【掲載日:平成21年8月31日】
君が行く 道のながてを 繰り畳ね
焼き亡ぼさむ 天の火もがも
【奈良の大路 旧一条大路 遠景若草山】

沙汰待ち蟄居が 申し渡されていた
覚悟はあるが もしやの思いで過ごす日々
宅守と 新妻弟上娘子にとって
一夜一夜が 愛おしく過ぎてゆく
この頃は 恋ひつつもあらむ 玉匣 明けてをちより 術なかるべし
《今のうち 都居るから 辛抱する 明日なったら どしたら良んや》
―狭野弟上娘子―〔巻十五・三七二六〕
塵泥の 数にもあらぬ われ故に 思ひわぶらむ 妹が悲しさ
《情けない こんなしがない ワシ思て 辛い目に会う おまえ可哀そ》
―中臣宅守―〔巻十五・三七二七〕
わが背子し けだし罷らば 白妙の 袖を振らさね 見つつ思はむ
《あんたはん ほんま配流出発の 時来たら 袖振ってやな 見て偲ぶから》
―狭野弟上娘子―〔巻十五・三七二五〕
とある夜半 別れの暇あらばこその 呼び出し
急遽の 配流措置決定
道中からの 便りが届く
あをによし 奈良の大路は 行きよけど この山道は 行きあしかりけり
《歩き良い 奈良の道筋 思い出す ここの山道 難儀するがな》
―中臣宅守―〔巻十五・三七二八〕
うるはしと 吾が思ふ妹を 思ひつつ 行けばかもとな 行きあしかるらむ
《愛おしい お前を胸に 行くけども 心しょぼくれ 足進まへん》
―中臣宅守―〔巻十五・三七二九〕
精一杯の 励ましを贈る 娘子
あしひきの 山路越えむと する君を 心に持ちて 安けくもなし
《山越えて 行かれるあんた 気にかかり うち心配で どう仕様もない》
―狭野弟上娘子―〔巻十五・三七二三〕
押し堪えた宅守の悲しみ 限界を越える
恐みと 告らずありしを み越路の 手向に立ちて 妹が名告りつ
《祟り避け 言わんで来たが お前の名 越の峠で つい呼んでもた》
―中臣宅守―〔巻十五・三七三〇〕
宅守の 悲痛に 誘発われ 娘子が叫ぶ
君が行く 道のながてを 繰り畳ね 焼き亡ぼさむ 天の火もがも
《燃やしたる あんた行く道 手繰り寄せ そんな火ィ欲し 神さん寄越せ》
―狭野弟上娘子―〔巻十五・三七二四〕

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