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令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

あぢま野悲恋(1)天の火もがも

2009年09月10日 | あぢま野悲恋
【掲載日:平成21年8月31日】

君が行く 道のながてを たた
           焼きほろぼさむ あめの火もがも



【奈良の大路 旧一条大路 遠景若草山】



沙汰さた待ち蟄居ちっきょが 申し渡されていた
覚悟はあるが もしやの思いで過ごす日々 
やかもりと 新妻弟上娘子おとがみのおとめにとって 
一夜一夜が いとおしく過ぎてゆく

このころは 恋ひつつもあらむ 玉匣たまくしげ 明けてをちより すべなかるべし
《今のうち こっちるから 辛抱しんぼする 明日あしたなったら どしたら良んや》
     ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七二六〕
塵泥ちりひぢの かずにもあらぬ われゆゑに 思ひわぶらむ いもが悲しさ
《情けない こんなしがない ワシおもて 辛い目に会う おまえ可哀かわいそ》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七二七〕
わが背子し けだしまからば 白妙しろたへの 袖を振らさね 見つつしのはむ
《あんたはん ほんま配流たび出発の 時来たら 袖振ってやな 見て偲ぶから》
                       ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七二五〕

とある夜半 別れのいとまあらばこその 呼び出し
急遽きゅうきょの 配流はいる措置決定

道中からの 便りが届く 
あをによし 奈良の大路おほちは きよけど この山道は きあしかりけり
《歩き良い 奈良の道筋 思い出す ここの山道 難儀なんぎするがな》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七二八〕
うるはしと ふ妹を おもひつつ けばかもとな 行きあしかるらむ
いとおしい お前を胸に 行くけども 心しょぼくれ 足進まへん》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七二九〕

精一杯の 励ましを贈る 娘子おとめ
あしひきの 山路越えむと する君を 心に持ちて 安けくもなし 
《山越えて 行かれるあんた 気にかかり うち心配で どう仕様しょうもない》
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七二三〕

押しこらえた宅守の悲しみ 限界を越える
かしこみと らずありしを み越路こしぢの 手向たむけに立ちて 妹が名りつ
たたり避け 言わんで来たが お前の名 こしの峠で ついんでもた》
                          ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七三〇〕

宅守やかもりの 悲痛に 誘発さそわれ 娘子おとめが叫ぶ
君が行く 道のながてを たたね 焼きほろぼさむ あめの火もがも
《燃やしたる あんた行く道 手繰たぐり寄せ そんな火ィ欲し 神さん寄越よこせ》
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七二四〕




<奈良の大路>へ



あぢま野悲恋(2)行かましものを

2009年09月09日 | あぢま野悲恋
【掲載日:平成21年9月1日】

君がむた 行かましものを おなじこと
         おくれてれど きことも無し



【味間野 味間野神社から東方を望む】


ここは 越前 味真野あじまの
配所は 人里離れた 山間やまあい
荒涼こうりょうとした 原野が広がる

思うは 弟上娘子おとがみのおとめばかり
遠き山 関も越え来ぬ  今更に 逢ふべきよしの 無きがさぶしさ 
《あの関所 越えてしもうた もう逢えん  これからどない したらえんや》
                       ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七三四〕
吾妹子わぎもこに 逢坂山あふさかやまを 越えてて 泣きつつれど 逢ふよしも無し
《逢えるう 逢坂山を 越えてきて 泣き暮らしても 逢うことできん》
                       ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七六二〕
おもに 逢ふものならば しましくも いもが目れて あれらめやも
おもてたら 逢えるて言うに 思てても なんでお前に 逢われへんのや》
                       ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七三一〕
あかねさす 昼は物思ものおもひ ぬばたまの よるはすがらに のみし泣かゆ
《昼のは 思い続けて よるで 一晩ずっとと 泣いてるこっちゃ》
                        ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七三二〕

悄然しょうぜんたる日々を過ごす 宅守やかもり
気弱な 宅守やかもりを知る 娘子おとめから 
気丈さ取り戻した 便りが届く 
ぬばたまの よる見し君を くるあした 逢はずまにして 今そくやしき                      《晩逢うて 朝逢わへんで 行ってもた 今おもおたら 悔しいこっちゃ》
                        ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七六九〕
人のうる 田は植ゑまさず いまさらに 国別れして あれはいかにせむ
みんなする〔夫婦らし 田植えもせんと暮らしもせんと〕 遠い国 あんた行ったで どしたらんや》
                        ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七四六〕
君がむた 行かましものを おなじこと おくれてれど きことも無し
《こんななら 一緒行ったら 良かったで 残って良えこと なんもあれへん》
                        ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七七三〕



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あぢま野悲恋(3)人は実(さね)あらじ

2009年09月08日 | あぢま野悲恋
【掲載日:平成21年9月2日】

天地あめつちの そこひのうらに が如く 
          君に恋ふらむ 人はさねあらじ


【越前市 味真野苑 犬養孝揮毫「天の火もがも」歌碑】


しなざかる 越 
山間やまあい 味真野あじまのの 日暮は早い
殺伐たる 風景が 霞んでいく 

夜の 静寂しじまに 娘子おとめが浮かぶ
旅といへば ことにそやすき すくなくも いもに恋ひつつ すべけなくに
配所たびらし 仕様しょうないけども その上に お前恋しさ 重なり辛い》 
               ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七四三〕
思はずも まことありむ やさの いめにもいもが 見えざらなくに
《出来るかい お前忘れて しまうこと 寝てたら夢に ずっと出るのに》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七三五〕
思ひつつ ればかもとな ぬばたまの 一夜ひとよもおちず いめにし見ゆる
《毎晩に お前の夢を 見るのんは いつも思うて 寝るからやろか》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七三八〕
逢はむ日を その日と知らず 常闇とこやみに いづれの日まで あれ恋ひらむ
《逢えるんは 何時いつのことやろ 悶々もんもんと お前思うて 日ィ過ごしてる》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七四二〕

思わず漏れる 愚痴ぐち 
かくばかり 恋ひむとかねて 知らませば 妹をば見ずそ あるべくありける 
《逢わんが 良かったやろか こんなにも 苦しい恋と 知ってたんなら》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七三九〕

〔何を 言われるの 離れていても 
 こんなに 恋しく 思っているに〕 
天地あめつちの そこひのうらに が如く 君に恋ふらむ 人はさねあらじ       
《この世では うちほどあんた 恋したい 思うてるんは 誰もらんで》 
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七五〇〕
わが宿やどの 松の葉見つつ あれ待たむ はや帰りませ 恋ひ死なぬとに
《苦しいて 死んでまいそや うちの松 見ながら待つで 早よ帰ってや》
                          ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七四七〕
春の日の うらがなしきに おくれて 君に恋ひつつ うつしけめやも
《残されて 春の日ィかて 悲しいわ あんた思たら 正気でれん》
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七五二〕

残された 娘子おとめ 
独り寝の 淋しさが 日に日に増していく 



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あぢま野悲恋(4)はだな思いそ

2009年09月07日 | あぢま野悲恋
【掲載日:平成21年9月3日】

命あらば 逢ふこともあらむ わがゆゑ
           はだな思ひそ 命だに


【越前市 味真野苑 犬養孝揮毫「天の火もがも」歌碑】


配流はいるの生活が 続く

苛立いらだつ 宅守やかもりの心に
向けてはならぬ うらつらみが 娘子おとめ
遠くあれば 一日ひとひ一夜ひとよも 思はずて あるらむものと 思ほしめすな                     
《離れたら 一晩くらい 忘れんの あるんちゃうかと 思わんといて》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七三六〕
他人ひとよりは いもそもしき 恋もなく あらましものを 思はしめつつ 
《悪いんは わし惚れさせた お前やで  辛い 思いを させるやなんて》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七三七〕

矛先ほこさきは 神へも向かう
天地あめつちの 神なきものに あらばこそ ふ妹に 逢はずにせめ
《恋慕う お前逢わんと 死んでまお ほんま神さん れへんのなら》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七四〇〕

帰京の願望と 絶望が 交錯こうさくする
命をし またくしあらば ありきぬの ありてのちにも 逢はざらめやも
《この命 せめて尽きんと ったなら いつかその内 逢えるできっと》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七四一〕
吾妹子わぎもこに 恋ふるにあれは たまきはる 短かきいのちも しけくもなし
《もうえわ お前恋して 苦しいて どうせ短い 命やもんな》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七四四〕

〔またまた 甘ったれて 困った人〕 
命あらば 逢ふこともあらむ わがゆゑに はだな思ひそ 命だに
《そう言いな 命あったら 逢えるやん  思い詰めなや うち、、気に病んで》 
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七四五〕
他国ひとくにに 君をいませて 何時いつまでか が恋ひらむ 時の知らなく      
《よその国 あんた行かせて 寂しいに 待ち続けんの 何時いつまでやろか》
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七四九〕
他国ひとくには しとそいふ すむやけく 早帰りませ 恋ひ死なぬとに     
《早よ早よに うち、、死なんに 帰ってや そっちは住むん つらいて聞くで》 
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七四八〕

甘えを たしなめる娘子おとめに 女の弱さが にじ



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あぢま野悲恋(5)形見にせよと

2009年09月04日 | あぢま野悲恋
【掲載日:平成21年9月4日】

逢はむ日の 形見かたみにせよと 手弱女たわやめ
             思ひみだれて へるころも


【越前市 味真野苑 犬養孝揮毫「天の火もがも」歌碑】


配流はいるの日から 年月が長い 
配所暮らしに慣れた 宅守やかもり
娘子おとめへの 思い 心底こころそこに ひそんで行く
忍びよる あきらめか

向かひゐて 一日ひとひもおちず 見しかども いとはぬ妹を 月わたるまで 
《一日も 飽かんと見てた お前やに  もう長いこと 逢うてへんがな》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七五六〕
過所くわそ無しに 関飛び越ゆる ほととぎす わが思ふ子にも まず通はむ  
《ホトトギス 手形無うても 関所せき越える わしの思いも 越えへんもんか》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七五四〕
が身こそ 関山えて ここにあらめ 心は妹に 寄りにしもの
《この身体 関所を越えて 遠いけど  心はずっと お前のとこや》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七五七〕
うるはしと いもを 山川を なかへなりて 安けくもなし
いとおしい 思うお前は 山や川 隔てて遠い 悲しいこっちゃ》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七五五〕

宅守やかもりの 心変化を気づいてか 
娘子おとめ 形見に 励ましを託す
白拷しろたへの 下衣したごろも 失なはず てれわが背子せこ ただに逢ふまでに  
《持っててや うちの肌着を くさんと 顔見て逢える その日来るまで》 
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七五一〕
逢はむ日の 形見かたみにせよと 手弱女たわやめの 思ひみだれて へるころも
《逢う日まで うちの代わりや 思てんか  沈む心で うた服やで》
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七五三〕

娘子おとめの励ましに 我に返る宅守やかもり

吾妹子わぎもこが 形見のころも なかりせば 何物なにものもてか いのちがまし
《身代わりに もろたこの服 かったら 何を頼りに 生きて行くんや》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七三三〕



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あぢま野悲恋(6)吾が胸痛し

2009年09月03日 | あぢま野悲恋
【掲載日:平成21年9月7日】

たましひは あしたゆうべに たまふれど
           が胸いたし 恋の繁きに


【越前市 味真野苑 犬養孝揮毫「塵泥の」歌碑】


娘子おとめの 懸命の励まし
宅守やかもりの悲しみに 力が戻る
たちかへり 泣けどもあれは しるしみ 思ひわぶれて しそ多き  
《幾晩も つらい思いで とこに就く なんぼ泣いても ども成らんので》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七五九〕
は 多くあれども ものはず 安くは さねなきものを
《夜来たら 仕様しょうことなしに 寝るけども ちゃんと寝たこと ほんまにないわ》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七六〇〕

〔悲しみは 吾ひとりにあらず 
 女身で耐える娘子おとめ もっとつらかろう〕
山川を なかへなりて 遠くとも 心を近く 思ほせ吾妹わぎも     
《山や川 あって隔てて 遠いけど 心近いと 思てやお前》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七六四〕

〔わしからも 心の支え 贈るとするか〕 
まそかがみ かけてしぬへと まつす 形見かたみものを 人にしめすな
《気にかけて 偲んで欲しと 送るから わしの身代わり 他人ひとに見せなや》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七六五〕
うるはしと おもひしおもはば 下紐したびもに け持ちて まずしのはせ
《わしのこと ほんま恋しと 思うなら 肌身に着けて ずっとしのんで》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七六六〕

〔ああ やはり 思うた通りの お方 
 この優しさ 都に 誰居ろうか〕 
たましひは あしたゆうべに たまふれど が胸いたし 恋の繁きに
真心まごころを 朝な夕なに 思うけど 恋し恋しが 胸締め付ける》
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七六七〕
このころは 君を思ふと すべも無き 恋のみしつつ のみしそ泣く
《近頃は 思うていても 甲斐うて  恋し思うて 泣いてばっかり》
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七六八〕

昔の 優しさに触れ 思わず 甘えの出る娘子おとめ



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あぢま野悲恋(7)ほとほと死にき

2009年09月02日 | あぢま野悲恋
【掲載日:平成21年9月8日】

帰りける ひときたれりと 言ひしかば
           ほとほと死にき 君かと思ひて


【越前市 味真野苑 犬養孝揮毫「塵泥の」歌碑】


都に 噂が流れていた 大赦たいしゃちょくが 出るらしいという
天平十二年〔740〕春 
勅は 六月頃か 
心騒ぐ 娘子おとめ
果たして 宅守やかもりの名は・・・
味真野あじまのに 宿やどれる君が 帰りむ 時の迎へを 何時いつとか待たむ
味真野あじまので 暮らすあんたが 戻る言う 知らせ来るのん 何時いつになるんや》
                        ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七七〇〕
家人いえひとの やすずて 今日けふ今日けふと 待つらむものを 見えぬ君かも 
《眠れんと 今か今かと 帰るんを  待ってるのに あんたえへん》
                        ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七七一〕

宅守やかもり配流はいる先 
役所勤めの 元上司から ひそかな伝えが届く
《わしの計らい 尽力 
 大赦たいしゃの勅への尊名登載 たがいなし》
〔なんと あやつが 
 わしに罪をかぶ
 今のき目を負わせし あやつ・・・
 そうか そうか 
 あの方も 心を痛めておられたか〕 

帰りける ひときたれりと 言ひしかば ほとほと死にき 君かと思ひて
ゆるされて 帰る人来る 聞いた時 心臓しんぞ止まった あんたやおもて》
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七七二〕

大赦たいしゃの勅への 期待は ぬか喜びであった
〔それにしても あやつ 
 名簿削除の 画策かくさくまでしおったか・・・〕
さすたけの 大宮人おおみやびとは 今もかも 人なぶりのみ 好みたるらむ
《役人は 奈良の都で りもせず 今もやっぱり 人なぶるんか》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七五八〕
〔うかうかと 信じた わしが お人好か〕 
世間ひとのよの つね道理ことわり かくさまに なりにけらし ゑし種子たねから              
《世の中は こんなもんかい しょうないか 元々たら わしアホなんや》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七六一〕
〔気を許した分 辛さ一入ひとしお・・・〕
旅といへば ことにそやすき すべもなく 苦しき旅も ことさめやも
配流たびたら つらいもんやが 苦し配流たび 言い直しても つらさ一緒や》
                        ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七六三〕

気落ちを 思いやり 必死の励ましが届く 
わが背子せこが 帰りまきむ 時のため いのちのこさむ 忘れたまふな
《知っといて あんたの帰る その日まで うち長らえて 生きてくさかい》 
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七七四〕



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あぢま野悲恋(8)西の御厩の

2009年09月01日 | あぢま野悲恋
【掲載日:平成21年9月9日】

今日けふもかも 都なりせば 見まく
              西の御厩みまやの に立てらまし


【越前市 味真野苑 犬養孝揮毫「塵泥の」歌碑】


大赦たいしゃに漏れた 宅守やかもり
ここ越前 味真野あじまのの暮らしも 
身に沿ったものになっていた 
娘子おとめとの 別れての暮らし
何時しか 諦観ていかんの境地 

あらたまの とし長く 逢はざれど しき心を はなくに
《長いこと 逢うてへんけど わしの気は  変わってへんで 間違いなしに》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七七五〕

在りし日への 思い 
悔しくも 懐かしくもある 思い出  
今日けふもかも 都なりせば 見まくり 西の御厩みまやの に立てらまし
《もしも今 都ったら お前待ち 西の厩舎うまやの 外でおるのに》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七七六〕

配所での 安気あんきかぜに身を置く 宅守やかもり
不覚にも 思いが至らなかった 

人を傷つけつつ 素知らぬ顔 横行のみやこ
娘子おとめの 心労は積もっていった
孤閨こけいを守り
宅守やかもりを 励まし
大赦たいしゃの噂に 振り回され
気丈と 言われし故の 心の裏表うらおもて
漏れる 泣きごと 
娘子おとめの 精神こころは もう 耐えられなくなっていた

昨日きのふ今日けふ 君に逢はずて するすべの たどきを知らに のみしそ泣く
《逢いとうて たまらんけども ども出来ん 昨日も今日も 泣き暮らしてる》 
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七七七〕

〔身代わりにと 贈った形見 
 本当に 形見のなってしまうかも・・・〕 
白妙しろたへの 衣手ころもでを 取り持ちて いはへわが背子せこ ただに逢ふまでに
《うちの服 しっかり持って 祈ってや あんたとじかに 逢う日来るまで》
                         ―狭野弟上娘子さののおとがみのをとめ―〔巻十五・三七七八〕

人知れず 黄泉よみの迎えの 娘子おとめ
宅守やかもりへの 知らせは 遅れる



<あぢま野>へ


あぢま野悲恋(9)間しまし置け

2009年08月31日 | あぢま野悲恋
【掲載日:平成21年9月10日】

ほととぎす あひだしまし置け が鳴けば
               ふ心 いたもすべなし


【味間野 味間野神社から東方を望む】


悲しみの中 戻る落ち着き 
大赦たいしゃの 外れ・・・ 
もう あきらめが 身に付いていた
娘子おとめ・・・ 
可哀かわいそうなことをした
今少し わしが 強くあれば 
生きているうち  
いとし恋しと 思うたは わしの 甘えであったな

 
心寄る 花と鳥ばかり
鳥 とりわけ ホトトギスの声 
耳を 離れぬ 
昔を 思い出させると言うは  
虚言そらごとでは なかったのだ
わが宿やどの はなたちばなは いたづらに 散りか過ぐらむ 見る人無しに
うちの庭 橘の花 可哀かわいそに 誰も見らんと 散り過ぎてまう》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七七九〕
恋ひなば 恋ひも死ねとや ほととぎす ものふ時に 鳴きとよむる
《ホトトギス 恋死ぬんやったら 死ね言うか 沈んでるとき やかましいに鳴く》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八〇〕
旅にして ものふ時に ほととぎす もとなきそ こひまさる
配流たび先で 沈んでるのに ホトトギス 寂しう鳴くな よけ恋しなる》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八一〕
あまごもり ものふ時に ほととぎす わが住む里に とよもす
《雨降りで 心湿しめるに ホトトギス わしる里で 騒がしゅう鳴く》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八二〕
旅にして いもに恋ふれば ほととぎす わが住む里に こよ鳴き渡る
配流たび先で お前恋しと 思てたら 鳴くホトトギス 都里さと向いて飛ぶ》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八三〕
心なき 鳥にそありける ほととぎす ものふ時に 鳴くべきものか
《ホトトギス お前ホンマに 慈悲じひ無いな 沈んでる時 鳴くやつあるか》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八四〕
ほととぎす あひだしまし置け が鳴けば ふ心 いたもすべなし
《ホトトギス 引っ切り無しに 鳴きないな 聞いたら心 締め付けられる》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八五〕

何時果てるとも 知れぬ 配所暮らし 
娘子おとめの 冥福めいふくを祈りつつ 
寂しく 日々が 過ぎて行く 



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