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令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

金村・千年編(1)見る人無しに

2010年01月15日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月16日】

高円の 野辺のへ秋萩あきはぎ いたづらに
             咲きか散るらむ  見る人無しに

【志貴皇子の墓 茶畑に囲まれて】





采女うねめの 袖吹き返す 明日香風あすかかぜ 都を遠み いたずらに吹く
〔ああ あの志貴皇子しきのみこが 亡くなられた
天智天皇の 皇子おうじとして生まれ
壬申の乱後の 世を生きてられた 皇子みこ
ここ 高円たかまと山の風も いたずらに吹くのか〕

梓弓あずさゆみ 手に取り持ちて 大夫ますらをの 得物矢さつやばさみ 立ちむかふ 高円たかまと山に 
春野焼く  野火と見るまで もゆる火を いかにと問へば
 
武人ますらおが 手に持つ弓に 矢をつがえ 射るため向かう まとな 高円山たかまとめぐる 春の野を
 焼く火みたいに  燃えるのは 何の火ィかと 尋ねたら》
玉桙たまほこの 道来る人の 泣く涙 小雨に降り 白拷しろたへの ころもひづちて 立ちとまり われに語らく 
《道を来る人 顔上げて あふれる涙 雨みたい 着てる服まで 濡れそぼち 足をとどめて 語るには》
何しかも もとな問ふ 聞けば のみし泣かゆ 語れば 心そ痛き 
天皇すめろきの 神の御子みこの いでましの 手火たびの光そ ここだ照りたる

なんで聞くんや そんなこと 聞いたら余計よけい 泣けてくる 話すと胸が 痛うなる
 天皇おおきみさんの 御子みこはんが あの世旅立つ 送り火や こんないっぱい 光るんは》
                         ―笠金村かさのかなむら歌集―〔巻二・二三〇〕

笠金村かさのかなむらは あの葬送の日を 思い出していた
皇子みこの居た 春日宮かすがのみやから 高円山の裾を巡り
 田原の里へ  延々と続く 送り火の列
あれほどの人が なげきを持って 続いていた
さわやかな 人柄が そうさせたか〕
〔こうして 皇子みこしのんで 宮跡を 訪れると 淋しい限りだ〕
高円の 野辺のへ秋萩あきはぎ いたづらに 咲きか散るらむ 見る人無しに
高円たかまとの 野に咲く萩は むなしいに 咲いて散ってる 見る人おらんで》
                         ―笠金村歌集―〔巻二・二三一〕 
三笠山 野辺行く道は こきだくも しげり荒れたるか ひさにあらなくに
うなって 日もたんのに 野辺の道 えらい荒れてる 三笠の山は》
                         ―笠金村かさのかなむら歌集―〔巻二・二三二〕
〔この 寂寥せきりょう短歌 本歌ほんかは 皇子遺族の鎮魂歌ちんこんかであった〕
高円たかまとの 野辺の秋萩 な散りそね 君が形見かたみに 見つつしのはむ
《高円の 野に咲く萩よ 散らんとき あんたをしのぶ よすがと見たい》
                         ―笠金村歌集―〔巻二・二三三〕 
三笠山 野辺ゆ行く道 こきだくも 荒れにけるかも ひさにあらなくに
《三笠山 めぐる野の道 こんなにも 荒れてしもうた 日も経たんのに》
                         ―笠金村歌集―〔巻二・二三四〕 





<田原西陵>へ




金村・千年編(2)うべし神代ゆ

2010年01月14日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月17日】

・・・神柄かむからか たふとくあらむ 国柄くにからか 見がしからむ
     山川を きよさやけみ うべし神代かみよゆ 定めけらしも

【宮滝の激湍】



「赤人殿は いずれを 目指めざされる」
当代を担う 宮廷歌人 三人が つどうていた
笠金村かさのかなむら 車持千年くるまもちのちとせ 山部赤人やまべのあかひと
「人麻呂殿が  居られぬ今 宮廷歌人としての役目 われら三人に 託されておる 
人麻呂殿の  得意とされた長歌 そのうち わしは 枕詞まくらことばに 重きを置きたいと思う」 
わたくしも 尊敬する人麻呂様の 後を辿たどり 対句ついくの妙を 極めたいと 思っております」 
 
養老七年 〔723〕夏五月 
元正げんしょう天皇の吉野離宮への行幸みゆき
笠朝臣金村かさのあそみかなむらは詠う
たぎの 御舟みふねの山に 瑞枝みづえざし しじひたる とがの 
いやつぎつぎに 万代よろづよに かくし知らさむ み吉野の 蜻蛉あきづの宮は
 
《急流の ほとりそびえる 三船山 え枝いっぱい 付けたとが 葉ぁ次々に 付ける
 何時いつの世までも 続いてく 吉野の里の 蜻蛉宮あきづみや
神柄かむからか たふとくあらむ 国柄くにからか 見がしからむ 山川を きよさやけみ 
うべし神代かみよゆ 定めけらしも

《神さんやから とうといで 国土くにえから かれるで 山川ともに 清らかや
 昔にここを 大宮所みやどこと 決めなさったも もっともや》
                         ―笠金村―〔巻六・九〇七〕 
毎年としのはに かくも見てしか み吉野の 清き河内かふちの たぎつ白波
《来る年も  また来る年も 見たいんや 吉野の川の 激しい波を》
                         ―笠金村―〔巻六・九〇八〕 
山高み 白木綿花しらゆふはなに 落ちたぎつ たぎ河内かふちは 見れど飽かぬかも
けへんな 白木綿花ゆうはなみたい ほとばしり 流れて下る 川の激流ながれは》
                         ―笠金村―〔巻六・九〇九〕 
【ある本の反歌】 
神柄かむからか 見が欲しからむ み吉野の たぎ河内かふちは 見れど飽かぬかも
《神さんが 宿ってはるから 見たいんや 吉野の滝は けへんこっちゃ》
                         ―笠金村―〔巻六・九一〇〕 
み吉野の 秋津あきづの川の 万代よろづよに 絶ゆることなく またかへり見む
《いつまでも  水の絶えへん 秋津川 また見に来るで またまた見ィに》
                         ―笠金村―〔巻六・九一一〕 
泊瀬女はつせめの 造る木綿花ゆふはな み吉野の たぎ水沫みなわに 咲きにけらずや
《咲いてるで 吉野の滝の 波の上 はつむすめ 造る言う木綿花はな
                         ―笠金村―〔巻六・九一二〕 
うたい終え 笠金村は 「ふうっ」と息を




<滝の河内>へ


金村・千年編(3)止む時無しに

2010年01月13日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月18日】

千鳥鳴く み吉野川の 川音かはとなす
            止む時無しに 思ほゆる君 



「先日の 三者談合の折 千年ちとせ殿は 何も言わなんだが どうなのじゃ」
吉野宮滝行幸みゆき 宴果てた後 
笠金村かさのかなむらは 車持千年くるまもちのちとせを誘い 河原にいた
「わたし如きが  なにを申せましょうや
 人麻呂殿のあと お努めあるは 金村殿と赤人殿」
「いやいや  今日のわしの歌なぞ 人麻呂殿に 及びもつかぬは」
「なにを  仰せです
 赤人殿は けいを詠むに きらめきが ございます
 金村殿は 志貴皇子しきのみこ挽歌ひきうたで 構想に新しい道を開かれました
 それに 人麻呂様の時代 天皇おおきみは それこそ 雲の上のお方
 平城ならの都移りののち
 天皇おおきみも 我らに 少しく お近づきになられ
 行幸も 君臣くんしんしての遊覧となり申した
 親しさと優しさを そなえられし 金村様のお歌 見事なものでございます
 私も 金村様に なろうて このような歌を」

うまごり あやにともしく 鳴る神の 音のみ聞きし 吉野の 真まき立つ山ゆ 見おろせば
うらややんで うわさ聞いてた 吉野宮 山の上から ながめ見る》
川の瀬ごとに け来れば 朝霧あさぎり立ち 夕されぱ かはづ鳴くなへ 
ひも解かぬ 旅にしあれば のみして 清き川原かはらを 見らくし惜しも

《川瀬川瀬に 明けたら 朝に霧立ち 夕方は 蛙鳴く声 聞こえてる
 妻を残して 来た旅や 清い川原を わしひとり 見るのんしい 一緒に見たい》  
                         ―車持千年くるまもちのちとせ―〔巻六・九一三〕
たぎの 三船の山は かしこけど 思ひ忘るる 時も日も無し
急流たきの上 そびえる三船山やまは えけども お前のことが 忘れられへん》
                         ―車持千年―〔巻六・九一四〕 
【ある本の反歌】 
千鳥鳴く み吉野川の 川音かはとなす 止む時無しに 思ほゆる君
《続けざま  波音続く 吉野川 お前思うの 続けざまやで》
                         ―車持千年―〔巻六・九一五〕 
あかねさす 日並ひならべなくに わが恋は 吉野の川の 霧に立ちつつ
《旅に来て 日も経たんのに 恋つのる 吉野の川で 霧が立つよに》
                         ―車持千年―〔巻六・九一六〕 

女房にょうぼ 恋しの歌
優しさを そなえしは そなたの方じゃな」
肝胆かんたん相照らす友 金村と千年
夜の静寂しじまに 瀬音が 響く



金村・千年編(4)愛(うつく)し夫(つま)は

2010年01月08日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月21日】

大君の 行幸みゆきのまにま 物部もののふの 八十伴やそとも
                で行きし うつくつまは・・・



神亀じんき元年〔724〕冬十月 紀伊国きのくにへの行幸みゆき
聖武天皇が  即位され 初めての行幸である
笠金村かさのかなむらは 従駕じゅうがの任を 帯びていた
で立ちの朝 宮中へと駒を進める金村に 駆けよる 一人の官女
「金村様に  お願いがございます
 夫が  行幸に お供いたします
 心配で ならぬ心 うたいたくはあるのですが わたくし如きでは とてものこと 
 そこで 金村様に かわり歌を お願いしたいのです」
 親しみと優しさを  感じさせる 金村の歌
 その評判を聞いての  官女の 頼み

大君の 行幸みゆきのまにま 物部もののふの 八十伴やそともと で行きし うつくつま 
天皇おおきみさんの 行幸みゆきに付いて お伴の人と 出かけたあんた》
天飛あまとぶや 軽の路より 玉檸たまだすき 畝火うねびを見つつ 麻裳あさもよし 紀路きぢに入り立ち  真土山まつちやま ゆらむ君は 
《軽の道から 畝傍を眺め 紀の国はいって 真土まつちの山を 越えて行くんか いとしいあんた》
黄葉もみちばの 散り飛ぶ見つつ にきびにし われは思はず 草枕 旅をよろしと 思ひつつ 君はあらむと 
黄葉もみじ散るのを 綺麗きれいとながめ うちのことなど すっかり忘れ 旅楽しもと おもうてなさる》
あそそには かつは知れども しかすがに 黙然もだもありえねば 
《そんな気持も 分かるんやけど ひとり待つんは 辛抱出来ん》
わが背子せこが ゆきのまにまに 追はむとは 千遍ちたびおもへど 手弱女たわやめの わが身にしあれば 
《あんた行く道  追いかけ行こと 思うてみても 女の身では》
道守みちもりの はむ答を 言ひらむ すべを知らにと 立ちて爪つまづく
《道の番人 問い詰めされて 言い訳できる 自信がうて 出かけるのんを 躊躇ためらうこっちゃ》
                         ―笠金村―〔巻四・五四三〕 
おくれゐて 恋ひつつあらずは 紀伊の国の 妹背いもせの山に あらましものを
《あんたはん あとに残って しのぶより 妹背の山で りたいもんや》〔一緒に居れる〕
                         ―笠金村―〔巻四・五四四〕 
わが背子せこが あとふみ求め 追ひ行かば 紀伊の関守い とどめてむかも
《追いかけて あんた行く道 辿たどっても 紀伊の関守 めるんやろな》
                         ―笠金村―〔巻四・五四五〕 
〔あの官女の思い うまくうたえたであろうか〕
納得しつつも  いまひとつ 官女の心が気になる 金村であった


金村・千年編(5)三香(みか)の原

2010年01月06日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月22日】

三香みかの原 旅の宿りに 玉桙たまほこの 道の行きひに
               天雲あまくもの よそのみ見つつ・・・


風はまだ寒いが  心浮き立つ 春三月
お伴の 官人たちの声も はなやいでいる
神亀じんき二年〔725〕三香原みかのはらへの行幸みゆき
水清く 山青い 三香原みかのはら
都のたたずまいを整えし 平城ならみやこ
ここ 三香原みかのはらは なにか 心安らぐ離宮であった

「金村殿 久方ぶりの なごみの行幸ではないか
 みやこずれしない 純な娘子むすめの 歓待が 待っていて欲しいものじゃが」
同行の 車持千年くるまもちのちとせが 馬上から 声を掛ける
「そう  願いたいものじゃのう
 よしよし 願いを込めて 一首 うとうてみるか」

三香みかの原 旅の宿りに 玉桙たまほこの 道の行きひに 天雲あまくもの よそのみ見つつ 
言問こととはむ よしの無ければ こころのみ 咽せつつあるに
 
三香みかの旅 道で出逢うた 可愛かいらし 気にはなるけど
 声かけの 切っ掛けうて 胸詰まり くるし思いで いたけども》
天地あめつちの 神祇かみこと寄せて 敷拷しきたへの 衣手ころもでへて 自妻おのづまと 
たのめる今夜こよひ 秋の夜の 百夜ももよの長さ ありこせぬかも

《なんたる神の  引き合わせ 思いもかけず 話でき 一緒泊まれる この夜は
 〔春の短い 夜やけど〕  秋の夜長の 百倍の 夜の長さに 成って欲し》
                         ―笠金村―〔巻四・五四六〕 
天雲あまくもの よそに見しより 吾妹子わぎもこに 心も身さへ 寄りにしものを
《一目見て 惚れて仕舞しもうた あのむすめ 身ィも心も 取られてしもた》
                         ―笠金村―〔巻四・五四七〕 
今夜このよるの 早く明くれば すべをみ 秋の百夜ももよを 願ひつるかも
《このよるは 早よに明けたら あかんがな 秋の長夜の 百倍欲しい》
                         ―笠金村―〔巻四・五四八〕 

「これは  これは
 いい娘子むすめに 逢える気がしてきた」
「もし 出逢うたら 籤引くじびきにいたそう」

こまを並べる ふたり
背を  春の日が 暖かに包む



金村・千年編(6)滝(たぎ)の常盤(ときは)の

2010年01月05日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月24日】

皆人の 命もわれも み吉野の
             たぎ常磐ときはの つねならぬかも


千年ちとせ殿だと 気は張らぬが
 赤人殿じゃと  そうは行かぬ」
われ知らず 競争意識が先に立つ 金村かなむら

神亀じんき二年〔725〕 夏五月 吉野の離宮

先ず 山部赤人に 詠歌えいかのおめしがあった
『やすみしし わご大君の・・・』に始まり 川め山めが続き 宮の永遠なるを うた
人麻呂以来の つぎならわされた 長歌のうた

続く反歌に 金村は 仰天ぎょうてんした

み吉野の 象山きさやまの 木末こねれには ここだもさわく 鳥の声かも
《吉野山 象山きさやま木立ち こずえさき 鳥がいっぱい さえずる朝や》
―山部赤人―〔巻六・九二四〕 

おだやかならざる 心を胸に 笠金村かさのかなむらは 詠う

あしひきの み山もさやに 落ちたぎつ 吉野の川の 川の瀬の 清きを見れば 
上辺かみへには 千鳥しば鳴き 下辺しもへには かはづ妻呼ぶ 
ももしきの 大宮人おおみやびとも をちこちに しじにしあれば
 
さわやかな 激流ながれこだま 響いてる 吉野の川の 川の瀬の 清い流れの 上流で
 千鳥鳴いてる 下流かりゅうでは 蛙妻呼び 鳴いとおる
 大宮人も あちこちで 大勢って 遊行あそんでる》
見るごとに あやにともしみ 玉葛たまかづら 絶ゆること無く 万代よろづよに かくしもがもと 
天地あめつちの 神をそ祈る かしこくあれども

《心かれる いつ見ても 何時何時いついつまでも このままで あって欲しいと 祈るんや
 神さんよろしゅう 願います》
                         ―笠金村―〔巻六・九二〇〕 

万代よろづよに 見とも飽かめや み吉野の たぎ河内かふちの 大宮所おおみやどころ
永遠とわまでも 見飽けへんなあ この吉野 はげし流れの 大宮所》
                         ―笠金村―〔巻六・九二一〕 
皆人の 命もわれも み吉野の たぎ常磐ときはの つねならぬかも
《このわしも 皆の命も 永久とわ続け 吉野の滝の この岩みたい》
                         ―笠金村―〔巻六・九二二〕 

〔反歌は 長歌の一部反復か そうまとめが 常の道
 しかるに  あれは なんじゃ
 新しき試みと言えば  聞こえはいいが・・・〕
金村の  耳に 赤人の声が 残る
『・・・ここだもさわく  鳥の声かも』
〔この 清々すがすがしさは どうじゃ
 何とは無しの けいの歌 
 み人の心根 何一つ 言葉にしてらぬに 伝わってくるものがある・・・〕
〔わしは  古いのかも 知れぬ・・・〕
夜更け まんじりともせず とこす 金村



金村・千年編(7)都なしたり

2009年12月28日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月28日】

・・・沖つ鳥 味経あぢふの原に もののふの 八十伴やそとも
           いほりして みやこなしたり 旅にはあれども



昨年十月の紀伊国きのくに 
今年になり  春三月 夏五月
そして 冬十月 聖武帝の行幸みゆきは 続く
この度は 難波なにわの宮
ここは  その昔 孝徳帝が 都した所
その後  荒れるに任せてあったものを
聖武帝の  お声掛かり 
宮造営の  前触れ工事が 進んでいる

る 難波の国は 葦垣あしかきの りにしさとと 
人皆の おもやすみて つれも無く ありしあひだ
 
《その昔 都のあった 難波宮なにわみや
 今となっては 誰もかも とんと昔と 忘れ去り 見向きもせんと ったけど》
績麻うみをなす 長柄ながらの宮に 真木柱まきはしら 太高ふとたか敷きて 食国をすくにを 治めたまへば 
《昔の宮の 長柄宮ながらみや 立派な柱 高々と 立ててその地に 行幸いかれたら》
沖つ鳥 味経あぢふの原に もののふの 八十伴やそともは いほりして みやこなしたり 旅にはあれども
味経あじふの原で 伴の人 大勢寄って 泊まるんで 都出来たで 仮宮やけど》
                         ―笠金村―〔巻六・九二八〕 
荒野あらのらに 里はあれども 大君の 敷きす時は 都となりぬ
《荒れ野やと 思うていても 天皇おおきみが 行幸みゆきされたら そこが都や》
                         ―笠金村―〔巻六・九二九〕 
海少女あまをとめ 棚無たなな小舟をぶね らし 旅の宿りに かぢおと聞ゆ
《漁師の 小舟を漕いで 出たらしい 梶音かじおとしてる 宿で寝てると》
                         ―笠金村―〔巻六・九三〇〕 

「いやいや  これも 新らしゅうございます
 金村殿には 
 難波なにわの し方 今し 行く末 をみ込まれ
 さすがに  第一人者」
「これは  恐れ入る
 赤人殿に  かほどに言われては
 痛み入るばかりじゃ 
 それは  そうと
 我輩それがしの第二反歌 いかがであったろう」
「それ  それ
   それを言おうとしておりました
 金村殿も  お人が悪うございます
 わたくしめの  専売を 取られては 困ります
 新しい歌人うたいひとは こうでならぬと 苦心のわざ
赤人の控えめな目が  笑っている

そこには 切磋琢磨せっさたくまする 宮廷歌人の 微笑ほほえましい姿があった

翌 神亀じんき三年〔726〕十月
藤原宇合ふじわらのうまかいへ 難波宮造営の勅がおり



金村・千年編(8)名寸隅(なきすみ)の

2009年12月24日 | 金村・千年編
【掲載日:平成22年1月5日】

名寸隅なきすみの 船瀬ふなせゆ見ゆる 淡路島 松帆まつほの浦に
      朝凪あさなぎに 玉藻刈りつつ 夕凪に 藻塩もしほ焼きつつ・・・

【淡路島 松帆の浦】



そこに  風光・旅情を 楽しむ 金村がいた
〔力が抜けるというのは 
 こういうことであったか 
そう言えば 車持千年ちとせ殿が 言うておったな
人麻呂殿の時代と  今は違う
天皇おおきみさまが 変わられたのじゃと
打ちけられ 我らと 遊興を共にされる
肩肘張っては  かえって 申し訳ない〕

秋の空  澄み渡る先に 淡路の島が見える
金村の心  言葉となって 歌が生まれる

名寸隅なきすみの 船瀬ふなせゆ見ゆる 淡路島 松帆まつほの浦に 朝凪あさなぎに 玉藻刈りつつ 
夕凪に 藻塩もしほ焼きつつ あま少女をとめ ありとはけど
 
名寸隅なきすみの 浜から見える 松帆浦 朝にたまを 刈っとおる
 夕方藻塩もしお 焼いとおる 可愛かいらしぉが るらしい》
見に行かむ よしの無ければ 大夫ますらをの こころは無しに 手弱女たわやめの おもひたわみて 
徘徊たもとほり われはぞふる 船楫ふなかじ

《逢いたいけども 伝手つてうて 男のくせに しょぼくれて 女みたいに ぐずぐずと
 行きたいおもて 悩んでる 行く船無いし 梶もない》
                         ―笠金村かさのかなむら―〔巻六・九三五〕
玉藻刈る あま少女をとめども 見に行かむ 船梶ふねかぢもがも 波高くとも
《玉の藻を 刈ってるむすめ 見に行こう 波たこうても 船や梶し》
                         ―笠金村―〔巻六・九三六〕 
行きめぐり 見とも飽かめや 名寸隅なきすみの 船瀬ふなせの浜に しきる白浜
名寸隅なきすみの 船泊まり浜 寄せる波 どっから見ても 飽けへんこちゃ》
                         ―笠金村―〔巻六・九三七〕 
屈託くったくない 伸び伸びとした 歌声
歌を奏上し 遥かに仰ぐ 聖武帝の龍顔りゅうがん
金村の胸に 爽風さわやかかぜが抜ける

神亀じんき三年〔726〕秋九月播磨国印南野いなみの
君臣くんしん相和あいわす 行幸みゆきの夜は 更けてゆく




<松帆の浦>へ



<なきすみ>へ


金村・千年編(9)岸の黄土(はにふ)に

2009年12月22日 | 金村・千年編
【掲載日:平成22年1月6日】

白波の 千重に来寄する 住吉すみのえ
           岸の黄土はにふに にほひて行かな



千年ちとせ殿 先の難波行幸みゆきの歌 あれは 徴罰ちょうばつものぞ 恋女房が 詠われて居らぬ」

鯨魚いなさ取り 浜辺はまへを清み うちなびき ふる玉藻に 
朝凪あさなぎに 千重ちへなみ寄せ 夕凪ゆふなぎに 五百重いほへなみ寄す
 
なびくよに 清い浜辺に える藻に 朝波寄せる 夕方も》
つ波の いやしくしくに 月にけに 日に日に見とも 今のみに 
飽きらめやも 白波しらなみの いめぐれる 住吉すみのえの浜

《その波みたい 次々と 毎月毎日 見にたい 今の満足 するだけじゃ
 もったいないな 白波の 花が咲いてる 住吉すみのえ浜辺はまべ
                         ―車持千年くるまもちのちとせ―〔巻六・九三一〕
白波の 千重に来寄する 住吉すみのえの 岸の黄土はにふに にほひて行かな
《次々と 白波寄せる 住吉すみのえの 黄色きいろの土で 服染めようや》〔住吉の黄土はにゅうは染料として有名〕
                         ―車持千年―〔巻六・九三二〕 

「これは したり 我輩それがしとて 女房恋しの 歌ばかしではないわ
 金村殿こそ  いつもいつも 実直ぶっての歌ばかり
 たまには たわむれ歌など ご披露に及んでは 如何いかがじゃ」
「申したな 我輩それがし そんな朴念仁ぼくねんじんではないぞ」 

大君おほきみの さかひたまふと 山守やまもりすゑ  るとふ山に 入らずはまじ
《天領や 言うて締め出し 番置いて 監視してても はいらでくか》
                      〔女官にだって 声を掛けるで〕
見渡せば 近きものから 石隠いそがくり かがよふたまを 取らずは止まじ
《覗き見て 近い思ても 岩の陰 輝く真珠 取らんとくか》
                    〔女官言うても 物にしたるで〕
韓衣からころも 服楢きならの里の 島松しままつに 玉をし付けむ き人もがも
《庭の松 キナラの里の 名木や 似合う玉欲し ひと欲しな》
                    〔ええ女には 似合男にあいが要るで〕
男鹿をしかの 鳴くなる山を 越え行かむ 日だにや君に はた逢はざらむ
《鹿でさえ  つれ呼び求め 鳴く言うに 旅出るあんた 逢わんといくか》
                         ―笠金村歌中―〔巻六・九五〇~九五三〕 
「これは これは これだと のちの世に 我輩それがしの歌かと 取り違えられるやも 知れぬ」
千年は  カラカラと 笑う
神亀じんき五年〔728〕着々と進む 難波宮造営工事 
検分けんぶんを兼ねての行幸みゆき
従駕じゅうがの官人たちの はなやぎにつられ
金村も  千年も 浮かれていた

同席の 膳王かしわでのおおきみ 微笑ほほえみながら 静かに詠う
あしたには 海辺うみへあさりし 夕されば やまとへ越ゆる かりともしも
《朝のうち 海でえさ取り 夕方は 大和へ帰る 雁うらやまし》
                         ―膳 王かしはでのおほきみ―〔巻六・九五四〕
明くる 神亀じんき六年〔729〕二月
長屋王の変により 父に連座し死をたまわる 膳王



金村・千年編(10)雪降る山を

2009年12月21日 | 金村・千年編
【掲載日:平成22年1月8日】

越路こしぢの 雪降る山を 越えむ日は
          まれるわれを けてしのはせ

【愛発山より北方を望む】



神亀じんき五年〔728〕秋八月
石上乙麿いそのかみのおとまろに 越前国守の 任がくだった
乙磨屋敷に 身をよせ あたかも 主従の関係にあった 笠金村かさのかなむら
同道どうどうそなえの繁忙はんぼう最中さなか 乙麿から ひそかふみが届く
『政情  きな臭きにつき 足止めを命ず
 平穏取り戻したりし後 任地おとないのこと』
先ごろらいの 光明子こうみょうし立后りっこうに関し 藤原四兄弟と長屋王ながやおうとの 抗争
政治の実権は  長屋王にあるとはいえ 
予断を許さぬ情勢が 続いていた 
留守を託された  金村 
武人としての気概がよみがえ

いよいよの  旅立ち
留守居役目の  緊張を隠し 別れの心を詠う

人と成る ことはかたきを わくらばに 成れるわが身は
しにいきも 君がまにまと 思ひつつ ありしあひだ
 
《人間に 生まれて来るの むつかしに たまさか生まれた このわしや
 生きるも死ぬも お前様 思うままにと 思てたが》 
うつせみの 世の人なれば 大君おほきみの みことかしこみ 
天離あまざかる 夷治ひなをさめにと 朝鳥あさどりの 朝立ちしつつ 群鳥むらどりの 群立むらだち行けば 
まりて われは恋ひむな 見ずひさならば

つとめ果すは 世の習い 天皇おおきみさんの めい受けて
 地方赴任の 遠い旅 朝になったら 出発や みんな揃うて 出かけらる 
 残るこのわし 寂しいわ しばらく会えん 日が続く》
                       ―笠金村歌中―〔巻九・一七八五〕 
越路こしぢの 雪降る山を 越えむ日は まれるわれを けてしのはせ
《越へ行く  雪の降る山 越える日は 残ったわしを 思い出してや》
                         ―笠金村歌中―〔巻九・一七八六〕 

聖武帝きさきとして 送り込まれた 光明子
男子誕生の暁には  外戚として 実権を握る藤原氏策略
しかし  男子誕生ままならず
しからばと  帝もしもの時 これに代わり得る皇后への昇格画策
はばみし 長屋王に 歯ぎしりする 藤原四兄弟

図らずも 誕生せし もとい皇子おうじ
得たりと 四兄弟 誕生一月ひとつきでの 立太子
あろうことか 皇子満一歳を待たずしての薨去こうきょ
藤原氏の焦り  頂点と化す

いやが上にも 高まる緊張最中さなかの 越前赴任であった





<越路の雪>へ


金村・千年編(11)布留山(ふるやま)ゆ

2009年12月18日 | 金村・千年編
【掲載日:平成22年1月13日】

布留ふる山ゆ ただに見渡す みやこにそ
           ず恋ふる 遠くあらなくに



ここ 石上いそのかみ 布留ふる
天皇すめらみことの 武器庫のある 石上神宮いそのかみじんぐう
笠金村かさのかなむらは 連日 詰めていた

世に 一旦いったん緩急かんきゅうある時
ここを 攻め取られては 騒乱そうらんの輪が広がる
攻防 いずれの軍からも 守らねばならない
つとめが 長引けば 気はみ 心もえる

武人の  誉れ高い 金村にして 
さすがに  連日務めの 疲労は隠せない
家恋し  妻恋しの 思いが募る 

うつせみの 世の人なれば 大君おほきみの みことかしこみ 
磯城島しきしまやまとの国の 石上いそのかみ 布留ふるの里に 紐解ひもとかず 丸寝まるねをすれば
 
《人の世に 生まれたつとめ 果たすため 天皇おおきみさんの めい受けて
 大和の国の 布留の里 任務つとめ大事と ごろ寝する》
わがせる ころもれぬ 見るごとに 恋はまされど 
色にでば 人知りぬべみ 冬の夜の 明かしも得ぬを 
ずに われはそ恋ふる いも直香ただか

《着てる着物は よれよれや それ見るたんび 家恋し
 そぶり見せたら 他人ひとが知る なかなかけん 冬のよる
 まんじりせんと おまえをば 恋し思たら まぶたに浮かぶ》
                         ―笠金村歌中―〔巻九・一七八七〕 
布留ふる山ゆ ただに見渡す みやこにそ ず恋ふる 遠くあらなくに
《布留からは 遠くもないに 寝られんで 恋しい思う みやこのおまえ》
                         ―笠金村歌中―〔巻九・七一八八〕 
吾妹子わぎもこが ひてし紐を 解かめやも えば絶ゆとも ただふまでに
かへんぞ おまえ結んだ ひもやから 例え切れも 逢うまで解かん》
                         ―笠金村歌中―〔巻九・七一八九〕 

〔いかん いかん めいびての 夜明かし任務ぞ
 家のこと  妻のことなぞ 思うようでは
 この金村  まだまだじゃわい〕
〔ん? それも これも たわむれ歌を うとうて以来 千年ちとせ殿の習いが 思わず 身について仕舞うたか〕

〈題詞には  天平元年〔729〕冬十二月とあり 長屋王の変の後に当たるが 「みじかものがたり」としては 物語の展開 内容の適合性から 前年十二月頃の作とした〉 



金村・千年編(12)手結(たゆひ)が浦に

2009年12月17日 | 金村・千年編
【掲載日:平成22年1月14日】

大夫ますらをの 手結たゆひが浦に 海未通女あまをとめ
           しほ焼くけぶり 草枕 旅にしあれば・・・

【「たゆひが浦」田結崎付近】



石上乙磨いそのかみのおとまろ一行の 後追い旅
笠金村かさのかなむらは 越前へ向かう 近江 伊香山いかごやま
草枕 旅行く人も 行きれば にほひぬべくも 咲ける萩かも
《萩の花  色の着くほど 咲いとおる 旅で行く人 ちょっと触れても》
伊香山いかごやま 野辺のへに咲きたる 萩見れば 君が家なる 尾花をばなし思ほゆ
《咲く萩を 伊香いかごの山で 見かけたら あんたの家の 尾花が浮かぶ》
                       〔乙麿さまの屋敷の尾花・・・〕 
               ―笠金村―〔巻八・一五三二、一五三三〕 

金村の足 越前との国境くにざかい 
塩津深坂越えの道を辿たどっていた
大夫ますらをの 弓上ゆずゑおこし つる矢を のち見む人は 語りぐがね
《このわしが 弓引きしぼり 射た矢見て 言いぎ行けよ 後に見る人》
                       〔高木に矢を射旅の安全祈る〕 
塩津しほつ山 うち越え行けば が乗れる 馬そつまづく いへふらしも
《わしの馬 塩津越えてて つまづいた 家で心配 してるできっと》
               ―笠金村―〔巻三・三六四、三六五〕 

愛発山あらちやまを越え 角鹿つのが そこからは 船が待つ 向かうは 手結たゆいの浜
こしうみの 角鹿つのがの浜ゆ 大船おほふねに 真梶貫まかじぬきおろし いさなとり 海路うなぢに出でて 
あへきつつ わが漕ぎ行けば 
 
こしくにの 角鹿つのが浜から 大船に 梶をいっぱい 取りつけて 苦労しながら いでくと》
大夫ますらをの 手結たゆひが浦に 海未通女あまをとめ しほ焼くけぶり 草枕 旅にしあれば ひとりして 見るしるしみ 
海神わたつみの 手に巻かしたる 玉襷だすき けてしのひつ 日本島根やまとしまね

手結たゆいの浦で 海人あまの児が 塩を焼いてる 煙立つ 面白いなと 思うけど ひとりで見ても 甲斐がない
 心に懸けて 思うのは 大和の家の ことばかり》 
こしうみの 手結たゆひが浦を 旅にして 見ればともしみ 日本やまとしのひつ
《越の海 手結たゆいの浦を 旅したら 珍しけども 大和が恋し》
               ―笠金村―〔巻三・三六六、三六七〕 

都での騒動 長屋王謀反との顛末てんまつで幕
なにやら いわくありげな 結末であった
諸国巡察じゅんさつの船上 静かに語らう 主従
「変の帰趨きすうは われらの感知せざるところ 与えられしお役目 とどこおりなしの遂行が 第一じゃ」
大船おほふねに 真梶繁貫まかじしじぬきき 大君おほきみの みことかしこみ 磯廻いそみするかも
《大船に 梶をいっぱい 取りつけて 任務大事と 磯巡視めぐりする》
                         ―石上大夫いそのかみのまへつきみ―〔巻三・三六八〕
「まさに  おっしゃる通り 乙磨殿の 行かれる道 私めも ついて参ります」
もののふの おみ壮士をとこは 大君の まけのまにまに 聞くといふもの
《朝廷に 仕える男子おのこ 言いつかる 任務一途に つかえるべきや》
                         ―笠金村歌中―〔巻三・三六九〕 




<伊香山>へ



<塩津山>へ



<手結が浦>へ


金村・千年編(13)はや還りませ

2009年12月16日 | 金村・千年編
【掲載日:平成22年1月15日】

・・・とどまれる われはぬさ引き いはひつつ
           君をば待たむ  はや還りませ

                               〔附あめ鶴群たづむら

天平五年〔733〕春うるう三月
ここ 難波なにわ 三津の浜は 人であふれていた
遣唐使船が  集結している
ざわめきの中 大使 丹比真人広成たじひのまひとひろなりの手を握るは 笠金村かさのかなむら 無事な航海を祈っての 見送りだ

玉襷たまだすき 懸けぬ時無く いきに わがふ君は 
うつせみの 世の人なれば 大君おほきみの みことかしこみ
 
一時いっときも 忘れもせんと 気に懸けて わしが大事や 思うひと
 人の世つとめ 果たすため 天皇おおきみさんの めい受けて》
夕されば たづが妻呼ぶ 難波潟なにはがた 三津みつさきより 
大船に 真楫繁貫まかじしじぬき 白波の 高き 荒海あるみを 島伝ひ い別れ行かば
 
《難波のかたの 三津の崎
 梶いっぱいの 大船で 波の立ってる 荒海あらうみの 島を伝うて 出かけらる》
とどまれる われはぬさ引き いはひつつ 君をば待たむ はや還りませ
《後に残った このわしは 向けのぬさを まつりして 待ってるよって 早よ帰ってや》
                         ―笠金村―〔巻八・一四五三〕 
波のうへゆ 見ゆる小島こしまの 雲隠り あな息づかし 相別れなば
《波しの 小島を雲が 隠すよに あんたと別れ 溜息ためいきでるよ》
                         ―笠金村―〔巻八・一四五四〕 
たまきはる いのちむかひ 恋ひむゆは 君がみ船の 楫柄かじからにもが
《死にそうな 思いをしつつ がるより あんたの船の 梶になりたい》
                         ―笠金村―〔巻八・一四五五〕 

見送り喧噪けんそうの中
急ぎ作りの歌を 広成ひろなりに託す人がいた
独り息子を  伴の一員として差し出す 母親

秋萩あきはぎを 妻問つまど鹿こそ 独子ひとりごに 子持てりといへ 
鹿児かこじもの わが独子の 草枕 旅にし行けば
 
《秋の萩 妻にしたいと 鳴く鹿は ひと小鹿  持つという
 その鹿みたい 独り子の うちの子供が 旅に行く》 
竹珠たかだまを しじにり 斎瓮いはひべに 木綿ゆふ取りでて 
いはひつつ わが吾子わがこ 真幸まさきくありこそ

たけたまいっぱい 刺しいて 神まつつぼ ぬさ垂らし
 み慎んで うちの子が 無事であってと 祈りする》
                         ―作者未詳―〔巻九・一七九〇〕 
旅人たびびとの 宿りせむ野に 霜降しもふらば わが子羽ぐくめ あめ鶴群たづむら
《宿る野に 霜が降ったら 天の鶴 羽根を広げて うちの子かばえ》
                         ―作者未詳―〔巻九・一七九一〕 

それぞれの  思いを乗せ 船は一路 西へ

〔このときの  山上憶良の歌〈巻五・八九四、五〉の「みじかものがたり」は 憶良編「言霊の幸はふ国と」参照〕