【掲載日:平成21年9月24日】
天ざかる 鄙に五年 住ひつつ
都の風俗 忘らえにけり
【大宰府正庁址】

湿っぽい宴が 続いている
天平二年〔730〕十一月
大伴旅人 大納言に昇進
人臣の極みに上りつめた 旅人
京へ戻るにつけての 餞の宴
目出たい 祝の宴で あるべきに
酒の味は 苦い
宴席に 集う人々の 絆は
官人としての それではない
友人 知己 同胞 の 絆
それだけに 別れの辛さが 先に立つ
天飛ぶや 烏にもがもや 都まで 送り申して 飛び帰るもの
《飛ぶ鳥に なってあんたを 都まで 送って行って 戻ってきたい》
人もねの うらぶれ居るに 龍田山 御馬近づかば 忘らしなむか
《こっち皆 しょんぼりやのに 龍田山 近くに見たら 忘れん違うか》
言ひつつも 後こそ知らめ とのしくも さぶしけめやも 君坐さずして
《寂しさは あんた居るうち まだ浅い ほんまの寂しさ 去ってもたあと》
万代に 坐し給ひて 天の下 申し給はね 朝廷去らずて
《ずううっと 長生きされて 国のため 活躍してや 朝廷に居って》
―山上憶良―〔巻五・八七六~八七九〕
宴果てて 戻った 憶良
まんじりともせずの 夜明け
旅人を思い 自分を思う
天ざかる 鄙に五年 住ひつつ 都の風俗 忘らえにけり
《京離れ ここの田舎に 五年居り 都風情を 忘れてしもた》
かくのみや 息衝き居らむ あらたまの 来経往く年の 限知らずて
《いつまでも 溜息ついて 暮らすんか 今年も来年も その翌年も》
吾が主の 御霊給ひて 春さらば 奈良の都に 召上げ給はね
《頼みます あんたの引きで 春来たら 奈良の都に 呼び戻してや》
―山上憶良―〔巻五・八八〇~八八二〕
憶良私懐の歌を 前にして 旅人は 思う
〔本心 わしと共にと 思ってくれているのだ
残される者の心 わからぬ わしでない〕
旅人は 妻を亡くした時の 憶良の 友情を 思い出していた

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