貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

出羽三山 先ずは、月山登山

2017-03-31 08:43:50 | 日記
出羽三山 <27.8.7>その1

道の駅「にしかわ」を出て、湯殿山神社に

照準を合わせると、高速へ誘導。

 出れば又、同じ道の駅となる。

 致し方なく、月山神社を目的地と定める。

月山・弥陀が原駐車場に、7時過ぎ到着。

 登山準備をして、集団登山の方々とは

ちょっと距離を置き、出発。

 10分ほど登ったら、登山靴の左側の底が

はがれる寸前。「ああ、こりゃ、無理だ。」と、

車へ戻る。

 右もはずれそう。ウォーキングシューズに

履き替え、再出発。


「四日、本坊にをゐて誹諧興行。

 有難や雪をかほらす南谷

 五日、権現に詣。当山開闢能除大師は

いづれの代の人と云事をしらず。

 延喜式に「羽州里山の神社」と有。

 書写、「黒」の字を「里山」となせるにや。

「羽州黒山」を中略して「羽黒山」と云にや。

「出羽」といへるは、「鳥の毛羽を此国の貢

に献る」と風土記に侍とやらん

 月山・湯殿を合て三山とす

 当寺武江東叡に属して天台止観の月明らかに、

円頓融通の法の灯かゝげそひて、僧坊棟をなら

べ、修験行法を励し、霊山霊地の験効人貴且

恐る。繁栄長にして、めで度御山と謂つべし。

 八日、月山にのぼる

 木綿しめ身に引かけ、宝冠に頭を包、

強力と云ものに道びかれて雲霧山気の中に氷雪

を踏てのぼる事八里、更に日月行道の雲関に入

かとあやしまれ、息絶身こゞえて頂上に至れば、

日没て月顕る

 笹を鋪、篠を枕として、臥て明るを待。

 日出て雲消れば湯殿に下る 谷の傍に鍛治小屋

と云有。此国の鍛治、霊水を撰て爰に潔斎して

劔を打、終月山と銘を切て世に賞せらる。

 彼龍泉に剣を淬とかや。干将・莫耶のむかしを

したふ。道に堪能の執あさからぬ事しられたり。

 岩に腰かけてしばしやすらふほど、三尺ばかり

なる桜のつぼみ半ばひらけるあり。

ふり積雪の下に埋て、春を忘れぬ遅ざくらの花

の心わりなし。

 炎天の梅花爰にかほるがごとし。

 行尊僧正の哥の哀も爰に思ひ出て、猶まさりて

覚ゆ。惣而此山中の微細、行者の法式として他言

する事を禁ず。仍て筆をとゞめて記さず

 坊に帰れば、阿闍利の需に依て、三山順礼の

句々短冊に書。

 涼しさやほの三か月の羽黒山

 雲の峯幾つ崩て月の山   [資料]

 語られぬ湯殿にぬらす袂かな

月山等説明板



もう少し登った所で、登山靴の底が剥がれる。四十代からだから・・・。



リフトのあるお店で。



夏のリフトは花など楽しめる



根雪があるぞ!



そう言えば定年退職後、三頭山、富士山宝永火山以来かな?登山も。

しばらく草花と空と風を石や岩を楽しんで・・・・。



月山登山道解説





いろいろな花が静寂を競い合って・・・・。









黒滝山向川寺

2017-03-30 13:36:35 | 日記
黒滝山向川寺


 大石田より川を最上川を下ったよう。

 芭蕉は、上手に舟を活用する。

 初めの句は、

 さみだれを集めて涼し最上川

 推敲後、

  五月雨を集めて早し最上川

となる。

向川寺駐車場



向川寺石柱



大銀杏





山門かな?



本堂



句碑かな?



歌碑かな?




山寺芭蕉記念館

2017-03-29 15:25:04 | 日記
山寺芭蕉記念館

<27.8.6> 10:05~13:20

山寺の向かい側に山寺を一望できる

芭蕉記念館があった。

芭蕉記念館



「芭蕉 異聞の世界」という展示があったが、ちょっと理解できなかった。



 道の駅 「 寒河江 」(さがえ)で、

夕食をとる。味噌カツ丼900円。

その後、道の駅「にしかわ」まで、

足を伸ばし宿泊。

山寺=立石寺 その3

2017-03-26 09:02:04 | 日記
山寺=立石寺 その3

<27.8.6> 10:05~13:20

芭蕉句碑

 「閑かさや 巌にしみ入 蝉の声」



弥陀洞 



上に見えるは、釈迦堂か。



奥の院と大仏殿  人の知恵と熱意と技術等々にも感謝!!





奥の院



大仏殿



夏の花真っ盛り





下界の景色も楽しみの一つ





下山は、一歩に細心の注意を払いながら・・・楽しんで・・・



五大堂



せみ塚もゆったりと!




山寺=立石寺 その2

2017-03-25 14:44:07 | 日記
山寺=立石寺 その2

<27.8.6> 10:05~13:20

 山寺の別称をもつ立石寺(りっしゃくじ)は、

正式には宝珠山阿所川院立石寺といい、

山形市の東北部に位置している。

 第56代清和天皇の勅願によって慈覚大師

円仁が開山し、その年代について「円仁置文」、

「円仁注進状」は貞観2年(860年)と伝えて

いる。

立石寺は、開山後すぐに三百八十町の寺領を

免租地として下賜され、

慶長・元和(1596~1624)期は二千四百二十石

の寺領に及ぶなど朝廷の手厚い保護を受けて

長期の歴史を刻み、徳川三代将軍家光の代に

千四百二十石の御朱印地となった。

宝珠橋の手前の駐車場に車を止め、

立石寺に向かう。

大銀杏の手前の休憩所(茶屋)で一休み。

吹き抜ける風は心地よい。眼前に芭蕉の句碑と

手水盤あり。

 根本中堂の(国宝)に向かって左側に、

  「閑かさや 巌にしみ入 蝉の声」

と記した句碑がある。

笠岩から蝉塚を通り、仁王門を通る。

 三重塔も上がり、奥の院の如法堂で、

御朱印をいただく。

 そして、ゆっくり下山へ。

 仁王門を過ぎたところで英国の留学生に会う。

これから出羽三山へ行くという。

 夏休みの良き旅をしている。

 直後、静岡大の女学生に会い、留学のアメリカ

女性と実家に帰り、山寺を案内しているという。

はきはきとした美人で、そつのない対応に吃驚。

 山形女性の心地よさに酔いしれることもできた。

宝 珠橋たもとの遠藤茶屋で、かき氷とうどんを

ご馳走になる。

 汗かいた後なので、かき氷の味がひとしおで

あった。

 五大堂展望台からの眺めは、やはり素晴しかった。

山寺守護神 日枝神社 たくさんの人が参詣



ご神木 大銀杏



ご神木の日陰でお茶一杯



ご神木の傍に句碑 高浜虚子の句など 説明は横倒し



芭蕉句碑と清和天皇御寳塔



立石寺本堂



山寺登口