【掲載日:平成23年7月15日】
・・・しかれども
谷片付きて 家居れる 君が聞きつつ 告げ無くも憂し
立夏過ぎても 鳴かない霍公鳥
春遅い越とは云え
この時 聞こえないは 苛立ち募る
鳴くと聞けば 野に出てでも との家待に
人伝噂が 届く
(なになに
掾久米広縄が屋敷 山陰故 初音聞いたとか
怪しからぬ仕儀かな 申すべし申すべし)
此処にして 背向に見ゆる 我が背子が 垣内の谷に
《ここからは 後ろに見える 広縄家 屋敷の庭は 谷の中》
明けされば 榛のさ枝に 夕されば 藤の繁みに 遥遥に 鳴く霍公鳥
《夜が明けたら 榛の枝 夕方来たら 藤の蔭 遥かに鳴くよ ほととぎす》
我がやどの 植木橘 花に散る 時を未だしみ 来鳴か無く そこは恨みず
《庭先植えた 橘は 花散ったのに 時期違うと 鳴きに来んのは 仕様がない》
しかれども 谷片付きて 家居れる 君が聞きつつ 告げ無くも憂し
《それはそうやが 谷近に 住んどる広縄 聞いたでと 言うて来んのは 恨めしで》
―大伴家持―(巻十九・四二〇七)
我が幾許だ 待てど来鳴かぬ 霍公鳥 一人聞きつつ 告げぬ君かも
《ほととぎす こんな待っても 鳴かんのに 一人で聞いて 知らん顔かい》
―大伴家持―(巻十九・四二〇八)
上官 守家待からの 詰問
実直久米広縄 慌てての返し
谷近く 家は居れども 木高くて 里はあれども 霍公鳥 いまだ来鳴かず
《谷近う 家を構えて 住んでるに 木ィ高繁る 里やのに ほととぎす鳥 まだ鳴かん》
鳴く声を 聞かまく欲りと 朝には 門に出で立ち 夕には 谷を見渡し 恋ふれども 一声だにも いまだ聞こえず
《鳴く声早よに 聞きたいと 朝方門の 外に立ち 夕方谷を 見渡して 焦がれるけども 一声も 聞いてまへんで わしかてホンマ》
―久米広縄―(巻十九・四二〇九)