令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

家待・越中編(一)(06)手力(たぢから)もがも

2011年03月29日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成22年12月28日】

春の花 今は盛りに にほふらむ
           折りて插頭かざさむ 手力たぢからもがも



病の苦しみは  十日余り続き
ようやく 小康しょうこう得たものの
足腰え 身体はだるく
病は  家持をすっかり 気弱にしていた
こころだのみは おぬしばかりと 
大伴池主いけぬしへ 文を

春の花 今は盛りに にほふらむ 折りて插頭かざさむ 手力たぢからもがも
《春花は 今を盛りと 咲いとるが 折ってかみす 力も出んわ》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九六五〕
うぐひすの 鳴き散らすらむ 春の花 何時しか君と 手折たを插頭かざさむ
《鶯が 鳴き散らしとる 春の花 池主あんた髪挿かざし 何時いつ出来るやろ》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九六六〕

〔困った 国守かみ殿じゃ
 これしきの病  吹き飛ばせぬか
 坊ちゃま育ち  致し方無いか〕

池主から  見舞いの文が届く
《お手紙拝見  見事な文章感じ入ります
 添えられし歌  これも素晴らしく
 口ずさむたび 心洗われます
   そう 今 春たけなわ
 春宵くれおもむき 桃の花 飛び交う蝶 
 緑なすやなぎ 葉隠はがくれにさえずる鶯
 これを たたえずして なんの人生でしょう
 二人しての  楽しみ
 これを  病が裂き 悔しくてなりません
 私の春は 
 琴も無し  酒も無し 友も無し で
 過ぎるのでしょうか》 
〔少し 嫌味かるが 良しとするか〕
 
山峽やまがひに 咲ける桜を ただひと目 君に見せてば 何をか思はむ
山合やまあいに 咲いた桜を 一目でも 見せられたなら 言うこと無いで》
                         ―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻十七・三九六七〕
うぐひすの 鳴く山吹 うたがたも 君が触れず 花散らめやも
《鶯が 鳴きに来る山吹はな あんた手が 触れへんままで 散るもんかいな》
                         ―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻十七・三九六八〕


家待・越中編(一)(07)君は羨(とも)しも

2011年03月25日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成22年12月31日】

山吹やまぶきの 繁み飛びくく うぐひす
             声を聞くらむ 君はともしも



あくる日 早速さっそくの返しが 池主に
行間 弱気の虫がのぞ

大君おほきみの けのまにまに 級離しなざかる 越をおさめに 出でてし 大夫ますらわれすら 
世間よのなかの 常し無ければ うちなびき 床に臥伏こいふし いたけくの 日にに増せば
 
天皇おおきみの 任命受けて こしの国 おさめに来たが このわしも
 無情世の中 逆らえず やまいかかって とこ伏して 日に日に苦痛 えてきた》
悲しけく 此処ここに思ひ いらなけく 其処そこに思ひ 
嘆くそら 安けく無くに 思ふそら 苦しきものを 
 
《悲しいことや つらいこと あれやこれやと 思い出す
 嘆いてみても 安まらん 思いつめても 苦しだけ》 
あしひきの 山きへなりて 玉桙たまほこの 道の遠けば 
間使まづかひも よしも無み 思ほしき ことも通はず 
たまきはる みこと惜しけど むすべの たどきを知らに 
こもり居て 思ひ嘆かひ なぐさむる 心は無しに 
 
《山をへだてて 道とおて 使いすべ 無いよって おもてることも 伝わらん
 生命いのちしけど ども出来ん 家にこもって 嘆いても 心安らぐ ことはない》
春花の 咲けるさかりに 思ふどち 插頭かざさず 
春の野の 茂み飛びくく うぐひすの 声だに聞かず
 
《春の盛りの 野の花も 友と一緒に かみせん
 春の野原で しきり飛ぶ 鶯声うぐいすこえも 聞かれへん》
少女をとめらが 春菜ますと くれなゐの 赤裳あかもの裾の 春雨に にほひひづちて 
通ふらむ 時の盛りを いたづらに すぐりつれ
 
《春菜摘みする 乙女おとめらの 赤いすそが 春雨はるさめに 綺麗きれえに濡れる この季節
 意味過ごすか むなしいに》
しのはせる 君が心を うるはしみ この夜すがらに 
も寝ずに 今日けふもしめらに 恋ひつつそ居る 

《こんな気持ちを 知りぬいて 気づかいくれる 池主あんたはん
 ありがと思い 昼もも 感謝してます ほんまおおきに》 
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九六九〕
あしひきの 山桜花さくらばな ひと目だに 君とし見てば あれ恋ひめやも
《山桜 池主あんた一緒に 見られたら 一目だけでも 満足やのに》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九七〇〕
山吹やまぶきの 繁み飛びくく うぐひすの 声を聞くらむ 君はともしも
《山吹の 繁み飛びう 鶯を 聞ける池主あんたは うらやましいな》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九七一〕
出で立たむ 力を無みと こもり居て 君に恋ふるに 心神こころともなし
出歩であるける 力無いんで 家こもり 池主あんたしのぶん り切れんがな》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九七二〕

身体のえは 心の
池主  苦肉の励まし 届かない


家待・越中編(一)(08)うら恋(ごい)すなり

2011年03月18日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成23年1月4日】

・・・・・くれなゐの 赤裳あかも裾引き
      少女をとめらは 思ひ乱れて
            君待つと うらごいすなり



〔はてさて  困ったお人じゃ
 この上は うらやましく思わす他ないか〕

晩春の日差し うららかにして めるに値し
弥生やよい三日の 風光ふうこう景色けしき 遊覧に足る
つつみの柳は 入り江に並びて 美服びふくいろど
桃源とうげんの流れ 海へと通じて せんせん浮かぶ
雲型くもがたさかつぼに 香り浮かべて 清酒さけを満たし
羽根はねさかずき 好飲をうながして 曲水をめぐ
酒に酔いて 心陶然とうぜん あれこれを忘れ
酩酊めいていすれど 飽き足らず なおもとどまる

〔いやいや  これでは足らぬ
 遠回しでは らちあかぬ 
 連れ出すべし  連れ出すべし〕

大君おほきみの みことかしこみ あしひきの 山野さはらず 天離あまざかる ひなをさむる 大夫ますらをや 何かもの 
天皇すめらみことの 任命受けて 山や野原を 越え来てここの 国をおさめる 大夫ますらお守殿あんた 何を思うて わずらるか》
青丹あおによし 奈良路ならぢかよふ 玉梓たまずさの 使つかひ絶えめや こもり恋ひ いきづき渡り 下思したもひに 嘆かふわが背 
《都の 使いの者が 絶えることなど 有る訳ないぞ 家にこもって 思いにふけり 溜息ためいきばかり いてる守殿あんた
いにしへゆ 言ひらし 世間よのなかは かず無きものそ なぐさむる こともあらむと 里人さとびとの あれに告ぐらく 
《昔の人は 世の中なんて れたもんやと えことてる 里の人かて こうおもたなら 気晴らしなると このわし言うた》
山傍やまびには 桜花さくらばな散り かほとりの 無くしば鳴く 春の野に すみれを摘むと 白妙しろたへの 袖折りかへし くれなゐの 赤裳あかも裾引き 少女をとめらは 思ひ乱れて 君待つと うらごいすなり
《「山に桜花はな散り 郭公かっこう鳴くよ 春の野原で すみれを摘もと 袖をからげて すそを引いて 遊ぶ乙女おとめら 守殿あんたを待って 心おどらせ わくわくしてる」》 
心ぐし  いざ見に行かな 事はたなゆひ
《ぐずぐずせんと  さあ見に行こや 事は決まった 約束したで》
                         ―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻十七・三九七三〕
山吹は 日に日に咲きぬ うるはしと 吾がふ君は しくしく思ほゆ
《山吹の 花は日に日に 咲きそろう 見ておもうんは 守殿あんたばっかり》
                         ―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻十七・三九七四〕
わが背子せこに 恋ひすべながり 葦垣あしかきの ほかに嘆かふ あれし悲しも
垣外かきそとで 守殿あんたおもうて 立つだけでで 嘆くしかない わし可哀想かわいそや》
                         ―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻十七・三九七五〕


家待・越中編(一)(09)知らずしあらば

2011年03月15日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成23年1月7日】

咲けりとも 知らずしあらば もだもあらむ
             この山吹を  見せつつもとな



昨日さくじつ 晩春遊覧の詩 確かに拝見
 また  今朝 重ねてのお便り
 さらに  野遊びのお誘い歌まで
 ご厚意  有難く
 お陰さまにて  気も晴れ
 心のうれいも のぞかれ申した
 心のびやかにさせるは 
 春の風光を眺め  楽しむ以外 有りますまい
 重ね重ねの気遣い  痛み入ります》

晩春の残り日 明媚めいびの風光は 目にうるわ
吹く風は なごやかにして 頬をなぞるに軽い
遠来のつばくらめ 泥を口にして 家に来たり
帰るかりがねは 葦をくわえて 大海を目指す
ともと連れ立ち 詩歌しいかふけりて 曲水に遊び 
弥生の酒宴うたげ 飲をうながして はいを浮かべしよし
訪ね行き 臨席りんせきせんと 欲すれど
くやむべし 病みあがり身の 脚のよろめき


咲けりとも 知らずしあらば もだもあらむ この山吹を 見せつつもとな
《咲いてるて 知らんかったら 済んだのに 見せたら山吹はなを 見となるやんか》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九七六〕
葦垣あしかきの ほかにも君が 寄り立たし 恋ひけれこそば いめに見えけれ
垣外かきそとで 池主あんたが立って わしのこと しとてるよって 夢に出たんや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九七七〕

ここまでを したためた家待
身心共の みなぎりを覚えた
〔この 沸々ふつふつと湧いてくるものは・・・
 そうか  歌作りじゃ
 奈良の都での  
 政争の匂い芬々ふんぷんうたげ
 付き合い歌の むなしさ
 ために封印しておいた  歌作り
それが 
 いつの間にか 歌を作ってるではないか
 天離あまざかる ひなへの赴任
 慣れぬ任務遂行 
 大嬢おおいらつめと離れての生活くらし
 書持ふみもちの訃報
 心の  納め所を失うた日々が 病呼んだか
 そうか 
 池主殿が 得手えての漢詩で
 わしの歌心を 呼びましてくれたのか
 そうじゃ  そうじゃ
歌作りじゃ 
父上遺稿のたぐいが 役に立つ
 改めて 人麻呂殿 赤人殿に まねぶ時じゃ
 それには  花を詠み 鳥を詠み 景を詠み・・・
 とりわけ 長歌ちょうかを 心掛けずばなるまい
 おお  なるほど
 こし赴任は これが為であったか》

天平十九年〔747〕三月から四月 
人麻呂 赤人 まねびが
せきを切った如くの長歌連作へと 
家持を駆り立てる 


家待・越中編(一)(10)逢ひて早見む

2011年03月11日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成23年1月11日】

・・・ぬえ鳥の うら泣けしつつ 下恋したごひに 思ひうらぶれ 
       かどに立ち 夕占ゆふけひつつ 
            を待つと すらむ妹を 逢ひて早見む



歌づくりの思い 先ずは大嬢おおいらつめへと飛ぶ

妹もわれも 心はおやじ たぐへれど いやなつかしく 相見れば 常初花とこはつはなに 
心ぐし めぐしもなしに しけやし 奥妻おくづま
 
《お前とわしの 思いは同じ そばったら 心が引かれ 顔合わしたら 初々ういういしいて
 うれい気苦労 何にもうて いとおもてた 心の妻に》
大君おほきみの みことかしこみ あしひきの 山越え行き 天離あまざかる ひなをさめにと 別れし 
その日のきはみ あらたまの 年がへり 春花の うつろふまでに
 
《国の任命 かしこみ受けて 遠いこしくに おさめるために 野山を越えて 別れて来たが 
その日限りで 逢うことうて 年が変わって 春花はな散って仕舞た》
相見ねば いたもすべ無み 敷栲しきたへの 袖かへしつつ 落ちず いめには見れど 
うつつにし ただにあらねば 恋しけく 千重に積もりぬ
 
《どうも出来んで  袖折り返し 独りで寝たら 夢には出るが
 逢われんよって がれがつのる》
近くあらば 帰りにだにも うち行きて 妹が手枕たまくら へて てもましを 
玉桙たまほこの みちはしどおく 関さへに へなりてあれこそ
 
《もしも都が ちこうにあれば ちょっと帰って 手枕てまくらをして お前一緒に 寝られるものを
 道は遠いし 関まであって あいだ隔てて うこと出来ん》
よしゑやし よしはあらむそ
霍公鳥ほととぎす 来鳴かむ月に 何時しかも 早くなりなむ 
の花の にほへる山を よそのみも 振りけ見つつ 
近江路あふみぢに い行き乗り立ち 青丹あをによし 奈良の吾家わぎへ
 
《きっと何処どこかに 手立てだてはあるぞ 
 ほととぎす鳴く 四月が来たら の花咲いた 山もせんと
 近江路辿たどり 家まで行くぞ》
ぬえ鳥の うら泣けしつつ 下恋したごひに 思ひうらぶれ 
かどに立ち 夕占ゆふけひつつ を待つと すらむ妹を 逢ひて早見む

《嘆く心で  恋くたびれて
 家のそと立ち 占いをして わし待ちながら 独り寝してる お前に逢いに 早よ早よ行くぞ》 
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九七八〕

あらたまの  年かへるまで 相見ねば 心もしのに 思ほゆるかも
《逢われんで あたらし年が 来て仕舞しもた こんな逢えんと 心しぼむわ》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九七九〕
ぬばたまの いめにはもとな 相見れど ただにあらねば 恋ひ止まずけり
《寝てたなら 夢に見るけど むなしいで じかに逢わんと がれ止まらん》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九八〇〕
あしひきの 山きへなりて 遠けども 心し行けば いめに見えけり
《山へだて 奈良みやこいけど こころなか かよてるよって 夢出てんや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九八一〕
春花の うつろふまでに 相見ねば 月日みつつ 妹待つらむそ
《春花が 散って仕舞うまで 逢われへん 指折り数え 待ってるやろに》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九八二〕
                                【三月二十日】 


家待・越中編(一)(11)花橘を乏(とも)しみし

2011年03月08日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成23年1月14日】

たまく 花たちばなを ともしみし
          このわが里に  来鳴かずあるらし



季節は  初夏を迎え
家持は 待ちびていた
立夏を過ぎ  数日が経っている
聞こえてこない 霍公鳥ほととぎすの声
〔ほい ここはこしであった
 温暖な  都ではないわい
 いかな  夏が立ったとは云え これは無理か〕

あしひきの 山も近きを 霍公鳥ほととぎす 月立つまでに 何かかぬ
《ほととぎす  夏立つ月に なったのに なんで鳴かんか 山近いのに》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九八三〕
たまく 花たちばなを ともしみし このわが里に 来鳴かずあるらし
《ほととぎす 鳴きにんのは ここ越に 花たちばなが 少ないからや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九八四〕
                                 【三月二十九日】 

霍公鳥ほととぎす ほととぎす と・・・」
歌記録をる家持の眼に とある歌が まる

たちばなは 常花とこはなにもが ほととぎす 住むとかば 聞かぬ日けむ
《橘が 年中ねんじゅうばなで あって欲し 鳴くほととぎす 毎日聞ける》
                         ―大伴書持おおとものふみもち―〔巻十七・三九〇九〕
たまく あふちを家に 植ゑたらば 山霍公鳥ほととぎす れずむかも
薬玉たま作る 栴檀せんだんばなを 植えたなら 山ほととぎす ずっと来るかな》
                         ―大伴書持おおとものふみもち―〔巻十七・三九一〇〕

〔おお これは 書持ふみもちが歌
 佐保を留守にし 恭仁の都づくりにいそしんでおった折 寄越よこしたものであった
 そう言えば  泉川の別れで 『覚えていますか』などと 申しておったが・・・
 おおっ  そうか そうであったか・・・〕

《兄上が 年中ねんじゅうばなで あって欲し そばったら 毎日逢える》
薬玉たま作る 栴檀せんだんばなを 植えたなら 兄上ずっと てくれるかな》
思わずに こぼれる涙 
今更の気付きが  悔やまれる

半月ばかりの後  
それとはなしに  聞こえ来る声

ぬばたまの 月に向ひて 霍公鳥ほととぎす 鳴くおとはるけし 里どほみかも
《空渡る 月こて飛ぶ ほととぎす 声はるかやな 里いからか》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九八八〕
                                 【四月十六日】 

〔そうか  そうか 
ほととぎすは  遠い人を思い出させるとか
そうか  そうか・・・〕


家待・越中編(一)(12)許多(そこば)貴(たふと)き

2011年03月04日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成23年1月18日】

射水川いみづかは い行きめぐれる 玉匣たまくしげ 二上山ふたがみやま
    はるはなの 咲ける盛りに 秋の葉の にほへる時に
        出で立ちて 振りけ見れば 神柄かむからや 許多そこばたふと



二上山ふたがみやま
なんと  心ときめく名であろう
家持は  深く感じ入っていた
往古いにしえの 藤原の宮 大和三山の地西方
葛城の峰々へと続く 雄岳おだけ雌岳めだけの山
その里は 奈良人ならびとにとって 
自らの出自しゅつじに関わる 心の故郷ふるさと
それと  同じ名の山
こここしにも
ましてや  国庁のある台地そのものが
お山 東麓とうろく高地ともあれば
ゆかしさも 一入ひとしお

〔これが うたわずに おれようか〕

射水川いみづかは い行きめぐれる 玉匣たまくしげ 二上山ふたがみやまは 
はるはなの 咲ける盛りに 秋の葉の にほへる時に 出で立ちて 振りけ見れば 
神柄かむからや 許多そこばたふとき 山柄やまからや 見がしからむ
 
射水川いみずがわ 裾めぐってる 二上山ふたがみ
 春花はなの盛んな 時見ても 照る黄葉もみちの 時見ても
 神さんやから とおとうて 山そのものが え景色》
め神の 裾廻すそみの山の 渋谿しぶたにの 崎の荒磯ありそに 
なぎに 寄する白波 夕なぎに 満ち来るしほの いや増しに 絶ゆること無く
 
《神さん山の 裾めぐる 渋谿しぶたに崎の 荒磯あらいそ
 朝のなぎには 白波なみ寄せて 夕のなぎには 潮満ちる》
いにしへゆ 今のをつつに かくしこそ 見る人ごとに けてしのはめ
い昔から この日まで このえ景色 続き来た
 見る人みんな こころ懸け 誉め続けるで この山を》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九八五〕

渋谿しぶたにの 崎の荒磯ありそに 寄する波 いやしくしくに いにしへ思ほゆ
渋谿しぶたにの 荒磯ありそ次々 寄せる波 次々思う 古来むかしの景色》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九八六〕
玉匣たまくしげ 二上山ふたがみやまに 鳴く鳥の 声の恋しき 時はにけり
《とうと来た 二上山ふたがみやまで 鳴く鳥の ゆかしい季節 とうと来たんや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九八七〕
                                  【三月三十日】 


家待・越中編(一)(13)いや毎年(としのは)に

2011年03月01日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成23年1月21日】

布勢ふせの海の おきつ白波
         ありがよひ いや毎年としのはに 見つつしのはむ



二上山ふたがみやまの山すそを 南に見
北と西を  低く伸びる丘陵に 囲まれ
東 ありの海とは 松田江浜が隔てる 一帯
そこは  波静かな 湖水の広がり 
水鳥浮かび かづ
霍公鳥ほととぎす鳴き飛ぶ 水海みずうみ
風光 この上なしの 布勢ふせの水海みずうみ
岸々に  藤波
官人たち  格好の遊覧地

家持  
気心知れた友引き連れ 遊びうたげする

物部もののふの 八十やそともの 思ふどち 心らむと 馬めて 
うちくちぶりの 白波の 荒磯ありそに寄する 渋谿しぶたにの さき徘徊たもとほり 松田江の 長浜過ぎて 
宇奈比うなひ川 清き瀬ごとに 鵜川うかは立ち かきかくき 見つれども そこもかにと
 
《おつかえの 友達同士 打ちそろい 楽しみ求め 馬並べ
 白波寄せる 荒磯あらいその 渋谿しぶたに崎を 行きめぐり 松田江浜を 後にして
 宇奈比うなひの川の 清い瀬で いしながら あちこちと 見て来たけども まだりん》
布勢ふせの海に 船ゑて おきぎ ぎ見れば 
なぎさには あぢむらさわき 島廻しままには 木末こぬれ花咲き 許多ここばくも 見のさやけきか
 
布勢ふせ水海みずうみ 船浮かべ おき岸辺きしべを漕ぎ見ると
 なぎさあじがも 群れさわぎ 島の梢に 花が咲き 見事な景色 目に映る》 
玉匣たまくしげ 二上山ふたがみやまに つたの 行きは別れず 
ありがよひ いや毎年としのはに 思ふどち かくし遊ばむ 今も見るごと

二上山ふたがみやまの つたに ずっと一緒に 連れうて
 友と毎年 来ると仕様しょう また来て遊ぼ 今年みたいに》
                        ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九九一〕

布勢ふせの海の おきつ白波 ありがよひ いや毎年としのはに 見つつしのはむ
布勢ふせの海 おきの白波 寄せるに ここへ毎年 また見にうや》
                        ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九九二〕
                                【四月二十四日】 

遊覧の感懐かんかいを すぐさまの歌に結んだ 家持
池主の こころえや如何いかにと 歌を