【掲載日:平成22年11月16日】
わご王 天知らさむと 思はねば
凡にそ見ける 和豆香そま山
天平十六年〈744〉一月十一日
帝 難波宮行幸
同行安積皇子
桜井頓宮で 恭仁京への引き返し
「脚の病」発症につきの帰還
二日後 十三日 「身罷り」の報 難波へ
恭仁留守官 仲麻呂
憶測あるも 証拠立ての術なし
過ぎにし 酩酊の秋宴を思い
悲痛家持 断腸の思い
懸けまくも あやにかしこし 言はまくも ゆゆしきかも
わご王 皇子の命 万代に 食したまはまし 大日本
《言葉にするも 憚られもし 畏れ多いが 天皇様の
御子の命が 万世までも お治めなさる この日の本の》
久邇の京は うちなびく 春さりぬれば 山辺には 花咲きををり 河瀬には 年魚子さ走り
いや日異に 栄ゆる時に 逆言の 狂言とかも
《恭仁の都は 春来たならば 山いっぱいに 花咲き誇り 清い川には 若鮎飛んで
日毎栄える 思うていたに 事もあろうに 嘘やでそんな》
白栲に 舎人装ひて 和豆香山 御輿立たして ひさかたの 天知らしぬれ
こいまろび ひづち泣けども せむすべも無し
《舎人ことごと 喪服を付けて 和豆香の山に 葬列御輿 天の支配に お出かけされた
身体打ち伏せ 泣き叫んでも どう仕様も無うて 戸惑いおるよ》
―大伴家持―〈巻三・四七五〉
わご王 天知らさむと 思はねば 凡にそ見ける 和豆香そま山
《皇子さん 治めなさると 知らんから 気にせんかった 和豆香の山よ》
―大伴家持―〈巻三・四七六〉
あしひきの 山さへ光り 咲く花の 散りぬるごとき わご王かも
《皇子さん 山光る様に 咲いた花 その花散って 寂しいかぎり》
―大伴家持―〈巻三・四七七〉