貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

名古屋市: 真福寺(大須観音)ご利益無量!

2023-10-30 09:36:26 | 日記
令和5年10月30日(月)
名古屋市: 真福寺(大須観音)        
 開山は能信(のうしん)上人。
<仁王門>

 元弘3年(1333)、
後醍醐天が能信上人を
長岡荘大須郷に9年前に造営し
た北野天満宮の別当職に補し、
「北野山真福寺寶生院」
という寺号を与える。
<仁王阿吽像>

 能信上人は当寺の開創にあたり、
伊勢大神宮に百ヶ日間籠もり、
「この世の人々を救い、
 お恵みを戴くには、
 どなたを祀ればよいか、」
と一心不乱に祈る。 
 上人の誠は神に通じ、
「大慈大悲の観世音こそは
利益無量・・・。」
というお告げ。
 観世音菩薩をご本尊とすることに。
 後村上天皇の時、
「勅願寺」として詔を賜り、
戦国時代を経て、
信長、家康も大事にし、
家康が名古屋を建設造営するに
あたり、慶長17年、
先ず初めに当寺を現地に移したという。
 果たせるかな霊験、
日に日に新、
善男善女の参詣きびすを接し、
市の一大中心として繁栄。
<本殿>

 「大須観音」と俗称される。 
 真言宗智山派別格本山として、
今日に至っている。
 いざ、芭蕉句碑へ!


~つづく。


名古屋市東輪寺その2其角の句碑他2句碑あり!

2023-10-29 10:19:14 | 日記
令和5年10月29日(日)
名古屋市東輪寺その2

 黄檗宗とは
中国に於ける臨済宗系の禅宗。
 日本では黄檗宗と名乗り、
日本三禅宗の一つ。 
 中国明代末の禅僧 
隠元禅師(1592-1673)が江戸時代
初期(1654年)に来日。
 徳川四代将軍家綱公より
京都府宇治市に寺領を賜り
「黄檗山萬福寺」を創建・開宗。
 「唯心の浄土・己身の弥陀」
を体得。
 我々が本来備えている仏心を
座禅することにより発見し、
仏と一体となる。
 つまり、心を浄土とし(唯心の浄土)
我が身を弥陀とする(己身の弥陀)
ことが大切だと説く。
 他に、
四つの句碑があるが、
「朝顔の・・・・・」の句は、
俳人其考の句。
<其考の句碑>

 調べたが、
「俳諧岩見潟」を編纂した人
ということしか分からず。
 もうひとつは、秋麻呂の句碑。
<秋麻呂の句碑>

「紫陽花や 
   今日は昨日の
       我ならじ」

 飛鳥から奈良時代にかけての
貴族、阿倍秋麻呂が作者なのだろうか。
 句は、ちょっと現代的?
<作者不詳の句碑2基>






名古屋市: 東 輪 寺 その1 粟稗、草の庵でも貧しくはなし!

2023-10-28 10:20:42 | 日記
令和5年10月28日(土)
名古屋市: 東 輪 寺  
<山門>
     
 東輪寺は延宝2年(1674)、
尾張二代藩主徳川光友公に
よって創建された黄檗 (禅宗)
大本山萬福寺の直末寺院。
 開山は、宗祖隠元禅師の高弟で、
木庵禅師とならび
黄檗の二甘露門と称された高僧・
即非禅師。
 初代住職には、
後に大本山萬福寺第六代の法席
を継ぐ千呆禅師が就任。
 一時、曹洞宗に転派。
 千呆禅師の弟子・天祐禅師に
よって再建。
 第四代蘆江禅師の頃には
唐風の七堂伽藍が整い、
宝永6年(1709)、尾張藩より
年禮御目見得を許され、
領内寺院の触頭に任ぜられる。
 その後は、
尾張の黄檗禅の中心となるが、
濃尾地震や戦災にも合い、
戦後50年を経て、
本堂が再建される経緯。
<本殿>
<芭蕉句碑など句碑>
<芭蕉句碑>

 芭蕉句碑の句は、
「粟稗に 
  貧しくもあらす         
     艸の庵」
~つづく。

名古屋市: 白 毫 寺芭蕉句「はる風や・・・」と愛知県の語源!

2023-10-27 10:08:07 | 日記
令和5年10月27日(金)
名古屋市: 白 毫 寺       
<山門>
         
 白(びやく)毫(ごう)寺は
元亀2年(1571)の創建。
<本殿>

 昔、このあたりは、
「あゆち潟」、
知多の浦を望む勝景の地。
 万葉歌人などが歌に詠んだ処。
「年魚市潟」展望地として、
昭和48年(1973)
名古屋市の名勝に指定される。
 「あゆち」は「あいち」に転じ、
県名の語源となる。
 また、源頼朝が京都へ上る途中、
ここで休んだので、「棧敷山」
ともいわれている。
 蝉時雨の喧噪とした中、
芭蕉句碑と対面。
<芭蕉句碑>

 芭蕉の句は、
「はる風や           
   戸部山崎の           
    やねの苔」 。
 次の説明板は、
「年魚(あゆ)市(ち)潟(がた)勝景跡」
の説明。  
 「愛知県」の「あいち」の語源
との説明。
<説明板>

 「年魚」は「鮎」のこと。
 「香魚」も「鮎」の別称。
 川魚では、ほんと、鮎は絶品。
 「年魚市」が
愛知県の語源とは吃驚!
 県名の語源調べも面白そう。


名古屋市笠覆寺その2宮本武蔵墓宮本武蔵墓碑!

2023-10-26 09:59:34 | 日記
令和5年10月26日(木)
名古屋市笠覆寺その2
   千鳥塚と宮本武蔵の墓が
本堂右にある。
<千鳥塚:芭蕉句碑>

「星崎の 
  闇を見れやと 
     啼く千鳥」
 側面、背面にも刻印がある。
<側面>
<背面>

「此寺の縁起人をかたるを聞侍りて」  
と前書きし、
「笠寺や 
  もらぬ岩屋も 
      春の雨」   
の句碑は、今は?
 宮本武蔵の墓は、
千鳥塚の隣にある。
<宮本武蔵の墓>

 宮本武蔵は、
当時尾張藩に3年ほど滞在。
 尾張藩に士官の道を模索していた
という。
 縁あって、
この笠覆寺にお墓が祀られる。

 青梅在住者だった
吉川英治の『宮本武蔵』。
 出張時にタワーから眺めた
巌流島がすこぶる印象的!
 前日の、
雨露に晒されている観音像を
笠で覆った玉照姫を見初め、
妻とした藤原兼平との話。
 縁結びの観音堂として、
人々に親しまれる。
 縁も深し!
 多宝塔も美しい!
<多宝塔>