新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

日米企業社会における文化の違い

2017-07-16 10:50:15 | コラム
日米間にはこれだけの違いがある:

先日は「逆さの文化」等を採り上げたが、その他にも私が彼らの中に入って初めて見えてきた違いが数々あったので、ここに改めて比較してみようと思う。逆さの文化の中で「そんなことまで違うのか」と驚かれたことに「チャック」(=zipper、UKではfastenerと言うらしいが)で上下させて閉じたり開いたする器具(日本語でも英語でも確たる名称を知らない)が我が国の衣類では左側についているが、アメリカ製では右側(wrong side?)についていることがある。

この違いは1975年の冬に初めてワシントン州で防寒具(cold gearと言うようだ)として当時は珍しかったダウンジャケットを買って気が付いた。慣れていないこともあって何とも不自由だと感じたのを未だに覚えている。当時は文化比較論などは考えてもいなかったので「アメリカは変わっているな」と感じた程度だった。UKでは我が国と同じで左側だし、ドイツでもそうだったと思う。

何れにせよ、こんな所にまで違いがあるのだ。その他にも鋸を向こう側に押して切るのがアメリカ式だし、アメリカ人は手招きをする時に手のひらを上に向けるのも最初は面食らったものだった。また、複数の子供の年齢をいう時にはアメリカ人は若い方から「3歳と6歳で」と、下から言いだしてくるのも面白かった。前置きはこれくらいにして本論に入っていこう。

*新卒を採用しない:
アメリカの大手製造業等では大学の新卒を定期的に採用することはないのである。1980年代の末期だったか、最大の得意先のT部長を本社にご案内した時のことだった。T氏を我が上司の副社長と懇談した後に豪華絢爛たる本社ビル内の見学にご案内した。慧眼のT氏の感想は「先ほどから見ているのだが、御社内には若い男性社員は見当たらないのは何故か」だった。

「流石である」と唸った。アメリカでは新卒を定期的且つ大量に採用して自社独自の教育を施してその色に染め上げてから、各部署に配属しようという思想も哲学もないのだ。即ち、「人を雇ってから仕事に就けようとは考えていない」ということだ。この点は我が国の文化との明確な相違点である。但し、銀行や証券業界では新卒を定期採用しているようだが。

そこで、彼らの本社採用の基準であるが、人事権はその事業部本部長(概ね副社長であるが)が一手に掌握しており、日本式の人事部も勤労部のような組織はない。新規採用は各事業部長が、リタイヤーした者または辞めさせた者が出て空席が生じた時、新規事業を手がけてその担当者が必要になった時、業績が好調で人員を増強せねばならなくなった時等々の場合に限って行うと言って良いだろう。換言すれば「即戦力」だけを中途採用するということ。

その際には社内から公募するか、同業または他業種からこれと思う者を勧誘するか、本部長の所に外部から集まってきている入部(入社ではない、念の為)希望者の履歴書の中から適宜選んで声をかけるか、ヘッドハンターに依頼するか等々の手法で「中途入社」させるのである。故に、本社ビル内を歩いても、新卒後間もないような若手に出会う確率は極めて低いのも当然である。

では、新卒者はどうすれば良いかなのだが、先ずは中小規模の会社に就職してそこで腕を磨き、実力と経験を付けてから自分が望むか自分に合った大手企業の特定の事業部を狙って機会を求めて売り込むか、本部長宛に履歴書を送付して機会が訪れるのを待つかなのだ。勿論、狙う会社でアルバイトをして経験を積み、顔を売っておくという方法もあるようだ。

同じ新卒でもIvy Leagueか西海岸の名門スタンフォード大学等のビジネススクールでMBAを取得した者たちは幹部候補生(オフィサー候補でも良いか)として採用されるとの王道もある。現在ではビジネススクール(大学院)は実務経験が4年以上の者にしか受験させないとの条件があるので、採用された時には最短でも28歳になってしまうのだ。

ここでもう一つ重要なことは「アメリカ式では真の意味の就職であるが、我が国では就社である」という違いだ。アメリカではその会社のその事業部の採用を希望するのであって、WeyerhaeuserなりBoeingなりGMなりに雇われようとするのでないのだ。我が国のように新卒で採用されてから配属が決まるのではない点が「文化の違い」である。因みに、大手製造業でも工場では地方採用のように見做されているようだ。

*得意先の代弁をする日本人社員:
W社東京の製材品部門に本社から派遣されて駐在したアメリカ人(expatriateと言うが)H氏が数年後に私に語ってくれたことが極めて印象的だった。それは「本社から日本に出張してくるマネージャーたちの中には『日本人社員は怪しからん。我々は本社の意向を得意先に納得させて値上げを実施するとか、品質問題の補償の話し合いをするのだ。彼らの使命は相手を押しきらねばならないのだが、彼らは私に向かって得意先があー言ったとかこー言ったとか、その代弁をする。非常に不愉快だ。彼らは自分の任務を理解していない』と言って怒り狂うのだ」と教えてくれた。

恐らく、ここまで読まれた方は「おかしなことを言う」と思われるだろう。だが、これがアメリカの会社の文化であるのだ。即ち、「如何にして本社の意向を先方に伝えて納得させるか押し切ってくるのがその任務である」との大原則があるのだ。言わば上意下達ではなく「本社意得意先達」が第一なのだ。これを評して「彼ら日本人社員には当事者能力がない」と言われたお客様もおられた。

H氏は本社の者たちを「それは解るが、先ず我慢して彼らの言うことを良く聞いて見ろ。そうすれば、その先に日本市場の実態と文化の相違点が見えてくるから」と言って諭したそうだ。まさに至言であり、善くぞそこまで日米企業社会における文化と思考体系の違いを理解したものだと感心したし、勉強になった。

彼H氏はこういう文化の違いを「日本式はRepresentation of the customer to the company」で、アメリカ式の相手を如何にして屈服させるかを「Representation of the company to the customer」と表現した。このアメリカ式は屡々「高飛車である」とか「人を(こちらを)見下している」とか「傲慢な態度だ」と酷評される。だが、そう言わざるを得ない日本人社員たちは「すまじきものは宮仕え」と承知して、”Do you know from where your pay check comes?”を認識しているのだから、お怒りにならぬようお願いする次第。



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