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令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

旅人編(1)いよよ清けく

2009年11月11日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月2日】

昔見し きさ小河をがはを 今見れば いよよさやけく なりにけるかも

【象の小川、喜佐谷山中】


船は 敏馬みぬめの沖を過ぎて行く
岸では 藻を刈る娘子おとめ
さざめきが  波の音と共に 聞こえてくる
喜々として 見やる 大伴郎女おおとものいらつめ
後姿に 旅人たびとの優しい眼差まなざしが 注がれている
筑紫への船旅  
中納言職にあっての 大宰帥だざいのそちとしての赴任
老年期を迎えた身には こたえる任官である
はるばるの航路と共に  
中央政界との隔絶が  一層心に重い
ただ一つの  安らぎは 郎女の同行であった
老境を迎えつつあるとはいえ 子をさぬ故か
かんばせは 若々しく 
時として見せる仕草に  童女の趣が香る

泊りを重ね 船は ともの浦に いかりを下していた
い旅の 慰みにと 翌朝 仙酔島への島渡り
神の霊が宿っていると言われる  むろの木
年を経た巨木に  郎女は はしゃいでいた
太古そのものの自然  
心躍らせ  逍遥する旅人
木々をって 流れ下る 清い流れ
不意のこと 旅人の胸に きさの小川が蘇生よみがえ
年老いての ひなへの赴任
もう  見られぬかとの 不安と回顧の心に 
わだかまっていた  象の小川への思い
(あれは おびと親王が 聖武帝として即位されて間なしの神亀元年(724)の春三月
 吉野離宮行幸のときであった 
 久方ぶりに行った  吉野であった
 変わらず  清い流れの 川であった)

吉野よしのの 芳野よしのの宮は やまからし たふとくあらし かはからし さやけくあらし 
あめつちと 長く久しく 万代よろづよに 変らずあらむ 行幸いでましみや

吉野宮よしのみや 山えよって 貴いし 川えよって きよらかや
 ずうっとずっと 続いてや 何万年も 続いてや 大君なさる このお宮》
                         ―大伴旅人―(巻三・三一五) 
昔見し きさ小河をがはを 今見れば いよよさやけく なりにけるかも
《今見たら 前よりずっと うなった きさ清流ながれの 清々すがすがしさよ》
                         ―大伴旅人―(巻三・三一六) 

瞑目めいもくすれば まぶたに浮かぶ川瀬
 今も耳に残る 潺湲せんかんたる渓流ながれの音
 ああ  今一度 見たいものだ)

旅人の思いは  飛ぶ
遥か  大和へ 吉野へと・・・






<象の小川>へ


旅人編(2)瀬にはならずて

2009年11月10日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月4日】

わが行きは ひさにはあらじ
      いめのわだ にはならずて ふちにあらぬかも


【都府楼址の台地、後方は大野山】


神亀五年〔728〕春 
大宰のそち 旅人たびとからの回状
赴任早々の 小野老おののおゆ歓迎うたげの誘い

「先ずはおゆどの
 貴殿の歌がなくては始まらぬ」  
旅人が促す 
あをによし 寧楽なら京師みやこは 咲く花の にほふがごとく 今さかりなり
《賑やかな 平城ならみやこは 色えて 花咲くみたい 今真っ盛り》 
                         ―小野老をののおゆ―〔巻三・三二八〕
「おお 早速に みやこ恋しの歌か いやいや 我らへの みやこ伝えの手土産歌と見た」
やすみしし わご大君おほきみの きませる 国のうちには 京師みやこし思おもほゆ
大君おおきみの 治めてなさる この国で やっぱりみやこが えなと思う》
藤波ふぢなみの 花は盛りに なりにけり 平城ならみやこを 思ほすや君
《藤のふさ 波打つみたい 花見ごろ みやこ恋しか どやそこの人》
                         ―大伴四綱おおとものよつな―〔巻三・三二九、三三〇〕
「四綱殿も みやこか ほんに わしもじゃが」
わがさかり また変若をちめやも ほとほとに 寧楽ならみやこを 見ずかなりなむ
《も一遍いっぺん 若返りたい そやないと 平城ならみやこを 見られへんがな》
わがいのちも つねにあらぬか 昔見し きさ小河をがはを 行きて見むため
《この命 もうちょっとだけ べへんか きさの小川を また見たいんで》
浅茅あさぢはら つばらつばらに ものへば りにしさとし 思ほゆるかも
《何やかや つらつらつらと 思うたび 明日香の故郷さとが 懐かしいんや》
わすれくさ わがひもに付く 香具かぐ山の りにしさとを 忘れむがため
《忘れ草 身に付けるんは 香具山の 故郷さと忘れよと 思うためやで》
わが行きは ひさにはあらじ いめのわだ にはならずて ふちにあらぬかも
《筑紫には ごうはらん 夢のわだ 浅瀬ならんと 淵でってや》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三三一~三三五〕 
みやこみやこと 女々めめしいぞ わしは筑紫の歌じゃ」
しらぬひ 筑紫つくし綿わたは 身につけて いまだはねど あたたかに見ゆ
《珍しい 筑紫の真綿まわた わしのに てみてへんが ぬくそに見える》
                         ―満誓まんせい―〔巻三・三三六〕
「どこの女のことじゃ 相変わらず」おゆはや
満誓の比喩ひゆうたで 座は一挙に盛り上がる

末席 きょうに加わらない憶良がいる
旅人が  はるか主席から 声をかける
「憶良殿  酒も進まぬようじゃが
どうじゃ  一首召されぬか」
億良おくららは 今はまからむ 子くらむ そのかの母も を待つらむそ
《憶良めは ぼちぼち帰らして もらいます 子供も女房よめも 待ってますんで》
                         ―山上憶良―〔巻三・三三七〕 
〔身内奉仕か  喰えぬ男じゃ〕
渋い顔の旅人  杯をあおる





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旅人編(3)一坏の濁れる酒を

2009年11月09日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月5日】

しるしなき 物をおもはずは
      一坏ひとつきの にごれる酒を 飲むべくあるらし

〔わしは 酒に逃げてるのではない
 それにしても  しらっと 中座しおって・・・〕
朝まだき  奥の座敷 
文机ふづくえをまえに 端座たんざする旅人たびとがいる
机の上  大徳利 
なみなみと注がれた酒坏さかづき
〔人は  どうして 酒を飲むのか
 たのしきにつけ 悲しきにつけ
 一杯目 これが また美味うま
 一杯の酒が  次の酒を呼ぶ・・・
 また一杯  もう一杯 さらに一杯・・・
 やがて  酔いつぶれて・・・
 もう 金輪際こんりんざいとの 二日酔い・・・
 めぬうちの 酒坏さかづき・・・
 性懲しょうこりもなくの 繰り返し・・・〕
〔酒に  罪があろうか
 酒は 飲むべきもの むべきもの〕

しるしなき 物をおもはずは 一坏ひとつきの にごれる酒を 飲むべくあるらし
仕様しょうもない 考えせんと 一杯の どぶろく酒を 飲むがええで》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三三八〕 
酒の名を ひじりおほせし いにしへの おほき聖の ことのよろしさ
《酒のこと ひじりやなんて うまいこと 言うたもんやな 昔の聖人ひとは》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三三九〕 
いにしへの ななさかしき 人どもも りせしものは 酒にしあるらし
《高名な なな賢人けんじんも 人並みに 欲しがったんは 酒やでやっぱ》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三四〇〕 
さかしみと 物いふよりは 酒飲みて ゑひ泣きするし まさりたるらし
えらぶって 講釈するより 酒飲んで 泣いてる方が ええんとちゃうか》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三四一〕 
言はむすべ せむすべ知らず きはまりて たふときものは 酒にしあるらし
《なんやかや うたりおもたり してみても 行きつくとこは やっぱり酒や》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三四二〕 
なかなかに 人とあらずは さかつぼに 成りにてしかも 酒にみなむ
《酒壺に 成って仕舞しもうて 酒にも 鳴かず飛ばずの 人生よりか》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三四三〕 

〔わしが  まともなのか
 あやつが  まとのもなのか・・・〕
き合いの悪い 相手と
ついつい 酒におぼれる 自分
忸怩じくじたる思いの 旅人がいる


旅人編(4)猿にかも似る

2009年11月08日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月6日】

あなみにく さかしらをすと 酒飲まぬ
           人をよく見れば 猿にかも


「まあ  どう なされたのですか」
散らばる短冊に あきれかえる 郎女いらつめ
頭を抱える旅人たびとを 覗きこむ
「こんな  朝早くに 珍しいこと
 おや  朝酒ですか?」
「・・・いや  酒ではない 水じゃ
 たまには 徳利と酒坏さかづきから
 酒気さかけを抜いてやろうと 思うたまでじゃ」

あなみにく さかしらをすと 酒飲まぬ 人をよく見れば 猿にかも
《ああ嫌や  酒も飲まんと 偉そうに 言う奴の顔 猿そっくりや》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三四四〕 
「あれ 
 これは  まさか 筑前さまのことでしょうか
 お気の毒に  猿だなんて
 あのお方 わたくしは 好きですよ
 真面目でいらっしゃる 
 お酒飲みの  あなたよりもね」
にこりと 微笑ほほえむ郎女に 思わず苦笑した旅人
「では わしも 酒気さかけを抜かねば なるまいて」

あたひ無き たからといふとも 一つきの にごれる酒に あにさめやも
《極上の  高値の宝 なんかより 酒一杯が わしにはええで》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三四五〕 
よるひかる 玉といふとも さけ飲みて こころをやるに あにかめやも
夜光やこうだま そんなもんより 酒飲んで 憂さ晴らすが ええなわしには》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三四六〕 
世のなかの みやびの道に すすしくは ゑひなきするに あるべくあるらし
《風流の 道を極めて 澄ますより 酔うて泣くが ええのんちゃうか》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三四七〕 
この世にし 楽しくあらば には 虫に烏にも われはなりなむ
《この世さえ  楽しいでけたら 次の世は 虫とか鳥に 成ってもええで》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三四八〕 
ける者 つひにも死ぬる ものにあれば この世なるは 楽しくをあらな
《人いつか  死ぬと決まった もんやから 生きてるうちは 楽しゅうしょうや》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三四九〕 
黙然もだをりて さかしらするは 酒飲みて 酔泣ゑひなきするに なほ若かずけり
《澄まし込み かしこるより 酒飲んで 泣いてる方が まだ益しちゃうか》
                         ―大伴旅人―〔巻三・三五〇〕 

「郎女  やはり 酒じゃ 酒を持て
徳利も酒坏さかづきも しょんぼりしてる」 
笑いをこらえて  酒を運ぶ 郎女
そこには 剛毅ごうきな旅人が 
あごひげを撫でて 待っていた



旅人編(5)空しきものと

2009年11月07日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月9日】

世の中は むなしきものと 知る時し
             いよよますます  かなしかりけり


【遠景:大野山 都府楼跡 蔵司横にて】


日は とっぷりと暮れていた 
憶良は 旅人やかたの門をくぐる
筑前国府からはそう遠くない  遅すぎた弔問ちょうもん
悲しみに打ちひしがれる旅人 
その額に 縦じわが寄る 
〔喰えん男が 今頃に・・・〕 

大君おほきみの 遠の朝廷みかどと しらぬひ 筑紫つくしの国に 泣く子なす 慕ひ来まして いきだにも いまだやすめず 年月としつきも いまだあらねば 心ゆも 思はいあひだに うち摩き こやしぬれ
《遠く離れた 筑紫へと 子供みたいな お前連れ  落ち着かんに 月日経ち しんみり話も せんうちに お前病気に なってもた》
言はむすべ すべ知らに 石木いはきをも け知らず 家ならば かたちはあらむを うらめしき いもみことの あれをばも 如何いかにせよとか 鳰鳥にほどりの 二人並び 語らひし 心そむきて 家さかりいます
《どしたらえか 分からへん 石や木ィかて 答えよらん あんな元気で ったのに どないせ言うんや このわしに 二人仲良う  暮らそうと  言うたお前は もうらん》
                         ―山上憶良―〔巻五・七九四〕 

家に行きて 如何いかにか吾がせむ 枕づく 妻屋つまやさぶしく 思ほゆべしも
《家帰り どしたらんや このワシは 寝床を見ても さみしいだけや》
しきよし かくのみからに したし 妹がこころの すべもすべなさ
可愛かいらしく あんないっぱい 甘え来た お前気持に こたえられんで》
くやしかも かく知らませば あをによし 国内くぬちことごと 見せましものを
《悔しいな こんなことなら 景色え 筑紫の国中くにじゅう 見せたったのに》
いもが見し あふちのち花は 散りぬべし わが泣くなみだ いまだなくに
栴檀せんだんの 花散りそうや 思いの よすがうなる えもせんのに》
大野山おほのやま 霧立ち渡る わが嘆く 息嘯おきその風に 霧立ちわたる
《大野山 霧が立ってる わし嘆く 溜息ためいきたまって 霧になったで》
                         ―山上憶良―〔巻五・七九五~七九九〕 

〔形の弔問の多いなか
 わしと心を同じうすべくの歌作りを・・・〕 
「憶良殿・・・」 
差し出す手に 旅人の歌  
世の中は むなしきものと 知る時し いよよますます かなしかりけり
《人の世は からっぽなんやと 知ったんや おもうてたより ずうっと悲しい》
                         ―大伴旅人―〔巻五・七九三〕 
無言で うなずく 憶良
老境の二人の眼に 乾ききらぬ涙が 




<大野山>へ





旅人編(6)わが手枕を

2009年11月05日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月11日】

うつくしき 人のきてし 敷拷しきたへ
             わが手枕たまくらを  纒く人あらめや

〔寂しさは 日に日につのると 他人ひとは言うたが
 まさに  その通りじゃ〕
葬儀の日から 旬日じゅんじつ
初七日も終え やっと 人心地ついた旅人たびと
ひしひしと迫る 寂寥感せきりょうかん
何を見ても  思い出すのは 郎女のこと
夕闇せまり もの影が おぼろになると 胸が痛い
眠るべく 延べた床は 身に冷たくみる

うつくしき 人のきてし 敷拷しきたへの わが手枕たまくらを  纒く人あらめや
可愛かいらしい お前が枕に して寝てた この手枕に 寝る人らん》
                         ―大伴旅人―〔巻三・四三八〕 

朝廷から  弔問の使者
悔みのたまわり物を持っての訪れ
もう  あれから 二か月
気は  取り戻したものの 
旅人に 昔日せきじつの覇気はない 
使者の 石上堅魚いそのかみのかつおは 気をかせた
「旅人殿  お役目は終わった
 折角の下向げこうじゃ 基山きやまの眺めを 望みたい
 どうじゃ 案内あないかなわぬかのう」

抜けるような  青空
遥かな眺めは 気宇きうを 荘大にし
筑紫の山々の緑が  目に沁みる
〔共に来て  よかったであろう〕
堅魚かつおは 旅人を思いやって うた

霍公鳥ほととぎす 鳴きとよもす の花の 共にやしと 問はましものを
霍公鳥ほととぎす 鳴いてるお前に 聞きたいな 卯の花咲くのと 同じに来たか》
                         ―石上堅魚いそのかみのかつを―〔巻八・一四七二〕

遥かを見やっていた  旅人
思い直したかに  応える

橘の 花散る里の 霍公鳥ほととぎす 片恋しつつ 鳴く日しそ多き
霍公鳥ほととぎす 散った橘 恋しいと 甲斐もないのに 鳴く日が多い》
                         ―大伴旅人―〔巻八・一四七三〕 

耳にした 「霍公鳥ほととぎす」を み込みはしたものの
旅人の心は  郎女から 離れられずにいた


旅人編(7)香椎の潟に

2009年11月04日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月12日】

いざ子ども 香椎かしひかたに 白妙しろたへ
           袖さへぬれて 朝菜みてむ

【「薩摩の迫門」阿久根市黒の瀬戸】


大宰府の官人の許  
旅人たびとからの 知らせが届く
豊前守ぶぜんのかみ 宇努首男人うののおびとおひと殿 遷任につき
 別れのうたげ 香椎かしいびょう参拝を兼ねて
 開催これありにつき  是非ともの参加を乞う》
〔おお そち殿からの お誘いじゃ
 これは 気を取り戻されたあか
 行かずになるものか〕 
香椎廟 仲哀天皇の御霊みたましずめにと 神功皇后が発願して 建てられた れい安置の堂
ここは 主賓 宇努首男人うののおびとおひと 豊前国府と大宰府往還の折の通過地
それをおもんばかっての 旅人の計らいであった 
うたげ翌朝よくあさ 旅人の 号礼が 発せられた
いざ子ども 香椎かしひかたに 白妙しろたへの 袖さへぬれて 朝菜みてむ
《さあみんな 香椎かしいかたで 袖濡らし 朝の食事の 海藻うみももや》
                         ―大伴旅人―〔巻六・九五七〕 
溌剌はつらつとした 応年を思わす 旅人の声
官人らは  我勝ちにと 浜へと走る
小野老おののおゆも 旅人の 活気に感じ入り うた
時つ風 吹くべくなりぬ 香椎かしひかた 潮干しほひの浦に 玉藻刈りてな
《風吹いて 香椎かしいかたに 潮満ちる 引いてるァに 藻を採ってまお》
                         ―小野老おののおゆ―〔巻六・九五八〕
主賓男人おひとも 応える
かへり 常にわが見し 香椎潟 明日あすのちには 見むよしも無し
《行き帰り いっつも見てた 香椎潟かしいがた 明日あしたなったら もう見られへん》
                         ―宇努首男人うののおびとをひと―〔巻六・九五九〕

旅人の快活は 西下さいか同行の 家持の機転であった
叔母の坂上郎女さかのうえのいらつめを 急遽の使者で 呼寄せた
旅人は  徐々に 気概を取り戻していたのだ

数日後  旅人は 薩摩の瀬戸にいた 
その昔 せい隼人はやとの将軍として来た 旧来の地
隼人はやひとの 湍門せといはほも 年魚あゆ走る 吉野のたぎに なほかずけり
隼人はやとくに 瀬戸の岩磯 すごいけど 鮎飛ぶ滝の 吉野が勝ちや》
                         ―大伴旅人―〔巻六・九六〇〕 

また ある日 大宰府近くの 次田すきだ温泉 
くつろぐ  旅人の姿
湯の原に 鳴くあしたづは わがごとく いもに恋ふれや 時わかず鳴く
温泉おゆく 原で鳴く鶴 鳴き続け わしと同じに 妻恋しいか》
                         ―大伴旅人―〔巻六・九六一〕 
そこには  
自らの  悲しみに 閉じこもる 旅人はなく 
鳴く鶴に  思いをかける 旅人がいた





<薩摩の迫門>へ


旅人編(8)ほどろほどろに

2009年11月03日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月13日】

あわゆきの ほどろほどろに 降りけば
            平城ならみやこし 思ほゆるかも

落ち着いた暮らしが 旅人たびとに戻ってきた
大伴郎女おおとものいらつめのいない屋敷 
寂しくないと言えば  嘘になるが 
坂上郎女さかのうえのいらつめが 心の支えになっていた
歌の上手で鳴らした 坂上郎女いらつめ
旅人の心に しんみりとした 歌ごころがよみがえ

わがをかに さ鹿しか来鳴く 初萩はつはぎの 花嬬はなづま問ひに 来鳴くさ男鹿
《咲いた初萩はぎ 連れ合いおもて 鳴くのんか 近くの岡で 鳴くおす鹿しかよ》
                         ―大伴旅人―〔巻八・一五四一〕 
鹿をみ 萩を詠む
奈良の佐保での暮らしを  思うかの歌

わが岡の  秋萩の花 風をいたみ 散るべくなりぬ 見む人もがも
《風吹いて 散ってしまうで 秋萩はぎの花 見る人ったなら 見せたりたいな》
                         ―大伴旅人―〔巻八・一五四二〕 
大伴郎女を  思う心も しんみりと 
散る萩の花に  添えるかの 歌ごころ

あわゆきの ほどろほどろに 降りけば 平城ならみやこし 思ほゆるかも
《あわあわと  雪次々に 降って来る ああ思い出す 奈良の都を》
                         ―大伴旅人―〔巻八・一六三九〕 
落ち着いた心に よみがえる 奈良の都の雪

わがをかに 盛りに咲ける 梅の花 残れる雪を まがへつるかも
《庭山に  いっぱい咲いた 梅の花 残った雪と 間違いそうや》
                         ―大伴旅人―〔巻八・一六四〇〕 
年が明け  寒さの中に 梅の花の ほころび
梅と雪の  趣を 歌にする旅人

そこには 女々めめしい旅人は 見えない




旅人編(9)龍の馬も

2009年11月02日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月16日】

たつも 今も得てしか あをによし
            奈良の都に  行きて来む為


旅人の許 みやこからの便りが届く
丹生女王にうのおおきみ? おお あのお人か なつかしや〕
高円たかまとの 秋の野のうへの 瞿麦なでしこの花
   うらわかみ  人のかざしし 瞿麦の花

《秋の野で 綺麗きれえに咲いてた 撫子なでしこ花を 可愛らし言うて んだの誰や》
                         ―丹生女王にふのおほきみ―〔巻八・一六一〇〕
〔なでしこ? 
 そうか  昔 出逢うたとき
 『ほんに 撫子のようじゃ』 
と言うたのを 覚えてったか
 それにしても 
 大伴郎女いらつめへの 弔辞も添えられておる・・・
 坂上郎女いらつめめ 余計なことを
 丹生女王にうとの一件 知っておったのか・・・〕
〔ようし 礼に 美味うまい酒を送ってやろう
 わしに劣らずの 酒豪おおざけのみであったからのう〕

やがてのこと  丹生女王からの 返書
あまくもの 遠隔そくへきはみ 遠けども 心し行けば 恋ふるものかも
《身は遠く 離れてるけど 恋してる 心は飛んで かようておるで》
丹生女王にふのおほきみ―〔巻四・五五三〕
いにしへの 人のこせる 吉備きびの酒 めばすべなし 貫簀ぬきすたばらむ
《吉備の酒 昔あんたと 飲んだ酒 もう飲めんから 貫簀ぬきすちょうだい》
                         ―丹生女王にふのおほきみ―〔巻四・五五四〕
〔わからん歌じゃ 
 筑紫で名高い竹細工の貫簀ぬきすじゃと?
 「病めば」は「年で昔のようには飲めん」か・・・ 
 「ぬきす?」「ぬきしゅ」そうか「抜き酒」か 
「もう酒は止めた」というか 
 昔に変わらず軽口の達者な  お人じゃ〕

旅人と丹生王女の  便りの行き来は続く
たつも 今も得てしか あをによし 奈良の都に 行きて来む為
《都まで 行って帰って 来たいんで あまけ馬を 今すぐ欲しい》
                         ―大伴旅人―〔巻五・八〇六〕 
たつを あれは求めむ あをによし 奈良の都に む人のため
あまける 馬絶対に 手に入れる 都来たいと 言う人のため》
                         ―作者未詳―〔巻五・八〇八〕 
うつつには 逢ふよしも無し ぬばたまの よるいめにを ぎて見えこそ
《逢うことが  出けへんよって 夢の中 せめて毎晩 逢いに来てんか》
                         ―大伴旅人―〔巻五・八〇七〕 
ただに逢はず らくも多く 敷拷しきたへの 枕らずて いめにし見えむ
《逢わへんの ご続くけど 思慕おもてるで そやから毎晩 夢見るきっと》
                         ―作者未詳―〔巻五・八〇九〕 
軽妙けいみょう洒脱しゃだつの やりとり
旅人の うつは 霧消むしょうしていた




旅人編(10)君が手馴れの

2009年11月01日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月17日】

ことはぬ にはありとも うるはしき
             君が手馴たなれの 琴にしあるべし


神亀六年〔729〕二月 
みやこに 政変が起こった
長屋王の変である 
「長屋王ひそかに要人呪詛じゅそし国家を傾けんと欲す」
との密告による  長屋王一族の滅亡
皇親政治を守ろうとする  高市皇子実子 長屋王
台頭する貴族政治を推し進める  藤原四兄弟
両者の決着であった 

藤原房前ふささき
藤原四兄弟のうち  一族の中心ではあるが 
比較的  皇親派に近いとされる人物
その 房前に 大伴旅人は 梧桐あおぎり日本やまと琴を贈る
添えられた  文に
【琴の精が言うことには  
「わたしは 対馬つしまの山奥に生まれ 陽の光に恵まれ 雲や霧にはぐくまれ 風や波を友として 暮らしてきました 
世の役に立つとは  思いもしませんでしたが やがて 上手の細工師に出会い こうして琴に生まれ変わりました 
質も悪く音色も  もう一つですが 立派な人に愛用されるのが 望みです」 
如何いかにあらむ 日の時にかも 声知らむ 人のひざ わがまくらかむ
《うちのこと 分かってくれる 人の膝 乗れる日来るの 何時いつのことやろ》
                         ―大伴旅人―〔巻五・八一〇〕 
それを聞いて  わたしは こう答えてやりました
ことはぬ にはありとも うるはしき 君が手馴たなれの 琴にしあるべし
《元々は ィやったのに 今はもう 上手の人に 似合いの琴や》
                         ―大伴旅人―〔巻五・八一一〕 
これに対し  琴の精は 言いました
「ありがとう  ありがとう 光栄です」と
夢に見た 経緯いきさつを この琴に添えて お送りします】
早速に  藤原房前から 返書が届く
ことはぬ 木にもありとも わが背子せこが 手馴たなれのこと つちに置かめやも
《あんたはん 愛用してた 琴やから 大事にするで 元はやけど》
                         ―藤原房前―〔巻五・八一二〕 

もとより  皇親派の旅人
房前との間の  梧桐日本琴のやりとり
藤原一族の中心  房前へのへつらいか
はたまた  近皇親派房前を通じての 
巻き返し工作の一環か 

琴は  知らず 対馬音色を 奏でるのみ






旅人編(11)天より雪の

2009年10月31日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月18日】

わがそのに 梅の花散る ひきかたの
           あめより雪の 流れ来るかも

【大宰府の梅、観世音寺北方】


天平二年〔730〕正月 
ここ 大宰府そちやかた
集うは  大宰府管下の国司ら 
いずれも  都より派遣の高官 総勢三十二人
庭に咲き誇る 梅をでてのうたげ

帥 旅人が えんを仕切る
「集いし面々 つの組に 分ける
 それぞれ  八名づつ 車座となり
 組毎に  選者を立て
 各人のみたる歌の「これは」を談じ
 一人一作を えいずべし」

厳選された 一人一作の 歌詠うたよみが始まった
【第壱組の歌】 
正月むつき立ち 春のきたらば かくしこそ 梅をきつつ たのしきを 
《正月の 新春来たぞ 今日の日を 梅めたたえ 楽しゅう過ごそ》
                         ―大弐だいに紀卿きのまえつきみ―〔巻五・八一五〕
「さすが 大弐殿 きっかけの寿ことほぎ歌 見事 見事」〔旅人〕
梅の花 今咲けるごと 散り過ぎず わが家の園に ありこせぬかも
《今まさに ここで咲いてる 梅のに うちの庭でも 咲き続けてや》
                         ―少弐せうに小野大夫おののだいぶ―〔巻五・八一六〕
梅の花 咲きたる園の 青柳あをやぎは かづらにすべく 成りにけらずや
《梅の花 咲いてる庭の やなぎは かづらに丁度 ええんとちゃうか》
                         ―少弐粟田あはたの大夫―〔巻五・八一七〕
春されば まづ咲く宿の 梅の花 独り見つつや はるくらさむ
《春来たら 最初さいしょ咲く花 梅の花 独り見るには 惜しい春やな》
                         ―筑前守つくしのみちのくちのかみ山上やまのうへの大夫―〔巻五・八一八〕
「憶良殿 泣かせてくれるな 大伴郎女いらつめがこと」〔旅人〕
世の中は 恋しげしゑや かくしあらば 梅の花にも 成らましものを             
《人生は 関わり事が いよって 梅の花でも 成りたいもんや》
                         ―豊後守とよのみちのしりのかみ大伴おほともの大夫―〔巻五・八一九〕
梅の花 今盛りなり 思ふどち 插頭かざしにしてな 今盛りなり
《梅の花  今真っ盛り みんなして 髪にかざそや 盛りの花を》
                         ―筑後守つくしのみちのしりのかみ葛井ふぢゐの大夫―〔巻五・八二〇〕
青柳あおやなぎ 梅との花を 折りかざし 飲みての後は 散りぬともよし
《梅の花 柳と一緒に 髪に挿し 飲みかしたら 散ってもええで》
                         ―笠沙弥かさのさみ―〔巻五・八二一〕
満誓まんせい殿は 花より酒か」〔旅人〕
わがそのに 梅の花散る ひきかたの あめより雪の 流れ来るかも
《梅の花  空に舞うよに 散って来る 天から雪が 降ってきたんか》
                         ―主人あるじ―〔巻五・八二二〕






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旅人編(12)折り插頭(かざ)しつつ

2009年10月30日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月19日】

ひとごとに 折り插頭かざしつつ 遊べども
               いやづらしき 梅の花かも



【第弐組の歌】
梅の花 らくは何処いづく しかすがに このの山に 雪は降りつつ
《花何処どこに 散ってるんやろ ああそうか 城山きやまに降ってる 雪のことかい》
                      ―大監だいけん伴氏百代ばんしのももよ―〔巻五・八二三〕
「おお  わしの歌を 引き取ってくれたか」〔旅人〕

梅の花 散らまく惜しみ わが園の 竹の林に うぐひす鳴くも
《梅の花  散るん惜しいと 庭に来て 鶯竹で 鳴いとおるがな》
                      ―少監しょうげん阿氏奥島あしのおくしま―〔巻五・八二四〕
「鶯が  初お目見えか 愉しい たのしい」〔旅人〕

梅の花 咲きたる園の 青柳を かづらにしつつ 遊び暮らさな
《梅の花 咲いてる庭の やなぎを 頭にして 一日遊ぼ》
                      ―少監しょうげん土氏百村としのももむら―〔巻五・八二五〕
うちなびく 春の柳と わが宿やどの 梅の花とを 如何いかにか分かむ
《春風に 靡く柳と 咲く梅と どっちええやろ う~んむつかし》
                      ―大典史氏ししの大原―〔巻五・八二六〕
「とうとう  梅と柳の決着か 思うたに・・・」〔旅人〕

春されば 木末こぬれかくれて 鶯そ 鳴きてぬなる 梅が下枝しづえ
《梢では  姿見えんと 鶯は 鳴き移ってく 下の枝へと》
                      ―少典山氏若麿―〔巻五・八二七〕 
「なになに  鶯も 目立ちたいのか」〔旅人〕

ひとごとに 折り插頭かざしつつ 遊べども いやづらしき 梅の花かも
《いろいろに  頭に挿して 遊んでも 梅のゆかしさ 尽きることない》
                      ―大判事だいはんじ丹氏麿たんしのまろ―〔巻五・八二八〕
梅の花  咲きて散りなば 桜花 継ぎて咲くべく なりにてあらずや
《梅の花  散ってしもても その次は 桜の花が 待ってて咲くよ》
                      ―薬師くすりし張氏福子ちやうしのふくし―〔巻五・八二九〕
「桜が来たか  これは 意外な よしよし」〔旅人〕

万代に 年はとも 梅の花 絶ゆることなく 咲き渡るべし
《このあとも 毎年毎年 梅の花 ずうっとずっと 続けて咲けよ》
                     ―筑前すけ佐氏子首さしのこおびと―〔巻五・八三〇〕
万代よろずようめ希求もとめか 面白い」〔旅人〕


旅人編(13)飽き足らぬ日は

2009年10月29日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月20日】

梅の花 手折たを插頭かざして 遊べども
             らぬ日は 今日にしありけり
 


【第参組の歌】 
春なれば うべも咲きたる 梅の花 君を思ふと 夜眠よいなくに
《春が来て  やっぱり咲いた 梅の花 寝られんほどに 楽しみしてた》
                      ―壱岐守いきのかみ板氏安麿はんしのやすまろ―〔巻五・八三一〕
「安麿殿 やっと女児おみなが出たかと思うたが 相手は梅子か」〔旅人〕

梅の花 折りてかざせる 諸人もろひとは 今日けふあひだは たのしくあるべし
みんなみな 梅をかみし 遊んでる 今日一日を 楽しもやんか》
                      ―神司かむづかさ荒氏稲布こうしのいなしき―〔巻五・八三二〕
毎年としのはに 春のきたらば かくしこそ 梅を插頭かざして 楽しく飲まめ
《年毎に 春が来たなら こないして 梅を頭挿かざして 飲んで楽しも》
                      ―大令史だいりやうし野氏宿奈麿やしのすくなまろ―〔巻五・八三三〕
「飲もう 飲もうと 満誓まんせい殿と 同じじゃ」〔旅人〕

梅の花 今盛りなり 百鳥ももどりの 声のこほしき 春来たるらし
《梅の花 今真っ盛り 鳥々とりどりの 声聞きとなる 春が来たんや》
                      ―少令史せうりやうし田氏肥人でんしのうまひと―〔巻五・八三四〕
「鶯の他は 何かと待ってったに ももどりときたか これは まいった」〔旅人〕

春さらば はむとひし 梅の花 今日けふあそびに あひ見つるか
《春来たら 逢いたいおもてた 梅の花 今日のうたげで 逢うことでけた》
                      ―薬師高氏義通かうしぎつう―〔巻五・八三五〕
「誰に逢うかと思えば  また 梅子か 安麿殿と 取り会いじゃ ハハハ」〔旅人〕

梅の花 手折たを插頭かざして 遊べども らぬ日は 今日にしありけり                     
《梅の花 頭に挿して 一日を ほうけ尽くして まだ飽きたらん》
                      ―陰陽師おんやうじ礒氏法麿ぎしののりまろ―〔巻五・八三六〕
春の野に 鳴くや鶯 なつけむと わが家の園に 梅が花咲く
《春の野で  鳴く鶯を 呼ぼとして うちの庭先 梅 花咲かす》
                      ―笇師さんし志氏大道ししのおほみち―〔巻五・八三七〕
梅の花 散りまがひたる おかには 鶯鳴くも 春かたけて
《梅の花  散ってる岡で 鶯も 鳴きに来てるで 春もうそこや》
                      ―大隅目おおすみのさくわん榎氏鉢麿かしのはちまろ―〔巻五・八三八〕




旅人編(14)誰か浮べし

2009年10月28日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月24日】

はるやなぎ かづらに折りし 梅の花 
             たれうかべし 酒坏さかづき


【第四組の歌】 
春の野に り立ち渡り 降る雪と 人の見るまで 梅の花散る
《春の野で  霧立つみたいに 雪降ると 思うほどまで 梅散っとおる》
                      ―筑前目田氏真上でんしのまかみ―〔巻五・八三九〕
「おっ また わしの『雪』が出た 気を使うでないぞ 真上まかみ殿」〔旅人〕

はるやなぎ かづらに折りし 梅の花 たれうかべし 酒坏さかづき
《柳の葉 折って頭に 飾ってる 誰か酒坏さかづき 花浮かべてる》
                      ―壱岐目村氏彼方そんしのをちかた―〔巻五・八四〇〕
鶯の おと聞くなへに 梅の花 吾家わぎへの園に 咲きて散る見ゆ
《鶯の  声に合わせて うちの庭 梅が花咲き 散るんが見える》
                      ―対馬つしまの高氏老かうしのおゆ―〔巻五・八四一〕
わが宿の 梅の下枝しつえに 遊びつつ 鶯鳴くも 散らまく惜しみ
《下枝で  鳴いてる鶯 上枝で 咲いてる梅を 散らしとないんや》
                      ―薩摩さつまの目高氏海人あまひと―〔巻五・八四二〕
「今度の鶯は 自分目立ちでなく 花気遣きづかいか なるほど」〔旅人〕

梅の花 折り插頭かざしつつ 諸人もろひとの 遊ぶを見れば 都しぞ
《梅の花  頭に挿して 遊んでる そんなん見たら 都が恋し》
                      ―土師はにし氏御道しのみみち―〔巻五・八四三〕
いもに 雪かも降ると 見るまで ここだもまがふ 梅の花かも
《お前ん 乱れ散るんは 雪やろか そう見えたけど 梅の花やで》
                      ―小野氏くにかた―〔巻五・八四四〕
「国堅殿 言うておろうが 褒美ほうびは出んぞ」〔旅人〕

鶯の  待ちかてにせし 梅が花 散らずありこそ 思ふ子がため
《鶯が 咲くの待ってた 梅の花 散らんといてや みな見たいんや》
                      ―筑前じやう門氏石足もんしのいはたり―〔巻五・八四五〕
霞立つ 長き春日はるひを 插頭かざせれど いやなつかしき 梅の花かも
《花して 春日はるひ一日いちにち 遊んでも 梅のみやびは 堪能たんのうできん》
                      ―小野氏淡理たもり―〔巻四・八四六〕

「それぞれに  皆 見事であった
 さすが 都で丹精した 風流みやび揃い
 今日は  堪能した
 いや  しかし
 飽き足らない  ご仁も おられるようじゃで
 はいを いま一まわしするか
 それこそ  梅と柳を 頭に挿して」
酒に  梅に 酔いしれる 旅人と面々



旅人編(15)雪にまじれる

2009年10月27日 | 旅人編
【掲載日:平成21年11月26日】

残りたる 雪にまじれる 梅の花 早くな散りそ 雪はぬとも

梅花うめはなうたげ
果てた後の  心地よい虚脱
旅人たびとは みやこを 思いやっていた
〔京でも  梅の宴を 催したことがあった
あの時の友 都での名の知れた医者 吉田宜よしだのよろし
文のやりとりも  久しくなったが
いい機会じゃ 
先日の宴での歌 まとめて送ってやろう
わしの歌が  一首だけでは 寂しかろう
取り急ぎ 追い歌を さねばなるまい〕

残りたる 雪にまじれる 梅の花 早くな散りそ 雪はぬとも
《残り雪  混じって咲いてる 梅の花 雪消えたかて 散らんといてや》
                         ―大伴旅人―〔巻五・八四九〕 
雪の色を  奪ひて咲ける 梅の花 今盛りなり 見む人もがも
《白雪に 負けんと咲いてる 梅の花 誰か見る人 てへんやろか》
                         ―大伴旅人―〔巻五・八五〇〕 
わが宿やどに 盛りに咲ける 梅の花 散るべくなりぬ 見む人もがも
《うちの庭 咲いてる梅は 散りそうや 誰か見る人 らへんやろか》
                         ―大伴旅人―〔巻五・八五一〕 
梅の花 いめに語らく 風流みやびたる 花とあれふ 酒に浮べこそ
《梅の花 夢でうたで 酒坏さかづきに 浮かべて欲しい わし風流人すきもんや》
                         ―大伴旅人―〔巻五・八五二〕 

吉田宜よしだのよろしの返書は ただちの物であった
おくれ居て ながひせずは 御園生みそのふの 梅の花にも ならましものを
うらやんで 梅のうたげを 思うより いっそ成りたい ぬしの梅花》
                         ―吉田宜よしだのよろし―〔巻五・五六四〕
〔おうおう  羨ましがらせて しもうたわい
 それにしても うちの庭の梅になりたいとは これはまた 風流な〕

よろしの文が 旅人に みやこ思いを 深くさせる