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令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

家待・青春編(一)(27)木すら紫陽花(あぢさゐ)

2010年05月28日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年8月31日】

ことはぬ 木すら紫陽花あぢさゐ 諸弟もろとらが
             ねりむらに あざむかえけり



恋疲れの家持 
〈やはり 寄る辺は 大嬢おおいらつめ
 浮気の虫に取りつかれ  可哀想をした〉

一重ひとへ山 へなれるものを 月夜つくよよみ かどに出で立ち いもか待つらむ
《山一つ はなれてるのに 月から もん出てお前 待ってんやろか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七六五〉 

みちとほみ じとは知れる ものからに  しかそ待つらむ 君が目を
《道とおて 来られんはずと おもうても 待ってはります あんた逢いとて》
                         ―藤原郎女ふぢはらのいらつめ―〈巻四・七六六〉
返し文は  あろうことか 大嬢の友からであった
添えられたふみ
《恭仁京での  一部始終
 坂上郎女さかのうえのいらつめさま ことのほか おかんむ
 大嬢さまを  竹田の庄へ引き取り
 家持様とのえにし もはやこれまでと
 目下もっか 似つかわしき殿方 お見立て中》

仰天ぎょうてん 家持 あわてての問い文
返る便りは 何事げに
《家持様を  お慕い申し 
 ひたすら  お帰りお待ち申しおります
 心変わりなぞ  とんと心得ぬばかりにて》

ひと多み 逢はなくのみそ こころさへ 妹を忘れて わが思はなくに
《人眼避け 逢わへんだけや 心まで お前忘れて 仕舞しもたんちゃうで》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七〇〉 
いつはりも つきてそする うつしくも まこと吾妹子わぎもこ われに恋ひめや
《嘘つくん もっともらしに 言うもんや 真実ほんまにお前 わし好きなんか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七一〉 
いめにだに 見えむとわれは ほどけども 逢はずしへば うべ見えずあらむ
《夢でもと  思てるのんに 逢わんとこ 思てんかして 夢出て来んわ》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七二〉 

家持 恭仁くにの地にて 名うての占い師に
大嬢の心 如何いかにと 問うてみる

ことはぬ 木すら紫陽花あぢさゐ 諸弟もろとらが ねりむらに あざむかえけり
《紫陽花も 色変えるのに 占い師 心変かわってへんて 言うのん嘘や》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七三〉 
ももたび 恋ふと言ふとも 諸弟もろとらが ねりのことばは われはたのまじ
《百千も  恋してる言う 占いが 出てもこのわし 信用せんで》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七四〉 

竹田の庄 
坂上郎女 大嬢 藤原郎女が つどうていた
「占い師の諸弟もろと うまくやってくれているかのう
 少しは 家持殿 りたであろうか」
何知らぬ  家持の困惑顔を思い 
わす女三人


坂上郎女編(1)恋の奴の

2010年05月25日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年3月17日】

家にありし ひつにかぎさし をさめてし
           恋のやっこの つかみかかりて



〈とかくの噂ある  あの方じゃが
 いたしかた  あるまいか〉
安麻呂は 気の進まぬこころめをしていた

大伴安麻呂おおとものやすまろ 
大納言を拝命する 大伴家の総帥そうすい
朝廷軍事を預かる 伴造とものみやつこ意識は強い
かの壬申の乱 
天武天皇のもと  戦功を立て 
天武朝の重臣として活躍した  大伴家
天皇中心の  皇親政治が行われていた
しかるに  
持統天皇の御代 文武 元明と 時代がくだ
平城なら遷都 律令整備進み
世は官僚中心政治へと移る 
その中核は  藤原不比等 
あの大職冠たいしょくかん藤原ふじわら鎌足かまたりの子である

次第に  勢力地図の変わる中 
安麻呂は  今一度の 皇親政治復活を願っていた

安麻呂は  とある宴席を 思う
家にありし ひつにかぎさし をさめてし 恋のやっこの つかみかかりて
《家にある 箱にかぎかけ 封印とじこめた 好色心すきものごころ またぞろうずく》
                         ―穂積皇子ほづみのみこ―〈巻十六・三八一六〉

穂積皇子 
天武天皇  第八皇子
あの 但馬皇女たじまのひめみことの 熱愛 いまだに語り草だ
その皇女が亡くなられ  五年
〈我が家の末娘  郎女と なんとか成らぬものか〉

安麻呂は 坂上郎女いらつめの歌を 届けさせる
童女の域を  脱したばかりの 郎女
歌詠みいえの育ちが 幸いし 
年を思わせぬ歌を詠む 
〈この歌を添えての  婚結びの誘い
 皇子の気を引くやも知れぬ〉 

狩高かりたかの 高円山たかまとやまを 高みかも 出で来る月の 遅く照るらむ
《すぐそばに 迫る高円山たかまど 高いんで 月出て照るん 遅いんやなあ》
ぬばたまの 夜霧の立ちて おほほしく 照れる月夜つくよの 見れば悲しさ
《霧立って  ぼやっと照る月 見てたなら なんや悲しに なってきたがな》
山の端の ささら壮士をとこ 天の原 渡る光 見らくしよしも
《山のはし かかって光る お月さん 空渡るんを 見てたら楽し》 
                         ―大伴坂上郎女おおとものさかのうえのいらつめ―〈巻六・九八一~三〉

果たして  安麻呂の策 功を奏すか




坂上郎女編(2)塞きに塞くとも

2010年05月21日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年3月23日】

うつくしと 我がふ心 速川はやかわ
           きにくとも なほやえなむ




「お父さま 皇子みこ様 とてもお優しいの」
「きっと あの『恋のやっこの』お歌 但馬の皇女ひめさまのこと はばかかくみのだと 思うの」
坂上郎女いらつめの言葉に 安麻呂は 安堵していた

暗転が襲う 
和銅八年〈715〉 
前年の安麻呂を追うかの如く  皇子は世を去る

しかし  
皮肉にも 郎女の 恋のつぼみは 一挙花開く
穂積皇子ほづみのみことの 二年余りの生活
佐保大納言家での 深窓しんそうと打って変わり
宮廷中心の  社交世界
名家の才媛に 引く手数多あまたの 妻問い
恋のり取りに 生まれ出る歌

言ふ言の かしこき国ぞ くれなゐの 色になでそ 思ひ死ぬとも
うわさする 人の言葉は おそろしで 本心ほんね隠しや なんぼろても》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六八三〉 
今はは 死なむよ我が背 けりとも 我れに依るべしと 言ふといはなくに
《もううちは 死んで仕舞しもたる 生きてても あんたその気に ならへんさかい》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六八四〉 
人言ひとごとを しげみか君が 二鞘ふたさやの 家をへだてて 恋ひつつをらむ
《人の口  うるさいよって 別々の 家に分かれて 恋い焦がれてる》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六八五〉 
このころは 千年ちとせきも 過ぎぬると 我れやしかふ 見まくりかも
《近頃は うち思うんや 千年も うてへんなと ああ いたいな》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六八六〉 
うつくしと 我がふ心 速川はやかわの きにくとも なほやえなむ
《あんたはん 恋しと思う うちの気持は 抑え付けても 溢れ出てくる》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六八七〉 
青山を 横ぎる雲の いちしろく 我れとまして 人に知らゆな
《うちの顔 じっと微笑ほほえみ 見たあかん 他人ひとに知れたら 困るよってに》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六八八〉 
海山も 隔たらなくに 何しかも 目言めことをだにも ここだともしき
《海や山 隔ててへんに 逢うことも 声掛かるんも 少ないちゃうか》 
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六八九〉 
丁々発止ちょうちょうはっしの 歌の行き交い
恋の駆け引きの  長ずるにつれ
郎女の 歌技うたわざたくみを増す





坂上郎女編(3)言尽くしてよ

2010年05月18日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年3月26日】

恋ひ恋ひて 逢へる時だに うるはしき こと尽してよ 長くと思はば


訪ね来ては  去り
去った後には  また別のが通う
そのたびに 心ときめかせ
待つ楽しさ  待つ喜びが 
やがて  苦しみとなり
男の  不実を知る
妻問いが 結ばれごとの 習慣ならいとはいえ
傷つくのは  女
このたびこそはの 願い込めて
坂上郎女いらつめは ふみしたため続ける

我れのみぞ 君には恋ふる 我が背子が 恋ふといふことは ことなぐさ
《うちだけや  恋し思うん 決まってる あんた口先 ばっかりやんか》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六五六〉 
思はじと 言ひてしものを 朱華色はねずいろの うつろひやすき 我が心かも
《恋なんか もうせえへんで うてたが うちの決心 怪しいもんや》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六五七〉 
思へども しるしもなしと 知るものを 何かここだく 我が恋ひわたる
《うちの恋 なんぼ思ても かなわへん 分かってるのに し続けとるわ》 
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六五八〉 
あらかじめ 人言ひとごとしげし かくしあらば しゑや我が背子 奥もいかにあらめ
《初めから あれこれ言われ うっとしい これやと後が 思いやられる》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六五九〉 
をと吾を 人ぞくなる いで吾君あがきみ 人の中言なかごと 聞きこすなゆめ
《ふたり仲 こ思う人 てるから あんたそんなん 聞いたらあかん》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六六〇〉 
恋ひ恋ひて 逢へる時だに うるはしき こと尽してよ 長くと思はば
《恋い焦がれ やっと逢えたで いてたら 甘い言葉を いっぱいうて》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六六一〉 

誰彼だれかれなしに 呼び込みおって
 父上が 亡くなられ 目付のなくなったを これさいわいと〉
佐保大納言家当主 旅人は 苦虫にがむしを噛んでいた
〈なんとか 一廉ひとかどの男を 妻合めあわせねば
 おおそうじゃ〉 

思い立ったが  吉日
旅人の早馬は  藤原邸を目指す
藤原房前ふささき
藤原四兄弟の  どちらかいえば 皇親派
旅人 かねてからの昵懇じっこん
使いが  邸門をくぐっていく




坂上郎女編(4)黒馬来る夜は

2010年05月14日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年3月30日】

佐保川さほがはの 小石踏み渡り ぬばたまの
             黒馬くろま来る夜は 年にもあらぬか



坂上郎女いらつめ 眼が輝いている
〈あの  当世一の美男 麻呂さま
 いま  権勢の不比等様 四男
 どこで  私の名など
 たわむれかしら
 私も  大伴家も 捨てたものでは ないのね〉

むしぶすま なごやが下に せれども 妹とし寝ねば 肌し寒しも
あったかな 布団で寝ても 肌寒い お前と一緒 寝てへんからや》
                         ―藤原麻呂―〈巻四・五二四〉 
よく渡る 人は年にも ありといふを 何時いつの間にそも 我が恋ひにける
辛抱しんぼして 一年逢わへん 彦星ひとあるに 辛抱のできん 恋してしもた》
                         ―藤原麻呂―〈巻四・五二三〉 

小躍こおどりの郎女 隠せぬ喜びを 歌にする
佐保川さほがはの 小石踏み渡り ぬばたまの 黒馬くろま来る夜は 年にもあらぬか
佐保川さほ渡り あんた黒馬うま乗り 来るのんは 毎夜ずっとの 年中欲しで》

                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・五二五〉 
千鳥鳴く 佐保の川門かはとの 瀬を広み 打橋渡す と思へば
《千鳥鳴く  佐保の川の瀬 広いんで うち橋作る あんた来るなら》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・五二八〉 

逢瀬おうせ重なり 郎女の いぶかり心ごころ 本気ごころ
千鳥鳴く 佐保の河瀬かはせの さざれ波 む時もなし 我が恋ふらくは
《千鳥鳴く 佐保の川瀬の 細波なみみたい 寄せる思いが 止まれへんがな》 
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・五二六〉 
娘子をとめらが 玉櫛笥くしげなる 玉櫛の 神さびけむも 妹に逢はずあれば
《美しい 櫛箱みたい 上等な 人間ひとなって仕舞う 逢わんかったら》
                         ―藤原麻呂―〈巻四・五二二〉 
佐保河の 岸のつかさの 柴な刈りそね ありつつも 春しきたらば 立ちかくるがね
《佐保川の  土手に生えてる 草刈らんとき そしたなら 春来たときに 隠れ逢えるで》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・五二九〉 
でてなむ 時しはあらむを ことさらに 妻恋つまごひしつつ 立ちていぬべしや
《帰るんは  頃合いあるで 奥さんが 恋しなったて 言う人あるか》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・五八五〉 
〈あんなことを  おっしゃって
 冗談だわ  冗談に違いない
 私を かまっているのね
 これも  愛情の裏返し
 ・・・きっと〉 




坂上郎女編(5)来むとは待たじ

2010年05月11日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年4月2日】

むと言ふも ぬ時あるを じと言ふを
        むとは待たじ じと言ふものを



春もおぼろの夕暮れ
坂上郎女いらつめもとへ ふみが届く
郎女いらつめは 開こうともしない
文使ふみづかいが 待っている
返事をもらわないでは  帰れないのだ
文使いは 端女はしために 返しを
取りつく島もない 

「お願いです もう 半時も待っているのですあるじ麻呂様に 叱られます」
しびれを切らせた文使いに やっと返しが届いた
「これは! わたくしが あるじから預かったものでは ないですか」
「そうです これを持って帰しなさいとの 郎女さまのおおせです」

郎女は  おぼろな月の光を見やっていた
〈決まっているわ  『今宵は 行かれぬ』との文
 何度  受け取ったことやら
 それでも  『もしや』と待っている
 それを あの人は 見透みすかしているのだ
 もう  待つものですか〉
おぼろな光が  陰る
〈雲だわ  雲まで 私の心 見ているのね
 ああ  これで もう来ないかもしれない
 私としたことが はしたないことを・・・
 そうだわ  やはり 文だけは返さなくては〉

むと言ふも
  ぬ時あるを
    じと言ふを
      むとは待たじ
        じと言ふものを


うて
   ん時もある
     ない
       るの待たんで
         ない言うんを》
                         ―大伴坂上郎女おおとものさかうえのいらつめ―〈巻四・五二七〉

春の夜は更け  風もこころなしか寒い
郎女は  雲の晴れ間を 待っている


坂上郎女編(6)長くし言へば

2010年05月07日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年4月6日】

押し照る 難波なにはすげの ねもころに 君がきこして 
                   年深く  長くし言へば・・・



麻呂との恋  遠ざかり 消える
ほぞむ 坂上郎女いらつめ

押し照る 難波なにはすげの ねもころに 君がきこして 年深く 長くし言へば 
まそ鏡 ぎしこころを 許してし その日のきはみ 波のむた なびく玉藻の 
かにかくに 心は持たず 大船の 頼める時に 

こまやかな 心づかいで 声掛けて ずっと長うに 付きおと
 言うた言葉に 警戒心けっしんを ゆるめてしもた その日から
 あんた一人と 心決め 頼りに仕様しょうと 決めたのに》
ちはやぶる 神やくらむ うつせみの 人かふらむ 
かよはしし 君も来まさず 玉梓たまづさの 使も見えず なりぬれば

《神さん見放みはなし 世間ひと邪魔し てたあんたも 遠離とおざかり 使いの人も ん始末》
いたもすべみ ぬばたまの よるはすがらに 赤らひく 日も暮るるまで 
嘆けども しるしみ 思へども たづきを知らに
 
《どう仕様しょうて 夜は夜 昼は日中ひなかを 泣き暮らす
 嘆いてみても らちあかん 思案をしても 手弦てづる無い》
幼婦たわやめと 言はくもしるく 手童たわらはの のみ泣きつつ 
たもとほり 君が使を 待ちやかねてむ 

《か弱い女  そのままに 子供みたいに 泣き続け
 うろたえしつつ あんたから 使い来んかと 待ち続けとる》   
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六一九〉 
初めより 長く言ひつつ 頼めずは かかるおもひに 逢はましものか
《ずっとやの 言葉まともに 受けんときゃ つらい思いは せんかったのに》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六二〇〉 

まそ鏡 ぎし心を ゆるしなば のちに言ふとも しるしあらめやも
《張り詰めた 警戒けいかいごころ 緩めたら 後でいても もう遅いがな》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六七三〉 
真玉またま付く をちこち兼ねて ことは言へど 逢ひて後こそ くいにはありと
心地ここちえ 言葉並べて 口説かれて 許して仕舞たら 悔い残るだけ》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六七四〉 
ほうけたようなうつろな日が 続く