河野美砂子の「モーツァルト練習日記」+短歌+京都の日々の暮らし

7/27(土)13時30分 NHK文化センター京都 ショパン「マズルカ」Op.59全曲、「バラード第3番」等

4月になったら

2007-03-30 23:51:27 | ショスタコヴィッチ
4月になったら練習はじめます。

で、明日はその前の宴会。
ある若者の就職祝い+アメリカ移住の友人のいってらっしゃい会、とでもいうような飲み会です。
十二坊や船岡山の桜にはちょっと早いのが残念ですが。

一応1人一皿持ち寄りの pot-luck party なので気が楽ですが、でも、食べ物足りんかったらどうしよう、と思って、リカマンとイズミヤで物凄い買物してしまった。

さきほど、CDを整理するのに、こないだ本番で弾いたショスタコヴィッチの「チェロとピアノのためのソナタ」を聴きました。
ショスタコさんとシャフランの古い録音と、それより新しい録音と。

新しいといっても1950年代ですが、なんか二人ともすごい名演です。

先日も書きました(テンポのメトロノーム記号が、作曲者自身によって変えられた)が、古い方と、ほんとにテンポがずいぶん違うのでびっくり。

シャフランのチェロって、あんまり良さわからない時も多かったけど、こういう曲に、あの音色(特徴あるビブラート)がぴったりなのですね。
ロシアのホテルで出てきた、上から1センチくらい油が浮いてるあのボルシチを思い出します。

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テンポ感が変わること

2007-03-24 02:50:43 | ショスタコヴィッチ
3月15日の日記に書いたこと。

ショスタコヴィッチの「チェロとピアノのためのソナタ」、自筆譜のテンポと、37年後に作曲者自身によって改定されたテンポが大幅に違う(速くなっている)ことに関して。

これ、わかるような気がするのです。

私自身、昔に弾いていた曲を、今もう一度弾いてみると、たいていテンポは速めになるのです。

なぜかというと、もちろん、指が早く動くようになった、というようなアホなお話ではありません。

昔より今の方が、ずっと見通しがきく、ということです。
最初の一音を弾く時に、最後の一音までよく見渡せる。
別の言い方すれば、音楽を大きく捉えることができるようになった。

昔は、1小節1小節一生懸命弾いてました。
今は、4小節ひとまとめ、みたいに感じられる。
あるいは8小節がひとつ。

初心者ドライバーは、ハンドルにしがみついて、目前に現れたモノにいちいちびっくりしてハンドルを切ったりします。

対してヴェテランドライバーは、たとえばS字カーブのとき、道が右にカーブしている時、ハンドルは、もう次のカーブに対応して左に切っているんですね。
視野が広くて遠い。
もちろん、目前もよく見える。
だから何があっても対応できる。

1曲弾く、ということは、ある道筋をドライブすることに喩えられるかも。

ショスタコさんは優秀なピアニストだったから、弾けば弾くほど、音楽を大きく捉えることができるようになった。
だから、若い頃書いた自分の音楽も、テンポを速めに弾きたくなったのでは?

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ショスタコ・テンポ感など

2007-03-14 23:57:04 | ショスタコヴィッチ
明日本番の、ショスタコヴィッチ・チェロとピアノのためのソナタ。

この曲は、1934年作曲、1935年出版、1960年に、速度表示、メトロノーム記号などが作曲家自身によって改定され、1971年に再び改定されている。

第1楽章 自筆楽譜  Moderato、四分音符=116   
 同 改定(71年)版  Allegro non troppo、四分音符=138

第2楽章 自筆楽譜  Moderato con moto、四分音符=152
 同 改定(71年)版 Allegro、四分音符=176

第3楽章 自筆楽譜  Largo、四分音符=69
 同 改定(71年)版 Largo、四分音符=60

第4楽章 自筆楽譜 Allegretto、四分音符=152
 同 改定(71年)版 Allegro、四分音符=176

以上を見ると、ものすごいテンポ感の違いに驚く。
他の作曲家で、後年、どの楽章もこのようにテンポ感が変わる、という例をあんまり知らないので。

これをどのように考えたらいいのか、今のところよくわかりません。

ただ、先日の日記で少し書いたこと(フーガ)の続きを、この2、3日の練習で感じています。

フィナーレ。
有名なテーマをまずピアノが弾いて、その後、いろんな展開があり、最後には、ものすごいテンポ(176!!)で16分音符を弾きまくるピアノ、続いてチェロ。
で、突然その16分音符が止み、また最初のテーマがチェロに戻ってくるところ。

ここ、16分音符やってた時のテンポと、テーマに戻った時のテンポが一致しないことが多いのですが(ホント弾くのタイヘンですから)、ここを、何食わぬ顔して、おんなじテンポに持って来られたとき、なんと言うか、この曲のシニカルな性格というようなものがはっきり出ると思うのです。

フーガ、とこの前書きましたが、ここでまたフーガを思い出しました。

フーガというのは、「最初のテーマが、曲の一番最後の部分で、まったく同じ調、同じ高さで回帰したときに感動する。つまり、そのテーマが長い旅をした結果、音=素材としては同じテーマなのに、まったく最初と最後では違ったものに感じられるところがスゴイ。」のです。

が、このショスタコのフィナーレのテーマは、最後に回帰したとき、何食わぬ顔で(ホントは超タイヘンだったのですが)、全く最初とおんなじように弾く、というところに、なんというか、この曲の性格があるような気がするのです。

これは想像ですが、ショスタコさんは、バッハのフーガの偉大さを本当に良く知っていたから、それを逆手に取った、のではないでしょうか?

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ショスタコさん、やっぱり!

2007-03-09 00:00:44 | ショスタコヴィッチ
チェロとピアノのためのソナタ。

今日さらいつつ、ナニゲに読んだショスタコのチェロソナタ「創作報告」にびっくり。
この曲は、わずか一ヶ月で書き上げられたそうですが、その時の状況は以下のとおり。

「いくつかの仕事がやりかけになっている。交響曲4番第1楽章の断片、新しいバレエ…、ピアノのためのいくつかのフーガ…」

フーガ……!!

やっぱり。

3月4日に書いた日記「ショスタコ・練習メモ」に書いたばかりです。
http://blog.goo.ne.jp/misakn95/1

このソナタ、念のため書いておきますが、決してフーガっぽくありません。
まったくフーガのようにはできてない。

けど、ショスタコさんは、フーガのあらゆる可能性を知っていて(何しろショパンコンクール受けるくらいの腕前のピアニストですから)、フーガとは別のやり方で、でもフーガみたいな可能性をさがしていたんでは?


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「関係ないですが」続き ショスタコ・練習メモ

2007-03-04 00:06:27 | ショスタコヴィッチ

チェロとピアノのためのソナタ、昨日の続き。

ショスタコの曲を練習していて気づいたこと。

ある声部(たとえばテノール=チェロ)が一音を伸ばしていて、あとの声部(ソプラノ=ピアノの右手と、バス=ピアノの左手)が動いている時、最初はすっごいヘンな音程(ぶつかりまくる音)の連続 → それが、何拍かあとに、突然きれいになる。

その伸ばしているチェロの音は、最初から最後まで(たとえば8拍の間)、全くおんなじ高さの音なのに、他の声部(ピアノの2声)の音によって、不協和の緊張ある音にもなるし、調和した美しい音にもなる。

たとえば、黄色という色は、バックが白だと、ほとんどインパクトない色だけど、バックが紺や黒だと、強烈な色になる、みたいな。

これって、どこかで知ってるよねー。

そう、バッハのフーガ。

フーガのテーマって、最初から最後まで、調性はいろいろ変わるけど、テーマのメロディはまったく同じ。

でも、他声部の動きによって、異なったハーモニーに彩られ、おんなじテーマなのに、ずいぶん違って感じられる。

プラス

おんなじテーマしか使ってないのに、その周りの音によって曲がすごい変化する! 

で、最後に、冒頭のテーマとまったく同じ調性、同じ音高のテーマが出てきたときの驚きと感動。

つまり、この一定の時間を旅してきたテーマが、最後に、冒頭と全く同じものに回帰したとき、全く違ったものに感じられることの不思議さと素晴らしさ。

ショスタコのこのソナタの場合、バッハのフーガほど精緻にできているかどうかはまだわかりませんが。

そういえば、ショスタコって、24曲の前奏曲とフーガ(ピアノ曲)とか書いてましたね。
もちろん、バッハの平均律クラヴィア曲集を意識して。

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モーツァルトに関係ないですが。ショスタコヴィッチ

2007-03-02 22:38:51 | ショスタコヴィッチ
チェロとピアノのためのソナタ。

まだ1度もチェロとは合わせてないのですが、個人練習として、チェロパートを声出して歌いながらピアノパートを弾く、というのやってます(チェロって、ヘ音記号かハ音記号で書いてある。+なのにピアノパートより上の段に書いてある。→けっこう複雑な脳の運動やってます)。

だんだんわかってきたけど、この曲って、要するに、いろんな調が、なんの脈絡もなく(古典やロマン派の音楽から見ると)隣り合う、あるいは重なり合うことでできてるのね。

たとえば、3拍目までニ長調(♯2個)で、4拍目に突然変イ長調(♭4個)に転調する(!!)とか。

で、チェロパートとピアノパートの音程の関係は、ほとんどの場合、めっちゃぶつかったり、超ヘンな幅(増音程とか)だったり。

とても歌いにくかったのですが、なんと、慣れてくると、そのヘンなのがだんだん快感になってくるから始末が悪い(?)。

何調であるかちゃんとわかってたら、けっこうこの音程はぱかぱか取れるのです。

この有名なソナタ、幸か不幸か私は今まで楽譜を見たことがなく(不勉強!)、耳だけで本当にたくさんの演奏を聞いてきましたが、たいていの演奏って、よくわからんかった。

でも、昨日、たまたまショスタコ自身のピアノとシャフラン・チェロのCDを聞いて、ものすごく「よくわかる」のに驚きました。

たぶん、ショスタコさん自身が相当な腕前のピアニストだったこともあり、それから、調や音程のぶつかり合いのことがよくよくわかって弾いたはるから、私が聞いて、「よくわかる」と思ったのでしょう。

ショスタコさんって、本当にピアノうまい。
バルトークとか、ブリテンとか、ああいううまさ。

ショスタコさんの弾いてる楽器の音を聞いて、京都芸術センターのペトロフを思い出しました。
わたし、いつのまにか、現代スタインウェイのフルコンサートグランドピアノの音色より、このような音が好きになってきました。

なんででしょうね?



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再び・モーツァルトに関係ないですが

2007-02-27 22:39:37 | ショスタコヴィッチ
3月15日の本番のため、ショスタコヴィッチの「チェロとピアノのためのソナタ」を練習中。

こんなにポピュラーなソナタなのに、なんと、私が本番で弾くのははじめて。
なんででしょうねぇ。

チェリストの所為にするのはなんですが、うちのチェリストがショスタコヴィッチの「音楽」をどこかで敬遠していたのは事実です。

ピアノトリオなどは、頼まれた演奏会で何度も弾きましたが。

ショスタコヴィッチって、やっぱり一筋縄じゃいかない、他の作曲家とは同列に考えられない面(彼の生きていた時代のソ連)が確かにありますね。


今は、チェロパートをひたすら声に出して歌いながらピアノ弾いてます。
むっちゃ取りにくい音程デス。



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