選挙を見てもわかるように、州や自治体レベルで「ボトム」から少しずつ変わりつつあります。

現場に自由裁量権を与える大切さ

内田 とりあえずアメリカのいいところは文科省がないんですよね。中枢的に全国の教育政策を統括するような巨大な権限を持つ省庁がない。州ごとに教育制度が自主的に決められる。だから、義務教育の年限も州ごとに違うし、進化論を教えない州が出てきたりもする(笑)。でも、それが教育の多様性を担保していて、リスクヘッジにもなっている。

 日本の場合も、都道府県の教育委員会に権限があって、各自治体ごとにかなり自由な教育政策が採択されれば、いろんなことが実験できる。どこかの自治体での教育実践が成果を上げていることがわかれば、それを共有することができる。

 中枢的に政策を統括して、全国一律に同じ教育政策を強いるのは、教育実践の創意工夫のためにはやってはいけないことなんです。子どもは生身なんですから、一律に扱うわけにはゆかない。だから、子どもと直接接する現場の先生にできるだけ多くの自由裁量権を与えた方がいい。いろんな先生がいて、先生ごとに教育理念も教育方法も教育の目標も違っているという環境が子どもが成長する上では一番なんです。40年近く教育現場にいて、それは経験的に確言できます。

 僕は最初東京都立大に勤めて、それから神戸女学院大学に移ったんですけれど、二つの大学の一番大きな違いは、都立大の職員たちには自由裁量権が与えられていないことでした。それは私学に行ってから分かりました。女学院では、現場の人たちが自由裁量権を委ねられている。

 公立大学だと、ガラス窓が一枚割れても、何枚も伝票を起票して、稟議のハンコをいくつかもらわないと修理に来てくれない。でも、女学院では、日常的なトラブルだと、現場の職員さんが、自分の責任ですぐに来て、片付けてくれる。伝票を出せとか、稟議のハンコがいるから1週間待てとかいうようなことを言わない。ずいぶん話が早かった。

 95年の震災の時に、それは骨身にしみましたね。システムがダウンして、業務命令を発令するセンターそのものが存在しない段階から、自発的に教職員・学生が集まって、復旧作業が始まった。この時の作業工程管理は完全に自主的なものでした。誰も命令しない。なにしろ、どれくらいの被害が出ていて、どこから復旧すべきかについて中枢的にコントロールするセンターが機能していないんですから。でも、驚くほど手際よく復旧作業は進んだ。それは女学院には現場への権限委譲という習慣が根づいていたからだということに後になって気がつきました。指示のないことをしてはいけない、権限のないことをしてはいけないというルールで縛られた公務員たちでは、とてもこんな真似はできなかったでしょう。その時に、いちいち管理部門に話を上げて、その許諾を得てから動き出すという上意下達の仕組みの非合理性に気がつきました。「ほう・れん・そう」とか言っている組織が一番非効率なんです。

 でも、日本の組織はほぼすべて中枢が管理する「ツリー」型の組織ですね。多くのビジネスマンはトップダウンが最も効率的だって骨の髄まで信じ切っている。それ以外にもっと効率的な組織があるのではないかということを想像さえしない。でも、現場に自由裁量権を与えること、実際に研究教育のフロントラインにいる人に大幅に権限を委譲するのが、実は一番効率的で、一番生産性が高いんです。

原発事故以来、さまざまな企業でコンプライアンス違反とか、データ改竄とか、仕様違反とか不祥事が起きましたけれど、現場では「こんなことしていたらいつか大変なことになる」というのは分かっていたはずなんです。わからないはずがない。でも、それを上司に具申しても、「黙っておけ」と言われる。うるさく言い立てると煙たがられて、場合によっては左遷される。上は自分の在職中に事件化しなければ、それでいいと思っている。いつかはばれて大ごとになるだろうけれど、その時には自分はもう異動しているか退職しているので、関係ないと思っている。

 現場に権限委譲しておけば、大きなトラブルが起こることは防げるんです。クラフトマンの直感で、「なんかこのメカニカルノイズはイヤな感じがする」といったことがあれば、ちょっとボルト締めておこうとか、クラックがあるかどうか見ておこうか、部品を交換しておこうかということを、いちいち上司にお伺いを立てなくてもできるという体制があれば、そういう事故や不祥事の多くは未然に防げた。僕はそう思っています。

 システムクラッシュを招くようなリスクというのは、だいたい「ジョブとジョブの隙間」に発生するものなんです。誰の仕事でもないし、誰の責任でもないところに「リスクの芽」が発生する。それは気がついた人が自分でさっと「摘んで」しまえばそれで済むことなんです。でも、「ジョブ・デスクリプションに記載されている以外の仕事をする権限はない」とルールで縛られていると、「そこにリスクがある」ということに気がついていながら、手を出すことができない。その結果、カタストロフが発生する。

「問題点を発見したら、自分ですぐになんとかしてくれ」と(笑)

内田 僕は凱風館という武道の道場をやっています。僕は館長ですけれど、「神輿に担がれてる」だけです。特に指示は出さない。会議も開かない。門人たちには「問題点を発見しても僕には通報するな」と言ってあります。「問題点を発見したら、自分ですぐになんとかしてくれ」と(笑)。

 だから、現場に権限を委譲しています。必要経費も最初からまとまった額を書生たちに預けています。「必要だと思ったら使ってください。用途の適否については諸君が判断してください。足りなくなったらまた言ってください」と言ってあります。さすがに畳替えとか、サッシの交換とかいう桁の仕事だと僕のところに相談に来ますけれど、それ以下の金額のことについては事務方任せです。でも、そうやって権限委譲していると、システムトラブルは起きないんです。起きても、すぐに補正される。だから、問題点を発見したり、解決したりするために会議を開く必要がない。年に何度か道場の幹部たちに集まってもらいますけれど、それは僕が皆さんに「一年間、お疲れさまでした」とご馳走するためです。

 現場に自由を与える代わりに、自分の頭で考えてね、と(笑)。トップに覚悟があってこそできるシステムですね。

内田日本の組織の問題は、会議と書類書きにあまりに無駄な時間を費やしていることだと思います。日本社会を立て直すためには、組織の生産性を上げるしかないんですけれど、ほとんどの人はそれをトップダウンシステムを強化して、独裁的な仕組みにすることだと勘違いしている。でも、話は逆なんです。

 まず優秀なメンバーをリクルートする。しかるのちに彼らに権限委譲する。それが一番楽なんです。独裁的な仕組みにこだわる人たちは、前段の「優秀なメンバーをリクルートする」というところでいきなりまずつまずいてしまう。それは、トップダウン派の人たちは、メンバーをリクルートするときに能力よりも「イエスマンかどうか」を優先的に見るからです。どんな無意味なタスクでも、理不尽な命令でも、上の指示に従う人間であるかどうか、それを最優先の採用条件にする。その人がこれから集団内部でどんな能力を発揮してくれるか、どのような点において「余人を以ては代え難いか」ということには副次的な関心しかない。

 たしかに上の言うことに唯々諾々と従う人間ばかり集めたら、効率よく上の意志が下に伝達される組織はできますけれど、そのような組織が生産性の高い組織かといったら、話は違う。イエスマンシップだけを条件に人を集めたら、上の顔を窺って、指示待ちする人間が集まるだけで、自分の頭でものを考え、判断する人間はあつまらない。上の人間が見落としたことを指摘し、上の人間が誤った判断をしたときに補正を提案するタイプの人間がどこにもいなくなる。「自分ではものを考えない人間」ばかりを集めた組織では権限委譲のしようがない。

「独裁的なシステムが有効だ」と主張する人がたくさんいますけれど、そういう人たちは自分の周りには「無能なイエスマン」だけを集めている。自分の指示を口をあけて待っている人間に取り囲まれていることがうれしくてしょうがないんです。自分が次々と指示を出さないと組織がさっぱり動かないのを見て、「オレがいないと何もできない連中だ」と思って、ご本人はいい気分になっている。でも、それは彼が有能だということではなく、無能なイエスマンばかりの組織を自作した結果なんです。いまの日本では、会社だけでなく、行政組織もそうなっています。「安倍一強」とか「官邸支配」というのは、行政の要路に「無能なイエスマン」ばかりを配したことの結果なんです。

どうすれば日本の組織は活性化するのか?

内田 日本の組織を何とかしようと思ったら、まず人材登用の第一条件をイエスマンとするというルールを廃止することです。そして、自分の頭で適否の判断が下せる優秀な人材を登用して、彼らに気前よく自由裁量権を与える。もちろん、いろいろな失敗もあるでしょうけれど、組織が活性化し、イノベーションを起こすためには、そうした方がいいんです。イエスマンたちで埋め尽くされた組織でイノベーションが起きるということは絶対にありませんから。

 かつての大学はその点ではいまよりずっと自由でした。適当に研究費がばらまかれて、研究テーマが社会的に有用かどうか、金になるのかどうかなんて誰も訊きやしなかった。だから、海のものとも山のものともつかないような研究を何年も続けることができた。そういう試行錯誤があるから、時々思いがけない学術的アウトカムが出て来た。研究の95パーセントはたいしたアウトカムを生み出さないものでしたけれど、5パーセントの「当たり」が出たら、研究への投資は十分に元が取れるものなんです。

 イノベーションというのはいつだって「まさか、そんなところから出て来るとは思ってもいなかったところ」から出て来るものです。だったら、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」で予算をばらまくのが効率的なんです。とりあえず研究の成否について予測し査定するコストはゼロになる。

いまは社会的有用性があり、換金性が高いことがあらかじめ証明できる研究にしか予算がつかない。でも、先に何が出て来るかわかっている研究がイノベーティヴであるということは論理的にあり得ないんです。                        

 「イノベーション、イノベーション」と盛んに旗を立てる一方で、組織の体質やシステムの部分が逆行しているという話ですね。大学の研究に関しては、本当にもったいないと思います。その環境を作る側の人の脳内にまずイノベーションを起こさなきゃ!(笑)。

 教育でも研究でもそうですが、「無駄なものイコール価値のないもの」という固まった考えは有害になるので外さなきゃなりません。同調圧力が強い日本のような国で今までにない優れたものを誕生させるには、まず何よりも、自由な発想が生まれやすいのびのびした環境を整える事が先でしょう。環境を作ればメンタリティは後からついてくる。だから枠組みを作る側の責任は大きいのです。トップに立つ人間の価値観・思想によって組織の体質も運命も、大きく変わってしまう。今内田さんが仰ったように、教員を締めつければ、それは巡り巡って日本の知的財産や学校での教育レベル、これから社会に出てゆく子供達の知的レベルにマイナスの影響を与えますよね。現場を細かく管理するのではなく、全員がそれをやる事の真の目的や本質を理解しているか、そこから外れていないかどうかをチェックする事の方が、遥かに重要だと思います。


 総務省によると、参院選の21日午後4時現在の投票率は全国平均22.72%で、前回の27.25%を4.53ポイント下回った。

「上がるかな?」と思ったが厳しいようだ。
それにしても、選挙があることの実感が薄れているのではないだろうか?
田舎に住んでいることもあり、選挙カーを一度も見てないし、候補者の顔すらも見たことがない。チラシも入らないし、ハガキも来ない。
儲けるための「規制緩和」ばかりでなく、こうしたものの規制も緩和すべきだろうとおもう。
そうすれば、少しでも「関心」が高まるのではないだろうか。

コメント

1+1の答えがわからない。虐待、貧困......。そんな境遇の子どもたちに勉強を教えるNPOの活動とは

2019年07月20日 | 教育

ハフポストBLOG 2019年07月19日 

 

 虐待や貧困など、やむを得ない事情で両親と離れて暮らす子どもたちは自然に学ぶことがほとんどなく、小学校の勉強に苦労する。認定NPO法人「3keys(スリーキーズ)」は、そんな子どもたちへの学習支援に取り組む。拠点充実のため、クラウドファンディングで支援を募っている。 

    • A-port朝日新聞社のクラウドファンディングサイト

 お風呂の中で数を数えるように、子どもたちは勉強ともいえないような段階で多くのことを学んでいる。

虐待や貧困など、やむを得ない事情で両親と離れて暮らす子どもたちは、そうした機会がほとんどなく、小学校で勉強を始めるときに苦しむ一因となっている。

 認定NPO法人「3keys(スリーキーズ)」は、そんな子どもたちへの基礎教育の支援に取り組んできた。より多くの拠点で支援をするために、クラウドファンディングで支援を募っている。

「親が追い詰められてしまうのでは」

 「自宅の近くに児童養護施設があり、子どもたちに勉強を教えるボランティアを募集していました。

そこで子どもたちと関わりを持つうちに、親元で暮らせず施設で育つ子が、全国で5万人もいることを知ったのです」

こう話すのは、3keysの代表を務める森山誉恵(たかえ)さん。

森山さんは、子ども時代をアメリカやアジア地域で過ごし、日本とは異なる国の文化に触れながら成長してきた。

日本に戻って大学へ進学した際、子育てや教育を家庭で抱え込まなければいけない日本の環境に驚いたという。

「施設に居た子たちは虐待や貧困などを理由に、自宅で暮らすことができない状態でした。もちろん子どもに手をあげてしまうことはいけないことですが、日本の場合には『親が子育てを完璧にしないといけない』というプレッシャーで追い詰められてしまうところもあるのではないか、と感じました」

 アメリカで森山さんが暮らしていた地域では、学生が行う定番のアルバイトにベビーシッターがあった。

ある程度成長した子どもはベビーシッターに預けることが一般的だったため、母親がひとりで育児を抱え込んでしまうことはなかった。 

 その後に引っ越したアジアの各地域でも、親戚や近所の人たちが全員で子育てをするような地域の繋がりがあった。いたずらをすれば誰もが親の代わりに叱り、いいことがあったら一緒に喜んでいた。

 森山さんはボランティアで学習支援を続けるうちに、今の日本では教育を受けるために費用がかかりすぎること、子育てを夫婦ふたり(あるいは一人)で完結しなければいけない社会であることが、親を追い詰める原因になっているのではないかと考えるようになった。

 しかし、問題意識をもっていても、自分ひとりで勉強を教えられるのは2〜3人が限界だ。

「この問題に対して、私は何ができるだろう?」と考えた結果、2009年に大学生を組織してより多くの子どもに学習を教えるための学生団体を設立した。

これが3keysの始まりだった。名前には、「きっかけ・きづき・きぼう」の3つの鍵を届けたいという思いを込めたという。

「1+1」が分からない

 施設で保護された子どもたちは、小学校や中学校に通っている。

恥ずかしながら筆者は「毎日学校に通えているのであれば、さらに勉強を教えてもらうのは贅沢なのではないか」と感じた。

ところが森山さんの説明を聞いて、これが大きな勘違いであったことを知った。

 学校にも行けているのに、なぜ学習支援が必要なのか。

まず、養護施設は子どもたちの命を守り育てる場所であるため、基本的には勉強を教えることをしない。

そして保護された子ども達の多くは、親と一緒に買い物をしておつりを受け取ったり、ものを見せて「これは何かな?」と名前を当てたりする時間をもった経験がない。

森山さんが出会った子どもたちの中には、空に浮かぶ、ふわふわした白いモノの名前が「くも」であることを知らない子や、目の前にあるパンが何個なのか分からないという子もいた。

その段階にいる子が小学校へ行って、いきなり「1+1の答えは何でしょう?」と聞かれても答えられる訳がない。

 3keysがしているのは、子どもたちが大人になった時に自分の力で生きていくために、学校でまなぶための準備をすることだ。

小学生になると、急にクラスメイトとの学力比較がはじまる。

それまでは知らないことが多くても気にならなかったのに、周囲の子たちが3回練習すればできることが自分は10回練習しないと身につかないことに焦りだす。

 原因は理解力の不足ではなく、幼い頃に受けられるはずだった遊びながらの教育が足りなかったことであるのに、本人にそんな事は分からない。

授業で先生が話すことが外国語のように聞こえて「だから自分はダメな子なんだ」「私は馬鹿だから、お母さんに捨てられたんだ」とやがては自己否定にまで繋がってしまう。

3keysではそんな悲しい思いをする子を減らすため、できるだけ早い段階から一人ずつ勉強のサポートをしていく。

 初期のころは市販のドリルを使って勉強を教えていた。

だが、ひらがなが分からないからといって、小学生や中学生の子たちに3歳児向けのアニメが描かれたドリルを渡しても、「幼稚園の子がするドリルはやりたくない!」と受け入れてもらうことが難しかった。

そこで、大人が見ても違和感をもたないようなドリルを独自に開発した。

使い方を教える際にも、「初歩的なことを理解していないから、勉強しなければいけない」など否定的な伝え方はしない。

クイズを出すような形式で、問題を解くのに慣れてもらうようにしている。

 ドリルの開発には、大人がつきっきりで補助をしなくてもいいことも重要なポイントだった。

施設のスタッフは、一人あたり何人もの子どもの世話をしている。一日中、勉強を教えていることはできないのだ。

手がかかる教材では継続してもらうことが難しいと考え、大人が説明する部分は最小限でいいように工夫している。

 ドリルを解くことが習慣化すると、学校での勉強も徐々に分かるようになってくる。黒板に書かれている内容が分かる、テストの点数が上がることは、子どもたちにとって今まで経験したことのない嬉しい体験だ。

さらには森山さんが予想もしていなかった、こんな効果もあった。

勉強が苦手だったある男の子が、少しずつ学習を積み重ねて授業についていけるようになった。

その子はひらがなが鏡文字になってしまうところから修正をはじめて、テストの点数もクラスの平均点に追いつくようになった。

すると「授業が分からないことから、教室を抜け出してしまう」「授業中に周りの子に話しかけて、進行を妨害してしまう」癖がすっかりなくなったのだった。

彼の姿を見て、施設にいる他の子たちもつられて勉強に取り組むようになったそうだ。

「ないがしろにしていい子どもたちはいません」

 今回のクラウドファウンディングは、日常のなかで基礎教育を受けられなかった子どもたちをサポートするための支援拠点を増やしていくことを目標にしている。

今後は、基礎教育の補助が必要な養護施設やひとり親家庭などに配布できるような学習ツールを作成することを目指していくという。

森山さんは「ないがしろにしていい子どもたちはいません。

生まれ育った環境によって子どもの権利が保障されない子どもたちがゼロの社会を実現するために、どうかみなさまのご支援をいただけますようお願いいたします」と支援を呼びかけている。

クラウドファンディングは9月3日まで。詳細はこちら

(取材・執筆=小松田久美/story’s base Inc.)

 


 

いよいよ明日、参議院選挙投票日です。
一人一人が大事にされる、誰も置いてきぼりにされない、そんな政治を求めます。 

 変えましょう!

基礎学力は「生きる力」、社会を変える力です。

学びの貧困」2017年11月10日 | 教育 も参考に上げておきます。

https://blog.goo.ne.jp/mooru1949/e/299b86596de99e3e565dfebf2224ee12

 

 

コメント

ノーベル賞・野依博士「本気で怒っている」日本の教育に危機感

2019年06月29日 | 教育

ノーベル賞・野依博士「本気で怒っている」日本の教育に危機感

THE PAGE 

Yahooニュース6/25(火)

   「教育の究極の役割は、人類文明持続への貢献だ。加えて、わが国の命運もかかっている。私はいまの教育と世相に大いに怒っている」――。2001年にノーベル化学賞を受賞し、現在は科学技術振興機構の研究開発戦略センター長を務める野依良治博士は、日本の未来、そして教育への危機感をあらわにする。令和の時代が始まったいま、ノーベル賞受賞者には日本の教育がどう見えているのか。教育新聞の小木曽浩介編集部長が聞いた。

 

学校教育は「金持ち」になるためではない

 ――日本の教育はいま、大変革期を迎えています。先生が座長を務められた教育再生会議(※1)から干支がほぼ一回りし、令和の時代に入りましたが、いまの教育をどう見ていますか。

 私は教育の専門家ではありません。だが、この硬直化した教育の状況について言いたいことはたくさんある。本気で怒っています。本来、なぜ教育があるのか。まず、個々の人々が豊かな百年の人生を送るため。国の存立と繁栄をもたらすため。さらに人類文明の持続に資することが最も大事で、この根幹を忘れてはならないと思うわけです。

  問題は、じゃあ、どういう人生、あるいは国、あるいは人類社会であるべきか――ということ。そこに理念あるいは構想がなければ、とても教育はできませんね。

   日本は戦後、欧米から民主主義や人権など多くのことを学んできたものの、残念ながら受け身であり続け、自らが考えた「国是」、英語で言うナショナルビジョンが共有されていないことに、根本的な問題があると思っています。

―― 学校教育については、どうでしょう。

  学校教育は、社会のためにある。個人が自由に生きる権利は大切だが、決して入学試験に合格するためだとか、あるいは金持ちや権力者になるためにあるのではない。教育界というのは日本であれ、あるいは世界であれ、あるべき社会を担う人を育まなければいけない。健全な社会をつくることが、国民それぞれの幸せにも反映するわけです。

  日本は他国並みではなく、格段にしっかりした次世代を育てなければなりません。行政にも現場にも、その覚悟が求められる。

  そして、多様な文化を尊重する文明社会をつくっていかなければいけない。

 (※1)教育再生会議=教育改革を検討するために第1次安倍政権が2006年に設立。各界有識者16人がメンバーに選ばれ、野依氏が座長を務めた。第2次政権発足を受け、2013年に教育再生実行会議として復活した。

 

時代を生き抜く若い世代をつくるのが教育

―― 多様な文化とは何かを詳しく。

  私は、文化は4つの要素から成ると思っています。「言語」「情緒」「論理」、そして「科学」。

 言語は地域によってものすごくたくさんあり、他方で科学は一つしかない。情緒や論理の多様性は、その言語と科学の間にある。これらの文化的な要素をきちんと尊重しなきゃいけない。決して軍事力や経済力で踏みにじってはならない。

 私は科学者ですが、将来を考えると科学知識や技術だけでは、人々は生きていけないと思います。やっぱり文化に根差す思想がないと、未来を描くことも、実現することもできない。

―― そのためにも、教育しなければいけない、と。

   その通りです。同時に人は時代と共に生きているわけで、その時代が求める知は何かということです。教育は教条的ではいけない。昔の教育と今の教育は違うはずで、近未来も含めて時代を生き抜く若い世代をつくることが、個人のためにも、社会のためにもなるのです。

科学教育の本質は「無知の知」

―― 科学者の立場から見て、科学教育とは何でしょう。

 科学とは、真理追究の営みです。ポール・ゴーギャンの「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」という絵がありますよね。この問いにまっとうに答えるのが科学だと思っています。

 科学は客観性の高いものですが、人々の営みとか自然観、人生観、死生観などの、まっとうな主観を醸成します。いたずらに経済的利益追求に貢献するだけではなく、これが本当の意味での科学の一番大事な役割なのです。

―― 非常にスケールの大きい命題ですね。

 そうです。科学は森羅万象に関わるからです。とはいえ、そんな大きな命題にはなかなか答えられない。だから個々の人は身の丈に合った科学的課題を選び、研究をし、ささやかでも人類共通の資産をつくるのです。そして誰かが、その知識を使うことになる。

 ソクラテスは「無知の知」と言っていますが、科学教育の本質はまさにここにある。人々は謙虚でなければいけない。つまり、何かを発見したら、その背後にはまた、大きい未知が残っていることが分かる。

  ニュートンは「私がかなた遠くを見渡せるのだとしたら、それはひとえに巨人の肩に乗っていたからです」と言っています。ニュートン自身もすごい科学者でしたが、ガリレオやケプラー(※2)の業績の上に乗っていたからこそ「遠くが見えた」と。科学の本質は知識の積み上げです。だから、いつの時代にも若い人が未知に挑む。最高水準の研究をして、新しい知に挑んでいる。

 (※2)ニュートン(1642~1727)は「万有引力の法則」を発見した英国の物理学者。ガリレオ(1564~1642)は「地動説」を主張したイタリアの物理学者。ケプラー(1571~1630)は惑星運動の「ケプラーの法則」で有名なドイツの天文学者

「科学者に必要なもの」野依博士の答えは?

―― 次代を担う若者たちですが、学力についてはどうでしょう。

 その話をするには、まずこちらから質問しましょう。科学者として成功するには、何が必要なのか分かりますか。

―― 観察眼やセンスでしょうか。

  それらも必要でしょうが、違います。ものすごく単純なんです。自分でいい問題を見つけて、それに正しく答えるということです。この生き方を貫くのです。

―― そう言われますと、新聞記者も同じですね。自分でいい問題を見つけることが一番重要です。

 もちろん、そうでしょう。それで日本の青少年の基礎的な学力ですが、PISA(※3)やTIMSS(※4)などの国際調査結果などを見ると、割と頑張っています。

   ただ問題は、学びが消極的な点。積極的に定説に対して疑問を投げ掛けたりすることがない。教科書などに書いてあったら、「ああ、それはそうですね」で済ませ、自分で考え「そうじゃないんじゃないか」と、工夫して挑戦しないのですね。

  創造性のある科学者に必要なのは、いい頭ではなく、「強い地頭」。自問自答、自学自習ができないといけない。

   それから、感性と好奇心。これが不可欠です。そして新しいことに挑戦しなければいけないから、やっぱり反権力、反権威じゃないと駄目ですね。年配者や先生への忖度(そんたく)は無用です。先生や社会は若者のこの自由闊達(かったつ)な挑戦を温かく見守る必要がある。

 今の大きな問題は、好奇心を持って自ら問う力、考える力、答える力。これらが落ちているということ。なぜそうなるのかというと、社会全体を覆う効率主義、成果主義のせい。しかも実は本当の成果を求めていない、形だけの評価制度は許せない。評価は本来、人や物の価値を高めるためにあるのですが、そうなっていない。問題の全体像をつかみ、自ら考えて、答えを得るというプロセスがなければ、知力を培うことは絶対にできません。

 (※3)PISA(ピザ)=経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査

 (※4)TIMSS(ティムズ)=国際教育到達度評価学会(IEA)の国際数学・理科教育動向調査

「目次」に関心のない現代の大学生

―― 全体像を把握する力も足りていませんか。

 例えば私たちは一冊の本があったら、まず第1章、第2章、第10章、第15章と、前から目次を順次眺めながら、全体の学問の構造を勉強しました。目次は大事です。

 しかし、今の大学生は目次には関心がなく、索引を見ます。例えば索引で万有引力の部分を読んで、「おお、万有引力とはこういうことか」と。細胞死なら細胞死の記述だけを読んで「これは分かった」と。だから知識が体系化されず、ばらばらで断片的なのです。

“教育最貧国”の日本「先生が気の毒」

―― “巨人の肩に乗る”格好にならないのですね。

  そう、なりません。ドローンでさっと舞い上がって、あらかじめ見たいものだけをピンポイントで見てくるようなものです。

   考える力、答える力が落ちていると言いますが、最も心配なのは「問う力」がほとんどないこと。誰かに作ってもらった問題に答える習慣が染み付いている。幼い子供たちは好奇心を持つが、学校教育が疑いを持つことを許さないのではないか。発展につながるいい問題を作るのは、与えられた問題にいい答えを出すよりも、ずっと難しいのです。平凡な既成の問題に答えてもまったく意味を成さないはずで、なぜこんなことが分からないのか。

  しかし、これは生徒が悪いのではなく、国なり、社会の教育に対する考え方が、科学研究を損なっているのです。

 私は教育再生会議(※4)の座長を務めましたが、やはり「社会総がかり」で教育に取り組まないといけない。その意味で日本は“教育貧困国”なのです。学校だけに任せては駄目です。学校教育だけでなく、家庭、近所、地域、さらに産業界、あらゆるセクターの組織、あるいは人々が教育を支えるという気持ちにならないといけない。そして教える側自身も、そこから多くを学ぶ。

   しかし実際には、今の小学校から大学の教育を見ても分かる通り、教育が学校に偏重している。そして皆、自分の義務を果たすことなく、「学校が悪い、先生が悪い」と言っていて、先生たちが気の毒です。一方でメディア報道によると、身勝手な教育者らしからぬ先生も大勢いるようです。不祥事は根絶しなければなりません。

 学校の先生に全部任されてもね。「親の顔が見たい」という言葉がありますが、家庭でしつけのできていない子供たちを教育できませんよ。学校教育はもちろん大事で、教育の中核を成すものだと思いますが、あくまで教科が中心でしょう。現代、そして将来の社会を支える人をつくる、そして、その個人が幸せに生きるということを、社会全体で考えない限り駄目です。

若年層の創造性を損なう入学試験の弊害

―― 何がひずみを生んでいるのでしょう。そして、教育界はどうするべきなのでしょう。

 わが国の教育界は、個々の若者に新たな社会環境を生き抜く力を与えるとともに、国全体の知的資質と資産の最大化に努めるべきです。あらゆる分野で人材不足で、特に均質性が気になる。

 私は、入学試験の弊害がものすごく大きいと思います。若年層の創造性と感性を損なう非生産的な過当競争は絶対に避けるべきだが、一方、現状を利する守旧派勢力は大きい。教育を取り巻く全てのセクターが世界の変化を直視し、近未来を担う若者を育てるべきです。

 まず入試にある科目しか勉強しないことは大問題だ。確かに学力は合否判定の軸です。しかし、筆記試験の成績が神のご託宣のように思われているが、その「信仰」の根拠は何か。この「神」は一人ひとりの獲得点数を1点刻みで正確に知っているが、人物の内容については何一つ理解していません。

 入学者の選抜においては、子ども、青年たちが、この学校・大学に入ってどのくらい成長するかという観点で、総合的に判断すべきだと思います。筆記試験で今まで詰め込んだ知識の量はそれなりに測れるかもしれないが、それだけでは不確実性に満ちた時代に生きる成長性は全く判断できないではないですか。

 人には個性と意志がある。学校も個性と意志を持つ。どういう若者を育てたいのか。子供たち、青年たちの過去の経験や、特技、人柄、志を勘案して、法人として自主的かつ総合的に選抜しなければいけないと言っているんですよ。

 「評価」は「分析」と異なり、本来は客観じゃなく主観です。大学はそれぞれに特色があるので、どういう学生が望ましいかは、みんな違うはずです。文学部と医学部、体育大学と外国語大学、芸術大学、みんな同じわけがない。

   もちろん最近の医学部入試のように不当差別があってはならず、公器たる大学が自らの意志で、あらかじめ評価の観点、項目を明確化し、公表することが不可欠であることは言うまでもありません。

  数量的物差しだけでは、事の本質を測れない。人の精神の営みや感性、文化的特質は計量化できないはずです。だから学生を受け入れる学校側が、自分たちのこととして、しっかりと見る目を持たないといけない。一般的な商品の購入には客観データが助言してくれるかもしれない。しかし工芸作品の美しさや文化作品の品格の鑑定は難しい。

 ましてや、人間の面白さや大きさはね。人々の人生にとって最も大切な伴侶の選択は、いかになされるべきか。人を物質化、機械化した客観的数値評価で幸せが得られるわけがないでしょう。

世界が多様性に向かう中、画一性に固執する日本

―― 「客観でなく主観で」は、選抜法の180度の転換ですね。

  「主観は偏見が入るからいけない」「筆記試験は客観的で公平だからいい」と言う。では本当に子供、青年たちの機会均等は保障されているのか。受験技術の習得に多額の費用がかかり、親の経済力が機会獲得の支配因子とも言われる。ならば現行の選抜法は、むしろ「政策的偏見」ではないでしょうか。

   特定の階層の、既得権の再確認であり、国家的には人的資源の大きな損失です。当人が預かり知らない外的要因で、18歳の時にその後の運命が決まっていいはずがない。将来の進路にもよるが、“規格品”が通用しない科学分野にとっては大問題です。ここでは要領の良さは通じません。守りの姿勢ではなく、全く無から有を生む、ひたむきな攻めの姿勢こそが求められるのです。

   世界が多様性の尊重に向かう中で、日本はなぜ、画一性にこだわるのか。民族性が関係するのでしょうが、私は全く理解できずにいます。世界では人材獲得競争が激化する中、英米の学長らに実情を話し、意見を聞いてみてほしい。これで海外の優秀人材を確保できるのか。安易な形式的公平性を排し、責任を持って主観的判断をすべきです。もはや18歳人口はわずか118万人、1992年の205万人からほぼ半減した。私立大学の定員割れ状況をみても、国内の人材枯渇は明白です。さらに大学生については、国内外の「頭脳循環」(英語でいう「Brain circulation」)を欠くため、数量、質ともに危機的状況にある。このままでは座して死を待つのみです。

 さらに言えば、大学院入試における、学部学生の囲い込みもひどい。大学院教授は、同一大学内の学部で教えてきた学生たちを審査する。他大学出身生が太刀打ちできるはずがない。利益相反の極致にあります。米国などでは同一大学生の内部進学を回避するところも多く、全く考えられない状況です。

  学生たちは勇気を持って動いて、武者修行するべきですね。

 ※本記事は教育新聞に掲載したインタビュー記事を再構成したものです。

.《プロフィール》

 野依良治(のより・りょうじ) 1938年9月生まれ、京都大学卒業。名古屋大学特別教授、工学博士。00年に文化勲章を受け、01年に「不斉合成反応の研究」でノーベル化学賞を受賞

 小木曽浩介(おぎそ・こうすけ) 1973年1月生まれ。早稲田大学卒業。岐阜新聞記者、ライブドアニュースキャスターなどを経て、教育新聞編集部長


キューリ・なすが採れました。

 

コメント

日本の教員は・・・・OECD報告。

2019年06月20日 | 教育

日本の教員は事務作業・課外活動ダントツ、授業時間は平均以下 OECD報告

2019/06/20 16:34AbemaTIMES

日本の先生は世界一忙しい――そんな調査結果が経済協力開発機構(OECD)から報告された。


 OECDが調査した「小・中学校教員の仕事時間」によると、中学校教員の1週間あたりの勤務時間は、参加国平均が38時間18分なのに対し、日本は56時間と48カ国の中でダントツ。また、小学校教員も、日本は54.4時間と15カ国の中でダントツだった。

 なぜ、日本の教員の仕事は多いのか。その内容を見てみると、教員が「授業」に費やしている時間は日本が18時間で、参加国平均が20時間18分。「事務作業」は日本が5時間36分で、参加国平均が2時間42分。「課外活動」は日本が7時間30分で、参加国平均が1時間54分だった。日本の教員は事務作業や課外活動に時間を取られているのが現状で、文科省は「深刻に捉えている」とし改善を急ぐということだ。


AbemaTV/『けやきヒルズ』より)日本の教員は事務作業・課外活動ダントツ、授業時間は平均以下 OECD報告
 
 
 
今日、キューリを食べたが、以前(2017.7.17)の記事に次のように書いた。

キュウリを食べる時の注意点

  キュウリに含まれているアスコルビナーゼという成分には、ビタミンCを破壊する酵素が含まれています。つまり、ビタミンCを含んだ野菜や果物と一緒に摂っても、その効果を得られないのです。ただし、その酵素は酸や熱に弱いので、酢やレモンなどと一緒に使い、加熱して食べるのがオススメです。


ところが今では、全然気にしなくてもいいようです。

「Wikipedia」より

 

栄養素

またキュウリにはビタミンCを酸化させる酵素アスコルビナーゼ)が含まれているため、キュウリを食べるとビタミンCが破壊されると言われているが、実際は酵素作用によって還元型ビタミンCから酸化型ビタミンCに変異されるだけである。一方で、酸化型に変わったビタミンCでも体内で還元型に戻るという可逆的性質を持っているため、今日では生理作用も還元型と同等であるとされている。キュウリを食することでビタミンCが破壊されると言われた理由として、過去にはビタミンCは還元型だけに生理作用があると考えられており、酵素によって酸化型に変化したビタミンCには生理作用はないものと考えられていたことがあげられる。そのため酸化型ビタミンCはビタミンCとしてカウントされておらず、ビタミンC量が減少したように見えたという背景がある。しかしながら前述の通り、酸化型ビタミンCであっても体内で還元型に戻るため現在では還元型と酸化型を合わせた総ビタミンC量を記述することが一般的である。 

コメント

「生活保護で大学進学なんてゼイタク」

2019年06月02日 | 教育

本音を包み隠す厚労官僚の“良識”

  DIAMONDonline 2019.5.24

    みわよしこ:フリーランス・ライター 

 

   厚労官僚による「生活保護での大学等への進学は認められない」という国会答弁が、波紋を起こしている。「劣等処遇」という発想の根底にあるものとは(写真はイメージです) Photo:PIXTA

「生活保護での大学進学は認めない」

厚労省が国会で公言した内容とは

 厚労官僚による「生活保護での大学等への進学は認められない」という国会答弁が、大きな波紋を引き起こしている。理由は、生活保護法の「最低限度の生活」が大学進学を含まないからだそうだ(2019年5月21日、参院・文教科学委員会)。まるで「生活保護での大学等への進学は法で制約されている」と言わんばかりだが、その解釈は無理筋だ。

 とはいえ現在、生活保護のもとでの大学等への進学は、事実として認められていない。生活保護世帯の子どもたちは、高校以後の教育を受けるためには、学費と生活費を自弁する必要がある。手段の多くは、学生支援機構奨学金の借り入れやアルバイトとなり、疲労と不安でいっぱいの学生生活を送ることとなる。

 学費免除や給付型奨学金を獲得するためには、多くの場合、低所得でも貧困でもない家庭の子どもたちと同じ土俵で、より優れた成績や業績を示す必要がある。それは苛酷というより、現実離れした「無理ゲー」だ。しかも、浪人もできない。「受験勉強ができるのなら、働いてください」ということになるからだ。

 その子どもたちと接してきた、現場の心あるケースワーカーたちは、黙って座視してきたわけではなく、子どもたちの生活や学業を支え、勇気づけてきた。そして、声を上げてきた。生活が生活保護によって支えられているだけで、彼ら彼女らの学生生活は好ましい方向に激変する。中退によって奨学金という名の借金だけが残るリスクは激減する。

 生活保護世帯や貧困世帯で育った子どもたちも、支援者たちも、もちろん心ある国会議員など政治家たちも、「生活保護で生活基盤を支えられた学生生活を認めるべき」という声を挙げてきた。そして政府は、生活保護世帯からの大学進学に対する一時金(自宅内進学の場合、10万円)を制度化した。ほんの少しずつではあるが、期待できそうな動きが現れてきていた。

しかし、それらの積み重ねに寄せられた期待を、一気に打ちのめす国会答弁が行われた。その内容は、「自助努力と自己責任で高校卒業後の学びを獲得できない子どもたちは、高卒や大学中退で世の中に放り出されても仕方ない」と解釈できるだろう。この発想は、どこから来るのだろうか。

 実は、「劣等処遇」という用語1つで、おおむね説明がついてしまう。

 

日本人は身分制度が好きなのか

医療にも見え隠れする「劣等処遇」

   「劣等処遇」は、生活保護制度の中に包み隠されてきた考え方の1つだ。厚生省・厚労省の官僚たちの良識に封じ込められた場面も、間接的に存在が察せられた場面もある。2013年と2018年の生活保護法改正は、「劣等処遇」を丸見えに近づけた。

 現在の生活保護法にクッキリ現れている「劣等処遇」は、後発医薬品、いわゆるジェネリック医薬品だ。生活保護法では、2013年改正で「後発医薬品を優先」することとなり、ついで2018年改正で「後発医薬品を原則」とすることになった。背後に、「生活保護という“身分”にふさわしい医療」という発想、すなわち「生活保護なら劣等処遇」という考え方があったとすれば、2013年に「優先」、2018年「原則」と明確化されてきたことは、全く迷いなく理解できる。

 もちろん厚労省も、厚労省の方針を大筋のところで強く定めている財務省も、「劣等処遇を強める」とは言っていない。あくまでも、国としての課題の1つは医療費の増大であり、医療費を抑制することが必要だ。そのために、医薬品をジェネリック医薬品に置き換えたい。しかしながら、生活保護受給者でのジェネリック医薬品の選択率は、一般よりも低い。それどころか、医療費自費負担がないため、不要な治療や検査や医薬品を求める生活保護受給者もいる。だから、生活保護ならジェネリック医薬品を強制しなくてはならない。これが、大筋のストーリーだ。

忘れてはならないのは、生活保護世帯の少なくとも70%が高齢者・障害者・傷病者世帯であり、一般より医療ニーズが高いことだ。傷病者の中には、がんなどの難病に罹患したことが契機となって職業と収入を失い、生活保護以外の選択肢を失った人々も含まれる。必然的に、先発医薬品しかない疾患の罹患率も高い。だから、生活保護受給者にジェネリック医薬品を選べない場面が多くなるのは自然だ。

 しかし、政府が劣等処遇をしたいと考えているのなら、「医療費がタダだから、ご近所さんの分まで湿布薬の処方を受けて配る生活保護受給者の高齢女性」といった例に世間を注目させ、「許せない」という世論を喚起し、抵抗を受けずに「後発医薬品を優先」「後発医薬品が原則」という条文を法律に含めるだろう。これは、2013年と2018年の生活保護法改正の直前、実際に見られた現象だ。

   「生活保護でも大学へ」という動きは、「劣等処遇」があからさまになっていく時期に、並行して行われた。とはいえ厚労省としては、堂々と「生活保護なら大学に行かないでほしい」とは言いにくかったはずだ。

 その「口にチャック」は、ついに壊れてしまったようだ。

高校進学と何が違うのか

大学進学はもうゼイタクではない

 ここで改めて考えたいのは、「大学等への進学はゼイタクなのか」ということだ。

 かつての大学進学は、能力または環境や経済力に恵まれた、一部の子どもたちの特権だった。しかし現在、大学等(短大や専門学校を含む)への浪人を含む進学率は、すでに80%を超えている。もはや「行くのが普通」と考えるべきだろう。

 生活保護の過去の歴史の中には、全く同じシチュエーションがあった。1970年、生活保護のもとでの高校進学が、厚生省の通知によって認められたときだ。この年、高校進学率は80%を超えた。高校進学が当然に近くなると、若年層の就職は高卒が前提となる。

   「自立の助長」を目的とする生活保護法が、高校進学を認めないままでいると、自立を阻害することになってしまう。その観点からだけでも、進学は認めざるを得なかった。このとき、高校進学を認めた委員会の議論には、「高校まででは物足りない気もするけれども」といった文言もある。そして、高校進学を認める通知が発行された。

 それなのに、なぜ、2019年、厚労官僚は「できない」と明言することになるのだろうか。厚労省の通用門の前で待ち構え、官僚本人を質問責めにしても、納得できる回答は得られないだろう。おそらく本人も、「今、この立場にいる以上は、そう言わざるを得ない」という状況にあるはずだ。しかし、背景に「劣等処遇」があるとすれば、理解はたやすい。

 現在は、医薬品を最前線として、生活保護を「劣等処遇」の制度へとつくり変える動きが進行中だ。2013年と2018年に生活保護法が改正されただけではなく、数え切れないほどの生活保護費の引き下げや締め付けが行われている。少なくとも現政権や財務省の意向が激変しない限り、厚労省としては、大幅な脱線はできない。だから、「教育だけ劣等処遇の対象から外します」とは言えない。まことにわかりやすい話だ。

 ここで文科省が厚労省に強く反発すれば、状況は変わるかもしれない。しかし現在のところ、そういう期待を持てる状況ではない。

 

貧困の解消と教育は

地球規模の問題解決のカギ

 生活保護制度の「劣等処遇」化によって、日本は国際社会からの数多くの期待を裏切ることになるのだが、その1つに気候変動と地球温暖化がある。

 地球温暖化に関しては、まず「温暖化を抑止する」という合意があり、「産業革命以前プラス1.5℃」という数値目標がある。そして、二酸化炭素排出量など国レベルで達成すべき目標がある。しかし実際に実行するのは、各国の国民1人ひとりであり、各地域のコミュニティだ。

森林に恵まれた国が、「森林の面積を減らさない」という目標を掲げたとしよう。その森林の持ち主に補償金を支払えば、維持してもらうことは可能だ。しかし、いつまでも補償金を支払い続けることは、現実的な選択肢ではない。

 その森林を維持することで、その地域で暮らす人々の現在と将来の生活を安定させることが可能になると、事情は異なってくる。人々は、まず自分のために、そして自分の地域のために、森林を維持し、地球の他地域に貢献することになる。貢献された地域からの経済的な見返り、いわば「先進国税」の試みも、既に現実となっている。

このような好ましいサイクルを、将来にわたって維持するためには、明日のために、今日、森林を伐採せざるを得なくなる貧困の解消と、すべての人々の生涯にわたる教育機会が必要だ。先進国の都市部でも、貧困と不十分な教育は環境負荷の増大につながる。少なくとも国際会議においては、これが当然の前提だ。

 

生活保護「劣等処遇」によって

日本はどれだけの損を被るか

 生活保護のもとでの大学進学は実現しないという今回の厚労省見解を、私は心から残念に思う。何をどうすれば実現できるのか、アイディアは何も思い浮かばない。しかし、科学とコンピュータをルーツとする者の1人として、提案したいことがある。

   生活保護への「劣等処遇」を強め、大学進学は認めず、貧困を解消せず温存することによって、日本は世界の国々や人々の期待をどれだけ裏切ることになるだろうか。たとえば地球温暖化と貧困について、世界で妥当とされている計算方法を用いた場合、2010年代の生活保護政策が維持されると、どれほどの問題を生み出すことになるだろうか。日本の今後500年間の国益に対して、何百兆円の損害が生じるだろうか。

 数値と計算と統計のプロフェッショナルである財務省をはじめ、専門家集団であるはずの官僚の皆さんに、ぜひ、ごまかしなく計算していただきたい。

(フリーランス・ライター みわよしこ)


 いい天気になってしまいました。もっと雨が欲しかった。週間天気予報からも傘マークが消えてしまいました。

この木は何というものでしょう?
教えていただければ嬉しいです。

コメント (2)

ネットの居場所づくり

2019年04月22日 | 教育

不登校は甘え?「『弱さ』が許せない人」との接し方 ネットの居場所づくり注意点は……

   Withnews 4/19(金) 

 

 【#withyou ~きみとともに~】

   学校に行けなかったり、いじめられていたりする人にとって、ネットは大事な逃げ場所になります。一方で、「不登校は甘えだ」といった心ない反応が来ることも。「弱いことが許せない人」には、どのように接したらいいのでしょうか? 10代が集まるコミュニティサイト「ティーンズプレイス」を立ち上げた女性にネットの居場所の作り方を聞きました。(withnews編集部・河原夏季)

 10代が悩みを打ち明ける場

「友達いないよね、ぼっちだよねなどの言葉を数人に言われました」

「中学は今まで無遅刻、無欠席で、なんとかやってきたけれどそろそろ限界。勉強が手つかずで最近はうつ状態??かも知れません」

 「毎日が辛いです」

 「私は自分の全てを母に否定されます。何を努力しても認めてもらえない」

    いじめ、不登校、家族……。10代向けコミュニティサイト「ティーンズプレイス」の掲示板には、たくさんの悩みが並んでいます。これまでに立てられたトピックは600以上。悩みには同じ10代が耳を傾け、コメントを残します。利用は匿名で、インターネット上だけのつながりです。

.居場所がなかった中学時代

   2015年にサイトを作った初代管理人のたかれんさん(22・神奈川県在住)は、「人とのつながりが怖いこともあるけど、仲良くするのは楽しい。話せる相手がほしいときにインターネットはすごく有効な手段です」 と話します。

    たかれんさんは中学1年生のとき、いじめがきっかけで不登校になりました。

 学級委員になったことから、授業中に騒いでいる生徒を注意したり、掃除を真面目にやっていない人がいたら声をかけたりしていました。そのことがクラスメイトから疎まれ、悪口を言われるようになったそうです。

「よかれと思ってやっていたことが、クラスの人から受け入れてもらえませんでした。最終的にはクラス全体に無視されたり、陰口を言われたり、ものを隠されたり。『私は何のためにやってきたんだろう』と思いました。学校に、私の居場所はありませんでした」

 不登校打ち明けたブログに共感

    「ティーンズプレイス」は、学校に居場所がなかった経験が基になっています。たかれんさん自身、中学生のころ、不登校の経験や悩みを打ち明けているブログを見て励まされました。

   「中学校は皆勤賞で称賛される子がたくさんいました。不登校は私だけ。その子たちと自分を比較して苦しくなっていました。だから、ブログで同じ経験をした人がいると知って嬉しかったんです。匿名とはいえ、打ち明けるのは勇気がいります。打ち明けてくれてありがとうございます、とコメントしました」

    一方で、ネット掲示板では「学校に行きたくないのは甘えだ」「親に育ててもらっているだけ感謝しろよ」という意見もたくさん目にしました。「学校に行かない=悪い」と考えてしまうこともあったといいます。

「ネットに助けを求めた人に、『学校に行きたくないって思うのは悪いことじゃない』『学校に行かなくても別の居場所を見つけることができるよ』とちゃんと伝えたい」。高校入学後、相談サイトの相談員になりました。

.ネット利用の注意点は?

   相談員の経験や「ティーンズプレイス」の管理を通して、利用するときの注意点も見えてきました。一つは、「運営元の確認」です。

   「運営元がはっきりしていないサイトは利用しないでほしいです。特に掲示板など不特定多数の人が出入りするようなサービスは注意した方がいいと思います。運営元がしっかりとしていれば、通報システムがあったり、削除依頼に対応してくれたりします」

   自分の考えを否定されたり、心ない言葉を見かけたりしても、直接反論はしない方がいいと話します。反論したところで出口が見えず、気持ちが晴れることはないからです。トラブルにつながることもあるかもしれません。

「反論せずに運営者や周りの大人に報告してください。少しでもつらいと思ったらネットと距離を置く。私も最初は反論していましたが、弱い人を許せない人は、自分が弱ることを許されなかったんだろうなと思えてきました」

 スマートフォンやパソコンで何げなく見ているサイトの書き込みも、「画面の向こう側」には必ず人がいることを忘れないでほしいと、たかれんさんは話します。

  「ネットが怖いのは、相手が見えないからだと思います。でも、わたしを含め、ネット上で活動している人たちが、自分のバックグラウンドを明かしたり声をあげたりすることで、少しずつ『ネットの先』が見えてくるのではないでしょうか。そうすれば、ネットは『得体の知らない怖いもの』でなく『すてきな人とつながれるツール』になると思います」

 インターネット=広い世界

   20歳になって、「ティーンズプレイス」の管理人を10代の知り合いに引き継ぎました。自身が中学生のころは大人への恐怖心があり、サイトを始めたときから10代だけで運営しようと思っていたそうです。

 管理人は卒業しましたが、いまでもLINEや別サイトで悩み相談に乗るなど、生きづらさを抱える10代をサポートしています。

  「学校や家で苦しい思いを抱えていたとしても、それよりずっとずっと広い世界がネットです。そこには、あなたのように苦しんだ人や、あなたのような人を助けたいと思っている人がたくさんいます。この人とは合わないと思ったら、関係を断ち切ることも簡単です」

  「ネットは怖い面ももちろんあるけれど、使い方を誤らなければ絶対にあなたの人生を色鮮やかにしてくれるはず。だからどうか、ネットの先にいる人を、わたしたちを、少しでいいから頼ってみてください」

  ◇ ◇ ◇

 【#withyou ~きみとともに~】

withnewsでは、生きづらさを抱える10代に向けた企画「#withyou」を続けています。いろんな生き方、いろんな相談先があります。「#きみとともに」もつけてツイッター(@withnewsjp)などで発信しているので、みなさんの生きづらさも聞かせてください。

【お知らせ】「#withyou」が本になりました

    2018年4月からwithnewsで連載している、生きづらさを抱える10代への企画「#withyou」が本になりました。1512円(税込み)で、4月19日発売です。

 書名は『生きづらさを抱えるきみへ: 逃げ道はいくらでもある-#with you-』(withnews編集部著・KKベストセラーズ刊)。全国の書店などで購入出来ます。

    学校や普段の生活に生きづらさを感じていた人が、どうやって逃げたか、どうしたら逃げられるのか、その方法を集めました。色んな逃げ方を知ることで、自分なりの逃げ方を探し出すきっかけが見つかるはずです。一緒に「正しい逃げ方」を見つけにいきましょう。

 


4番花

部屋の中では、桃が実をつけていますが梅は、花だけだったようです。

行者ニンニク

 今日、昼過ぎに末の息子から「生まれたとのメール。予定は来月10日だったのです。2人目の孫(どちらも男)です。

コメント (2)

「こども六法」

2019年04月19日 | 教育
BRAVA山崎 聡一郎さん

「いじめは犯罪です。殴ったり蹴ったり、お金やモノを奪ったり、誹謗中傷したり、どれも大人の世界であれば警察に捕まって法廷で裁かれることになります。罪を犯せば社会のルールに従って罰を受ける、当たり前です」、「こども六法」を作った山崎さんの言葉です。

この本は、過去にイジメをうけた青年(山崎さん)が成長し、大学で法教育をテーマとして学びながら「イジメは犯罪なのだと知ってほしい。こういう本があれば、いじめを受けている子ども達の助けになるのではないか、学校現場で法律という共通のルールを理解するきっかけになるのではないか」という思いから作られました。

試行錯誤しつつ、難しい六法全書を子どもでもわかるような条文にした最初の冊子から、現在はより読みやすく、わかりやすい「こども六法」として改訂中であり、秋頃には出版予定です。

今回は、BRAVAのいじめ記事で企画協力いただいた株式会社マモルの代表取締役齋藤さんが、「こども六法」を制作した山崎聡一郎さんと対談をするということで、BRAVA編集部もお邪魔させていただきました!

私たちの生活にも、子どもたちが通う学校にも、法律は本来そこにあるべき共通のルールです。法律と聞いて「なんか難しそう」と思ったかもしれませんが、ぜひお読み下さい。

六法全書をわかりやすく「共通ルールを知っていじめ問題を考える」

BRAVA「こども六法」表紙

齋藤:まず最初に、「こども六法」を作ろうと思ったきっかけを教えて頂けますか?

山崎:僕は小学校5年の頃に最も酷いイジメを受けました。ちょっとすかしているとか、成績がよいとかがいじめっ子たちの言い分でした。いじめはどんどんエスカレートしていきましたが、当時、僕はどこに、誰に、どう「いじめの問題」を訴えればいいのかわからなかった。結局、僕は中学受験をし、別の環境に入ってイジメから逃れられましたが、いじめを受けたことは一生残る記憶です。

 大学に入ってから、テーマとして法教育を選んだのも、法教育を応用する形でいじめの問題を解決できないか、と考えたからです。しかし、これまでの法教育で紛争の解決にフォーカスしたものは、模擬裁判のように小学生を相手にするには難しすぎたり、調停や仲裁のように、教材の中に「共通のルール」という基本的な部分が欠落していたりしました。

その共通のルールである法律(六法全書)は、もちろんとても難解なものですが、これをまず小学校高学年から中学生、高校生くらいまでが「パッと読むだけで、なんとなくでもわかる」ように易しく解説できないか、と思ったのが、「こども六法」の作成に繋がりました。

 齋藤:いじめの問題と六法全書とは、すぐには結びつかないところがあると思うのですが。

 山崎:まず、いじめを受けている子が「これは間違っているんだ、誰かに訴えなくては」とわかるための判断基準や価値基準となる、その参考になるものがないんです。僕は六法全書を知って、初めて「自分が受けたイジメは犯罪なんだ」とわかりました。いじめを受けていた時に「法律の知識が少しでもわかっていたら」と思ったんです。

最初に作った「こども六法」(Kindle版にて購入可能)は、身近で具体的な道路交通法から書いてあります。それらの条文を小学生でも読んでわかるように書いたつもりです。そして、順を追うように条文を読んでいくと、例えば、子どもの権利条約についても「子どもを守るという世界中の大人たちの約束があるんだよ」となっています。

いじめを受けている子というのは、なかなか、自分から話し出せません。それは様々な理由がありますけど、そのひとつに、自分が悪いのか相手が悪いのかわからなくなるというか、こんなイジメを受けているのはおかしいことなんだ!と明確に自分で思えない、わからない、だから誰かに「こんな悪いことをされてる」と言い出せない部分があります。

でも、法律できちんと「こんなことをしたら、それは罰則がありますよ」と説明されれば、そうだ、これは悪いことをされているんだ、という思考に繋がっていく、あわよくば「だから周囲の大人に助けを求めてもいいんだ!」という思考に繋がっていってほしいと思ったのです。

新しい「こども六法」はいじめと虐待にもフォーカス

BRAVA山崎 聡一郎さん(左)

齋藤:山崎さんは「こども六法」をすべての小学校においてほしい、と思っていますよね。この本をどう活用して欲しいと思っていますか?

山崎:本当は、「こども六法」を熱心に参照することが必要な状況なんてないほうがいいんです。でも、こういう本があることを知って、一度さらっとでも読んでほしい。あるいは授業でも、共通のルールがあり、これを守らないとこういう罰則があるんだね、と話し合う機会があったらいいなと思っています。そうすればいざという時に思い出して、この「こども六法」を開いて、今自分が置かれていることを法に照らし合わせて考えてみることができるかもしれないと。

齋藤:いじめに関連して刑法が中心かと思ったのですが、道路交通法や民法、子ども権利条約まで色々と入っているんですね。

山崎:初版の冊子は確かに色々な法律が入っています。現在、改訂版を制作していますが、こちらはさらにいじめの問題を意識した法律、また最近問題になっている児童虐待などにもフォーカスした解説書になると思います。

齋藤:最初のものより、いじめにフォーカスした「こども六法」にしようと思ったきっかけは?

山崎:いじめについての授業はそもそもあまり行われていません。「いじめとは」と真正面から取り組むような方法がないんですね。でも法教育という形にすると、学校でも使いやすい、法律の教育は推進するべきという流れになっているので、そこに副教材として「こども六法」が入れれば、自然な形でいじめの問題にアプローチできるのでは、と考えました。

 さらに今回は弘文堂さん(法律関係書籍や社会学書籍を多く扱う出版社)の協力により、出版されることになりました。出版にあたってはこども六法は法律書ではなく、児童書の扱いになります。児童書ですから「読み物」としても興味を持ってもらえるようにしなくてはなりません。そこで、イラストを新しくしたり、コラムのような部分を入れたりして、色々な場面で色々な人が手にして読めるようにと意識して作っている最中です。

齋藤:いじめの抑止力にもなりますね。

山崎:実はそこが微妙な点なのですが、僕は法教育そのものがいじめの抑止力になるとは思っていません。学校は法の論理を退ける傾向が強いのですが、そんな学校も大きな社会の一部で、法を犯してはいけないんだということを認識してもらうことがより重要です。

つまり、こういうことをしたら、こういう罰則があるよ、という共通のルールを認識だけではダメで、そのルールがきちんと適用される社会ですよ、という部分を実際に見せていく必要があるんです。規則が表記されているだけでなく、それが適用されなければ、本当の意味でいじめを抑止する力とはなり得ないのです。交通ルールも、警察官がスピード違反や一時不停止などを全国で取り締まっているからみんなが守る、という面がありませんか?
悪い事だとわかる、悪い事をしたらこんな罰則が法律として決まっている、それが共通のルールとしてきちんと運用されている、と実感することが大切かな、と思うんですね。

「いじめる側がおかしい」と知り、権利を主張すること

BRAVAこども六法すごろく

齋藤:なるほど。では、いじめを今、受けているお子さんが「こども六法」から何を読み取って欲しいと思いますか?

山崎:一番重要なのは、「これはおかしい」とイジメの問題を捉えられること、それを大人に向けて発信できること、です。抑止する力以前に、今の時点では実際にひどいイジメを受けている子どもがいるのですから、その子たちが、例えば「こども六法」を読んで「こんな酷いことをされた、これは犯罪じゃないか、大人に訴えよう」と動き出す手助けになればいいと思っています。

 それと僕はイジメの被害者にとって、生き残れるかどうかというのは、自尊心にかかっていると思っているんです。いじめに遭うと、自分がなんだか間違っているような気持ちになり、ひどくなると自分を卑下してしまう。自分が悪いんだと思ってしまう。だけど「僕は正しいんだ」とわかれば、自分自身を大切にする気持ちを持って、自分のプライドを保てるじゃないですか。

「こども六法」を読んで、「僕がうけている仕打ちはおかしい」と思うこと、それを大人に訴えることは違うフェーズです。大人に助けを求めて欲しいと願っていますけども、助けをもし求められなかったとしても、「こども六法」を読むことで、この仕打ちはおかしい、自分がおかしいのではない、いじめている側がおかしいのだとわかること、つまりそこで、かろうじて自尊心が保たれる部分が生まれるのではないか。生まれてほしい、そしてイジメを受けている子ども本人が自尊心をしっかり保っていけるようになればいいと思います。

齋藤:確かにイジメを受けている子は自分が悪いから、原因があると感じている子も多いと聞きます。

山崎:それを裏付ける十分な量的データは確認できてないのですが、自分が分析した限りの質的なデータでは「自分が悪いから」という意識付けで、だから大人にイジメを受けていることを訴えられないという子どもは少なからずいる、という結果になっています。中には自分が悪いと思ってないとやっていられなかったという事例もありましたが、「こども六法」が「いや、間違ってない、僕が悪いからではない」と、そういう子どもたちの心を守ってくれたらと願っています。

「こども六法」の新版では、権利についてだけでなく、権利の主張についてまで載せようと考えています。「権利がありますよ」だけでは足りないんです。残念ながら「権利をどう主張したらいいのか」どうやったら主張できるのかを、教育現場では教えてくれないんです。例えば、いじめも被害者が訴えていく、主張していくためには、現段階では色々な証拠を揃えなくてはならないんです、それを揃えた上でどう主張していけばいいのかを、新しい「こども六法」には含めていく予定です。

もうひとつ、学校に置いてほしいというのは、子どもだけでなく、学校や教職員が法律を知るという面もあるんです。

例えば、先日虐待で小学生のお子さんが亡くなる痛ましい事件がありましたが、この事件を見ると、虐待をしていた父親のほうが法律を知っている、という事実がありますね。お父さんのほうから名誉毀損で訴えるぞ、という姿勢があり、そうなると学校側や教師としては脅迫のように思えてくる、そこにもし法律家がきちんと介在していれば、防衛策がとれたかもしれません。
「こども六法」がその役割をするとは言いませんが、この本を読むことで「法律で対応していく」方法があるんだと、なんとなくでもわかってくればいいなと思います。

齋藤:山崎さんはほかにはどんな活動をしていらっしゃるんですか?

山崎:「こども六法」の準拠教材として、「こども六法すごろく」というゲームを制作しました。中学生対象ですが、これは実際に中学校で使ってもらい、かなり白熱して盛り上がりました。とても好評だったので、自分としてはこういうアプローチ法もあるんだなと再認識した部分はありますね。

また、例えば新しい「こども六法」を使って、僕が実際に小学生に授業をしたり、先生方に向けてどういう形で利用して欲しいかということもこれから伝えたりしていけたらと思っています。

それと僕自身の活動ですが、ミュージカルに出演しています。
もともと男声合唱をやっていたのですが、大好きなノートルダムの鐘という作品を劇団四季が公演すると聞いてオーディションを受けたのが最初のきっかけでした。

齋藤:劇団四季でも活躍なさっているんですね! いじめを受けたご経験から、法教育という視点でいじめ問題へ取り組んでいる、山崎さんの幅広い活躍には驚きます。その幅の広さが、六法全書を子どもにもわかりやすく、という柔らかい発想に繋がっているのかもしれませんね。

山崎さんPROFILE

BRAVA

慶應義塾大学総合政策学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。修士(社会学)。学部在学中に教育副教材「こども六法」、法教育教材「こども六法すごろく」を作成三年生時に英国オックスフォード大学への短期留学プログラムに参加し、現在は慶應義塾大学SFC研究所所員、法と教育学会正会員、日本学生法教育連合会正会員として活動している。また音楽活動として、高校生時より各種合唱コンクールで受賞経験があり、2016年12月より劇団四季「ノートルダムの鐘」にクワイヤキャストとして出演中。


昼前まで雨。昼から晴れてきたが風が強く冷たい。
3番花

沼で何やら動くものアリ。カエルだった。そこにはタマゴが・・・

コメント

やかんちゅうがく

2019年04月18日 | 教育

やかんちゅうがく 学(まな)びの喜(よろこ)びみんなに

  東京新聞社説 2019年4月18日

 公立夜間中学(こうりつやかんちゅうがく)が22年(ねん)ぶりに埼玉県(さいたまけん)と千葉県(ちばけん)にできました。いくつになっても、外国(がいこく)からきた人(ひと)も学(まな)ぶことができます。全国(ぜんこく)に33校(こう)しかありませんが、もっと増(ふ)えるといいですね。

 埼玉県川口市(さいたまけんかわぐちし)、千葉県松戸市(ちばけんまつどし)の夜間中学(やかんちゅうがく)では16日(にち)、入学式(にゅうがくしき)が開(ひら)かれました。新入生(しんにゅうせい)の国(くに)は中国(ちゅうごく)やベトナム、ブラジルなどさまざま。10代(だい)から80代(だい)までいます。これまで学(まな)ぶことのできなかった人(ひと)たちに、ふたつの中学(ちゅうがく)では漢字(かんじ)によみがなをふって入学(にゅうがく)をよびかけました。この社説(しゃせつ)にも同(おな)じようによみがなをふりました。

 夜間中学(やかんちゅうがく)は、戦争(せんそう)などで学校(がっこう)にいけなかった人(ひと)たちがたくさんいた時期(じき)に80校以上(こういじょう)ありました。日本(にほん)がゆたかになり、やめてしまったところも多(おお)くあります。

 それでも学(まな)びたい人(ひと)たちはいます。川口(かわぐち)、松戸(まつど)とも、そういう人(ひと)たちを支(ささ)えたいと思(おも)った市民(しみん)が「自主夜間中学(じしゅやかんちゅうがく)」という学(まな)びの場(ば)を30年以上(ねんいじょう)、続(つづ)けてきました。

 夜間中学(やかんちゅうがく)のよさが見直(みなお)されるようになったのは2015年(ねん)。国(くに)が受(う)け入(い)れる対象(たいしょう)を広(ひろ)げました。つらい思(おも)いをして学校(がっこう)に通(かよ)うことのできないまま卒業(そつぎょう)した子(こ)も、もう一度学(いちどまな)ぶことができるようになりました。

 16年(ねん)に国会議員(こっかいぎいん)が「教育機会確保法(きょういくきかいかくほほう)」という法律(ほうりつ)をつくったことや、この春(はる)から、外国(がいこく)から働(はたら)きにくる人(ひと)たちの受(う)け入(い)れが広(ひろ)がったことで、国(くに)は、都道府県(とどうふけん)ごとに少(すく)なくとも一(ひと)つはつくってほしいとよびかけています。

相模原市(さがみはらし)や高知県(こうちけん)があたらしくつくることを決(き)めました。静岡県(しずおかけん)では外国人(がいこくじん)や、家(いえ)にひきこもりがちな人約(ひとやく)100人(にん)に会(あ)って話(はなし)を聞(き)き、6割以上(わりいじょう)の人(ひと)から夜間中学(やかんちゅうがく)に通(かよ)いたいと言(い)われたそうです。これから市町村(しちょうそん)などとも相談(そうだん)してつくるかどうか決(き)めます。

 夜間中学(やかんちゅうがく)では勉強(べんきょう)だけでなく、運動会(うんどうかい)や文集(ぶんしゅう)づくりなど友(とも)だちとの思(おも)い出(で)をつくることができます。不登校(ふとうこう)だった子(こ)も心(こころ)に明(あか)るい光(ひかり)を取(と)り戻(もど)し、外国(がいこく)からきた人(ひと)たちも日本(にほん)で暮(く)らすことが楽(たの)しくなるきっかけになるかもしれません。

 家(いえ)にひきこもる人(ひと)は若者(わかもの)にかぎらず、40代以上(だいいじょう)にもたくさんいることが最近(さいきん)、国(くに)の調査(ちょうさ)で分(わ)かりました。一度(いちど)つまずくとやり直(なお)しが難(むずか)しい社会(しゃかい)なのかもしれません。

 「うちには必要(ひつよう)ない」と考(かんが)えている役所(やくしょ)の人(ひと)たちも、ひとりでも多(おお)くの人(ひと)たちの人生(じんせい)をよりゆたかにできるよう手助(てだす)けできないか、考(かんが)えてほしいです。


 今日はよく動いた。万歩計はすでに12500。これからまだ2000以上歩かねばならない。万歩計を持ち始めてから新記録達成だってさ。でも、やっぱり疲れた。
 江部乙には2つの沼あある。
大きな木が倒れこんだほうが上沼。

下沼のほうが大きい。

それぞれに、7.8羽の鴨の家族が来ているここで子鴨が飛び立てるまで休んでいるのだろうか?

コメント

ご入学おめでとうございます。

2019年04月12日 | 教育

上野千鶴子さん「社会には、あからさまな性差別が横行している。東大もその一つ」(東大入学式の祝辞全文)

「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください」

ハフポスト4月12日

 4月12日、東京大学の2019年度入学式が日本武道館で行われた。

祝辞には、女性学のパイオニアである社会学者の上野千鶴子名誉教授が登壇。

2018年に発覚した東京医科大学の性別や年齢による差別的な不正得点調整について言及し、性差別について、がんばりが報われない社会、そして「知」とは何かについて新入生に語りかけた。

(省略)

【平成31年度東京大学学部入学式 祝辞全文】

ご入学おめでとうございます。あなたたちは激烈な競争を勝ち抜いてこの場に来ることができました。

その選抜試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思います。もし不公正であれば、怒りが湧くでしょう。が、しかし、昨年、東京医科大不正入試問題が発覚し、女子学生と浪人生に差別があることが判明しました。文科省が全国81の医科大・医学部の全数調査を実施したところ、女子学生の入りにくさ、すなわち女子学生の合格率に対する男子学生の合格率は平均1.2倍と出ました。

問題の東医大は1.29、最高が順天堂大の1.67、上位には昭和大、日本大、慶応大などの私学が並んでいます。1.0よりも低い、すなわち女子学生の方が入りやすい大学には鳥取大、島根大、徳島大、弘前大などの地方国立大医学部が並んでいます。ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。統計は大事です、それをもとに考察が成り立つのですから。

女子学生が男子学生より合格しにくいのは、男子受験生の成績の方がよいからでしょうか?全国医学部調査結果を公表した文科省の担当者が、こんなコメントを述べています。

「男子優位の学部、学科は他に見当たらず、理工系も文系も女子が優位な場合が多い」

ということは、医学部を除く他学部では、女子の入りにくさは1以下であること、医学部が1を越えていることには、なんらかの説明が要ることを意味します。

事実、各種のデータが、女子受験生の偏差値の方が男子受験生より高いことを証明しています。まず第1に女子学生は浪人を避けるために余裕を持って受験先を決める傾向があります。第2に東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。今年度に至っては18.1%と前年度を下回りました。

統計的には偏差値の正規分布に男女差はありませんから、男子学生以上に優秀な女子学生が東大を受験していることになります。第3に、4年制大学進学率そのものに性別によるギャップがあります。

2016年度の学校基本調査によれば4年制大学進学率は男子55.6%、女子48.2%と7ポイントもの差があります。この差は成績の差ではありません。「息子は大学まで、娘は短大まで」でよいと考える親の性差別の結果です。

最近ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんが日本を訪れて「女子教育」の必要性を訴えました。

それはパキスタンにとっては重要だが、日本には無関係でしょうか。「どうせ女の子だし」「しょせん女の子だから」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling downすなわち意欲の冷却効果と言います。マララさんのお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。

そうやって東大に頑張って進学した男女学生を待っているのは、どんな環境でしょうか。他大学との合コン(合同コンパ)で東大の男子学生はもてます。

東大の女子学生からはこんな話を聞きました。「キミ、どこの大学?」と訊かれたら、「東京、の、大学...」と答えるのだそうです。なぜかといえば「東大」といえば、退かれるから、だそうです。

なぜ男子学生は東大生であることに誇りが持てるのに、女子学生は答えに躊躇するのでしょうか。なぜなら、男性の価値と成績のよさは一致しているのに、女性の価値と成績のよさとのあいだには、ねじれがあるからです。

女子は子どものときから「かわいい」ことを期待されます。ところで「かわいい」とはどんな価値でしょうか?愛される、選ばれる、守ってもらえる価値には、相手を絶対におびやかさないという保証が含まれています。だから女子は、自分が成績がいいことや、東大生であることを隠そうとするのです。

東大工学部と大学院の男子学生5人が、私大の女子学生を集団で性的に凌辱した事件がありました。

加害者の男子学生は3人が退学、2人が停学処分を受けました。この事件をモデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女は頭が悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマに学内でシンポジウムが開かれました。

「彼女は頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者の男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大の男子学生が社会からどんな目で見られているかがわかります。

東大には今でも東大女子が実質的に入れず、他大学の女子のみに参加を認める男子サークルがあると聞きました。

わたしが学生だった半世紀前にも同じようなサークルがありました。それが半世紀後の今日も続いているとは驚きです。この3月に東京大学男女共同参画担当理事・副学長名で、女子学生排除は「東大憲章」が唱える平等の理念に反すると警告を発しました。

これまであなたたちが過ごしてきた学校は、タテマエ平等の社会でした。偏差値競争に男女別はありません。ですが、大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています。社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行しています。東京大学もまた、残念ながらその例のひとつです。

学部においておよそ20%の女子学生比率は、大学院になると修士課程で25%、博士課程で30.7%になります。その先、研究職となると、助教の女性比率は18.2、准教授で11.6、教授職で7.8%と低下します。これは国会議員の女性比率より低い数字です。女性学部長・研究科長は15人のうち1人、歴代総長には女性はいません。

こういうことを研究する学問が40年前に生まれました。女性学という学問です。のちにジェンダー研究と呼ばれるようになりました。私が学生だったころ、女性学という学問はこの世にありませんでした。

なかったから、作りました。

女性学は大学の外で生まれて、大学の中に参入しました。4半世紀前、私が東京大学に赴任したとき、私は文学部で3人目の女性教員でした。そして女性学を教壇で教える立場に立ちました。女性学を始めてみたら、世の中は解かれていない謎だらけでした。

どうして男は仕事で女は家事、って決まっているの?主婦ってなあに、何する人?ナプキンやタンポンがなかった時代には、月経用品は何を使っていたの?日本の歴史に同性愛者はいたの?...誰も調べたことがなかったから、先行研究というものがありません。

ですから何をやってもその分野のパイオニア、第1人者になれたのです。今日東京大学では、主婦の研究でも、少女マンガの研究でもセクシュアリティの研究でも学位がとれますが、それは私たちが新しい分野に取り組んで、闘ってきたからです。そして私を突き動かしてきたのは、あくことなき好奇心と、社会の不公正に対する怒りでした。

学問にもベンチャーがあります。衰退していく学問に対して、あたらしく勃興していく学問があります。女性学はベンチャーでした。女性学にかぎらず、環境学、情報学、障害学などさまざまな新しい分野が生まれました。時代の変化がそれを求めたからです。

言っておきますが、東京大学は変化と多様性に拓かれた大学です。

わたしのような者を採用し、この場に立たせたことがその証です。東大には、国立大学初の在日韓国人教授、姜尚中さんもいましたし、国立大学初の高卒の教授、安藤忠雄さんもいました。また盲ろうあ三重の障害者である教授、福島智さんもいらっしゃいます。

あなたたちは選抜されてここに来ました。東大生ひとりあたりにかかる国費負担は年間500万円と言われています。これから4年間すばらしい教育学習環境があなたたちを待っています。そのすばらしさは、ここで教えた経験のある私が請け合います。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。

そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。

そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。

女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。

あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。

これまであなた方は正解のある知を求めてきました。これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。

学内に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるからです。学内にとどまる必要はありません。東大には海外留学や国際交流、国内の地域課題の解決に関わる活動をサポートする仕組みもあります。

未知を求めて、よその世界にも飛び出してください。

異文化を怖れる必要はありません。人間が生きているところでなら、どこでも生きていけます。あなた方には、東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。

大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。

ようこそ、東京大学へ。

 

平成31年4月12日

認定NPO法人 ウィメンズ アクション ネットワーク理事長

上野 千鶴子

 ***

その一方で、こんな事件がありました。

 

文系の博士課程「破滅の道。人材がドブに捨てられる」 ある女性研究者の自死

大きな研究成果を上げ、将来を期待されていたにもかかわらず、43歳で自ら命を絶った。

 朝日新聞デジタル 2019年04月10日

 

文系の博士課程「進むと破滅」 ある女性研究者の自死

 大きな研究成果を上げ、将来を期待されていたにもかかわらず、多くの大学に就職を断られて追い詰められた女性が、43歳で自ら命を絶った。

 日本仏教を研究してきた西村玲(りょう)さんは、2016年2月に亡くなった。

 04年に博士(文学)に。05年、月額45万円の奨励金が支給される日本学術振興会の特別研究員に選ばれた。

 実家で両親と暮らしながら研究に打ち込み、成果をまとめた初の著書が評価されて、09年度に若手研究者が対象の賞を相次いで受賞。恩師は「ほとんど独壇場と言ってよい成果を続々と挙げていた」と振り返る。

 だが、特別研究員の任期は3年間。その後は経済的に苦しい日が続いた。

 衣食住は両親が頼り。研究費は非常勤講師やアルバイトでまかなった。研究職に就こうと20以上の大学に応募したが、返事はいつも「貴意に添えず」だった。読まれた形跡のない応募書類が返ってきたこともあった。

 安定した職がないまま、両親は老いていく。14年、苦境から抜け出そうと、ネットで知り合った男性との結婚を決めた。だが同居生活はすぐに破綻。自らを責めて心を病んだ。離婚届を提出したその日に自死した。

 父(81)は、「今日の大学が求めているのは知性ではなく、使いやすい労働力。玲はそのことを認識していた」と語る。

 90年代に国が進めた「大学院重点化」で、大学院生は急増した。ただ、大学教員のポストは増えず、文科系学問の研究者はとりわけ厳しい立場に置かれている。首都圏大学非常勤講師組合の幹部は「博士課程まで進んでしまうと、破滅の道。人材がドブに捨てられている」と語る。


まさに、「がんばりが報われない社会」である。「知性」「教養」のない国民を大量生産しているのだ。それが「権力」。

 

コメント

自閉症の子と

2019年04月07日 | 教育

自閉症の息子をもつ母がたどり着いた「普通」という呪縛からの解放

  週刊女性PRIME 4/6(土) 

「ジャー!」

  「横浜ランドマークタワー3階のトイレ。TOTO C425」

  スマホを耳に当てた勇太君(18=仮名)はトイレを撮影した動画の流水音を聞くだけで便器の型番をスラスラと答える。200種類以上入れてある動画のごく微妙な音の違いまで聞き分け、どの動画で試しても正解が返ってくる!

精神年齢は5歳8か月

 自宅での勇太君はほとんどの時間をパソコンの前で過ごす。トイレの動画を一心不乱に見て、ときどき家の中をぴょんぴょん走って、また戻ってきて動画を繰り返し見る。

 勇太君は知的障がいを伴う自閉症だ。先天的な脳の機能障がいで、特定のものへの強いこだわりや興味の偏り、他人との関係の形成が難しいなどの特徴がある。知能指数(IQ)は37。今年3月に特別支援学校高等部を卒業したが、精神年齢は5歳8か月だという。

  そんな勇太君を、立石美津子さん(57)はシングルマザーとして、ひとりで育ててきた。一時は親子で死んでしまいたいと思い詰めたほど大変な時期を乗り越え、穏やかな生活を手に入れた。

 「障がい児を育てる親の中には“今度産むなら健常児がいい”という方もいますが、私は自閉症児がいい。ウソもつかないし、素直だし、すっごく楽しいですよ」

 いとおしげにわが子を見つめる表情からも、勇太君のことが可愛くてたまらない様子が伝わってくる。

 「抱っこしてあげようか?」

 大きくなった息子にそう声をかけると、照れた感じで拒絶されてしまう。

  「僕は赤ちゃんじゃない!」

 それでも、立石さんはうれしそうだ。

「だって、これって会話じゃないですか。昔は私の言ったことをオウム返しするばかりでしたから、“ああ、すごく成長したな”と。健常児なら気づかず通り過ぎてしまうようなことでも、成長を感じて感動できるんですよ」

  勇太君が6歳から12年間通った放課後デイサービスのスタッフ、松本さんと石井さんも「その成長ぶりには驚きました」と口をそろえる。

  通い始めた当初、ひんぱんにパニックを起こし自閉症児のなかでも症状は重かった。それが徐々におさまり、今ではスタッフたちにお礼を言ったり手伝ったりできるまでになったという。

  「自閉症は治るものではないけど、ここまで成長できたのは、お母さんが勇太君のこだわりを認めてあげたことも大きいと思います。普通、トイレにあそこまでこだわっていたら、途中でやめてくれと言ってしまいますよ。でも、立石さんは勇太君が興味を持ったことには何でも、納得するまで付き合って伸ばしてあげたんです。そこまでできる親は、なかなかいないですよ」(松本さん)

 わが子を育てた経験を役立てたいと、立石さんは講演で話をしたり本を書いたりしている。依頼が引きも切らないのは、障がい児を持つ親はもちろん、子育てに悩むすべての親にとって、心に響くアドバイスが多いからだろう。

 「お子さんは自閉症ですね」

 立石さんは幼児教育のプロだ。幼児向け教材を作り、課外教室で読み書きなどを長年教えてきた。

 38歳で産んだのが、ひとり息子の勇太君だ。何度か出会いがある中で、大らかな人柄に惹かれた当時のパートナーと2年間、不妊治療を重ね10回目の人工授精で授かった待望の子どもだった。だが、気持ちのすれ違いもあり、結局、ひとりで育てることになった。

 出産後は文字どおり持てる力のすべてを注いで英才教育をした。生後3か月からは毎日、90分かけて絵本を30冊読み聞かせ、漢字カードや算数の教材まで見せた。

  最初に「何かおかしい」と感じたのは、勇太君が生後8か月のころだ。

 「目の前に人の顔が近づいてきても、息子は無視するんですよ。人見知りが始まるころだから、普通は嫌がるか喜ぶかどちらかなのに。私が歯科医院で治療している間、受付の人に抱っこされても親を追って泣くこともない。だから楽は楽でしたけど……」

  一方で、国旗や時刻表、数字に強い興味を持ち、複雑なパズルを瞬時に完成させたりしていたので、あまり深刻に受け止めなかった。

  2歳3か月で保育園に入園。健常児の中にまざると、「明らかに変だ」と感じた。

 「言葉はまったく出ないし、誰とも遊ばないし。仕事中も気になって保育園のライブカメラを覗くと、ずっと玄関にうずくまっている息子の姿が見えて。絶望的な気持ちになりました。どうしても周りの子たちと比べちゃって、何で自分の子だけできないんだろうって……。毎日、迎えに行くのがつらくて嫌でしたね」

  自閉症の診断を受けたのは、入園の1か月後だ。

  勇太君は卵、牛乳への重い食物アレルギーがあり、アナフィラキシーショックを起こしたこともある。アトピー性皮膚炎で湿疹もひどく、乳児のころから国立成育医療研究センターのアレルギー科に通っていた。

 診察後の雑談で、保育園での様子を話すと、主治医はその場でこころの診療部に予約を入れた。

 「お子さんは自閉症ですね」

 こころの診療部の医師は勇太君を診て1分もしないうちに断言した。

 立石さんは診察室を出て、泣きながら看護師に苛立ちをぶつけた。

 「この子をちっとも可愛いと思えない。食物アレルギーで大変なのに、なんで自閉症! こんな子じゃなかったらよかった!」

 診断に納得がいかず、あちこちの病院を巡った。耳が聞こえないから話せないのではないかと2か所の耳鼻科で検査したが、異常はなかった。児童精神科医は少なく、初診はどこも数か月待ちだが、3つの病院で診てもらった。

  だが、自閉症という診断が覆ることはなかった。

    物心がつくようになると、勇太君はこだわりが強くなり、1日に何回もパニックを起こした。

  例えば、夜7時ジャストに夕飯を食べ始めることにこだわり、1秒でも遅れるとパニックを起こす。甲高い悲鳴を上げて走り回り、そのへんの物を手当たり次第に投げたり、歯形が残るくらい自分の腕を噛んだり、壁にドンドン頭突きしたり……。

「ちゃんとしつけろ!」の声に涙

 好きなパズルもピースを置く順番が決まっている。1つでもピースが足りないとテーブルをひっくり返して暴れるので、同じパズルを3セット買って備えた。

  「3、4歳のころがいちばんしんどかったですね。普通の子の100倍くらい大変なわけですよ。こだわりを否定すると不安になって余計パニックになるから、こだわりにはとことん付き合うしかない。

  でも、こっちも疲弊してしまうから、頭にきて私が爆発することも何回もありました。泣きながらバンバン叩きまくったこともありますよ。叩いたってどうしようもないと、わかってはいるんですけどね」

 困ったのは電車移動だ。井の頭線に最初に乗ったとき、旧車両の3000系の各駅停車だった。それ以来、3000系の各停にこだわり、ほかの車両には頑として乗らない。

  いつもは勇太君のこだわりに付き合うが、ある日、急いでいて新車両の1000系に無理やり乗せたら、パニックになった。

   大声でわめき、車内を走り回ってドアに体当たりした。

 「静かにさせろ! ちゃんとしつけろ!」

 勇太君は見た目では障がいがわからない。乗客から怒号が飛んでくるが、どうにもできない。立石さんはあふれる涙を止められなかった─。

「子どもの寝顔を見ていて、一緒に死んでしまいたいと思ったことは、何回もあります。首を絞めたりはしませんでしたが……」

 うつうつとした日々を送る立石さんをさらに追い詰めたのは、騒音問題だ。

  自閉症児には聴覚過敏の子が多い。勇太君も幼いころは掃除機、ドライヤーなどの音が苦手だった。パニックを起こさないように、勇太君が寝ている朝6時に掃除機をかけていると、マンションの階下の住人から苦情が来た。多動で日常的に走り回っていた足音にも苛立っていたのだろう。事情を説明してみたが理解はしてもらえず、結局、転居するしかなかった。

完璧主義の母に育てられたトラウマ

 立石さんの父は祖父の会社を継いだ2代目社長だ。長女として生まれた立石さんは兵庫県芦屋市で3歳まで育ち、妹が生まれて間もなく東京に一家で転居した。

 お嬢様育ちの母は教育熱心で、ピアノ、習字、水泳など習い事もたくさんやらせてくれた。

 「親からは“いつもいい子にしていなさい”“100点を取らないとダメ”と育てられたんですが、私はあまり出来がよくなくて(笑)。優秀な子と比べられて、“何であなたはできないの”とよく怒られていました。だから自己肯定感が低くて、自分にダメ出しばかりしていましたね」

 父の仕事の都合で、小学2年のときに芦屋に戻り、中学1年で再び東京に転居した。立石さんは自ら希望して、中学2年になるときに編入試験を受けて、聖心女子大学の姉妹校に。富士山の麓にある規律正しい寄宿舎で、高校を卒業するまでの5年間を過ごした。

 「口うるさい母親から離れたいという気持ちがあったし、毎日が修学旅行みたいだと思ったんです。ところがどっこい、入ってみたら、もうすっごく厳しくって。勉強しろという親はいないかわりに、洗濯も掃除も自分でやらなきゃいけないし、当番で全員分の皿洗いをすると腰が痛くなっちゃう。親のありがたみが身にしみました」

 中学から大学までの同級生で、今も近所に住む中村千春さん(57)は、立石さんのことを度が過ぎるくらいまじめだと説明する。

「まじめだから突っ走っちゃうんですね。自分がこうだと思ったら、周りが見えなくなっちゃう。で、壁にぶつかってボーンとはねかえされても、ちゃんと起き上がって、また走っていくんです(笑)。

  思いつめて自分の主張を通すこともあるけど、他人に嫌な思いをさせることはないので、“美津子だからしかたないね”とみんな許容していたし、愛されるキャラでしたね。今は社会経験も積んで多少もまれた感じですけど、根本的には変わっていないと思います」

  大学は教育学部に進み、幼稚園の教員免許を取得した。卒業後、大手メーカーに就職したが、わずか2か月で強迫神経症が悪化。忘れ物を何度も確認したりして家から出られなくなってしまう。退職して精神科に入院─。

狭くなる視野、そして限界

 週2回、保育園を休ませて療育に通い始めると障がい児を持つママ友ができた。療育とは障がいのある子どもが自立できるように、医療と教育を並行して進めることだ。

 それまで立石さんは両親や友人など誰にも苦しい胸の内を明かせなかったが、同じ立場のママ友には何でも話すことができた。

  もっと年上の自閉症児を持つ親にも会ってみたい。そう思い『日本自閉症協会』に入会した。当事者と親の集まりに参加すると、30代の子を持つ50代の親など、あらゆる年代の親子がいた。

  勇太君が4歳を過ぎてもスプーンや箸を使えず、手づかみで食べていることを相談すると、先輩ママからこんな答えが返ってきた。

「世界の半数以上の国が手で食べる文化なのよ。手さえきれいに洗っておけば、問題ないんじゃない?」

  立石さんはハッとした。そして普通の子に近づけたいと焦るあまり、視野が狭くなっていたことに気がついた。

  勇太君が年長になったある日。2人で渋谷に買い物に行き、家電量販店で勇太君を見失ってしまった。どのフロアを探してもいない。自分も半分パニックになって必死に走り回りながら、同時にこんな思いが浮かんできた。

 「このまま見つからなければいい……」

  ふと店の外を見ると、横断歩道の手前で泣き叫ぶ勇太君が見え、駆け寄った─。

  なぜ見つからなければいいなどと思ったのか。理由を聞くと、立石さんはしばらく考えてこう答えた。

 「楽になりたかったんでしょうね。自閉症の子を育てるだけでも大変なのに、食物アレルギーがあったから、もう、気が抜けない。迷子センターでお菓子を出されて食べて死んでしまったらどうしようとか。ずーっと見張ってないといけないから、いつも神経がピリピリしていたんです」

 立石さん親子が歩んできた道のりを、小児外科医で作家の松永正訓さん(57)は著書『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』にまとめた。実は、立石さんからこの迷子のエピソードを聞いて、本を書こうと決めたのだと松永さんは話す。

 「勇太君が自閉症と診断されて数年後の出来事ですよね。自分の子どもの障がいを受容するのは簡単にはできないんだと実感したんです。受容したと思っても時間がたつとまた否定する気持ちになって、行きつ戻りつするんですね」

 昨年9月の出版以来、障がい児を持つ親以外の人たちにも反響が広がっている。

 「日本は横並びの文化で同調圧力が強いから、立石さんも最初は“普通”“世間並み”からはずれることに非常な恐怖感を持っていたんじゃないですか。でも、普通からはずれても、惨めで悲しいわけじゃない。生き生きとした豊かな世界があると気がついたから、今の彼女は幸せなんだと思います」

 今は普通という呪縛から解放された立石さんだが、勇太君を産むまでは、むしろ逆の価値観にしばられていた。普通以上に頑張ることを求められて育ち、期待に応えようと努力してきたからだ。

 「まさに人生のどん底でした。もともとまじめで完璧主義な人が、こうあらねばと育てられると、発症しやすいそうです。入院させられたことがつらくて苦しくって、死にたいと思ったけど死ぬ自由もないんです。鉄格子の入った窓には鍵がかかり、紐状のものは全部取り上げられて。暴れて2日間、身体を拘束されたことは、今でもトラウマですよ」

 入院は9か月に及んだ。病棟のロビーにあるテレビを見ていると、自分と同い年の松田聖子が神田正輝と結婚式を挙げる映像が流れていた。あまりの境遇の違いに、立石さんは涙が止まらなかった。

 退院後に幼児教育の道に入る。幼稚園の教室を借りて読み書きなどを教える課外教育を行う会社に就職し、天職に出会った気がした。

「教えることは楽しくてしょうがなかったです。もともと子どもは大好きなので課題ができたときの子どもたちのうれしそうな顔を見ていると、これ以上の仕事はないなと。昔の教え子から今でも手紙をもらったりするんですよ」

父の冷たい言葉と、鉄格子の少年

 多様な子どもに対応できるよう働きながら小学校、特別支援学校の教員免許も取得した。

  教材作成や指導のマニュアル作りも担当したが、立石さんはまだ24歳と若く、年上の指導員たちからは陰口をたたかれた。

 「子どもも産んでないのに、偉そうにマニュアル作って、私たちに指導する気?」

 腹が立ったが、「本当だな」とも思った。立石さん以外は子どもを持つ母親ばかりで引け目を感じていたのだ。

 ギクシャクした関係を引きずるより、自分で会社を作ろうと決意した立石さん。1千万円の貯金を投じ、1995年12月に起業し、課外教室『エンピツらんど』を始めた。

 最初の2年は持ち出しが続いたが、持ち前の熱心さで徐々に軌道に乗り、生徒数7500人、年商5億円にまで成長した。

 勇太君を産んだのは起業から5年たち、経済的な心配もなくなった2000年。38歳のときだ。

 初孫が自閉症だと両親に告げると、昭和ひとケタ生まれの父は冷たく言い放った。

 「墓守なのに難儀な子を産んだな」

  幼い勇太君がパニックを起こすと、父は「うるさい!」と怒鳴りつけた。

 母は勇太君を可愛がり面倒も見てくれたが、立石さんは悩みや苦しみを打ち明けることはできなかった。弱い自分を見せると子どものころのように「ちゃんとしなさい」と怒られる気がして、今も鎧を脱げないままでいる。

 立石さんが考え方を変えるキッカケになったのは、ショッキングな光景を目にしたことだった。

 病院の一角にある療育施設に向かう途中、ふと病棟を見ると、鉄格子の窓の向こうに小学4、5年生くらいの男の子がひとりパジャマを着て立っていた。

 近づくとベッドとイスにベルトがぶら下がっている。身体を縛って拘束するためのベルトで、見た瞬間に自らのつらい過去が蘇った。そして、その少年の姿と6歳の勇太君が重なって見えた─。

「息子の障がいがわかって、少しでも健常児に近づけたい、親の努力で何とかしてあげたいと必死でした。苦手な音を克服させようと、嫌がるのにジェットタオルを使う訓練をしたこともあります。

 でも、そうやって無理強いしていると、いつかツケが回って2次障がいを起こして入院するかもしれない。先輩ママたちから何度も忠告されていたのを思い出して、怖くなったのです。自分が鉄格子の中にいた経験があるので、よけい恐怖を感じたんですね」

 2次障がいとは、もとの障がいに適切に対応できず、心身に異常をきたすことだ。うつや不登校、家庭内暴力、自殺願望などさまざまな事態を引き起こす。

  その日から、立石さんは考え方を変えた。勇太君の世界を理解し、あるがまま受け入れよう。そう決めると立石さん自身も楽になった。

 普通という呪縛から解放

    小学校は特別支援学校に進んだ。5歳のとき「まだ食べる」と初めて言葉を発して以来、ゆっくりとではあるが、言葉は増えていた。あいさつや生活作法など学校で手厚い指導を受け、できることも増えていった。

 勇太君がトイレを熱心に観察し始めたのは、小学校高学年のころからだ。その前は消火器、非常口のマークなど興味が次々と移っていったが、トイレは飽きることがない。

 デパートなどに行くと全部の階のトイレの個室を3時間かけて見て回る。その間、立石さんはじっと待っている。勇太君はすべての便器の型を暗記し、家に帰ると数十種類の便器の絵を描き、型番を書き込む。2年前からはスマホで動画を撮影している。女子トイレは禁止、年に2回までなどルールを決め、旅行先でもトイレを何か所も撮影。帰宅後にパソコンに移す。

 小学3年生から中学までは特別支援学級で学び、特別支援学校高等部に入学した。高等部では主に就労に向けた訓練を行う。

 中学、高校と息子を勇太君と同じ学校に通わせたママ友の神崎さん(50=仮名)は、立石さんのおかげで、将来に向けて自ら情報収集する姿勢を学んだという。

 「高等部の保護者会に区の担当者が説明に来てくださった際、立石さんはいちばん前の席に座って、みなさんが疑問に感じていることを積極的に聞いてくださいました。例えば、障害年金をもらえるかもらえないかで子どもたちの将来が大きく変わるのですが、年金申請のシステムには問題点も多いのです。

 みなさんが不安を抱えていらっしゃる中、彼女は社労士や専門家の方々と積極的につながり、そこで得た情報を共有してくれます。そのフットワークのよさと行動力にはいつも驚かされますし、学ぶところが多いです」

  2015年6月、立石さんは20年間続けた自分の会社を「騙され乗っ取られるような形で手放した」という。

「私が血の汗を流して作り上げた会社だからすごく悔しいですよ。私がバカだったんです。教育に関しては長けているけど、会社の株を半分以上渡したらどうなるかとか、わかってなかったんです」

  今は講演や本の執筆を精力的に行っている。発達障がいと診断されたり、グレーゾーンの子どもが増えていることも背景にあるのだろう。特に営業しなくても月に4回は講演の依頼が入る。自治体などに呼ばれて話すと、障がい児を持つ親や、障がい者福祉に携わる人などが詰めかける。

 講演終了後は個別相談に応じる。多いのは家族の無理解を訴える声。子どもと過ごす時間の長い母親が障がいに気づいても父親や姑が認めず、板挟みになった母親がうつ状態になるケースが目立つという。立石さんのアドバイスはこうだ。

 「夫や姑には黙って、子どもを病院に連れて行けばいいんです。子どものことを優先に考えてください」

 これまで出版した著書は『立石流 子どもも親も幸せになる 発達障害の子の育て方』など9冊にのぼる。失敗談も隠さずつづり、具体的なアドバイスが満載だ。

「息子を産むまでは、完璧主義でこうであらねばという思いが強かったのですが、普通という呪縛から解放されたら自由になり、世界がものすごく広がりました。人と比べることもしなくなったし。自分がすごく楽になったのは、息子のおかげですね」

だが、そこまで劇的に変わることができたのは、教育者でもある立石さんだからではないか。そんな疑問を否定してくれたのは、前出の医師、松永さんだ。

 「勇太君を育てていくなかで、親としての気持ちがムクムクと育っていったんです。だから、今は苦しくても、どんな人でも、いつかは受け入れられるよ。そんなメッセージを彼女は発しているのだと思います」

 ◇  ◇  ◇

.勇太君の将来

 今年4月から勇太君は就労移行支援事業所に通っている。2年かけて職業訓練を受け、障がい者枠での就労を目指すが、自立するのはかなり難しい。

 では親亡き後、どうやって暮らしていくのか。立石さんだけでなく、障がい児を持つ親たちはみな、残される子どもを案じて頭を悩ませている。

 将来の見通しについて聞くと、立石さんは開口一番、真顔でこう口にした。

 「必ず落ちるとわかっている飛行機があったら、息子と2人で乗りたい。本気でそう思っていますよ」

 すでに立石さんは勇太君が終生暮らせるグループホーム作りに向けて動き始めている。入居希望者は多数いるのに空きは少ない。ならば、自分で作るしかないと考えて、勉強を重ねている。

「守らなきゃいけない存在がいるということは生きる張り合いになりますよね。今は異常なくらい食事や健康に気をつけて、健診も必ず受けています。やっぱり息子より1日でも長生きしなきゃと思うから。息子が80歳まで生きるとしたら、私は元気な118歳で! アハハハ」

 立石さんなら、本当にやり遂げてしまいそうだ。


ブログのリニューアルで、皆さんと同様いささか困惑している。今、一番の問題はブログ内「いいね!」。ある方のブログにお邪魔するとこの機能が見られたので「これがその新機能なのか」と納得したのだが、他の方のところへ行くとこの機能が全然見当たらない。この機能が見られるのは、そのひとりの方だけなのです。ところが、つい2日ばかり前、ついにこの方のブログからも消えてしまったのです。そしてわたしのブログに「いいね」してくれた方の確認はわたしの編集画面でのみ見ることができるのです。おそらくPC版では、この機能は使えないのでしょう。このような「差別」はなんのため?なのでしょう!おまけに、言わせていただくと、だれが「いいね」したか特定することができるのも嫌なのです。ちなみにFBの「いいね」は特定できませんので、これまでと同様よろしく「いいね!」お願いいたします。

 そんなわけで、これまで「いいね」くださった方、「お返し」できませんが、皆さんの一つ一つの記事にいつも「いいね」と思いながら読ませていただいております。

コメント

定時制のリアル(2) 生徒を社会に送り出すために

2019年03月18日 | 教育
 
コメント

定時制高校

2019年03月15日 | 教育

定時制のリアル(1)

困難を抱える子どもたちの学び直しの場として

埼玉県立川越工業高校定時制(前編)

imidas時事オピニオン 2019/03/15

https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-176-19-03-g533

 

      黒川祥子 (ノンフィクションライター)

   「定時制高校」と聞いて、何を連想するでしょう。もともと1948年、勤労青少年のために発足した定時制、職業と学業を両立させるために、夜間やその他の特別な時間に授業を行う高校でした。しかし発足から70年以上が経ち、勤労青少年どころか子どもの数が激減し、高校も減少する中、皆さんは定時制についてどんなことを知り、どんなイメージを抱いているでしょうか。
 いま、定時制高校に通っているのはどんな生徒たちなのか。定時制の教室で、どんなことが起こっているのか。ノンフィクションライターの黒川祥子さんが取材しました。

「給食」から一日が始まる

 17時、生徒たちが三々五々、「食堂」に集まってくる。授業開始の17時40分までが、給食タイムだ。埼玉県立川越工業高校定時制では、給食から一日がスタートする。厨房の前に並び、トレーに主菜、副菜、デザートが盛られた皿とごはんと汁物を載せ、思い思いにテーブルに着く。生徒たちはラフな私服で、髪を染めている子も多い。
「夕食には少し早い時間なのですが、実習の集中を切らさないために、授業の前に給食を食べるようにしています」
 金子典之副校長が、こう説明する。川越工業定時制には「普通科」以外に、機械類型または電気類型を学ぶ「工業技術科」があり、実習は2~3時限通しで組まれている。その時間帯は、実習に集中させたいという思いが学校にはある。さらに給食にも格別の思いのあることが、金子副校長の話からうかがえる。
「わが校では、全日制の給食は業者に委託していますが、定時制の分は、学校の職員として雇用している栄養士や調理師によって調理されます。1食800キロカロリーを目安に、栄養満点の献立が組まれています。昼間、仕事やアルバイトをしてから来る生徒も多いので、少しでも栄養のある食事を提供したい」
 この日のメインは、「五目たまご焼き」。鶏肉、ひじき、人参、枝豆、しいたけ、玉ネギ入りの分厚い卵焼きは、生徒への愛がたっぷり詰まった一品だ。副菜は「春雨のそぼろ炒め」、汁は「サンラータン」、オレンジのデザートと牛乳が付く。

 

  この日の給食は784キロカロリー。1日分の野菜の約3分の1が摂れる。

 プロの目で吟味された献立は栄養のバランスを考え、埼玉県の食材を豊富に使い、細やかな工夫が凝らされたものばかり。「さわらの幽庵焼き」「タンドリーチキン」「さばのカレー揚げ」「回鍋肉」など、メインはどれもごちそう感満載だ。毎月19日は食育の日として、「世界の料理」が提供される。10月はブラジル、11月はスペインだった。このような給食を、生徒は月5000円(1食あたり250円)で食べられるのだ。

 普通科2年の担任、社会科の新井晋太郎教諭(37歳)はクラスの生徒を見つけ、その横に座る。こうして生徒や教員が一緒に給食を食べるのも、川越工業定時制の日常風景だ。教員が生徒と一緒に給食を食べながらコミュニケーションするのも、食育の一環となっている。
 汁物もおかずも作り立てで、ほっとできるやさしい味わい。おいしい給食だ。冷え切った仕出し弁当とは真逆の、手の込んだ温かな料理。新井教諭はこう語る。

「この一食が、生徒にはとても重要なんです。生徒によっては唯一の、食事らしい食事だったりします」
 給食が唯一の食事らしい食事? 食べられればまだいい……、どういうことなのだろう。生徒たちは黙々と食べる。がやがやとした喧騒よりむしろ、ひっそりとした雰囲気が漂う。初めて足を踏み入れた定時制高校だった。定時制には、もっと荒っぽい要素があると思っていたのに……。

定時制の「現在」は?

 私を含め、ある一定年代の人が描く、定時制のイメージがある。それが「ワルの巣窟」「ヤンキー・不良の集まり」といったステレオタイプのものだ。だが、実はそうした定時制高校の従来のイメージが今、一変している。
 1980年代に定時制高校から教員生活をスタートした、英語科の長澤和美教諭(60歳)は、教員生活の最後を定時制で締めくくろうと、4年前に川越工業に赴任した。30年ぶりに見た定時制は、驚くほど様変わりしていた。
「昔と同じで、荒っぽい生徒が多いだろうと来てみたら、暴力的な雰囲気は全然なかった。いや、むしろ、元気がない。昔はほぼ全員がパンチパーマにしていたくらいですから、あまりのギャップに衝撃を受けました」
 今、定時制の入学生の中で比較的多いのは、中学まで不登校だった生徒だ。なかには、小学校から学校に通えなかった生徒もいる。いじめや厳しい管理教育などに傷ついて家にひきこもっていた子どもたちにとって、社会や学校は恐怖に満ちている。それでも意を決して、学校に戻ることにしたのだ。そのような生徒たちが戻れる重要な学び直しの場のひとつとして、定時制が機能している。
 ほかにも、生活保護世帯やひとり親家庭など、経済的に苦しい家庭の生徒もいれば、外国籍や外国にルーツを持つ生徒も多い。給食が唯一の食事らしい食事だという生徒がいるのは、家庭の中にさまざまな困難を抱えている所以だろう。
 あるいは地域にある全日制に合格したものの、勉強に付いていけずに中退し、定時制に入り直す生徒も一定数いる。あるクラスには取材時、19人が在籍していたが、このうち、全日制を辞めて入ってきた生徒は7人いた。
 一昔前のように、中卒で働かざるを得なかった子どもたちが大人になって、高卒資格を取得するために入学するというのは今やレアケースだ。また、地域の中学を卒業した、いわゆる“不良”たちは、学力面で問題があったとしても、ほぼ、全日制の中でも偏差値の低い「課題集中校」に進学するという。不良も、おじさん・おばさんも消えた定時制で学んでいるのは、さまざまな事情によって全日制から弾かれてしまった生徒たちなのだ。

少人数で丁寧に、定時制のメリット

 そもそも定時制高校は1948年の学校教育法施行で全日制高校と同時に発足した、中卒で働く勤労青少年のための「学びの場」だった。生徒たちの労働時間や生活サイクルに合わせて夜間制、昼間制、昼夜間制があるが、夜間制が大多数を占める。修学年限は全日制より1年多い4年以上とされていた(1988年に単位制高校が制度化され、必要な単位を取得すれば3年でも卒業できることになった)。給食を実施している高校も多く、生徒会や部活動などの活動もある。

 学校基本調査(文部科学省)によれば、1950年代には50万人の生徒が在籍していたが、高校進学者の急増で60年代後半から生徒数は減り始め、96年には10万6000人、近年は10万人を切っている。生徒も勤労青少年から、不登校や中退経験者へとスライドしている。
 定時制高校の特徴は、1クラス20人前後という少人数のクラス編成にある。だから、教員が一人一人の生徒に丁寧に関わることができるというメリットがある。
 川越工業定時制では1学年に普通科1クラス、工業技術科2クラス(機械類型、電気類型各1クラス)があり、1年から4年まで合計で12クラス。全校生徒は約140名だ。
 授業は45分単位で、週に20時間。17時40分から20時55分まで4時限授業を行い、ホームルームの後、21時5分からは部活動の時間となる。部活が終わり、校門が閉じられるのは22時30分。こうして4年間で、74単位以上を取得すれば卒業できる。

困難を抱える生徒たち

 教諭たちの話をうかがったところ、生徒たちの多くは、いわゆる「普通」と括られる家庭で育っていないということが衝撃だった。
 ここで言う「普通」とは、世の多くが思い描く高校生像のことだ。

たとえば朝は親が学校に間に合うように起こし、朝食があり、弁当も用意され、洗濯されたシャツや靴下に身を通し、学校から帰ればお風呂が沸いていて、夕食があり、学習する机があるという生活だ。家庭の事情で生活実態は縷々、異なるにせよ、親に世話されながら高校に通うのが、「普通」の高校生であると多くの大人たちは思っている。私もそうあってほしいと思ってきた。
 では、定時制に通う生徒たちはどのような環境を生きているのだろう。教諭たちによれば、ほとんどの生徒が、さまざまな事情を抱えていた。
 例えば、何かしらの虐待を受けた経験があるのではないか、と思われる生徒がいる。
 家族で囲むような食卓が存在しない家庭もあるという。
 経済的に困窮する世帯では1日3食どころか、1食すらままならない場合もある。
 親の働く姿を見ずに育ってきた生活保護世帯の場合、働くと言うことの意味を子どもが理解できていないこともあるそうだ。
 もはや学力云々の問題ではない。それ以前だ。
 なぜ、このような生徒が定時制に集まってくるのだろうか。
 日本が「格差社会」と言われて久しい。親の経済力と子どもの学力、進学率が相関関係にあることも「教育格差」として指摘されている。高校とは「入試」という公平な選抜制度を通して、「格差」が最初に顕在化する場所だ。格差の上層=学力エリートが通う「進学校」と、その対極に位置する全日制「課題集中校」という学力ヒエラルキーが明確になる。このヒエラルキーからはずれた子どもたちの受け皿となりうる定時制には、この社会の困難の縮図がある。

定時制の授業を参観

 定時制の授業はどのように行われるのか、興味があった。全日制との違いはあるのだろうか。大きな違いは、生徒が少なく教室ががらんとしていることだ。この日、普通科1年「数学Ⅰ」の授業の出席者は女子4人、男子2人。6人がそれぞれ教室の前方に座って、不等式についての説明を聞く。非常にわかりやすい説明で、基礎から熱心に指導していく姿勢が伝わってくる。プリントの問題に取り組む生徒たちの間を回って教員が机を覗き、一人一人の習熟度を確認する。全日制より生徒数が少ない分、細やかな配慮と指導が行われているようだ。
 電気類型1年「現代社会」は、男子生徒のみ9名の出席。工業科は女子生徒の比率が低い。新井教諭の授業だった。テーマは日本国憲法。プロジェクターで黒板にパワーポイントの画像を映し出し、ひとつひとつ丁寧に説明する。教科書も使い、ワークシートの穴埋めを指示する。熱意を帯びた、わかりやすい授業だ。
「自分でも、それから、みんなでも考えて。誰かに教えてもらってもいいから」
 その呼びかけで、4~5人が何やら相談を始める。和気藹々とした穏やかな雰囲気だ。
 普通科1年「国語総合」は漢字検定に備え、11名全員が漢字の問題に熱心に取り組んでいた。美しい文字を書く子がいて、思わず見とれてしまう。
 電気類型2年「家庭基礎」では、男子生徒でも器用に運針しているさまが驚きだった。実技科目でも静寂が保たれ、生徒は集中している。
 現代文に英語、保健体育など、見せていただいたどの授業からも、教員の並々ならぬ熱意が伝わってきた。聞き取りやすい、あたたかみを帯びた声で、熱心に生徒に語りかける教員たち。生徒はだらっとしていたり、かったるそうだったり、逆に真剣だったりと姿勢はさまざまだが、授業に集中している。中学まで授業がわからなくて放っておかれた子どもたちが、学び直しの時を生きていた。
 ほとんどの授業においてプリントを使うのは、黒板の文字を時間内に写しきれない生徒がいることと、ノートを買えない家庭もあることに配慮してだという。

生き生きと体を動かす生徒たち

 工業技術科の実習も見せていただいた。機械類型1年の「製図」。ドラフターという製図台を使っての作業だが、1年生なのでまだ基礎中の基礎だという。平面で立体を表現するため、空間認識能力も必要だし、覚えなければならない決まりがたくさんある。
「手仕上げ」は、ヤスリで金属を削る作業だ。丸棒から文鎮を作るのだが、硬い金属を削るのでなかなかつらい作業だという。作業着を着た生徒が、教員のつきっきりの指導のもと真面目に取り組んでいる。

 

   黙々と金属にやすりをかける「手仕上げ」。

「旋盤」は危険な工作機械を扱うために、徹底した安全教育を行い、複数の教員がそばに付く。
 電気類型の1年生9名は、交流の電圧測定に取り組んでいた。理論は後からでいいので、まず動かしてみようという指導だ。座学の教室にいるより、生徒たちはずっと生き生きとしている。

 

   電圧の測定器を使った実習。

 校庭では、1~3年の男子合同の体育の授業が行われていた。1年生は基礎練習で、2年と3年は試合形式で野球をしている。教員が打ちやすいようにボールを投げ、それを打って走って守るのだが、動きがぎこちなく、野球やキャッチボールをしたことがないような生徒が目立つ。

 

   夜のグラウンドで、野球を楽しむ。

 女子は、やはり合同で、体育館でのバドミントン。こちらはラリーが続くなど、慣れている様子で笑い声も聞かれ、和やかな雰囲気だ。
 部活も見せていただいた。体育館では男子バスケ、バドミントンに卓球、校庭では陸上、サッカー、野球部が活動しており、それぞれが自分のペースで楽しんでいる。
 文芸創作部や写真部などの文化部は、翌週の文化祭を目前に控え、作品作りに余念がない。描いている漫画を見せてもらったら、「すごいね」と思わず声が出た。才能を感じずにいられない。描くのが好きでたまらないといった笑顔がまぶしかった。
 窓の外が暗闇でさえなければ、ここが全日制の高校だと言われてもうなずくだろう。目の前にいる生徒たちは、髪の毛を染めていたり、自由な服装ではあるけれど、街を歩いている高校生たちとなんら変わりはない。

文化祭に参加しよう!

 川越工業定時制を訪ねたのは、もうすぐ文化祭という時期だった。新井教諭がこう話す。
「これまで定時制は文化祭に参加してこなかったのですが、去年から自分たちで作った物を売ろうと模擬店を出すことにしました。教員は結構大変ですが、すべては生徒のためですから」
 これまで家庭でも学校でも疎外されてきた子どもたちだからこそ、晴れの舞台に立たせたい。達成感を知ってほしい。そんな 定時制教員たちの願いのもと、川越工業高校文化祭「工業祭」の幕は開いた。

(定時制のリアル2 生徒を社会に送り出すために~埼玉県立川越工業高校定時制〈後編〉へ続く。後編は3月18日公開予定です)

 

 

 

コメント

いじめと教職員

2019年03月12日 | 教育

いじめ放置した教職員の懲戒案は「現場を混乱、萎縮させる」、本当に必要な対策は?

   弁護士ドットコム

     Yahoo!ニュース 3/2(土)

 

   大津市のいじめ自殺を受けて2013年に施行された「いじめ防止対策推進法」の改正作業がすすんでいる。昨年12月に超党派がまとめた改正案の「たたき台」では、いじめを放置した教職員を「懲戒処分の対象とする」と明記する内容が盛り込まれた。ところが、読売新聞が1月下旬、この案を報じたところ、一部ネット上がざわついた。

    いじめ問題にくわしい鬼澤秀昌弁護士はツイッター上で、「現場の混乱を、さらに助長させかねない」「個人的にはとても残念な方向性だ」と批判的に投稿している。はたして、その真意はどこにあるのだろうか。改正案「たたき台」の問題点を鬼澤弁護士に聞いた。

 ●現行法でも「処分」を受ける可能性あり

 ――「いじめ防止対策推進法」のたたき台では、いじめ放置した教職員(先生)は「懲戒」とすることを明記する案が盛り込まれています。そもそも、現行法はどのように定められているのでしょうか?

    現行法上、「懲戒できる」とは、明記されていません。だから、先生がこの法律に違反したからといって、ただちに懲戒処分をされるわけではありません。ただし、現行法でも懲戒処分される可能性はあります。たとえば、いじめ防止対策推進法に違反すれば地方公務員法32条に違反することにもなりますし、また東京都では、先生がいじめに加担したり、助長したり、隠ぺいしたりした場合、その悪質性等に応じて、懲戒処分されるという規定もあります。実際に処分を受けた事例もあります。つまり、いじめ防止対策推進法に懲戒処分に関する規定がなくても、まったくの野放しになっているわけではないのです。

 ――ツイッター上で「現場の混乱をさらに助長させかねない」と投稿していましたが、どうしてそう考えたのでしょうか?

    まず、議論の前提として、いじめ防止対策推進法上の「いじめ」の定義が、すごく広いことがあります。この法律は「いじめ」を次のように定義しています。

    「児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう」(いじめ防止対策推進法2条)

   ざっくり言うと、前後の文脈も関係なく、行為をおこなった児童等の主観も関係なく、心理的または物理的な影響を与える行為を受けた児童等が苦痛を感じたならば、「いじめ」とされているのです。これは、一般的にイメージされているいじめよりもかなり広いです。

   たとえば、よく言われるのは、ある生徒が好意を寄せる他の生徒に交際を求めたのに、断られたとします。この場合でも、断られた生徒が精神的苦痛を感じていれば(通常強い精神的苦痛を感じると思いますが)、その交際を断る行為も法律上は「いじめ」に該当します。また、教室でけんかをして叩かれた児童が、叩いた児童に対して「お前やめろよ」と強く言った場合であっても、それにより叩いた児童が苦痛を感じれば、「お前やめろよ」という発言もやはり「いじめ」に該当します。

   先生や学校は、「いじめ」の通報を受けたり、児童等が「いじめ」を受けていると疑われる場合、事実を調査した上で、加害児童等を指導し、被害児童等を支援するということになっています。しかし、このように「いじめ」の定義が広いので、どうしたら適切な指導・支援になるのか、判断が難しいことも少なくありません。そのような中で、とにかく法律に違反したら「懲戒」ということにしてしまうと、現場の先生たちが萎縮してしまいます。

 ――「萎縮する」とはどういうことなのでしょうか?

    どんなにささいな苦痛でも、それを見逃さずに「いじめ」として捉えて対応することで、よりひどいいじめの被害を防ぐことが目的の現行法のもとで、「いじめ」の認知件数が急激に増えてきています。しかし、「たたき台」の考え方のように、「いじめ」に適切に対応しないと懲戒を受ける点を強調すると、むしろ、「いじめ」を発見しない方向に向かうおそれがあります。

 ●いじめの定義が「世間のイメージ」と異なっている

 ――世間では、いじめは、殴る・蹴る・無視する、というように、ひどい内容をともなうと考えられています。

   繰り返しになりますが、一般的なイメージのいじめよりも、法律上の「いじめ」の定義のほうがはるかに広いです。法律上の「いじめ」の定義からすれば、「いじめ」はいくらでも起きます。だから、先生が「いじめ」を認知することで、その評価がマイナスになるということは不適切です。

   しかし、まだまだ、一般的な「いじめ」のイメージを持つ先生も少なくなく、評価がマイナスになると考えて「いじめ」の報告をしたくないと思う先生もいるでしょう。児童等が苦痛を感じたら「いじめ」という定義が浸透していないからです。

 ――では、この定義が広くないでしょうか?

   国際的に見ても広いです。メディアでも「いじめ」というと、弱い者に対して、一方的・継続的に攻撃している状況をイメージするでしょう。この法律上の定義と一般的なイメージの違いが、いじめについての議論を混乱させている原因でもあります。日弁連も昨年「いじめの定義を限定するべきだ」という意見書を発表しました。

    一方で、児童等が少しでも苦痛を感じたら、先生や学校が、何が起きたのかを調査して、寄り添って適切に対応する、という発想自体は、おそらく多くの方々から賛同が得られることだと思います。私は、これを徹底していくことのほうが大事だと思います。逆に、「いじめ」の定義を狭くすると混乱のもとになるでしょう。

   行為を受けた児童等が苦痛を感じれば「いじめ」である以上、「いじめ」であると訴えられている行為が「いじめ」でないことの方が珍しいと思います。そのため、「いじめ」かどうかの議論をするのではなく、「いじめ」であることを認めたうえで、「そのあとどうするか」ということを話していくべきです。どういう経緯であれ、その児童等がつらい思いをしているのなら、きちんと対応を考えないといけないからです。

   先生や保護者向けの講演でも、当該行為を受けた児童等が苦痛を感じれば法律上の「いじめ」に該当するので、「いじめ」か否かを議論するのではなく、どうやったらその「いじめ」を受けた児童等がもっと安心して楽しく学校で生活できるようになるかをしっかり議論するようにしてください、と伝えています。

 ――ほかにも、今回のたたき台の問題点はありますか?

   今回のたたき台の背景には、先生がきちんと児童等の指導をして児童等を抑えればいじめがなくなる、という考えがあるようです。しかし、いじめの原因は、加害児童等のストレスだったり、それに対する対応がきちんとできてないことだったりします。

   単に「いじめはダメだ」という指導だけでは、いじめを行った児童等の課題は解決できません。むしろ、その指導によりいじめがもっと陰湿化したり、いじめが止まったとしても、ほかの問題が生じたりする可能性があります。そのため、いじめが起きた場合、いじめ行為の背景にある課題を検討し、その課題の解決のためにどのようなアプローチが有効なのかしっかりと考えて対応していくことが必要です。

 ●ソーシャルスキルを学ぶ機会、学校以外の居場所をつくることが必要だ

 ――逆に、たたき台の中で、評価すべきところはありますか?

   たとえば、きちんと専任でつけるのであれば、「いじめ対策主任の設置」は素晴らしいと思っています。そうすれば、いじめに関する業務を受け持って、計画を立てて、チェックも実効的にできます。そして、いじめの重大事態に関する報告書を学校いじめ対策委員会(いじめ防止対策推進法22条に基づき設置される組織)で学ぶという点もすごく賛成です。

   現在は、児童等の生命や心身、財産に大きな被害が出るような「重大事態」が起きたとしても、学校現場では「こんな悲しい事件がありましたが、二度と同じことを起こさないようにがんばりましょう」という抽象的な話しかしないことが多いと思います。しかし、どういう事実経過でそういうことになったのか、きちんと共有することが重要です。

   ひどい事例では、どこかのタイミングで、担任以外が介入できていれば、違う結果になっていたのではないか、ということが少なくありません。私の先生向けの研修では、実際の裁判例をつかって、どうやって情報共有し、対応していけばいいのか、議論しながら考えてもらっていますが、そのとき、「重大事態」の報告書を使うことが、とても役立つでしょう。最悪の事態を防ぐことだけでなく、本来の教育にとっても、かなり良い影響が出ると思います。

 ――ほかにどういうものがあれば、いじめを防ぐことができるでしょうか?

   核家族化やゲームが発達する中で、子どもたちは、他者と接する機会が減っていると思います。いろいろな国でいじめが起きていて、「いじめ防止プログラム」が展開されている中で、ソーシャルスキル(社会の中で他人と交わり、生活していくために必要な技能)の重要性が指摘されています。

   自分の感情をどう把握し表現するか、ストレスを感じたときにどう対応するか、どうその課題を解決するか、という方法を学ぶ機会をつくる必要があるでしょう。これは、援助希求力(SOSを出す力)にも繋がるため、いじめと同じく大きな問題となっている子どもの自殺の予防の文脈でも有効だと言われています。

   また、教室や部活にしか居場所がない、ということも、児童等のストレスの原因になります。学校以外で居場所がないと、学校でいじめを受けた場合、全世界から否定されているように感じてしまいます。家庭の経済的状況等に関わらず、どの児童等も利用できる第三者による居場所、学校以外の大人とつながれる居場所、そのような社会的資源を学校が把握して、児童等に情報提供することを義務付けることも、いじめの原因となるストレスを軽減するとともに、いじめによる被害を最小限に抑えるために有効だと思います。

.    弁護士ドットコムニュース編集部

 


本当に必要な対策とは?

「先生や学校が、何が起きたのかを調査して、寄り添って適切に対応する」
これが基本ですが、現在の教職員の「働き方」では、あまりに忙しく、児童・生徒と十分な関わりが持てないのが実情です。仕事の内容を精査し直し、教員・事務職の増員を図ることこそ急務だと思われます。

 今朝の我が家の前。

下は昨日の江部乙の融け始めた沼の様子。


コメント

最後の悲鳴に心を・・・

2019年03月05日 | 教育

きょうの潮流

「しんぶん赤旗」201935

 「身を切る」という政策のもと、教員、公務職員は減らしに減らし続けられてきた。公務の本質である「奉仕者」という役割が果たしきれなくなっている…。▼千葉県野田市で起きた虐待死。みんなで解決の糸口を見つけようと、日本共産党のおだ真理市議はブログにつづり続けます。もうこれ以上、子どもが苦しめられないように。そんな願いから、この間の“公務員バッシング”の罪を問うています▼人減らしと同時に目を向けるべきは「専門性を奪われてきた歴史」だと、ブログを読んだ小学校教員は言います。「削られたのは人の数だけでなく専門性、専門的力量、専門職としての誇りや、やりがい。数え切れないほどの大切なことが奪われてきたのだ」と▼「スタンダードでそろえよ」「例外を許さないゼロトレランス(寛容度ゼロ)を」と画一的な対応を教師に迫り、「評価」で脅す。専門職が専門職として存在すること自体を許さない構図です。学校を、命をはぐくむ場ではなく、命を削る場におとしめようとしています▼「先生、助けて!」。最後の悲鳴に心を寄せられない「専門職」にしてしまったのは、いったい誰なのか。その反省もなく、「しっかり対応を」と現場を締め付けても、目の前の子どもは苦しむばかりです▼形ばかりの「再発防止策」を急ぐ。そんな繰り返しはもうやめたい。思いを集め、知恵を寄せ合い、子どもに幸せをもたらす道を模索したい。かけがえのない命を守るたたかいが今、おとなたちに求められています。

コメント