吾妹子に 猪名野は見せつ
名次山 角の松原 いつか示さむ

将来を約束した 女官がいた
今日の 行幸に 同行している
若い 高市黒人の心 自ずとの華やぎ
旅好きな 黒人
風光を求めて あちこちの名勝を 訪ねてきた
女官の鶴女にも
『いづれ 共に愛でよう』と 約していた
図らずもの 今日の行幸
猪名野の景勝
手を携えてのものでは 無かったが
見せることができた
吾妹子に 猪名野は見せつ 名次山 角の松原 いつか示さむ
《あの児には 猪名野は見せた 名次山 角の松原 次に見せたろ》
―高市黒人―(巻三・二七九)
好天に恵まれた 遊覧の行幸
西摂津 真野までの 足延しが 決まる
ここ 敏馬から真野まで
騎馬なら 夕べまでの往還だ
女官らは 留め置かれ 官人らによる 榛原遊行
官人ら 思い思い 榛の木の林に入り
衣を摺りつけ 香と色を 楽しむ
これが 家人 思い人への 土産となる
いざ児ども 大和へ早く 白菅の 真野の榛原 手折りて行かむ
《さあみんな 早よう大和へ 帰ろうや 榛原菅を 土産に採って》
―高市黒人―(巻三・二八〇)
夕闇せまる 敏馬の浜
月の出を待つ 男と女
「黒人様 榛原の眺め 良うございましたか
わたくしも ご一緒しとう ございましたに」
白菅の 真野の榛原 住くさ来さ 君こそ見らめ 真野の榛原
《行く時と 帰る時とに あんたはん 見たんやろうな あの榛原を》
―黒人の妻―(巻三・二八一)
(鶴女と居ると 素直になれる)
肩を そっと抱き寄せる 黒人
渚に 月影が 波の端に映えて 揺れている

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