創造

創造主とセルフイメージの世界

クラウド・コンピューティング

2011-12-29 15:40:18 | 神学と科学

NHKで映像化された司馬遼太郎の「坂の上の雲」を見ました。大変迫力がありましたが日露戦争が日英同盟下で戦われ、当然英国製軍艦や情報提供の多くをイギリスに負っていたことが伝わってきませんでした。あたかも日本が独力で勝利したかのような描かれ方だと感じました。正しい情報に基づいた史実認識を誤ると、独善的になり再び太平洋戦争のような過ちを犯す恐れがあります。

ところで今日「雲(クラウド)」はコンピューターの世界で再び注目されています。Gメールがその代表ですが、データを自分のコンピューターに保存するのでなく、あちらがわ(雲)に格納する方法です。

3・11の大震災でも多くの貴重なデータがパソコンやHDと共に失われましたが、この方法によれば心配ないという訳です。野口悠紀雄氏は著書「クラウド超仕事法」や「超整理法」などでスマートフォンなどと共に活用されると述べています。

私もグーグル社のGメールを無料で使用していますが、下書きか自分あてのメールにデータを添付しておけばどこからでも手元のパソコン以外の機種からでもそのデータを引き出すことが出来ると分かりました。同社のEvernoteやDropboxも無料で活用できます。(これはバックアップというより、データがあちらに保存されます。)Picasaは写真用に使用できるようです。

野口氏によればクレジットカード番号や銀行の暗証番号以外のデータ、例えば運転免許証や保険証のコピーだったらクラウドの格納してよいのではと勧めておられます。クレジットカードや銀行の暗証番号は厳重な管理を必要とするのでもしクラウド化するのであれば暗号化が望ましいとのことです。

むろんグーグル社とて絶対的な存在ではありませんが個人で管理するよりかえって安全なそうです。

私はこのことから「天に宝をたくわえなさい。」(マタイ6:20)という主の言葉を思い起こしました。

聖書で雲は神の臨在のシンボルとして描かれることがあります。最も安全な資産は神のもとにあり、地上のものはいつ失われるともかぎりません。すべての情報も実は神が持っておられます。

そして創造主なる神御自身が私たちの永遠の宝であります。ただ神は霊で目に見えませんから、私たちは目に見える地上の宝だけに心が奪われ、これに頼ろうとします。

ですが被造物への過度の依存が実は偶像礼拝です。地上のものだけを見て、これに依存しこれを愛することは、創造主を忘却し真の宝を見失うことです。

神の愛はねたむほど激しい一面があると旧約聖書に書かれています。その意味では自我愛、すなわち自分に依存し自力で生きること自体、神を悲しませることになります。

私たちには自分の内にクラウド(霊)があり、そこに聖霊なる神が住まわれます。魂としての自我を日々、十字架につけて、永遠の宝であるこのお方に目を注ぎ、自分の霊の中で働いていただきましょう。

讃美歌355

1、主を仰ぎ見れば 古き我は、うつし世と共に 速(と)く去りゆき、

 我ならぬわれの あらわれきて、見ずや天地(あめつち)ぞ あらたまれる。

2、うつくしの都(みやこ) エルサレムは 今こそくだりて われに来(き)つれ

 主ともにいませば つきぬさちは きよき河のごと 湧きてながる。

3.うるわし慕(した)わし とこよのくに、うららに恵みの 日かげ照れば、

 いのちの木(こ)の実は みのりしげく、とわに死の影も なやみもなし。

4.つゆだに功(いさお)の あらぬ身をも、きよめてみくにの 世継ぎとなし

 黄金(こがね)のみとのに 住ませたもう わが主の愛こそ かぎりなけれ。

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メリー・クリスマス

2011-12-24 14:46:03 | 歴史

維新後はじめてクリスマスが祝われたのは明治7年10月18日に東京第一長老教会で洗礼を受けた元大江戸八丁堀与力の原胤昭が師のカロザースのもとで開催したもので来会者は栗津高明、中村正直、岸田吟香、津田仙、フォールズ、フルベッキ、タムソン、デビドソン、グリーンらでした。(「開化の築地・築地バンド・民権の銀座」太田愛人著築地書館・130頁)

クリスマスカードも明治15年の大リバイバル(信仰覚醒)後にミロル宣教師と原胤昭らによって日本版画を生かして始められました。原は嘉永6(1853)年生まれで昭和17(1942)年まで生きました。

房総地方豪族千葉介常胤がルーツで、祖先の一人に長崎で殉教した26聖人キリシタン武士原ジョアンがいます。常胤は備後の栗原城主千葉豊後守の先祖でもあります。(御調郡誌230頁)

ところで原は師であるカロザースのことを「野卑で武骨な人物」と批判しています。同じ改革派の宣教師であるS・R・ブラウンやタムソンそしてバラとも信仰的にも性格面でも違っていたようです。太田愛人氏はバプテストのゴーブルに似たところがあったようだと述べています。ゴーブルも安息日の件を端緒にバラ宣教師と衝突し裁判沙汰を起こしたことがありました。

棚村重行氏は「二つの福音は波濤を越えて」(教文館)において新カルヴァン派と旧カルヴァン派の神学的相違から二つの流れを分析しています。

カロザースが仙台二高教師時代(明治28年)に参賀式で天皇の「御尊影」を拝まなかった理由で生徒の批判を受けるという事件が起こりました。明治24年の内村鑑三の不敬事件とは内容が異なっていましたが、底流には彼の厳格なカルヴィニズムがあったと思います。

太平洋戦争中の皇国主義と思想弾圧を体験されたあるクリスチャンの方は決して年賀状を書かれず寒中見舞いとされておられました。私はいただいた方にはクリスマス・カードと年賀状を併用させていただいておりますが。

お隣の韓国でもクリスマスは祝日です。先進諸国でクリスマス休暇のないところはないと思います。

我が国では、役所の年号は世界共通の主歴(西暦)でなく天皇暦を用いています。中国や北朝鮮さえ主歴なのです。

明日は復活の主日と降誕日がひとつになりました。

日本国民の象徴である天皇家と国民すべてのみなさまに主の祝福が注がれますようお祈りします。

 

 

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神の小羊

2011-12-23 21:27:54 | 福音
今年もクリスマスコンサートや受刑者のみなさんとのクリスマス集会を終えそして明日のキャンドルサービス、キャロリングと25日の礼拝を迎えることになりました。
 ヨセフとマリヤへのシメオンによる祝福のなかに「剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。」という予言があります。(ルカ2:25)これは最初に天使の知らせを受けたのは羊飼いたちであったことを想起させます。ヒゼキヤ王の時代牛70頭雄羊100頭、小羊200頭全焼のいけにえ、聖なる牛600頭、羊3000頭が捧げられました。(歴代Ⅱ29章32)通常、毎日朝夕捧げられなければなりませんでした。羊飼いたちはダビデがそうしたように羊を守るために、時にはいのちがけでライオンや熊と戦い、時には夜も眠らず番をしたのです。そのように大切に育てた小羊が人の罪を身に負って身を裂かれて死んでゆくのを知っていました。彼らも心を刺される体験をしました。
旧約時代の体の清めの祝福は小羊の血によりましたが、「良心」の清めはキリストの血によらなければなりませんでした。(へブル書9章1-、14節)
良心の原語、シュナイデ―シンとは共に知るという意味で霊を指していると言えます。十字架による贖いは最も深い霊のレベルまで及んだということです。
ユダヤ教の指導者徒ニコデモは自分に何か決定的なものが欠けていると感じていたようです。心の底に空虚感と、霊的飢え渇きを覚えていたのです。主は彼に、新たに生まれる必要があると語りましたが、聖霊によるのでなく物質的レベルでしか考えることができませんから理解できずどこまで行っても平行線でした。聖霊と共に考えないと永遠のことが認識出来ないのです。
心と体だけでは霊の次元は認識できません。そこで主は、モーセに、罪を犯して毒ヘビにかまれた人々のために青銅のヘビをかかげさせ、その呪われた青銅のヘビを仰ぎ見た者が毒を除かれていやされたお話をしました。
やがてニコデモは予言の通り、主が十字架にかけられ、呪われた青銅のヘビと同じように罪の呪いを負われて死なれたのを見ました。(ヨハネ福音書19:39.)
そしてクリスマスで三人の博士のひとりと同じように没薬とアロエをまぜたものを30キロを捧げました。主の生涯の初めに「見よ神の小羊」とバプテスマのヨハネが叫んでいます。(ヨハネ福音書)
仙台出身のゴスペルシンガーの岩淵まことさんは幼いお嬢さんを失う体験をされて父なる神の心の一端を知らされたそうです。「父の涙」というゴスペルはその時生まれたとのことです。
東日本大地震で突然愛する者を失い引き裂かれた思いと悲しみは計り知れないものと思います。また同じような心の痛みに耐えておられる方々もおられると思います。そのような時こそ主は最も近くにおられます。
主は天から引き裂かれるように、この世に来て下さり、十字架上でその身をローマ兵の槍で刺されました。清い神の御子が十字架で私たちの罪を負って下さらなければ、私たちは永遠に失われ滅びる以外になかったからです。そして父なる神御自身も身を切られるような悲しみと痛みを体験されたのだと思います。
今、肉の目を閉じて、私たちのために呪いの死を受けて下さった主を仰ぎましょう。神の小羊の十字架こそ聖なる神と私たちを一つに結んで下さる神の力です。
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ベツレヘムと三人の博士

2011-12-22 19:28:59 | 福音

この時期、世界中の人々がベツレヘムの降誕教会に思いをはせます。4世紀に建てられたギリシャ正教会の建物が7世紀に来襲したイスラム教徒の破壊から免れたのは、東から来た3人の博士の絵を見た彼らが、「この場所は、東方から来た自分たちにとっても聖なるところ」だと感じたからなそうです。

長い間イスラエルに住まわれ、クリスマスに何度もベツレヘムを訪ねたスティーブンス栄子さんによれば冬でも意外に暖かく、着ていたセーターでは暑過ぎると思うことがあるそうです。

寒い夜は、羊飼いたちは羊を自分たちの住んでいる洞窟の一角に入れますが、暖かい夜は、羊の入る場所は空いていて、ヨセフとマリヤが利用したのが、この羊飼いの住んでいる洞窟だったと推測されています。

降誕教会の奥に地下に降りる階段があり、その階段を降りたところにご降誕の場所と呼ばれる自然の洞窟に到着するのです。

ところで星に導かれて東方からやってきた天文学者でもある三人の博士たちは黄金、乳香、没薬をもって幼子を礼拝しました。これは主イエスの生涯が、永遠の王権と祭司権と預言者の勤めを果たすことを予見されたからでしょう。旧約時代、特別に神から油注ぎを受けたのは祭司と預言者と王に限られていました。祭司は神にとりなしの祈りを捧げ、預言者は人々に神の言葉を伝え、王は民を守るために敵と戦い国を治めました。

ちょうど、天使セラフィムやケルビムが神のみ前で礼拝を捧げ、天使ガブリエルが神のメッセージを人に伝え、天使ミカエルがサタンと戦う任務を与えられていたことと呼応しています。神の被造物としての天と地がそれぞれ連動していることが分かります。

モーセが戦ったのは、地上の王パロだけでなく、その背後にある霊能者でした。彼らも奇跡をまねることができアロンの杖がヘビになったように彼らの杖をヘビに変えることができました。そしてアロンの杖は彼らの杖を飲み込みました。(出エジプト7:12)

天使ガブリエルがダニエルに啓示したのは、ペルシャやギリシャという地上王国の背後にそれをコントロールしている天の君が存在すということでした。(ダニエル書10:13-)

旧約時代、神の働き人は、そのような霊的な次元の力にさらされつつ、いわば天使のもとで、その序列下で活動したことが分かります。

主が人となられたのは、その聖なる肉体に聖霊を受け、その神御自身でもあられる御霊を私たちにも住まわせるためでした。そのために私たちの罪を取り除かなければなりませんでしたので、神の小羊として十字架によって私たちの罪を負われ神の血を流されたのです。

主は内住の聖霊と共に、父なる神のみ前にとりなしの祈りをささげて永遠の祭司として働かれ、真の預言者として御霊と共に神の言葉を民に語り、そして王としてサタンに勝利されました。

復活の後もこのみ業を継続されています。

私たちの霊に内住されている御霊も同様に、神と交わり、礼拝を捧げ、人を愛して恵みの言葉をとりつぎ人を敬い励まし助けます。同時に罪を訴えるサタンに対して十字架上の主の血潮による赦しの叫びと共に対抗してくださり勝利させてくださるのです。

「私たちの告発者、日夜彼らを私たちの神のみ前で訴えている者が投げ落とされたからである。兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。(ヨハネ黙示録12:10-11)

旧約時代、神が造られた天と地のドラマの中で天使と民はそれぞれの役割を演じました。

創造主が、この世に人となって入られて以来、私たちは創造主のおられる至聖所に引き上げられ、天使もはるかに及ばない神のいのちに与かり、その至高のレベルの働きを任命されています。

創造主が天使たちのゾーンを越えて、私たちの内側に来て下さり、人々を永遠の祝福に至らせようと活動しておられるのです。

 

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裂かれた体

2011-12-20 15:40:27 | 福音

主の降誕の知らせはまず羊飼いに対して告げられました。(ルカ2:8)

主は「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1:19)と語られたように、まさしく旧約時代に人々の罪を負って幕屋の大庭で体を裂かれ血を流した羊となられました。この儀式は毎日朝夕欠かさず行われなければなりませんでした。その血なしに祭司が神に近づくことは出来なかったからです。その意味で羊を養い、祭司に提供する羊飼いの仕事も重要な役割をもつものでした。

ところでモーセによる幕屋、あるいはソロモンが建てた神殿の構造は、至聖所と聖所と大庭から構成されており、これは人間の霊とたましいとからだ(テサロニケⅠ5:23)のひな型ともいわれます。

ヨハネ福音書19:34「兵士のひとりがイエスのわき腹をやりで突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た。それを目撃した者があかしをしているのである。」とあります。

ユダヤ人のために書かれたといわれるマタイ福音書27:51に「すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。」とありますように主は人となって私たちの間に住まわれた(原語では幕屋を張られた)お方であることを実証されました。

この裂かれた体と流された血潮こそが決定的な意味をもつのです。クリスマスの出来事はすでにこの一点に収斂されてゆくと言っても過言でありません。

罪なき体に聖霊を宿された主は、罪の贖いを通してその聖霊を世に注がれたのです。血潮と共に。

血にいのちがあると語られているように、そのいのちは神のいのち(ゾーエー)であります。

その血の効力は、信じて頼る者に働きます。人類はアダムの子孫ですから自分自身で罪を取り除くことは不可能です。パリサイ主義者のように表面的に宗教的修練に勤めても、サドカイ主義者のように善を演じることができたとしても、心の底(霊)まで清めることはできません。

聖霊は、清められない霊にはお住みになれないのです。かえってサタンが支配します。主にお頼りするときに創造霊が来て下さるのです。主の体が裂かれ、神殿の幕屋が裂かれることにより、私たちと神を隔てていた天が裂かれて、主は私たちの内に、私たちは主の内に入るのです。大祭司が年に一度小羊の血を携えて至聖所に入ることが特別に許されていましたが、現在私たちは神の小羊の血によって永久的に至聖所である神の臨在の内側に聖霊と共に招き入れられています。

世を支配するサタンの支配を突き抜けて、御座におられる主と父なる神との栄光の交わりを享受しています。

「神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。このイエス・キリストは、水と血によって来られたのです。そして証しする方は御霊です。御霊は真理だからです。あかしするものが三つあります。御霊と水と血です。この三つが一つとなるのです。」(ヨハネ第一の手紙5:4-8)

ローマ人への手紙6章でパウロは、神のなされた贖いの事実が、私たち自身の内に体験的に成就されるのは、この御霊が与えられる信仰に依るのだと語っています。主を仰ぐ時、主の十字架の死が私たちにも働いて、自我と魂が砕かれ御霊に依存して歩む新たな人に変えられるというのです。

私たち自身も神の神殿とされ、魂を主として歩むのでなく霊の内に住まわれる聖霊なる神に主導権を明け渡し、このお方の働きにゆだねる歩みが始まるというのです。

それは永遠のいのちを持ち運ぶという途方もなく栄光に富んだ歩みであります。私がそうするのでなく主が私たちを通してその恵みを分かち与えられます。

 

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天が開かれる

2011-12-17 21:19:38 | 福音

聖書の関心は、霊である神に私たちの霊の目が開かれることにあります。北イスラエル王国の預言者エリシャの弟子がアラムの大軍に包囲されているのを見て動揺した時、エリシャは「彼の目を開いてください」と祈りました。(列王Ⅱ6・16-)主がその若者の目を開かれると火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちている情景を見ました。天の大軍勢です。(ルカ2・13)

エマオ途上の弟子と共に歩み語っておられるのが復活の主であると分かったのは、彼らの目が開かれたからです。(ルカ24・31)

通常、人間は霊、すなわち天に閉ざされて生きています。

「私たちの福音におおいが掛かっているとしたら、それは滅びる人々のばあいに、おおいが掛かっているのです。そのばあい、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の光を輝かせないようにしているのです。(コリントⅡ4・3-4)」とある通りです。

私たちの目が創造霊である神と御子に開かれるのは、聖霊ご自身が私たちの内側に来て下さって私たちの霊を生かしその霊の目を開いて下さるからです。

主が十字架で血による贖いを成し遂げてくださった時、至聖所への幕が裂かれたように、信仰によって天(被造霊ゾーン)が裂かれて創造主と私たちが直結されるのです。

主の誕生や復活についての記述を読むと、マタイ福音書はガリラヤの地を中心に描かれ、ルカ福音書はエルサレムでの出来事として書かれています。カトリックのJ・ダニエル著・上智大学中世思想研究所編「キリスト教史1・初代教会」(講談社)によれば、初代教会はユダヤキリスト教教徒と異邦人キリスト教徒から構成されていて、前者の代表がヤコブ・グループを中心とするエルサレム教会、後者がパウログループに導かれるアンティオケ教会であり、両者の相剋が新約聖書に反映されているとのことです。

聖書には多様性があって、そのせいでしょうか原典そのものに取り組もうとするプロテスタントは、その強調するところの違いによって種々の教派を生みました。素材を提供してあじつけと料理はそれぞれ聖霊に導かれて各自にまかされたようなものです。大変不謹慎な比喩ですが。

対してカトリックは権威ある聖職者によって統一見解がまとめられ、いわば料理を終えた段階で提供されると言ってよいでしょうか。

しかし、新約聖書は書簡(手紙)であり、記者たちが聖霊に導かれて、相手の立場に立ちつつユダヤ人にはユダヤ人のように、ギリシャ人にはギリシャ人のように書かれたものです。つまり学術論文ではないのです。ですから同じ出来事でもその表現や強弱が異なります。

そして、究極の目的は読者の霊的目を開き、活ける神との出会いと交わりに導くことにあります。

創造主の住まいは、もはや死も悲しみも無く、城壁の土台石はあらゆる宝石で飾られサファイヤやめのう、紫水晶が輝き、大通りはガラスのような純金だとヨハネ黙示録21章に描かれています。

クリスマスのイルミネーションは天の窓の輝きを反映しているのでしょうか。

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マリヤの讃美

2011-12-15 11:37:05 | 歴史

クリスマスの讃美歌と音楽の多さには圧倒されます。恐らくルカ福音書2章に記された天使たちの賛歌にその由来があるのかもしれません。

「天使論」はカール・バルトやビリー・グラハムそしてカトリックのトマス・アクィナスの「神学大全」にとりあげられています。聖霊による認識を強調するバルトは、自然的な理性認識の傾向をもつアクィナスの天使論を批判していますが。

聖霊による新生を強調するバプテストのビリー・グラハムの天使論は、当然ですが全く同じではないとしてもバルトに近いと思います。

天使は創造主なる神と被造物である人間の中間に存在する霊的被造物と考えられます。超越と自然の交叉するゾーンです。

マリヤが受胎告知を受けたのは天使ガブリエルからでした。天使の現われはその背後におられる神の接近を意味します。それは神を失った自然に、神が介入することを予告するものでした。通常、罪とサタンの支配されいる自然は、創造主とその御使いにたいして閉ざされています。ダニエルのもとに天使ガブリエルが接近できなかったのは、この闇の霊の妨害によるものでした。21日間の祈りによって天界が動き、天使ミカエルの共闘に依って天が開かれました。天もまた主の被造物ですが、彼らの存在と威力は私たちの想像をはるかに超えたものであることが聖書から教えられます。

マリヤが受けた告知は、彼女の知力と常識からあまりにかけ離れたものでした。創造主を失った世界に生きる者の考えとしては到底受け入れがたいことです。しかしここに創造主の直接的な介入の出来事が起こったのです。今日でも、霊的認識なしに、単に自然的理性と法則の範ちゅうの視点から読むとこれは神話としか言えないでしょう。

しかし私たちが罪を赦されて、自分自身の霊的胎のなかに創造霊を宿すと言うマリヤの体験に優る奇跡にあずかる時、驚きをもって人知を越えた神の愛を讃美するのです。

それは天使を越えた創造主のいのちを与えられることです。

旧約の予言者たちは天使を通して神と交わりました。いま私たちは内住の聖霊なる神によって直接に永遠の交わりに生かされています。

ですから御霊と共に祈り、語り、考えそして行動します。

一つの歴史的事象でも、生まれつきの自然の能力である、例えば脳神経のレベルで考えるか、超自然の霊的次元の中で把握するかで違った現実が映し出されます。

復活もまた、天に閉ざされた人々には荒唐無稽なものと映り、復活主との出会いを証言したパウロは

狂人扱いされたこともありました。

今は、至聖所が開かれ、創造主が私たちをその御許に招いておられます。その栄光の御座に父なる神と復活主がおられます。聖霊なる神が、私たちを引き上げてその交わりに入れてくださいます。天使もうらやむ恵みです。

 

 

 

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さやかに星はきらめき Oh Holy Night

2011-12-10 11:39:14 | music

http://www.metacafe.com/watch/2099572/oh_holy_night_full_version/

1.きよらに星すむこよい 神の子あもりましぬ けがれにそめるよびとに いのちをあたえんために

 のぞみのあしたを迎え 喜びの日を仰ぐ あゝ たれも聴け 御使いの歌声 空に響き渡るを

 キリスト生まれましぬ

2. 信仰の光をたどり われらも拝しまつらん くすしき星かげをふみて来たりし博士ならねど

 うまぶねにねむる御子は世の悩み負う主なり あゝ 主こそ 世の罪人の友なれ いざ来りて

 ゆだねよ なが重荷を

 

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自己絶対化からの解放・魂的自己から霊的自己へ

2011-12-09 10:44:24 | 福音

ペテロは主の一番弟子と自負していました。どんなことがあっても主に従うことが出来る自信があったのです。しかしいざ十字架を前にした主を見て、ローマ兵に問いただされて私はあんな人は知らないと言い放ちました。その後激しく泣きました。ペテロの自我が崩れ去った瞬間でした。

復活の主がペテロに語りかけられた言葉がヨハネ福音書に記されています。主は彼に「私を愛(アガペ)するか」と問います。ペテロは「主よ私があなたを愛(フィレオ)することは、あなたがご存知です。」と答えます。この問答が二度繰り返されて、三度目に主は「私を愛(フィレオ)するか。」と言い直されます。これはアラム語で語られたのを第4福音書記者がギリシャ語のニュアンスで記したのだと思います。

ペテロは、主を裏切る前は自分は絶対的愛(アガペ)で主を愛しますと言いましたが、実は自分にはそのような力は無かったということを知らされたのです。ですから相対的な人間愛的フィレオという言葉を福音書記者は用いたのではないでしょうか。

そして主は、その弱さと限界を理解されておられて、それをとがめようとなさらなかったのです。

主ご自身が、被造物となられた自分は、自らの力でなく「内に住まわれる御霊なる神の力に依存」しているのだと証言されました。ですから「私の荷は軽い」と言われました。パウロも「私は弱い時に強い」と語りました。

自我もまた被造物であり、それに依存することは、隠された偶像礼拝です。それは魂(プシュケ)の高ぶりであり誇りでありますから、重荷に耐えられなくなって挫折にいたります。

しかしここから霊的自己、すなわち創造霊に依存したアガペの世界が始まります。創造主のみが絶対的なお方だからです。

ペテロは聖霊と共に立ち直ります。主が御自身の犠牲の血潮をもって、もたらして下さった赦しと御霊の注ぎが彼を解放しました。

それは土の器と言う被造物としての自分をわきまえつつも、その中に創造霊という永遠の宝を宿した新たな自己の発見でもありました。

そこに死を乗り越える復活のいのち(ゾーエー)があり、無限の可能性を秘めた希望と愛をもたらす創造主の力がありました。

 

 

 

 

 

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創造主と天使権

2011-12-08 14:06:17 | 政治と信仰

カールバルトの神学はナチズムとの闘争の中で形成されたものといえるでしょう。

彼はそれを単に政治闘争ととらえたのでなく、聖書の視点から信仰的霊的レベルから考察しています。

その意味で私たちも太平洋戦争を彼に倣って総括する必要があると思います。

バルトは教会教義学の創造論の中で、かなり詳細に天使論を展開しています。山本和は著書「政治と宗教・カール・バルトはどう闘ったか」(教文館)において、バルトの言う天使権とは日本の天皇制国家にも関わるものだと述べています。

創造霊としての神と被造霊としての天使の違いについて聖書は明確に語ります。

福音と諸宗教あるいは信仰と政治についての理解はそれぞれの領域についての関係をしることによって明らかになると思います。

そこで旧約聖書と新約聖書の共通点と違いをみることも必要です。間接的な時代と直接的な時代、あるいは至聖所の外の次元と至聖所の中のレベルと時代と考えてよいでしょう。

同じ太陽の光を受けていても、雲によってさえぎられて間接的にその恩恵に浴すのか、晴れて雲間から直接にその光を受ける関係と言ってよいでしょうか、神は永遠で変わりないのですが、御自身を直接的に開示されている場合とそうでない場合があります。雲とは至聖所と聖所を隔てた幕のことです。

開場はされてもカーテンが閉じられているので、舞台と客席が一体になるのは開演以降のことです。

そこで前座ともいうべき重要な役割を演じるのは、旧約聖書に現われる天使達です。

神は天使を介して語り行動されます。しかし天使には被造霊としての限界があり、精神的に肉体的祝福にとどまります。神御自身が私たちの霊に触れ住まわれ、永遠の生命と救いをもたらされるのは十字架の贖いとともに神殿の幕が裂かれた後です。

諸宗教や政治の分野はこの天使的次元に関わっていることが分かります。

バルトがナチズムの背後に見たのは堕落した相対霊が絶対主のごとくに、御座の前に立ちふさがったことではないでしょうか。ですからそれは単に政治闘争にとどまらなかったのです。

父と子と聖霊としての神は、神の内部、そのファミリーの内側から認識されます。

ユダヤ教に代表される単一神はあくまでその外部からの間接的認識によるものです。まだ天使の下の次元にいますので天使自身が神にみえるのです。そこではこの世的な祝福はあっても永遠は確保されていません。

潜在的に旧約の影響を受けた日本文化の課題がここにあるのではないでしょうか。

宗教的単一神信仰、ユニテリアン的信仰、ニューエイジ(ダビンチコード)、進化論的思想、あるいは政治至上主義(創造主を拝する日でさえも、政治討論と称して第二次元のレベルの事に埋没する)

真珠湾攻撃は敢えて主に日に行われました。その結果がいかなるものであったか知らなければなりません。

全世界で用いられている復活主の年号の他に主権のないはずの君主の年号を用いる。これらは天主権の逸脱ではないでしょうか。

天使権は創造者の主権に従うことによって、その重要な役割を回復します。時間は永遠の中で本来の働きをします。

そして民主主義が衆愚政治に陥らないために、民が主なのでなく、民の中に生き働きたもう聖霊なる創造主こそが主であることをわきまえる時ではないでしょうか。

これこそが衆愚制に脱した古代ギリシャの人間主義にもとづくものでなく、ジュネーブでカルヴァンによってはじめられた聖霊による近代民主主義です。

そして宗教との対話や政治問題に限らず、あらゆる分野において主権者であられるかたの主権を回復してゆくことが創造主と天使たちに喜ばれる祝福の道を開くことになるでしょう。

 

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対決と対話

2011-12-07 12:13:57 | 福音

http://www.cismor.jp/jp/lectures/2003/documents/report031002a.pdf

日本でキリスト者として生きるときに、仏教や神道など他宗教とその慣習にたいしてどう関わるかが問われます。これは世界的にみるとユダヤ教イスラム教との関わり方にも通じるものです。

最近、日本の神道は、ユダヤ教、旧約聖書の影響を受けていることが言われ始めています。グローバル化とIT革命のおかげで古くからの国際交流の事実が明らかにされつつあるからでしょう。

フルベッキ写真について考えてみますと、さまざまな視点から研究されています。

中でも明治天皇すり替え説という仮説には鹿島史観、日本ユダヤ同祖論、ダビンチ・コードとフリーメイソンそして吉田松陰や伊藤博文、桂小五郎忍者説などの諸説がおりまぜられています。

鹿島史学を支持される松重氏意外にもはマルクス唯物論にも造詣が深い方です。原始キリスト教時代ユダヤ教はキリスト教を迫害する側でしたがヨーロッパが次々とキリスト教化されるとともにユダヤ人たちはその行き場を失っていきました。その反感のなかで反キリスト思想である唯物弁証論が生まれ、ロシア革命においてトロツキーたちユダ人のリーダーが開花させました。

サドカイ派に近いユダヤ教はもともと、「霊や天使、復活」を認めませんでした。ですから復活主を伝えるパウロの宣教の最も手ごわい相手はこの人々でした。

日本宣教の困難な理由の一つに、このような日本の宗教的底流があるのでしょうか。キリスト教とユダヤ教は対決しなければならないのか対話路線を歩むべきなのか、それは日本伝道にもリンクしているといえましょう。

幕末明治の宣教の初め、新派カルヴァン主義と旧派カルヴァン主義の二つの潮流があったことを「二つの福音は波濤を越えて」の中で著者棚村重明氏が指摘され、前者の対話型に対して後者の対決型の神学について触れています。

http://holyspirit.blog.ocn.ne.jp/mmm/2010/06/post_ee67.html

これは20世紀の代表的神学者、カールバルトとパウルティリッヒの論争にも引き継がれているといえるでしょう。

さらには自然神学をめぐるバルトとブルンナーの対決と対話人も通じるものかもしれません。

http://www.kwansei.ac.jp/s_sociology/kiyou/89/89-7.pdf

イスラムとの対話についてですが、マホメットの祈りの中に「神によみがえりますように」という言葉があるとしりました。

復活ということが単に肉体の再生でなく、創造主のもとに生きるという意味だとすれば、まさしく主イエスの復活を意味しており、それは聖霊の内住によってのみ可能であります。

幕末時代に戻りますが、1859年オランダ改革派から派遣されたR・S・ブラウンは新派カルヴァン派に近くフリーメイソンにも属していたといわれます。共に来日し長崎に着任したフルベッキはモラヴィアンの教育を受けブラウンとは友人でありながら信仰は旧派カルヴァン派に近く、真理のためには対決も辞さなかったといわれます。

オランダから1852年渡米したフルベッキは1855年ニューヨーク州オーバン神学校に入学した。オーバンはオンタリオ湖の南方50キロにあり、100キロ西にオンタリオの水がエリー湖に落ちるナイヤガラ大滝があります。

近くにはシラキュースの町もあり、1860年横浜に上陸したバプテストの宣教師ゴーブルはかつてシラキュースの雑貨店主に脅迫状を送って、強盗未遂罪でオーバン刑務所にⅠ846-1848年の2年間服役していました。

獄中から回心の体験を母教会に書き出所後バプテスマを受け、1851年ペリー艦隊海兵隊員となりました。

黒船で出会った仙太郎を連れて、ニューヨーク州のウェイン村に帰り、ともにハミルトンのマジソン大学に入学したのは、フルベッキがオーバン神学校に入った1855年、まったく同じ年です。

仙太郎は1858年3月主を信じてバプテスマを受けた。このニュースが同じニューヨーク州で改革派の神学校にいたフルベッキのもとに届いたかどうか記録はないようです。

主を神の御子と信じることが出来たのは聖霊の光に照らされたからでした。超越者でもある創造主がこの世に介入されることによる奇跡の出来事です。

カールバルトも旧カルヴァン派も、永遠の生命は自然の光ではなく、この創造主ご自身の超越の光によってもたらされたことを強調して、その意味では妥協を許さぬ対決的姿勢をとりました。創造霊である神と出会い交わるのは聖霊によって新生した霊によってのみ可能であることを確信していたからです。

しかし、地球の外からの太陽の光も、地球内部における光合成によって観察され探求されうるように、内側からあるいは下からの神学の可能性もありえます。

バルトとティリッヒの背後には「少なくとも約二千年に及ぶ長い、しかも相異なる神学史的伝統がひかえている」

と古屋安雄氏は「ティリッヒのキリスト教史的バルト解釈」(歴史の神学シンポジウム・山本和編)で述べています。

ティリッヒは「私自身は神秘主義者ではないが、それにもかかわらず経験の神学および内面性の神学を主張する人々の側に立っている。なぜなら私は、神の霊がわれわれのなかに生きていると信じるからである。聖霊の概念は、外から到来する神の言葉とわれわれ内奥において実現する宗教的経験とのあいだの最高の総合を含んでいる。」と語り、「自分とバルトとの対立、人間の内からの神学と、人間の外からの神学との相克は、聖霊の概念によって和解可能だ」と考えました。

他方バルトはこう語るようになりました。(「神学者カール・バルト」J・ファングマイアー

加藤常昭、蘇光正共訳(日本基督教団出版局)「シュライエルマッハーとわたし」(ページ135-138

 

「それは、第三項の神学、つまり、支配的に、決定的に、聖霊の神学なるものの可能性であったといえよう。第一項と第二項の理解するところに従い、父なる神と、子なる神とについて信じ、考え、語らなければならないすべてのことは、父と子との間の絆Vinclum pacis inter Patrem et Filium である聖霊なる神によって基礎づけられて、明らかにされ、光を受けなければならないだろう。

被造物に対する神のわざの全体、人間のための、人間の中での、人間と共になされる神のわざの全体は、聖霊の神学、いっさいの偶然性を排除する神学において明らかにされうるであろう。

私が本能的に、『教会教義学』の第四巻の一から三までで、少なくとも教会を、それから信仰と愛と希望を、明瞭に聖霊のしるしのもとにおいたのはよかった。

しかし、義認も聖化も召命も、この聖霊のもとに置かれうるし、そうしなければならなかったのではなかろうか。父なる神の固有のわざである創造については言うまでもない。

いっさいを支配するキリスト論が既に(聖霊によってみごもられ!)聖霊論から光を受けるべきではなかったか。

神-ご自身の民には、その契約の啓示によって知られ、またそのような方としてこの世の中に宣べ伝えられる神-は、その全面にわたって、霊であられるのではないか(ヨハネ4・24、第一コリント3・17)-すなわち、ご自身に固有の自由と力と智恵と愛によって、ご自身を現在化し、ご自身を適合させてくださる神であられるのではないか。

それは例えば、私の旧友フリッツ・リーブFritz Liebを、彼自身おぼろげにこれを暗示する以上ではなかったが、その最初から波乱の多かったその生涯の晩年の何十年かを、あれほど情熱的に駆り立てたものに似ているのではなかろうか。

そしてまたそれは、今日においては、パーデルボルンPaderbornの、希望に満ちた、若いカトリックの教義学者、ヘリバート・ミューレンHeribert Mühlenが目ざしているものではないか。

いずれにせよ、すべてを最もよく解釈すれば、一種の聖霊の神学というものがシュライエルマッハーの神学的行動の、彼自身意識するのは困難であったろうが、事実上彼を支配している正当な関心事であったという可能性を、私は予想したいのである。そしてただ単に彼の神学的行動というばかりでではない。彼に先行した敬虔主義者たち、合理主義者たち(!)、

 そして当然のこととして、18世紀の「低次の秩序のヘルンフート派」、さらにまた宗教改革者たちによってあれほど無理解で乱暴な扱いを受けた「熱狂主義者たち」、更に遡れば、中世紀のすべての聖霊に動かされ、あるいは深い感覚を持っていた人々、つまり、聖霊主義者と神秘主義者にとっても、このような推測は妥当するものと思いたい。本来、西および東のカトリック主義の中で教会について-そしてマリヤについて、われわれにとって快くない仕方で語られ、承認されているあの多くの事柄の中で、結局言おうとしていることは、聖霊の現実、その到来、その業であるということ、そしてこの点からして、これらのことが、積極的-批判的な光を受けるようになること、それはあり得ないことだろうか。

そうなれば、19世紀におけるシュライエルマッハーの悄然たる後継者たちや、我々の20世紀における実存主義神学者たちも(今日の悪いドイツ語の慣用で言えば-「いささかは」»in etwa«)同じことになるのではないか。そうなれば、すべての「教会と異端の歴史」が-しかし「非党派的に」ではなく、むしろ、聖霊によって集められた、唯一の、聖なる、公同の、使徒的なる教会の、いっさいを検証し、その最善のものを保持する「歴史」が、見い出され、理解され、書き記されることが可能になるであろう。・・

誰かが『同じことを、今や人間の側から』もう一度語ることが大切だなどと考えたりすれば、私のすばらしい夢がどんなに誤解されたことになるだろう!それではシュライエルマッハーが-彼の前の時代の人も、後の時代の人も及ばない輝かしい仕方で-『人間の側から』考え、語ったりしたことこそ、彼における最も深い問題だったということが、なかったようである。」

1968年9月バルトはファングマイヤーとの最後の対話において「神学の研究をなしうるとしたら、第一にローマ・カトリック主義、その次に東方教会、そして次にキリスト教以外の諸宗教である」と語り、しかしそれに付け加えて、通常これらのものに取り掛かるのとは全く別の方法でやる。」と言った。「つまり、普遍的なものが基礎にあって、その上に、おそらくイエス・キリストが最高峰としてそびえるというのではなく、イエス・キリストが根拠であり、この根拠に依って、諸宗教と、おそらくなお全く新しい対話が開かれうるであろう。」と。(81頁)

 

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高橋是清とフルベッキ

2011-12-05 17:53:00 | 国際・政治

http://2006530.blog69.fc2.com/blog-entry-495.html

4日NHKテレビは対照的な二つの番組を放送しました。司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」と「太平洋戦争の証言」です。前者に登場したのが高橋是清で日露戦争の戦費調達の外債募集で欧米を駆け回る姿が描かれていました。12歳で横浜で英語を学んだ是清は1867年(慶応3年)仙台藩の鈴木六之助とともに藩費留学生に選ばれ、勝海舟の息子小鹿と一緒に渡米。帰国後69年大学南校に入学。間もなくフルベッキが着任し、是清は森有礼の世話で校内のフルベッキ家の玄関番の書生になった。友人を引きいれて大騒ぎに興じる生活をフルベッキのコックが見かねて忠告したところ、そよに下宿することにした。フルベッキは叱りもせず、帰りたくなったらいつでも帰りなさいと言って、常用していた大きな革表紙のファミリー・バイブル(家庭用聖書)をプレゼントし「どんな時でも一日一回は見るようにとさとした。

下宿後も放蕩は続いたが72年反省し、大蔵省駅逓寮の前島密のもとで郵便制度創設の仕事に従事。その後またもフルベッキの屋敷に同居して家族と食事を共にしていた。グリフィスとも親しかった。それから日本銀行で働き大正・昭和には大蔵大臣を何度も務めた。1921年暗殺された原敬の後を受けて政友会総裁で総理大臣となる。そして岡田内閣大蔵大臣として1936年(昭和11)2月16日、反乱軍の銃弾によって81歳で倒れた。遺体のそばの机にはフルベッキからもらった聖書があった。敬虔なキリスト者として天に召されたのである。

この2・26事件を機に日本は皇道派の思想に傾斜し、翌年盧溝橋事件を起こし日中戦争への道をたどります。

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いのちの質的変換:被造物のいのちから創造主の永遠のいのちへ

2011-12-03 15:04:34 | ゴスペル

日本語や英語でいのちという言葉を語る時、限界を覚えます。

ギリシャ語で書かれた原語では、生物的いのちはビオスであり

人間の精神的いのちはプシュケで両者とも、永遠のいのち(ゾーエー)

と区別して用いられています。

ヨハネ12:25「この世で自分のいのち(プシュケ)を愛する者はそれを失い

、この世でそのいのち(プシュケ)を憎む者はそれを保って永遠のいのち

(ゾーエー)にいたるのです。」とあります。

プシュケは魂という意味もあり、プニューマ(霊)とも区別されます。

へブル書4:12「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも

鋭く、たましい(プシュケ-ス)と霊(プニュ-マトス)、関節と骨髄の分かれ目

さえも刺しとおし、心のいろいろなはかりごとを判別することができます。」

私たちは生物的精神的には生きていても、霊的には死んでいました。

エペソ2:1にあるように死の霊サタンが支配していたからです。

そこでは精神的働き、宗教や思想の背後にある霊の働きを識別すること

が出来ません。

しかし御子が来られたのは永遠のいのちを与えてくださるためでした。

ヨハネ福音書3:16「神は、実にそのひとり子をお与えになったほどに

世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、

永遠のいのち(ゾーエー)を持つためである。」

主イエスを信じて頼ると罪が取り除かれ、同時にサタンの支配から解放され

聖霊なる神を持つ者(ユダ19節)に永遠の質的変換を体験します。

新生(神生)するのです。

これは被造物の内部では起こり得ないことですが、創造主が人となって

この世に来られたことによってなされたことです。

クリスマスはユダヤのベツレヘム村で起こった小さな出来事でありましたが

この地球や宇宙の歴史を越えた驚くべき意味が秘められていました。

その恵みは全世界をおおっています。

 

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祝福の原則

2011-12-02 21:08:53 | 創世

幸福と勝利の方程式があるとすれば、旧約聖書申命記28章に見出すことができます。創造主が自然界を整然とした法則のもとに保たれているように、人間の幸いは神との契約に従うか否かにかかっているのだと記されているからです。

アメリカでは建国以来ピューリタンの精神に基づいて、公立学校でも祈りと十戒が教えられていたそうですが、カトリックのケネディ大統領時代にこれらが廃止され、以来道徳面での衰退と社会問題が多発するようになったといわれます。

主は律法の一点一画もおろそかにしてはいけないと語られました。歴史にもひとつの法則があってそれを尊重するか軽視するかによって、自分と国家の将来が決まると言ってよいでしょう。

そこで神学者も哲学者も、過去の史実に照らしつつ歴史を解釈し、法則を見出して将来を予測したり、民の幸いのためその史観を伝えようとします。

現代日本の困難を克服しようとして、最近幕末維新の時代が注目されています。日本史を客観的かつマクロ的視点からふりかえるとき、この時代が大きなターニングポイントであったことが改めて見直されているからでしょう。

カルヴィン・パーカー氏は「仙太郎」の中で「彼が難破する前の二千年の歴史においてほとんど変わることのなかった生口島が、以来、信じられないほどの変化を遂げた。」と開国以降の日本に言及しています。

文化の日のNHKテレビで評論家の森永氏が佐賀の中学生に特別講義をされている番組を見ました。

第10代藩主鍋島 直正(なべしま なおまさ)の財政改革や長崎に教育施設を作って西洋の学問と技術を取り入れ、新日本の先がけになったことを教えておられました。

私は大隈重信のことや佐賀藩の藩校「致遠館」のこと、そしてフルベッキ宣教師の事を想起しました。

ほんとうの新しさと何なのかということも改めて考えさせられました。

創造主と結ばれて、いつも新鮮に造りかえられてゆくところに祝福への道のりがあるのではないでしょうか。

大阪では橋下氏率いる維新の会が旗をあげました。単なる王政復古としての維新ではほんとうの改革は難しいと思います。システムを変更するだけで、人間自体が変わらなければ、創造的な社会は生まれないからです。皇国史観に基づいた国体主義が招いた悲惨を学ばなければならないでしょう。

だからと言って唯物史観にも賛同できません。富は分配するだけでなく創造されるべきものです。かつての北朝鮮は東洋のエルサレムといわれるほど豊かでありました。創造主を軽んじる国家は非創造的な社会を産むだけです。

無から有を創造されるお方を心にお迎えするところに真の幸福が約束されています。

 

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神の主権

2011-12-01 22:38:30 | 福音

神に結ばれた生活は、神からの養分で成長し実を結びます。

ラテン語で宗教とは結ぶという意味なそうです。主がこの世に来て下さったのは

神のもとから脱落した人類をもう一度、神に結んで永遠のいのちを得させるためでした。

主を信じて頼ると、聖霊が私たちの内に住まわれて、事実上私たちは神と一体にされ

永遠のいのちを活きる者とされます。

ヘロデ王は救い主の誕生を恐れ、その恐怖心が幼児虐殺となって現われました。

私たちの自我は小ヘロデのようなもので、自分の主権を奪われることを恐れます。

これがいのちの交わりを隔てるのではないでしょうか。

主権は創造主にあります。ですから主を心に迎えて、明け渡す時に平安と喜びを

体験できます。

神は私たちのいのちの根源ですから、神にゆだねてゆくときに神のいのちの川が

流れます。

私たちは多くの依存物、そして頼る者をもっています。そして自我はそれに安住します。

ですが神は永遠の祝福を体験させるため、一時的にそれらのものを取り去り

自我を砕かれます。

より深く創造主に頼り、より親しく交わる時をもたれるためです。

創造主の働きを体験するのはその時です。

自然的生命の力を越えた創造主の超自然の復活の活動を見るからです。

 

 

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