令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

家持・青春編(一)(1)はねかづら

2010年08月31日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年5月28日】

葉根蘰はねかづら 今する妹を いめに見て
              こころのうちに 恋ひ渡るかも



家持やかもちは 思わず目を見張った
大宰府から  戻った 佐保の屋敷
うるわしい 乙女がいる
〈どこの・・・〉 
と思った  家持
〈おお あの女童めわらわではないか〉

養老二年〈718〉大伴旅人おおとものたびとに 長男誕生
家持 
佐保大納言家待望の  後継ぎ
時に  旅人五十四才 

神亀じんき四年〈727〉父の大宰府赴任ふにんに同行
約三年の大宰府滞在は  
少年家持に  色々を教えた
父の政務 
筑紫歌壇 
そこでの  大人の付き合い
取り交わされた  歌の数々
分けても 
女人にょにんと交わされた歌に 早熟の芽を育てていた

葉根蘰はねかづら 今する妹を いめに見て こころのうちに 恋ひ渡るかも
《大人なる かずらかぶる児 夢に見て ひそかに恋を し続けてんや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〈巻四・七〇五〉

葉根蘰はねかづら 今する妹は 無かりしを いづれの妹そ 幾許ここだ恋ひたる
《うち知らん かずらかぶる児 てへんで 何処どこ何方どなたに 恋したんやろ》
                         ―童 女―〈巻四・七〇六〉 

住むやかたは ことにするものの
佐保大納言邸 屋敷うちに 起居ききょする者同士
弟 書持ふみもちと共に たわむれ遊んだ 幼い日々

幼馴染おさななじみの気安さ 家持は 誘いの歌を贈る
まだ 幼さ留めた 乙女おとめ
それでも 
即妙の  返し歌

やがて おみなめとの飯事ままごとのような 生活くらしが始まる


家持・青春編(一)(2)若月(みかづき)見れば

2010年08月27日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月1日】

ふりけて 若月みかづき見れば 一目見し
             人の眉引まよひき 思ほゆるかも



大伴坂上郎女おおとものさかのうえのいらつめは 不機嫌であった
〈大伴本家たる  佐保邸
 後取りは しかるべき身分の嫁が順当
 しかるに  身分釣り合わぬ娘などと・・・
 わが 娘坂上大嬢おおいらつめこそ 似合い〉

従兄いとこ 家持を 
実兄あにとも慕う 年端行かぬ大嬢おおいらつめ
それと察する 坂上郎女いらつめからの歌が届く

月立ちて ただ三日月の 眉根まよねき 長く恋ひし 君に逢へるかも
《三日月の ようなまゆを いたんで こいがれてた あんたに逢えた》
                         ―大伴坂上郎女おおとものさかのうえのいらつめ―〈巻六・九九三〉

〈あの 少女こどもにしては 出来すぎ
 ははぁ 叔母おばさまの代歌かわりうたじゃ これは〉
坂上郎女いらつめの真意 知ってか知らずか
家持 かまい気分で筆を執る

ふりけて 若月みかづき見れば 一目見し 人の眉引まよひき 思ほゆるかも
《振りあおぎ 三日月見たら 一目見た おまえのまゆを 思い出したで》
                         ―大伴家持―〈巻六・九九四〉 

我が屋外やどに きし瞿麦なでしこ いつしかも 花に咲きなむ なそへつつ見む
《庭植えた 撫子なでしこ咲くん 楽しみや 女らしなる お前おんなじ》
                         ―大伴家持―〈巻八・一四四八〉 

石竹なでしこの その花にもが 朝な朝な 手に取り持ちて 恋ひぬ日けむ
《撫子の お前花やと えのにな 毎朝手にし いつくしめるに》
                         ―大伴家持―〈巻三・四〇八〉 

思いもよらぬ  返し歌
坂上郎女いらつめ 大嬢おおいらつめを駆り立て
手取り足とり 歌みさせる

生きてあらば 見まくも知らず 何しかも 死なむよ妹と いめに見えつる
《生きてたら 逢えるんやのに なんでまた 夢に出てきて 死のやてうの》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八一〉 
大夫ますらをも かく恋ひけるを 弱女たわやめの 恋ふるこころに たぐひあらめやも
《男でも 夢に見るほど 恋苦くるう おんな恋苦くるしん 当たり前やん》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八二〉 
つき草の 移ろひやすく 思へかも 我が思ふ人の ことも告げ
《移りな 露草の児や 思うんか 逢いたいあんた 何もん》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八三〉 
春日山かすがやま 朝立つ雲の ゐぬ日無く 見まくの欲しき 君にもあるかも
《春日山 朝雲いつも かかってる うち、、もいっつも あんた思てる》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八四〉 

〈これは たまらん 母子おやこしての 相聞攻勢か〉
家持 思わずの苦笑にがわら


家持・青春編(一)(3)手触れし罪か

2010年08月24日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月4日】

味酒うまさけを 三輪みわはふりが いはふ杉
           れしつみか 君に逢ひがたき



家持は 恋にあこがれていた
筑紫 
そこで  大人の恋を 見知った

これが恋だと 幼馴染おさななじみおみなめとの生活くらし
ときめきが無い 
大嬢おおいらつめとの 歌のり取り 
叔母おばの監視のもとでは こころ踊らない

家持 こいみちさぐりに精を出す
うたぶみ贈れば 人が知る
 知られた上は 為損しそんじは恥じゃ
 よし  歌なぞ 贈りはせぬぞ
 名のある家の 御曹司おんぞうし
 気に入りに  押し入り 手を握る
 なんのさわりがあろうか〉
体裁ていさい構いと自尊じそんが 同居する家持 
訪れるは 自ずと警護ゆるやかな身分の家

はつはつに 人をあひ見て いかにあらむ いづれの日にか またよそに見む
《ちょっとの 逢瀬おうせのあんた いつえる ちらっと姿 見られんやろか》
                         ―河内百枝娘子かふちのももえのをとめ―〈巻四・七〇一〉
ぬばたまの その夜の月夜つくよ 今日けふまでに 我れは忘れず なくし思へば
うたの あのえ月が 忘られん ずっとあんたを おもてるさかい》
                         ―河内百枝娘子かふちのももえのをとめ―〈巻四・七〇二〉

思ひる すべの知らねば 片もひの 底にそ我れは 恋ひなりにける
《恋心  晴らす仕方が 分からんで 片恋底に うち沈んでる》
                         ―粟田女娘子あはためのおとめ―〈巻四・七〇七〉
またも逢はむ よしもあらぬか 白栲しろたへの 我が衣手に いはひ留めむ
う手立て ないもんかなと 袖の端 結び合わして 祈ってるんや》
                         ―粟田女娘子あはためのおとめ―〈巻四・七〇八〉

鴨鳥かもどりの 遊ぶこの池に の葉落ちて 浮きたる心 我が思はなくに
《鴨遊ぶ 池に浮いてる 葉ぁみたい 軽い気持ちで るんとちゃうで》
                         ―丹波大女娘子たにはのおほめのをとめ―〈巻四・七一一〉
味酒うまさけを 三輪みわはふりが いはふ杉 れしつみか 君に逢ひがたき
《三輪山の 神さん杉に 手えさわり ばち当たったか あんた逢われん
〈身分ちゃう 人に誘われ その気なり うちアホやった うてもらえん〉》
                         ―丹波大女娘子たにはのおほめのをとめ―〈巻四・七一二〉
垣穂かきほなす 人言ひとごと聞きて 我が背子せこが こころたゆたひ 逢はぬこのころ
《取り巻きの 中傷うわさを聞いて あんたはん 躊躇とまどうてんか うてくれへん》
                         ―丹波大女娘子たにはのおほめのをとめ―〈巻四・七一三〉

無理強むりじい家持を ものともせず
とうとき人と見ての 必死の取り付き
あわてる家持 早々はやばや逃げる

見知りの恋は  頭の恋
身をっての恋 知らぬ悲しさ
家持  恋の 駆け引き間合いを 測りかねている


家持・青春編(一)(4)いま二日だみ

2010年08月20日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月8日】

我が屋外やどの 萩花はぎはな咲けり 見に来ませ
           いま二日ふつかだみ あらば散りなむ



場数踏んだ  家持
少し駆け引きを覚えた 
掛け持ち恋に  浮き身をやつす

我が背子せこを あひ見しその日 今日けふまでに 我が衣手ころもでは る時も無し
《逢い引きの  日から今日まで ご無沙汰や うちは涙で 袖ぐしょ濡れや》
                         ―巫部麻蘇娘子かむなぎへのまそのをとめ―〈巻四・七〇三〉
栲縄たくなはの ながき命を りしくは 絶えずて人を 見まく欲りこそ
永遠とわまでの 命欲しいと おもたんは ずっとあんたと てたいからや》
                         ―巫部麻蘇娘子かむなぎへのまそのをとめ―〈巻四・七〇四〉

我が屋外やどの 萩花はぎはな咲けり 見に来ませ いま二日ふつかだみ あらば散りなむ
うちの庭 萩が咲いたで 見においで 二日もしたら 散ってしまうで》
                         ―巫部麻蘇娘子かむなぎへのまそのをとめ―〈巻八・一六二一〉

たれ聞きつ 此間ゆ鳴き渡る 雁がねの つま呼ぶ声の ともしくもあるか
《連れ呼んで 鳴き飛ぶ雁が うらやまし 誰かさんかて 聞いたんちゃうか》
                         ―巫部麻蘇娘子かむなぎへのまそのをとめ―〈巻八・一五六二〉

聞きつやと 妹が問はせる かりは まことも遠く 雲隠くもがくるなり
《聞いたかと あんたたずねる 雁の声 雲に隠れて 聞こえんかった》
                         ―大伴家持―〈巻八・一五六三〉 

秋づけば 尾花が上に 置く露の ぬべくも は 思ほゆるかも
《秋来たら すすき置く露 消えるに うちの命も 消えそに思う》
                         ―日置長枝娘子へきのながえのをとめ―〈巻八・一五六四〉

我が屋外やどの 一群ひとむら萩を 思ふ児に 見せずほとほと 散らしつるかも
うちの庭 れ咲く萩を いとし児に 見せず大方おおかた 散らしてしもた》
                         ―大伴家持―〈巻八・一五六五〉 

つれない心の  返し歌
家持は  自信を深めていた
〈これこれ  これぞ恋遊び
 我ながら  うまくなったものだ〉

坂上郎女の 苛々いらいらは募る
大伴家いえを思う 私の心根
 わからぬ家持であるまいに 
分不相応な  娘相手に 手当たり次第〉

坂上郎女から 謎めいたふみが届く
《家持殿 今少し 美味びみを食すと 思うたが 如何物いかもの食いとは 恐れ入る》


家持・青春編(一)(5)名の惜しけくも

2010年08月17日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月15日】

剣太刀つるぎたち 名のしけくも 我れはなし
             君に逢はずて 年のぬれば



「おお 旅人たびと殿の若い時に 生き写し
 よくぞ このばばを 訪ねてこられた」
相好そうこうを崩す 丹生女王にうのおおきみ
旅人若年の 相聞そうもん相手
「なになに 女王ひめぎみに類する 乙女おとめじゃと
 これは  これは 血は争えぬ
 口添えを  せぬではないが
 合う合わぬは  お互いしだい
 誘いに乗せるは  腕しだい
 よいかな  家持殿
 首尾の責めは  負わぬぞよ」

坂上郎女いらつめの とがめ立てに反発
しからば 美味びみなる身分の御方おかたと よしみを通じ
鼻明かそうとの  魂胆

おもふと 人に見えじと なまじひに 常に思へり ありぞかねつる
《物思い 知られんとこと 無理をして 思い悩むん ほんまにつらい》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻四・六一三〉

葦辺あしへより 満ちしほの いや増しに 思へか君が 忘れかねつる
《潮ちる みたいに慕情おもい こみあげて あんたのことが 忘られへんよ》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻四・六一七〉

秋萩に 置きたる露の 風吹きて 落つる涙は とどめかねつも
《風吹いて 萩の玉露 散るみたい うちの涙は められへんわ》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻八・一六一七〉

あひおもはぬ 人をやもとな 白栲しろたへの 袖つまでに ねのみし泣くも
《片思い  分かってんのに 思い詰め 袖びしょ濡れに なるまで泣くよ》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻四・六一四〉

我が背子せこは あひはずとも 敷栲しきたへの 君が枕は いめに見えこそ
《あんたはん  思ててくれん 思うけど せめて夢でも 出てくれへんか》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻四・六一五〉

剣太刀つるぎたち 名のしけくも 我れはなし 君に逢はずて 年のぬれば
《うちなんか なに言われても もうえわ 逢えん日なごう 続いたよって》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻四・六一六〉

〈いやはや  高貴なお方は 育ちが良すぎる
 変に  なよなよばかりか すぐに涙じゃ〉
 
恋の狩人  家持
渉猟しょうりょうの旅は 続く


家持・青春編(一)(6)わが恋やまめ

2010年08月13日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月18日】

ただに逢ひて 見てばのみこそ たまきはる
               いのちに向ふ 我が恋まめ



〈さてはて  「下はならず」と言われ
 上を求めても しょうわず
 同等通いの道しかないか〉 

夜中よなかに 友呼ぶ千鳥ちどり 物思ふと わびをる時に 鳴きつつもとな
《物思い  してる夜中に やかましに 千鳥鳴きよる よけ沈むがな》
                         ―大神女郎おおみわのいらつめ―〈巻四・六一八〉

霍公鳥ほととぎす 鳴きし登時すなはち 君がいへに 行けと追ひしは 至りけむかも
《鳴いたんで  思いを乗せて ホトトギス そっち行かした 着いたやろうか》
                         ―大神女郎おおみわのいらつめ―〈巻八・一五〇五〉

をみなへし 佐紀沢さきさわふる 花かつみ かつても知らぬ 恋もするかも
《佐紀沢に  咲いてるカツミ〔あやめ〕 かつてうち こんな思いは したことないわ》
                         ―中臣女郎なかとみのいらつめ―〈巻四・六七五〉

春日山かすがやま 朝ゐる雲の おほほしく 知らぬ人にも 恋ふるものかも
《山かる 朝雲みたい 気ィ晴れん なんであんたに 惚れたんやろか》
                         ―中臣女郎なかとみのいらつめ―〈巻四・六七七〉

ただに逢ひて 見てばのみこそ たまきはる いのちに向ふ 我が恋まめ
《命かけ 惚れた私の 恋ごころ じかに逢わんと おさまらへんわ》
                         ―中臣女郎なかとみのいらつめ―〈巻四・六七八〉

いなと言はば ひめや我が背 すがの根の 思ひ乱れて 恋ひつつもあらむ
《逢いたない  言うんやったら 無理言わん じっと我慢で 恋忍んでる》
                         ―中臣女郎なかとみのいらつめ―〈巻四・六七九〉

わたの底 奥を深めて 我が思へる 君には逢はむ 年はぬとも
《胸の奥 深うに思う あんたはん 時間掛けても きっとうたる》
                         ―中臣女郎なかとみのいらつめ―〈巻四・六七六〉

これぞとの女  妻問い
重ねての  通い
やがての  別れ

家持は  気付いていなかった
恋は 互いの心がよいあってこそ
相手品定めの前に 改めるはおのれ真実まことの無さ
心の隅に  恋は遊びの意識

天平十年〈738〉家持は内舎人うちとねりに任じられた
宮中参内さんだいの とある日
家持の胸に  衝撃が走る

ももしきの 大宮人は 多かれど こころに乗りて 思ほゆるいも
《宮仕え する女官さん いけども 心懸かるん あんただけやで》

上辺うはへなき 妹にもあるかも かくばかり 人のこころを 尽さく思へば
《このわしに  こんな思いを させるやて 罪な人やで あんた云う人》
                         ―大伴家持 ―〈巻四・六九一~二〉


家持・青春編(一)(7)馬うち渡し

2010年08月10日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月22日】

千鳥鳴く 佐保の河門かはとの 清き瀬を
             馬うち渡し 何時いつかよはむ



〈こんなひとが 居ただろうか
 しかと 容貌かんばせを見てはいない
 声さえ  聞いていない
 なのに  この胸狂おしさは なんなのだ〉
宮中で見た ひとりの娘子おとめ
身も心もの  一目惚れ
打算など  差し挟む余地とて無い
〈これが  恋 
 これこそ  恋
 探し求めた 本物まことの恋〉

懊悩おうのうきわ
あふれ出る思いを 矢継ぎばや 歌に

かくしてや なほや退まからむ 近からぬ 道のあひだを なづみまゐ来て
《苦労して 来たのに帰れ うのんか 遠い道のり 難儀むりして来たに》
                         ―大伴家持―〈巻四・七〇〇〉 

こころには 思ひ渡れど よしを無み よそのみにして 嘆きぞ我がする
《心では おもうてるけど 伝手つてうて 余所よそながら見て わし嘆いてる》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一四〉 
千鳥鳴く 佐保の河門かはとの 清き瀬を 馬うち渡し 何時いつかよはむ
《佐保川の 千鳥鳴いてる 清い瀬を 馬走らして 早よかよいたい》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一五〉 
夜昼よるひると いふわき知らず 我が恋ふる 心はけだし いめに見えきや
《思てるで  夜昼無しの 恋ごころ きっとあんたの 夢に出たやろ》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一六〉 
つれも無く あるらむ人を 片思かたもひに 我れし思へば わびしくもあるか
《惚れたけど 連れないり されてもて ひとり思うん せつないこっちゃ》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一七〉 
思はぬに 妹がゑまひを いめに見て 心のうちに 燃えつつそ居る
微笑顔ほほえみを 思いがけずに 夢に見て わしの恋心こころは 燃え上ったで》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一八〉 
大夫ますらをと 思へる我れを かくばかり みつれにみつれ 片思かたもひをせむ
《このわしが 苦恋こいするもんか おもてたに 胸きむしる 片恋かたこいすんや》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一九〉 
村肝むらぎもの こころくだけて かくばかり 我が恋ふらくを 知らずかあるらむ
《この胸が  張り裂けそうな わしの恋 あんたほんまに 知ってんやろか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七二〇〉 

かくばかり 恋ひつつあらずは 石木いはきにも ならましものを 物はずして
《こんなにも 恋い焦がれんと 石や木に 成りたいもんや 心のたん》 
                         ―大伴家持―〈巻四・七二二〉 

家持は 打ちひしがれていた
〈届かぬ思い 
 我れとしたことが・・・ 
 こんなことがあって良いものか 
 恋とは  残酷
 片恋は なんとみじめなものよ〉

ふと よぎる 過ぎてった女たち
その破れた恋心に  思い致す家持


家持・青春編(一)(8)色に出でにけり

2010年08月06日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月25日】

託馬野つくまのに ふる紫草むらさき きぬ
             いまだ着ずして 色にでにけり



ついに 
家持  安らぎの恋を得た
探しに探し  待ちに待った
理想の相手 
笠郎女かさのいらつめ
容貌かんばせは 十人並みだが
かしこく抑えた 利発さ 
教養備えた 歌み才気
一緒して 気疲きづかれが無い
まさに  波長が合うとは このこと

水鳥の 鴨の羽色はいろの 春山の おほつかなくも 思ほゆるかも
《春の山 ぼっと霞んで 見えんに あんたの気持ち よう分からへん》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻八・一四五一〉

朝ごとに 我が見る屋戸やどの 瞿麦なでしこの 花にも君は ありこせぬかも
《毎朝に 見る撫子なでしこの 花みたい あんた毎日 見たいて思う》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻八・一六一六〉

ぎりの おほに相見し 人ゆゑに 命死ぬべく 恋ひわたるかも
《霧みたい かおおぼろしか 見てへんに なんでこんなに 恋しいのやろ》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九九〉

皆人みなひとを よとの鐘は 打つなれど 君をしへば ねかてぬかも
みんなみな 早よと鐘は 鳴るけども あんた思たら 寝られへんがな》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六〇七〉

託馬野つくまのに ふる紫草むらさき きぬめ いまだ着ずして 色にでにけり
託馬野つくまのに えてる紫草くさで 染めた服 着てもせんのに 見られてしもた
〈あんたとは こころを染めた だけやのに 逢わへんうちに 知られてしもた〉》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻三・三九五〉

陸奥みちのくの 真野まの草原かやはら 遠けども 面影おもかげにして 見ゆといふものを
《あんたには しばらうて ないけども 面影浮かび うち、、見えてるで》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻三・三九六〉

奥山おくやまの 岩本いはもとすげを ふかめて 結びし心 忘れかねつも
《忘れへん あんなふこうに ちこたんや あんたの心 うち、、忘れへん》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻三・三九七〉

我が形見かたみ 見つつしのはせ あらたまの 年の長く 我れもおもはむ
《思ててや  うちの身代わり 見てながら うちもずうっと 思てるさかい》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五八七〉

家持は 満ち足りたかよいに いそしんでいた


家持・青春編(一)(9)我が名告らすな

2010年08月03日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月29日】

あらたまの 年のぬれば 今しはと
             ゆめよ我が背子せこ 我が名らすな



互いが  互いを思い
気に入られようと 心をくだ
相手あってこその 心くばり 
これがまた  自分の喜び

白鳥しらとりの 飛羽山とばやま松の 待ちつつぞ 我が恋ひわたる この月ごろを
《待ってんの もう長いこと なって仕舞た あんたしとうて 恋し続けて》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五八八〉

衣手ころもでを 打廻うちみの里に ある我れを 知らにぞ人は 待てどずける
打廻里さとって じっと待ってる 心内こころうち 知ってるやろに あんたえへん》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五八九〉

あらたまの 年のぬれば 今しはと ゆめよ我が背子せこ 我が名らすな
年月としつきが 経ったからて うち、、の名を ええやろ思て うたらあかん》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九〇〉

我がおもひを 人に知るれか 玉匣たまくしげ 開きけつと いめにし見ゆる
《隠してる うち、、の思いが 知れたんか 櫛箱くしばこ開いてる 夢見てしもた》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九一〉

やみに 鳴くなるたづの よそのみに 聞きつつかあらむ 逢ふとはなしに
《暗い夜に  鳴く鶴みたい 逢われんで あんたの噂 聞いてるだけや》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九二〉

君に恋ひ いたすべなみ 平城山ならやまの 小松がしたに 立ち嘆くかも
《恋しゅうて どう仕様しょうて 奈良山の 松の下来て 嘆息ぼけっとしてる》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九三〉

我が屋戸やどの 夕蔭草ゆふかげぐさの 白露の ぬがにもとな 思ほゆるかも
《庭に咲く 夕影草くさに置いてる 露みたい 心もとない 気持ちやうち、、は》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九四〉

我が命の またけむ限り 忘れめや いやには 思ひすとも
《あんたはん うち、、は死んでも 忘れへん 日に日に募る 思いかかえて》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九五〉

歌ににじむ 笠郎女の恋にける直向ひたむき
知りつつも  これが 家持の腰を引かせる