【掲載日:平成21年10月30日】
鶯の生卵の中に 霍公鳥 独り生まれて
己が父に 似ては鳴かず 己が母に 似ては鳴かず
虫麻呂は 老境を迎えていた
独り暮らしが 身に付いている
常陸
真間
周淮
筑波嶺
竜田
河内の大橋・・・
宇合様も いまは ない
桜が 好きで あられた
そうか あの方も きっと・・・
「心任せに生きよ」との おおせ
今も 耳にある
伝承集めも 思うに任せて
もう 何も いらぬ
さしずめ わしの生きざま 霍公鳥のようじゃった
鶯の生卵の中に 霍公鳥 独り生まれて
己が父に 似ては鳴かず 己が母に 似ては鳴かず
《鶯の 卵に混じり 霍公鳥 生まれてみたが 独りぼち
鳴き声父に 似て居らん 母の声にも 似とらへん》
卯の花の 咲きたる野辺ゆ 飛びかけり 来鳴き響もし
橘の 花を居散らし 終日に 鳴けど聞きよし
幣はせむ 遠くな行きそ わが屋戸の 花橘に 住み渡れ烏
《卯の花咲いてる 野原飛び 橘花を 散らし鳴く
ほんまええ声 礼するで 何処も行かんと うちの庭 花橘に 住んどくれ》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻九・一七五五〕
かき霧らし 雨の降る夜を 霍公鳥 鳴きて行くなり あはれその鳥
《霍公鳥 霧雨降る夜 鳴いてった 住んで欲しいと 頼んでみたに》
―高橋虫麻呂歌集―〔巻九・一七五六〕
ハハハ 逃げよったか
せっかく 独りぼっち同士 慰め合おう思ったに
『テッペンカケタカ 迷惑至極
テンペンカケタカ お構いなしに』
と鳴いて 行ってしまいよった
わしが お前でも そうしたであろう
関わり事は 疎ましいからのう
霧雨が 音もなく 草屋を濡らしていた