令和3年9月8日(水)
あかあかと
日は難面も
秋の風
太陽は夏同様に赤々と照りつけても、風は確かに秋らしさを感じさせる、
太陽は夏同様に赤々と照りつけても、風は確かに秋らしさを感じさせる、
の意。
元禄三年(1689)の作。
途中吟・・・旅の途上の吟。
「あかあかと」・・・「明々と」説と「赤々と」説がある。
「難(つれ)面(なく)も」・・・①薄情にも② 変わりなくも、の二説がある。
真蹟類では、山椒の厳しさを強調した前文が多く、その場合の「難面も」は、①。
一方、「秋立けしき」の吟とした真蹟懐紙写では、②となり、芭蕉自身この句を様々に扱ったことが知られる。
金沢以前に得た想をまとめ、7月17日の句会で披露したと見られる。
紀行では、全く別の役割が付与され、小松へ至る道中吟として機能する。
自筆本では、「いまだ残暑はなはだなりしに、たびのこゝろを・・・」とて文章のあった上に現行の三行(776の前書き:句と「戸中吟」)が貼紙訂正され、秋風を背景に衝撃→再起→出発→到着の過程が四句一連で表現されている。
◎ これも太陽と月の二点セットである。
「あかかと」でA音の勢いが付き、残暑の日光の力を感じさせられる。一転、秋の冷風で慰められ、そこにもA音が用いられていて、自然の力と慰めが見事に表現されている。
詩人が「母音の説」であげた右の三句は『おくのほそ道』にあり、その近所には、A音九つの「あらたうと 青葉若葉の 日の光」や
元禄三年(1689)の作。
途中吟・・・旅の途上の吟。
「あかあかと」・・・「明々と」説と「赤々と」説がある。
「難(つれ)面(なく)も」・・・①薄情にも② 変わりなくも、の二説がある。
真蹟類では、山椒の厳しさを強調した前文が多く、その場合の「難面も」は、①。
一方、「秋立けしき」の吟とした真蹟懐紙写では、②となり、芭蕉自身この句を様々に扱ったことが知られる。
金沢以前に得た想をまとめ、7月17日の句会で披露したと見られる。
紀行では、全く別の役割が付与され、小松へ至る道中吟として機能する。
自筆本では、「いまだ残暑はなはだなりしに、たびのこゝろを・・・」とて文章のあった上に現行の三行(776の前書き:句と「戸中吟」)が貼紙訂正され、秋風を背景に衝撃→再起→出発→到着の過程が四句一連で表現されている。
◎ これも太陽と月の二点セットである。
「あかかと」でA音の勢いが付き、残暑の日光の力を感じさせられる。一転、秋の冷風で慰められ、そこにもA音が用いられていて、自然の力と慰めが見事に表現されている。
詩人が「母音の説」であげた右の三句は『おくのほそ道』にあり、その近所には、A音九つの「あらたうと 青葉若葉の 日の光」や
七つの「塚もうごけ 我泣声は 秋の風」がある。
前者は、「第一部9青葉若葉」で、
前者は、「第一部9青葉若葉」で、
後者は「第三部人生行路と俳文」の文章で金沢の願念寺で新作が披露される。