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令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

家待・越中編(二)(32)雪踏み平(なら)し

2011年04月29日 | 家待・越中編(二)歌心湧出
【掲載日:平成23年8月12日】

あらたしき 年の初めは 弥年いやとしに 雪踏みならし つねかくにもが


書持 の 夢での 歌批評
家持は うたう喜び 感じていた
 そうじゃ 歌は 楽しむもの
 上手うまくなろう
 先人さきひとに 追いつこう
 など と 思うては ならぬのじゃ
 これ こそ 歌が宿しおる心
  と遊ぶ
 これ じゃ これ
 やはり  書持 歌の師じゃ)

天平 勝宝二年(750)暮から 翌年初め
 の日が続く

 十二月】雪の日
この雪の 消残けのこる時に いざ行かな 山たちばなの 実の照るも見む
《この雪が 消えまだらなる 時分とき来たら 橘実たちばな照るん 見に行こかいな》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻十九・四二二六)

【正月二日】かみ館でのうたげ 時に雪四尺
あらたしき 年の初めは 弥年いやとしに 雪踏みならし つねかくにもが
瑞兆ずいちょうの 雪踏み固め 新年に つどうたげを 毎年したい》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻十九・四二二九)

【正月三日】すけ内蔵縄麻呂くらのつなまろ館の宴
降る雪を 腰になづみて まゐし しるしもあるか 年のはじめ
《積る雪 腰でき分け 来た甲斐かいが あるうもんや 初春らしな》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻十九・四二三〇)

積もり し雪を 固め積んで
白いいわおの 彫刻ほりものにして
なで しこ花を 布もて作り
おもむき深く 飾りし庭に

なでしこは 秋咲くものを 君が家の 雪のいはほに 咲けりけるかも
撫子なでしこは 秋に咲くのに この庭の 雪積み岩の 上で咲いとる》
                         ―久米広縄くめのひろつな―(巻十九・四二三一)
雪の山斎しま いはに植ゑたる なでしこは 千世ちよに咲かぬか 君が插頭かざしに
《雪の庭 雪岩ゆきいわ植えた 撫子なでしこは 守殿あんたの髪で ずっと咲くかな》
                         ―遊行女婦蒲生うかれめがもう―(巻十九・四二三二)
うち羽振はぶき とりは鳴くとも かくばかり 降りく雪に 君いまさめやも
《羽ばたいて とりが鳴いても こないにも 雪積ってて 帰れまへんで》
                         ―内蔵縄麻呂くらのつなまろ―(巻十九・四二三三)
鳴くとりは いやしき鳴けど 降る雪の 千重ちへめこそ 我が立ちかてね
とり鳴いた また鳴いたけど 山ほどに 雪積ったで 腰上げられん》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻十九・四二三四)




家待・越中編(二)(33)雪な踏みそね

2011年04月26日 | 家待・越中編(二)歌心湧出
【掲載日:平成23年8月16日】

大殿おほとのの このもとほりの 雪な踏みそね
  しばしばも 降らぬ雪ぞ

  山のみに  降りし雪ぞ
  ゆめ寄るな 人や な踏みそね 雪は



久米広縄ひろつな殿 聞き及びしに 
 そなた いにしえの歌集めに 執心しゅうしんよし
  どうかな 雪の歌 何か ござらぬか」
家持のうながしに 久米広縄ひろつな
されば と かねて用意の歌 披露に及ぶ

大殿おほとのの このもとほりの 雪な踏みそね
  しばしばも 降らぬ雪ぞ

  山のみに  降りし雪ぞ
  ゆめ寄るな 人や な踏みそね 雪は

《お屋敷の まわりの雪を 踏まんとき
 滅多めったらん 雪やから
 山しからん 雪やから
  そこのお前ら 近づくな 踏んだらあかん その雪を》
                         ―三形沙弥みかたのさみ―(巻十九・四二二七)

ありつつも し給はむぞ 大殿おほとのの このもとほりの 雪な踏みそね
《いつまでも 見よとなされる 雪なんや 御殿ごてんまわりの 雪踏みないな》
                         ―三形沙弥みかたのさみ―(巻十九・四二二八)

「これなん 藤原房前ふささき様 お召により 三形沙弥殿 お読みの歌 伝えたは 笠子君かさのこぎみ殿」

得意説明の ひろつなに 
家持 たわむれかかる
「さすが ひろつな殿
  それでは 『雪』に似た字に『雷』があるが
  これは どうじゃ 広縄殿」
得たり と 広縄
おそれ多くも その昔 聖武みがどに奉りし 
 犬養命婦みょうぶ(橘三千代)様の御歌」

天雲あまくもを ほろに踏みあだし 鳴神なるかみも 今日けふまさりて かしこけめやも
蹴散けちらして 雲粉々こなごなにする かみなりも 今日の畏怖おそれに 勝つこと出来できん》
                         ―縣犬養三千代あがたいぬかいのみちよ―(巻十九・四二三五)

 では 私めも」
と 遊行女婦うかれめ蒲生がもうも 続ける

天地あめつちの 神は無かれや うつくしき 我が妻さかる 光る神 鳴りはた娘子をとめ たづさはり 共にあらむと 思ひしに こころたがひぬ 
《この天地 神さんほんま らんのか あいらし妻は 死んで仕舞た 光る娘子おとめの 可愛かわい児と 手ぇたずさえて 生きてこと おもてたのんに ごて仕舞た》
言はむすべ すべ知らに 木綿ゆふたすき 肩に取りけ 倭文しつぬさを 手に取り持ちて なけそと 我れは祈れど きて寝し 妹が手本たもとは 雲にたなびく
《言うもるんも からんで 木綿もめんたすきを 肩掛けて 倭文しつぬのぬさ 手に持って ってれなと 祈ったが 手枕てまくら巻いて 共寝た妻は 雲になびいて って仕舞た》
                         ―作者未詳さくしやみしょう―(巻十九・四二三六)
うつつにと 思ひてしかも いめのみに 手本巻き寝と 見ればすべなし
《生きてこそ 意味あるのんに ゆめなかで 手枕てまくら共寝ても 甲斐かいないこっちゃ》
                         ―作者未詳さくしやみしょう―(巻十九・四二三七)



家待・越中編(二)(34)越(こし)に五年(いつとせ)

2011年04月22日 | 家待・越中編(二)歌心湧出
【掲載日:平成23年8月19日】

級離しなざかる 越に五年いつとせ 住み住みて
             立ち別れまく 惜しきよひかも




天平 勝宝三年(751)七月十七日
さくねんらいの び家持に
少納言 昇進 転任の報が届く

 長い 勤めであった
  都へ 京へと 思い過ごせし日々
  しかし いざ決まってみると
 妙に こし生活くらし 懐かしい
  心許しの友が 支えじゃった
 そう云えば 久米広縄ひろつな 租税報告に上京中
  逢えぬが 心残りじゃ
 そうそう これは 二月の出掛けどきの歌)

君がき もしひさにあらば 梅柳 たれとともにか 我がかづらかむ
《行って仕舞て なごうなったら わし誰と 梅と柳で かずらするんや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻十九・四二三八)

 せめてもの 挨拶歌 残してやらねば)

あらたまの 年の長く あひてし その心引こころびき 忘らえめやも
年月としつきの なごう同じに つかえした 心くしを わし忘れんで》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻十九・四二四八)
石瀬野いはせのに 秋萩しのぎ 馬めて 初鷹狩とがりだに せずや別れむ
石瀬野いわせのへ 萩みしだき 馬並べ 一遍鷹狩かりに 行きたかったな》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻十九・四二四九)

いよいよ  出発の日
内蔵縄麻呂くらのつなまろ屋敷での 別れのおおやけうたげ
家持  
帰りたく もあり 帰りたくも無しの心

級離しなざかる 越に五年いつとせ 住み住みて 立ち別れまく 惜しきよひかも
《こここしに 五年の年を 過ごしたな 今宵限りや 名残なごりが惜しな》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻十九・四二五〇)

皆々 見送り途上 射水郡いみずのこおり郡司ぐんじ 屋敷前にて 待ち受けの餞別はなむけ

玉桙たまほこの 道に出で立ち 行く我れは 君が事跡こととを ひてし行かむ
《別れ道 都へ帰る このわしは みなの働き 伝えて来るぞ》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻十九・四二五一)

別れにと立ち寄りし 越前じょう 池主の館
なんと 偶々たまたま 帰路の久米広縄ひろつなが 居合わす
三人の 飲楽うたげ 久方話ひさかたばなしに 花が咲く

君が家に 植ゑたる萩の 初花はつはなを 折りて插頭かざさな 旅別るどち
池主あんた庭 植えた秋萩 初花はつはなを 折って髪挿かざそや 別れの友よ》
                         ―久米広縄くめのひろつな―(巻十九・四二五二)
立ちて居て 待てど待ちかね 出でてし 君に此処ここに逢ひ 插頭かざしつる萩
《待ちに待ち 待ち草臥くたびれて 出てきたが ここで逢えたな さあ萩插頭かざそ》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―(巻十九・四二五三)

心残り消え 晴々ごころの家持 京へと急ぐ



家待・越中編(一)(01)穂向(ほむき)見がてり

2011年04月19日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成22年12月10日】

秋の田の 穂向ほむき見がてり
        わが背子せこが ふさ手折たをりける 女郎花をみなへしかも



天平十八年〔746〕三月 
家持やかもちは 宮内少輔くないのしょうに昇進した
待望の任官である 
朝廷内にあって  名門誉れ高い大伴氏
文雅の士としての 自負じふ持つ家待
適所の地位得  内心の満足を抱いていた

任務に励む  家待
六月二十一日 突如の任がりる
北陸道 越中 国守こくしゅ
天平十三年〔741〕能登を併合し 上国じょうこくの越中
国に  不足はない
一度は  地方官としての務め果たすが 昇進筋道
とは言え 宮内少輔くないのしょうにも未練が残る
まして  任地は 天離る鄙
しかし 官人にとり 任にいなやはない

越中では 同族 大伴池主おおとものいけぬしが 待っていた
池主は 先年 三等官じょうとして 赴任

秋も深まる八月 
かみ家持のやかた 参集するは 主だった役目の面々
歓迎のうたげである
えんせきは 季節ときの花 女郎花おみなえしあふれていた

うたげの口火は 新任国守 家持

秋の田の 穂向ほむき見がてり わが背子せこが ふさ手折たをりける 女郎花をみなへしかも
女郎花おみなえし 秋のみのりの 見聞けんぶんで 池主あんたどっさり これったんや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九四三〕

受けて 応じる 大伴池主いけぬし

女郎花をみなへし 咲きたる野辺のへを 行きめぐり 君を思ひ出 たもとほり来ぬ
女郎花おみなえし 咲く野歩いて 花好きの 守殿あんたおもうて み来たで》
                         ―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻十七・三九四四〕

四等官さかん 秦八千島はだのやちしまが 『女郎花』を引き継ぐ

ひぐらしの 鳴きぬる時は 女郎花をみなへし 咲きたる野辺のへを きつつ見べし
ひぐらしが 切無せつのう鳴くよ 女郎花おみなえし 咲いてる野原 見ながら行こや》
                         ―秦八千島はだのやちしま―〔巻十七・三九五一〕

更に げんしょうが 続ける

妹が家に 伊久里いくりの森の 藤の花 今む春も つね如此かくし見む
妹家いえに行く 伊久里いくりの森の 藤花を 又来る春も やないか》
                         ―玄勝げんしょう―〔巻十七・三九五二〕

「これは  なんたること 秋に藤は合わぬが」
とがめる 池主に 玄勝
「この一首 大原高安おおはらのたかやす高安王たかやすおう〕の作りし歌
 合わぬとあれば 籐花を女郎花に 春を秋に変えて 吾輩それがしの歌と致そう」

玄勝のはかりに 座は一挙くつろ


家待・越中編(一)(02)結(ゆ)ひてし紐(ひも)を

2011年04月15日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成22年12月14日】

天離あまざかる ひなに月
        しかれども ひてしひもを 解きもけ無くに



うたげが進むにつれ 杯のめぐりは 速くなる
ふと沈む家待のおも
それと気づいた池主 
どちらも  規則ゆえの 独り身赴任
みずからに言寄ことよせ 家待の心持こころもち

秋の夜は あかとき寒し 白妙しろたへの 妹が衣手ころもで 着むよしもがも
《秋の夜は 明け方寒い そやけども お前のふくを 着ることできん》
                         ―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻十七・三九四五〕
霍公鳥ほととぎす 鳴きて過ぎにし 岡傍をかびから 秋風吹きぬ よしもあら無くに
《ほととぎす 鳴き飛んでった 岡辺から 秋風吹くよ 独りはさみし》
                         ―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻十七・三九四六〕

顔ほころぶ家待 心のままの 歌のり取り

今朝けさ朝明あさけ 秋風寒し とほつ人 雁が鳴かむ 時近みかも
《明け方の 秋風寒い い国の 雁鳴いて来る 季節ときは近いな》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九四七〕
天離あまざかる ひなに月ぬ しかれども ひてしひもを 解きもけ無くに
《遠いここ こし来て月日 ったけど お前結んだ ひもそのままや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九四八〕
天離あまざかる ひなにあるわれを うたがたも ひもけて 思ほすらめや
《遠いこし 暮らすこのわし ひもくて 思てるもんか 都の妻が》
                         ―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻十七・三九四九〕
家にして ひてしひもを 解きけず 思ふ心を たれか知らむも
《家で妻 結んだひもを 解かへんで しとてる気持ち 誰かるかい》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九五〇〕
雁がねは 使つかひに来むと さわくらむ 秋風寒み その川の
《秋風の 寒い川辺で 雁の奴 使いに行こと 騒さわいどるかな》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九五三〕

うち続く  妻恋し 都恋しの歌
これでは ならじと かみ家持は 歌を転ずる

めて いざ打ち行かな 渋谿しぶたにの 清き磯廻いそまに 寄する波見に
《さあ行こか 馬を並べて 渋谿しぶたにの 清い磯辺の 寄せる波見に》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九五四〕
ぬばたまの けぬらし 玉匣たまくしげ 二上山ふたがみやまに 月かたぶきぬ
《とっぷりと けたよや 玉匣たまくしげ 二上山ふたがみやまに 月傾いとおる》
                         ―土師道良はにしのみちよし―〔巻十七・三九五五〕
        ―――――――――――――――――
後日 秦八千島はだのやちしまの館でのうたげ

奈呉なご海人あまの 釣する舟は 今こそば 舟棚ふなだな打ちて あへてぎ出め
奈呉なご海人あまの 釣りする船は 今時分 船縁ふなべり叩き ぎ出すのんや》
                         ―秦八千島はだのやちしま―〔巻十七・三九五六〕


家待・越中編(一)(03)かねて知りせば

2011年04月12日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成22年12月17日】

かからむと かねて知りせば
        越の海の 荒磯ありその波も 見せましものを



家持は 今は廃都となった みや
泉川の岸辺ほとりを 思っていた
〔あの日 書持ふみもち面持おももち 悲痛であったな
佐保邸を出た  見送りは 
皆々 奈良山のふもとで別れしに
ひとり  泉川まで 同道
あぁ あの時の 書持ふみもちの言葉〕
《いつも 兄上は 私をひとりにさせる
 父上が  筑紫へ下られた折
 帰任後の  女通い
 聖武帝の 関東行幸みゆき
 ここ恭仁宮での  ご任務
 あの折 お送りした 霍公鳥ほととぎすの歌
 覚えておいででしょうか 
 そして 今度は 遥かなこし・・・》
〔思えば 独りの鬱々うつうつが こうじたか〕

天離あまざかる ひなをさめにと 大君おほきみの まけけのまにまに 出でてし われを送ると 
青丹あをによし 奈良山過ぎて 泉川 清き川原かはらに 馬とどめ 別れし時に
 
《都から 離れた越を おさめよと 天皇すめらみことの めい受けて 都出て来た このわしを
 送るてうて 付いてきて 奈良山越えて 泉川いずみがわ 清い川原に 馬めて》 
真幸まさきくて あれ帰りむ たひらけく いはひて待てと かたらひて し日のきは 
《わし無事帰る それまでは お前達者たっしゃで れよとて 言葉かわわして 別れたが》
玉桙たまほこの 道をたどほみ 山川の へなりてあれば 恋しけく 長きものを 
見まくり 思ふあひだに 玉梓たまづさの 使つかひれば
 
《道はとおうて 山川は 遥かへだてて 日ィった
 恋しゅうなって 逢いたいと おもてた時に 使い来た》 
うれしみと が待ち問ふに 
逆言およづれの 狂言たはこととかも しきよし おとみこと 何しかも 時しはあらむを
 
《ああ嬉しいと 用聞くと
 嘘やそんなん 阿呆あほ言いな いとおととに 何事や 時期うもんが あるやろに》 
はだすすき 穂にづる秋の 萩の花 にほへる屋戸やどを 
朝庭に 出で立ちならし 夕庭に 踏みたひらげず
 
すすき穂揺れる 秋の日に 萩花咲いた 朝庭に 
 出てもせんと 夕庭も 姿見せんで そのままや》 
佐保の内の 里を行き過ぎ あしひきの 山の木末こぬれに 白雲しらくもに 立ちたなびくと あれに告げつる
《佐保の屋敷の 里過ぎて 山の梢の 白雲しらくもに なって仕舞しもたと 知らせが言うた》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九五七〕

真幸まさきくと 言ひてしものを 白雲しらくもに 立ちたなびくと 聞けば悲しも
《達者でと 言うて来たのに 白雲しらくもに 成った言うんか 悲しいことに》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九五八〕
かからむと かねて知りせば 越の海の 荒磯ありその波も 見せましものを
《こんなこと 成るんやったら こしうみの 荒磯ありその波を 見せたったのに》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九五九〕

花好きの 心優しい 書持ふみもち
縁薄き弟を思う  家持の歌
むせぶか ぎこちない


家待・越中編(一)(04)楫(かじ)取る間無く

2011年04月08日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成22年12月21日】

白波の 寄する磯廻いそまを ぐ舟の
             かじ取る間無く 思ほえし君



家持は  待っていた
どんよりと 雲垂れ下がる こしの空
大嬢おおいらつめを 都に残し 心晴れやらぬ日々
そこへ もたらされた 訃報しらせ
共に嘆いてくれる  友とてない
心知れた  部下の池主
その  池主 今は 都の空の下
戸籍調査の報告を手に  上京
八月の出発から かれこれ二月ふたつき
書持ふみもち訃報ふほうからは 一月ひとつきが経っていた
往還一月ひとつきばかりの道程みちのりにしては 遅い
〔もう  帰ってもよさそうなもの
 もしや  
 書持ふみもちの 様子など 聞き及んでるやも知れぬ〕

首を長くして待つ 家持のもと
池主帰還 
月は  十一月に変わっていた

早速の 迎えうたげ
折からの 迎え雪 降り積もること一尺有余ゆうよ
遠望する 波間に浮かぶ 海人あまの釣り船

待ちび心を 一心に 家持はうた

庭に降る 雪は千重ちへ敷く しかのみに 思ひて君を が待たなくに
《庭に降る 雪が山ほど 積もったが それどこちゃうで 池主あんた待ったん》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九六〇〕
白波の 寄する磯廻いそまを ぐ舟の かじ取る間無く 思ほえし君
《波の立つ 磯ぐ船の 急ぎ梶 池主あんた思うん ひっきり無しや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九六一〕

うたげのあと 
池主共々 書持ふみもちが心根を辿たどる二人
思い出される  
にし天平十年〔738〕橘奈良麻呂たちばなのならまろ宴席えんせきでの歌

あしひきの 山の黄葉もみちば 今夜こよひもか 浮かびゆくらむ 山川やまがはの瀬に
《山もみじ  今晩あたり 散ってもて 浮いて行くんか 山の川瀬を》
                         ―大伴書持おおとものふみもち―〔巻八・一五八七〕
十月かむなづき 時雨しぐれに逢へる 黄葉もみちばの 吹かば散りなむ 風のまにまに
十月じゅうがつの 時雨しぐれうた もみじ葉は 散って仕舞うやろ 風に吹かれて》
                         ―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻八・一五九〇〕
黄葉もみちばの 過ぎまく惜しみ 思ふどち 遊ぶ今夜こよひは 明けずもあらぬか
《もみじ葉の 散るのしんで 友同士 遊ぶこのよる 明けて欲しない》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻八・一五九一〕

〔歌の上手であった 
 今 わし有るは 書持ふみもち有ったればこそ〕


家待・越中編(一)(05)死ぬべき思へば

2011年04月05日 | 家待・越中編(一)友ありて
【掲載日:平成22年12月24日】

世間よのなかは かず無きものか
        春花の 散りのまがひに 死ぬべき思へば



天平十九年〔747〕二月 
やっと越した  任地初めての冬
慣れぬ任務の疲れか 
郡司ぐんじとの 付き合い気疲れか
春の訪れを  迎えたと云うに
家持は とこしていた

大君おほきみの まけのまにまに 大夫ますらをの 心振り起し あしひきの 山坂越えて 天離あまざかる ひなに下くだ 
天皇おおきみの 任命受けて 奮い立ち 任務一途いちずと 山越えて 遠いこしへと やって来た》
息だにも いまだ休めず 年月としつきも いくらもあらぬに 
うつせみの 世の人なれば うちなびき とこ臥伏こいふし 痛けくし 日にまさ
 
《ほっとする間も 無いままに 月日あんまり たんのに
 わしも人の子 仕様しょうないが やまいかかって とこ伏して 苦痛日に日に ひどなった》
たらちねの 母のみことの 大船おほふねの ゆくらゆくらに 下恋したごひに 何時いつかも来むと 待たすらむ こころさぶしく 
気懸がかごころ 胸秘めて 何時いつ帰るかと 待ってはる 母の気持ちは どんなやろ》
しきよし 妻のみことも 明ければ かどに寄り立ち 衣手ころもでを 折りかへしつつ 
夕されば とこ打ち払ひ ぬばたまの 黒髪敷きて 何時いつしかと 嘆かすらむそ 
妹もも 若き児どもは 彼此をちこちに さわき泣くらむ
 
いとしい妻も 朝来たら 門のそと立ち 袖折って
 夜になったら とこ清め 黒い髪の毛 なびかせて 帰るん何時いつと 待ってるで
 幼い子らの あにいもと あっちこっちで 泣き騒ぐ》
玉桙たまほこの 道をたどほみ 間使まづかひも るよしも無し 思ほしき 言伝ことづらず 恋ふるにし こころは燃えぬ 
《道は遥かに いよって 使いを送る すべうて 思い伝える こと出きん 恋し思うて 焦るだけ》 
たまきはる いのちしけど むすべの たどきを知らに かくしてや あらすらに 嘆きせらむ
生命いのち惜しけど どもならん 困って仕舞しもて 男やに 嘆くだけしか でけんのや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九六二〕

世間よのなかは かず無きものか 春花の 散りのまがひに 死ぬべき思へば
《世の中は こんなはかない もんかいな 春花はな散る時に 死ぬのんやろか》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九六三〕
山川の 退方そきへへを遠み しきよし 妹を相見ず かくや嘆かむ
《山や川 隔てとおうて 仕様しょう無しに 大嬢おまえ逢えんで 嘆いてばかり》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九六四〕