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令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

黒人編(1)猪名野は見せつ

2009年08月23日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月日】

吾妹子わぎもこに 猪名野ゐなのは見せつ
      名次山なすぎやま つのの松原 いつか示さむ


【名次神社のある名次山】


将来を約束した 女官がいた 
今日の 行幸みゆきに 同行している
若い 高市黒人たけちのくろひとの心 自ずとの華やぎ

旅好きな 黒人 
風光を求めて あちこちの名勝を 訪ねてきた 
女官の鶴女たづめにも 
『いづれ 共にでよう』と 約していた
はからずもの 今日の行幸
猪名野いなのの景勝 
手を携えてのものでは 無かったが  
見せることができた 

吾妹子わぎもこに 猪名野ゐなのは見せつ 名次山なすぎやま つのの松原 いつか示さむ
《あの児には 猪名野いなのは見せた 名次山なすぎやま つのの松原 次に見せたろ》 
                         ―高市黒人―(巻三・二七九)

好天に恵まれた 遊覧の行幸 
西摂津 真野までの 足延しが 決まる 
ここ 敏馬みぬめから真野まで
騎馬なら 夕べまでの往還だ 
女官らは 留め置かれ 官人らによる 榛原はりはら遊行

官人ら 思い思い はんの木の林に入り 
衣をりつけ かおりと色を 楽しむ
これが 家人いえびと 思いびとへの 土産となる 

いざども 大和やまとへ早く 白菅しらすげの 真野まの榛原はりはら  手折たをりて行かむ
《さあみんな 早よう大和へ 帰ろうや 榛原はりはらすげを 土産に採って》 
                         ―高市黒人―(巻三・二八〇)

夕闇せまる 敏馬みぬめの浜
月の出を待つ おのこおみな
「黒人様 榛原はりはらの眺め 良うございましたか
 わたくしも ご一緒しとう ございましたに」 

白菅しらすげの 真野まの榛原はりはら くささ 君こそ見らめ 真野の榛原 
《行く時と 帰る時とに あんたはん 見たんやろうな あの榛原はりはらを》 
                         ―黒人の妻―(巻三・二八一)

鶴女たづめると 素直になれる)
肩を そっと抱き寄せる 黒人 
渚に 月影が 波の端に映えて 揺れている 



<名次山・角の松原>へ


黒人編(2)古の人にわれあれや

2009年08月22日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月24日】

いにしへの 人にわれあれや
       ささなみの ふるみやこを 見れば悲しき

【「大津京址」 繁る樹木の陰 崇福寺址からの展望】


大津宮陥落ののち 十数年が過ぎ 
持統天皇の御代みよ
父 天智天皇の供養にと 近江への行幸みゆき

高市黒人たけちのくろひとは 従賀の一員として 参じていた
人麻呂も 同行だ 
〔当代一との 声望の歌人うたびとと 一緒だ
 わしとて 歌詠みとして 立身の望みはある 
 人麻呂殿から 学ぶ 良い機会じゃ〕 

帝のお召 
人麻呂は詠う 

玉襷たまだすき 畝火うねびやまの 橿原かしはらの 日知ひじり御代みよゆ れましし かみのことごと つがの いやつぎつぎに あめした らしめししを・・・
《畝傍の山の 橿原の 神武じんむ御代みよを 始めとし 引き継ぎきたる 大君おおきみの 治め給いし 都やに・・・》
                          ―柿本人麻呂―〔巻一・二九の一部〕

神々こうごうしくも 朗々と
並ぶなき 声調 気魄  
聞きいる者 すべて もく
人麻呂 一人の世界が 広がる 

おおやけの 歌奏上が済み 湖畔にたたずむ 影二つ
〔素晴らしい 歌謡でござった 
 人麻呂殿でうては ああは行き申さぬ
 わたくしめも 励みを重ね 
 少しでも 近づきとう存じます〕 
〔いやいや 精一杯でござる 
 天皇おおきみを前にしての歌詠み
 全身全霊での なせる仕業わざ
人麻呂は 顎鬚あごひげを ぜる

〔ところで 黒人殿 
 ここは 今は亡き 天智帝の旧都 
 鎮魂ちんこんの歌 いかがかな〕

いにしへの 人にわれあれや ささなみの ふるみやこを 見れば悲しき
《この古い 都見てたら 泣けてくる 古い時代の 自分ひとやないのに》 
                         ―高市黒人―〔巻一・三二〕

ささなみの 国つ御神の うらさびて 荒れたるみやこ 見れば悲しも
《ここの国 作った神さん 心え みやこ荒れてる 悲しいこっちゃ》 
                         ―高市黒人―〔巻一・三三〕

〔こやつ なかなかの歌詠み 心のほとばしりはないが みたるものを 秘めておるわい〕
人麻呂の心中 察するすべ無く 
黒人に背に 冷汗が流れる 
〔人麻呂殿に 披露するような歌か 
 競おうなどと 百年早いわ 
 弾けるたましいが 欲しいものじゃ・・・〕
湖畔に 吹き下ろす 比良の風 
黒人の 胸を 吹き抜ける 



<大津京址>へ



黒人編(3)呼びそ越ゆなる

2009年08月21日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月25日】

大和やまとには 鳴きてからむ 呼子鳥よぶこどり
          きさの中山  呼びそ越ゆなる


【宮滝の吉野川】


やすみしし わご大君 神ながら 神さびせすと  吉野川 たぎ河内かふちに 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば 
《天皇さんは 神さんや 吉野の川の 河淵かわふち に 御殿やかた造られ 登りみる》
たたなはる 青垣山あおかきやま 山神やまつみの まつ御調みつきと 春べは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉もみちかざせり 
《山の神さん かざりやと 春には花を 咲かせはり 秋には黄葉もみじ 作りはる》
ふ 川の神も 大御食おほみけに つかまつると かみつ瀬に 鵜川うかはを立ち しもつ瀬に 小網さでさし渡す 
《川の神さん 御馳走ごちそうと 上流かみで鵜飼を 楽しませ 下流しもで網取り さしなさる》
山川も りてつかふる 神の御代かも
《山や川 みんな仕える 天皇おおきみさんに》
                         ―柿本人麻呂―〔巻一・三八〕

山川も りてつかふる 神ながら たぎつ河内かふちに 船出せすかも
《山川の 神もつかえる 天皇おおきみが 逆巻く川に 船出ふなでしなさる》
                         ―柿本人麻呂―〔巻一・三九〕

吉野行幸みゆき
新装成った 宮滝離宮 
人麻呂の 天皇賛歌が 響く 

〔なんと 白々しらじらしくも うたえるものだ
 寿ことほぎ言葉のつむぎ 溢れ出る情感こころ
 山の神 川の神をも ひれ伏せさせる 天皇おおきみ
 その天おおきみまで 見下ろすかのような 詠い声
 そう聞くのは わしの僻心ひがごころ
 天皇おおきみの偉業 これに勝る 治世はない
 それにしても・・・〕 

〔もう 長歌はやらぬ 
 従賀歌なぞ うたわぬぞ
 このお人には 付いて行けぬは〕 
 夕刻 宮滝の淵 独りたたずむ 黒人
郭公かっこうが 一羽 鳴き去ってゆく

大和やまとには 鳴きてからむ 呼子鳥よぶこどり きさの中山  呼びそ越ゆなる
郭公鳥かっこどり きさの中山 鳴き越えた 大和へ行って 鳴いてんやろか》  
                         ―高市黒人―〔巻一・七〇〕

〔どうして わしの歌は こうも影を帯びるのか 
 人のこころ 自分の心を 素直に うたえぬのか〕
自分への 苛立いらだちを 覚える 黒人がいた



<宮滝>へ


黒人編(4)船泊てすらむ

2009年08月20日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月26日】

何処いづくにか 船泊ふなはてすらむ 安礼あれの崎
             み行きし 棚無たなな小舟をぶね

【安礼の崎 音羽川河口】


ひと月半に及んだ 三河行幸みゆきから 戻り
心知れた 従賀人じゅうがびとの 別れうたげが 持たれていた
留守居の 誉謝女王よさのおおきみ 長皇子ながのみこも 同座 
なごやかな 一時ひとときが 過ぎていた
長奥麿ながのおきまろが 座を仕切る
〔それがしの歌 一番と思うにより  真っ先の披露といたす〕 

引馬野ひくまのに にほふ榛原はりはら 入り乱れ 衣にほはせ 旅のしるしに
《引馬野の はんの林で 木にさわり 衣に色を 染めて土産に》 
                         ―長忌寸奥麿ながのいみきおきまろ―〔巻一・五七〕
〔どうじゃ なかなかのものであろう さあ 次じゃ 舎人娘子とねりのおとめ殿〕

大夫ますらをが 得物矢さつや手挿たばさみ 立ち向かひ 射る円方まとかたは 見るに清潔さやけし
的方まとかたの 海はえなあ え男 弓構えたに 清々すがすがしいて》 
                          ―舎人娘子とねりのをとめ―〔巻一・六一〕
〔これは これは 伊勢の 的方まとかた 思い出すのう さあ 誉謝女王よさのおおきみ殿〕

ながらふる 妻吹く風の 寒きに わが背の君は 独りからむ
《長い旅 ころもの端に 風吹いて 寒いあんた 一人やろか》 
                         ―誉謝女王よさのおほきみ―〔巻一・五九〕
〔おお そなたは 婚を結んで 間無しであったのう  衣のつまにことよせ 早く帰れとの 妻の吹く 溜息風ためいきかぜか〕
〔それでは ご妻女を 行幸に出された  長皇子ながのみこ殿 心境は 如何いかがかな〕

よひに逢ひて あしたおもみ なばりにか ながき妹が いほりせりけむ
《長旅を 続けたお前 名張来て ここで泊まりの 宿を取ったか》  
                         ―長皇子ながのみこ―〔巻一・六〇〕
新妻にいづまの 夜明けの恥じらい これは まいった 長皇子ながのみこ殿も 新婚で あられたか あついあつい〕 
〔ところで 黒人殿も 婚儀も近いとか  相手は誰じゃ 婚儀は何時いつじゃ〕
〔来春 早いうちに 相手は 鶴女たづめと申す〕
〔ああ 越の国から来たという 
 いつぞやの猪名野・敏馬みぬめむつまじさ 名高いぞ
 それにしても 長く待たせたものじゃ 
 無理もない 
 黒人殿 出世が いま一つであったからのう〕 
口さがない 奥麿おきまろ 黒人は 苦笑いする
〔それにしても めでたい それで 黒人殿の歌は どうした〕 

何処いづくにか 船泊ふなはてすらむ 安礼あれの崎 み行きし 棚無たなな小舟をぶね
《あの小舟 どこで泊まりを するんやろ さっき安礼崎あれさき 行ったあの舟》 
                         ―高市黒人―〔巻一・五八〕
〔これは 聞きしに勝る 暗い歌  まあ はじけるように笑う 鶴女たづめと いい取り合わせじゃ〕

ほろ酔いで 我がに戻る 黒人
思いもかけぬ 知らせが 待っていた 




<安礼の崎>へ


黒人編(5)鶴鳴き渡る

2009年08月19日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月27日】

桜田さくらたへ たづ鳴き渡る 年魚市潟あゆちかた
           潮干しほひにけらし 鶴鳴き渡る


【高の槻群つきむら 高神社の登り口】


黒人は 放浪していた 
鶴女たづめから 音沙汰なしの 三月みつきが過ぎる
官の勤めも とどこおりがち

あの夜・・・ 
「なに 鶴女たづめが 国に帰ったというか」
国で とこに伏したままの やまいの父親 その看病の母も倒れたという 
行幸みゆき途上での知らせ 私的なこと故 お知らせを 見合せており 申し訳ありません」 
・・・家人かじんの声が 今も 耳にある

今日も 鶴女たづめとの 思い出の地に出向く 
難波潟の 島々を見やる 黒人 
四極しはつ山 うち越え見れば 笠縫かさぬひの 島漕ぎかくる たな小舟をぶね
四極しはつ山 越えたら見えた 笠縫かさぬひの 島に隠れた 棚なし小舟》 
                        ―高市黒人―〔巻三・二七二〕
住吉すみのえの 得名津えなつに立ちて 見渡せば 武庫むことまりゆ づる船人ふなびと
武庫むこどまり 船を漕ぎ出す 船頭ら よう見えてるで 住吉浜で》  
                         ―高市黒人―〔巻三・二八三〕

今日も 今日とて 足は 山城多賀へ 
とくても 見てましものを 山城やましろの 高の槻群つきむら 散りにけるかも
《もっと早よ 来たらかった 山城の 多賀のつきもり 黄葉はァ散ってもた》 
                         ―高市黒人―〔巻三・二七七〕

足は伸び 三河  
本海道 姫街道の分岐 追分に 黒人の姿 
いももわれも 一つなれかも 三河みかはなる 二見ふたみの道ゆ 別れかねつる
《二見道 男と女の 別れどこ 離れるもんか お前とわしは》  
                         ―高市黒人―〔巻三・二七六〕
鶴女たづめとの旅 わしが 一・二・三の戯れ歌を 詠いし折 鶴女が 返した歌が 思い出される 
 なんと 今を 暗に 示めしておったか〕 
三河の 二見の道ゆ 別れなば わが背もわれも 独りかも行かむ 
《三河国 ここの二見で 別れたら あんたもうちも 一人旅やで》 
                         ―高市黒人―〔巻三・二七六、一本云〕

〔ああ 鶴が 飛んで行く 鶴が 鶴が・・・〕 
桜田さくらたへ たづ鳴き渡る 年魚市潟あゆちかた 潮干しほひにけらし 鶴鳴き渡る
年魚市潟あゆちかた 潮引いたんや 桜田へ 鶴鳴きながら 飛んで行くがな》  
                         ―高市黒人―〔巻三・二七一〕

旅にして 物恋ものこほしきに 山下やましたの あけのそほ船 沖へぐ見ゆ
《なんとなく 物の恋しい 旅やのに あか塗り船が 沖通ってく》 
                         ―高市黒人―〔巻三・二七〇〕
〔官の船が 大和へ 帰って行く 
 わしも 戻らねば ならぬな 
 誰もらぬ 大和へ〕



<二見の道>へ



<高の槻群>へ

黒人編(6)この日暮れなば

2009年08月18日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月28日】

何処いづくにか われは宿やどらむ
         高島たかしまの 勝野かちのの原に この日れなば


【勝野の原 高島町勝野】


帰着の黒人に 官よりの命が 届いていた 
《勤め 懈怠けたいにつき 今以降の出仕を 停止ちょうじす》

黒人は 旅の空にいた 
官の どころを失くし
寄るは 心の支え 鶴女たづめ

黒人の足 近江から 湖西 越前へ 
しなざかる 越への道 

いそさき 漕ぎみ行けば 近江あふみうみ 八十やそみなとに たづさはに鳴く
《磯の崎 漕いで回ると うみひらけ あちこち湊に 鶴の群鳴く》 
                         ―高市黒人―〔巻三・二七三〕
何処いずくに ろうや 鶴女たづめ

かくゆゑに 見じといふものを 楽浪ささなみの ふるみやこを 見せつつもとな
《そうやから 嫌やたのに 近江京ふるみやこ 見せたりしたら 寂しいやんか》 
                         ―高市黒人―〔巻三・三〇五〕
わが船は 比良ひらみなとに 漕ぎてむ 沖へなさかりり さ夜更よふけにけり
《夜も更けた 沖へ出らんと この船は 比良の湊で 泊まりにしょうや》  
                         ―高市黒人―〔巻三・二七四〕
あともひて 漕ぎ行く船は 高島たかしまの 阿渡あと水門みなとに てにけむかも
《連れ立って 漕ぎ行った船 高島の 安曇あどの湊で 泊まったやろか》 
                         ―高市黒人―〔巻九・一七一八〕

おのが心を なおに出さず 歌に心を通わせる
景を詠み 景を見せ 背後に 心がにじ
人恋しさ 
自分恋しさの 世界 
鶴女たづめとの 別れが 黒人の歌を 他の追随を許さぬ高みへと 導く 

何処いづくにか われは宿やどらむ 高島たかしまの 勝野かちのの原に この日れなば
《日ィ暮れる 何処どこで泊まれば 良えんやろ 原っぱ続きの 高島たかしま勝野かちの》  
                         ―高市黒人―〔巻三・二七五〕

加賀を抜け 雪深い 越中へ 黒人の旅は続く 

婦負めひの野の すすき押しべ 降る雪に 宿やど借る今日し 悲しく思ほゆ
《降る雪が 薄を倒す 婦負めひの野で 宿を借るんは 悲してならん》 
                         ―高市黒人―〔巻十七・四〇一六〕



<勝野の原>へ



<あどの湊>へ