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令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

あぢま野悲恋(9)間しまし置け

2009年08月31日 | あぢま野悲恋
【掲載日:平成21年9月10日】

ほととぎす あひだしまし置け が鳴けば
               ふ心 いたもすべなし


【味間野 味間野神社から東方を望む】


悲しみの中 戻る落ち着き 
大赦たいしゃの 外れ・・・ 
もう あきらめが 身に付いていた
娘子おとめ・・・ 
可哀かわいそうなことをした
今少し わしが 強くあれば 
生きているうち  
いとし恋しと 思うたは わしの 甘えであったな

 
心寄る 花と鳥ばかり
鳥 とりわけ ホトトギスの声 
耳を 離れぬ 
昔を 思い出させると言うは  
虚言そらごとでは なかったのだ
わが宿やどの はなたちばなは いたづらに 散りか過ぐらむ 見る人無しに
うちの庭 橘の花 可哀かわいそに 誰も見らんと 散り過ぎてまう》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七七九〕
恋ひなば 恋ひも死ねとや ほととぎす ものふ時に 鳴きとよむる
《ホトトギス 恋死ぬんやったら 死ね言うか 沈んでるとき やかましいに鳴く》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八〇〕
旅にして ものふ時に ほととぎす もとなきそ こひまさる
配流たび先で 沈んでるのに ホトトギス 寂しう鳴くな よけ恋しなる》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八一〕
あまごもり ものふ時に ほととぎす わが住む里に とよもす
《雨降りで 心湿しめるに ホトトギス わしる里で 騒がしゅう鳴く》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八二〕
旅にして いもに恋ふれば ほととぎす わが住む里に こよ鳴き渡る
配流たび先で お前恋しと 思てたら 鳴くホトトギス 都里さと向いて飛ぶ》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八三〕
心なき 鳥にそありける ほととぎす ものふ時に 鳴くべきものか
《ホトトギス お前ホンマに 慈悲じひ無いな 沈んでる時 鳴くやつあるか》
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八四〕
ほととぎす あひだしまし置け が鳴けば ふ心 いたもすべなし
《ホトトギス 引っ切り無しに 鳴きないな 聞いたら心 締め付けられる》 
                         ―中臣宅守なかとみのやかもり―〔巻十五・三七八五〕

何時果てるとも 知れぬ 配所暮らし 
娘子おとめの 冥福めいふくを祈りつつ 
寂しく 日々が 過ぎて行く 



<あぢま野>へ


黒人編(1)猪名野は見せつ

2009年08月23日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月日】

吾妹子わぎもこに 猪名野ゐなのは見せつ
      名次山なすぎやま つのの松原 いつか示さむ


【名次神社のある名次山】


将来を約束した 女官がいた 
今日の 行幸みゆきに 同行している
若い 高市黒人たけちのくろひとの心 自ずとの華やぎ

旅好きな 黒人 
風光を求めて あちこちの名勝を 訪ねてきた 
女官の鶴女たづめにも 
『いづれ 共にでよう』と 約していた
はからずもの 今日の行幸
猪名野いなのの景勝 
手を携えてのものでは 無かったが  
見せることができた 

吾妹子わぎもこに 猪名野ゐなのは見せつ 名次山なすぎやま つのの松原 いつか示さむ
《あの児には 猪名野いなのは見せた 名次山なすぎやま つのの松原 次に見せたろ》 
                         ―高市黒人―(巻三・二七九)

好天に恵まれた 遊覧の行幸 
西摂津 真野までの 足延しが 決まる 
ここ 敏馬みぬめから真野まで
騎馬なら 夕べまでの往還だ 
女官らは 留め置かれ 官人らによる 榛原はりはら遊行

官人ら 思い思い はんの木の林に入り 
衣をりつけ かおりと色を 楽しむ
これが 家人いえびと 思いびとへの 土産となる 

いざども 大和やまとへ早く 白菅しらすげの 真野まの榛原はりはら  手折たをりて行かむ
《さあみんな 早よう大和へ 帰ろうや 榛原はりはらすげを 土産に採って》 
                         ―高市黒人―(巻三・二八〇)

夕闇せまる 敏馬みぬめの浜
月の出を待つ おのこおみな
「黒人様 榛原はりはらの眺め 良うございましたか
 わたくしも ご一緒しとう ございましたに」 

白菅しらすげの 真野まの榛原はりはら くささ 君こそ見らめ 真野の榛原 
《行く時と 帰る時とに あんたはん 見たんやろうな あの榛原はりはらを》 
                         ―黒人の妻―(巻三・二八一)

鶴女たづめると 素直になれる)
肩を そっと抱き寄せる 黒人 
渚に 月影が 波の端に映えて 揺れている 



<名次山・角の松原>へ


黒人編(2)古の人にわれあれや

2009年08月22日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月24日】

いにしへの 人にわれあれや
       ささなみの ふるみやこを 見れば悲しき

【「大津京址」 繁る樹木の陰 崇福寺址からの展望】


大津宮陥落ののち 十数年が過ぎ 
持統天皇の御代みよ
父 天智天皇の供養にと 近江への行幸みゆき

高市黒人たけちのくろひとは 従賀の一員として 参じていた
人麻呂も 同行だ 
〔当代一との 声望の歌人うたびとと 一緒だ
 わしとて 歌詠みとして 立身の望みはある 
 人麻呂殿から 学ぶ 良い機会じゃ〕 

帝のお召 
人麻呂は詠う 

玉襷たまだすき 畝火うねびやまの 橿原かしはらの 日知ひじり御代みよゆ れましし かみのことごと つがの いやつぎつぎに あめした らしめししを・・・
《畝傍の山の 橿原の 神武じんむ御代みよを 始めとし 引き継ぎきたる 大君おおきみの 治め給いし 都やに・・・》
                          ―柿本人麻呂―〔巻一・二九の一部〕

神々こうごうしくも 朗々と
並ぶなき 声調 気魄  
聞きいる者 すべて もく
人麻呂 一人の世界が 広がる 

おおやけの 歌奏上が済み 湖畔にたたずむ 影二つ
〔素晴らしい 歌謡でござった 
 人麻呂殿でうては ああは行き申さぬ
 わたくしめも 励みを重ね 
 少しでも 近づきとう存じます〕 
〔いやいや 精一杯でござる 
 天皇おおきみを前にしての歌詠み
 全身全霊での なせる仕業わざ
人麻呂は 顎鬚あごひげを ぜる

〔ところで 黒人殿 
 ここは 今は亡き 天智帝の旧都 
 鎮魂ちんこんの歌 いかがかな〕

いにしへの 人にわれあれや ささなみの ふるみやこを 見れば悲しき
《この古い 都見てたら 泣けてくる 古い時代の 自分ひとやないのに》 
                         ―高市黒人―〔巻一・三二〕

ささなみの 国つ御神の うらさびて 荒れたるみやこ 見れば悲しも
《ここの国 作った神さん 心え みやこ荒れてる 悲しいこっちゃ》 
                         ―高市黒人―〔巻一・三三〕

〔こやつ なかなかの歌詠み 心のほとばしりはないが みたるものを 秘めておるわい〕
人麻呂の心中 察するすべ無く 
黒人に背に 冷汗が流れる 
〔人麻呂殿に 披露するような歌か 
 競おうなどと 百年早いわ 
 弾けるたましいが 欲しいものじゃ・・・〕
湖畔に 吹き下ろす 比良の風 
黒人の 胸を 吹き抜ける 



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黒人編(3)呼びそ越ゆなる

2009年08月21日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月25日】

大和やまとには 鳴きてからむ 呼子鳥よぶこどり
          きさの中山  呼びそ越ゆなる


【宮滝の吉野川】


やすみしし わご大君 神ながら 神さびせすと  吉野川 たぎ河内かふちに 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば 
《天皇さんは 神さんや 吉野の川の 河淵かわふち に 御殿やかた造られ 登りみる》
たたなはる 青垣山あおかきやま 山神やまつみの まつ御調みつきと 春べは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉もみちかざせり 
《山の神さん かざりやと 春には花を 咲かせはり 秋には黄葉もみじ 作りはる》
ふ 川の神も 大御食おほみけに つかまつると かみつ瀬に 鵜川うかはを立ち しもつ瀬に 小網さでさし渡す 
《川の神さん 御馳走ごちそうと 上流かみで鵜飼を 楽しませ 下流しもで網取り さしなさる》
山川も りてつかふる 神の御代かも
《山や川 みんな仕える 天皇おおきみさんに》
                         ―柿本人麻呂―〔巻一・三八〕

山川も りてつかふる 神ながら たぎつ河内かふちに 船出せすかも
《山川の 神もつかえる 天皇おおきみが 逆巻く川に 船出ふなでしなさる》
                         ―柿本人麻呂―〔巻一・三九〕

吉野行幸みゆき
新装成った 宮滝離宮 
人麻呂の 天皇賛歌が 響く 

〔なんと 白々しらじらしくも うたえるものだ
 寿ことほぎ言葉のつむぎ 溢れ出る情感こころ
 山の神 川の神をも ひれ伏せさせる 天皇おおきみ
 その天おおきみまで 見下ろすかのような 詠い声
 そう聞くのは わしの僻心ひがごころ
 天皇おおきみの偉業 これに勝る 治世はない
 それにしても・・・〕 

〔もう 長歌はやらぬ 
 従賀歌なぞ うたわぬぞ
 このお人には 付いて行けぬは〕 
 夕刻 宮滝の淵 独りたたずむ 黒人
郭公かっこうが 一羽 鳴き去ってゆく

大和やまとには 鳴きてからむ 呼子鳥よぶこどり きさの中山  呼びそ越ゆなる
郭公鳥かっこどり きさの中山 鳴き越えた 大和へ行って 鳴いてんやろか》  
                         ―高市黒人―〔巻一・七〇〕

〔どうして わしの歌は こうも影を帯びるのか 
 人のこころ 自分の心を 素直に うたえぬのか〕
自分への 苛立いらだちを 覚える 黒人がいた



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黒人編(4)船泊てすらむ

2009年08月20日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月26日】

何処いづくにか 船泊ふなはてすらむ 安礼あれの崎
             み行きし 棚無たなな小舟をぶね

【安礼の崎 音羽川河口】


ひと月半に及んだ 三河行幸みゆきから 戻り
心知れた 従賀人じゅうがびとの 別れうたげが 持たれていた
留守居の 誉謝女王よさのおおきみ 長皇子ながのみこも 同座 
なごやかな 一時ひとときが 過ぎていた
長奥麿ながのおきまろが 座を仕切る
〔それがしの歌 一番と思うにより  真っ先の披露といたす〕 

引馬野ひくまのに にほふ榛原はりはら 入り乱れ 衣にほはせ 旅のしるしに
《引馬野の はんの林で 木にさわり 衣に色を 染めて土産に》 
                         ―長忌寸奥麿ながのいみきおきまろ―〔巻一・五七〕
〔どうじゃ なかなかのものであろう さあ 次じゃ 舎人娘子とねりのおとめ殿〕

大夫ますらをが 得物矢さつや手挿たばさみ 立ち向かひ 射る円方まとかたは 見るに清潔さやけし
的方まとかたの 海はえなあ え男 弓構えたに 清々すがすがしいて》 
                          ―舎人娘子とねりのをとめ―〔巻一・六一〕
〔これは これは 伊勢の 的方まとかた 思い出すのう さあ 誉謝女王よさのおおきみ殿〕

ながらふる 妻吹く風の 寒きに わが背の君は 独りからむ
《長い旅 ころもの端に 風吹いて 寒いあんた 一人やろか》 
                         ―誉謝女王よさのおほきみ―〔巻一・五九〕
〔おお そなたは 婚を結んで 間無しであったのう  衣のつまにことよせ 早く帰れとの 妻の吹く 溜息風ためいきかぜか〕
〔それでは ご妻女を 行幸に出された  長皇子ながのみこ殿 心境は 如何いかがかな〕

よひに逢ひて あしたおもみ なばりにか ながき妹が いほりせりけむ
《長旅を 続けたお前 名張来て ここで泊まりの 宿を取ったか》  
                         ―長皇子ながのみこ―〔巻一・六〇〕
新妻にいづまの 夜明けの恥じらい これは まいった 長皇子ながのみこ殿も 新婚で あられたか あついあつい〕 
〔ところで 黒人殿も 婚儀も近いとか  相手は誰じゃ 婚儀は何時いつじゃ〕
〔来春 早いうちに 相手は 鶴女たづめと申す〕
〔ああ 越の国から来たという 
 いつぞやの猪名野・敏馬みぬめむつまじさ 名高いぞ
 それにしても 長く待たせたものじゃ 
 無理もない 
 黒人殿 出世が いま一つであったからのう〕 
口さがない 奥麿おきまろ 黒人は 苦笑いする
〔それにしても めでたい それで 黒人殿の歌は どうした〕 

何処いづくにか 船泊ふなはてすらむ 安礼あれの崎 み行きし 棚無たなな小舟をぶね
《あの小舟 どこで泊まりを するんやろ さっき安礼崎あれさき 行ったあの舟》 
                         ―高市黒人―〔巻一・五八〕
〔これは 聞きしに勝る 暗い歌  まあ はじけるように笑う 鶴女たづめと いい取り合わせじゃ〕

ほろ酔いで 我がに戻る 黒人
思いもかけぬ 知らせが 待っていた 




<安礼の崎>へ


黒人編(5)鶴鳴き渡る

2009年08月19日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月27日】

桜田さくらたへ たづ鳴き渡る 年魚市潟あゆちかた
           潮干しほひにけらし 鶴鳴き渡る


【高の槻群つきむら 高神社の登り口】


黒人は 放浪していた 
鶴女たづめから 音沙汰なしの 三月みつきが過ぎる
官の勤めも とどこおりがち

あの夜・・・ 
「なに 鶴女たづめが 国に帰ったというか」
国で とこに伏したままの やまいの父親 その看病の母も倒れたという 
行幸みゆき途上での知らせ 私的なこと故 お知らせを 見合せており 申し訳ありません」 
・・・家人かじんの声が 今も 耳にある

今日も 鶴女たづめとの 思い出の地に出向く 
難波潟の 島々を見やる 黒人 
四極しはつ山 うち越え見れば 笠縫かさぬひの 島漕ぎかくる たな小舟をぶね
四極しはつ山 越えたら見えた 笠縫かさぬひの 島に隠れた 棚なし小舟》 
                        ―高市黒人―〔巻三・二七二〕
住吉すみのえの 得名津えなつに立ちて 見渡せば 武庫むことまりゆ づる船人ふなびと
武庫むこどまり 船を漕ぎ出す 船頭ら よう見えてるで 住吉浜で》  
                         ―高市黒人―〔巻三・二八三〕

今日も 今日とて 足は 山城多賀へ 
とくても 見てましものを 山城やましろの 高の槻群つきむら 散りにけるかも
《もっと早よ 来たらかった 山城の 多賀のつきもり 黄葉はァ散ってもた》 
                         ―高市黒人―〔巻三・二七七〕

足は伸び 三河  
本海道 姫街道の分岐 追分に 黒人の姿 
いももわれも 一つなれかも 三河みかはなる 二見ふたみの道ゆ 別れかねつる
《二見道 男と女の 別れどこ 離れるもんか お前とわしは》  
                         ―高市黒人―〔巻三・二七六〕
鶴女たづめとの旅 わしが 一・二・三の戯れ歌を 詠いし折 鶴女が 返した歌が 思い出される 
 なんと 今を 暗に 示めしておったか〕 
三河の 二見の道ゆ 別れなば わが背もわれも 独りかも行かむ 
《三河国 ここの二見で 別れたら あんたもうちも 一人旅やで》 
                         ―高市黒人―〔巻三・二七六、一本云〕

〔ああ 鶴が 飛んで行く 鶴が 鶴が・・・〕 
桜田さくらたへ たづ鳴き渡る 年魚市潟あゆちかた 潮干しほひにけらし 鶴鳴き渡る
年魚市潟あゆちかた 潮引いたんや 桜田へ 鶴鳴きながら 飛んで行くがな》  
                         ―高市黒人―〔巻三・二七一〕

旅にして 物恋ものこほしきに 山下やましたの あけのそほ船 沖へぐ見ゆ
《なんとなく 物の恋しい 旅やのに あか塗り船が 沖通ってく》 
                         ―高市黒人―〔巻三・二七〇〕
〔官の船が 大和へ 帰って行く 
 わしも 戻らねば ならぬな 
 誰もらぬ 大和へ〕



<二見の道>へ



<高の槻群>へ

黒人編(6)この日暮れなば

2009年08月18日 | 黒人編
【掲載日:平成21年8月28日】

何処いづくにか われは宿やどらむ
         高島たかしまの 勝野かちのの原に この日れなば


【勝野の原 高島町勝野】


帰着の黒人に 官よりの命が 届いていた 
《勤め 懈怠けたいにつき 今以降の出仕を 停止ちょうじす》

黒人は 旅の空にいた 
官の どころを失くし
寄るは 心の支え 鶴女たづめ

黒人の足 近江から 湖西 越前へ 
しなざかる 越への道 

いそさき 漕ぎみ行けば 近江あふみうみ 八十やそみなとに たづさはに鳴く
《磯の崎 漕いで回ると うみひらけ あちこち湊に 鶴の群鳴く》 
                         ―高市黒人―〔巻三・二七三〕
何処いずくに ろうや 鶴女たづめ

かくゆゑに 見じといふものを 楽浪ささなみの ふるみやこを 見せつつもとな
《そうやから 嫌やたのに 近江京ふるみやこ 見せたりしたら 寂しいやんか》 
                         ―高市黒人―〔巻三・三〇五〕
わが船は 比良ひらみなとに 漕ぎてむ 沖へなさかりり さ夜更よふけにけり
《夜も更けた 沖へ出らんと この船は 比良の湊で 泊まりにしょうや》  
                         ―高市黒人―〔巻三・二七四〕
あともひて 漕ぎ行く船は 高島たかしまの 阿渡あと水門みなとに てにけむかも
《連れ立って 漕ぎ行った船 高島の 安曇あどの湊で 泊まったやろか》 
                         ―高市黒人―〔巻九・一七一八〕

おのが心を なおに出さず 歌に心を通わせる
景を詠み 景を見せ 背後に 心がにじ
人恋しさ 
自分恋しさの 世界 
鶴女たづめとの 別れが 黒人の歌を 他の追随を許さぬ高みへと 導く 

何処いづくにか われは宿やどらむ 高島たかしまの 勝野かちのの原に この日れなば
《日ィ暮れる 何処どこで泊まれば 良えんやろ 原っぱ続きの 高島たかしま勝野かちの》  
                         ―高市黒人―〔巻三・二七五〕

加賀を抜け 雪深い 越中へ 黒人の旅は続く 

婦負めひの野の すすき押しべ 降る雪に 宿やど借る今日し 悲しく思ほゆ
《降る雪が 薄を倒す 婦負めひの野で 宿を借るんは 悲してならん》 
                         ―高市黒人―〔巻十七・四〇一六〕



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人麻呂編(1)川音高しも

2009年08月17日 | 人麻呂編
【掲載日:平成21年8月3日】

ぬばたまの 夜さりれば 巻向まきむく
           川音かはと高しも 嵐かも


【弓月が嶽(中央奥)と巻向川 左は穴師の山】


人麻呂は 馬を急がせていた 
ここしばらく 吉野行幸みゆきの はからい事で
妻問つまどいが 遠ざかっていた
昨日降った 春の雪 
ぬかるみ  
馬の足取りが もどかしい 

新妻にいづまを待たせてしもうた 巻向郎女まきむくのいらつめ
 待ち焦がれているじゃろう 急がねば) 
三輪山を 右手に見ながら 
馬は 三輪の大社おおやしろを過ぎた 
泥道が続く 
霧の立ち込める中 檜原ひばらもりが見える

巻向まきむくの 檜原ひばらに立てる 春霞 おぼにしおもはば なづみめやも
《霧みたい すぐ消えるよな 思いちゃう そんな気ィなら 無理して来んわ》
                       ―柿本人麻呂歌集―(巻十・一八一三)
夕闇の 訪れに 湿しめの広がり
穴師あなし川の 橋を渡り 川上に 馬首ばしゅめぐらす
(川に 波 立ってきた) 
痛足川あなしがは 川波立ちぬ 巻目まきもくの 由槻ゆつきたけに 雲居くもゐ立てるらし
《穴師川 波立ってるで ざわざわと 由槻ゆつきたけに 雲出てるがな》
                       ―柿本人麻呂歌集―(巻七・一〇八七)
(おお 瀬が 鳴っている) 
あしひきの 山川の瀬の るなべに 弓月ゆつきたけに 雲立ち渡る
《山筋の 川瀬鳴ってる やっぱりな 弓月ゆつきたけに 雨雲あめぐもでてる》
                       ―柿本人麻呂歌集―(巻七・一〇八八)

「今 戻った」 
馬を 飛び降り 門前から 呼びかける 
まろぶが如き 出迎えの 巻向郎女いらつめ
「雨には 合わずに済んだぞ」 
微笑ほほえみ 面伏せる 巻向郎女いらつめ

夕餉ゆうげを 済ませ
くつろぎの ひと時 
山間やまあいの静寂に 川音かわおとが 高い
ぬばたまの 夜さりれば 巻向まきむくの 川音かはと高しも 嵐かも
よるけた 川の水音 こなった 今に一荒ひとあれ じき来るみたい》
                       ―柿本人麻呂歌集―(巻七・一一〇一)

至福しふくの一夜
激しかった雨脚あまあし しだいに 遠のく




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<弓月が嶽>へ

人麻呂編(2)引手の山に

2009年08月16日 | 人麻呂編
【掲載日:平成21年8月4日】

衾道ふすまぢを 引手ひきての山に いもを置きて
          山路やまぢを行けば 生けりともなし

【引手の山(竜王山)手前は大和神社の裏の溜池】


巻向郎女まきむくのいらつめと 人麻呂の 住みどころ
穴師川あなしがわのほとり
庭先の川堤かわづつみに 大きなつきの木が 葉を広げる

うつせみと 思ひし時に たづさへて わが二人見し  
走出はしりでの 堤に立てる つきの木の こちどちのの 
春の葉の しげきが如く 思へりし いもにはあれど 
たのめりし らにはあれど
 
《元気でる時 二人で見たな 若葉のいっぱい茂ったけやき
 そんないっぱい 好きたお前 末おもてた お前やけども》
世の中を そむきし得ねば かぎろひの 燃ゆる荒野あらのに 
白拷しろたへの 天領巾あまひれがくり 鳥じもの 朝立ちいまして 
入日いりひなす かくりにしかば
 
《世の中ならいに 逆らいできず 陽炎かげろう消えて 天行くみたい
 鳥飛び立って 帰らんみたい  太陽ィ沈むよに 隠れてしもた》
吾妹子わぎもこが 形見かたみに置ける みどり児の ひ泣くごとに 
取りあたふ 物し無ければ をとこじもの わきはさみ持ち
 
《残った赤ん 泣くたびごとに 乳も出んのに 胸抱きかかえ》
吾妹子わぎもこと 二人わが宿し まくらつく 嬬屋つまやの内に 
昼はも うらさび暮し 夜はも 息づき明し  
嘆けども せむすべ知らに 恋ふれども  よしを無み

《お前と暮らした 住まいにこもり 昼間ひるまぼっとし よる溜息ためいき
 なげいてみても どうにもならん 恋しがっても うことでけん》
大鳥おほとりの 羽易はがひの山に わが恋ふる いもすと 人の言へば 
石根いはねさくみて なづみ

《後ろの山で お前の姿 見たと聞いたら  岩道いわみち分けて
 らんもんかと 探しに行った》
けくもそなき うつせみと 思ひし妹が  玉かぎる ほのかにだにも 見えぬ思へば 
《生きてるはずと おもてたお前 影も形も 見えんよなった
 あってえんか こんなこと》
                         ―柿本人麻呂―(巻二・二一〇)
衾道ふすまぢを 引手ひきての山に いもを置きて 山路やまぢを行けば 生けりともなし
引手ひきて山 お前まつって 降りてきた ひとり生きてく 気ィならんがな》
                         ―柿本人麻呂―(巻二・二一二)
去年こぞ見てし 秋の月夜つくよは 照らせども あひ見しいもは いや年さかる
去年きょねん見た 秋のえ月 今もええ 一緒いっしょ眺めた お前らんが》
                         ―柿本人麻呂―(巻二・二一一)

つきの木の住みどころ 嘆きの枯れない 人麻呂がいる




<引手の山>へ

人麻呂編(3)浦の浜木綿

2009年08月15日 | 人麻呂編
【掲載日:平成21年8月5日】

み熊野の 浦の浜木綿はまゆふ 百重ももへなす
          心はへど ただはぬかも

【孔島の野生浜木綿】


(なんとした ことか) 
人麻呂は 苛立いらだっていた
文机ふづくえをまえに 小半時こはんとき
(ええい 言葉が むすべぬ
 天皇すめらみことの 寿ことほぎ歌 
 身罷みまかびとへの き歌
 次々と 口をついて 出るものを 
 女人おみなへの 思い歌 それも わが思い歌 となると 結べぬ) 
人麻呂は 仰向あおむだおれに 天井を見る
目を つぶる 
閉じた目に 軽郎女かるのいらつめ

「抜くのじゃ おのが身から 思いを抜くのじゃ」
もう一人の 人麻呂が ささやきかける

み熊野の 浦の浜木綿はまゆふ 百重ももへなす 心はへど ただはぬかも
                         ―柿本人麻呂―(巻四・四九六)
浜木綿はまゆうの 葉いっぱいに 茂ってる 思いもそうやが よう逢い行かん》 
(出来たぞ 出来た 
 われにも あらぬ うぶな歌じゃ)

いにしへに ありけむ人も わがごとか いもに恋ひつつ ねかてずけむ
                         ―柿本人麻呂―(巻四・四九七)
おんなじか 昔の人も ワシみたい 焦がれ恋して 寝られへんのは》 
(なんと まあ 恥ずかしげもなく) 

(この歌を 贈るとして 返し歌は どうかな) 
今のみの 行事わざにはあらず いにしへの 人そまさりて にさへきし
                         ―柿本人麻呂―(巻四・四九八)
《今だけの こととはちごて 昔かて 恋して泣いた 今よりもっと》
百重ももへにも 来及きしかぬかもと 思へかも 君が使つかひの 見れどかざらむ
                        ―柿本人麻呂―(巻四・四九九)
何遍なんべんも 来て欲し思う あんたから 使い来るたび 見るたびずっと》

(自分で 返し歌まで むか)
人麻呂のほおは 緩(ゆる)んでいる

喪の明けやらない 人麻呂に 恋のやっこが 取り付いた




<浜木綿>へ

人麻呂編(4)妹が名呼びて

2009年08月14日 | 人麻呂編
【掲載日:平成21年8月10日】

・・・玉桙たまほこの 道行く人も 一人だに 似てし行かねば  
      すべをみ 妹が名びて そでぞ振りつる

【軽寺の森。ひっそりとした軽の村中】


捕えて離さぬ 恋のやっこ
いに行こうなどと なんと 浅間あさましい
今しばらくは  
せめての明けるまで

あまぶや かるみちは 吾妹子わぎもこが 里にしあれば 
ねもころに 見まくしけど まず行かば 人目を多み 
数多まねく行かば 人知りぬべみ
 
《あの児の家は 軽の里 逢いたい気持ち いっぱいや
 度々たびたび行ったら うわさ立つ》
狭根葛さねかずら のちはむと 大船の 思ひたのみて
玉かぎる 磐垣淵いはかきふちの こもりのみ 恋ひつつあるに
 
あとで逢える日 来るおもて 恋しさ我慢で 送る日に》
渡る日の れぬるが如 照る月の 雲かくる如 
沖つ藻の なびきし妹は 黄葉もみちばの 過ぎてにきと 
玉梓たまづさの 使つかひの言へば
 
《照る日や月を 隠すよに もみじの葉っぱ 散るみたい 
 お前ったと 言う知らせ》
梓弓あづさゆみ おとに聞きて はむすべ むすべ知らに 
おとのみを 聞きてありねば
 
《どない言うたら えんやろ どしたらえか 分かれへん》
わが恋ふる 千重ちえ一重ひとえも なぐさもる こころもありやと 
吾妹子わぎもこが まず出で見し 軽のいちに わが立ち聞けば
 
えた気持ちを しずめよと お前のった 軽の市 行ってたずねて 探したが》
玉襷たまたすき 畝火うねびの山に 鳴く鳥の こゑも聞えず 
うろてしもて 名ぁ呼んで わめき回って 袖振りまわす》
                         ―柿本人麻呂―(巻二・二〇七)
秋山あきやまの 黄葉もみちしげみ まとひぬる いもを求めむ 山道やまぢ知らずも
《茂ってる 黄葉もみじの山へ まよてもた お前探すに 道分れへん》
                          ―柿本人麻呂―(巻二・二〇八)
黄葉もみちばの りゆくなへに 玉梓たまづさの 使つかひを見れば ひし日思ほゆ
《あの使い 黄葉もみじ時分じぶんに また見たら 一緒った日 思いすんや》
                         ―柿本人麻呂―(巻二・二〇九)

悔しさ もどかしさ 悔悟かいごの念去りやらぬ 人麻呂




<軽>へ

人麻呂編(5)形見とそ来し

2009年08月13日 | 人麻呂編
【掲載日:平成21年8月11日】

潮気しほけ立つ 荒磯ありそにはあれど 行く水の
          過ぎにしいもが 形見かたみとそ

【みなべの浦より鹿島を望む】


紀伊国きのくにへの行幸みゆき
太陽 輝き 
黒潮 おどる  
温暖の地 紀伊 
人麻呂の心は おどらない

(この磯 軽郎女かるのいらつめとの磯遊び 郎女いらつめの笑い声・・・)
玉津島たまつしま いそ浦廻うらみの 真砂まさごにも にほひて行かな いもふれけむ
《玉津島 海辺の磯の 砂きれえ 昔にお前 さわったからか》
                         ―柿本人麻呂―(巻九・一七九九)
(藤白坂の峠道 眼の下に 黒牛潟くろうしかた 玉津島山も見える)
いにしへに いもとわが見し ぬばたまの 黒牛潟くろうしかたを 見ればさぶしも
《前のとき お前と見たな 黒牛潟くろうしかた 独り見るんは 淋しいこっちゃ》
                         ―柿本人麻呂―(巻九・一七九八)
由良ゆらの崎 郎女いらつめ裳裾もすそに 入江の波が・・・)
黄葉もみちばの 過ぎにし子等こらと たづさはり 遊びしいそを 見れば悲しも
《手ぇつなぎ お前と一緒に 来た磯や 見たら悲して どうにもならん》
                         ―柿本人麻呂―(巻九・一七九六)
(大海原 浦々崎々さきざきの磯波 松のそよぎ
 ここ 岩代いわしろで 有間皇子ありまのみこさん偲んだなぁ)
のち見むと 君が結べる 磐代いはしろの 子松こまつがうれを また見けむかも
有間皇子おおじさん あんた結んだ 松の枝 帰りの道で また見たやろか》 
                         ―柿本人麻呂―(巻二・一四六)
(あれは 鹿島かしまや 二つ並んで・・・
 南部みなべの浜 岩 ごろごろと そのままや)
潮気しほけ立つ 荒磯ありそにはあれど 行く水の 過ぎにしいもが 形見かたみとそ
さみし磯 思うたけども お前との 思い出場所と おもうて来たで》
                         ―柿本人麻呂―(巻九・一七九七)

歌の お呼びがない 行幸みゆきであった

(わしの 気持ちまれての「ご用なし」であったのか
わし そのものが「ご用なし」と なったのか) 



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<結び松の碑>へ



<みなべ・鹿島>へ

人麻呂編(6)漕ぎ別れなむ

2009年08月11日 | 人麻呂編
【掲載日:平成21年8月12日】

留火ともしびの 明石あかし大門おほとに らむ日や
          ぎ別れなむ 家のあたり見ず


【明石海峡の落日、須磨浦展望台より】


石見の国 
(岩を見る国か・・・) 
荒涼たる 景色が 目に浮かぶ 
(歌読みの わしが 何故なにゆえ
宮仕えの つらいところか)
赴任の船は 難波の津を離れ 天離あまざかる ひなへと
人麻呂は 船縁ふなべりに立っている 
うつろな目 岸辺の風景が 過ぎていく

わびしさ つのる 旅か)
珠藻たまも刈る 敏馬みぬめを過ぎて 夏草の 野島のしまの崎に 舟近づきぬ
《にぎやかな 藻を刈る敏馬みぬめ 後にして 草ぼうぼうや 野島の岬》
                         ―柿本人麻呂―(巻三・二五〇)
(おお いい日だ 格好かっこうの歌情景 なのに・・・)
留火ともしびの 明石あかし大門おほとに らむ日や ぎ別れなむ 家のあたり見ず
《日ィ沈む 明石の大門おおと 目を返しゃ 大和とおなる 家も見えへん》
                         ―柿本人麻呂―(巻三・二五四)
(妻が 思い出される) 
淡路あはぢの 野島の崎の 浜風に いもむすびし ひも吹きかへす
《無事でねと お前結んで くれた紐 野島の風が 吹き返しよる》 
                         ―柿本人麻呂―(巻三・二五一)
(思いのほか 小ぶりな 赴任ぶねであった)
荒拷あらたへの 藤江ふぢえの浦に すずき釣る 白水郎あまとか見らむ 旅行くわれを
《藤江浜 すずき釣ってる 漁師りょうしやと 見られんちゃうか わし旅やのに》
                         ―柿本人麻呂―(巻三・二五二)
(旅ごころ 湧く 伝説の印南いなみ国原くにはら
 波も高い もう かなり来たな) 
名くはしき 稲見いなみの海の 沖つ波 千重ちへかくりぬ 大和島根は
稲見いなみうみ 次から次と 来る波に 隠れてしもた 大和の山々やまは》
                         ―柿本人麻呂―(巻三・三〇三)
(内海の島々 もたげる 歌ごころ)
大君おほきみの とほ朝廷みかどと ありがよふ 島門しまとを見れば 神代かみよおもほゆ
《にぎやかに 筑紫行きの 船とおる 瀬戸島せとじま見たら 神秘的やな》
                         ―柿本人麻呂―(巻三・三〇四)
過ぎゆく波頭なみがしら 景観の展開
歌人うたびと人麻呂が 取り戻る



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<野島の崎>へ



<藤江の浦>へ



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人麻呂編(7)野の上のうはぎ

2009年08月10日 | 人麻呂編
【掲載日:平成21年8月13日】

妻もあらば みてたげまし 佐美さみの山
         野ののうはぎ 過ぎにけらずや


【沙弥島ナカンダの浜】


人麻呂を乗せた 赴任の船  
穏やかな 内海うちうみを行く

玉藻たまもよし 讃岐の国は 
国柄くにからか 見れどかぬ 神柄かむからか ここだたふと
 
《讃岐の国は ええ国や 見飽けへんほど ええ国や》 
天地あめつち 日月とともに りゆかむ かみ御面みおも 
《日に日にうなる 別嬪べっぴんさん》
ぎ来たる なか水門みなとゆ 船けて わが漕ぎれば 時つ風 雲居に吹くに 
《そこの湊を 出た船は 突如吹き出す 風に会い》 
沖見れば とゐ浪立ち 見れば 白浪さわく いさな取り 海をかしこ 
《沖は大波 岸も白波なみ 怖い恐ろし 荒れる海》
行く船の かじ引き折りて をちこちの 島は多けど 名くはし 狭岑さみねの島の 荒磯面ありそもに いほりて見れば
《船梶止めて さみねじま なんけ船を 寄せたなら》
浪のの 繁き浜辺を 敷栲しきたへの 枕になして 荒床あらとこに 自伏ころふす君が 
《波音高い 浜の陰 一人の人が 死んでいる》 
家知らば 行きても告げむ 妻知らば も問はましを 玉桙たまほこの 道だに知らず 
《知らしたいけど 家分からん どこの誰やら 知らん人》 
おほほしく 待ちか恋ふらむ しき妻らは
《奥さんさぞかし 待ってるやろに》 
                         ―柿本人麻呂―(巻二・二二〇)

妻もあらば みてたげまし 佐美さみの山 野ののうはぎ 過ぎにけらずや
よめると んでそなえて やったやろ えてるヨメナ とう立ってもた》 
                         ―柿本人麻呂―(巻二・二二一)
沖つ波 よる荒磯ありそ 敷栲しきたへの まくらきて せる君かも
《波寄せる さみしい磯に 横なって 死んでる人は どこの誰やろ》
                         ―柿本人麻呂―(巻二・二二二)

船旅ふなたびでの遭難
供えの花は 
死人しびとへの 手向けか
明日は 我が身への 祈りなのか 




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<さみねの島(二)>へ

人麻呂編(8)靡けこの山

2009年08月09日 | 人麻呂編
【掲載日:平成21年8月14日】

・・・夏草の 思ひしなえて しのふらむ いもかど見む
                        なびけこの山


【「石見の海」和木真島にて東方。遠景浅利富士】


人麻呂は  
寒風に吹かれて 石見いわみの 浜を歩いていた
日本海 荒波風あらなみかぜを まともに受け
き出しの山 いつくばる木々 
荒涼そのままを 見せている浜 
波打ち際 打ち寄せる そのからままるさま
人麻呂の眼に 共寝ともねの妻依羅娘子よさみのおとめうつ
胸に湧き上がる 寂寞せきばくの気
妻と離れての 都への公務たび
歌心が 突き上げる 

石見いはみうみ つの浦廻うらみを 浦しと 人こそ見らめ かたしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦は無くとも よしゑやし 潟は無くとも 
《石見の国の 都野つのの浦 よろし湊も 浜もない かまへんえで 湊なし 浜はうても この海は》
鯨魚いなさ取り 海辺をさして 和多豆にきたづの 荒磯ありその上に か青なる 玉藻おきつ藻 朝羽振あさはふるる 風こそ寄せめ 夕羽振ゆふはふる 浪こそ来寄れ
《魚捕れるし 磯の上 朝には風が 夕べ波 青い玉藻を 持って来る》 
浪のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜つゆしもの 置きてしれば
《その藻みたいに 寄りうて 寝てたお前を 置いてきた》
この道の 八十隈やそくまごとに よろづたび かへりみすれど いやとほに 里はさかりぬ いや高に 山も越え来ぬ
《振り向き振り向き 来たけども お前る里 遠なるし 山たこなって へだたるし》
夏草の 思ひしなえて しのふらむ いもかど見む
《胸のつぶれる 思いして お前のるとこ 見たなった》
なびけこの山
《邪魔する山よ 飛んでまえ》 
                         ―柿本人麻呂―(巻二・一三一)
石見いはみのや 高角山たかつのやまの より
 わが振るそでを いも見つらむか

《恋しいて 高角たかつの山の あいだ 袖振ったけど 見えたかお前》
小竹ささの葉は み山もさやに さやげども
 われは妹思ふ 別れぬれば

《笹の葉が ざわざわ揺れる ざわざわと わしの胸かて 風吹き抜ける》 
                         ―柿本人麻呂―(巻二・一三二、一三三)

容赦ようしゃない てる烈風れっぷう
吹きちぎれる 袖 裾 
人麻呂の影が 遠ざかる 



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