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三崎亜記『30センチの冒険』その2

2020-02-28 06:15:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。

 カーテンから漏れる光が、朝の訪れを告げる。(中略)
 向かいには、十階建てほどの集合住宅が建っている。(中略)だけどぼくには、その背後にある、おそらくずっと階数が少ないはずの建物の方が何倍も高くそびえ立っているように見える。(中略)
 眠気など吹き飛んで、僕は部屋を飛び出した。(中略)
「待ってユーリ! 今、外に出たら……」(中略)
「ここは……いったいどこなんだ?」
 昔の実家から、バス停三つ分離れただけの場所のはずだ。それなのに、何もかもが日常とかけ離れている。(中略)
「あなたが乗ったのは、こちらの世界とあなたのいた世界をつなぐバスだったの。残念だけどユーリ、あなたは違う世界に迷い込んでしまったのよ」
「何をわけのわからないことを……。とにかくバスに乗れば、元に戻れるんですよね? 僕は戻らなきゃ!」
 バス停は、ほんの数十メートル先にある。(中略)
「駄目! ユーリ! このまま外に出たら、どっちの世界にも戻れなくなるわ」(中略)
 混乱して今まで気付きもしなかったが、彼女が口にしているのは、僕のまったく知らない言葉だった。それなのに、僕はなぜか理解できている。(中略)
「はっきり言っておいた方がいいね、ユーリ。すぐにあなたの世界に戻る方法は、おそらくないよ」(中略)
「これから、どうしよう……」(中略)
「私に、すべてを任せてくれない?」
「だけど……」
「人々が『渡来人』のあなたをどう思うか、まだわからないから……。だから、もうしばらく、この家にいて欲しいの」(中略)
「ほんの少し前まで、この世界は、あなたの住む世界と同じような形で動いていたの。だけど……」(中略)
「ある出来事を境に、この世界は、大地の秩序を失ってしまったの」(中略)
「大地の秩序が失われてから、街の風景は、常に変化し続けているの。だから、窓から見える景色も、いつも違う」(中略)
「詳しいことは、施政官から説明してもらった方がいいわね。とにかく、この世界での動き方がわからないうちは、建物から出ないでね」(中略)
「どうしてこんなことになったんだろう……」
 バッグの中に手がかりをさがす。携帯電話は、すでに電池切れで機能していない。財布に挟んだレシートや名刺にもヒントは見つからなかった。
 いつの間にか入っていた水色の表紙の本を取り出す。ページを開こうとして、思わぬ抵抗にあう。どうしても開くことができない。(中略)
 最後の残ったのはものさしだ。(中略)
「あれ、おかしいな?」
 ものさしの目盛りが変だ。二十九センチと八ミリしかない。(中略)
 異世界へと迷い込んで、元いた世界から「失われた」僕と、ものさしの失われた二ミリが、重なって思えた。
 
 エナさんの家での、居候のような暮らしが始まった。(中略)
 彼女の履く木靴には、先端に小さな蓋のような細工が施されていた。その中に彼女は、ひとつまみの砂を入れた。
「この砂は、目的地の地下から採取した砂なの。この世界の砂は自分が本来あった場所を覚えていて、そこに戻ろうとする性質を持っているの」(中略)
「まだ、ユーリの靴は支給されていないから、今日はあなたを施政官庁に連れていくわ。いい? 絶対に離れちゃダメよ」(中略)
 しばらく歩くと、エナさんの足の動きが緩慢になり、不意に止まった。
「着いたよ、施政官庁に」(中略)
「施政官、渡来人のユーリを連れてきました」
 中央に座る男が、じっと僕を見つめていた。(中略)年齢は三十代半ばだろうか。この世界を統治する為政者にしては、ずいぶんと若い。(中略)
「渡来人か……。よりによってこの非常時に、やっかいごとを持ち込んでくれたものだな、エナよ」
 彼にとって僕は、招かれざる客のようだ。(中略)
「まあまあ施政官、彼とて、自ら望んで来たというわけではないでしょうから……」
 隣に座る男が取り成すように口をはさんだ。白髪を腰まで伸ばした老人だ。(中略)
「書記官、まさかあなたまで、渡来人にくだらん期待を抱いているわけでもあるまい。今の綱渡りのような均衡に、どんな悪影響を及ぼすかもわからないというのに」(中略)
「施政官を補佐しております書記官のネグロでございます。さあさあ、どうぞこちらにおかけください」(中略)
「この世界は、大地の秩序を失っているとエナさんから聞いたのですが、何か理由があるのでしょうか?」(中略)
 若き施政官は、自らの生まれる前の人々の過ちすら背負うように、ゆっくりと語り始めた。
「かつては、この世界は砂漠で分断されておらず、一つの大きな国家だったといわれている」
「(中略)なぜ砂漠が街を隔ててしまったんでしょうか?」(中略)
「統治者の意思だ」
「統治者とは?」
「この世界を創造した存在だ」
 僕の世界でいう、神のような存在なのだろう。

(また明日へ続きます……)

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