【掲載日:平成21年9月4日】
逢はむ日の 形見にせよと 手弱女の
思ひ乱れて 縫へる衣そ
【越前市 味真野苑 犬養孝揮毫「天の火もがも」歌碑】

配流の日から 年月が長い
配所暮らしに慣れた 宅守
娘子への 思い 心底に 潜んで行く
忍びよる 諦めか
向かひゐて 一日もおちず 見しかども 厭はぬ妹を 月わたるまで
《一日も 飽かんと見てた お前やに もう長いこと 逢うてへんがな》
―中臣宅守―〔巻十五・三七五六〕
過所無しに 関飛び越ゆる ほととぎす わが思ふ子にも 止まず通はむ
《ホトトギス 手形無うても 関所越える わしの思いも 越えへんもんか》
―中臣宅守―〔巻十五・三七五四〕
吾が身こそ 関山越えて ここにあらめ 心は妹に 寄りにしもの
《この身体 関所を越えて 遠いけど 心はずっと お前の所や》
―中臣宅守―〔巻十五・三七五七〕
うるはしと 吾が思う妹を 山川を 中に隔りて 安けくもなし
《愛おしい 思うお前は 山や川 隔てて遠い 悲しいこっちゃ》
―中臣宅守―〔巻十五・三七五五〕
宅守の 心変化を気づいてか
娘子 形見に 励ましを託す
白拷の 吾が下衣 失なはず 持てれわが背子 直に逢ふまでに
《持っててや うちの肌着を 失くさんと 顔見て逢える その日来るまで》
―狭野弟上娘子―〔巻十五・三七五一〕
逢はむ日の 形見にせよと 手弱女の 思ひ乱れて 縫へる衣そ
《逢う日まで うちの代わりや 思てんか 沈む心で 縫うた服やで》
―狭野弟上娘子―〔巻十五・三七五三〕
娘子の励ましに 我に返る宅守
吾妹子が 形見の衣 なかりせば 何物もてか 命継がまし
《身代わりに 貰たこの服 無かったら 何を頼りに 生きて行くんや》
―中臣宅守―〔巻十五・三七三三〕

<あぢま野>へ