里の家ファーム

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一時保護所

2019年07月22日 | 社会・経済

虐待被害児らの一時保護所で人権侵害 管理ルールが「過剰な規制」と指摘される。

朝日新聞デジタル 2019年07月18日 


   児童相談所に保護された子どもたちが最初に身を寄せる「一時保護所」が人権擁護の視点に欠けるルールを設けていたことを、東京都の第三者委員が指摘した。

   朝日新聞社第三者委員会がまとめた40ページに及ぶ意見書。「どこも逃げ場がない」「言葉が鋭い、もう少し穏やかに言っていただきたい」など子どもたちの声が記載されている

虐待被害児らの一時保護所で人権侵害 都の第三者委指摘

 虐待などの理由で児童相談所(児相)に保護された子どもたちが最初に身を寄せる「一時保護所」について、東京都の第三者委員が、子どもを管理するルールを「過剰な規制で人権侵害にあたる」と指摘していたことが、朝日新聞が入手した資料でわかった。一方で、定員超過や職員不足が運営に悪影響を及ぼしていることにも言及している。

 3月末に都に提出された意見書を、情報公開請求で入手した。一時保護所は児相が運営し、被虐待児や非行などの子を24時間受け入れ、保護する施設。所内での子どもたちの処遇をめぐっては、各地で問題が指摘されているが、第三者の立ち入りが極めて難しいため、具体的な問題点が明らかになることはこれまでほとんどなかった。

 意見書は、一時保護所によって実情は少しずつ異なるものの、私語禁止や会話を制約するなどのルールを課すほか、子ども同士が目を合わせることまで禁じる指導をしているところがあると指摘。職員は個人情報を話すことを制限しているだけだなどと説明しているが、「どのルールも管理思考で、子どもの人権擁護の視点に欠ける」と指摘した。

 また、ルールを守れない子どもに対して、壁に向かって食事をする▽廊下についたてを立ててその中で辞書を書き写す▽体育館の中やグラウンドを何周も走る――などが強いられている状況も報告。「ルール違反に対する指導の名の下に罰を与えているとしか言えない」「本来は内省を深める目的の個別処遇が、罰になっていないかも再検討を要する」などとした。

 子どもの権利に詳しい川村百合弁護士は「自治体によってはよい処遇をしようとしている所もあるが、東京だけの問題ではない。全国共通の課題と考えるべきだ」と指摘する。(編集委員・大久保真紀)

     ◇

 〈一時保護所〉 虐待や非行などの理由で保護が必要と児童相談所長か都道府県知事が判断した子どもたちが最初に生活する場所。各都道府県に最低1カ所あり、全国には2018年10月時点で計137カ所ある。東京都内の7カ所の17年度の総定員は213人。新規入所者は2107人で、全国の一時保護所入所者数の1割弱を占めた。児相は一時保護の間に子どもの心身の状態や家庭環境などを調べ、家庭に帰せないと判断した場合は児童養護施設に入所させたり、里親に委託したりする。一時保護の期間は原則2カ月までで、全国の平均在所日数は約30日。その間は、原則として学校に通えない。


 安倍政権の終わりがすでに始まっている。自民党は66あった改選議席を大きく減らし、単独過半数も奪えなかった。6年半続く安倍政権に国民が飽きはじめているのは間違いない。

 「改憲勢力」で国会発議に必要な3分の2の議席(85)確保を目指したが、及ばなかった。そこで注目は「国民民主」に揺さぶりをかけること。そして残された支持率アップのカードは、“韓国叩き”と“日米蜜月”。公示直前に、韓国への輸出ストップを打ち出したのも、参院選のため。実際、世論調査では安倍政権の対応を支持する声が多く、内閣支持率もアップしている。ここでイチかバチかの「解散」に及ぶことも十分にあり得る。

 

コメント

ハゲタカに食いものにされる日本の教育現場――内田樹×堤未果

2019年07月21日 | 教育

日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡される“ハゲタカ”問題を考える(2)教育現場編

  内田 樹  堤 未果

文春オンライン20197.20

   教職員の長時間労働がブラック過ぎると話題になっている。過労死ラインの週20時間以上残業をしている教員は中学校で57.7%、小学校で33.5%(「教員勤務実態調査」2017)との統計もあるなか、現場を疲弊させる諸政策が打ち出されてきたのはなぜなのだろう。ビジネス化が進みすぎた教育制度にたいして、アメリカの教師たちが起こした100万人デモとは? 学生が食いものにされる実態と再建の道筋を探る。

 

◆◆◆

最低の教育コスト×最低の学習努力

 内田 新自由主義の潮流のなかで、教育分野もまた「ハゲタカ」の餌食になりつつありますね。2004年に株式会社立大学という制度が導入されました。ビジネスマンたちが「大学の教師というのは世間のことを何も知らない。だから、無用のことばかり教えて教育資源を無駄にしている。われわれのような世知に長けた実務家が大学で教えれば、即戦力となる優秀なビジネスマンを育てることができる」と言い出して、特区にいくつか大学を作った。それから15年経ちましたが、いまも残ってるのは二つくらいじゃないですか。あとはほとんどが潰れた。そりゃそうだと思いますよ。ビジネスマンが大学作るとまっさきにするのが人件費コストと教育コストの削減だからです。

  彼らはまずいかにして教育コストを減らすかを考える。言い換えれば、「どうやって教育しないで済ませるか」を考える。ビルの貸し会議室で授業をやったり、教員を雇わず、職員に授業をさせたり、ビデオを見せて授業の代わりにしたりした。学生たちを集めるときも、「最小の学習努力で、単位や学位が得られます」という売り込み方をした。ある株式会社立大学は「一度も学校に来なくても卒業できます」というのが売りでした。

  学習努力が貨幣、学位記が商品だというふうに考えて、それを売り買いするというスキームで考えると、「最低の教育コストで大学を経営しようとする人」と「最低の学習努力で大学を出ようと思った人」が出会えば、そこに「欲望の二重の一致」が成立する。と思いきや、これらの大学はばたばたと倒産した。教育の本質がわかっていない人たちが教育事業に手を出すと必ずこういうことになります。

 構造改革特区法ですね。この法改正は学校を作れるのが「国と地方公共団体と学校法人」という部分に「株式会社」を加えましたが、そもそもの「法の精神」部分についてきちんとした審議がされませんでした。例えば私学には自主性とともに公共性の担保が求められますが、株式会社立という新しい存在はそこについてどう整合性をつけるのか。国家にとってとても重要なこの部分が、置き去りにされてしまったのです。官邸と財界主導で進める構造改革特区の目的は民間活力を使った経済活性化ですから、「既存のルールが経済活動の障害になっている」という事ばかりに焦点があてられる。少子化と過疎化で苦しむ自治体側は、どうしても「収入増・雇用増」が第一の目的になってしまう。でも教育でも医療でも第一次産業や公共インフラでも、最も大事なのはむしろそうした経済的側面以外、元々の法律が守ろうとしていた根幹部分の方なのです。そこが疎かにされてしまっているのが、構造改革特区の最大の問題ですね。

 株式会社立大学でもその副作用が吹き出していたのではないでしょうか。結局教育の質は問わず、頭数だけ欲しいってことですよね。

 

「授業料は取るが、できるだけ教育活動はしない」学校

内田 そうです。東京福祉大学が中国人の留学生を集めて、学生たちが行方不明になったことがニュースになっていましたけれど、この大学も「授業料は取るが、できるだけ教育活動はしない」ことで商売をしていた。理事長は笑いが止まらないくらい美味しいビジネスだと豪語していたそうですけれど、たしかにビジネス的に考えたら、このやり方は合理的なんです。教育コストを最小化したい大学と、最少の学習努力でとりあえずIDが欲しいという留学生の出会いが成立しているわけですから。でも、このウィン―ウィンのビジネスも結局は長続きしなかった。

 こういう仕組みを英語では「学位工場(degree mill)」と呼びます。アメリカは大学の設置基準が緩いので、ビルの一室だけ借りて、サーバーを一個置いただけで大学を名乗っているところがあります。そういう大学では、どんな中身のない論文を提出しても、金さえ払えば学位をくれる。実体のない学位ですが、それでも「欲しい」という人がいる。ジャンクな商品を売りたいという人がいて、ジャンクな商品を買いたいという人がいる。合法的な取引ですから、司法は介入できない。ビジネスマインドで大学を経営したら、教育活動をしない代わりに、大学が発行できる何らかの証明書を売りつけるという商売になるに決まっています。それは学位工場の事例を見ればわかります。

 いまは学生に1年間海外留学を義務づけている大学がけっこうありますね。これもビジネス的に言ったら、きわめて合理的なんです。だって、授業料を満額もらって、留学先の学校にその一部を払って、残りは「中抜き」できるわけですから。1年間まったく教育活動をしないでもお金が入ってくる。教職員の人件費も、キャンパスの維持管理コストも25%カットできる。だって、学生がいないんですから。それで味を占めたら、そのうち「だったら、いっそ2年間海外に行かせない?」って誰かが言い出すでしょう。たしかに賢いアイディアなんですよね。2年留学させたら、教育コストが50%削減できる。学生が半分しかいないんだから、校舎校地も半分で済むし、光熱費もトイレットペーパーの消費量も半分で済む。でも、このロジックを突き詰めると、そのうち「おい、いっそ4年間行かせちゃおう」という話になる。そしたら大学がなくて済む(笑)。

 校舎もいらなくなりますね。

内田 もうキャンパスも教員も職員も要らない。サーバーが1個あれば済む。最初に授業料だけ振込んでもらって「じゃあ、海外のあの大学に留学してください」と言うだけでざくざくと金が入ってくる……わけはないんですけれど、ビジネスマインドで考えたら、大学の利益率が最大化するのは、大学が存在しない時であるということになる。ほんとうにそうなんです。教育活動をしない大学である学位工場が一番儲かるんです。でも、いまの大学人には、このジョークの意味が理解できない人がほんとうにいる。どうして海外留学1年義務化はよくて、海外留学4年義務化はいけないのか、その違いがわからなくて、ぽかんとしている人間が現に大学を経営している。

 銭勘定がうまいだけのビジネスマンが大学の経営をすれば、これと同じ事態が生じます。さすがに「大学をなくす」ということまでは自制しても、「海外留学2年間義務化」くらいのことは思いつきかねない。よその教育機関に丸投げして、それで「いくら抜けるか?」と計算する人間は、そもそも教えたいことがないんです。教えたいことがない人間がどうして大学の経営なんかに手を出すんです? 

 教育というのは本来「持ち出し」でやるものなんです。自分にはどうしても教えたいことがある、だから身銭を切っても学びの場を立ち上げたい。そういう人が教育者なんです。学生を消費者扱いにして、「市場のニーズがどうだ」とか「顧客満足度がどうだ」というようなことを言っている人間は教育にかかわるべきじゃない。

 特区でできた株式会社立の悲惨な末路を知っていたら、いま頃になってまたぞろ「実務家が教えるべきだ」とか「大学の経営にビジネスマインドが足りない」というようなふざけた台詞が出て来るはずがないんです。それと同じことを言って大学を始めた人たちが大失敗した。LECリーガルマインドは5年で募集停止になりました。LCA大学院大学は3年で募集停止になりました。TAC大学院大学は申請段階で却下されました。今回はそれとどこが違うのか。今度ばかりは「前車の轍を踏まない」という自信があるなら、どこがどう違うのか、それを語るべきでしょう。

 さっきも言いましたが、特区の規制緩和の最大の問題はそこですね。投資家が入ってきて、いろんなものが経済性と効率を物差しにシステマティックに処理されてゆく中で、子供達もある種の「商品」としてビジネスの力学に取り込まれてしまう。10年前、『ルポ 貧困大国アメリカ2』の取材現場で嫌という程見た光景です。あのシリーズにはアメリカで起きた事が数年先に日本にやってくる、という警告が込められていたのですが、その後「構造改革」の名の下に、アメリカ発のビジネスモデルが様々な分野で日本に輸入されてきました。

 経済性だけでは価値の測れない教育や医療、第一次産業や公共インフラなどは特に慎重にしなければならないのに、肝心の審議の場に当事者が入っていない。消費者に提供するサービスという位置づけになりますから、この法改正が進むほどに、その実態は教育の本質からかけ離れてゆくでしょう。

 ちなみにそういうビジネスをやっている人に限って、自分の子供はその学校に入れないですよね。

自分の子どもは海外に行かせる日本の“教育改革者”たち

内田 財界人も政治家も自分の子どもは当然のように中等教育から海外の学校に入れてますね。それは一つの見識でしょうから、僕は別にそれに異議があるわけじゃない。でも、自分の子どもを海外の学校に留学させている人たちは、日本の学校教育についてうるさく「ああしろ、こうしろ」と言うことは自制して欲しいと思う。

 以前、ある会議で隣になった人が、学校教育について僕が発言するたびにうるさく反論してくる。どう考えても、彼の言うようなしかたで学校教育を「改革」していったら、子どもたちの学力は低下するし、大学の研究力教育力も落ちる。そういう有害な提言ばかりする。不思議な人だなあと思っていたら、「うちの娘は高校の時からアメリカです。いまはハーバードの大学院に行ってる」と自慢げに言うんです。

 彼は日本の学校教育を見限って、自分の子どもをアメリカに留学させた。だから、「日本の学校教育を何とかしなくちゃいけない」という喫緊の個人的理由は彼にはないんです。彼が日本の学校教育に期待することがあるとしたら、それは日本の学校を見限って、わが子を海外に留学させた私は賢いということを確認することだけです。だとすれば、彼があらゆる機会をとらえて「日本の学校教育が一層ダメになるような提言」をするのは当然なんです。もちろん、無意識にやっているわけで、本人はあくまで善意の提言をしているつもりなんですけど。僕はそういう人物の話は眉に唾を付けて聞くことにしてます。

 そうだとしたら恐ろしく有害ですね。

内田 先日、以前ハーバード大学にいた方が教えてくれたんですが、ハーバードの夏学期になると、日本から政治家の息子とか財界人のドラ息子たちがぞろぞろ来るんだそうです。ハーバードは学費はめちゃ高いですけれど、夏学期だけの学生IDがもらえる。正規の学生じゃないんだけれど、キャンパス内でハーバードの教授の授業を受けることができる。ろくに授業も出ないで遊んでばかりいるんだそうですけれど、日本に帰った後に、「僕がハーバードにいた頃のことですが……」というような話をする(笑)。

 ハーバードの学歴ビジネス……売る方は笑いが止まらないですねぇ(笑)。

内田 別に単位を取ってなくても、学位を取っていなくても、履歴書に「ハーバードで学ぶ」とか「〇〇先生に師事」とか、書き放題でしょ? 嘘じゃないんだから。

 最近の自民党の政治家って、最終学歴がアメリカの大学という人が多いじゃないですか。でも、あの中には、夏期講習とか外国人向けの語学のクラスを受講しただけの人も結構いると思いますよ。たしかに、夏期講習でも、それが生涯最後の大学での受講経験だったら「最終学歴」ではあるわけですからね(笑)。

 安倍晋三は以前の経歴には「南カリフォルニア大学政治学科留学」と書いていましたけれど、実際に取得した単位の半分は外国人のための英語の授業で、政治学は受講していなかった。いまはもう履歴から削除したらしいですけど。

 有権者のために文春さんがそういう方々の一覧でも出しては?(笑)

内田 多少話を盛るのは別に構わないんです。ただ、そうやって「海外留学で履歴に箔をつけようとした人」たちがこの国の教育政策についてあれをしろこれをしろとうるさく言っていることに僕は腹が立つんです。

 この四半世紀、文科省の指示で、教育現場には膨大な無意味なタスクが課せられて、現場は疲弊し果てています。日本の学術的な水準はどうすれば上がるか、若い人たちをどうすれば知的に活性化できるか、といった本筋の問題にはまったく取り組まず、「アメリカみたいなやり方」を導入することに夢中になってきた。FDとか、相互評価とか、PDCAサイクルとか、教育の質保証とか……この四半世紀に大学に押しつけられたタスクはほんとうに膨大なものです。そのために大学教員が研究教育に割くことのできたリソースの3~4割がた削られたんじゃないかな。人によってはもっとかも知れません。特に独立行政法人に移行した国立大学の教員たちはほとんど10年にわたって、会議と書類書きに忙殺された。こういう仕事はたいてい若くて、仕事の手際がよい教員に集中しちゃうんです。このタスクに投じられたリソースを彼らが研究と教育に集中することができたら……と考えると絶望的な気分になります。ノーベル賞何個分かの知的損失だったと思います。

大学教員がシラバスを書くために膨大な手間暇も……

 ああ……会議と事務仕事に大学教員の研究時間を削ることがいかに日本の国益を損ねているか。一握りでもそこから生まれてくる素晴らしいものが、この国の貴重な知的財産だという意識を国のトップに持って欲しいです。

内田 大学のシラバスというものがありますね。この授業でいつ何を教えて、どんな知識が身につくか詳細をリストにしろというものですけれど、そんなことができるはずがない。1年半も先に自分がどんなことに興味を持っていて、学生たちに何を伝えたいと思っているかなんて、わかるはずがない。そもそも、教育的にはまるで無意味なことなんです。

 シラバスというのは工業製品の仕様書なんです。工場で工業製品を作るプロセスを想定して、どういう材料を使って、どういう工法で、どういう効能で、どういう仕様のものを製造するつもりか、それを書けと言っているのです。工業製品の場合だったら、それは必要でしょう。でも、僕らが相手にしているのは、生身の人間ですよ! 工業製品のように規格通りのものを作り出すことなんかできるはずないし、すべきでもない。

 いまも日本中の大学教員がシラバスを書くために膨大な手間暇を費やしています。教育を「工業製品の製造プロセス」のメタファーで考えるということ自体に僕はまったく同意できませんけれど、それ以上に腹が立つのは、シラバスなんか教育のアウトカムに何の関係もないことです。教育効果がまったくない作業に教員たちを忙殺させておいて、それをしないと文科省は助成金を削ってくる。

 現場の先生たちの話を聞いていると、不満が相当溜まっていますよね。こないだも大阪で現役の公立校の先生が実名を出して府を訴えていましたが、もっと束になって声を上げてもいいと思います。アメリカでは教育をビジネス化するための評価制度を始め、様々なことを現場へ強要した結果、100万人規模のデモが起きたんですよ。「こんな事をするために教師になったんじゃない」と、爆発したんです。オバマ元大統領の地元のシカゴでものすごいデモが起きた時のことを覚えています。ブッシュ政権から引き継いだ教育の市場化をさらに強化して、教育予算を巡って学校同士を競争させたんですよ。競争に負けたら補助金ゼロといういじめ、過激なレースをさせたことに教師たちが反乱を起こした。

 教育は社会的共通資本で公教育は国の財産――国の根幹に関わるものなのにどこまでビジネスにするんだと。海の向こうの事ではなく、日本でも同じことです。経済学者の故宇沢弘文氏が繰り返しその価値を訴えられていた「社会的共通資本」について、私たちは今こそ真剣に考えるべきでしょう。結局オバマ政権下では教育のビジネス化政策は止められなかったものの、現場の教師たちが立ち上がり声をあげたことは確実に流れを変えました。前回の中間選挙を見てもわかるように、州や自治体レベルで「ボトム」から少しずつ変わりつつあります。

現場に自由裁量権を与える大切さ

内田 とりあえずアメリカのいいところは文科省がないんですよね。中枢的に全国の教育政策を統括するような巨大な権限を持つ省庁がない。州ごとに教育制度が自主的に決められる。だから、義務教育の年限も州ごとに違うし、進化論を教えない州が出てきたりもする(笑)。でも、それが教育の多様性を担保していて、リスクヘッジにもなっている。

 日本の場合も、都道府県の教育委員会に権限があって、各自治体ごとにかなり自由な教育政策が採択されれば、いろんなことが実験できる。どこかの自治体での教育実践が成果を上げていることがわかれば、それを共有することができる。

 中枢的に政策を統括して、全国一律に同じ教育政策を強いるのは、教育実践の創意工夫のためにはやってはいけないことなんです。子どもは生身なんですから、一律に扱うわけにはゆかない。だから、子どもと直接接する現場の先生にできるだけ多くの自由裁量権を与えた方がいい。いろんな先生がいて、先生ごとに教育理念も教育方法も教育の目標も違っているという環境が子どもが成長する上では一番なんです。40年近く教育現場にいて、それは経験的に確言できます。

 僕は最初東京都立大に勤めて、それから神戸女学院大学に移ったんですけれど、二つの大学の一番大きな違いは、都立大の職員たちには自由裁量権が与えられていないことでした。それは私学に行ってから分かりました。女学院では、現場の人たちが自由裁量権を委ねられている。

 公立大学だと、ガラス窓が一枚割れても、何枚も伝票を起票して、稟議のハンコをいくつかもらわないと修理に来てくれない。でも、女学院では、日常的なトラブルだと、現場の職員さんが、自分の責任ですぐに来て、片付けてくれる。伝票を出せとか、稟議のハンコがいるから1週間待てとかいうようなことを言わない。ずいぶん話が早かった。

 95年の震災の時に、それは骨身にしみましたね。システムがダウンして、業務命令を発令するセンターそのものが存在しない段階から、自発的に教職員・学生が集まって、復旧作業が始まった。この時の作業工程管理は完全に自主的なものでした。誰も命令しない。なにしろ、どれくらいの被害が出ていて、どこから復旧すべきかについて中枢的にコントロールするセンターが機能していないんですから。でも、驚くほど手際よく復旧作業は進んだ。それは女学院には現場への権限委譲という習慣が根づいていたからだということに後になって気がつきました。指示のないことをしてはいけない、権限のないことをしてはいけないというルールで縛られた公務員たちでは、とてもこんな真似はできなかったでしょう。その時に、いちいち管理部門に話を上げて、その許諾を得てから動き出すという上意下達の仕組みの非合理性に気がつきました。「ほう・れん・そう」とか言っている組織が一番非効率なんです。

 でも、日本の組織はほぼすべて中枢が管理する「ツリー」型の組織ですね。多くのビジネスマンはトップダウンが最も効率的だって骨の髄まで信じ切っている。それ以外にもっと効率的な組織があるのではないかということを想像さえしない。でも、現場に自由裁量権を与えること、実際に研究教育のフロントラインにいる人に大幅に権限を委譲するのが、実は一番効率的で、一番生産性が高いんです。

原発事故以来、さまざまな企業でコンプライアンス違反とか、データ改竄とか、仕様違反とか不祥事が起きましたけれど、現場では「こんなことしていたらいつか大変なことになる」というのは分かっていたはずなんです。わからないはずがない。でも、それを上司に具申しても、「黙っておけ」と言われる。うるさく言い立てると煙たがられて、場合によっては左遷される。上は自分の在職中に事件化しなければ、それでいいと思っている。いつかはばれて大ごとになるだろうけれど、その時には自分はもう異動しているか退職しているので、関係ないと思っている。

 現場に権限委譲しておけば、大きなトラブルが起こることは防げるんです。クラフトマンの直感で、「なんかこのメカニカルノイズはイヤな感じがする」といったことがあれば、ちょっとボルト締めておこうとか、クラックがあるかどうか見ておこうか、部品を交換しておこうかということを、いちいち上司にお伺いを立てなくてもできるという体制があれば、そういう事故や不祥事の多くは未然に防げた。僕はそう思っています。

 システムクラッシュを招くようなリスクというのは、だいたい「ジョブとジョブの隙間」に発生するものなんです。誰の仕事でもないし、誰の責任でもないところに「リスクの芽」が発生する。それは気がついた人が自分でさっと「摘んで」しまえばそれで済むことなんです。でも、「ジョブ・デスクリプションに記載されている以外の仕事をする権限はない」とルールで縛られていると、「そこにリスクがある」ということに気がついていながら、手を出すことができない。その結果、カタストロフが発生する。

「問題点を発見したら、自分ですぐになんとかしてくれ」と(笑)

内田 僕は凱風館という武道の道場をやっています。僕は館長ですけれど、「神輿に担がれてる」だけです。特に指示は出さない。会議も開かない。門人たちには「問題点を発見しても僕には通報するな」と言ってあります。「問題点を発見したら、自分ですぐになんとかしてくれ」と(笑)。

 だから、現場に権限を委譲しています。必要経費も最初からまとまった額を書生たちに預けています。「必要だと思ったら使ってください。用途の適否については諸君が判断してください。足りなくなったらまた言ってください」と言ってあります。さすがに畳替えとか、サッシの交換とかいう桁の仕事だと僕のところに相談に来ますけれど、それ以下の金額のことについては事務方任せです。でも、そうやって権限委譲していると、システムトラブルは起きないんです。起きても、すぐに補正される。だから、問題点を発見したり、解決したりするために会議を開く必要がない。年に何度か道場の幹部たちに集まってもらいますけれど、それは僕が皆さんに「一年間、お疲れさまでした」とご馳走するためです。

 現場に自由を与える代わりに、自分の頭で考えてね、と(笑)。トップに覚悟があってこそできるシステムですね。

内田日本の組織の問題は、会議と書類書きにあまりに無駄な時間を費やしていることだと思います。日本社会を立て直すためには、組織の生産性を上げるしかないんですけれど、ほとんどの人はそれをトップダウンシステムを強化して、独裁的な仕組みにすることだと勘違いしている。でも、話は逆なんです。

 まず優秀なメンバーをリクルートする。しかるのちに彼らに権限委譲する。それが一番楽なんです。独裁的な仕組みにこだわる人たちは、前段の「優秀なメンバーをリクルートする」というところでいきなりまずつまずいてしまう。それは、トップダウン派の人たちは、メンバーをリクルートするときに能力よりも「イエスマンかどうか」を優先的に見るからです。どんな無意味なタスクでも、理不尽な命令でも、上の指示に従う人間であるかどうか、それを最優先の採用条件にする。その人がこれから集団内部でどんな能力を発揮してくれるか、どのような点において「余人を以ては代え難いか」ということには副次的な関心しかない。

 たしかに上の言うことに唯々諾々と従う人間ばかり集めたら、効率よく上の意志が下に伝達される組織はできますけれど、そのような組織が生産性の高い組織かといったら、話は違う。イエスマンシップだけを条件に人を集めたら、上の顔を窺って、指示待ちする人間が集まるだけで、自分の頭でものを考え、判断する人間はあつまらない。上の人間が見落としたことを指摘し、上の人間が誤った判断をしたときに補正を提案するタイプの人間がどこにもいなくなる。「自分ではものを考えない人間」ばかりを集めた組織では権限委譲のしようがない。

「独裁的なシステムが有効だ」と主張する人がたくさんいますけれど、そういう人たちは自分の周りには「無能なイエスマン」だけを集めている。自分の指示を口をあけて待っている人間に取り囲まれていることがうれしくてしょうがないんです。自分が次々と指示を出さないと組織がさっぱり動かないのを見て、「オレがいないと何もできない連中だ」と思って、ご本人はいい気分になっている。でも、それは彼が有能だということではなく、無能なイエスマンばかりの組織を自作した結果なんです。いまの日本では、会社だけでなく、行政組織もそうなっています。「安倍一強」とか「官邸支配」というのは、行政の要路に「無能なイエスマン」ばかりを配したことの結果なんです。

どうすれば日本の組織は活性化するのか?

内田 日本の組織を何とかしようと思ったら、まず人材登用の第一条件をイエスマンとするというルールを廃止することです。そして、自分の頭で適否の判断が下せる優秀な人材を登用して、彼らに気前よく自由裁量権を与える。もちろん、いろいろな失敗もあるでしょうけれど、組織が活性化し、イノベーションを起こすためには、そうした方がいいんです。イエスマンたちで埋め尽くされた組織でイノベーションが起きるということは絶対にありませんから。

 かつての大学はその点ではいまよりずっと自由でした。適当に研究費がばらまかれて、研究テーマが社会的に有用かどうか、金になるのかどうかなんて誰も訊きやしなかった。だから、海のものとも山のものともつかないような研究を何年も続けることができた。そういう試行錯誤があるから、時々思いがけない学術的アウトカムが出て来た。研究の95パーセントはたいしたアウトカムを生み出さないものでしたけれど、5パーセントの「当たり」が出たら、研究への投資は十分に元が取れるものなんです。

 イノベーションというのはいつだって「まさか、そんなところから出て来るとは思ってもいなかったところ」から出て来るものです。だったら、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」で予算をばらまくのが効率的なんです。とりあえず研究の成否について予測し査定するコストはゼロになる。

いまは社会的有用性があり、換金性が高いことがあらかじめ証明できる研究にしか予算がつかない。でも、先に何が出て来るかわかっている研究がイノベーティヴであるということは論理的にあり得ないんです。                        

 「イノベーション、イノベーション」と盛んに旗を立てる一方で、組織の体質やシステムの部分が逆行しているという話ですね。大学の研究に関しては、本当にもったいないと思います。その環境を作る側の人の脳内にまずイノベーションを起こさなきゃ!(笑)。

 教育でも研究でもそうですが、「無駄なものイコール価値のないもの」という固まった考えは有害になるので外さなきゃなりません。同調圧力が強い日本のような国で今までにない優れたものを誕生させるには、まず何よりも、自由な発想が生まれやすいのびのびした環境を整える事が先でしょう。環境を作ればメンタリティは後からついてくる。だから枠組みを作る側の責任は大きいのです。トップに立つ人間の価値観・思想によって組織の体質も運命も、大きく変わってしまう。今内田さんが仰ったように、教員を締めつければ、それは巡り巡って日本の知的財産や学校での教育レベル、これから社会に出てゆく子供達の知的レベルにマイナスの影響を与えますよね。現場を細かく管理するのではなく、全員がそれをやる事の真の目的や本質を理解しているか、そこから外れていないかどうかをチェックする事の方が、遥かに重要だと思います。


 総務省によると、参院選の21日午後4時現在の投票率は全国平均22.72%で、前回の27.25%を4.53ポイント下回った。

「上がるかな?」と思ったが厳しいようだ。
それにしても、選挙があることの実感が薄れているのではないだろうか?
田舎に住んでいることもあり、選挙カーを一度も見てないし、候補者の顔すらも見たことがない。チラシも入らないし、ハガキも来ない。
儲けるための「規制緩和」ばかりでなく、こうしたものの規制も緩和すべきだろうとおもう。
そうすれば、少しでも「関心」が高まるのではないだろうか。

コメント

1+1の答えがわからない。虐待、貧困......。そんな境遇の子どもたちに勉強を教えるNPOの活動とは

2019年07月20日 | 教育

ハフポストBLOG 2019年07月19日 

 

 虐待や貧困など、やむを得ない事情で両親と離れて暮らす子どもたちは自然に学ぶことがほとんどなく、小学校の勉強に苦労する。認定NPO法人「3keys(スリーキーズ)」は、そんな子どもたちへの学習支援に取り組む。拠点充実のため、クラウドファンディングで支援を募っている。 

    • A-port朝日新聞社のクラウドファンディングサイト

 お風呂の中で数を数えるように、子どもたちは勉強ともいえないような段階で多くのことを学んでいる。

虐待や貧困など、やむを得ない事情で両親と離れて暮らす子どもたちは、そうした機会がほとんどなく、小学校で勉強を始めるときに苦しむ一因となっている。

 認定NPO法人「3keys(スリーキーズ)」は、そんな子どもたちへの基礎教育の支援に取り組んできた。より多くの拠点で支援をするために、クラウドファンディングで支援を募っている。

「親が追い詰められてしまうのでは」

 「自宅の近くに児童養護施設があり、子どもたちに勉強を教えるボランティアを募集していました。

そこで子どもたちと関わりを持つうちに、親元で暮らせず施設で育つ子が、全国で5万人もいることを知ったのです」

こう話すのは、3keysの代表を務める森山誉恵(たかえ)さん。

森山さんは、子ども時代をアメリカやアジア地域で過ごし、日本とは異なる国の文化に触れながら成長してきた。

日本に戻って大学へ進学した際、子育てや教育を家庭で抱え込まなければいけない日本の環境に驚いたという。

「施設に居た子たちは虐待や貧困などを理由に、自宅で暮らすことができない状態でした。もちろん子どもに手をあげてしまうことはいけないことですが、日本の場合には『親が子育てを完璧にしないといけない』というプレッシャーで追い詰められてしまうところもあるのではないか、と感じました」

 アメリカで森山さんが暮らしていた地域では、学生が行う定番のアルバイトにベビーシッターがあった。

ある程度成長した子どもはベビーシッターに預けることが一般的だったため、母親がひとりで育児を抱え込んでしまうことはなかった。 

 その後に引っ越したアジアの各地域でも、親戚や近所の人たちが全員で子育てをするような地域の繋がりがあった。いたずらをすれば誰もが親の代わりに叱り、いいことがあったら一緒に喜んでいた。

 森山さんはボランティアで学習支援を続けるうちに、今の日本では教育を受けるために費用がかかりすぎること、子育てを夫婦ふたり(あるいは一人)で完結しなければいけない社会であることが、親を追い詰める原因になっているのではないかと考えるようになった。

 しかし、問題意識をもっていても、自分ひとりで勉強を教えられるのは2〜3人が限界だ。

「この問題に対して、私は何ができるだろう?」と考えた結果、2009年に大学生を組織してより多くの子どもに学習を教えるための学生団体を設立した。

これが3keysの始まりだった。名前には、「きっかけ・きづき・きぼう」の3つの鍵を届けたいという思いを込めたという。

「1+1」が分からない

 施設で保護された子どもたちは、小学校や中学校に通っている。

恥ずかしながら筆者は「毎日学校に通えているのであれば、さらに勉強を教えてもらうのは贅沢なのではないか」と感じた。

ところが森山さんの説明を聞いて、これが大きな勘違いであったことを知った。

 学校にも行けているのに、なぜ学習支援が必要なのか。

まず、養護施設は子どもたちの命を守り育てる場所であるため、基本的には勉強を教えることをしない。

そして保護された子ども達の多くは、親と一緒に買い物をしておつりを受け取ったり、ものを見せて「これは何かな?」と名前を当てたりする時間をもった経験がない。

森山さんが出会った子どもたちの中には、空に浮かぶ、ふわふわした白いモノの名前が「くも」であることを知らない子や、目の前にあるパンが何個なのか分からないという子もいた。

その段階にいる子が小学校へ行って、いきなり「1+1の答えは何でしょう?」と聞かれても答えられる訳がない。

 3keysがしているのは、子どもたちが大人になった時に自分の力で生きていくために、学校でまなぶための準備をすることだ。

小学生になると、急にクラスメイトとの学力比較がはじまる。

それまでは知らないことが多くても気にならなかったのに、周囲の子たちが3回練習すればできることが自分は10回練習しないと身につかないことに焦りだす。

 原因は理解力の不足ではなく、幼い頃に受けられるはずだった遊びながらの教育が足りなかったことであるのに、本人にそんな事は分からない。

授業で先生が話すことが外国語のように聞こえて「だから自分はダメな子なんだ」「私は馬鹿だから、お母さんに捨てられたんだ」とやがては自己否定にまで繋がってしまう。

3keysではそんな悲しい思いをする子を減らすため、できるだけ早い段階から一人ずつ勉強のサポートをしていく。

 初期のころは市販のドリルを使って勉強を教えていた。

だが、ひらがなが分からないからといって、小学生や中学生の子たちに3歳児向けのアニメが描かれたドリルを渡しても、「幼稚園の子がするドリルはやりたくない!」と受け入れてもらうことが難しかった。

そこで、大人が見ても違和感をもたないようなドリルを独自に開発した。

使い方を教える際にも、「初歩的なことを理解していないから、勉強しなければいけない」など否定的な伝え方はしない。

クイズを出すような形式で、問題を解くのに慣れてもらうようにしている。

 ドリルの開発には、大人がつきっきりで補助をしなくてもいいことも重要なポイントだった。

施設のスタッフは、一人あたり何人もの子どもの世話をしている。一日中、勉強を教えていることはできないのだ。

手がかかる教材では継続してもらうことが難しいと考え、大人が説明する部分は最小限でいいように工夫している。

 ドリルを解くことが習慣化すると、学校での勉強も徐々に分かるようになってくる。黒板に書かれている内容が分かる、テストの点数が上がることは、子どもたちにとって今まで経験したことのない嬉しい体験だ。

さらには森山さんが予想もしていなかった、こんな効果もあった。

勉強が苦手だったある男の子が、少しずつ学習を積み重ねて授業についていけるようになった。

その子はひらがなが鏡文字になってしまうところから修正をはじめて、テストの点数もクラスの平均点に追いつくようになった。

すると「授業が分からないことから、教室を抜け出してしまう」「授業中に周りの子に話しかけて、進行を妨害してしまう」癖がすっかりなくなったのだった。

彼の姿を見て、施設にいる他の子たちもつられて勉強に取り組むようになったそうだ。

「ないがしろにしていい子どもたちはいません」

 今回のクラウドファウンディングは、日常のなかで基礎教育を受けられなかった子どもたちをサポートするための支援拠点を増やしていくことを目標にしている。

今後は、基礎教育の補助が必要な養護施設やひとり親家庭などに配布できるような学習ツールを作成することを目指していくという。

森山さんは「ないがしろにしていい子どもたちはいません。

生まれ育った環境によって子どもの権利が保障されない子どもたちがゼロの社会を実現するために、どうかみなさまのご支援をいただけますようお願いいたします」と支援を呼びかけている。

クラウドファンディングは9月3日まで。詳細はこちら

(取材・執筆=小松田久美/story’s base Inc.)

 


 

いよいよ明日、参議院選挙投票日です。
一人一人が大事にされる、誰も置いてきぼりにされない、そんな政治を求めます。 

 変えましょう!

基礎学力は「生きる力」、社会を変える力です。

学びの貧困」2017年11月10日 | 教育 も参考に上げておきます。

https://blog.goo.ne.jp/mooru1949/e/299b86596de99e3e565dfebf2224ee12

 

 

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未成年の自殺死亡率が過去最悪。こんな国にした張本人は誰か?

2019年07月19日 | 社会・経済

  MAG2NEWS 2019.07.18

     by 河合 薫『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』

   先日閣議決定された「自殺対策白書」によると、全体の自殺死亡率は統計開始以来最も低い数値となったものの、未成年に目を向けると過去最悪を記録、20代までを加えた若者世代の死因のトップも自殺と、異常としか言いようのない状態となっています。いったい何が日本の若者たちを自死へと追い詰めているのでしょうか。健康社会学者の河合薫さんが、自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で考察しています。

 

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)

健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

 

日本の若者はなぜ自殺するのか?

  2019年版「自殺対策白書」が閣議決定されました。18年の自殺者数は2万840人で、前年から481人減り、37年ぶりに2万1,000人を下回りました。

   自殺死亡率(人口10万にあたり)は、1978年に統計を取り始めて以来、最も低い16.5で、自殺対策の効果が垣間見れる結果となりました。

ただ、19歳以下の未成年の自殺者数は前年より32人増え599人。自殺死亡率は2.8で統計開始以来最悪でした。

   若者の自殺率の高さはこれまでにも問題視されてきました。15~19歳の未成年者に加え、20代の死因のトップはすべて「自殺」。「若いんだから病気にはならない。自殺が一位って普通でしょ?」という意見もありますが、これは大きな間違いです。

以下に示すとおり、欧米の主要国の同年代の若者はいずれも事故死の方が多く、日本だけが事故死の3倍以上もの若者が自殺しているのです。

【「自殺」と「事故」の比率】

 日本   17.8:6.9

フランス 8.3:12.7

カナダ  11.3:20.4

米国   13.3:35.1

   このような状況を鑑み、今回の白書では過去10年の統計によって原因を分析。その結果、

小中学生の自殺の原因は「親子関係の不和」「家族からのしつけ・叱責」

高校生、大学生は「学業不振」「進路に関する悩み」「うつ病」

などが目立っていたそうです。

…なんとも。言葉がありません。

   生きるためにこの世に誕生した“子”が、自ら命を絶たなければならない社会は“異常”としかいいようがありません。

   自殺は個人の問題ではなく、社会の問題です。これまで行ってきた研究でも確かに性格傾向と精神疾患との関連は認められています。しかしながら、それはあくまでもリスク要因でしかありません。多数あるリスク要因のひとつです。

だって、人は「生きるため」に生まれてくるわけで。だからこそ誰が教えずとも必死に立ち上がり、歩こうとする。

赤ちゃんには生まれてから数時間で母親を見つめたり、表情を真似るようになるなど、身近な人と関わりを持とうとするのも本能です。

未熟な肉体で生まれてくる人間は、誰かの世話なくして生きていくことができません。そこで赤ちゃんはにっこり笑うことで、「私は生きています。私が健康で生きられるように手助けしてください」と他者とコミュニケーションをとるのです。“3カ月微笑”と呼ばれるこの仕草こそが、赤ちゃんが最初に身に付ける「社会性」なのです。

   いったい何が、若者たちを苦しめているのか?「子供社会は大人社会の縮図」と考えれば、自ずとその答えは出てくるのではないでしょうか。

大学の“教室”という空間で学生たちと接していると、彼らの生きづらさを感じることが頻繁にあります。

見た目は一見“今風”のおしゃれな学生でも貧困に喘いでいたり、一見“明るい”活発そうな学生でも自信喪失していたり。彼らは“キャラ”を演じている自分に疲弊し、SNSで“リア充自慢”する友人に気後れし、都内近郊の自宅から通う帰国子女の同級生に嫉妬し、自分の気持ちを正直に表現できる勇気を持てず、そんな自分に悩んでいました。

   時代の風や空気に敏感な若者は、社会の不寛容さを肌でビンビンに感じている。ちょっとでも「正解」から踏み外すと、負け組だのがんばりが足りないだのと自己責任論がはびこる社会です。

勝ち組だけにしか「未来」は存在せず、一度でも失敗をしたら再チャレンジが許されないことがわかっている。

   それは私たちオトナが暮す社会の生きづらさであり、閉塞感であり。「自己責任」という薄っぺらい“正義感”を振りかざす自称エリートの存在が、若者を息苦しくさせているのではないか。そう思えてなりません。


   今の日本の指導者が唱える「強い経済」「強い農業」「強い国」。
「弱い」者はどうしたらいいの?
「強い者」に寄り添う政治。
 changeしよう!

 今日の傘マークもなんのその。
お湿りにもならず。
明日も傘マークがついているが、今日並みだろう。

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<参院選>「一人でも投票に行くんや!!」 31歳芸人の動画、279万回再生

2019年07月18日 | 社会・経済

 

 

 東京新聞 2019年7月18日 夕刊

「若者の政治離れ」と言ってる人に一言

 自身もかつては選挙に行かない若者だったという三十一歳のお笑い芸人が、若者に参院選の投票を呼び掛ける動画が、インターネット上で人気を集めている。参院選が公示された今月四日にツイッターに投稿した動画は、十八日午前までに再生回数が二百七十九万回を超えた。政治家が若者に届く言葉で政策を語ろうとしない「政治の若者離れ」を変えたい思いが配信の動機だ。 (村上一樹)

 「若者の政治離れもなにも、そもそも近づいたことが無いと思うねん」

 「それよりも、若者に近づいてもらうための工夫をした方がええんちゃうか」

 動画は、沖縄の海辺で赤いTシャツにふんどし姿のお笑い芸人「せやろがいおじさん」が、カメラに向かって語り掛ける場面で始まる。決めぜりふは「せやろがい」。関西弁で「そうだろ?」の意味だ。

 おじさんの正体は、奈良県出身で沖縄県を拠点に活動する榎森(えもり)耕助さん(31)。知名度を上げるため試行錯誤を重ね、昨年夏から「せやろがいおじさん」として時事問題や世間の風潮に物申すネタを動画サイト「ユーチューブ」やツイッターに投稿し始めた。

 今回のテーマは「若者の政治離れ」。離れる以前に、若者と政治の距離が遠いという問題意識だ。

 動画では、若者らに人気のショート動画配信アプリ「TikTok(ティックトック)」を例に挙げ「年配の方に『老人のTikTok離れ』って言うても絶対ピンと来(け)えへんやん。そんな感じ」と、若者と政治の距離感を表現する。

 一方、十月に予定される消費税増税について、困るのは所得が低い若者も同じだと指摘。「『俺が行かんくても一緒でしょ』じゃなくて、俺一人だけでも行くんや!」と呼び掛けた。

 ネット上では「人生で初めて、選挙に行こうと思った」などの多くのコメントが寄せられている。

 榎森さんは本紙の取材に「参院選には政権に緊張感を持たせる役割がある。動画を見た人はぜひ投票に行ってほしい」と話した。動画は「せやろがいおじさん 参院選」で検索できる。

 

ブルーベリー色づき始める。



 今年いただいた大きな株だが、植え替えの痛手か、さほど大きな実になっていないし、数も少ない。
 今朝の天気予報では、明日昼から大きな傘マークがついていたので安堵したのだが、今見るとなんと、しょぼい雨に変わり、他の予報を見ると雨なんかない。これじゃあ期待できません。

 あらたなひとから「いいね!」をいただきました。また説明しておかなければ「誤解」を生みそうなので・・・
わたしはPCでのみこのブログを見ています。
だから私はこの「機能」を使うことができません。
指定された「テンプレート」を使用すると利用できるようですが、せっかく作ったわたしだけのテンプレート」を変えたくありません。
『テンプレ‐ト」は、無料会員でも自分のデザインでできます。トライしてみてはいかがでしょうか?
 ところで、わたしのブログのプロフィールのところの「フォローする」ボタンを表示していません。
わたしが1日で訪れることができるブロガーさんは50~70人。ですので今は制限させていただいています。でも、この「新機能」ブログになってからは、まったく「フォロワー」さんを増やすことができなくなってしまいました。「フォロー」はできても「フォロー」されなくなってしまったのです。前の「機能」では「フォロー管理」画面から「フォロー」するボタンがありましたが、今は「拒否する」ボタンしかないのです。事務局に復活をお願いしているのですが・・・
 
 
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深刻な中高年の「ひきこもり」 親も高齢化、見えぬ将来

2019年07月17日 | うつ・ひきこもり

東京新聞 2019年7月17日

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 かつては若者の問題とされていたひきこもり。今、問題視されているのは中高年だ。国が三月に公表した調査結果によると、四十~六十四歳のひきこもり状態の人は推計で約六十一万人にも。八十代の高齢の親が、引きこもる五十代の子どもの面倒を見る状況は「8050(はちまるごーまる)問題」と呼ばれ、親亡き後、子どもが頼る人を失うことが懸念されている。支援はどうあるべきか。 (細川暁子)

 五年前のある日、長女の部屋をのぞいた瞬間、悲鳴を上げた。赤く染まった布団に倒れている長女。首を包丁で刺し、自殺を図ったのだ。長女は当時、四十一歳。一命を取り留めたものの「死のうとしたのは、その時が二回目。今も目が離せない」。七十八歳になり、いつまで元気でいられるかと思うたび、母親は不安に襲われる。

 長女は東海地方の高校を卒業後、事務員として就職したが、人間関係に悩み、四年で「辞めたい」と言いだした。「みんな働いているのに、なぜできないのか」。夫(78)が諭し、車で職場に連れて行った直後、長女はカッターナイフで手首を切った。そのまま一年ほど家にこもった後、今度は工場で働き始めたが、そこも半年で辞めた。以来約二十年間ひきこもっている。

 長女は、パソコンはおろか、携帯電話も持たない。ほぼ一日中、自室で寝て過ごし、食事は一人。風呂にも入らず、母親が体をタオルで拭いたり、髪を切ったりしている。話し掛けても、返事はほとんどない。

 六年前、やっと連れて行った精神科で統合失調症と診断された。今は障害年金を受給し、月に数回、訪問看護を受けている。「私たちが亡くなれば娘も立ちゆかない。今後について話し合う必要があるが不安にさせるとその後が怖い」

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ひきこもりの高齢化は、三月に国が公表した調査データで初めて明らかになった。これまで三十九歳までだった対象を、四十~六十四歳に広げて行った今回の調査。ひきこもりを「半年以上、家族以外とほとんど交流していない人。買い物などに出掛けるほかは外出しない人」と定義、身体的な病気のある人は除いた。

 それによると、ひきこもりの期間が五年以上の長期に及ぶ人は半数を超える51%に。複数回答できっかけを尋ねたところ、「退職した」が36・2%と最多で、「人間関係がうまくいかなかった」、「病気」がそれぞれ21・3%だった。

 二〇一七年度、NPO法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会が、生活困窮者向けに設けられている各自治体の相談窓口二百十五カ所を調べたところ、回答のあった百五十一窓口のうち、「ひきこもりの相談を受けたことがある」と答えたのは88・1%。それを年齢別に見ると四十代の相談が最も多く60・9%に。さらに、四十代以上の百九例について両親の状態を分析したところ、父親は「死別」が48・6%、母親は「七十代」が32・1%で最多だった。親の死後、あるいは親が高齢化する中で、ひきこもりの中高年が貧困に陥る事態が浮き彫りになった。

 バブル崩壊後、国内の景気は低迷し、若者たちは超就職難に見舞われた。今の四十代は、まさにその時代に社会に出た世代だ。〇八年にはリーマン・ショックもあった。政府が六月に発表した三十五~四十四歳の雇用形態によると、正規雇用を希望しながら非正規で働いている人は現在、五十万人に上る。家族会連合会の調査をとりまとめた愛知教育大准教授の川北稔さん(社会学)は「非正規の仕事にしか就けなかったり、リーマン・ショックで雇い止めに遭ったりしたことが、生きづらさにつながっている」と分析している。

◆就労以外にも「居場所」を 支援の形、見直す自治体

ひきこもりの子を持つ親らでつくる「NPO法人なでしこの会」の例会に集まった人たち=名古屋市内で

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 職業訓練を行う就労移行支援事業所で週五日、パソコンの使い方を学ぶ愛知県内の五十代の男性。昨年、計二十年近いひきこもりの状態から抜け出した。

 高校卒業後、専門学校に入ったが、人と話すのが急に怖くなった。結局、一週間で退学。家電量販店や飲食店でのアルバイトも続かなかった。家にこもるようになり、二十六歳の時、うつ病と診断された。

 ひきこもっている間は、「社会との接点を失いたくない」と新聞記事を書き写すなどして過ごした。常に「このままではいけない」という思いがあり、派遣会社に登録して働いた時期もあったが、再び人とかかわるのが苦痛になって閉じこもるように。社会不安障害などと診断され、障害者手帳を取得した。

 転機は三年前。八十代の父親と、名古屋市の家族会「NPO法人なでしこの会」に話を聞きに行った。メンバーは、ひきこもりの子を持つ親たちだ。根掘り葉掘り聞かれることもなければ、「働かなきゃ」などと諭されることもなかった。「この人たちなら分かってくれる」と安心できた。会を通じて行政関係者の話を聞いたのを機に、就労移行支援事業所に通い始めた。今は「障害者枠でも働きたい」と意気込む。

 なでしこの会は二〇〇一年に結成され、会員は約九十人。七十代前後の親が中心だ。一一年からの四年間は、愛知県の委託を受け、精神保健福祉士らを最大五人雇い、個別の訪問相談などを行っていた。一三年には、ひきこもりの当事者が調理や接客を担うカフェも開設。住民らが昼食を食べに訪れるなど好評だった。

 こうした取り組みを支えた計八千万円は、国の緊急雇用創出事業交付金をもとに県が設けた基金だ。交付金のそもそもの目的は、〇八年のリーマン・ショックを機に失業した人らを仕事に就かせること。事業が一五年で終わったため、カフェは二年を待たずに閉じた。自身もひきこもりの娘(31)がいる理事長の田中義和さん(67)は「会員の会費だけでは厳しい」と漏らす。

 活動の財源に雇用対策用の金が充てられたことが示すように、従来のひきこもり支援は、当事者を就労に導くことがゴールだった。だが、それは変わりつつある。なでしこの会をきっかけに、自立への道を歩み始めた男性は「親にとっても、子にとっても、まず必要なのは、自分の気持ちを吐き出せる外の『居場所』ではないか」と話す。自らの経験も踏まえ、家族だけで何とかするのは無理だと感じる。「どんな人でも自分の思いを分かってほしいという気持ちがある」

 注目されるのが、岡山県総社市の取り組みだ。一七年に全国の自治体では初めて、ひきこもりの支援センターを開設。翌年には、市社会福祉協議会が空き家を借りて居場所「ほっとタッチ」の運営を始めた。センターでは専門職員二人が電話や訪問などで相談に応じるほか、「ほっと-」では市の講習を受けた住民らが一緒に野菜作りを楽しむなどしている。ひきこもりに関する行政の相談窓口は、四十歳未満を対象とする青少年担当の部署が受け持つことが多い。一方、年齢の制限がない総社市では相談に来た二百七人のうち七十七人が四十歳以上だった。

 十五~三十九歳の若年層と中高年を合わせると、国内のひきこもりは百万人を超えるとみられる。愛知教育大の川北さんは「人とふれあえる居場所をつくり、掃除や調理など『役に立った』と感じられる活動をしてもらうことが第一歩」と指摘。「家族だけに責任を押しつけず、行政や支援団体などのチームで支えることが大事」と話す。

 


 

 予報では1日中☁、所によっては一時強い雨。全然期待できない。1日中☀だった。まとまった雨が欲しい。

ツユクサ。

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古賀茂明「安倍総理が負う参院選後のツケとは?」

2019年07月16日 | 社会・経済

AERAdot  2019/07/16

   元ハンセン病患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決について、安倍晋三総理は7月9日、「異例のことだが、控訴をしない」と表明した。患者家族に寄り添う素晴らしい判断だと称賛したいところだが、そう素直には受け取れない。

 もし、本当に家族のことを思うのなら、国のこれまでの過ちを率直に認めて謝罪し、他の訴訟で争っている家族や、今回の地裁判決で請求を棄却された2002年以降に被害が明らかになった20人についても、損害賠償を行う方針を示すのが筋だからだ。

 今回の安倍総理の発言を見ると、あくまでも、上から目線で、「可哀そうだから救ってやる」という姿勢を示したように見える。

「異例」の判断をしたのも、参議院選挙中に「控訴」と報道されれば、「安倍総理は弱者に冷たい」というイメージが広がり、野党に攻撃材料を与えてしまうと心配したからではないのか。

 こうしたことを書くと、安倍総理信奉者からは、「せっかくいいことをしたのに、歪んだものの見方をするな!」としかられそうだが、そういう見方をしたくなることがほかにもあった。

 それは、福島の人々に寄り添う姿勢を示すために行った安倍総理の参院選公示日の第一声だ。

 それは、福島の果樹園で行われた。

 実は、安倍総理には大罪がある。第1次安倍政権下の06年12月、共産党議員の質問主意書で、地震などにより外部電源が止まった場合に非常用電源喪失による冷却機能停止のリスクがあるという、まさに福島第一原発事故を想定したかのような警告に対して、「御指摘のような事態が生じないように安全の確保に万全を期している」と完全に無視する答弁書を閣議決定したのだ。

 つまり、根拠なき「安全神話」に基づいて漫然と危険な原発の稼働を認めて巨大事故を起こすという取り返しのつかない過ちを犯したことになる。普通なら自責の念に駆られるはずだが、安倍総理は、これまで、自らの過ちを認めず、謝罪もしていない。本来、福島の人々に寄り添うというのであれば、まずは自らの過ちを認めて謝罪するところから始めるべきだろう。

 しかし、安倍総理の演説を聞いて驚いた。「民主党政権の下、遅々として復興は進まなかった。私たちは野党である悔しさ、申し訳なさで胸が震える想いだった」と、原発事故を野党攻撃に使ったのだ。私は、「この人は本当に危ない」と思った。自分の過ちに思い至ることができない。つまり、全く反省できない人なのだ。

 本コラム執筆中(10日)に恐ろしいニュースが入ってきた。米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長が、イラン沖などの民間船舶護衛のため、有志連合の結成をめざし、数週間以内に参加国を募るというのだ。

 安倍総理は太平洋戦争の過ちを認めようとしない。イラク戦争の過ちについても、世界の先進国で日本だけは認めていない。

 米国は日本タンカーへの攻撃はイランの仕業だと断定するが、そんな証拠はない。しかし、過去の反省ができない安倍総理なら、躊躇なくトランプ大統領の言いなりで有志連合に何らかの形で協力するのだろう。「数週間後」なら、選挙後だ。安倍総理は通商交渉の結論を選挙後に延ばしてもらってトランプ氏に大きな借りを作った。

選挙後の「ツケ返し」は日本にとって、思いもよらない致命的なものになるのかもしれない。

※週刊朝日  2019年7月26日号

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若者たちの『今』と政権支持率

2019年07月15日 | 社会・経済

 浜矩子「経済万華鏡」

  imidas時事オピニオン 連載コラム

   2019/07/12

 浜矩子(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)

 このところ、立て続けに若者絡みの三つの報道が目に留まりました。第一に、若者たちはどんどん「ギグワーカー」化している。第二に、若者たちは持ち家志向を強めて借金を増やしている。第三に、彼らは安倍晋三政権への支持率が高い。この三つのニュースを三題噺に仕立て上げることが出来るでしょうか。

 ギグワークについては、以前にも取り上げたことがあると思います。ギグとは、短時間の仕事とか、単発の仕事や日雇い仕事を指す言葉です。アーティストなら「今日のパフォーマンス」という意味でギグという表現を使うことがあります。「フリーランスでキャッシュレス」の回の内容にも重なる面があります。声がかかれば、それに応じて呼ばれた職場に出向いて腕を振るう。それがギグワーカーです。古い日本語で言えば、「お座敷芸人」の感じですね。要請に応じてお座敷からお座敷へと渡り歩いてパフォーマンスするイメージです。

 このギグスタイルで、いくつもの仕事をこなす若者が増えている。そのように報じられています。ギグワーカーたちとギグ提供企業の間を仲介するのが、いわゆるプラットフォーム型の斡旋事業者です。プラットフォーマーに登録してギグ探しをするフリーランスの皆さんが、この1年で4割増えたそうです(*1)。その全てが若者だとは限りませんが、実際問題として、若い人たちが多いことは間違いないでしょう。

 第二の、持ち家と借金というテーマについては、二つのことが影響しているようです。第一に、企業が社宅提供や住宅賃貸への補助を減らしている。第二に、日銀の量的質的金融緩和の下で住宅ローン金利が超低水準化している。これらの要因が相まって、2018年末時点での20〜30代の金融負債残高は、現行調査が始まった02年以来、最高の水準に達したとのことです(*2)。

 こうして債務返済負担が増えた若者世代は、一方で消費を節約しているようだ、とも報じられています。それはそうでしょうね。いくら超低金利だといっても、まとまった住宅ローンの返済負担が出来たとなれば、そうそう気前のいい消費生活を謳歌するわけにはいきません。

 ギグからギグへと渡り歩いて仕事をしながら、持ち家をしっかり手に入れるために住宅ローンを組み、消費はなるべく控え目でいく。このような生き方をしている若者世代の安倍政権支持率が高いというわけです。日本経済新聞社の6月の世論調査結果によれば、20代の政権支持率は何と7割に達したということです。

 なるほどねと思います。こうしてみれば、若き皆さんの日々はなかなか大変です。ギグ型のワークスタイルには自由はあるが、収入と生活の安定確保は保障されていない。それでも持ち家を早めに確保したい。だから住宅ローンを組む。今は超低金利だからいい。だが、この状況が変われば、展望は狂う。何はともあれ、現状が大きく変わってもらって欲しくない。今のままなら、それなりに将来設計に向けても目途が立つ。だから、今が大事で何も変わって欲しくない。

 現状維持を願う思いが切実であればあるほど、政治についても、現行体制の継続を願う。それが、7割の現政権支持率につながっているのでしょう。その気持ちはとても良く分かります。ただ、今の政治は誰のため、何のために今の政策を遂行しようとしているのか。そこを考えておく必要があります。

 彼らの都合であまりにも低くなり過ぎた金利は、いつ、どうなるか分かりません。何の政策的支援もないまま、ギグワークを続けていて健康を害したらどうなるか。それも考えておく必要があるでしょう。こんなはずじゃなかった。こういうつもりじゃなかった。そう思った時は既に遅しです。厳しい目で政治環境を見抜いていく必要があります。


 ホタルがいなくなって5年ほどたちます。昨夜遅く、散歩がてら探して歩いていると見つけました。1匹だけですが。また除草剤をかけられないように何とかしなきゃ。

ズッキーニ、初物です。右下甘長伏見唐辛子。ミニトマトは糖度も十分。

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日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡される“ハゲタカ”問題を考える(1)介護ビジネス編 内田 樹 堤未 果

2019年07月14日 | 社会・経済

日本の介護が「刑務所ビジネス」で破壊される日――内田樹×堤未果

日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡される“ハゲタカ”問題を考える(1)介護ビジネス編

内田 樹  堤未 果

文春オンライン

『人口減少社会の未来学』の編著者・内田樹さんと、話題のベストセラー『日本が売られる』の堤未果さんの初対談が実現。2018年の出生数は過去最低を記録し、人口減少に拍車がかかる今、医療、介護、国民皆保険、教育などの日本が誇る貴重な資産は、“ハゲタカ”に食い荒らされようとしている。崩壊しつつある諸制度の問題点をあぶり出しつつ、日本の未来を守るために何ができるかを語り合った白熱対談。

 

「老後2000万円」問題に隠された思惑

内田 人口減少社会で年金制度が持続できるか不安視する声が高まっています。金融庁が発表した「老後2000万円貯蓄」問題がネット上で話題になりました。麻生大臣は「報告書読まない、受け取らない」として問題をもみ消そうとしていますが、そもそも「100年安心」を掲げていたことに無理があった。この先の人口減少を考えたときに、よくこんな嘘をつけたなと思います(笑)。とりあえず「向こう15年くらいは安心」あたりを目指し、状況が変わったら、そのつど新しいファクターを取り込むことのできる、フレキシブルで復元力のあるシステムを作った方がよほど現実味があったんですけどね。

 現行の年金制度は、経済成長し続けることが前提で設計されている上に、当初より平均寿命も20年以上伸びている。あの時予想していなかった少子高齢化など、状況が大きく変わっているのにどの政権も触りたがらず、ずっと後回しにしてきましたね。恩恵を受けている高齢世代が高投票率で、しわ寄せを受ける若年層の投票率が低い状況が、この問題をさらに悪化させています。選挙前のこの時期に触るなと言わんばかりに、大臣が報告書を受取拒否して炎上する姿はまさに象徴的でした。本当は今のライフスタイルも社会制度も根本的に考え直さなければいけない、この国にとってとても重要なテーマなのに、政治的にごまかされてしまう。2007年の選挙では「消えた年金」問題が争点になりましたが、あれもうやむやのままですよね。

 

公務員だった8年間の年金記録まで消えていた

内田 消えた年金といえば、僕が大学を退職するときに総務に年金の資料をもらいにいったら、神戸女学院時代の21年分しか記録がなくて、それ以前の、会社で5年間、都立大の助手を8年間やっていた期間の支払いがすべて消えていたのには驚きました。自分で会社をやっていた5年間の年金記録が消えていたのは分からないでもないけれど、公務員時代の年金記録まで消えていたのにはびっくりしました。「どうすればいいの?」って訊いたら、「在職して年金を支払っていたという証明書をもらってきて、手続きしないとダメでしょうね」っていうんです。「でも、僕の勤めていた大学、もうなくなっちゃったんですけど……」(笑)。そういう場合はどこに行ったらいいのか訊いても、「さあ……」と言われて。冷たいもんですよ(笑)。めんどくさいので、僕、年金貰ってないんです。

 ひどい……信じられない話ですね、最後の結論が潔いけれど(笑)。「記録が消える」「統計ミス」などは国の機関にとって重大な欠陥ですが、その後も年金データの処理が下請けの外国企業に委託されるなど、ずさんな扱いをしているのが気になります。2000万問題に戻ると、あの報告書を読むと、高齢夫婦無職世帯の平均貯蓄額は2484万円と書かれていますが、平均だから当然その中に格差があり、2000万円という数字だけ見るとゾッとしますよね。厚生年金加入者が2000万円なら国民年金加入者は5000万円以上足りなくなるなど、国民が不安になったところに金融庁から「とにかく早い段階から資産形成を」と促されている。金融庁の本命はあの部分でしょう。

内田 いまの高齢者はある程度の個人資産を持ってるかもしれませんけれど、いまの現役世代が普通に働いて2000万円貯めるのは難しいと思います。定期預金の金利はほぼゼロですから、貯金してたら資産形成なんてできない。だから、あれは要するに「株や不動産を買って、投機的なふるまいをしろ」って国民を脅しつけているってことですよね。一般市民を賭場に引きずり出して来て、「さあ、張った張った」と煽っている。

 NISAの優遇措置をはじめ、政府はこれまで金融分野の法改正を進め、なかなか預貯金を移し替えない一般国民が投資しやすい環境を整えてきました。金融リテラシーは確かに必要ですが、問題は、財界や投資家と政府の距離が近すぎること。投資を促したい人たちに金融庁が協力し、そこが出した平均値が一人歩きして老後不安が煽られている。でも本来年金とは何のために存る制度でしょうか? 制度が残っても受給額が目減りしてゆく中で、安心して年を重ねられる社会にするために政治ができることは沢山ある筈です。例えば給料の大半が家賃に消えてしまう今の現状で、欧州のように高齢者や若者、母子家庭や子育て世帯への住宅支援を手厚くするだけで、かなりの負担が軽減されます。

 また、奨学金という名のローンに金融業界が参入して利益を上げ、若者が卒業と同時に背負った借金でマイナスからスタートする今の仕組みも見直すべきでしょう。女性に社会に出て活躍しろと言いながら、保育や介護の報酬を下げて、保育難民・介護難民を増やしている現状も本末転倒です。不公正な薬価の適正化と地域医療促進で老後医療費を下げる事もですし、老後の生活費を減らすための政策はいくつもある。「自己責任」で地方や個人に丸投げする前に、政治が動くことが先でしょう。

 

国民資源のストックは豊かでも、仕組みが破綻

内田 僕の見聞できる範囲だと、教育と医療はかなり危機的な状況になってきています。第一次産業の農業や林業も高齢化と後継者不足が深刻です。過疎化が進行すれば、これから先消滅する市町村も次々出て来るでしょう。でも、日本の国民資源のストックそのものは豊かなんです。そう簡単に底をつくほど浅いものじゃない。温帯モンスーンの温順な気候、きれいな大気、肥沃な土地、豊かな水資源、多様性のある動物相・植物相、国民の知的水準や遵法精神や治安の良さ、社会的なインフラの安定性……どれをとっても素晴らしいアドバンテージがあるわけです。

 ほんの20年前までだったら、日本は教育研究や医療の分野でもアジアではトップクラスだったんです。それがわずか10年ほどの間で急速に低下してしまった。でも、これだけ短期間に低下したというのは、国民の資質そのものが劣化したからではない。人間そのものはそんな短期間には変わりませんから。そうじゃなくて、資源の管理の仕方が悪かったからなんです。国民資源の本体が底をついたわけじゃなくて、それを管理し、制御する仕組みが破綻した。そのせいで、こんなことになった。だから、元に戻そうと思ったら戻せるはずなんです。

 いきなり一般化して「日本はもうダメだ」という悲観論を語るのも行き過ぎだし、逆に「日本はスゴイ、世界中が日本にあこがれている」というような無根拠な楽観を語るのも行き過ぎです。実体はその中間くらいにある。ストックは潤沢にあるけれども、それを活かすシステムが機能していない。だから、システムのうまく機能していないところは補修すればいいし、うまく回っているところはそのままにしておけばいい。別にこめかみに青筋立てて激論をするような話じゃないんです。限られたリソースをどこにどう分配するのが適切なのか、それを長期的視野で考える。それだけのことです。そのためにはまず頭をクールダウンして、自分の主観をいったん「かっこに入れて」、衆知を集めて、知恵を出し合い、「日本があと50年、100年持つためにはどうしたらいいか」について意見交換をする。

 意見交換をするためには、まず事実を正確に把握する必要があります。船が沈没しようとしている時には、「もうダメだ」と座り込むのも、「ぜんぜん平気」だと空元気を出すのも、どちらも愚かなことです。船のどこにどんな穴が開いて、どれくらいダメージがあるのか、あとどれくらい持つのか。まずそれをクールに観察しなければ話が始まらない。

 僕の知り合いにカリフォルニア大学で医療経済学を教えている方がいます。医療経済学というのは、どういう医療の仕組みをつくれば、最も安いコストで、国民の健康が保持できるかを考える計量的な学問なんですけれど、医療経済学には、医学、経済学、数学、統計学、疫学、統計学、社会学など、さまざまな分野についての横断的知識が要る。それだけの学識がないと医療や保険の仕組みについての政策提案ができない。その彼が時々日本に帰国した時に話を聞くんですけれど、この間来たときに、日本の健康保険制度についての政策提言を求めて来たのに、厚労省が持っているデータを出さないと、ずいぶん怒っていました。官僚は自分たちが行ってきた政策の適否を外部から査定されたくないので、重要なデータを隠すんです。でも、そんなことを許していては、制度の適否を吟味して、改善する道筋そのものが塞がれてしまう。

 

声をあげた官僚は異動――100年後の設計をする人の居場所がない

堤 データ隠しや改ざんなど、もはや国家の末期症状です。例えばアメリカでは公文書管理は非常に重要視されていて、トランプ大統領のツイッターに至るまですべてその対象、私のような外国人でも請求できます。「消えた年金」問題の際に福田康夫元総理が「公文書管理法」導入に尽力されましたが、実はあれは日本にとって本当に重要な法改正でした。残念ながら罰則がないという抜け穴が塞がらないままきてしまい、今や官邸が人事権まで握り「忖度」が常態化してしまったのが現状でしょう。

 100年後の日本を設計しようという人の居場所がなくなってしまったことは実に深刻なことだと思います。年金と同じで長いスパンで見なければならない林業や漁業、農業などの第一次産業や社会保障についても同様の問題が起きています。そんな法改正をするとこの先持たない、ダメになってしまうと声をあげた官僚がどんどん異動させられている。

人事権を握るトップが100年ではなく四半期でものを考える価値観に近いところにいる事は、日本全体の国益を損ねていると思います。

内田 いまの政官界には長期的なタイムスパンで国益を考えられる人がいなくなっていると思います。人口減少も、何十年も前から人口動態については正確な予測が立っていた。にもかかわらず、人口減対策をどうするかについて責任をもって対策を立てるセンターが政府内にはいまも存在しません。

 人口減に限らず、自然災害でも、パンデミックでも、テロでも、国が直面する可能性のあるリスクはさまざまなものがあります。それは別に「誰の責任だ」という話じゃない。でも、そういうことが「いざ起きた」というときに、国民の被害を最小化するためにどうすればいいかについては、事前に十分なシミュレーションはしておくべきだと思うんです。でも、「何か起きたときに、その被害を最小化するためにどうしたらいいのか」というプラグマティックな頭の使い方をする習慣が日本の役人にはありませんね。「プランAがダメだったときにはプランB。プランBがダメだったときはプランC……」というふうに二重三重にフェイルセーフを考案するという思考習慣がない。

 どうして、国難的事態に備えて制度設計をしないのか。理由はいくつか思いつきますけれど、一つは日本が主権国家じゃないからですね。安全保障でも、エネルギーでも、食糧でも、教育でも、医療でも、学術でも、国家にとっての重要分野において、アメリカの「許諾」を得られない政策は日本国内では実現しない。だから、日本では「国益を最大化するためにはどうすればいいのか?」という問いが優先的な問いにならないのです。仮にある役人が「日本の国益を最大化する政策」を思いついたとしても、それがアメリカの国益と背反するリスクがある場合は採択されない。そもそも議論の俎上にさえ上がらない。いまの日本の官僚は「アメリカが許諾するはず」ということを第一条件にしてものを考えています。でも、そうなったら、例えば、医療制度や保険制度を国益中心に考えることができない。アメリカの製薬会社や民間保険会社はアメリカの政策決定に強い影響力を持っていますから、仮に日本国民にとって最良の保険制度を厚労省の現場が思いついても、「それだとアメリカの企業が儲からない」という理由でリジェクトされる可能性がある。安全保障だってそうです。日本の安全にとってもっとも費用対効果の高い国防政策を防衛省の誰かが起案しても、「それはアメリカの軍需産業の売り上げを減らすリスクがある」と上の方で誰かが言い出したら、吟味の対象にさえならない。

 だから、いまの日本の政策は基本的に「アメリカの国益が最大化する」ことを目標に起案されているんです。そして、アメリカの国益を最大化する政策を立案し実施できる役人が出世する。堤さんがお書きになっているように、規制緩和によって日本の資産がグローバル企業に売り渡される「ハゲタカ」問題はまさにそうです。アメリカの国益を優先的に配慮できる人たちが政・官・財で指導層を占めているから、そういうことが可能になる。

「カネだけのグローバリストに日本は包囲されている」

 悲しいことに、その「アメリカの国益」に貢献した結果、アメリカ国民が幸せになるかというと決してそうではないのです。潤っているのは、「今だけカネだけ自分だけ」価値観をもったグローバリストで、一つの国籍ではなく、中国も欧州も入り混じっている。投資家たちの利害が一致したところで、各国の政府が忖度して動いているという構造ですね。中国は土地や介護ビジネスを、フランスは水を、アメリカとドイツは食を、という具合に、日本は包囲されています。

内田 海外のヘッジファンドの出資者は、国籍関係なく、世界中の富裕層ですからね。別に彼らは彼らの祖国の国益に配慮しているわけじゃない。自分の個人口座の残高が増えればどこの国がどうなろうと知ったこっちゃない。でも、彼らは日本を切り崩すときは「アメリカがそれを望んでいる」と言うのがマジックワードになることは知っている。「アメリカのため」と言えば、日本の資源は「むしり取り放題」だということは知っている。日本の国民は「宗主国であるアメリカがこれを望んでいる」と言われると、一発で腰砕けになるからです。アメリカを「入口」にしさえすれば、日本の国富をいくらでも貪ることができる。

 政官財やメディアの上層部は「アメリカのために」という名目で国富を流出させています。「アメリカの国益を最大化することが日本の国益を最大化することである」という倒錯的な国益観が日本国内では広く信じられているから、したい放題なんです。彼らの場合は、そうすることで宗主国に自分たちの属国内での高い地位を保全してもらっている。安倍政権が長期政権であり得るのは、まさにそれだけが理由です。

 アメリカにとって安倍首相は「歴代総理大臣の中で最もアメリカの国益を優先させてくれた人」ですから。アメリカとしてはできることなら彼が未来永劫日本の首相であって欲しいと望んでいるはずです。日本の国土を提供し、日本の市場を開放し、日本の国富をアメリカに流し続けてくれるんですから。

 気の毒なのは一般の日本国民です。自分たちが納めた税金が見ず知らずのどこかのリッチマンの個人資産に付け替えられてゆくのを指をくわえて見ている。怒りもしない。そこまで属国民根性が骨身にしみている。

介護分野は5つ星の投資商品

 どんなに少子高齢化が進んでいってもどうしても必要不可欠なもの――水道や食の安全、医療、介護にはビジネスとして高い値札がつきます。例えば介護分野などまさに「5つ星投資商品」です。アメリカの場合は死ぬのも自己責任なんで介護保険がない。だからみんな自分でなんとかしなきゃいけなくて、家を売ったりして老人ホームに入るんですが、月々の費用が非常に高い。入れたところで認知症を発症したりしてだいたい5年くらいで出されてしまう。この5年の回転率って、投資商品として非常に魅力的なんです。

内田 老人ホームを出されたあとはどうなるんですか?

 自宅に戻ってあとは病院か民間のヘルパーさんを自分で雇ってください、と。でも民間のヘルパーにはかなりグラデーションがあって、私が取材したひと月60~70万円払って来てもらう例から、時給5ドルで無資格の不法移民がすごくブラックな状態で働かされている現場まで、さまざまです。たとえばメディケアで賄える月20万ぐらいの老人ホームに入れたとしても、コストカットでひとりのヘルパーさんが50人見ているような状況なので、本当に悲惨です。放置されたり、点滴のミスなどとにかく事故が多い。命の沙汰は金次第で、訴えたところで企業弁護士がついてるので絶対勝てません。運営会社はレイヤー構造になっていて本社は海外にあったりし、責任の所在がわからないんですよ。勿論これが全てではないけれど、「死ぬのは自己責任」の社会は本当に両極端で、あれは日本人から見るとショックな光景ですね。

 事の起こりはクリントン政権で、これから高齢化社会だから老人ホームを作る補助金は政府が出すと無担保融資をはじめてから急に乱立していった。政府公金を元に巨大なビジネスに成長しました。ビジネスで一番効率がいいのは、税金に支えられる事業です。運営は企業がとことんコストカットして、利益はタックスヘイブンに本社を移して税金逃れをするというビジネスモデルが一番効率いい。この流れは日本にもすでに来ています。

 2015年に、日本で介護報酬が下げられた当時、マスコミは「不正が起きてる」と盛んに喧伝しました。悪質な介護施設があると大々的に流して、介護報酬が大幅に切り下げられた結果、国内の介護事業者が戦後最大の倒産件数を記録しました。その倒産した介護施設の多くが外資に買われていった。介護施設は不動産投資にもなるし、介護の需要そのものはこれから増えてゆく。確実に利益が出る投資商品です。

内田 国内の介護事業者を潰して、外資に差し出したわけですね。


モデルは「時給20円」の刑務所ビジネス

 私が行った介護分野の投資セミナーでは、「絶対に利益が出る優良投資です、人件費は抑えてサービスもミニマム。回転率は最速で!」などという話がされていてゾッとしました。でもセミナーは大盛況でしたよ、何せ5年で回転、年間2回の高配当ですから。

 これね、民営化した刑務所と同じビジネスモデルなんです。『ルポ 貧困大国アメリカ2』の取材でびっくりしたのは、政治家が「刑務所作ります」と公約に掲げると当選しやすいんですね。刑務所があると壁の外は静かで警備体制が拡充される上に、各自治体も助かりますから。

 ただし、不動産に出資すると必ず店子がいるでしょう?

内田 囚人を切らしちゃいけないわけだ(笑)。

 その通りです。そこで政治家はどうすると思います? 厳罰化するんです。例えば「スリーストライク法」といって、3回警察に捕まると3回目がたとえ駐車の違反切符でもスリーストライクアウトで終身刑になるという恐ろしい法律があります。そうすると店子は永住してくれる。実際、稼働率が200パーセント超えてますという信じられない場所もあって、取材に行ったら4段ベッドにぎゅうぎゅう詰めでした。囚人ひとりあたりに州から補助金が出ますから、店子を詰め込めば詰め込むほど、不動産としても利回りが高くなる仕組みです。

 そして、店子がそんなにいっぱいいるのに遊ばせておくのはもったいない――。かつて自国のアメリカ人を使っていた企業は次に人件費削減で派遣社員を使うようになりました。でも派遣社員でもまだ高い、じゃあ移民を使おうとなり、いまはその先に来ていて、時給20円くらいで囚人を使います。

 一般国民なら労基法で守られるけど、囚人はその圏外。だから、たとえばパソコンのHDの最終段階の廃棄作業ってけっこう危ないし、危険な薬品の破棄なども、通常なら自治体の環境規制に引っかかるところが、刑務所内だと法の外なんです。だから経営者にとって刑務所は最高のビジネスツールですね。

 その同じビジネスモデルが、病院、介護施設に入って来ている。実際、3年ぐらい前に日本にも病院の不動産リートというのが商品として入ってきました。

内田 どういうふうに?

 いま日本の自治体病院ってほとんど赤字じゃないですか。その不動産に出資してもらいなさい、そうすれば黒字になります、と。当然、医師会はすごく反対しました。日本は医師法で営利目的の運営が禁止されているし、医療法人のトップは原則医師または歯科医師と医療法で決められています。そしたら直接出資はできないがホールディングという間接的な形で導入してしまった。株式会社運営の病院が入ってきやすくなる素地は着々と進んでいます。その次が介護施設です。介護と移民はセットになっている。グローバリズムのなかで、高齢者も囚人も病人もみんな商品になっているわけです。

でもこうした世界的な流れはわずかここ数十年のことなんですよね。80年代にアメリカで新自由主義が出てきて、長い歴史のなかで見るとたった数十年しかないひとつのイデオロギーにこんなにも世界が食い荒らされてる。若い世代の人たちは一択しか選択肢がないように思い込まされているけど、右肩上がりに経済成長を続けなければダメだという作られた幻想から脱却し、日本のもつ有形無形の資産をいかに守るか、考えるべきときが来ているのではないでしょうか。

 

※(2)教育現場編・(3)医療編は順次公開予定です。

 

内田樹(うちだ・たつる)

 1950年東京生れ。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、凱風館館長。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。『ためらいの倫理学』『レヴィナスと愛の現象学』『ローカリズム宣言』『人口減少社会の未来学』など著書編著多数。『私家版・ユダヤ文化論』で第6回小林秀雄賞、『日本辺境論』で第3回新書大賞受賞、2011年に第3回伊丹十三賞を受賞。近著に『街場の天皇論』『そのうちなんとかなるだろう』ほか。

 

堤未果(つつみ・みか)

 国際ジャーナリスト。東京生まれ。NY州立大学卒業。NY市立大学大学院国際関係論修士号取得。国連、米国野村證券などを経て現職。米国を中心とした政治、経済、医療、教育、農政、エネルギー、公共政策など幅広い調査報道で活躍中。多数の著書は海外でも翻訳されている。『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』で日本ジャーナリスト会議黒田清賞受賞。『ルポ

貧困大国アメリカ』で日本エッセイスト・クラブ賞・中央公論新書大賞を共に受賞。近著に『日本が売られる』『支配の構造』(共著)等。


 今日の天気予報、初めは午前中雨の予報が、雨はなくなり☁に・・・
ところが実際は午前中の☀、そして昼からの☂。
午前の晴れ間に、「落胆」するも、昼からの雨に大喜び。でも、まだ足りない。

アジサイが咲き始めました。長年ほったらかしでしたので花も小さいです。

オレガノの花。

ジャーマンカモミール。雨がなく大きく育っていません。

ズッキーニ。


コメント

アメリカ女子サッカー、素晴らしき選手たち

2019年07月13日 | なんだかんだ。

ハフポストNEWS

2019年07月11日 20時29分 JST

ミーガン・ラピノー「私たちのチームにはいろんな人間がいる」 W杯優勝パレードで披露した女子サッカーキャプテンのスピーチが超アツい

「今は結束する時です。この会話こそが、次のステップなのです。協力をしなければなりません。みなさんが必要です」と訴えかけた。

TÉLÉ-LOISIRS.FRスピーチするミーガン・ラピノー選手

女子サッカー史上、最多4度目のワールドカップ優勝を成し遂げたアメリカチームが7月10日、ニューヨーク市庁舎前で凱旋パレードと表彰セレモニーを行った。

そこで披露されたスピーチが、話題を呼んでいる。 

埋め込み動画
CNN
 Megan Rapinoe: “Just shoutout to the teammates… We’re chillin’. We’ve got tea sippin’. We’ve got celebrations. We have pink hair and purple hair. We have tattoos and dreadlocks. We’ve got white girls and black girls, and everything in between. Straight girls and gay girls. Hey!”
 
 選手たちは、「ワールドチャンピオン」と書かれた黒いTシャツにデニムといったラフな出で立ちでQueenの「We are The Champions」を歌ったり、優勝カップを高らかに掲げて踊りだしたりと感情を爆発させ、詰めかけた数万人のファンと喜びを分かち合った。

トレードマークのピンク色のショートカットに丸いサングラスをかけたラピノー選手は、一息置いてチームメイトやファン、そして場所を提供したニューヨーク市への感謝の言葉を述べた。

 

そして、次のように続けた。

「私たちのチームにはピンクの髪や紫の髪、タトゥーしてる子、ドレッドヘアの子、白人、黒人、そのほかの人種の人たち、いろんな人がいる。ストレートの女の子、ゲイの女の子も。ねえ!」

自身が同性愛者であることを公表しているラピノー選手のこの言葉に、会場は大いに盛り上がった。

GETTY EDITORIALスピーチするミーガン・ラピノー選手

 ラピノー選手は女性差別や移民差別、そして多様性を否定するような発言を繰り返すドナルド・トランプ大統領と真っ向対立している“モノ言うアスリート”としても知られている。

 続けて、大統領選に立候補を表明しているニューヨークのビル・デブラシオ市長の前で「大統領選に出馬するより、私たちのチームといた方がいいんじゃない」と語りかけると、市長から笑みがこぼれた。

さらに、「次のステップ」へ進むために自分たちにできることを、こう訴えた。 

私たちはもっと良くできる。もっと愛し合い、憎しみ合うのを止めましょう。

喋ってばかりいるのを止めて、もっと人に耳を傾けましょう。

これはみんなの責任だと認識しなければなりません。

ここにいる人たち、いない人たち、いたくない人たち、賛同する人たち、反対する人たちーー世界をより良い場所にするのは、私たちの責任です。

このチームはそれを背負い、自分たちの立場と発言力を素晴らしく理解していると思います。

そう、私たちはスポーツをする。

そう、私たちはサッカーをする。

そう、私たちは女子アスリート。

でも、私たちはそれ以上でもあります。みなさんも、それ以上の人たちです。

みなさんは、ただのファンではない。みなさんは、ただのスポーツを支持している人ではない。みなさんは、ただの4年に一回テレビで観る人ではない。

みなさんは、この道を毎日歩いている。

共に生きる人たちと毎日ふれ合っている。

周りの人たちのためにできることは、何だろうか?ーー家族のため、親しい人たちのためにできること。

親しい10人のため。

親しい20人のため。

親しい100人のため。

この責任が一人一人にあるのです。

この数年でたくさんの論争がありました。

私もその被害にあいました。協会との対立では、時にその原因でもありました。

謝りたいこともあります。謝らないこともありますが。

今は結束する時です。この会話こそが、次のステップなのです。

協力をしなければなりません。みなさんが必要です。

「ホワイトハウスなんか行かないよ」トランプ大統領への痛烈な一言が話題になっていた

  ラピノー選手は、これまで男子サッカーと女子サッカーの間にある大きな賃金格差について、平等になるよう是正を求めて発言してきた。

 このほか、アフリカ系のアメリカ人男性2人が警官に射殺された事件をきっかけに、アメリカンフットボールのアフリカ系選手と同じように国歌斉唱の際に起立せずにひざをつき、抗議の意を示している。

今回のワールドカップについては、サッカー雑誌のインタビューで優勝したとしても「ホワイトハウスなんて行かないよ」と堂々と宣言。

この発言にトランプ大統領は怒り心頭。

Twitterで「ミーガンは口を動かす前に勝つべき。仕事をまず終わらせろ」「ワールドカップに勝っても負けてもホワイトハウスに招待する」と怒涛のツイートを連投した。 

Donald J. Trump
 
Women’s soccer player, @mPinoe, just stated that she is “not going to the F...ing White House if we win.” Other than the NBA, which now refuses to call owners, owners (please explain that I just got Criminal Justice Reform passed, Black unemployment is at the lowest level.…

Donald J. Trump
 
....in our Country’s history, and the poverty index is also best number EVER), leagues and teams love coming to the White House. I am a big fan of the American Team, and Women’s Soccer, but Megan should WIN first before she TALKS! Finish the job! We haven’t yet....
 
Donald J. Trump
 
....invited Megan or the team, but I am now inviting the TEAM, win or lose. Megan should never disrespect our Country, the White House, or our Flag, especially since so much has been done for her & the team. Be proud of the Flag that you wear. The USA is doing GREAT!
 
  これに対し、CNNの報道番組に出演したラピノー選手は、トランプ大統領へ向けて「あなたのメッセージは多くの人を排除している。私を排除してる。私に似た人や、白人以外の人を排除している」と訴えた。

そしてトランプ大統領の「Make America Great Again(アメリカを再び偉大に)」という決め文句に対しても「(トランプは)すべての人にとって素晴らしくなかった時代に逆戻りしようとしている。ごく一部の人には素晴らしかったのかもしれない。そして今もごく一部にはそうかもしれないけどね。でも多くの米国人にとって、この世界は素晴らしくなんかない」と反論していた。

 優勝凱旋パレードでは、訪れたファンたちも、ラピノー選手の言葉に共鳴するように、ユニフォームに男女選手の賃金の平等を掲げる「EQUAL PAY」というスローガンを貼り付けるなど、メッセージ性の高い演出が目立った。

■ミーガン・ラピノー選手のスピーチ

 
 

 
アベと同じだ! 
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2019年参院選を読み解く(その2) 野党連合の反攻

2019年07月12日 | 社会・経済

 

2019年参院選を読み解く(その2) 野党連合の反攻

安倍政権の危機に野党は好機をつかむのか。地域ネットワークの力が試される!

 

  Imidas時事オピニオン2019/07/12

    19年7月21日、2年ぶりの国政選挙である参議院選挙が行われます! 「2019年参院選を読み解く(その1) 安倍政権の憂鬱」 に続き、最新刊『「社会を変えよう」といわれたら』(大月書店)を上梓し、ネット上でも政治や社会情勢について鋭い考察を発信している木下ちがやさんに、参院選を考えるに当たり、わたしたちはどんな流れの中にいるのかを解説してもらいました。

 

 衆参同日選の思惑

   「完成された支配」のもとで、外交的成果を掲げて衆参同日選挙に挑み、盤石の体制を永続させる。これが「5月まで」安倍政権が考えていた戦略である。

 政治の常識からすれば、衆参同日選挙はあり得なかった。これまで統一地方選がある年の参院選では、4月の統一地方選で与党の選挙を支える地方組織は疲弊し、活動力が低下した自民党は必ず議席を減らしてきたからだ。

では、なぜ、安倍政権は同日選をもくろんだのか。参院選後の10月に予定される消費増税、その影響による景気後退、野党連合の衆議院小選挙区一本化の進展等々、今後、時間がたてばたつほど、与党にとって不利な状況になることが予想される。ならば、多少の議席を減らしてでも、いまここで打って出る方が有利という判断が、安倍晋三総理の念頭にあったからではないか。

 この選挙で与党の議席数が衆参3分の2を下まわれば、安倍総理の悲願である改憲は一時遠のく。だが安定多数確保で同日選を乗り切れば、安倍総理は「傀儡(かいらい)」の後継者をすえて院政を敷き、長期的展望で改憲を目指すことができるという思惑がある。一見リベラルだが従順な岸田文雄政調会長を総理にすえて世論を安心させるか、あるいは「令和ブーム」に乗じて総理候補に名乗りを上げようとしている菅義偉官房長官を後釜にすえ、消費増税や経済危機に対処させたうえで、あわよくば安倍総理が返り咲く、という算段である。

 だが、このシナリオに狂いが生じる。

 歴代政権をしのぐ167か国を訪問してきた安倍総理は、「外交力」で野党を引き離し、支持率を維持するという戦略を採用してきた。北方領土返還、拉致問題解決は、その集大成として、解散総選挙のカードに使う手はずだった。しかしこれらはすべて挫折し、逆に「日米安保条約の破棄」までちらつかせるトランプ大統領に、農産物輸入自由化や防衛装備品の爆買いという、大幅な譲歩を迫られているのが現状である。次なるカードの消費増税延期もまた、(萩生田光一幹事長代行に消費増税延期があるかのような観測気球を上げさせたものの)麻生太郎財務大臣と財務省の猛反発にあい、断念せざるを得なくなった。空振りを重ねた安倍総理が最後にひねりだしたのが、菅官房長官の「野党が内閣不信任案を提出したら衆議院を解散する大義になる」という野党への脅しとも取れる、干からびたカードであった。

 衆参同日選のシナリオは、「安倍政権の後継(傀儡)体制を視野に入れた基盤を築くうえで、どのような選択がベターなのか」という問題意識から組み立てられていた。そしてそれは、「令和ブーム」のもとで内閣支持率が安定しているから同日選で野党が大きく勝つことはない、という前提に基づいていた。

 だがこの前提も、思わぬかたちで崩れることになる。

 「完成された支配」が崩れるとき

 6月3日に金融庁金融審議会市場WGが発表した、退職後には2000万円が不足する可能性があるため、若いうちから資産形成をする必要がある、という内容の報告書と、それを受けての「今のうちから考えておけ」との麻生副総理の発言をめぐる迷走劇は、年金制度への不安を広げるとともに、安倍政権の支配が、完成したがゆえの機能不全に陥りつつあることを露呈させた。

 この報告書は、国民の年金不安を煽り、貯蓄性向をますます強め、消費を冷え込ませて、消費増税と合わせて景気を減速させるリスクを高めかねない。そういったリスクを回避するために、政府与党は報告書を受け止めつつ丁寧な説明をする必要があった。ところが麻生副総理、そして安倍総理を守るために、いつもの「忖度」が発動されたのだ。

 政府与党の説明は二転三転し、報告書自体を「なかった」ことにしてしまった。さらに厚労省では2000万円、経産省では2900万円といった試算根拠が報告書とは別にあることが発覚した。

もはや政府が報告書の内容を認知し、政策決定に反映させていたのは明白である。にもかかわらず、政府は6月25日、金融庁の報告書をめぐる麻生大臣の一連の発言について、「矛盾するとの指摘はあたらない」とする答弁書を閣議決定し、幕引きを図った。つまり自ら事態をこじらせていったのだ。

 もし政府が、民意の動向を見極め、金融庁の報告書をきちんと受理し、野党の予算委員会開催要求を受け入れ、その場を活用して「政府の見解とは異なる」ことを明言していれば、こうもこじれることはなかっただろう。「消えた年金記録問題」で第一次政権を崩壊させたトラウマからか、安倍総理は「金融庁は大バカ者だ」と激怒したと言われている。だがそれはもう後の祭りである。「完成された支配」のもと、事態を打開する気力と判断力を失った側近、与党幹部、官僚たちの忖度にからめとられ、わざわざ国民の反発を招く方向に突き進んでしまったのだ。

 これは、政権中枢を担う今井尚哉総理秘書官が、原発反対の民意を無視し、原発推進を強引に推し進めた結果、東芝の子会社が破綻し、三菱重工も原発輸出から撤退せざるを得なくなったのとよく似ている。日本経済を蝕む原発地獄も、変化を拒絶する「完成された支配」のもとだからこそもたらされた。年金問題をめぐる政府与党の迷走劇もまた、この支配がもたらした結果に他ならないのである。

 いまも年金問題は過熱しつづけている。6月10日の参議院決算委員会における、日本共産党小池晃議員と安倍総理の年金問題に関する応酬の動画のネット上での再生回数は、7月11日現在で690万回を超えている。6月22、23日の朝日新聞世論調査では、金融庁の報告書への対応に「納得できない」が68%にのぼった。かくして外交的成果と「令和ブーム」で参院選を乗り切るはずだった安倍政権に、思わぬ壁が立ちはだかったのである。

 このように参院選直前に至り、長く停滞してきた野党連合についに好機が訪れたかに見える。では、野党連合にこの好機を生かす潜在力はあるのか。それを見極めるためには、この2年近くにわたる苦闘の軌跡を振り返る必要がある。

 長い道のり

 総選挙告示直前の2017年10日5日の夜、東京では安倍政権に反対するデモが行われていた。およそ2000人が参加したこのデモ隊が日比谷公園から出発し、新橋ガード下横丁脇を通過した。その時、千鳥足のサラリーマンがデモ隊に向けて、振り向きざまに大声でヤジを飛ばした。「野党、いましかないだろ!」

 当時、野党は激しい再編を繰り返しており、それが有権者に期待と不安を抱かせていた。9月25日、小池百合子東京都知事は、国政政党「希望の党」の結成を宣言した。28日にはそこに民進党が合流すると所属議員の全会一致で決められた。26、27日に行われた緊急世論調査では、希望の党の支持率は13%を記録し、さらに無党派の投票先では自民党を上回っていた。

総選挙実施の風が吹くなか、与党に投票すると答えた人の合計は38%、野党と答えた人は合計29%と、政権交代の可能性もささやかれる情勢が生まれていたのだ〈以上、朝日新聞世論調査〉。

 ところが、希望の党に先行合流していた細野豪志らが、総理経験者やリベラル系議員を排除したことにより、民進系議員は四分五裂に陥る。総選挙では新たに結成された「立憲民主党」(17年10月結党)が日本共産党、社民党、自由党との協力により躍進するものの、17年末には希望の党は支持率1%台の泡沫政党に転落し、後継政党である「国民民主党」が18年5月に結成された。立憲、国民どちらにも行かないグループも生まれ、旧民進党勢力はこの大分裂の後遺症に苦しめられていくことになった。

 以後、19年7月の参議院選挙までの間、野党連合はこの分裂の傷を修復しつつ、よりリベラルな方向を目指して歩むことになった。安倍政権による切り崩し、相次ぐ保守系議員の脱落に苦しめられながらも、復活のための拠点を探す長い道のりがはじまったのである。参院選の審判を前に、野党連合は、反攻のための拠点にたどり着くことができたのだろうか。

 沖縄の攻防

〈その1〉で述べたように2018年3月から4月にかけての危機を乗り切った安倍政権は、野党連合の陣地の各個撃破に乗り出す。6月の新潟県知事選で与党系候補が勝利したことで、残された野党連合の拠点は沖縄のみとなった。

 米軍普天間飛行場の辺野古への県内移設に反対し、保守・革新を超えて結集した「オール沖縄」勢力は、14年に翁長雄志県知事を誕生させ、14年の総選挙では沖縄の4つの小選挙区で勝利し、16年の参院選でも勝利しと、着実に地盤を固めているかに見えた。ところが18年に入ると、オール沖縄は名護市長選で敗北、8月8日には翁長知事が逝去し、9月30日に前倒しされた沖縄県知事選の行方に暗雲が垂れ込めた。安倍政権はこの知事選で勝利し、野党連合の息の根を止め、辺野古への基地移設と総裁選での安倍三選を確実とすることを狙っていた。さらにこの選挙は、辺野古基地移設と同じように、世論で反対あるいは消極的意見が強い憲法改正国民投票を勝ち抜くための前哨戦にも位置付けられていた。

 オール沖縄は、翁長知事が最期にやり遂げた「辺野古埋め立て承認撤回」の判断を守り抜き、県知事選で圧倒的な基地反対の民意を示し、基地移設阻止の活路を切り開かなければならなかった。安倍政権は、ひとつの地方選では異例の物的、人的動員をかけた。SNSを最大限に活用した「フェイクニュース」の拡散を行い、かつてない情報戦を展開した。

 これに対しオール沖縄陣営は、野党統一候補・玉城デニーを擁立し、「新時代沖縄」のスローガンを掲げ、形勢を逆転させていった。そして玉城は県知事選史上最高得票で圧勝したのである。以後、オール沖縄は、市町村選挙、沖縄県民投票、衆議院補選で連戦連勝している(#1)。

 この沖縄の一連の選挙戦は、挫けかけていた野党連合に再起の手がかりを与えた。選挙戦に多数の野党政治家、支援者が投入されていくなかで、沖縄では国政レベルに先がけて野党間の協力関係が強化されていった。野党間の分裂の傷は癒され、旧民進党系勢力は基地移設へのこれまでの曖昧な立場を捨て、全野党が反対の立場を明確にしていく。沖縄は、野党連合に来るべき反攻のための試練を与えた。以後野党連合は、選挙があるたびに沖縄に結集し、原点を確認していく。参院選告示直前の7月1日には、立憲民主、国民民主、共産党の党首が沖縄県庁前に結集し、結束と参院選の勝利を誓い合ったのである。

 復活はなされたのか

 沖縄の選挙戦で分裂の傷を徐々に癒しつつあった野党連合ではあるが、2019年5月までその姿は、国民の目には揉め事を繰り返す弱小勢力としか映っていなかった。野党連合の支持者には閉塞感が広がった。この閉塞感と、安倍政権がもたらす憂鬱さこそが、「第三極」ポピュリズム台頭の土壌となったのだ。4月の大阪ダブル選挙で圧勝した日本維新の会の躍進と、同月に立ち上がった山本太郎率いる「れいわ新選組」の登場である(#2)。参院選ではこの2つのポピュリズム政党が議席を伸ばし、野党連合はまたも沈没するのではないか。このような見方に、マスコミは「6月末まで」は傾いていた。

 19年1月28日に開会された第198回通常国会では、与党により衆参予算委員会が3か月以上開催拒否され、野党連合は活躍の舞台を失っていた。この間、安倍政権、与党、そして2つのポピュリズム勢力により存在感を消された野党連合は、ふたたび地上に姿を現す機会を探る状態にあった。

 もちろんそれまで、野党連合はただ手をこまねいていたわけではない。水面下では反攻の時に向けた結束の努力が着々となされていた。

 野党間の連携の強化は、沖縄での動きと同様に、党首間の鳩首会談というよりも、地域レベルのネットワークのなかで進んでいった。その好個の事例は香川県だろう。16年参院選において、香川県は唯一共産党候補で野党一本化を果たした地域である。選挙では敗北したものの、ここで培われた信頼関係は、17年総選挙で民進系の小川淳也衆議院議員が希望の党から出馬したのに対して、共産党が対立候補擁立を見送ったことにつながる。のちに小川淳也は立憲民主党に合流し、19年の統一地方選では四国の共産党県議候補の支援にまわる。6月27日には参院選野党統一候補の支援を名目に立憲民主枝野幸男代表、国民民主玉木雄一郎代表を香川に招き、両党の結束を演出している。

 この香川県だけではなく、同じような試みが全国で大小無数に行われてきた。東京都中野区では、市民らによる地道な仲介で18年区長選では野党統一候補を勝利させ、19年区議選では自公を少数派に転落させた。島根県では社民・民主系、共産党系別々で開催されていた憲法記念日の集会を、地元の牧師の尽力もあり共同開催している。東北地方では立場を超えて震災復興に一緒に取り組んだことが信頼関係を培い、野党間の協力を促した。そしてこういった協力関係をつくりあげる上で、全国各地での反原発運動、反安保法案のデモで培われた交流が礎(いしずえ)となった。草の根の連帯が野党間の壁を壊し、分裂を修復してきたのだ。

 このように、野党連合は単なる政党間の野合にとどまらず、お互いの支援組織、支援者がより有機的に結びつき、選挙で全力を引き出せる体制が整えられてきた。

 5月29日、野党間のハブである「市民連合」の協定書に、全野党が署名した。辺野古新基地移設の即時中止、消費増税凍結、原発ゼロ、最低賃金1500円を目指す、憲法九条改定反対という一致点(全13項目あり)は、全野党がよりリベラルな方向に転回されたことを明確にした。沖縄の攻防で培われ、全国の地域で育まれた経験が、ここで実を結んだのである。

 野党連合がリベラルに転回しながら結束を固めていくなかで、立憲民主党もまた変化した。拙著『「社会を変えよう」といわれたら』(大月書店)でも論じたように、枝野率いる立憲民主党は、結党当初、希望の党から排除されたことで「アウトサイダー」の地位を得、民進党の負のイメージを払拭することで躍進を果たした。この過程で枝野はポピュリストの衣を纏い、扇動家としての地位を固めたかに思われた(#3)。

しかし、立憲民主党は野党第一党になったため、「アウトサイダー」ではなくすべての野党をまとめ上げる「公器」としての役割を担うことになった。扇動家としての突出は、立憲民主党そのものの求心力は引き上げるものの、野党間では遠心力が働くというジレンマが生まれる。「アウトサイダー」から「公器」へ。立憲民主党がこのジレンマを解消していくプロセスで、ポピュリストのカードは枝野から山本太郎に引き渡された。「山本太郎現象」とはまさに、この立憲民主党の変形プロセスの産物に他ならなかった(#4)。

 ポピュリストから「低姿勢」に転じた枝野は、野田佳彦率いる旧民進系無所属議員のグループを「緩衝地帯」に据え、国民民主党との距離を測りつつ、地域レベルのネットワークの広がりに乗じて野党間をとりまとめていった。「立憲民主党と国民民主党との確執」「共産党と連合との確執」が盛んに喧伝されていたにもかかわらず、参院選1人区の野党一本化が予想以上にスムーズに進んだのは、水面下でこのような戦略転換がなされていたからである。

 こうした持久戦のなかでつくりあげてきた野党連合がやっと姿を現したのが、6月19日の国会党首討論だ。この討論では、立憲民主党枝野代表、日本共産党志位和夫委員長が年金不足、年金不安を解消するための具体的な提案を行い、国民民主党玉木代表が安倍総理を挑発するという役割分担がなされていた。虚を突かれた安倍総理は不規則答弁を繰り返した。硬軟織り交ぜながら批判とともに具体的な提案を国民に投げかけるというこの連携プレーは、野党がこれまで以上の結束で参院選に挑むことを予感させた。

ただそれは予感にすぎない。野党連合が、この安倍政権の危機を利用して好機に転じることができるかどうかは、これまで積みあげられてきた地域ネットワークの力が、十分に引き出せるかどうかにかかっているからだ。いま問われているのは野党連合のリーダーシップと、民主主義の再生を願う人々がどれだけこの選挙戦に――ネット上だけでなく――直接足を運び、参加するかである。

「もう少し楽観的な希望」は取り戻せるか

 6月24日に公表されたNHK世論調査では、安倍内閣の支持率は2週間前と比べて6%下落した(支持率42%)。今回改選される参議院議員は、2013年に選出されたわけだが、参院選1か月前のNHK世論調査における内閣支持率は62%(*)であり、現在はそれより20%も低い。自民党の支持率も13年の41.7%(*)から19年の31.6%と、10%低下している。しかも13年参院選は、1人区での野党一本化はなされていなかった。NHK世論調査は「与党の議席が増えたほうがいい」21%、「野党の議席が増えたほうがいい」30%と、野党に対する潜在的な期待が高まりつつあることを伝えている。

 野党連合はこの好機をつかみとることができるのだろうか。それとも再び敗退し、分裂の危機に陥るのだろうか。参院選は政権交代選挙ではないので、野党連合が勝利しても安倍政権の崩壊には直ちには結びつかない。しかしながら、この1年あまりの間につくりあげられてきた、安倍政権の憂鬱な「完成された支配」を突き崩し、次なるステップを切り開くことで、中島京子が〈もう少し楽観的な希望〉(「論座」19年6月16日)を抱くことができた以前の状況を取り戻すことはできるはずだ。

 G20におけるトランプ大統領の「日米安保条約は不公平であり、見直すべきだ。安倍総理はそれに理解を示している」といった発言。そして翌日6月30日の朝鮮半島の非武装地帯における電撃的な米朝韓首脳会合は、この国がいま置かれている本当の立場を明らかにしてしまった。これだけ、世界は変わり、東アジアも変わっているのに、気が付くと日本は「蚊帳の外」に置かれていた。安倍政権は「日本は変わらない、変わらなくていい」とひたすら国民に説き続けてきた。だがそれは目前の危機を先延ばしにし、ただ政権を維持するための「時間かせぎ」に過ぎなかったのだ。

 冷戦終結後、グローバル化が進むなかで、人々が何とか「変わろう」とした時期はあった。1度目は、自社さ連立政権(村山富市内閣)のもとで、2度目は、民主党政権のもとで。いずれも大震災があり、ボランティアが活躍し、デモや集会への市民参加が進んだ。アジア諸国への侵略と植民地支配の歴史に向き合おうともした。安倍政権はまさに、この2つの政権のもとでの人々の挑戦を否定し、「悪夢であった」と刷り込むことで、自らを正当化してきた。

わたしたちがもし現状を打開し、前に進みたいならば、安倍政権がなきものにしようとした過去の挑戦を取り戻さなければならない。ささやかではあるがかけがえのないこの経験と記憶をいま思い起こす必要がある。

 この国が抱える問題は山積している。解決を諦めてやり過ごすのか、それとも希望を捨てず、わたしたち自らが危機を乗り越えていくのか。この選択が問われる参議院議員選挙の投開票が、目前に迫っている。


 つい先日、「与党圧勝」のニュースが駆け巡ったばかりであるが、今度はその反対になってきたようだ。
今、ここで「変化」を求めないなら、将来に重大な禍根を残すであろう。
「アベノミクス」は格差拡大の政策であり、大企業、富裕層をますます支援し、貧困層からさらに搾り取る。「お友達」ではないといわれているのになぜ支持するのか!

昼過ぎ、ほんの少しの雨。お湿りにもならない。これから明日朝にかけて、どうなるやら?今の時間も雨のはずなのだが・・・。

キツリフネソウ。

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「強い経済」その実態は…

2019年07月11日 | 社会・経済

<参院選 くらしデモクラシー>首相「バブル期超え 最高税収」PRするけど… 主因は消費税 所得税は減収

東京新聞 2019年7月11日 朝刊

 安倍晋三首相が参院選の演説でアピールする「過去最高の税収」が話題だ。「経済を強くした」という実績を訴えているようだが、専門家からは「安倍政権下で消費税率を8%に上げたことを忘れているのか」といぶかる声が続出。過去最高の税収の実態はどうか。 (小倉貞俊)

 参院選公示日の四日、安倍首相は福島市で臨んだ第一声で「経済を強くしていけば税収だって増えるんですよ。税収は今年、過去最高になった」「あのバブル時代も超えたんです」と左手を広げて強調した。

 確かに、財務省が二日に発表した二〇一八年度の一般会計決算概要では、税収総額は六十兆三千五百六十四億円と、二十八年ぶりに過去最高を更新。ピークだったバブル期の一九九〇年度(六十兆一千五十九億円)を超えている。

写真

 これは「強い経済」によるものなのか。内訳を見てみると、消費税収入が増えた半面、所得税と法人税はむしろバブル期よりも減っていた。九〇年度と比べると一八年度の法人税と所得税は六兆円ずつ低く、低所得者ほど負担が多くなる消費税は十三兆円も増加。税収の構成比は、四割だった所得税収が三割にまで落ち、一割に満たなかった消費税収が三割を占めるまで膨らんだ。

 バブル期と違うのはそれぞれの税率だ。所得税は最高税率が九〇年の50%から45%に、法人税も37・5%から23・2%に引き下げられた。逆に3%だった消費税率は8%にまで引き上げられている。

 第二次安倍政権が発足した一二年度と比較すると、税収の伸び率は所得税が四割強、法人税が三割弱だが、一四年に5%から引き上げられた消費税は七割の増加となっている。税収増は消費税頼みの実態がある。

 実際、一日発表の企業短期経済観測調査(日銀短観)では、大企業・製造業の業況判断指数が二期連続で落ち込んでいる。同じく一日に内閣府が発表した、消費者心理を示す消費者態度指数は九カ月連続で悪化しており、個人消費も冷え込んでいる。厚生労働省の九日の発表では、実質賃金も五カ月連続で前年同月比を下回っている。

 政治ジャーナリストの鈴木哲夫さんは「統計不正をはじめ、安倍政権と関わる数値、データは根本的に問題が多い。数字自体は間違っていなくても、都合の良いところだけをPRする傾向がある」。安倍首相がこの選挙戦で、実質的な年金水準は減っているのに、本年度の年金支給額を0・1%増額させたと訴えているのも、その一つという。「そもそも消費税の増税は、不足する社会保障費に充てるのが本来の目的だったはず。それを『税収が増えた』などと自慢するならおかしな話だ」と話した。

 経済ジャーナリストの荻原博子さんも「大企業や富裕層が受ける減税の恩恵を、消費税が穴埋めしている。総所得が増えてはいるが、働かざるを得ない人が増えただけで、一人一人が豊かにはなっていない。安定して徴収できる消費税は不況にも強く、政権にとって都合がいい。『過去最高の税収』とは言葉のマジックにすぎない」と批判する。


 金土日と傘マークがついた。でも大した雨ではなさそう・・・。最近の予報は当たらないので何とも信用しがたい。

ミニトマトが赤くなった。今日、早々お客さんが・・・。まだ売るほどないですよといっても数粒でもいいと6粒お持ち帰り。もちろんお代はいただきませんでした。

ホーズキも色づいてきました。

バラの花3月に1輪いただいて花が枯れ始めてから挿し木したもので、品種も何もわかりません。

オクラ。

無農薬のサクランボ。今年はたくさん食べました。

ニワフジというものらしい。

どうか雨が降りますように!!!

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4割超の人が最低賃金水準で働く現実。最賃はもはや家計補助賃金ではない

2019年07月10日 | 社会・経済

4割超の人が最低賃金水準で働く現実。最賃はもはや家計補助賃金ではない

2019/07/08 08:33ハーバー・ビジネス・オンライン

 

◆最低賃金をめぐる従来の「常識」
 この間、最低賃金をめぐる議論が活発化している。政府は全国平均で時給1000円を早期に達成することを目指すとしており、また今年に入ると自民党内部で最低賃金の全国一律化を検討する議員連盟が発足した。さらに労働運動のなかでも、数年前から最低賃金1500円を目指す動きが出てきている。

 そんな中、2019年6月13日日本経済新聞「最低賃金『早期に1000円』の是非」と題する記事中で日本商工会議所会頭・三村明夫氏のインタビューが掲載された。三村氏はそこで、最低賃金の全国平均時給1000円の早期達成という政府方針のためには年5%の引き上げが必要だろうとしながら、2018年度の名目GDPの成長率や物価上昇率が1%未満であること、ここ数年の中小企業の賃上げ率は1~1.4%であることをあげながら、政府方針の引き上げ幅は大きすぎるとして批判している。

 また、その中で最低賃金は一部の労働者にしか影響せず労働者生活に大きな影響を与えないといった趣旨の発言もしている。

「最低賃金で生計の全てを賄っている家庭はあまりいないだろう。例えば一家で主婦がパートで働くときに最低賃金の対象になることがある」

 本記事で問題にしたいのは三村氏のこの発言である。これは、最低賃金の従来の「常識」を見事に反映している。

 ところで、筆者は2000年に結成された首都圏青年ユニオン(以下青年ユニオンという)という労働組合の事務局次長として不安定な労働者の労働問題の改善に取り組んでいるが、三村氏の発言が表現するような「常識」的な最低賃金観は、筆者が青年ユニオンのなかで出会う労働者の日常と著しく乖離している。本記事では、三村氏の上記の発言を切り口として、従来の「常識」的最低賃金観と現実とのズレを明らかにしたい。

◆「常識」的最低賃金と最低賃金付近労働者の激増
三村氏の発言では以下のことが前提されている。

(1)男性正社員である夫とその夫に養われる主婦パートという家族構成は標準的である
(2)男性正社員は最低賃金に影響されない高い賃金をもらっている
(3)最低賃金に影響を受ける労働者は、男性正社員の高賃金を補助するために、すなわち「家計補助」のために働いているに過ぎない。

 まとめれば、最低賃金の影響は、男性正社員に養われており家計補助として働く主婦パートなどに限定されるというものである。これは従来の「常識」的な最低賃金観であった。この「家計補助賃金としての最低賃金」という「常識」的な最低賃金の位置づけは、最低賃金を生計費(人並みの生活を送るための費用)以下の水準に抑制し続けている。

 しかし、「最低賃金=家計補助賃金」という図式は何重にも実態と不適合なものとなっている。その不適合を最も明白に示すものは、最近の最低賃金付近労働者の激増である。

 

出典:後藤道夫「最低賃金1500円は社会をどう変える」、後藤道夫他編『最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし』大月書店、2018年、17頁

図表1は、5人以上の企業で働く労働者における最低賃金付近労働者の割合を見たものである。これを見ると、最低賃金5割増しの賃金水準未満で働く労働者の割合は、2001年には20.3%であったが、2017年には40.5%に激増している。

 また、図表2は最低賃金の改定額の目安を審議する中央最低賃金審議会「目安に関する小委員会」に提出された資料である。東京で働く労働者の賃金分布と最低賃金額との関係が分かるようになっているが、2006年から2017年にかけて最低賃金額が多数の労働者の賃金に影響する位置に移動していることが明白である。

 

出典:「中央最低賃金審議会目安に関する小委員会資料」2018年2007年

三村氏は「例えば一家で主婦がパートで働くときに最低賃金の対象になることがある」など一部の労働者にしか最低賃金が影響しないかのように言うが、いまや最低賃金付近で働く労働者は「標準」となったと言ってよく、多くの労働者の賃金水準に影響を与える制度となっているのである。

 このような最低賃金付近労働者の激増は、最近の最低賃金額の引き上げに加えて、(1)最低賃金付近正社員の増加と、(2)非正規労働者の増加によって引き起こされている。これによって、労働者の家計と最低賃金との関係も大きく変わっている。以下では、その実態をやや詳しく見てみよう。

◆「正社員は最低賃金と無関係」は誤り
 青年ユニオンの組合員であり埼玉県で美容師として働く金島さん(仮名)は勤続4年目の男性正社員だが、給与は額面で月22~23万円程度。月23万円だとしても、その中には24時間分の残業と2日の休日出勤が含まれており、月給を時給換算すると950円未満となる。埼玉県の現在の最低賃金は898円であり、最低賃金付近労働者であるといえる。

 金島さんは現在パートナーと同居中だが、パートナーも同様の給与水準の正社員であり、最低賃金が彼ら彼女らの生計を支えているのは明白だ。

 最低賃金制度自体はもちろん月給制の正社員にも適用される。月給を実労働時間で割って時給換算したものが最低賃金を下回っていれば最低賃金法違反となる。しかし従来、「常識」的には、正社員は年功賃金と長期雇用が保障され、最低賃金には影響されないほど高水準の賃金をもらっていると考えられてきた。しかしこの間、金島さんのように最低賃金付近で働く正社員は増加している。

 

 

出所:就業構造基本調査より作成

 図表3は、30代前半の男性正社員の所得分布であるが、1997年の段階では400-499万円のところに最も多くの労働者が集中しているのに対して、2012年には300-399万円にピークが移動しており、また200-249万円にも小さな山ができている。全体として左側に分布が大きく移動していることが分かる。

 その結果、最低賃金付近の正社員が増加している。正社員の中で、東京の最低賃金3割増し水準以下の賃金で働いている労働者の割合は、2007年には5.7%であったが、2017年には17.8%と3倍以上となっている(後藤、同上、18頁)。正社員のうち6人に1人以上が最低賃金付近の賃金で働いているのである。こうした最低賃金付近正社員は、最低賃金の大幅な引き上げに応じて賃金が引きあがる可能性が高い。最低賃金は正社員と無関係であるとは到底言えない状況が広がっているのだ。

◆「非正規労働者=家計補助的労働者」は誤り
青年ユニオンの組合員である黒田さん(仮名)は、一人暮らしの30代女性だ。契約社員として最低賃金水準の時給をもらいながらフルタイムで働くが、それだけで生活を送ることは困難であり、他に2つの仕事を掛け持ちしていた。トリプルワークをしていたことになる。

 結果として超長時間労働となり、ある日突然布団から起き上がることができなくなった。病院にかかると精神疾患にかかっていると診断された。

 黒田さんは非正規労働者であるが、誰かに養われながら家計の補助のためだけに働く「家計補助非正規労働者」ではなく、生計の主たる担い手である「世帯主非正規労働者」だ。しかし、最低賃金が「家計補助賃金」として生計費以下に抑制されているため、黒島さんはトリプルワークをしないと生活費を捻出できず、その結果としての超長時間労働が黒島さんの身体・精神に大きな負担を強いたのである。

 

 

出典:後藤、前掲書、22頁より

その多くが最低賃金付近で働いていると思われる非正規労働者は90年代後半から激増しており、現在では4割弱の労働者が非正規労働者である。それに伴い、非正規労働者のなかで「主婦パート」はもはや少数派となっている。

 図表4は、学生アルバイトを除いた非正規労働者のうち、有配偶女性(「主婦パート」と考えられてきた労働者層)とそれ以外(無配偶女性+男性)の推移を見たものである。1997年には有配偶女性非正規が636万人でありそれ以外の非正規が596万人であったが、2017年には有配偶女性は940万人であるのに対し、それ以外の非正規は1012万人と有配偶女性の非正規労働者とそれ以外の非正規労働者の数が逆転している。非正規労働者の多くが最低賃金付近で働いていると考えられるが、その非正規労働者の多数派はもはや「夫に養われている主婦パート」ではないのである。

 さらに付言すれば、正社員の低賃金化と非正規労働者の激増は、いわゆる「主婦パート」や学生アルバイトなど従来の「家計補助労働」の家計における位置づけを著しく高め、家計にとって欠かせない収入源となっているケースは増えている。もはや「家計補助労働」ではなく、労働者の家計の大きな部分を支えるものであると認識すべきだろう。

 したがって、(1)最低賃金付近正社員の増加、(2)家計補助型でない非正規労働者の増加によって、「最低賃金=家計補助賃金」という位置づけは何重にも現実と合致しなくなっているのである。

◆「正社員男性に養われる主婦パート」家族モデルの危険
三村氏は「正社員男性に養われる女性」という家族モデルを標準的なものとみなしているように思われる。これは、女性労働者を「男性に養われている/養われるであろう労働者」としてその雇用を不安定にし、また賃金を抑制してきた。その結果、シングル女性をワーキングプア状態にするとともに実質的に男性に養われることを女性に強制した。

 例えば、AEQUITAS(エキタス:ギリシャ語で公正・正義という意味)という最低賃金1500円を目指す市民運動団体がツイッター上で「最低賃金1500円になったら」というキャンペーンを行った際には「最低賃金1500円になったら離婚する」という声が見られた。シングル女性として生きることが黒田さんのような低賃金過重労働の生活を意味するとすれば、男性に養われることを選択することへの強制力が働かざるを得ない。女性が自由になるには、また両性の平等のためには、「家計補助賃金としての最低賃金」という「常識」を打破し、「生活賃金としての最低賃金」を実現していく必要があるだろう。

◆「生活賃金としての最低賃金」を
 これまで「最低賃金は主婦パートなど限定的な労働者にしか影響を与えない」「最低賃金=家計補助賃金」といった「常識」について検討してきた。明らかになったのは、正社員の低賃金化と非正規労働者の激増により、最低賃金が労働者生活にとって非常に重要な制度となってきているという実態である。にもかかわらず、最低賃金の金額はいまだ「家計補助賃金」の水準を出ておらず、労働者生活に様々な困難を生み出している。求められるのは、「生活賃金としての最低賃金」、すなわち、「最低賃金によって人並みに生きていく」ことを可能とするための最低賃金制度の改良である。

 では「生活賃金としての最低賃金」の水準とはどの程度のものになるべきであろうか?

 このような疑問に答えるため、現在労働組合によって生計費調査が行われている。都道府県ごとに単身者の生計費を明らかにしようというものである。そこでは、全国どこでも、単身者の労働者の生計費は公租公課など含めて月額22~25万円となっており、月の労働時間を155時間とすると時給は1400~1500円必要であるという結果が出ている。また、AEQUITASは「最低賃金1500円」を求めて路上での活動を行っている。筆者もこうした主張に賛成である。「全国一律最低賃金1500円」の実現を本気で目指すべきだろう。

 また、賃金の引き上げの方法としては、最低賃金制度の引き上げなど法律に定められた制度によるものだけでなく、労働組合と使用者との「団体交渉」(使用者と労働組合・労働者との話し合い労働組合には団体交渉権が保障されており、使用者は労働組合からの団体交渉の申し入れを原則として断ることができない)による引き上げという方法もある。最近、首都圏青年ユニオンの組合員から「いまの賃金は安すぎる」と言う不満が相次いでおり、使用者との団体交渉によって賃上げを実現した例もある。筆者としては、最低賃金制度と団体交渉による最低賃金付近労働者の賃上げが急務であり、またそれは不可能ではないのだということを強調したいと思う。

<文/栗原耕平>

【栗原耕平】
1995年8月15日生まれ。2000年に結成された労働組合首都圏青年ユニオンの事務局次長として労働問題に取り組んでいる。

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賃金5カ月連続減 5月、名目・実質とも

  

東京新聞 2019年7月9日 夕刊

 厚生労働省が九日発表した五月の毎月勤労統計調査(速報、従業員五人以上の事業所)によると、基本給や残業代などを合わせた一人当たりの現金給与総額(名目賃金)は前年同月比0・2%減の二十七万五千五百九十七円だった。物価の影響を加味した実質賃金は1・0%減で、名目、実質ともに五カ月連続のマイナスとなった。

 厚労省は「一月に抽出調査の対象事業所を一部入れ替えた結果、賃金水準の低い事業所が増え、前年よりも低くなっている」と分析している。

 現金給与総額のうち、基本給など所定内給与は二十四万三千二百八円で0・6%減少した。残業代などの所定外給与は0・8%増、賞与などの特別に支払われた給与は2・5%増だった。

 就業形態別に見ると、一般労働者の現金給与総額は0・3%増の三十五万五千六百四十三円。パートは五月の大型連休の影響で2・2%減の九万六千二百七十五円だった。パートの時間当たり給与は千百六十円で2・2%増えた。


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<’19参院選>9条改憲 戦後平和主義の岐路だ

2019年07月09日 | 社会・経済

 

東京新聞社説  2019年7月9日

自民党が争点と位置付ける憲法改正にどう向き合うか。九条に自衛隊の存在を明記すれば、戦後日本の平和主義は変質する恐れがある。有権者は改憲の要・不要やその影響を熟考し、投票したい。

 九条改正を含む改憲四項目について、自民党が条文イメージをまとめた上で国政選挙に臨むのは初だ。党総裁の安倍晋三首相は九条への自衛隊明記を「防衛の根本」と明言。「自衛隊違憲論争に終止符を打つ」と意気込む。

 しかし、国民の間でそんな論争が起きているのだろうか。

 内閣府が昨年行った世論調査では、自衛隊に「良い印象を持っている」が約九割。共同通信社による直近の世論調査では、安倍政権下での改憲に「反対」が50%なのに対し「賛成」は35%にとどまる。国民の多くは、現状のままの自衛隊を受け入れている。

 安倍氏は自ら「二〇二〇年の新憲法施行」を表明して、自己目的化しているだけではないか。

 安倍政権では、現行憲法の下でも集団的自衛権の行使容認、安全保障関連法制定で自衛隊による米軍の後方支援が地理的制限なく可能になった。巨額な米国製装備の導入や護衛艦の事実上の空母化など、自衛隊と米軍との一体化や専守防衛からの逸脱も進む状況だ。

 この上、憲法に自衛隊の存在を明記するとどうなるか。

 自民党案では、九条には国と国民を守るため「必要な自衛の措置をとる」として「自衛隊を保持する」との条文を加える。「自衛の措置」の明文化は、集団的自衛権の行使を正式に認めるとも解釈できる。違憲の疑いがある安保法を合憲化し、自衛隊の活動を無制限に拡大する危うさをはらむ。

 現行の一、二項は残すとしても、戦力不保持、交戦権否認という平和憲法の土台は大きく揺らぐことになろう。

 公明党は九条改正について「慎重に議論」とあいまいだ。一様に改憲勢力とみなされていいのか、態度を明確にすべきではないか。

 日本維新の会を除く主要野党四党は、九条改正に明確に反対している。自民党改憲案の問題点をより分かりやすく訴えかけてほしい。

 自民党が参院で改憲の国会発議に必要な勢力を確保するには、公明、維新を含め改選百二十四議席中八十五議席が必要となる。

 「高いハードル」ではあるが、それを越える議席を改憲派に与えるか否かは有権者の判断次第だ。


昨日もそうだったが、今日も遠くで雷が鳴っていた。「お~い、こっちへ来いよ!」とむなしい叫び。
沼の水は減り続け、ジュンサイを取りに行くボートを水面までもっていくことができない。今年は収穫できないかもしれない。

看板を作りましたので、遊びに来てくださいね。

また、ハスカップ摘みに。500g600円。安い安い。

オオウバユリ


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「社会主義」とはなにか?「共産主義」とはなにか?

2019年07月08日 | 社会・経済

堤 未果 著 『日本が売られる』あとがきより。

 経済が、国家の枠をはみ出して暴れまわっている。

 たとえマネーが支配する強欲資本主義でも、これに代わる制度はないと、私たちは長い間刷り込まれてきた

 共産主義や社会主義は機能しないだろう、資本主義は完全ではないかもしれないが、現時点での選択肢はこれしかない、バージョンアップしてゆくしかないのだと。

 

 今回の参議院選挙で、安倍首相は「強い経済」を前面に打ち出してきている。それは「世界で一番経済活動がしやすい国造り」であり、より一層、大企業の横暴を許し、労働条件の「悪化」を意味するものだ。

 マルクスによって唱えられた社会主義・共産主義への道。「空想的社会主義」は「科学」になったといわれる。しかし、それを正しく理解する者はいなかった。だからそれは「絵に描いた餅」とまで言われるようになってしまい、ソ連は崩壊し、中国は「強権」によって体制を維持しようとしている。

 それにしても、この「強欲資本主義」に嫌気がさし、「社会主義」を模索する発達した資本主義諸国の若者たちがいる。目指すは「ソ連」でもなく、「中国」でもない新たな「社会主義」社会。

 自分たちの星が流れ去っていくかもしれないときに手を打たない大人たちに怒りを表す児童・学生たち。

そんな時に次代を担う若者たちに幾ばくかの「希望」を与えられたらいいのだが・・・

「論考」をこちらに掲載させていただきました。

哲学、経済学、等、専門的知識も必要ですが、あまり気にせずにとりあえず読んでいただけたらと思います。

https://blog.goo.ne.jp/mooru1949/s/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%BF%E7%B6%B1%E9%A0%98

 

「社会主義」とはなにか?「共産主義」とはなにか?

そしてその道のりは?

 

 

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