今はレント(受難節)です。40日間の。最終の一週間が受難週。そして復活日(イースター)を迎えます。
それから復活の主が40日間に渡って弟子たちに現われたことを覚えて40日間の復活節に入ります。
T.F.トランスは「空間・時間・復活」(小坂訳・ヨルダン社)によって神学的に復活を解明しました。
空間と時間と言う三次元は、罪によってサタンと死の支配に陥りました。
いくら人類と全被造物が、もがいてみても終局は死滅に終わる。これが厳しい現実であります。
3・11はまざまざとその悲惨をわれわれにつきつけました。
ラザロは死んで遺体はすでに腐敗が始まっていたのです。マリヤとマルタが悲嘆と絶望にくれたとしても
当然のことであります。そして主も涙されました。
しかし主の涙は悲憤のそれだったとあります。何に対して主は怒られたのでしょうか。
一つには圧倒的な死の力に対してであり、もうひとつはその死とそれをもたらすサタンをはるかに超えた
お方であるご自身がそこに居たもうにもかかわらず、人々が光よりも闇にのまれて不信と絶望に陥って
いるからだったからです。
突然、永遠の主の言葉が、時のただなかに突き刺さるように放たれます。「ラザロよ起きなさい!」と。
主ご自身がこの空間と時間の中に入られた永遠者であります。
死によって封印されたこの空間と時間が、創造主のもとに呼び戻されることによって、死を越えた永遠の
次元に解放されるのです。
ところでラザロは再びこの世に戻されました。しかし、主は神の光の座へ復活されました。パウロはその光の中で主と邂逅しました。
サタンは復活はないと叫びます。そのことによって自己の支配権を誇示したいのです。
しかし、事実まぎれもなく主は復活されました。今や死の力は根こそぎにされました。
闇は今でも光を覆い隠そうとしていますが、創造主の光は全被造物をはるかに凌駕し、そして全被造物を
永遠の光へ解放して下さるのです。