里の家ファーム

すべて無農薬・無化学肥料、不耕起栽培の甘いミニトマトがメインです。完熟したミニトマトから作る無添加ジュースは逸品です。

平成の桜ならず。

2019年04月30日 | 社会・経済
 平成のおわりに 「当たり前」をかみしめて

  東京新聞社説 2019年4月30日

今日で天皇陛下が退位され、平成の時代が終わります。特別な節目の日ではありますが、思い浮かぶのは特別とは正反対、「当たり前」のことです。

 一九八九年一月七日付の小紙の社説は「矛盾が多い消費税の価格転嫁」など二本で、「昭和のおわりに」という社説は載っていません。当然、その日が昭和の終わりになることを事前に誰も知らなかったからです。

 とまれ、平成はその翌日に始まり三十年余。思えば、呱々(ここ)の声を上げた嬰児(みどりご)が大人に、紅顔の美青年が厚顔な中高年になるほどの時間です。社説で言えば、平成時代にざっと二万本が書かれた勘定。本稿が最後の一本かと思えば、いささかの感慨を禁じ得ません。

◆原発に制御されている

 ここしばらく、メディアでは多くの平成回顧が見られました。吉凶ないまぜ、本当にいろんなことがあったのですが、「平成時代にあったこと」を一つと言ったら、やはり多くの人が東日本大震災を挙げるのではないでしょうか。

 地震・津波の恐るべき力が夥(おびただ)しい数の命を奪いました。そして、原発事故。『ジュラシック・パーク』の恐竜みたいに、人間が作り出したものが人間の制御を離れて暴走する恐怖は、それまで味わったことのない種類の恐怖でした。

 あれだけのことが起きたのに、なかったことにするつもりか、政府はなお原発「維持」に拘泥しています。もはや時代遅れ、安全性どころか経済合理性だって大いに疑問です。事故当事国の日本こそ真っ先に方向転換し、再生可能エネルギーに未来の活路を見いだすべきだったのに、今や他国に相当後れをとっています。

 動かない、いや動けないのか。もしや、いつか首相が言った「アンダーコントロール」とは、原発が制御されている、ではなく、原発に制御されている、の謂(いい)だったのでしょうか。

◆何でもないことの平安

俳人長谷川櫂さんの震災直後の作歌に、忘れがたい一首があります。<ラーメン屋がラーメンを作るといふことの平安を思ふ大津波ののち>

 あの震災と原発事故で、私たちは、それ以前には、何でもない、当たり前と思っていたことが、実はどれほど大事なものだったのかを、あらためて思い知りました。

 「行ってきます」と出て行った子が「ただいま」と帰ってくる。夕餉(ゆうげ)の食卓には家族の顔がそろう。電車は時間通り動き、パン屋にはパンが並び、コンビニにはビールや弁当やお菓子があふれ、夜の街ではネオンがまたたく。故郷の家にずっと暮らすことができて、日本の産品は「安全」の代名詞のように諸外国に扱われる…。

 こうした多くの「当たり前」が震災・原発事故で失われました。

 ここで「平成時代にあったこと」から「平成時代になかったこと」に話を転ずるなら、まず挙げるべきは、戦争だと思います。

 近代以後、明治にも大正にも昭和にもあったが、平成の時代にだけは、それがなかった。

 考えてみれば、戦争ほど、人々の営みの「当たり前」を奪い去るものはありません。過去の戦争では、どれほどの「行ってきます」が「ただいま」に帰り着けず、どれほどの「お帰りなさい」が重くのみ込まれたまま沈黙の淵(ふち)へと沈んだか。食べるものがある、住む所や働く所、学ぶ所がある。そうした無数の「当たり前」を戦争は燃やし、壊しました。

 昭和がその後半、どうにか守った「戦後」を平成は引き継ぎ、守り抜いた。そのことは無論、素晴らしい。ですが、このごろ、どうにもきなくさいのです。

 他国の戦争に加われるようにする憲法解釈の変更に始まり、それに基づく安保法などの法整備、さらには事実上の空母を持つとか、敵基地攻撃可能な巡航ミサイルを持つとか、安倍政権が次々打ち出す策は「専守防衛」を骨抜きにし、「平和主義」をぐらぐらと揺さぶっています。

 まるで、「戦後」という平和の鐘が一つ、また一つと溶かされ、まがまがしい「戦前」という剣に鋳直されていくような。

 歴史や過去に学ぶのなら、「戦後を維持し、原発から脱却する」のが当然なのであって、「戦後から脱却し、原発を維持する」なんて、そう、あべこべです。

◆「戦後」を脱却させない

 どうあっても「戦後」は続けなければなりません。無論、明日から始まる新たな時代も、ずっと。

 高浜虚子の名句を借りるなら、そうした私たちの誓い、願いこそが<平成令和貫く棒の如(ごと)きもの>であると信じます。少なくとも人間のやることで、人々のかけがえのない「当たり前」が奪われることがないように。「当たり前」の平安をかみしめながら、平成の背中を見送りたいと思います。


今朝起きると外は霜。もう氷点下はないとほざいたばかりだった。
江部乙の方はプラス気温のようだった。でも、今日開花するとの予想は、みごとに外れてしまった。

夕方より雨。明日昼頃まで雨模様。少し寝坊してもいいかな?

明日から3日まで15℃以下という気温なので、どうでしょう?
下は北こぶし。

コメント

春、本番

2019年04月29日 | 自然

札幌、函館でソメイヨシノ満開 札幌は過去5番目の早さ

 2019/04/29 16:09 ウェザーニュース

 29()、札幌管区気象台は札幌市のソメイヨシノが満開になったと発表しました。平年より8日早く、去年と同じ日の満開で、統計開始以降では1990年と2018年と並んで過去5位タイの早い記録です。

 また、函館でも満開となったほか、室蘭では平年より7日早く開花が発表されました。

(中略)

 北海道のこの先1週間は、寒暖差はあるものの気温は平年並か高めの日が多くなるため、道北や道東でも順次開花していきそうです。


 そうなのです。江部乙の敷地内にある桜もつぼみが膨らんでいます。明日は20℃という予報ですので、明日の開花になるのではないかと期待をしているのです。写真、明日アップします。

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現代考

2019年04月28日 | 社会・経済

室井佑月の連載対談「アベを倒したい!」第13

ゲスト 金平茂紀(前編)

金平茂紀と室井佑月、萎縮するテレビで孤軍奮闘を続ける二人が語る実態! メディアはなぜ安倍政権に飼いならされたのか

   リテラ 2019.04.25

   安倍政権の言論弾圧体質によって、どんどん悪化している報道の萎縮。なかでも、ひどいのがテレビだ。第二次安倍政権発足以降、政権に批判的なキャスターやコメンテーターが次々と降板に追い込まれ、上層部から現場までが政権の顔色を窺い、批判的な報道はほとんどできなくなっている。

 そんななか、今回は地道に果敢に政権批判を続ける数少ない番組のひとつ『報道特集』(TBS)キャスターを務める金平茂紀氏をゲストに迎えた。金平氏といえば、『筑紫哲也NEWS23』番組編集長、TBS報道局長、アメリカ総局長などを歴任。定年退職後の現在も、『報道特集』キャスターを継続し、政権への厳しい批判も厭わない姿勢を貫いている。

そんな金平氏に、やはりテレビでコメンテーターを続けている室井佑月が迫る。なぜテレビはここまで萎縮してしまったのか。御用ジャーナリストが跋扈する理由とは何か、そして、安倍政権下でテレビに何が起きたのか。テレビで孤軍奮闘を続ける二人の激論。まずは、前編をお読みいただきたい。

(編集部)

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室井 金平さんがこの対談に出てくださってすごいびっくりしました。これまでレギュラー的にテレビに出ている人にはみんな断られていたんです。金平さんは『報道特集』のキャスターをしているのに、こんな対談に出てくださって!

金平 僕はもう2016年にTBSの執行役員の任期も終わっているから、契約ベースでやっている。というか、TBSも扱いかねているんじゃないですか? TBSには定年まで長く勤めていたけど、以前、室井さんと一緒に共謀罪反対の呼びかけ人をしたことあったでしょ? あの記者会見をやった1週間後に呼び出されて上層部に言われたんです。「お引き取り願おうか」と。呼びかけ人と直接の因果関係はないんだろうけど、「もうそろそろ、こういうことをやる人間は扱いかねる」っていう空気があったんじゃないかな。

室井 あると思います(笑)。だって、わたしも同じですから。かれこれ20年情報番組に出ていますが、最近は毎回、会議で名前が挙がってるみたい。「次、降板」って。でも、わたしを降ろしたあとに番組と同じ考えの人を呼んじゃうと、わかりやすすぎるし、ちょっと休んだだけでネットにすごく書かれるから、降ろされそうで降ろされない(笑)。まあ、今後は分かりませんけど、たぶん、五輪前に辞めさせたいんじゃない。

金平 こう言っちゃなんだけど、同じような立場の2人で対談なんかやっていいのかな(笑)。

室井TBSはかつて“報道のTBS”と呼ばれていて、とくに『筑紫哲也NEWS23』 時代の、家族でやっているような雰囲気は大好きでした。金平さんも筑紫ファミリーだったでしょ。

金平 筑紫時代は全スタッフ、そして番組もが一体となった感じで、うまく回っていた。筑紫ファミリーという疑似家族のような。でも、いまでは良き疑似家族はとっくに壊れています。「老壮青」って言っていたんですけど、いまは誰もファミリーとか思っていない(苦笑)。

室井 でも、TBSと言えば報道だったじゃないですか。

金平 かつてね。

室井 いまでも他局よりは頑張ってると思うけど。

金平 他が酷すぎるんでしょう。論評にも値しないようなところがほとんどになっちゃって。僕はいま65歳だけど、僕らが学生時代のテレビは、NHKは体制を代表する本当のことは絶対言わないメディアで、“お上の代弁者”として捉えられていた。そんななか、民放の報道ではTBSが圧倒的に強かった。かつて『JNNニュースコープ』(19621990年放送)という番組があって、田英夫や古谷綱正、入江徳郎とかのベテランどもがいて、結構な迫力があったんです。当時、「NHKTBS、どっちが本当のことを言っているのか」と問われれば、みんながみんな「TBSに決まってるじゃん」と言うくらいに力があった時代だった。その頃、他の民放は、テレ朝は、NET=「日本教育放送」時代で報道には力を入れていなかったし、フジテレビは娯楽路線、日本テレビはプロレスと野球。報道をやっていたのがTBSだった。だから本来強いのは当たり前なんです。

ワイドショーが報道化して報道がワイドショー化、重要な問題が無視

 室井 でも今後はどうなんですか? わたし、情報番組に20年出てますけど、どんどん変わってきていると実感していて。たとえば政治的な問題が起きても、ワイドショーで取り上げるのは「細野豪志が二階俊博と会った」とか本質に関係ない話ばかりで、あとは安倍応援団が安倍首相の代弁を主張していて。

金平 かつてワイドショーとストレート報道の関係は、新聞社でいうと週刊誌と本紙みたいな、妙な上下関係があった。「報道は偉いんだ」という意識ですね。ワイドショーや情報番組はいわゆる井戸端会議。でも、現在のようなネット社会になり、ネットで出ている言葉と、印刷されて出るオールドメディアの言葉が受け取る側から見ると等価になっている。そんな時代ですから、報道番組もワイドショーも等価と捉えられる時代になっちゃった。だからテレビの本質からいうと、どっちもどっちなんです。

室井 テレビも視聴率至上主義だから、森友事件や辺野古新基地建設のことより、「貴乃花が離婚した」ということを取り上げる。ある意味仕方ないとは思うけど、カルロス・ゴーン事件では、その本質にはほとんど触れず、ゴーンが釈放されて変装していることを延々とやる。すごく変だし、本質をごまかそうとしている意図を感じるほど。

金平 ワイドショーが報道化して、報道がワイドショー化したということじゃないかな。いま、夕方のニュースを見ていてもほとんどワイドショーじゃないですか。やってるネタも変わらない。「テレビなんだから同じ」と平準化されてしまった。

室井 テレビ局も番組づくりを制作会社に任せている体制だし、制作会社もなんだかネトウヨ路線の会社も多くなっていて。だからそういう政治ネタを延々流されるより、むしろ「スズメバチが民家の軒先に巣をつくっちゃった」という特集を組んでくれたほうがマシって思っちゃいますよ。しかも沖縄の基地問題という日本にとって需要な問題も、アリバイ的に触れるだけ。

金平 興味ないもん、制作側も視聴者も。実は本土の多数派は沖縄のことに興味ないんですよ。悲しいですけれど。

室井 あります! わたしは興味ありますよ。だって基地問題は沖縄だけの問題じゃないもん。

金平 本来はその通りなんです。僕も在京メディアのなかでは沖縄問題を取り上げ続けている自負はあるし、通い続けてもいる。でも、普通の報道マンは違う。「沖縄やったって数字ついてかないから、やったって仕方がない」と平気で公言している局員もいます。

室井 取り上げ方だと思う。「安倍政権に歯向かってる」みたいなつくり方したら、みんな面白いから絶対見るはず。

金平 いやいや、「安倍政権に歯向かってる」というつくり方をしようと思う報道関係者なんて何人いると思ってるんですか? 室井さんも本当はわかってるでしょう。どんなスタッフがどういうことを考えながら原稿を書いているか(笑)。

室井 確かに、すっとぼけて論点をずらしてるとは思います。それは嘘をついているのと同じことだと思う。たとえば、消費税を取り上げるにしても、ポイント還元の話を何時間も延々とやる。それより増税前の約束と違う使われ方をされようとしていること、大企業は減税されて税収入のトータル額はほとんど変わってないということを指摘すべきなのに。

メディアが生み出した安倍政権の傲慢、統計不正問題でも厚労省が酷い会見

金平 わかりやすいからね。自殺した西部邁さんが言ったようにJAP.COM(アメリカ属国株式会社)になっちゃったんだよ、日本は。西部さんの言う通りで、国全体が株式会社みたいになっちゃって、儲けをいくらにするとか、ポイント還元とかの話ばかり。日本人のなかに数値主義、視聴率主義がすっかり根付いてしまった。でも、日本の196869年頃はめちゃくちゃ面白かったんです。たとえば最近、「1968年 激動の時代の芸術展」に行ったけど、赤瀬川原平のニセ千円札事件についての展示があって。ニセ札をアートとして制作したが起訴された事件だったけど、裁判になって、法廷で証拠物として“ニセ札”が陳列された。それを彼らは「展覧会」と称していて。しかも当時、時代の最先端にあった彼らは数値をバカにするんです。何でも数値化して何かやるのって「バカじゃないの?」って。でも、いまは数値、数値、ポイントポイントばかり(笑)。原子力資料情報室の伝説的人物の故・高木仁三郎も、1970年代、すでに「朝日ジャーナル」で数値化への批判をしていた。数字を物神化させ、それが唯一の価値の尺度となっている批判だったけど、実際、いまの世の中そうなってしまっている。もちろん税金の話もね。

室井 消費税増税にしても「ポイント還元で儲かる」って言われても、そもそも自分たちが払った税金でしょ。それを還元するって言われてもなんだか詐欺にあっている気分だもの。詐欺といえば、福島第一原発の事故対応費が民間シンクタンクの資産によると最大81兆円だというのが朝日新聞に出ていたけど、数値化がそんなに好きなら、81兆円ってすごく大きい金額だし、ワイドショーで出したら国民ぶったまげだと思うけど、ぜんぜんやらない。

金平 いまの政権にとって数値は自分たちの主張を通すための後ろ盾として使う道具だって考え方だから。数値は客観的な事実とか、そういうものではないという。道具だから。だから都合のいい数値しかあげられない。都合の悪い数値は隠す。

室井 最近では厚生労働省の統計不正なんか典型でしたよね。国民を騙すために政権と官僚が好きなように数字を操作できちゃう恐ろしい時代だと実感しました。

金平 ひどい話だよね。あのとき、厚生労働省が報告書を出したときの記者会見に行ったんです。厚生労働省特別監察委員会の樋口美雄委員長が、とにかくひどかった。会見の時間を区切っちゃって、ろくな解説もしないし、記者もあまり突っ込んだ質問しないんだよ。見てて腹立っちゃって。こんなことで記者クラブの連中も納得しているのか?と大いに疑問に思いましたよ。そのなかで僕は一番の年寄りだから「こんなので納得すると思ってるんですか?」というような質問をしたら、会見場が何だかシラっとするわけです。

室井 すっかり飼いならされてる感じがします。番記者なんか政治家が外遊するときにも同じ飛行機で同行したりして。

金平 ドキュメンタリーをやっていた先輩にこんなことを言われたことがあるんです。「記者の起源なんて(取材対象者に)同行して飯食わされたり飲まされたりして情報の密使の任務を果たす、そういうやつがおまえらの起源だよ」って。たとえば今野勉とか村木良彦などTBSが輝いていた時代のドキュメンタリストは「報道のストレートニュースをやっている記者は敵だ」なんて言ってたからね。「どうせ御用聞きだろう?」って。そのくらいラディカルだった。そういう人たちと番記者の間には緊張関係があったから、逆に僕なんかは悔しいから「そんなことストレートニュース部門の俺たちは言われたくない」って思って、一生懸命がんばって、スクープをモノにしようとしましたけどね。

望月衣塑子記者問題の官邸前デモに参加した記者はわずか2030

室井 番記者との緊張関係といえば、東京新聞の望月衣塑子さんが話題ですよね。それまでほとんどまともな質問をしなかった記者クラブのなかで、菅偉義官房長官に果敢に質問して。それで官邸から排除され恫喝されているのに、他の記者は知らんぷり。逆に「彼女がいると邪魔だ」って言われちゃったりして。会見を見ていても、記者はみんなうつむいてパソコンをカタカタしてるだけ。

金平314日に首相官邸前で新聞記者などメディア関係者らと市民約600人がデモをおこなって、望月記者への嫌がらせに抗議したけど、しかし現役の報道記者は、正直に言うと、2030人くらいかな。あとはOBOG、リタイアした人。現役記者としてはデモに参加すると会社に睨まれる可能性もあるからね。でも、それでは大きな力にならない。一線にいるメディア関係者が大挙してやらないと。人ごとじゃなくて自分たちの問題だという意識が希薄なんてすね。しかも望月記者が孤軍奮闘しているなか、江川紹子などが“どっちもどっち論”を主張するなど、ひどい状況です。

室井 自分は関係ない。自分の問題じゃない。番記者なんだから政府幹部センセイの言い分を聞いていればいい。そんな意識なんじゃない。だから望月さんの記者としての当然の問題意識も理解しないし、ひとり怖い思いをしているのも理解できない。わたしも秘密保護法のデモに行ったことありますが、周りを見渡したらメディア関係者や新聞社の人すら本当に少なくて。味方がいないって、本当に怖い。

金平 僕らの本来の仕事は、「権力は監視するものだ」ということで、とにかく権力を批判することです。「ウォッチドッグ」とも言うけど、そうした批判精神を失ったらメディアは存在価値がない。あと、これは筑紫さんが言っていたことだけど「マイノリティになることを恐れちゃダメだ。マジョリティなことを言い出したらダメ」だと。ダイバーシティ、多様性が大切で、一色に染まるのは「気持ち悪い」と。それはメディア人にとって基本ですよね。権力監視、少数派を恐れるな、多様性を尊重する。この3つがあれば少々の失敗は仕方ない。でも、いまのメディア状況を見ると、全部逆の方向にいっている。権力監視じゃなくて、ポチ、御用記者に成り下がり、それを恥じるどころか嬉々としている。田崎史郎とか岩田明子とか、大昔の山口敬之とかね。権力の真横にすり寄って、人事にまで口を出すようになる。

室井 なんでそんな御用記者がうじゃうじゃいて、まかり通っているのか、まったくわからない。

金平 特に最近顕著だと思うけど、テレビの制作側からしたら「政権に近い=便利に使える」という意識もあると思う。一方、御用記者は、政権や総理に近いことを、社内的生き残りの処世術、人事に使うわけです。「わたしは総理と直接話ができますから」と。みんな苦々しく思っているけど、そういう記者は社内的に力を持ってしまう。

室井 安倍政権で置かれた内閣人事局の構造、やり方と一緒じゃない。安倍さんに近い人、お友だち、イエスマンばかりが出世する。

金平 そうです。それがメディアがダメになった原因のひとつですね。御用記者が優遇され社内で出世する。メディア企業で、安倍政権と同じような構造が出来上がっている。ガタガタうるさいことを言う奴はパージされ、吠えないやつのが「かわいい、かわいい」と重宝される。

室井 なんか話を聞いていると、悔しくて絶望的な気持ちになるね。

 (後編)

『報道特集』金平茂紀と室井佑月が激論!
なぜメディアは沖縄を無視し、韓国ヘイトに覆われてしまったのか

  『報道特集』(TBS)キャスターの金平茂紀氏をゲストに迎えた室井佑月の連載対談。前編では、安倍政権下で萎縮するジャーナリズムや御用メディア化、テレビの現場で何が起きているかを語ってもらったが、後編ではさらに、無視される沖縄基地問題と嫌韓報道の増殖、リベラルの退潮と排外主義の蔓延がなぜ起きたのか、にも踏み込む。ヒートアップするふたりの対論をぜひ最後まで読んでほしい。(編集部)

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室井 メディアの御用化について話してきたんだけど、私が怖いのは、直接的な圧力とか忖度で黙らされてるうちに、みんなの価値観じたいが変わりつつあるということなんです。昔は社内的にマイノリティでも、カッコいいジジイがいて、頑張っていた。本多勝一とか筑紫哲也とか、リベラル左寄りのカッコいいジャーナリスト、メディア関係者が多かったと思うけど、いまは逆。ヘイト発言をするネトウヨみたいな人や、「高齢者の終末医療費を打ち切れ」なんて新自由主義的な主張する古市憲寿みたいな人、体制寄りの人がもてはやされて支持される。百田尚樹や高須クリニッックの高須克弥院長にも熱狂的ファンが付いている。いま、なんでこっち側が「カッコいい」と思ってもらえないんだろう。カッコよければ流れも変わると思うのに。

金平カッコいい”。それは大事なキーワードで、今後考えなければならないテーマだね。たとえば沖縄のキャンプシュワブの前で座り込んでいる人たちのスタイルは、確かにカッコよくはない。沖縄平和運動センター議長の山城博治さんとかが「すっわりっこめ〜♪ここへ〜♪」と歌うように促して。これって1950年代の三井三池闘争のときの労働運動歌なんです。それじゃあ若い人はついてこない。安保法制のときのSEALDsの成功を見て、ラップなど新しい試みが必要だね。ところが、いまの若者のなかには、「人と違ったりすることが嫌」という意識も大きい。自分の意見を自分だけで言うのがストレスだと。でも、戦前には自分の主張を貫いた若者もいた。先日『金子文子と朴烈』という韓国映画を観たんです。金子文子は大正天皇の暗殺を計画していたとされ、大逆罪で逮捕有罪(死刑判決、のちに無期に減刑)になった人物だけど、公判で「天皇陛下だって人間だろう。クソも小便もするだろう」と言い放ったらしい。それを演じる韓国人女優のチェ・ヒソもめちゃくちゃ魅力的で、セリフも自分たちで公判記録に基づいてつくって。“天皇陛下だって人間”のセリフも再現している。

室井 カッコいい人はいるんだもの。でも、それが広がらないしムーブメントにならない。若い人たちにもなかなか受け入れられない。そもそも弱者でもある若い人が、自分たちの首を絞めてる安倍政権を応援しているんだから。そういう人に議論を挑んだりもするけど、「自民党以外にどこがあるの?」「安倍首相以外、適任者いないですよ」なんて言われるだけ。

金平 僕も絶望的な気持ちになることもありますよ。僕からすると「格好いいな」と思う若い人はいるんです。でも、同世代にとってそういう若者は「怖くてついていけない」存在らしいしね。ラディカルだったり、自分で考え主張することを嫌う。お利口で聞き分けがいい。しかも30代、40代のメディア企業でいうと編集長とかデスク、キャップクラスがものすごい勢いで保守化している。韓国の金浦空港で厚生労働省の幹部が酔ってヘイト発言して逮捕されたけど、メディア関係者だって「いまの韓国政権なんか大嫌いだからあんなの叩きゃいいんだよ」って平気で口にする人もいるんだから。

ポータルサイトに氾濫する産経の記事、無視される沖縄の米軍基地問題

室井 そうした保守化というより国粋主義・排外主義化ってどうしてなの? わたしには本当に理解できない。

金平 はっきり言うとお勉強していないんです。たとえばここ数年、ベネズエラでは深刻な経済危機で略奪が頻発し、強権的な政権の下、危機的状況が続いている。でも、ベネズエラのことを語るとき、南米の国々が、これまでアメリカにどんなことをされてきたかを知らないと、まともな報道はできないはずです。しかしそうした歴史に興味を示さないし、勉強しない。

室井 勉強じゃなくても、映画とか小説からとかでもいいのにね。わたしはそうして勉強した。

金平 みんなスマホしか見てないからね(笑)。これってすごい大事なことで、つまり、知識を得るときに、最初の入り口がスマホだと、ここで目にするのはポータルサイト。そしてそこにはライツフリーの産経の記事が氾濫している。僕のようにアナログ世代は、新聞を読み比べることでリテラシーを取得してきたけど、それがない。しかもネットニュースの字数は少ないから、ロジカルに物事を考える機会も少なくなる。しかもコミュニケーションの基本が変わってきているから、考え方も大きく変わる。僕らの仕事も、スマホとPCがないとなりたたなくなっている。

室井 価値観も大きく違っちゃってるしね。でも、ある意味、楽。若い編集者は飲み会もしないし誘ってもこない。原稿をメールで送って終わりだから(笑)。

金平 でも、そうした変化には弊害も感じますよ。ポリティカル・コレクトネス(PC)ってあるじゃない。PCがあらゆるところに行き渡った社会ってどういう社会になるかって話をある哲学者が書いていたけど。ベトナム戦争の時代にアメリカ軍が空爆してナパーム弾で村が焼かれて、裸の女の子が逃げてくるピューリッツァー賞を取った写真があった。戦争の悲惨さを伝える写真の一枚でベトナム戦争終結にも寄与したはずだけど、いまあれはダメなんだって。女の子が真っ裸で局部も写っているから、PC的に言うとNG、ダメだと。その話を聞いてびっくりして。それがまかり通ってる。

室井 すごい時代になった。文脈とか一切無視なんだね。効率主義がここまできたのか。

金平 だから右の政治家たちが「文学部とか廃止しよう」なんて言い出す。そしてポスト・ヒューマニティ、つまりAI・人新世・加速主義といった社会の諸問題が絡み合うという新潮流のことだけで。でも、効率主義で言うと、これは実は沖縄問題にも通じると思っています。沖縄の基地や経済について東京のメディアは「面倒臭い、関わりたくない、数字取れない」と。沖縄のことは自分たちに関係ないというスタンスがまかり通る。彼らにとって沖縄のことは実感がない=バーチャルなんでしょうね。それがいまの沖縄と本土、そして政府との関係を二重写しにしている。だから沖縄タイムスや琉球新聞が報道しようが、東京のメディア関係者には関心さえない。これはひどいよね。

室井 基地だって、アメリカのまともな学者や軍人は「いらない」って言ってるんでしょ。しかも沖縄では1995年に小学生の少女がアメリカ兵3人に暴行されたというひどい事件があったじゃないですか。それで沖縄だけじゃなく日本全体が反基地・反米感情で盛り上がって。でも、いまは沖縄問題を取り上げない。テレビ関係者は「視聴率が取れない」って言うけど、それは言い訳で嘘だと思う。東京オリンピックだってこれからますます盛り上げる気満々でしょ? テレビで取り上げた商品も爆発的に売れるでしょ? そう考えると、能力はあるくせに、基地問題をやろうとしない。安倍政権になって沖縄と政府の関係が悪くなって。だから忖度している部分もあるんじゃないかと勘ぐってます。

局内にアンチ筑紫哲也の人たちがたくさんいることに気づかなかった

金平 残念ながら、いま僕が担当している番組だって、「沖縄の基地問題をやろう」って言ってもあまり反応はないと思います。生活密着型と称して、身近な、小さなストーリーを取り上げるのは一定の意味はあるでしょう。けれども一方で、社会的なこと、政治的なこと、世界のホットスポットで起きている論争や対立を取り上げることは、どこかで面倒臭いという意識が強いのではないかと思う。

室井 でも、韓国軍のレーダー照射問題とかは喜んで延々と放送して。みんな拳をあげて「けしからん。韓国許せない」って。政治評論家もコメンテーターも煽ったほうが儲かるからか、煽る煽る。しかもネトウヨ評論家になったほうが、講演の仕事も来るし。わたしは安倍政権前は講演がたくさんあったのに、いまはほとんどこない! 原発事故もそう。放射能はきちんと測るべきと言ったらバッシングされ、メディア関係者も「そういうことを言うのはいじめだ。福島の物を食べて応援しよう」って。食べてもいいけど、まず測れって言っただけなのに。本当に変な世界にいると思っちゃった。

金平 すぐに風評被害を持ち出すのがメディア。子どもの甲状腺がんにしても、すごい数になったら「検査をしちゃいけない」って。室井さんの言うように本当に変な世界に迷い込んだようだ。昨年、文科省の放射線副読本が改定され、そこから「汚染」という文字が全部消えた。その代わりに強調されるようになったのが、「復興」と「いじめ」という言葉なんですから。

室井 でも、こうして金平さんと話していると、考え方は似てるけど、ひとつ違うのは年代です。金平さんの時代は筑紫さんとかカッコいいジャーナリストがいたけど、わたしたちの世代にはいない。上の世代から引き継げなかった。

金平 僕らの時代にしても、先行世代の背中は見てた。日本赤軍とか連続企業爆破とか、三島由紀夫とか。それらの現象は、内実が解明されないまま、いまだに突出している、宙づりになっている、と僕は思ってるんです。そして、幸いなことに筑紫哲也というオヤジがいた。一緒に何でも話し合い、好き放題できた。迂闊だったのは、それを快く思っていなかった人が局内にいっぱいいたってこと。気づかなかった(笑)。だから筑紫さんが死んだ瞬間に、「なんだこのやろう」と反発を受けた。本当に迂闊だった。いまのテレビがなぜダメになったかというと、こうした継承がうまくいかなかったというのはあると思う。

室井 それで逆に左翼オヤジでもヒドいのが広河隆一。あれは本当に許せない!

金平 実際、ひどいことをされた被害者がいっぱいいたわけで、僕も申し訳ないけど、知らなくて。昔、「DAYS JAPAN」のDAYS国際フォトジャーナリズム大賞の審査委員を34年やったけど、結構勉強になったんです。3日間くらい写真ばかり見るんだけど、報道写真は目に焼きついているものが多い。広河さんが編集部でそんな権勢をふるって、そんなことをやっていたなんて思いもよらなかった。

室井 御用ジャーナリスト山口敬之の事件と重なっちゃう部分もあるしね。自分の立場を利用したっていう。でも、山口事件のような、体制寄りの人が、性暴力ふるってもあちらの陣営は権力を使ってもみ消すけど、広河さんみたいな人がやると致命的になる。わたしが正直に思うのは、右のオヤジと左のオヤジがいて、両方女性差別主義者なんだけど、右のオヤジは「女は自分より下で弱いものだ」と思っているから庇ってくれることもある。でも左のオヤジはそれさえなくて、ただ差別してくる(笑)。「どうせバカなんだから」って。女性差別オヤジで言うと、右も左もひどい。ちなみに左のオヤジは食事しても割り勘にしようとする。でも右のオヤジは「俺が払うよ」って金は払う。

金平 わかりやすすぎる。ただそれでその人の、写真家としての業績も同じように終わっちゃう、全否定されるというのは……難しい問題も残りますね。

室井 ピエール瀧が逮捕されたときに作品をお蔵入りにしたのとも似ている話で、ピエールには被害者がいないけど、広河問題は被害者がいる。単なる愛人問題とかじゃなく、性暴力の問題だから。

エコー・チェンバー・エフェクトをどう乗り越えるか

室井 それにしても金平さんと話していると、メディア状況は最悪だし、その背後の安倍政権を言葉や言論によって倒せそうにないし、どうしたらいいんですか!

金平 並大抵じゃないんですよ。今回の対談もそうだけど、結局、室井さんと僕の考え、ベースは同じでしょ。それは市民運動をやってる人たちや、“良心的”ジャーナリストなどもそう。“内輪”だけで話をしても、「そうだよね」「そうだよね」となる。それは密室のエコー・チェンバー・エフェクト、こだまになっちゃう。これではやはり、政権は倒れないし、カッコ悪いと思っていて。そこから一歩進んで、安倍政権を支持している人々とも対話する。マイケル・ムーア監督の映画『華氏119』なんかいい例だと思うけど、ムーアはドナルド・トランプの熱狂的支持者と話をすることで、トランプ大統領を誕生させたアメリカ社会に切り込んだ。そして全員が「トランプ! アメリカファースト!」と叫んでいるなかで、講演をする。すごかったのが「お前たちの言っていることはわかるし、だけどお前たちも俺もアメリカ人で、こういう方向を目指してたじゃないか」って言うと、みんなトランプ支持者だった奴らが泣き出して。最後は「マイケル・ムーアが選挙出ろ!」みたいなことになる。日本でもこれは可能なんじゃないか。もちろんネトウヨや在特会なんかはしんどいかもしれないけど、安倍政権を支持している普通の人とは会話ができると思っている。「他に誰がいるの?」くらいに思っている人たちって、結構いっぱいいるはずだからね。

室井 確かに、一方的なテレビの報道で、ここ数年で考える正義の方向性がちょっと歪んでしまった人、いびつになっちゃった人って多いかもね。でも、そういう人たちに対して、上から目線で距離を置いたり、自分が無関係なスタンスを大人だと考えている人はずるいよね。

金平 安倍首相の自民党総裁4選も大っぴらに語られているし、元号が変わって大騒ぎしてるけど、このままでは何も変わらない。変わったのはむしろ若い人たちの考え方、思考様式だと思う。望月衣塑子記者の件でも思ったけど、たとえばスマホの普及で、スマホ的価値、つまり記者会見で「なに面倒臭いこと言ってるんだよ」「もっと簡略にお願いします」「質問は10秒以内」などと邪魔する人間は、すでにそうした価値観に毒されている。ロジカルに長々と質問することだって記者にとっては大切なはずだし、面倒臭いことは大切なんことだと思う。面倒臭い奴は必要だとさえ思う。

室井 わたし、生まれたときからずっと面倒臭い人間だから。あっ、金平さんも同じだね。

構成・編集部 

 

金平茂紀  1953年生まれ。1977年にTBS入社後、モスクワ支局長、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長などを歴任。2016 年執行役員退任後も現在まで『報道特集』のキャスターをつとめる。

室井佑月 作家、1970年生まれ。レースクイーン、銀座クラブホステスなどを経て1997年作家デビューし、その後テレビコメンテーターとしても活躍。現在『ひるおび!』『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)、『大竹まこと ゴールデンラジオ』(文化放送 金曜日)などに出演中。


 ゴールデンウィーク、始まりました。長い文書ですが、10連休持て余している方にどうぞ。いや、お忙しい方にも是非。

 昨日は寒さのあまり、ハウス内の保温ばかり考えていました。今朝、目覚めると強さに驚き、すぐにハウスを開けに行かなければならない状態でした。それでも一応顔を洗い、飯を食い・・・。また、今日は車が多い。何とか7時過ぎに到着。38℃でした。

今年はカタクリが出てこないなと思っているとまったく別のところに出ていました。

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雨宮処凛がゆく!第480回:裁判官に人権教育と性教育を!〜無罪判決に、抗議の「#MeToo」〜

2019年04月27日 | 事件

雨宮処凛がゆく!第480回:

裁判官に人権教育と性教育を!〜無罪判決に、抗議の「#MeToo」〜

 

マガジン9 2019年4月24日

 https://maga9.jp/190424/

 

   「子どもの頃に強制わいせつの被害に遭いました。20歳になってから記憶が蘇って、PTSDの症状で学校に行けなくなりました。ご飯も食べられなくなりました。夜も眠れませんでした。もう10年以上経ちました。非正規で、バイトして、ギリギリで生活してて、それでやってるバイトでセクハラ。ふざけんじゃねぇよ! どうして、被害に遭う私たちが、社会を転々としないといけないんでしょうか?」

 トラメガを持った女性が声を震わせながら言うと、あちこちから嗚咽が上がった。4月11日夜。この日開催されたのは、性暴力と性暴力判決に抗議するスタンディング・デモ。東京駅近くの広場には、花を持った400人ほどが集まった。その多くが、女性。それぞれが持つプラカードには、「裁判官に人権教育と性教育を!」「おしえて! 性犯罪者と裁判長はどう拒否したらヤダって理解できるの?」「Yes Means Yes!」「#Me Too」などの言葉たち。

 この日のアクションを呼びかけたのは、作家の北原みのりさんなど。昨今相次ぐ性暴力への無罪判決に抗議しようと企画された。判決の多くに共通するのは、女性の意思に反した性交だったと認めながらも、「抵抗が著しく困難だったとは言えない」「抵抗できない状態だと男性が意識していなかった」などの理由で無罪が下されている点だ。午後7時。アクション開始と同時に、北原さんはトラメガでこのひと月ほどに相次いだ判決について触れた。

 3月12日、福岡地裁。テキーラなどを飲まされ、意識が朦朧としていた女性に性的暴行をした事件。女性が抵抗できない状況を認めつつも、男性は女性が合意していたと勘違いしていたとし、無罪。

 3月20日、静岡地裁。強制性交致傷に問われた男性が、「被告から見て明らかにそれとわかる形での抵抗はなかった」として、無罪。

 3月28日、静岡地裁。当時12歳の長女を2年間にわたり週3回の頻度で強姦した罪に問われていた父親に対し、「家が狭い」ことを理由に、長女の証言は信用できないとして、無罪。

 4月4日、名古屋地裁。中学二年生の時から娘に性虐待をしていた父親が、無罪。その理由は「心理的に著しく抵抗できなかった状態とは認められない」から。

 わずか一ヶ月の間にこれほど続いた司法判断を受け、この日のアクションが急遽、開催されたのだ。

 集まった女性たちからは、次々と怒りの声が発された。最初のうちは著名人によるとスピーチだったものの、後半は、参加者が飛び入りでマイクを握り、自身の思いを吐露した。

 父親から精神的な暴力を受けてきたという高校生は、父親からひどい扱いを受けてきたことから生まれた、男性への嫌悪感について語った。

 音楽フェスで痴漢に遭い、警察に届けた女性は、友人たちが「そこまでするんだ」と引き気味だったことに失望し、「これは、殴られた方が同情されたなって思いました」と話した。

 10代の頃通っていたある専門分野の「先生」から性的暴行を受け続けていたという女性は、当時加害者に「これはレイプです」「強姦です」と言ったものの、「じゃあ今までの授業料一千万持ってこい」と言われ、親にも誰にも言えずにそのまま被害を受け続けた日々のことを話した。

 また、アクション前日に「ちょっと好きかな」という男性と食事をしたという女性は、「明日、MeTooのデモに行く」と言ったところ、引いた姿を見て、「彼やめた」と思ったと語ってくれた。

 「『俺も一緒に行くよ』って、『俺も勉強したい』って言ってくれる彼を探したいと思います」

 その言葉には、大きな拍手と歓声が上がった。

 北原みのりさんは、無罪判決に声を上げると「感情的に批判するな」と司法の専門家からも諫められるような現状について、飲酒運転厳罰化の流れと比較して、語った。

 飲酒運転による痛ましい事故が続いた際には、遺族感情や世論が社会を動かしたからこそ厳罰化となったのに、性犯罪に対してはなぜか「感情的になるな」とやたらと言われる。飲酒運転で家族を亡くした人には誰もそんなことを言わなかったのに、だ。

また、「週刊SPA!」の「ヤレる女子大生ランキング」に抗議した学生も、「なぜ被害者ばかりが苦しむ社会なのか」と怒りをあらわにした。

 「人が殺されたら、殺された方が悪いなんて言われません。なのに、なんで『化粧が濃い』『スカートが短い』『長い髪』と言われるのか。そんなの関係ないじゃないですか」

 アフターピルについて運動をしている女性も、「性教育もノーを尊重する教育もされないのに、レイプされた時は抵抗することを求められる」「被害者を守る法律、なんでないの?」と訴えた。

 財務省のセクハラ問題をきっかけにして結成された「メディアで働く女性ネットワーク」の林美子さんは、多くの被害者が、時間が経っても苦しんでいる実態について触れた。それまでメディアでいい仕事をしていた女性たちの将来が、性暴力によって潰されてしまう。人生を断ち切られてしまう。一方で、加害者は何事もなかったかのように生活している。

 「我々を人間扱いしろ!」

 「ふざけるな!」

 そんな声があちこちから上がった。

 底冷えする寒さの中、アクションは、2時間に渡って続いた。なんだか、奇跡みたいな2時間だった。みんなが泣いていた。私も泣いた。気温は低かったけれど、あたりにはすごい熱気が漂っていて、多くの人がいつまでも広場で話し続けていた。一人で参加した女性が、同じように一人で参加した女性と話し込む姿があちこちで見られた。新幹線で遠方から駆けつけた人もいた。

 相次いだ無罪判決を受け、開催されたアクション。どの判決も納得いかないものだったけれど、特に私がショックを受けたのは、実の父親による娘への性暴力の件だった。

 私の知人には、父親に性虐待を受け続けた果てに、父親の子どもを出産した女性がいる。

 『一億総貧困時代』という本で書いているのだが、彼女と出会ったのは2016年のお正月。年末年始の越年中だった。ホームレス状態の人のために用意されたシェルターに入っていた30代の彼女は、幼い頃から父親に性的虐待を受け、17歳で堕胎したものの、27歳で再び父の子を身ごもり、出産したことを教えてくれた。母親は、彼女が小さい頃に家を出ていた。幼い頃からすぐに暴力を振るう父に怯えながら、祖母と三人で暮らしてきたという。父親は祖母にも暴力を振るうことから、祖母は性的虐待のことを知りつつも、孫を守ってはくれなかった。

 そんな彼女は、10代の頃から、何度も大人たちに助けを求めていた。警察にも訴えたし、役所にも行った。しかし、父親の性虐待から逃れるため家出を繰り返していた彼女には、「不良少女」というレッテルが貼られていた。17歳で父親の子を堕胎した時も警察に行ったものの、当然、父親は事実を否定。祖母も息子が逮捕されることを恐れて否定する。結局、彼女が「嘘をついている」ということにされてしまった。以来、彼女は実家と歌舞伎町の路上、様々な施設などを転々としながら生きてきた。

 実の娘を犯し続ける父親は、「お母さんが一人しか子ども産めなかったから、その代わりに自分の娘のお腹を借りて子どもが欲しかった」と言っているのだという。なんという陳腐な「正当化」だろうか。こんな言い分が通用すると思っているのだろうか。

 が、彼女の父親は、現在に至るまでなんの罪にも問われていない。堂々と、一般社会で暮らしているわけである。私はこの事実が信じられなかった。しかも法的にはなんの制約もないので、彼女に今後かかわらないような措置をとることもできない。その上、虐待は性的なものだけではなかった。父親は、「障害年金がもらえるから」という理由で、彼女を知的障害ということにし、小学校、中学校を特別支援学級に入れたのだという。よって一般の義務教育を受けていない彼女は、仕事につくことも難しい。父親は、娘の「教育を受ける権利」まで奪っていた。

 現在進行形で、被害は続いている。そして彼女は、深い心の傷を負っている。

 彼女の苦しみに触れていたからこそ、今回の無罪判決には心をえぐられる思いがした。被害に遭った女性たちは、どれほど深い闇に突き落とされただろう。そうして裁判の行方を見守っていた中には、今まさに性虐待の只中という人もいるはずだ。そんな人たちは、あの判決にどれほど傷ついただろう。そして加害者は、「無罪というお墨付きを与えられた」と思ったのではないだろうか。

 「正直、この国で子どもを産みたいかと言ったら、産みたくない。たぶん変わらないだろうと思ってしまう」

 この日、スピーチした一人の言葉がやけに残っている。

 だけどこの日、寒空の下で、今まで決して表に出ることのなかった何かがマグマのように噴出した。今まで言えなかった言葉。自分さえ我慢すればいいと歯を食いしばって飲み込んでいた言葉たちが、決壊するように溢れ出した。

 この夜のことを、私は決して忘れないと思う。

 そしてまた、集まりたい。みんなでいろんな話をしたい。


寒い、寒い!

今朝のようす
 本当に積もってしまいました。日中の気温も上がらず、7℃止まり

それでも明日からは15℃位の日が続き氷点下となるのは明日朝だけのようだし、雪マークもこれでなくなりました。明日は部屋の苗を江部乙のハウスまで運びます。とは言え、ジムニでは、知れたもの。積み重ねることもできないのです。

こちらは、先に移動した雲南百薬(オカワカメ)を株分け等で鉢上げしたもの。

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平和行政を統括する人間が平和に反することを率先して行い、二次被害に加担

2019年04月26日 | 事件

自殺した長崎市幹部からの性暴力と市からのセカンドレイプを訴え、女性記者が提訴(コメント全文)

女性記者は「変わらない長崎市の姿勢に失望し、絶望し、今もなお苦しめられています」とコメントを発表した。

ハフポスト NEWS  2019年04月25日

   中村 かさね (Kasane Nakamura)

    2007年に長崎市の平和式典に関する取材中に同市幹部(当時)から性暴力を受けたとして、女性記者は長崎市(田上富久市長)を相手取り、約3500万円の損害賠償とホームページや市広報への謝罪広告の掲載を求めて長崎地裁に提訴した。

 4月25日、東京と長崎で女性記者の代理人が記者会見した。

訴状によると、女性記者は2007年7月、長崎平和式典に関する取材相手だった原爆被爆対策部長(当時)から呼び出されて性暴力を受けた。

元部長は地元紙の取材に「合意の上だった」と釈明していたが、同年11月1日に自殺。本部町(原文ママ)と親しい別の幹部が週刊誌報道に対して「部長は女性記者にはめられた。自殺の原因は女性記者にある」などと虚偽の噂話を流し、ネット上では女性記者に対する二次攻撃が始まったという。

 都内で会見した中野麻美弁護士は、「市には記者の名誉を回復し、防止策を講じてもらいたいと再三頼んできたが、ままならず、やむを得なかった。弁護士としては慚愧(ざんき)の念に堪えない思いですが、このような事態となった」と語った。

長崎市は2007年12月に「取材するあなた様と本市本部長との間でこのような事案が発生したということに関しては問題があったと考えているところであり、誠に遺憾に思っている」という報告書を記者側に提出したという。

中野弁護士は「男女の関係をうかがわせるような表現で、これで誤魔化そうというのかという怒りがある。被害者を愚弄している」と怒りを込めた。

会見に同席した角田由紀子弁護士も「”平和”と”男女平等”と”暴力根絶”は一体の問題。平和行政を統括する人間が平和に反することを率先して行い、二次被害に加担した。非常に皮肉な事件だ」と指摘した。

 女性記者は会見には出席しなかったが、A4用紙いっぱいのコメントを発表。

被害から12年が過ぎた今も「人と接する怖さが抜けず、記者失格だと思うこともあります」と明かした。

休職を経て復職した今も一線から退かざるを得ない状況が続いているといい、「変わらない長崎市の姿勢に失望し、絶望し、今もなお苦しめられています」と訴えた。

 

これまでの経緯は?

2007年

長崎市では4月に伊藤一長市長が銃撃されて亡くなる事件があり、この年の長崎平和式典(8月9日)は伊藤市長の追悼と合わせて平和宣言を行うこととなっていた。

式典直前の7月29日には参院選も控えていたため、国内外の要職が一堂に会する式典は大きな注目を集めていたという。

被害後、女性記者は体調不良のまま式典を取材。他者の記者や市の職員に被害を相談するなどしたが、PTSDなどでやがて出勤できなくなり、8月中に長崎を離れた。

10月と11月、女性記者が勤める報道機関は長崎市に抗議。

12月、市は「本部町の死亡により、すべての事実関係を明らかにすることが困難になった」と発表。女性記者らに対して「取材するあなた様と本市本部長との間でこのような事案が発生したということに関しては問題があったと考えているところであり、誠に遺憾に思っている」と報告した。

2008年

8月、女性記者は第三者委員会の設置を要求したが、長崎市は拒否。

10月、女性記者が日本弁護士連合会に人権救済申し立てを行った。

2014年

2月、日弁連が市役所や市議会での虚偽の噂が女性記者へのインターネット攻撃につながったと認定。長崎市に対して女性記者の名誉を回復するための謝罪と再発防止を行うよう勧告。

2017年

長崎市は日弁連の勧告について「調査が不十分」だとして受け入れを拒否。

2018年

3月、長崎市が「同意の上か否か、職務上の権利を利用したものか否かを容認することはできない」として、勧告の受け入れを再度拒否。

2019年

3月、「今後は金銭要求も含め一切の請求を行わない」ことを条件に女性記者へ謝罪すると「解決案」を提示。

4月、女性記者側から、市が本部町の性暴力と二次被害の責任を認め、謝罪することなどを盛り込んだ「解決案」を提示したが、これを断られたために提訴に踏み切った。

長崎市は「差し控える」

長崎市は「現時点では、訴状が届いていないため、コメントを差し控えさせていただきます。今後、訴状の内容を精査し、対応してまいります」とする田上市長のコメントを発表した。

 

記者本人のコメント

おぞましい事件から約12年が経ちます。あまりに唐突で、自分に何が起きたのか認識はできたものの、言葉にすれば自分が壊れてしまいそうでした。なぜ私なのか。私はただ必要な取材をしていただけなのに。今も分からないままです。取材相手を信頼した自分が間違っていたのか。自分を責めました。

長崎にとどまり何とか勤務を続けましたが、最後は逃げるように長崎を離れざるを得ませんでした。情けなくて悔しかった思いは今も鮮明です。

その後に待ち受けていたのは、誰の発言か分からない事実と異なる中傷でした。インター ネット上にも掲載、拡散され、今もネット上に残っています。今も見ると胸が張り裂ける思いです。人と接する怖さが抜けず、記者失格だと思うこともあります。

 

私は休職を経て復帰しましたが、以前のように一線から退かざるを得ない状況になりました。3・11東日本大震災当時は思うように仕事ができない自分にもどかしさを感じました。

 

日本弁護士連合会から人権侵害を認定する勧告が出たことで、私はこれまで2回、長崎市にこの問題の解決を求めてきました。

私は赴任中、平和都市ナガサキ、人権と核兵器廃絶をうたうナガサキを取材してきました。 しかし、その平和式典に関する取材中に、しかも平和式典を担当する幹部に性暴力を受けた のです。日弁連の勧告を受けても、日本新聞労働組合連合による今回の抗議と要請を受けてもなお変わらない長崎市の姿勢に失望し、絶望し、今もなお苦しめられています。

 

性暴力を受けた女性記者は私以外にもいると聞いています。身に起きたできごとに圧倒されて、どれほど多くの女性記者が無念の思いで仕事をあきらめたり、その後の人生を変えられたと思うと、やるせなさでいっぱいです。

私の身に起きた性暴力は私自身が知っています。記者として不正を知りつつ報道現場から去ることはできないとの思いが、支えの一つになり、私は今も報道機関にとどまり続けて います。

主治医や弁護士、支援者たちが、これまで私を支えてくれました。日本で性暴力被害者の支援がもっと身近に受けられるようになることを願っています。

 

ただ、私の身に起きたことは、私の家族の全員には打ち明けていません。すべて話せる日はもう来ないかもしれないという不安もつきまとっています。

唯一、母にはすべてを打ち明け、私の回復を辛抱強く待ってもらいました。今回の決断も 尊重してくれました。ずっと心配をかけてごめんなさい、そしてありがとう。(以上)


本当に雪降るの?

予報によると今夕から明日朝9時ころまで雪マーク。昨日までは比較的暖かく、「ひょっとすると今月中に桜咲くんじゃない?」などと思っていたのだ。明日も6度までしか上がらず、今日と同じだ。でも、その後がまた15℃超えが続く。ひょっとしたら?やっぱり!になる可能性はまだあるのだ。ちなみに、このあたりの桜開花日はゴールデンウイーク明けの10日ごろなのです。

春の小川とヤチブキ


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藻谷浩介氏が語る、世界の中の日本とその未来とは?

2019年04月25日 | 本と雑誌

世界一の富裕国・ルクセンブルクには、なぜ高級車も高層マンションもないのか

  文春オンライン4/25(木)

 

   「超高齢化社会・少子化の日本はこれからどうやって食べていったらいいのだろう」「これから地方都市は次々と崩壊する?」――漠然とした将来への不安を抱える日本社会に対して、ルクセンブルクがモデルケースとしてヒントになるという。最新刊『 世界まちかど地政学NEXT 』を上梓した地域エコノミストの藻谷浩介氏が語る、世界の中の日本とその未来とは?


国民ひとりあたりのGDPが日本の2.6倍もあるルクセンブルク

 ――ルクセンブルクというと、ドイツ、フランス、ベルギーに囲まれた小国で、日本人からすると馴染みの薄い地域です。なぜこの国に注目しているのでしょうか?

藻谷 ルクセンブルク大公国は、佐賀県程度の広さで人口は60万人ほどの極小国ですが、国民ひとりあたりのGDP(国内総生産)は10万ドル超、つまり日本の2.6倍以上もある世界一の富裕国です。今から30年ほど前、私がまだ大学生の頃に訪れたときは鉄鋼業の国でした。普通なら、イギリスのバーミンガムのように鉄鋼中心の都市は凋落の一途をたどるはずが、いつの間にかルクセンブルクは金融で浮上した。いまや、ロンドンやフランクフルトに次ぐ、一大金融センターになっているんですね。

 ――なぜそんなことが可能になったんでしょうか。

 藻谷 不思議ですよね。どこかの本に理由が書かれているのかもしれませんが、私は本の前に「現地を読む」という主義です。その場を自分で訪れて、「何があるか」、そしてそれ以上に「本来あるはずなのにないものは何か」を観察するのです。

ルクセンブルクの中心地になかったもの

藻谷 私は名探偵ホームズや怪盗ルパンのシリーズを多年愛読しているのですが、ホームズもルパンも、同じ方法で推理をします。警察が「現場に何があったか、何が落ちていたか」からシナリオを組み立てては失敗するのに対し、ホームズやルパンは、「そういうシナリオなら、他にあれも落ちているはずなのに、現場には見当たらない。なぜあるはずのものがないのか。とすれば本当のシナリオは何か」と考えるわけです。

 ということでルクセンブルクの中心を歩いてみたのですが、まず高層マンションがありません。富める都市はNYにしろシンガポールにしろ、あるいはお台場でも、街の中心に超高層マンションが林立して、その上でワインを飲みながら我々のような下々の者を見下ろしている人たちがいるものですが(笑)、ここはヨーロッパの古き良き田舎町という風情でスノッブ感ゼロ。美味しそうなレストランは少ないし、賑やかなお店は全然なくて、空き店舗が目立つほどです。しかも、都市の繁栄には必須のはずの交通のアクセスもすごく悪い。行きは近くのブリュッセルからは電車でも車でも3時間もかかり、帰りはLCCが飛んでないからこのご時世に正味2時間のフライト片道6万円もかかりました。そんな中でなぜ金融ハブとして成り立っているのだろうと。不思議ですよね。

 ――いわゆる富裕都市にあるものが「ない」わけですね。

藻谷 小奇麗な街を歩きながら、高級外車を見ないことにも気づきました。「俺は金持ちだぜ」って見せつけるような、“華麗なるギャツビー”や成金らしき人の姿もほとんどいない。表向きには、ごく普通の静かで上品な地域にしか見えないんです。居住者の45%は外国人で、特にポルトガル人の労働者が多いそうなのですが、単純労働者が作業しているのを見ないし、ホームレスも寝ていない。そうやって「不在」のものを洗い出していくと、「格差を最小化する」ことで金融業と社会秩序を成り立たせてきたこの国特有の知恵が見えてきます。

ルクセンブルクが世界一の富裕国になった仕組み

 ルクセンブルクの稼ぎ手は「放牧された金融業」です。金融という暴れ馬を、野放にしつつコントロールして、その「上がり」を取っている。小さな独立国なので、EUの規制の範囲内とはいえ、ロンドンやフランクフルトがなれないオフショア市場になれる、つまり規制を緩めて怪しい資金も含め大量のお金を呼び込んでいるのです。いわばドル圏のケイマン諸島みたいなポジション取りをユーロでやっている。スイスにもちょっと似ていますが、スイスは独自通貨なので、ユーロ圏のルクセンブルクの方がEUから資金を集めやすいという強みもあります。

 ちなみに日本もルクセンブルクに対し、2017年ですと6000億円ほどの第一次所得黒字(金利配当を得たことによる黒字)です。リスクの高いオフショア市場で大儲けしているルクセンブルクに、日本企業も投資してそれだけのおこぼれを得ているわけです。とはいえ、金融関係者は国民の1割もいません。彼らだけが葉巻をふかして外車にのって、高層マンションを建てまくればどうなるか? 目に見える格差が拡大して、社会秩序が崩壊しますよね。小国ほど互いの格差が見えやすいので、とくに配慮が必要です。

 ――格差を最小化する仕組みを意識的につくってきたということでしょうか。

 藻谷 その通りです。帰国してから調べてみたら、格差の大小を示すジニ係数が小さい。移民層もそれなりの水準の所得を得ているんですね。移民が非常に多いのに貧困が表に見えない地域として代表的なのが、シンガポールとカナダとルクセンブルクでしょう。端的にいうと、シンガポールは他宗教排斥や人種差別の言論を封じることで、カナダは福祉国家として移民にも平等に教育機会を与えることで、そしてルクセンブルクは富裕層が富を見せつけない配慮によって、不満が生じにくくしています。それは最良のテロ対策にもなっていることは言うまでもありません。

  そんなルクセンブルク人は、歴史の経緯の中でフランス化したドイツ人です。日常語はドイツの方言、食べ物もドイツ料理ですが、たとえば法律用語はフランス語。文弱なフランスにも野暮なドイツにもなりきれないという国民意識は、第一次大戦を経て強まり、先の大戦でナチスに蹂躙されてからさらに高まった。でもフランスとドイツが喧嘩をするたびに、どちらかに侵略されてきた歴史があり、単独で安全保障は無理。ではどうしたかというと、ベルギーやオランダと手を結んで、EU形成の中核になるんですね。EUの中にフランスとドイツを収め仲良くさせることで、自国の独立を守り抜いたのです。

大国の狭間にあるルクセンブルクと極東の島国日本

 ――大国の狭間にあるという地政学的な位置を踏まえ、対応した戦略をとってきたわけですね。極東の島国日本にも参考になる部分が多そうです。

 藻谷 そうなんです。小国といえど学ぶべき点がいくつもあります。第一に、製造業中心の堅実な国柄だったのに金融でも稼ぐ国へと変化したことです。得意分野を一つに決めつけないという姿勢は、日本の各県にも参考にしてもらいたい。

 第二に、非常に強い独立意識がありながら、自国中心主義をやめたこと。EU統合の核となり独仏を和解させることで、自国の安全と国外マーケットを確保した。じつは、周りの国が平和なほど国の経済が潤う構造は日本も同じです。われわれは何も武器を売って儲ける国じゃないのだから、たとえば中国やインドが戦争をしても何の得にもならないんです。数字は正直で、アジアが安定するほど日本の国際収支は改善します。2017年の日本の経常収支黒字は20兆円を超え、バブル期の倍以上なのです。一番のお得意様はアメリカで、日本が13兆円の黒字でしたが、2番目の中国(香港含む)からも、5兆3000億円も儲けさせて頂いた。3位の韓国からも2兆7000億円の黒字を稼いでいます。

 ――なんと、韓国がトップ3のお客様に入っているんですね。

 藻谷 だから、もう少し大事にしたほうがいいんですよ(笑)。ちなみに台湾からは2兆円ぐらい、シンガポールからは1兆5000億円ぐらい稼いでいますが、黒字の稼ぎ手はハイテク部品や機械、金融、観光なので、もしアジアが紛争地帯になれば、こうした黒字は吹っ飛んでしまう。2018年の訪日外国人数は3000万人を超えましたが、4人に1人が中国人で、4人に1人が韓国人です。要するに半分は中国と韓国ですので、彼らの景気がいいほど日本も儲かります。とにかく周りが繁栄したほうが自分も儲かるというのが、日本とルクセンブルクの共通点です。自力では安全保障のできないルクセンブルクが独自の立場を保ちつつ周辺国の関係を平和へと仕向け、その中で世界1の豊かさを享受していることに、日本はもっと学ぶべきでしょう。

  ちなみにシンガポールはまさにルクセンブルクの真似をしていて、ASEANをつくり、その中心に入って、マレーシアとインドネシアを仲良くさせることで安全と経済的繁栄をつくり出しています。もっというと、インドネシアとマレーシアの富裕層にどんどん自国内に不動産投資をさせて家を買わせることによって、シンガポールが攻撃対象にならない構造をつくっているんですね。ルクセンブルクもヨーロッパ中の人が投資しているから、当然攻撃なんてされません。小国ほど国際関係における地政学的な勘が強く、国内格差にも十分に配慮して産業振興を進めているんですね。

 ――新著の中で、21世紀の地政学は、軍事力などのハードパワーではなく、経済力・文化力・民族意識などのソフトパワーのほうが大きな役割を果たすという指摘は新鮮でした。

ルクセンブルクになくて日本にはあるもの

藻谷 21世紀において、軍事力による物理的な占領って意味がありません。たとえばヒトラーみたいなのがもう一度出てきて、ルクセンブルクやシンガポールを占領しても何も得るものはない。そこにあるお金は逃げていくだけで、投資は呼び込めない。大戦後のヨーロッパが植民地を次々と手放したのは全然儲からなくて意味がなかったからです。そんなことより経済的に進出して投資だけしたほうが、住民の面倒みなくて済むので楽ですよ。

 日本は自前で安全保障ができないから主権国家じゃない、アメリカの植民地みたいな国だ、という声もありますが、「植民地」というわりには、アメリカから年間13兆円も黒字を稼いでいて、ずいぶん儲かっているわけです。つまり経済力のようなソフトパワーが、21世紀の国際社会ではとても重要です。中韓台星(星はシンガポール)の4国からだけで年に12兆円近くも黒字を稼いでいる日本が、そんな数字も確かめずに、自分の側から排外主義的なスタンスをとるようでは、「ソフトパワーの地政学」の時代に生き残れません。

 これまで世界105カ国をめぐってきて改めて思うのは、いま日本人の自己認識と世界から見たときの日本が激しくズレてきているということ。日本は「これから食べていけなくなる危機」にはないし、世界の中で「誇りを失っている国」でもない。世界中の観光客が日本に来たら、大喜びです。ニューヨークでいいホテルに泊まったって、日本のおもてなしやサービスに比べたら極めて劣るのが現実です。夜、東京の街を歩いたって、暗めの街路でも、落ち着いて静かで安全ですから。

 最後にひとつ。ルクセンブルクにはなくて日本にあるものはコンテンツ発信力です。ルクセンブルクは地形的にはちょっと金沢に似たところのある城塞都市で、中心街の規模も似ていますが、ルクセンブルクに兼六園や武家屋敷や茶屋街はありません。加賀料理もないし、「金沢21世紀美術館」もない。ルクセンブルク人が金沢を見たら「なんと多くの独自の文化コンテンツを持っている街だ」と思うでしょう。そもそも日本全体に、30個、40個のルクセンブルクがあってもおかしくない。そんなポテンシャルを日本の各地方都市は秘めてもいます。

 いま、日本のソフトパワーの等身大の実力はどれほどのものか、地政学を踏まえてどんな振る舞いをすることが日本の繁栄を呼び込むのか、本書が日本の自画像を認識し直すきっかけになれば嬉しく思います。

 

藻谷浩介(もたに・こうすけ)

1964年山口県生まれ。地域エコノミスト。㈱日本政策投資銀行参事役を経て、現在、㈱日本総合研究所調査部主席研究員。東京大学法学部卒業。米コロンビア大学経営大学院卒業。著書に『実測!ニッポンの地域力』『デフレの正体』『世界まちかど地政学』、共著に『里山資本主義』(NHK広島取材班)、『経済成長なき幸福国家論』(平田オリザ氏)、対談集『完本 しなやかな日本列島のつくりかた』などがある。

 「文春オンライン」編集部


6番花。北こぶし

納屋の屋根に上って撮影。今年は花数が極端に多い。

 

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性犯罪の無罪判決

2019年04月24日 | 事件

法が裁けなくても、性犯罪の被害者はこの世にいます。無罪判決とともに知ってほしい、支援のこと

性犯罪の無罪判決が大きな議論を呼んでいる。3月から4月にかけて約1カ月に4件の無罪判決が報じられた。

ハフポストBLOG 2019年04月24日

  小川たまか    ライター 


 性犯罪の無罪判決が大きな議論を呼んでいる。3月から4月にかけて約1カ月に4件の無罪判決が報じられた。4件は下記の通り。2017年7月の性犯罪刑法改正前の事件が2件、改正後の事件が2件。1件は無罪が確定し、残りの3件は検察側が控訴している。この記事では主に名古屋地裁岡崎支部の無罪判決・判決文から感じたこととともに、性暴力被害者を支援する側から見た現状を訴えたい。

 

性犯罪で無罪判決が続いている

 

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(1)3月12日、準強姦事件の無罪判決(福岡地裁久留米支部)

  サークルの飲み会に初参加した女性が、テキーラを一気飲みさせられるなどして泥酔し、飲食店のソファで眠っていたところを男性(44)が性行為に及んだ。「女性が抵抗不能の状況にあったとは認められるが、男性がそのことを認識していたとは認めることができない」として無罪判決になった。

 同日に毎日新聞が報道。2017年2月(刑法改正前)の事件。3月26日に検察側が控訴。

 (2)3月19日、強制性交致傷の無罪判決(静岡地裁浜松支部)

  メキシコ国籍の男性(45)が女性に乱暴し、けがを負わせたとして強制性交致傷の罪に問われた。無罪判決を言い渡し、「故意はなかった」と判断した。

 →3月20日に各社が報道。2018年9月(刑法改正後)の事件。検察は控訴せず無罪確定。

→4月4日に共同通信が報じ、5日から各社が続く。2017年8月、9月(刑法改正後)の事件。4月8日に検察側が控訴。

 

(3)3月26日、19歳実子への準強制性交等罪の無罪判決(名古屋地裁岡崎支部)

 当時19歳の実の娘と性交したとして男性が準強制性交罪に問われた裁判で、長年の性的虐待と性交が意に反するものだったと認定。その一方で性交を拒めていた時期もあったなどとし、「被害者が抵抗不能な状態だったと認定することはできない」と無罪判決を言い渡した。

 →4月4日に共同通信が報じ、5日から各社が続く。2017年8月、9月(刑法改正後)の事件。4月8日に検察側が控訴。

 4)3月28日、12歳実子への強姦罪の無罪判決(静岡地裁)

 当時12歳だった娘に対し性的暴行をするなどしたとして、強姦と児童買春・児童ポルノ禁止法違反の罪に問われた男に対し、「唯一の直接証拠である被害者の証言は信用できない」「家族がひとりも被害者の声に気付かなかったというのはあまりに不自然、不合理」などとして強姦罪を無罪とした上で罰金10万円を言い渡した。

→同日に各社が報道。2017年6月(刑法改正前)の事件。4月10日までに検察側が控訴。

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 すでに、朝日新聞デジタル(娘と性交、無罪判決の衝撃 「著しく抵抗困難」の壁/4月15日)、東京新聞(レイプ裁判 なぜ無罪? 実娘と性交→「支配従属を認めず」/4月16日)、西日本新聞(なぜ?同意ない性行為に続く「無罪」判決 「故意立証」の高いハードル…刑事司法の限界、指摘も/4月22日)などに詳細記事が出ている。どれも複数の無罪判決に触れているが、そのタイトルでは、(3)の事件について言及。4件の中でも、この事件の衝撃が特に大きかったことを物語っている。「週刊新潮」や「女性自身」といった週刊誌もこの事件を詳報した。

 また、現時点で(3)事件の判決文の内容を最も詳しく伝えているのは、「19歳の娘に対する父親の性行為はなぜ無罪放免になったのか。判決文から見える刑法・性犯罪規定の問題」(伊藤和子/4月11日/ヤフーニュース個人)だ。

 これまでにも報じられている通り、性虐待は被害者(以下、Aさん)が中学2年の頃から頻繁に行われていた。裁判所は、長年にわたり性虐待が行われたこと、事件当日に性交が行われたこと、それらがAさんの意に反していたこと、さらには抵抗できない心理状況にあったことを認めている。

準強制性交等罪は心神喪失または抗拒不能に乗じた性交があった場合に成り立つ。判決文では、精神鑑定を行った精神科医の「被告人にたいして心理的に抵抗できない状況が作出された」という証言についても、「高い信用性が認められる」としている。

 そうであるならば、なぜ無罪なのか。判決文はこう続く。

「精神鑑定の結果は専門家である精神科医師としての立場から当時のAの精神状態等を明らかにする限度で尊重されるにとどまり、法律判断としてのAの抗拒不能にかんする裁判所の判断をなんら拘束するものではない」

 18歳以上の実子との性行為は違法ではない

 この判決について「抗拒不能」がかなりシビアに判定されていることは、すでに挙げた記事に詳しい。法の専門家ではない私が印象を語っても何もならないかもしれないが、判決文を読んだ感想は、東京新聞記事に登場する識者のコメント「女性が命をかけて貞操を守れと言われた時代のようで違和感はある」(安原浩弁護士)、「性虐待事例でこれだけ認定を難しくした理由がわからない」(後藤弘子千葉大教授)に近い。

 判決文では、Aさんが両親の反対を押し切って専門学校への入学を決めたことや、その入学金や授業料を父親に負担させたこと、事件当時はアルバイトで月に8万円ほどの収入を得て「被告人からの性的虐待から逃れるため」1人暮らしを検討していたことなどを理由に、「日常生活全般においてAが監護者である被告人の意向に逆らうことが全くできない状態であったとまでは認めがたい」と断ずる。

 また、事件以前にAさんの抵抗によって性交を拒むことができた事実があること、Aさんの判断で父親の車に乗ったことなど複数の理由から、事件当時に抗拒不能の状態だったと断定するには「合理的な疑いが残るというべき」とされた。

 判決については、「現在の刑法でこの判断となるのは仕方ない」という人も「高裁でひっくり返るのでは」という人もいるだろう。私がこの無罪判決について言いたいのは、現在の刑法とその運用において、親から実子への性虐待事案が罪に問われない場合があることを、私たちは強く認識しておきたいということだ。

 親と18歳以上の実子との性行為は、暴行脅迫などの要件を満たさない限り刑法で裁かれることがない。18歳以上の実子との性行為は、性的自由の観点から、刑法において実質「認められている」行為である。一方で、抵抗できない子どもの現実は必ずしも反映されていない。自由を認めるための代償として、立証の壁に阻まれる被害者がいる。

 虐待を受け続け、ときには抵抗し、ときには従順に従うことがあるというような、複雑な被害側の心理を法に反映するのは不可能に近いのかもしれない。しかしそうであるならば、現行法は弱者を必ずしも守るものではないと私たちは知っておかなければならない

「刑事事件の被害者になれない被害者」たち

そう、知っておかなければならない。法の救済を受けない被害者がいることを。今回は無罪判決が大きく報道され、私たちの知るところとなった。けれど、立証の壁に阻まれて不起訴になる事件があり、不起訴を見込んで捜査に至らない事件も無数にある。性暴力被害の支援者らは、その実態を現場で目撃している。

 私は刑法性犯罪のさらなる見直しを求める、性被害当事者を中心とした一般社団法人Springのメンバーであり、刑法やその運用に関して訴えたいことは種々ある。ただ、この記事でまず訴えたいのは、支援の現状についてである。

 今年1月に霞が関の弁護士会館で、シンポジウム「医療の現場からみた『性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターの現状と課題』」が行われた。このとき、病院拠点型の性暴力ワンストップセンター(※)を運営する産婦人科医師は、「時間をかけて警察に話しても逮捕に至ったり、起訴されたりすることは少ない」と実感を語った。

(※ style="font-size: large;"> 警察で二次被害に遭うことも少なくないため、被害者が子どもの場合は特に、サポートを受けながら取り調べを行うことも必要だ。しかし、臨床心理士など支援者の早期介入が裁判で「証言の誘導」「記憶の上書き」と指摘されることもあり、「ケアが先か、取り調べが先か」の状況になることもある。

 警察での二次被害と書いたが、警察や検察がときとして被害者に酷と思われる聞き取りをするのは、ひとつにはそれだけ性犯罪の立証に難しさがあるからだ(性被害対応の知識に欠けた捜査員がいることは別として)。

 特に被害者が子どもの場合、証言の信憑性を裁判で問われることも多い(事件(4)のケースもそうだ)。否認事件の場合は特に、被害者に対する聞き取りや司法面接の不備が証言の信憑性に直結することがある。罪に問うためには犯行の日時がなるべく特定されなければいけないが、日常的に繰り返される虐待の場合、それが難しいことも多い。

現場の尽力があっても、「刑事事件の被害者になれない被害者」は多い。

 内閣府調査によれば、無理やり性交などをされた経験のある人のうち、警察に相談した人は男女合わせてわずか3.7%。病院拠点型ワンストップセンターの先駆けである大阪SACHICOでも、支援を受けた人の中で警察へ通報した人は開設からの8年間で約1割にとどまる(SACHICOへの相談者のうち、警察からSACHICOへ紹介のあった場合をのぞく)。

 この中から警察が被害届を受け取った人のみが「認知件数」となる。

 暗数を減らすには支援の充実が不可欠

  style="font-size: large;">「加害者が有罪になれば被害者が救われるのか」という声もあるだろう。もちろん、裁判や加害者の処罰を望まない被害者も中にはいるが、一方で危惧するのは被害者支援の層の薄さが、認知件数の少なさと直結しているのではないかということだ。

 前出の、病院拠点型ワンストップセンターの運営者は、性犯罪・性暴力被害者支援交付金の予算案が、平成31年度概算要求の3億4600万円から2億1000万円(※)となったことについて「財務省にばっさり切られて」と悔しそうに語った。

(※平成30年度の1億8700万円から増額されてはいる)

 2億1000万円を、全国にある性暴力ワンストップセンターの数である54か所中、交付金の出ている49か所で単純に割れば、1か所につき約430万円である。

 全国の都道府県に最低1か所のワンストップセンターをという目標は、昨年10月に前倒しで達成された。しかし逆に言えば、どの都道府県にも1~2か所しかない。女性の人口20万人につき1か所というWHOの指標と比すれば、約6分の1。

 早期の対応が求められるとともに、立証がそれなりに難しい性暴力について、日本の支援状況は貧弱と言わざるを得ない。理想的な状況は、被害者が産婦人科医、弁護士、カウンセラー、支援員などのサポートを受けて警察へ行くこと、それぞれの機関が連携を行うことだ。しかし、現在はまだその状況にほど遠い。ちなみに、被害者の体などに残った証拠の採取など急性期対応に有利なのは病院拠点型のワンストップセンターだが、病院拠点型は54か所中、12か所しかない(シンポジウム「医療の現場からみた「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターの現状と課題」(日本弁護士連合会主催)で発表された「全国のワンストップ支援センターへのアンケート結果報告」より」/病院拠点型以外は相談センターとの連携型が多い)。

 強制性交等罪の認知件数は年間1000件程度だが、内閣府調査(※)では女性の約13人に1人、男性の約67人に1人が「無理やり性交等をされた経験がある」と回答している。暗数が多いことは明らかだ。(※ style="font-size: large;"> 支援現場で目に見えている数と、司法の場で目に見えている数に絶望的なまでの差がある。そして司法の場で目に見える数を少しでも増やさなければ、刑法が変わらないだけではなく、性暴力被害の支援現場もまた取り残されたままなのではないか。今回は無罪判決が大きく報道されたが、1件の無罪判決の背後には、刑事事件とならなかった多くの事件がある。

 繰り返しになるが、性犯罪の被害者、特に子どもの被害者が1人で警察へ行くのは難しいことだ。ワンストップセンターや児童相談所で適切な支援を受けてから、通報する気持ちを持てる場合も多い。

 支援を受けて警察へ行く人が増え、認知件数が上がる。認知件数の増加が、支援の必要性を証明し、層を厚くする。その循環が生まれなければならないと感じている。

 

<性暴力・性犯罪被害に遭った際の相談先>

性犯罪被害相談電話(全国統一)「#8103(ハートさん)」(警察庁) style="font-size: large;"> ・全国の性暴力ワンストップ支援センターリスト

 http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/avjk/pdf/one_stop.pdf

 ・被害者支援都民センターなど、全国にある犯罪被害者支援センターで性犯罪被害相談を受け付けている。

公益社団法人 style="font-size: large;"> http://www.shien.or.jp/

 ・望まない妊娠、意図しない妊娠に悩んだ際は、「にんしんSOS」で検索

 


 



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安保法制判決 何も答えぬ司法に失望

2019年04月23日 | 社会・経済

東京新聞社説 2019年4月23日

健全な司法か。「安全保障法制は違憲」と訴えた訴訟の全国初の判決が札幌地裁であった。だが、「訴えの理由がない」と原告敗訴。原告や証人の尋問も認めず、一刀両断する司法には失望する。

 集団的自衛権の行使を可能にした安全保障法制は憲法に反するのではないか-。多くの国民が抱いた疑問だ。長く日本政府が個別的自衛権のみを認め、「集団的自衛権の行使はその枠を超え、憲法上、認められない」と国民に説明してきたからだ。明らかに矛盾している。

 原告四百人余りは国家賠償を求める形で訴訟を起こした。平和的生存権の侵害による精神的苦痛などを理由とした。だから、原告たちには法廷で語らせないと、苦痛への理解は深まらない。証人尋問をしてこそ、裁判官も事実の認定ができるはずである。それらを排斥し、強引に審理を打ち切ったのは、乱暴である。原告の弁護団が「司法権力の乱用だ」と反発したのも理解できる。

 判決では「不安は抽象的」「自衛隊の海外派遣の蓋然(がいぜん)性はいまだ低い」などとの言葉が並んだ。しかし、この訴訟の核心は法律そのものが違憲か否かという点だ。

 政府答弁の矛盾に加え、安保法制の合憲性の裏付けとしている「砂川判決」にも致命的な問題がある。駐留米軍に関する一九五九年の最高裁判例である。ここで確かに固有の自衛権を持つと明示した。だが、あくまで個別的自衛権であるのは常識である。集団的自衛権はここでは全く問題になっていない。さらに判例には「一見極めて明白に違憲」ならば、行政行為を「無効」とできると踏み込んだ表現もある。だから、裁判官は「一見極めて明白に違憲」かどうかのチェックが求められるのではないだろうか。

 憲法との整合性への検討が全く見られない。むしろ判断を回避する理屈を駆使しているように感じる。司法に期待される役割の放棄とも受け止める。自衛隊のイラク派遣訴訟で、二〇〇八年に名古屋高裁は「平和的生存権は基本的人権の基礎で、憲法上の法的な権利」と認めた。今回はそれを「具体的な権利と解せない」と後退させた。納得できない。

 判決の根底には、司法は政治的問題に関わりたくないという消極姿勢がありはしないか。あと全国二十四の裁判所の判断が残る。三権分立の基本を踏まえれば、司法権こそ個人の権利侵害の訴えに誠実に向き合うべきだ。


またも、強力な霜
 昨夜は流れ星を見ようと風呂あがりに外へ出て夜空を見上げた
のだが、寒くて、結局は見ることができず。氷点下5℃近くまで下がったようです。
 ここは雪融けが進む中で氷点下15℃とか、あるのです。それで実のなる木がほとんど育ちません。

5番花

ヤチブキ(エゾノリュウキンカ

この葉っぱがおしたしにしておいしいのです。


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ネットの居場所づくり

2019年04月22日 | 教育

不登校は甘え?「『弱さ』が許せない人」との接し方 ネットの居場所づくり注意点は……

   Withnews 4/19(金) 

 

 【#withyou ~きみとともに~】

   学校に行けなかったり、いじめられていたりする人にとって、ネットは大事な逃げ場所になります。一方で、「不登校は甘えだ」といった心ない反応が来ることも。「弱いことが許せない人」には、どのように接したらいいのでしょうか? 10代が集まるコミュニティサイト「ティーンズプレイス」を立ち上げた女性にネットの居場所の作り方を聞きました。(withnews編集部・河原夏季)

 10代が悩みを打ち明ける場

「友達いないよね、ぼっちだよねなどの言葉を数人に言われました」

「中学は今まで無遅刻、無欠席で、なんとかやってきたけれどそろそろ限界。勉強が手つかずで最近はうつ状態??かも知れません」

 「毎日が辛いです」

 「私は自分の全てを母に否定されます。何を努力しても認めてもらえない」

    いじめ、不登校、家族……。10代向けコミュニティサイト「ティーンズプレイス」の掲示板には、たくさんの悩みが並んでいます。これまでに立てられたトピックは600以上。悩みには同じ10代が耳を傾け、コメントを残します。利用は匿名で、インターネット上だけのつながりです。

.居場所がなかった中学時代

   2015年にサイトを作った初代管理人のたかれんさん(22・神奈川県在住)は、「人とのつながりが怖いこともあるけど、仲良くするのは楽しい。話せる相手がほしいときにインターネットはすごく有効な手段です」 と話します。

    たかれんさんは中学1年生のとき、いじめがきっかけで不登校になりました。

 学級委員になったことから、授業中に騒いでいる生徒を注意したり、掃除を真面目にやっていない人がいたら声をかけたりしていました。そのことがクラスメイトから疎まれ、悪口を言われるようになったそうです。

「よかれと思ってやっていたことが、クラスの人から受け入れてもらえませんでした。最終的にはクラス全体に無視されたり、陰口を言われたり、ものを隠されたり。『私は何のためにやってきたんだろう』と思いました。学校に、私の居場所はありませんでした」

 不登校打ち明けたブログに共感

    「ティーンズプレイス」は、学校に居場所がなかった経験が基になっています。たかれんさん自身、中学生のころ、不登校の経験や悩みを打ち明けているブログを見て励まされました。

   「中学校は皆勤賞で称賛される子がたくさんいました。不登校は私だけ。その子たちと自分を比較して苦しくなっていました。だから、ブログで同じ経験をした人がいると知って嬉しかったんです。匿名とはいえ、打ち明けるのは勇気がいります。打ち明けてくれてありがとうございます、とコメントしました」

    一方で、ネット掲示板では「学校に行きたくないのは甘えだ」「親に育ててもらっているだけ感謝しろよ」という意見もたくさん目にしました。「学校に行かない=悪い」と考えてしまうこともあったといいます。

「ネットに助けを求めた人に、『学校に行きたくないって思うのは悪いことじゃない』『学校に行かなくても別の居場所を見つけることができるよ』とちゃんと伝えたい」。高校入学後、相談サイトの相談員になりました。

.ネット利用の注意点は?

   相談員の経験や「ティーンズプレイス」の管理を通して、利用するときの注意点も見えてきました。一つは、「運営元の確認」です。

   「運営元がはっきりしていないサイトは利用しないでほしいです。特に掲示板など不特定多数の人が出入りするようなサービスは注意した方がいいと思います。運営元がしっかりとしていれば、通報システムがあったり、削除依頼に対応してくれたりします」

   自分の考えを否定されたり、心ない言葉を見かけたりしても、直接反論はしない方がいいと話します。反論したところで出口が見えず、気持ちが晴れることはないからです。トラブルにつながることもあるかもしれません。

「反論せずに運営者や周りの大人に報告してください。少しでもつらいと思ったらネットと距離を置く。私も最初は反論していましたが、弱い人を許せない人は、自分が弱ることを許されなかったんだろうなと思えてきました」

 スマートフォンやパソコンで何げなく見ているサイトの書き込みも、「画面の向こう側」には必ず人がいることを忘れないでほしいと、たかれんさんは話します。

  「ネットが怖いのは、相手が見えないからだと思います。でも、わたしを含め、ネット上で活動している人たちが、自分のバックグラウンドを明かしたり声をあげたりすることで、少しずつ『ネットの先』が見えてくるのではないでしょうか。そうすれば、ネットは『得体の知らない怖いもの』でなく『すてきな人とつながれるツール』になると思います」

 インターネット=広い世界

   20歳になって、「ティーンズプレイス」の管理人を10代の知り合いに引き継ぎました。自身が中学生のころは大人への恐怖心があり、サイトを始めたときから10代だけで運営しようと思っていたそうです。

 管理人は卒業しましたが、いまでもLINEや別サイトで悩み相談に乗るなど、生きづらさを抱える10代をサポートしています。

  「学校や家で苦しい思いを抱えていたとしても、それよりずっとずっと広い世界がネットです。そこには、あなたのように苦しんだ人や、あなたのような人を助けたいと思っている人がたくさんいます。この人とは合わないと思ったら、関係を断ち切ることも簡単です」

  「ネットは怖い面ももちろんあるけれど、使い方を誤らなければ絶対にあなたの人生を色鮮やかにしてくれるはず。だからどうか、ネットの先にいる人を、わたしたちを、少しでいいから頼ってみてください」

  ◇ ◇ ◇

 【#withyou ~きみとともに~】

withnewsでは、生きづらさを抱える10代に向けた企画「#withyou」を続けています。いろんな生き方、いろんな相談先があります。「#きみとともに」もつけてツイッター(@withnewsjp)などで発信しているので、みなさんの生きづらさも聞かせてください。

【お知らせ】「#withyou」が本になりました

    2018年4月からwithnewsで連載している、生きづらさを抱える10代への企画「#withyou」が本になりました。1512円(税込み)で、4月19日発売です。

 書名は『生きづらさを抱えるきみへ: 逃げ道はいくらでもある-#with you-』(withnews編集部著・KKベストセラーズ刊)。全国の書店などで購入出来ます。

    学校や普段の生活に生きづらさを感じていた人が、どうやって逃げたか、どうしたら逃げられるのか、その方法を集めました。色んな逃げ方を知ることで、自分なりの逃げ方を探し出すきっかけが見つかるはずです。一緒に「正しい逃げ方」を見つけにいきましょう。

 


4番花

部屋の中では、桃が実をつけていますが梅は、花だけだったようです。

行者ニンニク

 今日、昼過ぎに末の息子から「生まれたとのメール。予定は来月10日だったのです。2人目の孫(どちらも男)です。

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宝もの育てる社会に

2019年04月21日 | 社会・経済

  東京新聞社説 2019年4月21日

 平成の三十年が終わります。生活を支える社会保障制度は時代に寄り添えているか。何が働いて子どもを産み育てることを難しくしているのでしょうか。

「正社員になります」

 三月、東京都内のある小学校の卒業式でした。子どもたちは壇上で一人一人卒業証書を受け取り、これからの夢を宣言していました。目指す職業や進学する中学での目標を語る中で一人の男子が、こう言ったのです。

 職種ではなく働く身分を希望に挙げたことに戸惑いました。

 本来、働くことはやりがいや喜びを感じるものです。そして自分が社会の役に立っている実感を得る大切な営みです。

 だから職業に憧れを持ち目指す目標にもなる。この男子がなぜそう考えたのか分かりませんが、「正社員」でなければ将来の夢を持てないというのなら、その責任は大人にある。そう自問しました。

 平成の世に入りバブル経済が崩壊し経済が低迷する経験をしました。生き残りへ企業は賃金を抑える非正規雇用を増やしました。

 今春卒業した小学生たちが生まれた約二年後の二〇〇八(平成二十)年にリーマン・ショックが起きました。多くの派遣労働者が仕事と住居を一度に失いました。非正規雇用の不安定さを社会に突きつけた出来事でした。

◆非正規労働者は倍増

非正規で働く人はこの三十年で働く人の約二割から四割近くに増えました。人数は約二千万人と二倍以上です。

 一度、非正規で働きだすと技能向上の機会は少なく正社員になることは容易ではありません。働き方の多様化は必要なことでしょうが、低賃金で不安定な仕事では未来へ生きる力は湧いてきません。

 誰でも汗を流して働けばやりがいと生活できる賃金が得られる。そういった労働に戻さねばなりません。しかし、そこからますます遠ざかっています。それは人の出産や子育てにも影響します。

 一九八九(平成元)年は、女性が生涯に産む子どもの数・出生率が丙午(ひのえうま)を下回る一・五七となったショックから始まりました。出生率は今も低迷したままです。

 年間の出生数も同様です。かつては二百万人を超えた年もありましたが、故・堺屋太一氏は近未来を描いた小説「平成三十年」で二〇一六(平成二十八)年に晩婚化で百万人を割ると予測していました。小説が発表された一九九〇年代から有効策がないまま時間が過ぎ、それが現実となりました。

 子育ての困難さを表すこんな言葉があります。

「女性が一人目を産むには結婚できるかどうかが問題になる。二人目を産むには夫の子育て参加がカギを握る。三人目を産むには教育費など経済力が要る」

 低賃金で雇用も不安定だと結婚もままならない。長時間労働で仕事に追われる夫では子育てができない。安定した高収入がなければ学費を賄えないというわけです。

 平成時代、社会保障制度は高齢化には年金や医療が備えてきました。介護保険も始まり介護を社会で引き受けました。だが、政府は現役世代の生活を支える雇用は劣化に任せました。子育て支援も保育所整備など女性の仕事との両立支援などに限定されてきました。

 出生数百万人割れの年に「保育園落ちた」とのネット投稿が国会で問題になりました。入園の希望がかなわなかった保護者の叫びです。政府はやっと重要な政治課題だと気づいたように見えました。

 しかし、対策は保育所拡充など代わり映えしません。政府も社会も子育ては家庭が担うべきで、社会の役割はその「支援」だとの姿勢から脱していないようです。

◆「支援」から発想転換を

平成は現役世代を疲弊させました。このまま次世代に新時代を渡せません。子育てはもはや家庭の自助だけでは乗り切れません。介護をそうしたように社会が担う発想へ転換したい。希望すれば子どもを産み育てられるよう雇用や教育、税制、住宅もあらゆる政策を社会が育て合う視点で捉え直す。

それは地域でも、保育所新設に反対の声が上がる現状をもっと包容力のあるご近所付き合いに変えなければなりません。

 なぜなら子どもたちは社会の宝ものなのですから。少子化克服の知恵はそこからしかでてこない。

写真
 
 

今朝も強い霜。日中は15℃近くまで上がり過ごしやすい天気だった。それでも夕方になると寒い。
 雪の重石も取れて、笹が立ち上がってきた。刈払機を出し、笹刈り始め。いい汗かいた。

誰か、ガーデニングしたい人いないかなぁ。

無償で庭貸します。

 

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座して・・・

2019年04月20日 | 健康・病気

8分を惜しまないで。座りっぱなしで死なないために毎日できること

 

STELLA MEDIX Ltd.(翻訳) 2019/04/18 

 

   座りっぱなしは身体に悪いというけれど、どのような影響があるのでしょうか。

   前回は、がんや糖尿病、血栓など、座りすぎによる健康への影響6つを紹介しました。今回は、身体を動かす時間の取り入れ方と、そのメリットについて学びましょう。

座らない時間は1日どれくらい必要?

   椅子は、決して近代に発明されたものでもなく、ずっと前から存在しています。しかし、およそ200年前には、人々は1日に5時間しか座っていませんでした。起きているほかの時間は、肉体労働で身体を動かしていたのです。

手で服を洗濯したり、パン生地をこねたり、いろいろな所を歩きまわったり、庭で働いたり……ほかにも思いつきますよね。あなたの先祖はきっと、日の出から日の入りまで自然な形で運動をしていたのでは。

現在では、8時間の睡眠を含めて、私たちは1日に60分しか動いていないかもしれません(ただし、UHN-Toronto Rehabilitation Institute で循環器および代謝の研究で教授を務めるデービッド・アルターさんによれば、実際の分析は難しいとのこと)。

目標:1日の中で、最低でも、2時間は座っている時間を身体を動かす休憩の時間に置き換える

   この目標を達成できれば、健康につながり、寿命も延びるはず。でも、座っていた時間の埋め合わせに意識的な運動をしようとすれば、2倍以上の時間が必要です。

『The Lancet』誌で発表されたある研究によれば、座りっぱなしの生活スタイルによる若死にのリスクの上昇を打ち消すには、1日60~75分のおだやかな有酸素運動が必要であると、100万人以上の成人を対象として分析されたデータが示しています。

そして、実験の参加者のうちでもっとも活動的な人でも、テレビの前に1日5時間以上座っていると死亡リスクが高まりました。

1日12時間以上座ると、若死にリスクが高まる

   このことは、運動には価値があるものの、座っているデメリットを完全には打ち消せないことを意味しています。研究者が約8000人の45歳以上の成人の活動を観察した際、1日に12時間以上座っていると、運動の習慣がある人でも若死にの可能性が高まることを発見しました。

「そして、座っている時間が連続で60~90分を超えると、若死にのリスクはとくに高くなります。この場合、その人が活動的であっても、1日のうちの特定の時間で身体を動かしても、デメリットをカバーするのには不十分なのです。運動をすることに加えて、1日を通じてひんぱんに身体を動かすように気を使う必要があります」と、研究の筆頭筆者であり、コロンビア大学で行動医学の准教授を務めるキース・ディアスさんは説明します。

1時間あたり8分の離席を心がけて

    大切なのは、座っている時間と、連続で座り続ける時間を減らしていくことです。

ロンドン大学キングス・カレッジでのある研究によると、立ったまま使う机(スタンディングデスク)を使ったり、ひんぱんに席を立ったりすれば、生活に運動を多く取り入れようとするよりも、効果的に座りっぱなしの時間を減らせるとわかったのです。

なので、少なくとも2時間は、座る時間を身体を動かせる休憩の時間に置き換えるようにするのです。『European Heart Journal』誌 に掲載されたある研究によると、こうした行動をとると中性脂肪が14%減り、善玉HDLコレステロールが増えて、ウエストが細くなり、ブドウ糖のコントロールがよりよくなるなど、さまざまな種類のメリットにつながるとわかっています。

「ちょっとした休憩を取ったからといって大きなことに見えませんが、足していくと大きくなるのです」と、アルターさんは強調します。 2時間を起きている約16時間の中で考えると、1時間あたり8分。連続で行う必要もないのです。ある研究によると、1時間あたり2分歩くと、死亡リスクは33%も減らせます。

また、完全に座っている時間は、少しずつ削れることに気づくはず。電話するのはソファからでなくても、ぶらつきながらでもおしゃべりできます。夕食の下調べをするのを電車で座りながらではなく、キッチンカウンターで立ちながらでもできます。

いつも座っている女性は、あまり座っていない女性に比べて、血栓が肺に飛んでしまうリスクが2倍以上になるという事実もあります。できるだけ座って休むことはやめようと考えるようにするといいのです。

座るときに行うとよいこと

   座りすぎの症状のうちのいくつかは、私たちの座り方と関係があります。

「私たちのほとんどは椅子に倒れこむように座る傾向があり、そのせいで肩が前方に丸まり、背中の筋肉がのびきってしまいます」(運動生理学者でコーネル大学の准教授であるレベッカ・セグインさん)。

理想的には、いつも以下のように椅子に座るべきです。

肩は後ろに引き、下に降ろす

あごを軽く引き、頭が自然な位置にくるようにする

足は床にまっすぐ降ろし、交差させたりねじったりしない

ひざがお尻より下にくるようにする

適切な姿勢をとると、筋肉やじん帯、骨にかかる負荷を最小にできます」と、カリフォルニアのトゥーロ大学のステーシー・ピアース・タルスマさんは説明します。

これはつまり、首をひねったりせずにテレビにまっすぐ向かって見ることや、何かにもたれているときに身体をまっすぐにのばしたりすることを意味しています。

   環境を少し調整してみることも有効です。「パソコンをイスに近づけ、さらに上に上げてみましょう。そうすると、あなたの肩と脊椎は前に丸まらなくなります。車の中ではシートの高さを調整して、膝が少し曲がり、お尻より低くなるようにします。枕や腰椎サポートクッションを使うと前かがみになるのを防ぐことができ、腰椎が軽く弓なりになる姿勢をキープできるようになります」(ピアース・タルスマさん)。

   これらの座る方法の微調整、そして運動とまでは言えなくても、より身体を動かしながら仕事する方法を見つけると、健康に大きなメリットがあります。

姿勢を工夫して健康に


昨夜、あまりにも月が大きく見えたので2Fの窓からパチリ。

 そして、22日(月)夜、こと座流星群の活動がピークを迎えます。日本での観測は22日(月)夜〜23日(火)の夜明け前です。

近年、天気が悪くてことごとく見ることができませんでした。今回は期待できそうです。

 今朝は強烈な霜が降りていました。ハウスの中でも無加温で2℃しかなく部屋の苗の移動はもう少し後にします。日中も気温上がらず10℃以下。日は照っていたので、ハウス内は25度を超え、半袖で作業。外に出るとジャンバーを着込んでの作業でした。

 

 

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「こども六法」

2019年04月19日 | 教育
BRAVA山崎 聡一郎さん

「いじめは犯罪です。殴ったり蹴ったり、お金やモノを奪ったり、誹謗中傷したり、どれも大人の世界であれば警察に捕まって法廷で裁かれることになります。罪を犯せば社会のルールに従って罰を受ける、当たり前です」、「こども六法」を作った山崎さんの言葉です。

この本は、過去にイジメをうけた青年(山崎さん)が成長し、大学で法教育をテーマとして学びながら「イジメは犯罪なのだと知ってほしい。こういう本があれば、いじめを受けている子ども達の助けになるのではないか、学校現場で法律という共通のルールを理解するきっかけになるのではないか」という思いから作られました。

試行錯誤しつつ、難しい六法全書を子どもでもわかるような条文にした最初の冊子から、現在はより読みやすく、わかりやすい「こども六法」として改訂中であり、秋頃には出版予定です。

今回は、BRAVAのいじめ記事で企画協力いただいた株式会社マモルの代表取締役齋藤さんが、「こども六法」を制作した山崎聡一郎さんと対談をするということで、BRAVA編集部もお邪魔させていただきました!

私たちの生活にも、子どもたちが通う学校にも、法律は本来そこにあるべき共通のルールです。法律と聞いて「なんか難しそう」と思ったかもしれませんが、ぜひお読み下さい。

六法全書をわかりやすく「共通ルールを知っていじめ問題を考える」

BRAVA「こども六法」表紙

齋藤:まず最初に、「こども六法」を作ろうと思ったきっかけを教えて頂けますか?

山崎:僕は小学校5年の頃に最も酷いイジメを受けました。ちょっとすかしているとか、成績がよいとかがいじめっ子たちの言い分でした。いじめはどんどんエスカレートしていきましたが、当時、僕はどこに、誰に、どう「いじめの問題」を訴えればいいのかわからなかった。結局、僕は中学受験をし、別の環境に入ってイジメから逃れられましたが、いじめを受けたことは一生残る記憶です。

 大学に入ってから、テーマとして法教育を選んだのも、法教育を応用する形でいじめの問題を解決できないか、と考えたからです。しかし、これまでの法教育で紛争の解決にフォーカスしたものは、模擬裁判のように小学生を相手にするには難しすぎたり、調停や仲裁のように、教材の中に「共通のルール」という基本的な部分が欠落していたりしました。

その共通のルールである法律(六法全書)は、もちろんとても難解なものですが、これをまず小学校高学年から中学生、高校生くらいまでが「パッと読むだけで、なんとなくでもわかる」ように易しく解説できないか、と思ったのが、「こども六法」の作成に繋がりました。

 齋藤:いじめの問題と六法全書とは、すぐには結びつかないところがあると思うのですが。

 山崎:まず、いじめを受けている子が「これは間違っているんだ、誰かに訴えなくては」とわかるための判断基準や価値基準となる、その参考になるものがないんです。僕は六法全書を知って、初めて「自分が受けたイジメは犯罪なんだ」とわかりました。いじめを受けていた時に「法律の知識が少しでもわかっていたら」と思ったんです。

最初に作った「こども六法」(Kindle版にて購入可能)は、身近で具体的な道路交通法から書いてあります。それらの条文を小学生でも読んでわかるように書いたつもりです。そして、順を追うように条文を読んでいくと、例えば、子どもの権利条約についても「子どもを守るという世界中の大人たちの約束があるんだよ」となっています。

いじめを受けている子というのは、なかなか、自分から話し出せません。それは様々な理由がありますけど、そのひとつに、自分が悪いのか相手が悪いのかわからなくなるというか、こんなイジメを受けているのはおかしいことなんだ!と明確に自分で思えない、わからない、だから誰かに「こんな悪いことをされてる」と言い出せない部分があります。

でも、法律できちんと「こんなことをしたら、それは罰則がありますよ」と説明されれば、そうだ、これは悪いことをされているんだ、という思考に繋がっていく、あわよくば「だから周囲の大人に助けを求めてもいいんだ!」という思考に繋がっていってほしいと思ったのです。

新しい「こども六法」はいじめと虐待にもフォーカス

BRAVA山崎 聡一郎さん(左)

齋藤:山崎さんは「こども六法」をすべての小学校においてほしい、と思っていますよね。この本をどう活用して欲しいと思っていますか?

山崎:本当は、「こども六法」を熱心に参照することが必要な状況なんてないほうがいいんです。でも、こういう本があることを知って、一度さらっとでも読んでほしい。あるいは授業でも、共通のルールがあり、これを守らないとこういう罰則があるんだね、と話し合う機会があったらいいなと思っています。そうすればいざという時に思い出して、この「こども六法」を開いて、今自分が置かれていることを法に照らし合わせて考えてみることができるかもしれないと。

齋藤:いじめに関連して刑法が中心かと思ったのですが、道路交通法や民法、子ども権利条約まで色々と入っているんですね。

山崎:初版の冊子は確かに色々な法律が入っています。現在、改訂版を制作していますが、こちらはさらにいじめの問題を意識した法律、また最近問題になっている児童虐待などにもフォーカスした解説書になると思います。

齋藤:最初のものより、いじめにフォーカスした「こども六法」にしようと思ったきっかけは?

山崎:いじめについての授業はそもそもあまり行われていません。「いじめとは」と真正面から取り組むような方法がないんですね。でも法教育という形にすると、学校でも使いやすい、法律の教育は推進するべきという流れになっているので、そこに副教材として「こども六法」が入れれば、自然な形でいじめの問題にアプローチできるのでは、と考えました。

 さらに今回は弘文堂さん(法律関係書籍や社会学書籍を多く扱う出版社)の協力により、出版されることになりました。出版にあたってはこども六法は法律書ではなく、児童書の扱いになります。児童書ですから「読み物」としても興味を持ってもらえるようにしなくてはなりません。そこで、イラストを新しくしたり、コラムのような部分を入れたりして、色々な場面で色々な人が手にして読めるようにと意識して作っている最中です。

齋藤:いじめの抑止力にもなりますね。

山崎:実はそこが微妙な点なのですが、僕は法教育そのものがいじめの抑止力になるとは思っていません。学校は法の論理を退ける傾向が強いのですが、そんな学校も大きな社会の一部で、法を犯してはいけないんだということを認識してもらうことがより重要です。

つまり、こういうことをしたら、こういう罰則があるよ、という共通のルールを認識だけではダメで、そのルールがきちんと適用される社会ですよ、という部分を実際に見せていく必要があるんです。規則が表記されているだけでなく、それが適用されなければ、本当の意味でいじめを抑止する力とはなり得ないのです。交通ルールも、警察官がスピード違反や一時不停止などを全国で取り締まっているからみんなが守る、という面がありませんか?
悪い事だとわかる、悪い事をしたらこんな罰則が法律として決まっている、それが共通のルールとしてきちんと運用されている、と実感することが大切かな、と思うんですね。

「いじめる側がおかしい」と知り、権利を主張すること

BRAVAこども六法すごろく

齋藤:なるほど。では、いじめを今、受けているお子さんが「こども六法」から何を読み取って欲しいと思いますか?

山崎:一番重要なのは、「これはおかしい」とイジメの問題を捉えられること、それを大人に向けて発信できること、です。抑止する力以前に、今の時点では実際にひどいイジメを受けている子どもがいるのですから、その子たちが、例えば「こども六法」を読んで「こんな酷いことをされた、これは犯罪じゃないか、大人に訴えよう」と動き出す手助けになればいいと思っています。

 それと僕はイジメの被害者にとって、生き残れるかどうかというのは、自尊心にかかっていると思っているんです。いじめに遭うと、自分がなんだか間違っているような気持ちになり、ひどくなると自分を卑下してしまう。自分が悪いんだと思ってしまう。だけど「僕は正しいんだ」とわかれば、自分自身を大切にする気持ちを持って、自分のプライドを保てるじゃないですか。

「こども六法」を読んで、「僕がうけている仕打ちはおかしい」と思うこと、それを大人に訴えることは違うフェーズです。大人に助けを求めて欲しいと願っていますけども、助けをもし求められなかったとしても、「こども六法」を読むことで、この仕打ちはおかしい、自分がおかしいのではない、いじめている側がおかしいのだとわかること、つまりそこで、かろうじて自尊心が保たれる部分が生まれるのではないか。生まれてほしい、そしてイジメを受けている子ども本人が自尊心をしっかり保っていけるようになればいいと思います。

齋藤:確かにイジメを受けている子は自分が悪いから、原因があると感じている子も多いと聞きます。

山崎:それを裏付ける十分な量的データは確認できてないのですが、自分が分析した限りの質的なデータでは「自分が悪いから」という意識付けで、だから大人にイジメを受けていることを訴えられないという子どもは少なからずいる、という結果になっています。中には自分が悪いと思ってないとやっていられなかったという事例もありましたが、「こども六法」が「いや、間違ってない、僕が悪いからではない」と、そういう子どもたちの心を守ってくれたらと願っています。

「こども六法」の新版では、権利についてだけでなく、権利の主張についてまで載せようと考えています。「権利がありますよ」だけでは足りないんです。残念ながら「権利をどう主張したらいいのか」どうやったら主張できるのかを、教育現場では教えてくれないんです。例えば、いじめも被害者が訴えていく、主張していくためには、現段階では色々な証拠を揃えなくてはならないんです、それを揃えた上でどう主張していけばいいのかを、新しい「こども六法」には含めていく予定です。

もうひとつ、学校に置いてほしいというのは、子どもだけでなく、学校や教職員が法律を知るという面もあるんです。

例えば、先日虐待で小学生のお子さんが亡くなる痛ましい事件がありましたが、この事件を見ると、虐待をしていた父親のほうが法律を知っている、という事実がありますね。お父さんのほうから名誉毀損で訴えるぞ、という姿勢があり、そうなると学校側や教師としては脅迫のように思えてくる、そこにもし法律家がきちんと介在していれば、防衛策がとれたかもしれません。
「こども六法」がその役割をするとは言いませんが、この本を読むことで「法律で対応していく」方法があるんだと、なんとなくでもわかってくればいいなと思います。

齋藤:山崎さんはほかにはどんな活動をしていらっしゃるんですか?

山崎:「こども六法」の準拠教材として、「こども六法すごろく」というゲームを制作しました。中学生対象ですが、これは実際に中学校で使ってもらい、かなり白熱して盛り上がりました。とても好評だったので、自分としてはこういうアプローチ法もあるんだなと再認識した部分はありますね。

また、例えば新しい「こども六法」を使って、僕が実際に小学生に授業をしたり、先生方に向けてどういう形で利用して欲しいかということもこれから伝えたりしていけたらと思っています。

それと僕自身の活動ですが、ミュージカルに出演しています。
もともと男声合唱をやっていたのですが、大好きなノートルダムの鐘という作品を劇団四季が公演すると聞いてオーディションを受けたのが最初のきっかけでした。

齋藤:劇団四季でも活躍なさっているんですね! いじめを受けたご経験から、法教育という視点でいじめ問題へ取り組んでいる、山崎さんの幅広い活躍には驚きます。その幅の広さが、六法全書を子どもにもわかりやすく、という柔らかい発想に繋がっているのかもしれませんね。

山崎さんPROFILE

BRAVA

慶應義塾大学総合政策学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。修士(社会学)。学部在学中に教育副教材「こども六法」、法教育教材「こども六法すごろく」を作成三年生時に英国オックスフォード大学への短期留学プログラムに参加し、現在は慶應義塾大学SFC研究所所員、法と教育学会正会員、日本学生法教育連合会正会員として活動している。また音楽活動として、高校生時より各種合唱コンクールで受賞経験があり、2016年12月より劇団四季「ノートルダムの鐘」にクワイヤキャストとして出演中。


昼前まで雨。昼から晴れてきたが風が強く冷たい。
3番花

沼で何やら動くものアリ。カエルだった。そこにはタマゴが・・・

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やかんちゅうがく

2019年04月18日 | 教育

やかんちゅうがく 学(まな)びの喜(よろこ)びみんなに

  東京新聞社説 2019年4月18日

 公立夜間中学(こうりつやかんちゅうがく)が22年(ねん)ぶりに埼玉県(さいたまけん)と千葉県(ちばけん)にできました。いくつになっても、外国(がいこく)からきた人(ひと)も学(まな)ぶことができます。全国(ぜんこく)に33校(こう)しかありませんが、もっと増(ふ)えるといいですね。

 埼玉県川口市(さいたまけんかわぐちし)、千葉県松戸市(ちばけんまつどし)の夜間中学(やかんちゅうがく)では16日(にち)、入学式(にゅうがくしき)が開(ひら)かれました。新入生(しんにゅうせい)の国(くに)は中国(ちゅうごく)やベトナム、ブラジルなどさまざま。10代(だい)から80代(だい)までいます。これまで学(まな)ぶことのできなかった人(ひと)たちに、ふたつの中学(ちゅうがく)では漢字(かんじ)によみがなをふって入学(にゅうがく)をよびかけました。この社説(しゃせつ)にも同(おな)じようによみがなをふりました。

 夜間中学(やかんちゅうがく)は、戦争(せんそう)などで学校(がっこう)にいけなかった人(ひと)たちがたくさんいた時期(じき)に80校以上(こういじょう)ありました。日本(にほん)がゆたかになり、やめてしまったところも多(おお)くあります。

 それでも学(まな)びたい人(ひと)たちはいます。川口(かわぐち)、松戸(まつど)とも、そういう人(ひと)たちを支(ささ)えたいと思(おも)った市民(しみん)が「自主夜間中学(じしゅやかんちゅうがく)」という学(まな)びの場(ば)を30年以上(ねんいじょう)、続(つづ)けてきました。

 夜間中学(やかんちゅうがく)のよさが見直(みなお)されるようになったのは2015年(ねん)。国(くに)が受(う)け入(い)れる対象(たいしょう)を広(ひろ)げました。つらい思(おも)いをして学校(がっこう)に通(かよ)うことのできないまま卒業(そつぎょう)した子(こ)も、もう一度学(いちどまな)ぶことができるようになりました。

 16年(ねん)に国会議員(こっかいぎいん)が「教育機会確保法(きょういくきかいかくほほう)」という法律(ほうりつ)をつくったことや、この春(はる)から、外国(がいこく)から働(はたら)きにくる人(ひと)たちの受(う)け入(い)れが広(ひろ)がったことで、国(くに)は、都道府県(とどうふけん)ごとに少(すく)なくとも一(ひと)つはつくってほしいとよびかけています。

相模原市(さがみはらし)や高知県(こうちけん)があたらしくつくることを決(き)めました。静岡県(しずおかけん)では外国人(がいこくじん)や、家(いえ)にひきこもりがちな人約(ひとやく)100人(にん)に会(あ)って話(はなし)を聞(き)き、6割以上(わりいじょう)の人(ひと)から夜間中学(やかんちゅうがく)に通(かよ)いたいと言(い)われたそうです。これから市町村(しちょうそん)などとも相談(そうだん)してつくるかどうか決(き)めます。

 夜間中学(やかんちゅうがく)では勉強(べんきょう)だけでなく、運動会(うんどうかい)や文集(ぶんしゅう)づくりなど友(とも)だちとの思(おも)い出(で)をつくることができます。不登校(ふとうこう)だった子(こ)も心(こころ)に明(あか)るい光(ひかり)を取(と)り戻(もど)し、外国(がいこく)からきた人(ひと)たちも日本(にほん)で暮(く)らすことが楽(たの)しくなるきっかけになるかもしれません。

 家(いえ)にひきこもる人(ひと)は若者(わかもの)にかぎらず、40代以上(だいいじょう)にもたくさんいることが最近(さいきん)、国(くに)の調査(ちょうさ)で分(わ)かりました。一度(いちど)つまずくとやり直(なお)しが難(むずか)しい社会(しゃかい)なのかもしれません。

 「うちには必要(ひつよう)ない」と考(かんが)えている役所(やくしょ)の人(ひと)たちも、ひとりでも多(おお)くの人(ひと)たちの人生(じんせい)をよりゆたかにできるよう手助(てだす)けできないか、考(かんが)えてほしいです。


 今日はよく動いた。万歩計はすでに12500。これからまだ2000以上歩かねばならない。万歩計を持ち始めてから新記録達成だってさ。でも、やっぱり疲れた。
 江部乙には2つの沼あある。
大きな木が倒れこんだほうが上沼。

下沼のほうが大きい。

それぞれに、7.8羽の鴨の家族が来ているここで子鴨が飛び立てるまで休んでいるのだろうか?

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NHK『ガッテン!』

2019年04月17日 | 健康・病気

 

NHK『ガッテン!』の番組内容に視聴者の合点が行かず、炎上した理由

DIAMONDonline 2019/04/17

  岡田幹治

  3月13日に放送されたNHKの人気番組「ガッテン!」が、「毎日の洗濯で伸び伸び、ヨレヨレになった衣服を、まるで新品みたいに戻すワザ」を紹介したところ、ツイッターなどに批判の声が飛び交った。

「『ガッテン!』にはガッカリ 柔軟剤の宣伝じゃないか。香害で苦しんでいる人がいるのに NHKに抗議とツイッターを炎上させたい」

「シワシワの衣服を回復するって、どこがガッテンや、身体が回復不能になるわ」といった激しい声もあった。

 何が問題になったのだろうか。

ヨレヨレ服を新品のようにする「ワザ」に

柔軟剤使用を推奨

「ガッテン!」は、「食・健康・美容・住まいに関する裏ワザを公開する」という触れ込みの番組で、NHK総合テレビで毎週水曜夜に放送される。

  3月13日は「部屋干し臭を消す」「がんこな黄バミが家庭で落とせる!」に続く「洗濯シリーズ」の第3弾だった。

 番組はまず、洗濯を繰り返すと、服はどんどん傷み、ヨレや伸びがひどくなっていくが、そのダメージを少なくするには、洗濯槽に入れる衣類の量を容積の5~7割にするのが有効と説明した。

 これが「ふだんの洗濯でヨレや伸びを減らすワザ」だ。

 続いて、大矢勝・横浜国立大学教授が、「傷んだ衣類を復活させるワザ」として、番組で紹介したのが次のような方法だ。

 ――10リットルの水に、およそキャップ1杯分の柔軟剤を溶かし、傷んだ衣類を浸して繊維の奥まで浸透するよう30秒程度もみ込む。衣類の形を整え、軽くたたんで洗濯機で脱水する。すすぎはしない(これが重要)――。

 柔軟剤のパッケージに表示されている「使用量の目安」は、65リットルの水にキャップ1杯分だから、推奨された方法では柔軟剤の濃度は6倍になる。

 画面には柔軟剤の容器が何度も鮮明に映し出され、古着業者が大量の柔軟剤を使って古着を新品のようにして店頭に並べていることも紹介された。

 ゲストの「すすがないで皮膚は大丈夫か?」との質問に、大矢教授が「この程度なら大丈夫」と答える場面もあった。

 番組の最後は、次のような自画自賛の場面で締めくくられた――。

 アフリカ・コンゴ共和国には、世界一、服にお金をかける人たちがいるが、彼らにとって悩みは汗で服が汚れやすく頻繁に洗濯をしなければならないこと。そこで、番組で紹介した方法を試していただくと大成功で、喜んでもらえた。

消費者連盟の「110番」で

「香害」の原因商品のトップ

 このワザに、「香害」の被害者たちが怒ったのは、大量のCMで売り上げを伸ばしている「香りつき柔軟仕上げ剤」が、頭痛や、化学物質過敏症などの健康被害をもたらす「香害」の“元凶”だからだ。

 化学物質過敏症は、ごく微量の化学物質にさらされるだけで、頭痛・めまい・筋肉痛などの多様な症状が起きる病気だ。

 たとえば、消費者団体の日本消費者連盟が一昨年に実施した「香害110番」に寄せられた苦情では、柔軟剤が原因商品のトップだった。

 なぜ柔軟剤は被害者を苦しめるのか。それは柔軟剤の成分を見れば理解できる。

 花王の柔軟剤「フレア フレグランス」を例にとると、有効成分は(1)エステル型ジアルキルアンモニウム塩だ。このほか(2)ポリオキシエチレンアルキルエーテルや(3)香料が含まれている。

 このうち、(1)は「陽イオン型」の界面活性剤で、洗剤などに使われる「陰イオン型」の界面活性剤より皮膚などへの刺激性・毒性がはるかに強い。

 (1)は別の分類では「第4級アンモニウム化合物」の1つだ。この化合物は生物の細胞膜を不安定にして細胞を殺す作用を持ち、殺菌剤などに使われているが、人の細胞にも同じく作用し、アレルギー・皮膚炎・角膜障害などの原因になる。

 また(2)は、「人の健康を損なうか、動植物の生育に支障を及ぼすおそれのある物質」と政府が判断し、監視している462物質の1つだ。

 これらはPRTR法(化学物質排出把握管理促進法)の「第一種指定化学物質」と呼ばれる。

 (3)の「香料」は、3000以上もある成分(物質)からメーカーが複数(数種~数十種)を選んでブレンドした調合香料である(個々の物質名は明らかにされていない)。

 香料成分の中には、アレルギーやぜんそくの原因になる成分、ホルモンかく乱作用や発がん性を持つ成分などがあることが明らかになっている。

「ガッテン!」が教えたワザを使った衣類が増えれば、どうなるか。

 まず、着用した人が、繊維にくっついた上記の成分の作用で肌荒れを起こす可能性がある。

 柔軟剤が肌に悪いのは、番組に出たアナウンサーが手袋をつけて柔軟剤を扱っていたことからも明らかだ。

 それ以上に心配なのは、成分が気化して周囲に放散されることだ。これを化学物質に敏感な人たちが吸い込めば、ぜんそくや化学物質過敏症を発症したり、悪化させたりする。

 番組では「皮膚への影響や柔軟剤の香りが気になる方」向けに「もう一度洗濯する」「無香料の柔軟剤を検討する」などの注意が流されていたが、これは「香害被害者」にとってほとんど意味がない。

 被害者たちは他人が使う柔軟剤で健康被害を受けているからだ。

怒る「香害」被害者

「被害の拡大に加担」

 こんな事情があるから、被害者たちは黙っていられない。

 フェイスブックには、「香害の増加、化学物質過敏症患者の増加につながるでしょう。NHKが柔軟剤の宣伝ともいえる番組を報道したことに抗議します」「柔軟剤を広めるのはやめてほしい」などの声が寄せられた。

 さらに、コンゴまで出かけてこのワザを披露して喜ばせ、健康への影響を知らせずに柔軟剤を売り込んだのは罪深い、という指摘もあった。

 この番組について、油脂・石けんに詳しい長谷川治さん(洗剤・環境科学研究所代表)はこう批判している――。

「柔軟剤の成分がたっぷり残った衣類を着て大丈夫なのは、肌の強い人でしょう。そうでない人には影響が出ます。

 番組の前半で紹介していた“ヨレヨレにならない洗い方”(洗濯物は洗濯槽の5~7割にする)を徹底すれば、柔軟剤を使わないで済み、労力も少なくて済みます。それなのに、なぜ柔軟剤を推奨するのか。

 業界が香りつき柔軟剤の売り上げを増やそうと躍起になっているのを、後押ししているように見えます。

 視聴者の受けだけを狙った番組であり、皮膚の弱い人や化学物質に敏感な人への配慮が感じられない番組でした」

 公害問題に取り組んでいる日本消費者連盟は、放送2日後の3月15日に、NHKに対し「抗議文」を送った。

「この番組は、香害という公害被害の拡大に加担しているに他なりません」「香害が社会問題となっているこの時期に、その元凶である柔軟剤を推奨する番組を放送したことの責任は重大です。断固抗議するとともに、番組内容の訂正、撤回を求めます」という内容だった。

NHKは反論、「専門家に取材」

「使い過ぎは注意喚起した」

 これに対してNHK制作局科学・環境番組部の出田恵三部長は3月22日、次のような回答(要旨)を寄せた。

「番組では、衣類を長持ちさせる様々な洗濯のコツを、大学などの研究機関、メーカーなどの取材を通じて紹介しました。その中のひとつとして『月に1回程度、柔軟剤で処理する』方法を伝えしました」

「上記の方法を紹介するにあたっては、香りによって体調不良を訴える方や化学物質過敏症の方がいらっしゃることを踏まえ、香り成分や界面活性剤などに詳しい専門家や研究機関に取材しました」

 さらに、「番組では、『毎月1回程度や気になるときに』といった使い過ぎへの注意喚起や、香害や化学成分などが気になる方に向けて『無香料の柔軟剤の使用』や『柔軟剤で処理した後に改めて水洗いすること』などの情報を伝えました」と、回答は続いた。

 回答の内容について、日本消費者連盟が3月28日に出田部長に電話で確認すると、洗濯のコツを取材した相手は大矢教授と洗濯機メーカー、香り成分などについて取材したのは、厚生労働省健康局や国民生活センターなどだった。

 またNHKの取材に対し厚労省健康局は、柔軟剤などで健康障害が起きるという指摘について「医学的には危険性を判断できない」と回答したという。

過去にも批判受ける

柔軟剤使った「除電ぞうきん」

「ガッテン!」は、2017年10月18日放映の「なぜ出るホコリ! 原因はそこだった!?」でも、柔軟剤の使用を推奨している。

 柔軟剤数滴(数ミリリットル程度)をバケツに垂らして5倍に薄め、その中にぞうきんを1~2分漬けた後、固く絞って5分ほど乾かせば、「除電ぞうきん(柔軟剤ぞうきん)」になる。

 これで床・壁・棚・家具などを拭けば、柔軟剤には静電気防止効果があるので、ホコリの発生源である静電気を除去でき、ホコリもたまらないと、番組で説明した。

 このときも、「そんなことをすれば、家の中が柔軟剤の成分だらけになる。ホコリが気になるなら、きちんと掃除をしよう」といった批判がツイッターなどで流れた。

 ほかにも「ガッテン!」では、「行き過ぎた表現」が混乱を招いたとしてNHKが謝罪し、再放送を取りやめたことがある。

 2017年2月22日放送の「最新報告!血糖値を下げるデジタルパワーの謎」だ。

 この番組では、「睡眠薬で糖尿病の治療や予防ができる」と説明した際、特定の医薬品とわかる映像を流し、しかも「副作用の心配はない」とした。

 これに対し視聴者や医師から「睡眠薬の不適切な使用を助長しかねない」「副作用を軽視している」などの批判が殺到。

 日本睡眠学会は「番組で取り上げられた睡眠薬は、国で承認された効能・効果は『不眠症』に限定されており、糖尿病に処方することは認められていない」などという内容の「見解」を発表した。

「ガッテン!」は、簡単に合点してはいけない番組なのだ。

(ジャーナリスト 岡田幹治)


 わたしもテレビが見られたころはよく見ていた番組です。当ブログ関連記事「香害」もご覧ください。

 なんか、一気に夏ゥて感じ。江部乙では20℃を超えました。明日もこのような陽気らしいのですが、そのあとはまた10℃位まで下がってしまうようです。

今日、ようやくハウスビニールかけました。天気予報を見て風の弱まる16時を予定していたのですが14時から強行。何とか落とすことなく、無事に終わりました。

畑の雪は完全になくなりました。

福寿草。

我が家の前の畑は、ようやく畔が見えてきたところです。まだ30㎝以上あります。

部屋の中では、切断したミニトマトがこんなに長い根を出しています。鉢上げ作業中です。

これは、チャイブ。

 

 

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「日本は世界一冷たい国」

2019年04月16日 | 社会・経済

東大祝辞の核心「日本は世界一冷たい国」

上野千鶴子氏の声が届かない理由

  プレジデントオンライン 2019.4.16


岡本 純子(おかもと・じゅんこ)

    早稲田大学政治経済学部卒、英ケンブリッジ大学大学院国際関係学修士、元・米マサチューセッツ工科大学比較メディア学客員研究員。大学卒業後、読売新聞経済部記者、電通パブリックリレーションコンサルタントを経て、現在、株式会社グローコム代表取締役社長(http://glocomm.co.jp/)。企業やビジネスプロフェッショナルの「コミュ力」強化を支援するスペシャリストとして、グローバルな最先端のノウハウやスキルをもとにしたリーダーシップ人材育成・研修、企業PRのコンサルティングを手がける。1000人近い社長、企業幹部のプレゼンテーション・スピーチなどのコミュニケーションコーチングを手がけ、「オジサン」観察に励む。その経験をもとに、「オジサン」の「コミュ力」改善や「孤独にならない生き方」探求をライフワークとしている。

 

 

   東京大学入学式での上野千鶴子名誉教授の祝辞が話題を呼んでいる。コミュニケーションストラテジストの岡本純子氏は「上野氏は『自分が勝ち抜くことだけを目指すな』と訴えた。多くのデータは、日本が敗者や弱者を排除する『世界一冷たい国』であることを示している。上野氏のメッセージはその危機感の表れだろう」と指摘する――。

 

上野千鶴子氏のメッセージに耳を貸さない冷酷日本

   4月12日に行われた東京大学の入学式での上野千鶴子名誉教授の祝辞が「刺激的」「奥深い」と話題になっている。

     (省略)

   祝辞の全文を読み、筆者もかつて「ワセジョ」(早稲田大学の女子学生)時代、女子大との合同サークルの活動中に他大の女子ばかりをチヤホヤするワセダの男子たちに腹を立てていたことを思い出した。

   女性差別についての論考については、受け取り方はさまざまあるだろうなと感じつつも、筆者の心に最もガツンときたのは、以下の部分だ。

《世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと……たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください》

   日本のエリートの卵たちに投げかけられたのは、勝ち抜くことだけを目指すのではなく、恵まれない人々を助けることに目を向けろ、というメッセージだった。

「失敗する人間は徹底的にたたくべし」「何もかもが自己責任。迷惑はかけないが、かけられるのはもってのほか」「人は自分の成功や人生に責任を持てばよく、他人のことにかまう暇はない」――。

そんな声ばかりが勢いを増しているように感じるこの国で、「利己の目的ばかりを追うのではなく、ほかの誰かの幸せを考え、支えあって生きていくべきだ」という、人間としてまっとうなメッセージが、こうして声高に叫ばれ、そして、多くの共感を集めていることに少しの安堵を覚えた。

「国は貧しい人々の面倒を見るべき」とはあまり考えない

   というのも、最近とみに「日本は世界一、冷たい国ではないか」と思えてならないからだ。この感覚は、筆者個人の印象ではない。海外の国々と比較したデータでも裏付けられている。

 

「国は貧しい人々の面倒を見るべきか」に同意する人の率は、日本は47カ国中最低だった。アメリカ・ピューリサーチセンターの調査(2007年)より。

 

 “弱者を見殺しにする日本”の冷酷すぎるデータ

    「貧しい人々の面倒を見るべき」とは答えなかった4割の日本人は「そもそも、貧困とは、貧しくなる人たちのせいなのだから、国として助けるべきではない」という考えなのだろうか。

   上野氏が指摘したように、「たまたま恵まれた環境と能力と運」によって、分かれ道ができただけであり、いつ自分が向こう側の人間になるかなど、わからない。離婚、不登校、引きこもり、虐待、介護、死別、病気、事故、加齢など、誰もが、あっという間に「弱者」になるのに、その痛みを分かつ「想像力」を持たない人たちが世界のどの国よりも多くいる、これは悲しい事実だ。

    日本が「きわめて他人に冷たい国」であることを示すデータはまだまだある。

    イギリスのチャリティー団体Charities Aid Foundation(CAF)が、人助け、寄付、ボランティアの3項目についての評価を各国別にまとめて発表する世界寄付指数(World Giving Index)。その2018年の調査では日本は144カ国中、128位だった。項目別でみると、

 ●Helping a stranger(他人を助けたか)が142位!!(つまり下から3番目)

●Donating money(寄付をしたか)が99位

●Volunteering time(ボランティアをしたか)が56位

 恐ろしいぐらいに他人に無関心で、冷淡な国民ということになる。

    他人の失敗に対するすさまじいネット上のバッシングや渦巻く自己責任論。母親が子供を乗せたベビーカーを一人で持ち、階段を上がっているのに、手を差しのべない人々。お年寄りが目の前に立っていても、スマホに気を取られ、お構いなしに座っている人。もしくは、手を差しのべる人に対して、「余計なお世話」とキレる人……。ことほどさように、日々、ギスギスとした世知辛い話題に満ちあふれ、潤滑油が必要な古い機械のように世の中全体が悲鳴を上げている。

 なぜ善行が「カッコつけてる」と散々にたたかれるのか

    かといって、個々の日本人がことさら冷たく思いやりがないかというと、決してそういうことではない。ほとんどは礼儀正しく、まじめで正直、思慮深い。財布や携帯をなくしても、誰かが警察に親切に届けてくれる国などそうそうない。

   しかし、他者との関係性において、「やさしさの示し方」がわからない、いや、「表立ってやさしさを示してはならん」といった変な因習に縛りつけられているかのようなところがある。「陰徳」などという言葉で代表されるように、善意は人前で見せてはならないというやつだ。

    「人が誰かのために役に立ちたい」と思っても、その善意を善意として素直に受け取らず「感動ポルノ」「ブラックボランティア」と揶揄する。目立たないようにこっそりとやるのはいいが、目立ってしまえば、「カッコつけてる」とか「売名行為」「自己満足」とか言われてネット上で散々にたたかれかねない。

おせっかいを焼く「お隣さん」的なセーフティーネットの欠如

    人は誰かに善行を施すために生きるもの――。海外に行くと、こう考えている人が本当に多いことに驚かされる。

   イギリスでもアメリカでも、若者からお年寄りまで、男性でも女性でも移民でも、自分の体と頭が動くうちに、その力を惜しみなく他者のために使うべきだという考えで、ボランティアや寄付、社会貢献といったものが、通勤電車に乗るように日常に組み込まれている。

    その支えあいの仕組みは、宗教的価値観などから来るところもあるだろうし、国家の福祉の脆弱さを補う形で生まれてきたところもあるかもしれない。

    ある意味、日本は制度的に見れば、医療、保育、教育、社会福祉、児童福祉など、どれをとっても、北欧など一部の国を除いた多くの国々より充実している。そうした施策が手厚いからこそ、国や家庭に代わる市民同士の支えあいの仕組みが育ってこなかったという側面はあるかもしれない。だから、助けの必要な人々に手を差しのべ、おせっかいを焼いてくれる非営利の市民団体などの「お隣さん」的なセーフティーネットが圧倒的に不足している。

    例えば、アメリカでは離婚、DV、ホームレス、ありとあらゆる問題に対応する民間団体の動きが活発で、その数は150万にも上る。NGOは1230万人、つまり、全労働者10人中1人の雇用を生み出す一大産業でもある。そうした活動を通して、他人を支えるために、多くの市民が自分の時間や力を喜んで差し出す。そして、自分が弱者になったときには、遠慮なく支えてもらう。そういった「支えあい」の意識が根付いている。

 世の中で最も成功するのは「Giver(人に惜しみなく与える人)」

    一方の日本は、税金を払っているのだから、何かあったら国が何とかしてくれるべきである、もしくは、家族に頼るという発想だが、国の借金が膨れ上がる中で、この先、どこまで面倒を見てくれるのかはわからない。単身世帯も激増している。現行の福祉制度が立ち行かなるのは火を見るより明らかだ。

   ニッセイ基礎研究所の会長だった故細見卓さんはエッセイでこうつづっている。

    「日本の温かさとか紐帯というものは、非常に限られたいわゆるタテ社会に存在するものであって、そこに属していない人に対しては非常に冷たいというか極端に無関心という面を持っているように思われる。(中略)色々な条件で環境に打ち勝つことができずに敗者となったものでも、何回かの再挑戦をさせる機会を与えているかいないかが温かい社会と冷たい社会を分けるのであって、その意味では日本の社会は冷たいと言わざるを得ない」

    弱者を見殺しにする冷たさ、多様性を認めぬ冷たさ、敗者を排除する冷たさ。人と人とのつながりが希薄化する中で、凍り付いていく社会。今、ここで、大きく舵を切らなければ、日本は氷河期へまっしぐらだ。

    アメリカのペンシルバニア大学ウォートン校のアダム・グラント教授によれば、人は3つのタイプに分かれるという。

 「Giver(人に惜しみなく与える人)」

 「Taker(真っ先に自分の利益を優先させる人)」

 「Matcher(損得のバランスを考える人)」

    このうち、最も成功を収めるのはほかならぬGiverなのだそうだ。日本に足りないのはこの「Give」の発想なのかもしれない。多くの人が持っている、人の役に立ちたいという「Give」の思いが行き場を失っている。閉じ込められた思いを解き放ち、生かし、活力に変える教育や仕組みづくりを急ぐべきではないだろうか。



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